創作企画「冥冥の澱」
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あなたは、私の運命の人! だから私は、いつも、あなただけを見てる。
ある時は、デスクトップパソコンの前に座って。またある時は、スマホを手に持って。画面越しに、あなたを見つめてる。
あなたも私が好きでしょ? だって私、あなたの一番のファンだもの。
初動画から、ずっと追ってるし、配信の時は必ず一万円投げてコメしてるし、チャンネル登録者数がキリのいい数字になる度にSNSにお祝い画像上げてるし、お揃いのインナーカラーだって入れてる。
私に、「いつも、ありがとう」って、言ってくれるものね? 名前を呼んでくれるものね?
私たちって、赤い糸で結ばれてるわ!
10万人以上いる、ただの雑魚の皆さんと、私は違うの。
「ヨイチさん…………」
好き! あなたなしでは、私、生きられない。
結婚したら、毎日、私の手料理を食べてもらうの。毎日、そのために練習してるの。料理教室に通ったり、ネットで見たアレンジレシピを片っ端から試作したり、あなた好みの味を追求してるの。
私の愛が報われる時が、もうすぐ来るわ。
私、あなたの家を探したのよ。ネットの海で、あなたの家を知ってるって人に、安くない情報料を払ったの。何人も何人も何人も何人も何人も。ガセばかりだったけれど、とうとう手に入れた。あなたの住所。あなたの画像付きの居場所。
私は、スキップしそうなくらい、どきどきわくわくしてる。もうすぐ。もうすぐ、あなたの家。
「うふふ。到着っ」
さて、あなたはいるかしら?
インターホンを鳴らす。
「…………」
出て来ない。ポストを探り、郵便物を取り出す。チラシが数枚と、不在票。
不在票には、「五藤陽一様宛」と書かれていた。
「ごとう、よういち?」
ヨイチさんの本名。本名!
「…………陽一さん」
不在のあなたを想う。五藤陽一さん。
好きです。大好き。愛してる。
私、拒食症だったの。太るのが怖かったの。大好きな甘いものも、揚げものも、お肉も、お米も、全部全部食べられなくなって。倒れて、病院へ行ったわ。入院させられて、三度の食事を強制された。普通の食事が無理なら、どろどろの気持ち悪い栄養食を。それも食べられなければ、点滴。
私、とても辛かった。苦しかった。そんな時、同じ精神科病棟の患者さんが、私は禁止されていたスマホを持っていて、動画を見ていたの。私、なんとなく覗き込んだわ。そうしたら、そこには、あなたがいたの。笑顔で、とても美味しそうに食事をしていたわ。
その時、私の呪いが解けた。そういえば、私は食べることが好きだったって、思い出した。
私、主治医に相談したわ。スマホで動画を見ながら食べさせてくれませんか? って。主治医は、了解してくれた。
それから、ずっとあなたは、私といたの。ずっと、私を励ましてくれたの。
だから、あなたを愛してる。
いけない。あなたがいつ帰るか、分からないし、作ってきたお弁当が傷むといけないわ。
家の中で待たせてもらおう。私は、鞄から、ピッキング道具を取り出して、ドアを開けた。
「お邪魔します」
とりあえず、キッチンを探し、冷蔵庫にお弁当をしまう。
いつお戻りになるのかしら?
手持ち無沙汰になった私は、家の中を拝見することにした。
そして、私が見付けたのは。
「きゃーっ! 配信部屋……!」
ついつい、テンションが上がって、叫んでしまった。パソコンのモニターが、ふたつある! 配信機材がある! 銀の盾がある!
待って、待って。感動して涙が出てきた。
泣き止んだ後は、しばし、ぼーっとする。夢の中にいるみたい。
そうしてるうちに、玄関の方で、物音がした。私は、配信部屋を出て、そちらへ向かう。
そこには、生身のあなたがいた。
「陽一さんっ!」
「エッ!? エッ!? だ、誰ですか?!」
あ、そうだわ。陽一さんは、私の顔を知らない。
「私、ナマエです! いつも、あなたのチャンネル見てます!」
「ナマエ……? ナマエって、あのナマエさん?! ナマエさんが、どうして僕の家に?!」
「陽一さんに会いに来ました! や、やっと会えたぁ……!」
ぼろぼろと涙が溢れる。
「エエッ!?」
「あなたのことが好きです! 好きなんです! 結婚してください!」
「…………む、無理です」
「は……?」
「僕は、その、気になる人が、いて……」
「え? それ、だって、それ……」
私じゃないの?
