創作企画「冥冥の澱」
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どうして無視するのですか? 明さん。
いや、本当は、分かっている。私が、待ち合わせに遅れたからだ。3分くらいかしら。
「明さん、ごめんなさい…………」
「……それが社会人の謝り方か?」
冷たい声。氷柱のように、私の心に突き刺さる。
「待ち合わせに遅れてしまい、申し訳ありません。今後、このようなことがないよう、気を付けます」
「二度と、俺を待たせるな。お前は、なんだ? 俺の許嫁だろう?」
「はい…………」
そんな目で見ないで。ちゃんとしますから。
「来年、結婚が控えている。まさか、式にも遅れて来るのか?」
「いいえ。いいえ、私、そんなことしません!」
「そうしろ。家名に泥を塗りたくなければな」
「はい」
私と、狐ヶ崎明さんが顔を合わせてから、3年の月日が流れた。私は、23歳。明さんは、27歳。
だけど、私たちが結婚することは、私が子供の時分に決まっていた。
私の血統は、申し分なかったのだろう。そして、他には、見目の良さと、器量の良さ。それらが必要だったのだと思う。
「お前は、美しい女だ。俺の後ろを歩かせてやる。着いて来れるな?」
私はかつて、「はい」と返事をした。子供の頃に焦がれた王子様とは、全然違ったけれど、あなたのことを愛しているから。
狐ヶ崎明さんって、どんな人? 私を幸せにしてくれる人?
過去の私の疑問に、今の私は、なんと答えよう?
冷たい人よ。傲慢な人よ。だけど、実力があって、お家のことをしっかり守ろうとしていて、真面目な人よ。
私、この人が好きなの。一度だけ見た、笑顔が忘れられないの。初めて会った時、私を見て、微笑んでいたの。
だから、ふたりで幸せになりたい。
努力すれば、きっといつか幸せになれるわ。
「行くぞ」
「はい」
私は、明さんの3歩後ろを歩き、着いて行く。
今日は、美術館へ行って。それから、お食事。
これ以上、粗相のないようにしなくては。
美術館では、モネ展をやっていて、睡蓮の絵がたくさんあった。
「どれも似たような絵だな」
「習作じゃないかしら?」
「反復練習をしなくてはならないのは、凡才だからではないか?」
「睡蓮が好きだったのかもしれませんよ」
「お前は好きか?」
「……はい。でも、狐ヶ崎家のお庭の睡蓮の方が素敵でしたわ」
「そうだろうな。一流の家のものは、全て一流でなくてはならない」
「そうですね」
どうやら、私は、間違わずに答えられたらしい。
美術館を一周りすると、ちょうど正午になった。私たちは、予約していたフレンチレストランへ向かう。前に、私が気になると言っていたレストランだ。覚えていてくださったのかしら? 偶然?
テーブルマナーを、頭の中で復習する。間違えたら、恥ずかしいし、明さんに叱られる。
「いただきます」
突き出しを口に運ぶ。美味しい。
前菜を待ちながら、私は何か話題はないかと、探す。
「そういえば、宵さんは、お元気? 相変わらず、色々なことに挑戦されているのかしら?」
「あれは、相変わらずだ。落ち着きがない。遊び呆けている。将来、どうなることか…………」
「まだ大学生ですし、様々な体験をするのもよいと思いますわ」
「体験しなくては、向き不向きも分からないとは。愚者のすることだ」
「宵さんは、愚かではないわ。体験は、無駄にはなりませんよ」
「やけに庇うな。あれが好きか?」
「面白い人です」
「はっ。面白い? 確かに面白いな。子供の頃と同じように、いつまでも手遊びの狐を作りながら話すし、ずっと縁談を反古にするし、胡乱な店に入り浸る」
明さんは、溜め息をつく。この話題、よくないかもしれない。
胡乱な店って、何かしら? そう思うが、絶対に触れない方がいい。
前菜が運ばれてきた。
「まあ! 美しい盛り付け」
「…………」
明さんは、何も言わずに、料理を食べ始める。ああ、少々機嫌を損ねてしまった。
それから、スープ、魚料理、口直し、肉料理と、フルコースは進んでいく。
「美味しいですね」とか「上品なお味です」とか「好みですわ」とか色々話しかけたが、明さんは、喋らない。
生野菜のサラダ、チーズ、甘いお菓子、果物、と更に食事は進む。私は、段々味を感じなくなっていった。
「明さん」
「なんだ?」
「あの、私がこちらのレストランが気になると言ったこと、覚えていらっしゃいました?」
「ああ、まあな」
「ありがとうございます」
明さんの表情は、いつも通り、あまり読めない。
本当かしら? いえ、信じなければ。信じていたい。
最後のメニュー、コーヒーと小菓子が運ばれてきた。
「明さん、この後は? お時間あります?」
「会合がある」
「そうですか…………」
にべもない。そんな態度に慣れてきたのが、嫌だ。
無情に時は流れ、もうお別れの時間がくる。
「それでは、また」
もっと一緒にいたい。ずっと側にいて。
「今日は、ありがとうございました」
「ああ」
明さんは、お迎えの車に乗り込み、去ってしまう。
あなたの袖を引けたなら。あなたに愛を請えたなら。
私、知っているのですよ、明さん。あなたが、他の女と会っていること。でも、いいのです。だって、私は“そういう女たち”とは違いますもの。
どうか、“特別”でいさせてくださいましね。それがあれば、私は大丈夫ですから。
好きよ、明さん。大好きよ。
いや、本当は、分かっている。私が、待ち合わせに遅れたからだ。3分くらいかしら。
「明さん、ごめんなさい…………」
「……それが社会人の謝り方か?」
冷たい声。氷柱のように、私の心に突き刺さる。
「待ち合わせに遅れてしまい、申し訳ありません。今後、このようなことがないよう、気を付けます」
「二度と、俺を待たせるな。お前は、なんだ? 俺の許嫁だろう?」
「はい…………」
そんな目で見ないで。ちゃんとしますから。
「来年、結婚が控えている。まさか、式にも遅れて来るのか?」
「いいえ。いいえ、私、そんなことしません!」
「そうしろ。家名に泥を塗りたくなければな」
「はい」
私と、狐ヶ崎明さんが顔を合わせてから、3年の月日が流れた。私は、23歳。明さんは、27歳。
だけど、私たちが結婚することは、私が子供の時分に決まっていた。
私の血統は、申し分なかったのだろう。そして、他には、見目の良さと、器量の良さ。それらが必要だったのだと思う。
「お前は、美しい女だ。俺の後ろを歩かせてやる。着いて来れるな?」
私はかつて、「はい」と返事をした。子供の頃に焦がれた王子様とは、全然違ったけれど、あなたのことを愛しているから。
狐ヶ崎明さんって、どんな人? 私を幸せにしてくれる人?
