その他
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それを解体し、人間に引き戻したのは、廻屋渉という男。彼は、都市伝説解体センターのセンター長である。
㐂田川仄人は、視界に入れた人間の未来が視えるという目を持っているとされていたが、実は、それは嘘だった。
彼を神に仕立て上げ、甘い汁を啜っていた両親。そのふたりが、息子の予知通りの事柄を人為的に起こしていたのである。
㐂田川仄人は、故郷の村を、両親を捨てて、廻屋について行くことにした。
「いいんですか?」
「僕は、やっと自由になれました。あなたのおかげです。これからは、あなたのために生きたいです」
「では、行きましょうか」
「はい」
そうして、㐂田川仄人は名前を捨てることになる。
◆◆◆
「ナナさんは、どうして都市伝説解体センターに?」
ビルの屋上で、福来あざみに訊かれた。
「廻屋さんに恩があるからですよ」と、長い前髪で両目を隠した男、ナナは正直に答える。
「へぇ。そうなんですね」
「はい。それに…………」
「それに?」
「僕は、センター長のことが好きなんですよ」
「えっ!?」
「内緒ですよ」
ナナは、人差し指を唇に当てて言った。
「あの、でも、センター長さんの千里眼でバレちゃいませんか?!」
「ふふ。たぶん、平気です」
あざみには、ナナの真意が分からない。
「あ! そろそろ行かないと! ナナさん、失礼します」
「はい。いってらっしゃい」
あざみが去った後。廻屋から、電話がきた。
『あなた、私のことが好きなんですか?』
「はい。そうです」
『ナナ、私は————』
「分かってますよ。僕の想いになんて、応えなくていいですから」
『……私も、あなたも、どうしようもないですね』
廻屋は、溜め息をつくように笑う。
「それでは、僕は僕の仕事をします」
『はい。よろしくお願いします』
ナナは、廻屋の指示通りに働いた。懸命に。献身的に。
たとえ、その恋が報われないとしても。
あなたの目的を達成するために、僕がいる。
ナナは、自らが選んだ運命に従い、廻屋渉と共にあった。
一方その頃、ジャスミンは頭を抱えている。
いまだに、ナナの素性が掴めないのだ。
本名も出身地も、何も分からない。
ただ、ナナが嬉しそうに廻屋の手足になっているという事実のみが、彼女が分かる唯一の真実だった。
過去を捨てた男には、“今”しかない。
好きな人に尽くせる“今”を、ナナは大切に生きている。
◆◆◆
ナナは、ぼんやりと古びたパイプ椅子に座っていた。
「おや、いらしてたのですか」
「はい。こんにちは」
そこに、センター長が戻って来る。
「ふふ。ようこそいらっしゃいました」
廻屋渉は、妖艶に微笑んだ。
「今日は、あなたはオフでは?」
「そうです。だから、廻屋さんに会いに来ました」
「……健気ですね」
「自己満足ですよ」
ナナは、ふ、と笑う。
「あなたは、復讐の先を考えていますか?」
「どうでしょうね」
「……お願いがあります。何処かへ行くのなら、僕も連れて行ってください。地獄まででもお供します」
そう懇願するナナ。無意識のうちに、両手を祈るように組んでいる。
「私は、あなたにとって何なのでしょう?」
廻屋は、笑みを崩さずに訊いた。
「救世主です」
「薄情な救世主もいたものですね。ナナ、あなたの想いは報われない」
「構いません。言いましたよね? それでもいいと」
「愚かな人。でも、可愛い人ですね」
「…………」
廻屋にとって、ナナは駒のひとつであったが、そう簡単には割り切れない感情もある。
何より、社会から隔絶されていたナナには、“罪”がないのだ。だから、来るべき日に、彼の個人情報を暴露するつもりはない。
「……いいでしょう。あなたのことは、どこまでも連れて行くと約束します」
「ありがとうございます」
ナナは、椅子から立ち上がって一礼した。
それから、廻屋の側に行き、跪いて彼の手を取る。
「せっかく人間になれたのに、私を選んでしまいましたね」
「初恋ですから。愚かなのは、仕方のないことでしょう?」
「初恋は叶わない、というのも存外都市伝説めいていますね」
「え?」
「何でもありません」
廻屋は、ナナの手を優しく握り返した。
「あの、これは僕のワガママなんですけれど……」
「はい?」
「渉さん、とお呼びしてもよろしいですか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます。渉さんは、僕の全てなんです」
「それは、それは」
ふたりが、薄明かりの下で、そんなやり取りをしている時。ジャスミンこと、止木休美は、とある廃村を訪れていた。
その村は、かつてナナが“神”にされていた場所。
「…………」
村人たちが殺し合い、誰も生き残らなかったという、曰く付きの土地。
ここに、ナナのルーツがあるということまでは分かったのだが、生存者がいないはずの村で何があったのかは分からないままだ。
廻屋渉は、何をしにここへ来た? ここで何をした? ナナとは、誰のことだ?
