創作企画「冥冥の澱」
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楽園へ行けたのに、地獄へ戻りたい者などいない。そうでしょう?
あなたに抱き締められながら、泣いた。小さな子供みたいに泣いた。
陽一さんが、私の頭を優しく撫でてくれる。頭を撫でられるなんて、いつ以来だろう。小さい頃に、母に撫でられて以来?
“宵さんの髪は、綺麗ね。伸ばすと、私にそっくり”
“おかあさまと、おんなじがいい”
“だめですよ、あなたは男の子だから”
“どうして?”
母は、困ったように微笑むだけ。
ああ、そうだ。あの日から、私は、“狐ヶ崎”はおかしいと思い始めたんだ。それで、ずっと意地を張って、髪を伸ばし続けて、今に至る。
自分のことを「私」ということが、極端に少ない母。母を、美しい人形にしてしまった父。父にそっくりな兄。
「……陽一、さん……私……私、本当は、なんにも出来ないんです…………」
ごめんなさい。ごめんなさい、私が弱いから、何も守れなかった。
「私、嘘つきなんです」
生きてる振りばかり上手くなる。嘘つき。
いつも楽しそうだと、よく言われるけど、それは仮面。嘘つき。
楽しいのが、嘘なんじゃないけど、底なしの虚ろをどうしよう? 偽装しないと、空っぽがバレてしまう。
「ずっと、虚しさがあるんです。それを取り繕うために、色々なことをしましたが、大切なものは、いつか取り上げられてしまうんじゃないかって。不安で仕方ないんです」
私だけの宝石も、いつかはこの手から離れてしまう気がしている。父や兄に、砕かれてしまうのが、恐ろしい。
「……私は、どうすればいいんですか?」
明けない夜はないと言うけど、それって、いつ来ますか? 私が死ぬ前に来ますか? やっと見付けた小さな明かりを頼りに、歩いていればいいんですか? その明かりは、いつまでありますか?
一時の楽しい時間。一瞬の煌めき。それを繰り返してきたけど、ずっと祭り囃子の中にはいられない。
「もう分からないんです…………」
あなたが側にいるのに、空虚な私は、満たされない。器が壊れているに違いない。
「宵くんは、偉いね」
「……え?」
ぎゅっと抱き締められた。
「ずっと苦しかったのに。ずっと辛かったのに。人前では、あんなに笑って……」
優しい声色。私だけに向けられている。
「心配させたくないからだよね? 巻き込みたくないからだよね?」
私のことなんて、いいから。あんな異常な家に、誰も関わってほしくない。確かに、そう考えていたはずなのに。
「この前……私の兄が、四象にいた皆さんに、失礼なことをしたんです……意味なかったんですよ、私の作り笑顔なんて……何もかも、ぐしゃぐしゃにされる……」
「意味はあったよ。きみが、いつも笑ってるから、僕は、色んなきみが見たくなった」
陽一さんが、私と目を合わせて、そう言った。
「こんなはずではなかったんですが……泣くつもりなんて、ありませんでした……」
泣き止んでみると、途端に恥ずかしくて、私は俯く。
「世界で一番好きな人の前ですら、私は偽物でいる気だったんですよ」
「えっ!?」
「えっ?」
顔を上げると、陽一さんが、驚愕している。
「あれ? 宵くんは、僕の前で泣きたくなかった?」
「はい」
「笑ってる宵くんは、偽物?」
「そういう時もあります」
「僕の前で偽物でいる気だった?」
「はい」
「ん?! 世界で一番好きな人って……?」
「あなたですけど」
「えっ……えーと……?」
「そういえば、支離滅裂な自分語りしかしてなかった気がするので、改めて言いますが……」
コン! と、私は狐を作った。
「五藤陽一さん、私は、あなたのことが世界で一番好きです」
手で作った狐の口を、陽一さんの唇に当てる。
「だから、一緒に、死ぬまで生きてください」
「ハイ……!」
「いいお返事で。断らなくていいんですか?」
「いや、あの、今後ともヨロシクお願いします……!」
「ふふ。あなたって、本当に面白い方ですね」
「わっ…………」
「どうしました?」
「可愛い笑顔だなと思って」
笑顔? 自分の顔に片手を当てる。口角が上がり、頬に、ほんのり熱を持っているのが分かった。
「恋をすると、こうなるらしいですよ。あなたの瞳も、素敵ですね」
◆◆◆
私と陽一さんは、沖縄から、帰ってきた。そして、空港前で別れることに。
「宵くん、本当に帰るの?」
「はい。帰ってみて、ダメそうなら、逃げます」
「うん。分かった。気を付けてね」
「はい。それでは、また今度」
そして、私は、狐ヶ崎の家に帰る。
門扉の前に立ち、深呼吸をした。
「ただいま戻りました」
開かれた扉へ、足を踏み出す。
私はもう、大切なものは譲らない。
あなたに抱き締められながら、泣いた。小さな子供みたいに泣いた。
陽一さんが、私の頭を優しく撫でてくれる。頭を撫でられるなんて、いつ以来だろう。小さい頃に、母に撫でられて以来?