「そうよね。いくらなんでも、急過ぎましたよね。うふふ。私、誰かに話したりしません。結婚を公言しろなんて、言いません。だから、私のことを好きだと言っても大丈夫ですよ?」
「……えーと、あの、あなたのこと、好きじゃないです」
「は?」
「あなたは、ずっと応援してくれてる大切なリスナーで……だけど、恋愛的な、そういうのじゃなくて……」
何を言ってるの? そういうのじゃ、ない?
「ええーと、何をおっしゃってるの? だって、私は、あなたの一番のファンで……だから……」
だから。そうよ。
「……あなたと結ばれるのは、私であるべきだわ。そうよね?」
私は、ポケットからカッターナイフを取り出して、刃を出す。
「ひっ……!」
「もう一度だけ訊きます。あなたは、私を愛してるわよね?」
「僕は……」
陽一さんは、踵を返して、走る。
逃がすものか。
トイレに鍵をかけて閉じ籠る、あなた。私は、力いっぱい、ドアを叩く。何度も、何度も。
「ねぇ、開けてください。ねぇ、開けて。開けなさいって言ってんだろうがッ!」
必然なんだから。運命なんだから。絶対なんだから。絶対、あなたと結ばれるべきなんだから。
それ以外、ありえない。
「開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ」
陽一さんは、何も言わない。反応をしない。
なんで? どうして?
夢中で、ドアを叩いた。ずっと、ずっと。
そうしてるうちに、音が聴こえてきた。
これ、なんの音だっけ? よく、食べ物を前にして鳴っていた音。そう、確か、サイレンの音。
◆◆◆
警察官が来て、彼女は連れて行かれた。
まさか、ナマエさんが、あんな…………。
「私、諦めませんからね…………」
最後に彼女は、僕に向かって、恨めしそうにそう言った。
「…………」
こんな時でも、いつも通りにお腹が空く訳で。
家の中に戻り、冷蔵庫を開ける。
そこには、見知らぬお重があった。
ああ、ナマエさんが持ってきたんだろうな。
蓋を開け、中を見る。僕の好きなものだらけ。凄く美味しそうだけど。
「ごめんね…………」
ある時は、デスクトップパソコンの前に座って。またある時は、スマホを手に持って。画面越しに、あなたを見つめてる。
あなたも私が好きでしょ? だって私、あなたの一番のファンだもの。
初動画から、ずっと追ってるし、配信の時は必ず一万円投げてコメしてるし、チャンネル登録者数がキリのいい数字になる度にSNSにお祝い画像上げてるし、お揃いのインナーカラーだって入れてる。
私に、「いつも、ありがとう」って、言ってくれるものね? 名前を呼んでくれるものね?
私たちって、赤い糸で結ばれてるわ!
10万人以上いる、ただの雑魚の皆さんと、私は違うの。
「ヨイチさん…………」
好き! あなたなしでは、私、生きられない。
結婚したら、毎日、私の手料理を食べてもらうの。毎日、そのために練習してるの。料理教室に通ったり、ネットで見たアレンジレシピを片っ端から試作したり、あなた好みの味を追求してるの。
私の愛が報われる時が、もうすぐ来るわ。
私、あなたの家を探したのよ。ネットの海で、あなたの家を知ってるって人に、安くない情報料を払ったの。何人も何人も何人も何人も何人も。ガセばかりだったけれど、とうとう手に入れた。あなたの住所。あなたの画像付きの居場所。
私は、スキップしそうなくらい、どきどきわくわくしてる。もうすぐ。もうすぐ、あなたの家。
「うふふ。到着っ」
さて、あなたはいるかしら?
インターホンを鳴らす。
「…………」
出て来ない。ポストを探り、郵便物を取り出す。チラシが数枚と、不在票。
不在票には、「五藤陽一様宛」と書かれていた。
「ごとう、よういち?」
ヨイチさんの本名。本名!