血痕が至るところに残る廃村は、さながら都市伝説の発祥の地のようだった。
◆◆◆
「仄人様」
「はい」
御簾の中から、“神”が応える。
「わたしの未来を教えていただきたく存じます」
「お任せください」
すぅ、と息を吐いてから、未来を視るための詞を紡いだ。
「現世は夢。我は夢を視る神、㐂田川仄人なり。禍事、罪、穢れ。全てを解き明かしたまえ」
両の手を合わせ、ぱんっと音を鳴らす。
「視えました。3日後に、あなたの子が毒蛇に噛まれます。外に出さぬようにしてください」
「はい。ありがとうございます。ありがとうございます!」
婦人は、両手を合わせて何度も礼をした。
しかし、その予言は全くのデタラメ。その嘘で得た金で、彼は生きていた。
初めは、彼が3歳の時。物覚えがいい子供だった仄人は、両親が作った台本を丸暗記して、“神”にさせられた。それから、ずっと“神”を演じている。
ある日、村に来訪者がやって来た。
その人物は、「廻屋渉です」と名乗る。ネットの海で噂を目にし、仄人に未来を視てほしいのだと言う。
「あなたのその未来視、嘘ですよね?」
「なにを…………」
「㐂田川仄人さん。あなたは、望んで“神”になっているのでしょうか?」
「わたくしは…………僕は…………望みなど、一度も叶ったことがありません…………」
初めて会う村の外の人間に、仄人は本音をこぼしてしまった。
予言を授ける際は、ふたりきりだから。
「あなたは、何をしたいですか?」
「僕は、この枷を壊したいです…………」
「Good! そうしましょう。あなたには、それが出来る。でしょう?」
「……はい」
そうして、㐂田川仄人は、故郷を終わらせることにした。
彼はただ、予言をすればいいだけ。嘘を吹き込み、村人同士を争わせ、殺し合いをさせるのだ。
その後。惨劇が起こった。
仄人の筋書き通りの殺し合い。彼の両親も、村の者に殺害された。
ドミノ倒しのように指先ひとつで、綺麗に村は滅びたのである。
生き残ったのは、廻屋渉という余所者と、㐂田川仄人と、その双子の弟。
双子の弟には、名前がない。そもそも、その存在すら公にされていない。秘匿された双子の弟。両親には、「ナナシ」と呼ばれていた。
双子は不吉だからと、家の座敷牢に閉じ込められている弟。
「廻屋さん」
「はい」
「僕は、僕を殺さなくてはなりません」
「…………」
仄人は、両親の死体が転がっている居間に廻屋を残して、弟の元へ向かう。
「こんにちは、ナナ」
「おにいさま……!」
「もう、こんなところにはいなくていいよ」
「おにいさま! おにいさま!」
ナナとは、兄である仄人が与えた仮の名前である。
座敷牢の南京錠を開けて、ナナを外に出す。
「行こうか」
「どこ? どこ?」
「遠くだよ」
仄人は、ナナを“神”の座まで連れて行った。
「さよなら、㐂田川仄人」
「さよなら? さよなら?」
ナナの胸部を、隠し持っていた包丁で射す。
「僕のことを、ゆるさなくていい」
ナナは倒れて、大量出血をして動かなくなった。
仄人は、廻屋の元に戻り、㐂田川仄人を死んだことにすると告げた。
「では、あなたのことはなんと呼べば?」
「僕は、ナナです」
㐂田川仄人を殺した男は、“ナナ”という亡霊のようなものになる。
こうして、ナナと廻屋は村を後にし、共に都市伝説解体センターを動かしていった。
◆◆◆
ナナのことを、ジャスミンが呼び止めた。
「どうかしましたか? ジャスミンさん」
「ナナは、イルミナカードについて何か知ってる?」
「いえ、僕は何も」
「そ。分かった。じゃ、あざみー送ってくるわ」
「はい。いってらっしゃい」
ナナは、ジャスミンに素性を探られていることには気付いている。
だが、彼女が真相に辿り着く前に、廻屋渉の復讐は完遂されるはずだ。
ナナのことを調べることに労力を割けば、如月歩からは遠退く。
だって僕は、渉さんとは、ほとんど関係ないのですから。
彼が、あの村を訪れたのは、如月努の足跡を辿ったからに過ぎない。かつて、村の風習を調べに来た民俗学者の。
ナナのスマートフォンが震えた。このスマホは飛ばし携帯であり、ナナの正体には結び付かない物である。
