創作企画「冥冥の澱」
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あなたの苗字が、まだ、狐ヶ崎ではなかった頃。あなたは、そんな人ではなかった。
宝来織重は、回顧する。
一振りの太刀のようだった、あなた。それが、どうして、人形みたいにされなくてはならなかったのか?
「花さん」
会合終わりに、珍しくひとりでいる彼女を見付けたので、声をかける。
「あら、宝来のお嬢さん。こんにちは」
いつもの、困ったような笑みを称え、狐ヶ崎花は挨拶をした。長く綺麗な黒髪を結い上げ、美しい着物を身に纏う彼女は、ガラスケースの中の人形のよう。
「こんにちは。お久し振りです」
ふたりが話すのは、いつ以来だったか。いつも、織重を嫌っている夫の側にいるものだから、なかなか話せないのである。
「……そうね。織重さんは、相変わらず美人さんね」
「あら。花さんこそ、いつも、お綺麗ですわ」
織重より、9歳上の女は、「まあ、嬉しい」と口元を隠して笑う。
「明さんは、照雄さんに年々そっくりになっていきますね」
色々な意味で。家父長制の男。男尊女卑の人間。女を“物”扱いする男。
「ええ、明さんは、立派な長男よ」
「ところで今日は、宵さんは?」
「宵さんは……旅行をしています…………」
「旅行?」
「ええ、沖縄にいるみたい」
みたい?
察しがついた。おそらく、無断で旅に出たのだ。狐ヶ崎宵は、あの家で一番の自由人だから。
「おひとりで?」
「どうなのかしら?」
「宵さんは、“お仕置き”されてしまうのですか?」
「それは、照雄さんが決めることよ」
あなたの意思は?
「花さんは、宵さんのことをどう思っているの?」
「奔放な息子で、困っています。もう少し大人しくなるといいのだけれど……」
あなたみたいに?
「花さん、昔、ひとり旅がお好きでしたよね?」
もう、20年以上前のことだ。織重は、花から、旅の話を聞くのが好きだった。
「ええ、そうね。懐かしいわ」
「もう、したくないのですか?」
「照雄さんの側を離れてはいけないから。妻としての務めよ」
「……そうですか」
花さん、あなたはそれで幸せなの?
「おい、宝来の女」
不躾な台詞を吐いた男が、ずかずかとふたりの元へやって来る。
出た。狐ヶ崎家の当主。狐ヶ崎照雄。
「わたしは、宝来織重と申します。お忘れですか? 狐ヶ崎照雄さん」
「本当に生意気な女だ。妻に余計なことを吹き込んでいないだろうな?」
「余計なこととは?」
「ふん。お前の存在自体が余計だったな」
「女ふたりの歓談を邪魔する人こそ余計ですわ」
「減らず口が。帰るぞ、花」
「はい」
照雄の後ろに控えていた花が、しずしずと夫に着いていく。
ほんの少し、彼女の人間性を垣間見た後に、こんな姿を見せられると、胸が悪くなる。
「はぁ」
織重は、苛立ちを吐き出すように、溜め息をついた。
どうにかしたい。あの家を。
最早、狐ヶ崎家自体が呪いみたいなものだと、織重は思う。
“織重さん。私、今度、海外へ行くのよ”
“海外!?”
“だって、日本は制覇してしまいましたからね”
“どちらへ行くのですか?”
“迷ったのだけれど、エジプトへ行くわ。ピラミッドが見たいの”
“まあ、素敵ですわ”
“お土産話、期待していてくださいね”
“はい”
彼女の世界旅行は、結局、一度しか出来なかった。夫が、それを許さなかったからだ。
織重は、狐ヶ崎に変革の時が訪れることを願う。
小さな芽の結実の日よ、早く。
宝来織重は、回顧する。
一振りの太刀のようだった、あなた。それが、どうして、人形みたいにされなくてはならなかったのか?
「花さん」
会合終わりに、珍しくひとりでいる彼女を見付けたので、声をかける。
「あら、宝来のお嬢さん。こんにちは」
いつもの、困ったような笑みを称え、狐ヶ崎花は挨拶をした。長く綺麗な黒髪を結い上げ、美しい着物を身に纏う彼女は、ガラスケースの中の人形のよう。
「こんにちは。お久し振りです」
ふたりが話すのは、いつ以来だったか。いつも、織重を嫌っている夫の側にいるものだから、なかなか話せないのである。
「……そうね。織重さんは、相変わらず美人さんね」
「あら。花さんこそ、いつも、お綺麗ですわ」
織重より、9歳上の女は、「まあ、嬉しい」と口元を隠して笑う。
「明さんは、照雄さんに年々そっくりになっていきますね」
色々な意味で。家父長制の男。男尊女卑の人間。女を“物”扱いする男。
「ええ、明さんは、立派な長男よ」
「ところで今日は、宵さんは?」
「宵さんは……旅行をしています…………」
「旅行?」
「ええ、沖縄にいるみたい」
みたい?
察しがついた。おそらく、無断で旅に出たのだ。狐ヶ崎宵は、あの家で一番の自由人だから。
「おひとりで?」
「どうなのかしら?」
「宵さんは、“お仕置き”されてしまうのですか?」
「それは、照雄さんが決めることよ」
あなたの意思は?
「花さんは、宵さんのことをどう思っているの?」
「奔放な息子で、困っています。もう少し大人しくなるといいのだけれど……」
あなたみたいに?
「花さん、昔、ひとり旅がお好きでしたよね?」
もう、20年以上前のことだ。織重は、花から、旅の話を聞くのが好きだった。
「ええ、そうね。懐かしいわ」
「もう、したくないのですか?」
「照雄さんの側を離れてはいけないから。妻としての務めよ」
「……そうですか」
花さん、あなたはそれで幸せなの?
「おい、宝来の女」
不躾な台詞を吐いた男が、ずかずかとふたりの元へやって来る。
出た。狐ヶ崎家の当主。狐ヶ崎照雄。
「わたしは、宝来織重と申します。お忘れですか? 狐ヶ崎照雄さん」
「本当に生意気な女だ。妻に余計なことを吹き込んでいないだろうな?」
「余計なこととは?」
「ふん。お前の存在自体が余計だったな」
「女ふたりの歓談を邪魔する人こそ余計ですわ」
「減らず口が。帰るぞ、花」
「はい」
照雄の後ろに控えていた花が、しずしずと夫に着いていく。
ほんの少し、彼女の人間性を垣間見た後に、こんな姿を見せられると、胸が悪くなる。
「はぁ」
織重は、苛立ちを吐き出すように、溜め息をついた。
どうにかしたい。あの家を。
最早、狐ヶ崎家自体が呪いみたいなものだと、織重は思う。
“織重さん。私、今度、海外へ行くのよ”
“海外!?”
“だって、日本は制覇してしまいましたからね”
“どちらへ行くのですか?”
“迷ったのだけれど、エジプトへ行くわ。ピラミッドが見たいの”
“まあ、素敵ですわ”
“お土産話、期待していてくださいね”
“はい”
彼女の世界旅行は、結局、一度しか出来なかった。夫が、それを許さなかったからだ。
織重は、狐ヶ崎に変革の時が訪れることを願う。
小さな芽の結実の日よ、早く。