“宵さんの髪は、綺麗ね。伸ばすと、私にそっくり”
“おかあさまと、おんなじがいい”
“だめですよ、あなたは男の子だから”
“どうして?”
母は、困ったように微笑むだけ。
ああ、そうだ。あの日から、私は、“狐ヶ崎”はおかしいと思い始めたんだ。それで、ずっと意地を張って、髪を伸ばし続けて、今に至る。
自分のことを「私」ということが、極端に少ない母。母を、美しい人形にしてしまった父。父にそっくりな兄。
「……陽一、さん……私……私、本当は、なんにも出来ないんです…………」
ごめんなさい。ごめんなさい、私が弱いから、何も守れなかった。
「私、嘘つきなんです」
生きてる振りばかり上手くなる。嘘つき。
いつも楽しそうだと、よく言われるけど、それは仮面。嘘つき。
楽しいのが、嘘なんじゃないけど、底なしの虚ろをどうしよう? 偽装しないと、空っぽがバレてしまう。
「ずっと、虚しさがあるんです。それを取り繕うために、色々なことをしましたが、大切なものは、いつか取り上げられてしまうんじゃないかって。不安で仕方ないんです」
私だけの宝石も、いつかはこの手から離れてしまう気がしている。父や兄に、砕かれてしまうのが、恐ろしい。
「……私は、どうすればいいんですか?」
明けない夜はないと言うけど、それって、いつ来ますか? 私が死ぬ前に来ますか? やっと見付けた小さな明かりを頼りに、歩いていればいいんですか? その明かりは、いつまでありますか?
一時の楽しい時間。一瞬の煌めき。それを繰り返してきたけど、ずっと祭り囃子の中にはいられない。
「もう分からないんです…………」
あなたが側にいるのに、空虚な私は、満たされない。器が壊れているに違いない。
「宵くんは、偉いね」
「……え?」
ぎゅっと抱き締められた。
「ずっと苦しかったのに。ずっと辛かったのに。人前では、あんなに笑って……」
優しい声色。私だけに向けられている。
「心配させたくないからだよね? 巻き込みたくないからだよね?」
私のことなんて、いいから。あんな異常な家に、誰も関わってほしくない。確かに、そう考えていたはずなのに。
「この前……私の兄が、四象にいた皆さんに、失礼なことをしたんです……意味なかったんですよ、私の作り笑顔なんて……何もかも、ぐしゃぐしゃにされる……」
「意味はあったよ。きみが、いつも笑ってるから、僕は、色んなきみが見たくなった」
陽一さんが、私と目を合わせて、そう言った。
「こんなはずではなかったんですが……泣くつもりなんて、ありませんでした……」
泣き止んでみると、途端に恥ずかしくて、私は俯く。
「世界で一番好きな人の前ですら、私は偽物でいる気だったんですよ」
「えっ!?」
「えっ?」
顔を上げると、陽一さんが、驚愕している。
「あれ? 宵くんは、僕の前で泣きたくなかった?」
「はい」
「笑ってる宵くんは、偽物?」
「そういう時もあります」
「僕の前で偽物でいる気だった?」
「はい」
「ん?! 世界で一番好きな人って……?」
「あなたですけど」
「えっ……えーと……?」
「そういえば、支離滅裂な自分語りしかしてなかった気がするので、改めて言いますが……」
コン! と、私は狐を作った。
「五藤陽一さん、私は、あなたのことが世界で一番好きです」
手で作った狐の口を、陽一さんの唇に当てる。
「だから、一緒に、死ぬまで生きてください」
「ハイ……!」
「いいお返事で。断らなくていいんですか?」
「いや、あの、今後ともヨロシクお願いします……!」
「ふふ。あなたって、本当に面白い方ですね」
「わっ…………」
「どうしました?」
「可愛い笑顔だなと思って」
笑顔? 自分の顔に片手を当てる。口角が上がり、頬に、ほんのり熱を持っているのが分かった。
「恋をすると、こうなるらしいですよ。あなたの瞳も、素敵ですね」
◆◆◆
私と陽一さんは、沖縄から、帰ってきた。そして、空港前で別れることに。
「宵くん、本当に帰るの?」
「はい。帰ってみて、ダメそうなら、逃げます」
「うん。分かった。気を付けてね」
「はい。それでは、また今度」
そして、私は、狐ヶ崎の家に帰る。
門扉の前に立ち、深呼吸をした。
「ただいま戻りました」
開かれた扉へ、足を踏み出す。
私はもう、大切なものは譲らない。