「はい」
『ナナ。頼みがあります』
「はい」
ナナは、廻屋に言われた通りに必要な物を調達し、指定の場所に置く。
後に、廻屋の元へ戻り、ナナは彼の膝元に跪いた。
「よくやってくれましたね。ありがとうございます」
「……はい」
廻屋に頭を撫でられて、ナナは嬉しくなる。
「渉さんは、僕のことを……いえ、やっぱりなんでもないです…………」と、疑問を言いかけた。
「私は、あなたのことを好ましく思っていますよ。とても興味深い」
「ありがとうございます」
都市伝説めいた存在だったナナは、今では人間として充足している。
「私は、そろそろ退散しますね。ナナ、あざみさんをよろしくお願いします」
「はい」
一瞬のうちに、廻屋渉が福来あざみに切り替わった。
「あ、ナナさん! 聞いてください。ジャスミンさんって、とっても強いんですよ!」
「そうなんですか」
「はい。こう、鋭い一撃をですね」
あざみは、軽く蹴る真似をする。
「ふふ。ジャスミンさんは、優れた方ですからね」
「はい! 頼りになります!」
ナナは、口元をほころばせた。
「ナナさんは、どういうお仕事をしてるんですか?」
「それは秘密です。話すと、センター長に怒られてしまいます」
「分かりました。ナナさんも、がんばってくださいね」
「はい。ありがとうございます。あざみさんの働き、とても目覚ましいですよ」
「ありがとうございます!」
それから、あざみは帰宅し、ナナはセンターにひとりになる。
「…………」
ナナには、帰る場所はない。センター内でひっそりと暮らしている。
廃墟のようなそこは、自分にはお似合いの場所だと思っていた。
いずれ僕は、地獄に落ちるだろう。
◆◆◆
「人間には、インターネットは過ぎた代物ですね」というのが、生まれてから20年以上ネットに触れたことのなかったナナの意見だった。
「あなたは、何故ネットを取り上げられていたんですか?」
だいたいの予想はつくが、廻屋は質問する。
「僕を管理しやすくするためでしょうね。僕よりも、弟の方がもっと酷かったですが」
彼の弟は、両親のせいで教育を受けさせてもらえなかったのだ。それに比べたら、ナナは学校へは通わせてもらっていたし、たまにテレビを見ることくらいはあった。
「……あそこのことは、ネットでは、“予言者がいる村”として漂っていたのですね」
「ええ。だから、兄はあそこを訪れた。そして、あの村で起きた惨劇は、クローゼット行きになりました」
「たまに来ていた身なりのいい人が政治家だなんて、僕は知りませんでした。両親だけが、甘い蜜を吸っていたのです。いえ、知らなかったでは済まされませんね…………」
ナナは、深く溜め息をつく。
人の欲望には、果てがない。
「ナナ」
夕焼けを背にして、廻屋が優しく名前を呼んだ。
「はい」
「もうすぐ、グレートリセットの時が訪れます。“全て”が暴露され、社会は混乱するでしょう。あなたは、私と共に来てください」
「はい、もちろんです」
「遠いところへ行きましょう」
ナナは、差し出された廻屋の手を取った。
その後。SAMEJIMAのカウントダウンが0を表示する。
真犯人たちと、愚かな大衆への報復。大規模な情報の暴露。
「あざみさん」
「ナナさん!? いつの間にここに?」
「渉さんの元へ辿り着いてくださり、ありがとうございます」
「ナナさん? どうして泣いてるんですか?」
「どうしてでしょうね…………」
渉さんを独りきりにすることにならなくて、よかった。
ナナは、あざみに深く感謝している。
「僕は、渉さんの隣へは行けても、所詮は他人ですから」
「?」
あざみは、不思議そうに首を傾げた。
「ナナ、約束は守りますよ」と、廻屋渉の声。
「はい」
ナナは、廻屋の後をついて行く。
◆◆◆
ジャスミンが、異国のその場所に踏み込むと、それを見た福来あざみが、「ジャスミンさん!」と嬉しそうに声を上げる。
それから、「ようこそ、都市伝説解体センターへ」と、廻屋渉と、その隣に立つナナの声が響いた。
如月歩の計画を知りながら側にいたのか、ナナ!
ジャスミンは、苦い顔をする。
廻屋渉とナナは、ただ静かに笑っていた。