過去の私の疑問に、今の私は、なんと答えよう?
冷たい人よ。傲慢な人よ。だけど、実力があって、お家のことをしっかり守ろうとしていて、真面目な人よ。
私、この人が好きなの。一度だけ見た、笑顔が忘れられないの。初めて会った時、私を見て、微笑んでいたの。
だから、ふたりで幸せになりたい。
努力すれば、きっといつか幸せになれるわ。
「行くぞ」
「はい」
私は、明さんの3歩後ろを歩き、着いて行く。
今日は、美術館へ行って。それから、お食事。
これ以上、粗相のないようにしなくては。
美術館では、モネ展をやっていて、睡蓮の絵がたくさんあった。
「どれも似たような絵だな」
「習作じゃないかしら?」
「反復練習をしなくてはならないのは、凡才だからではないか?」
「睡蓮が好きだったのかもしれませんよ」
「お前は好きか?」
「……はい。でも、狐ヶ崎家のお庭の睡蓮の方が素敵でしたわ」
「そうだろうな。一流の家のものは、全て一流でなくてはならない」
「そうですね」
どうやら、私は、間違わずに答えられたらしい。
美術館を一周りすると、ちょうど正午になった。私たちは、予約していたフレンチレストランへ向かう。前に、私が気になると言っていたレストランだ。覚えていてくださったのかしら? 偶然?
テーブルマナーを、頭の中で復習する。間違えたら、恥ずかしいし、明さんに叱られる。
「いただきます」
突き出しを口に運ぶ。美味しい。
前菜を待ちながら、私は何か話題はないかと、探す。
「そういえば、宵さんは、お元気? 相変わらず、色々なことに挑戦されているのかしら?」
「あれは、相変わらずだ。落ち着きがない。遊び呆けている。将来、どうなることか…………」
「まだ大学生ですし、様々な体験をするのもよいと思いますわ」
「体験しなくては、向き不向きも分からないとは。愚者のすることだ」
「宵さんは、愚かではないわ。体験は、無駄にはなりませんよ」
「やけに庇うな。あれが好きか?」
「面白い人です」
「はっ。面白い? 確かに面白いな。子供の頃と同じように、いつまでも手遊びの狐を作りながら話すし、ずっと縁談を反古にするし、胡乱な店に入り浸る」
明さんは、溜め息をつく。この話題、よくないかもしれない。
胡乱な店って、何かしら? そう思うが、絶対に触れない方がいい。
前菜が運ばれてきた。
「まあ! 美しい盛り付け」
「…………」
明さんは、何も言わずに、料理を食べ始める。ああ、少々機嫌を損ねてしまった。
それから、スープ、魚料理、口直し、肉料理と、フルコースは進んでいく。
「美味しいですね」とか「上品なお味です」とか「好みですわ」とか色々話しかけたが、明さんは、喋らない。
生野菜のサラダ、チーズ、甘いお菓子、果物、と更に食事は進む。私は、段々味を感じなくなっていった。
「明さん」
「なんだ?」
「あの、私がこちらのレストランが気になると言ったこと、覚えていらっしゃいました?」
「ああ、まあな」
「ありがとうございます」
明さんの表情は、いつも通り、あまり読めない。
本当かしら? いえ、信じなければ。信じていたい。
最後のメニュー、コーヒーと小菓子が運ばれてきた。
「明さん、この後は? お時間あります?」
「会合がある」
「そうですか…………」
にべもない。そんな態度に慣れてきたのが、嫌だ。
無情に時は流れ、もうお別れの時間がくる。
「それでは、また」
もっと一緒にいたい。ずっと側にいて。
「今日は、ありがとうございました」
「ああ」
明さんは、お迎えの車に乗り込み、去ってしまう。
あなたの袖を引けたなら。あなたに愛を請えたなら。
私、知っているのですよ、明さん。あなたが、他の女と会っていること。でも、いいのです。だって、私は“そういう女たち”とは違いますもの。
どうか、“特別”でいさせてくださいましね。それがあれば、私は大丈夫ですから。
好きよ、明さん。大好きよ。