「…………陽一さん」
不在のあなたを想う。五藤陽一さん。
好きです。大好き。愛してる。
私、拒食症だったの。太るのが怖かったの。大好きな甘いものも、揚げものも、お肉も、お米も、全部全部食べられなくなって。倒れて、病院へ行ったわ。入院させられて、三度の食事を強制された。普通の食事が無理なら、どろどろの気持ち悪い栄養食を。それも食べられなければ、点滴。
私、とても辛かった。苦しかった。そんな時、同じ精神科病棟の患者さんが、私は禁止されていたスマホを持っていて、動画を見ていたの。私、なんとなく覗き込んだわ。そうしたら、そこには、あなたがいたの。笑顔で、とても美味しそうに食事をしていたわ。
その時、私の呪いが解けた。そういえば、私は食べることが好きだったって、思い出した。
私、主治医に相談したわ。スマホで動画を見ながら食べさせてくれませんか? って。主治医は、了解してくれた。
それから、ずっとあなたは、私といたの。ずっと、私を励ましてくれたの。
だから、あなたを愛してる。
いけない。あなたがいつ帰るか、分からないし、作ってきたお弁当が傷むといけないわ。
家の中で待たせてもらおう。私は、鞄から、ピッキング道具を取り出して、ドアを開けた。
「お邪魔します」
とりあえず、キッチンを探し、冷蔵庫にお弁当をしまう。
いつお戻りになるのかしら?
手持ち無沙汰になった私は、家の中を拝見することにした。
そして、私が見付けたのは。
「きゃーっ! 配信部屋……!」
ついつい、テンションが上がって、叫んでしまった。パソコンのモニターが、ふたつある! 配信機材がある! 銀の盾がある!
待って、待って。感動して涙が出てきた。
泣き止んだ後は、しばし、ぼーっとする。夢の中にいるみたい。
そうしてるうちに、玄関の方で、物音がした。私は、配信部屋を出て、そちらへ向かう。
そこには、生身のあなたがいた。
「陽一さんっ!」
「エッ!? エッ!? だ、誰ですか?!」
あ、そうだわ。陽一さんは、私の顔を知らない。
「私、ナマエです! いつも、あなたのチャンネル見てます!」
「ナマエ……? ナマエって、あのナマエさん?! ナマエさんが、どうして僕の家に?!」
「陽一さんに会いに来ました! や、やっと会えたぁ……!」
ぼろぼろと涙が溢れる。
「エエッ!?」
「あなたのことが好きです! 好きなんです! 結婚してください!」
「…………む、無理です」
「は……?」
「僕は、その、気になる人が、いて……」
「え? それ、だって、それ……」
私じゃないの?
「そうよね。いくらなんでも、急過ぎましたよね。うふふ。私、誰かに話したりしません。結婚を公言しろなんて、言いません。だから、私のことを好きだと言っても大丈夫ですよ?」
「……えーと、あの、あなたのこと、好きじゃないです」
「は?」
「あなたは、ずっと応援してくれてる大切なリスナーで……だけど、恋愛的な、そういうのじゃなくて……」
何を言ってるの? そういうのじゃ、ない?
「ええーと、何をおっしゃってるの? だって、私は、あなたの一番のファンで……だから……」
だから。そうよ。
「……あなたと結ばれるのは、私であるべきだわ。そうよね?」
私は、ポケットからカッターナイフを取り出して、刃を出す。
「ひっ……!」
「もう一度だけ訊きます。あなたは、私を愛してるわよね?」
「僕は……」
陽一さんは、踵を返して、走る。
逃がすものか。
トイレに鍵をかけて閉じ籠る、あなた。私は、力いっぱい、ドアを叩く。何度も、何度も。
「ねぇ、開けてください。ねぇ、開けて。開けなさいって言ってんだろうがッ!」
必然なんだから。運命なんだから。絶対なんだから。絶対、あなたと結ばれるべきなんだから。
それ以外、ありえない。
「開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ」
陽一さんは、何も言わない。反応をしない。
なんで? どうして?
夢中で、ドアを叩いた。ずっと、ずっと。
そうしてるうちに、音が聴こえてきた。
これ、なんの音だっけ? よく、食べ物を前にして鳴っていた音。そう、確か、サイレンの音。
◆◆◆
警察官が来て、彼女は連れて行かれた。
まさか、ナマエさんが、あんな…………。
「私、諦めませんからね…………」
最後に彼女は、僕に向かって、恨めしそうにそう言った。
「…………」
こんな時でも、いつも通りにお腹が空く訳で。
家の中に戻り、冷蔵庫を開ける。
そこには、見知らぬお重があった。
ああ、ナマエさんが持ってきたんだろうな。
蓋を開け、中を見る。僕の好きなものだらけ。凄く美味しそうだけど。
「ごめんね…………」