創作企画「冥冥の澱」
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午後3時。某ソーシャルゲームの更新時間。調査室の片隅で、スマホを見るオタクが、ひとり。
「ひーっ! 推しがっ……推しがガチャに来たっ……」
物語オタク、砂江砂絵は、小さく悲鳴を上げた。
「大変そうですね、毎回」
隣のデスクで、カタカタとパソコンに何か打ち込みながら、杜崎還は無表情で言う。
「推しは生き甲斐なので、大丈夫です。引けないと辛いのは確かですが……」
杜崎は、砂江の言う“推し”のことが、よく理解出来ていない。それを察して、砂江は、口を開いた。
「杜崎さんの推しは、奥様なのだと思いますがぁ~。私の最愛の推しは、ハニーですしぃ。同じ穴の狢ですよ」
人の悪そうな笑みで、杜崎に言う砂江。同僚かつ、既婚者仲間として、砂江は杜崎に親しみを覚えている。
「そういうものですか」
少し、納得する杜崎。それならば、幸せも辛さも、全てが愛おしいのだろう。
「正確に言いますと、ハニーは、不動の0番で、推したちは、1番なのです」
「なるほど」
「たまに、既婚なのにキャラクターに現を抜かすなんて、とか。キャラクターに浮気? とか、言われますが、ゆるせねーですよ。そもそも、ハニーは0番だから、ステージが違うのです。全てにおいて、ハニーは例外処理される存在なのですから」
この世で、アナタだけが、特別。自分の全ては、アナタのために。
そういった愛情を、砂江は、配偶者に向けている。
杜崎も、例外的な存在である妻がいるので、砂江の言っていることが分かった。
「砂江さん」
「はい」
「休憩、終わります」
「はいっ……!」
杜崎の方に向けていた椅子を正面に戻し、パソコンを見やる。定期観察対象区域の映像や画像と向き合い、対処が必要なものについては、報告書を作成する。
人間なんて、みんな嫌い。汚くて、傲慢で、うるさい。ほら、だから世界には、澱みなんてものがある。そんなだから、ワタシは、お前たちを“物語”としてしか見ない。それなら、少しは愛せるから。
砂江は、好ましい人と、そうでない人を明確に分けて、生きている。嫌いな人間は、“美しくない物語”として、処理してきた。
物語を愛しているから、それを消費する人間の愚かさには、呆れてしまう。自分も、そんな人間のひとり。吐き気がする。
けれど、アナタが愛してくれたワタシを、ワタシは愛そう。アナタが愛する者を、ワタシが嫌いなんてことは、あってはならないのだから。
◆◆◆
「いやーっ!」
夕暮れ時に、建物内の自販機前の椅子にて、悲鳴を上げるオタク。
「石、石もうない……課金……課金は……もう今月は出来ない……」
呪詛のように、ぶつぶつと独り言を呟く。
もうダメ。助からない。
「砂江さん」
「と、杜崎さん……」
「本当に、楽しいですか? それ」
「楽しくない。楽しくない! でも、それはそれ、これはこれ。真っ黒な嵐も、過ぎ去れば、それもまた楽しい記憶になるので!」
「そうですか」
「信じてます?」
「はい」
杜崎の表情は、無機質だ。
「それに、家に帰れば、ハニーがいます。全て世は事もなし、です」
「砂江さんの大切な人は、神ですか?」
「いいえ、人間です。ワタシの世界に、神様なんていません」
それは、重畳。と、杜崎は思う。
「ワタシは、ハニーと美しい物語を守りたいだけの、小市民です。神様なんて大層なもの、必要ありません」
砂江は、膝の上の両手を、ぎゅっと握り、言葉を続けた。
「杜崎さんのこと、一方的に信頼しているので、言いますけれど……ええと、よろしければ、隣に座ってください……」
「はい」
男は、言われた通りに隣に座る。
「実は、ハニーは……」
両手を添えて、杜崎に耳打ちした。
「……とっても可愛いのです」
内緒ですよ。砂江は、照れながら言う。
あまりにも主観的だが、それは事実なのだろうな、と杜崎は考えた。
「聞いてくださり、ありがとうございます。アナタが、美しい物語になりますように」
「それは、死後に決まるのですか?」
「そういうこともありますね」
「砂江さんが読み手なら、僕はどのような物語に映るのか、興味があります」
「えっ。先に死なないでくださいよ。ワタシより若いのですから」
生と死は、おそらく等価で。死から切り離せる生はない。けれど、物語に昇華された命は、永遠に手を伸ばす。
そんな祈りを、アナタに告げた。
「ひーっ! 推しがっ……推しがガチャに来たっ……」
物語オタク、砂江砂絵は、小さく悲鳴を上げた。
「大変そうですね、毎回」
隣のデスクで、カタカタとパソコンに何か打ち込みながら、杜崎還は無表情で言う。
「推しは生き甲斐なので、大丈夫です。引けないと辛いのは確かですが……」
杜崎は、砂江の言う“推し”のことが、よく理解出来ていない。それを察して、砂江は、口を開いた。
「杜崎さんの推しは、奥様なのだと思いますがぁ~。私の最愛の推しは、ハニーですしぃ。同じ穴の狢ですよ」
人の悪そうな笑みで、杜崎に言う砂江。同僚かつ、既婚者仲間として、砂江は杜崎に親しみを覚えている。
「そういうものですか」
少し、納得する杜崎。それならば、幸せも辛さも、全てが愛おしいのだろう。
「正確に言いますと、ハニーは、不動の0番で、推したちは、1番なのです」
「なるほど」
「たまに、既婚なのにキャラクターに現を抜かすなんて、とか。キャラクターに浮気? とか、言われますが、ゆるせねーですよ。そもそも、ハニーは0番だから、ステージが違うのです。全てにおいて、ハニーは例外処理される存在なのですから」
この世で、アナタだけが、特別。自分の全ては、アナタのために。
そういった愛情を、砂江は、配偶者に向けている。
杜崎も、例外的な存在である妻がいるので、砂江の言っていることが分かった。
「砂江さん」
「はい」
「休憩、終わります」
「はいっ……!」
杜崎の方に向けていた椅子を正面に戻し、パソコンを見やる。定期観察対象区域の映像や画像と向き合い、対処が必要なものについては、報告書を作成する。
人間なんて、みんな嫌い。汚くて、傲慢で、うるさい。ほら、だから世界には、澱みなんてものがある。そんなだから、ワタシは、お前たちを“物語”としてしか見ない。それなら、少しは愛せるから。
砂江は、好ましい人と、そうでない人を明確に分けて、生きている。嫌いな人間は、“美しくない物語”として、処理してきた。
物語を愛しているから、それを消費する人間の愚かさには、呆れてしまう。自分も、そんな人間のひとり。吐き気がする。
けれど、アナタが愛してくれたワタシを、ワタシは愛そう。アナタが愛する者を、ワタシが嫌いなんてことは、あってはならないのだから。
◆◆◆
「いやーっ!」
夕暮れ時に、建物内の自販機前の椅子にて、悲鳴を上げるオタク。
「石、石もうない……課金……課金は……もう今月は出来ない……」
呪詛のように、ぶつぶつと独り言を呟く。
もうダメ。助からない。
「砂江さん」
「と、杜崎さん……」
「本当に、楽しいですか? それ」
「楽しくない。楽しくない! でも、それはそれ、これはこれ。真っ黒な嵐も、過ぎ去れば、それもまた楽しい記憶になるので!」
「そうですか」
「信じてます?」
「はい」
杜崎の表情は、無機質だ。
「それに、家に帰れば、ハニーがいます。全て世は事もなし、です」
「砂江さんの大切な人は、神ですか?」
「いいえ、人間です。ワタシの世界に、神様なんていません」
それは、重畳。と、杜崎は思う。
「ワタシは、ハニーと美しい物語を守りたいだけの、小市民です。神様なんて大層なもの、必要ありません」
砂江は、膝の上の両手を、ぎゅっと握り、言葉を続けた。
「杜崎さんのこと、一方的に信頼しているので、言いますけれど……ええと、よろしければ、隣に座ってください……」
「はい」
男は、言われた通りに隣に座る。
「実は、ハニーは……」
両手を添えて、杜崎に耳打ちした。
「……とっても可愛いのです」
内緒ですよ。砂江は、照れながら言う。
あまりにも主観的だが、それは事実なのだろうな、と杜崎は考えた。
「聞いてくださり、ありがとうございます。アナタが、美しい物語になりますように」
「それは、死後に決まるのですか?」
「そういうこともありますね」
「砂江さんが読み手なら、僕はどのような物語に映るのか、興味があります」
「えっ。先に死なないでくださいよ。ワタシより若いのですから」
生と死は、おそらく等価で。死から切り離せる生はない。けれど、物語に昇華された命は、永遠に手を伸ばす。
そんな祈りを、アナタに告げた。