アイマス
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異国。アメリカにて、迷った末に辿り着いた、家族経営のゲストハウス。
急な宿泊客を受け入れてくれた部屋の窓の外は、とっぷりと日が暮れていた。
部屋は埃っぽく、どこからか入り込んだ羽虫が飛び回っていて、蛍光灯は度々点滅している。しかし、野宿よりは数段マシだろう。
もう寝てしまおうと思い、折り畳み式の簡易ベッドに横たわるとギーギーと心配になる音が鳴った。それでも、野宿よりは数段マシだろう。
そう思った後、神谷幸広は目を閉じた。
◆◆◆
鍵をかけたはずのドアが開く音で、眠気が覚めた。
入ってきたのは、水道修理業者らしき、工具箱を手に提げた作業服の男。神谷と目が合うと、「ここは物置じゃ?」と訊いてきた。
「他に部屋が空いてなくてね」
神谷の答えを聞いた男は、「マジかよ」とか「クソッ」とかブツブツ言っている。
「えーと、君は泥棒なのか?」
「どう見ても水道修理業者だろ」
いや、水道修理業者の振りをした泥棒に見える。
「はぁ、ここには仕事をしに来た。それは本当だ。オレの仕事は————」
突然、部屋の灯りが消えた。
「停電?」
「クソッ! 来やがったか!」
男は悪態をつきながら、懐中電灯を取り出し、ドアを開けようとする。しかし、開かない。
「おい、お前! 窓を開けろ!」
「え?」
「早く!」
神谷は、男が照らした窓に駆け寄り、開けようとするが。
「ま、窓が開かない!」
「建て付けが悪いか、もしくは霊障だ!」
「霊!?」
神谷は青ざめ、服の裾をぎゅっと握る。そういえば、部屋の気温が下がっている気がする。これも霊障なのだろうか?
「後ろ!」
男が叫ぶ。
神谷が後ろを振り向くと、そこには、長い黒髪を振り乱したスリップドレスの女がいた。女は、半透明である。
女の手が神谷に向かって伸びてきた。
「ひぃッ!」
「こっちへ来い!」
言われるがままに、もつれる足で男の元に向かう。
「食らえ!」
男は、乱暴に霊に塩の塊を投げつけた。
女の霊は、恨みがましそうな表情で消え失せる。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ、なんとか」
青い顔で震えている神谷に、男は心配そうな顔を向けた。
「オレは、ナマエ・ミョウジ。霊を退治するのが仕事だ」
「俺は神谷幸広。日本から、旅をしていて……」
「よろしくな、ユキヒロ」
「ああ、よろしく、ナマエ」
握手をする、ふたり。
「悠長なことしてる場合じゃねぇな。さっさと取りかかるか」
ナマエはそう言うと、霊が出てきた辺りに移動する。
そこには、古い大きなタンスがあった。そのタンスの扉を思い切り開いて中を照らすと————人骨と、気味の悪い人形が置かれた祭壇になっていた。
「げえっ! なんだこりゃ、呪術か?! 管轄外だ!」
ナマエは焦る。
このままでは、また“出る”。
あの女の霊のものであろう人骨に塩を振り、燃やせばいいという、いつもの手順では意味がない。
「クソ! サンタ・ムエルテの出番じゃねぇのは確かだな!」
この事態を乗り切るための“物”が無い。
今から呪術市場に行けというのか?
「こんなに騒いでるのに誰も気付いてないのか?!」
神谷は疑問を声に出した。
「外の人類はアイツが滅ぼしたのかもな」
「ええ?!」
「あんなの見たら誰だって気絶する」
恐らく、この建物の人間は自分たちを除いて意識がない。
もしくはーーーーナマエは、そのことを考えるのはやめておくことにした。
「はぁ。とうとう、死ぬべき時が来たのかもな」
男は力なく言う。今は一時的に霊を退けられているが、次に出た時には、どうしようもない。呪いの装置と化した女の手で、絶命させられるだろう。
「誰がこんな怖い目に遭いたいってんだ……? たまに、ちょっとばかり感謝されるからって、それが何だってんだ……?」
ナマエは、後悔を口にする。
「オレだって、マイナスをゼロにするんじゃなくて、ゼロをプラスにすることがしたかったよ!」
焦燥が、彼を多弁にした。
そうでもしなくては、絶望に押し潰されてしまいそうだった。
「大嫌いなクソ田舎のガソリンスタンドで働くよりはマシだと思って、この仕事を選んだけどさぁ! 生還したら絶対にやめてやるからな!」
舌打ちをした後、ナマエは出口前に戻り、自身の工具箱を漁る。
何かないのか?
この絶望的な状況を打開する手立ては?
そうこうしている内に、更に部屋の気温が下がった。
来た。呪術に縛られた女の霊だ。
「もうダメだ……オレたち、ここで死ぬんだ……」
「……俺が、霊と話してみる」
「震えながら何を言ってんだ?! 霊に話が通じたことなんかーー」
「でも、諦める訳にはいかないよ」
ナマエは目を見開いて驚いた。
“一般人”が、なかなかに覚悟の決まったことを言う。
そこで、ナマエは神谷の首からぶら下がっているドクロに気付いた。
「そりゃあ、カラベラじゃねぇか!? なんで持ってんだ?!」
「メキシコ土産で…」
「ついでに、マリーゴールドか柑橘類か砂糖辺り持ってない?」
「マリーゴールドなら、ハーブティー用のがあるよ。確か砂糖もあったはず」
「アンタ最高だよ! 今から、祭壇を作るぞ!」
ナマエは、塩での呪霊の牽制を神谷に任せると、テキパキと儀式の準備を始めた。古机の上に道具を配置し、チョークでなにやら陣を描いている。
「確かこれで合ってるはずだ。もう、やるしかない」
「ナマエ! 塩が切れた!」
「準備は出来た! こっちへ!」
一呼吸置いて、ナマエは詠唱する。
「死者を守護せし、冥府の女神ミクトランシワトルよ。死後の世界へ導くべき魂が、ここに囚われているぞ、なんとかしてくれ! 水は流さねぇと濁るだろ!」
努めて仰々しくしていた言葉を荒いものへと変えながらも、ナマエは祈りを捧げた。
ふたりに迫り来ていた女の霊は、耳障りな悲鳴を上げると、発光して徐々に消える。
「やった、のか?」
「ああ、やったな」
ナマエは神谷の肩を軽く叩いた。
「けほっ」
気付けば、ずいぶんと埃が舞っている。
「窓開けよう、窓」
「ああ」
神谷が窓を開けようとするが。
「開かない!」
「建て付けが悪い!」
その後、ガス漏れに見せかけるための
工作をし、ゲストハウスに救急車を呼んだ。
住人は皆、気絶していただけだったので、犠牲者はゼロ。ハッピーエンドだ。と、神谷は思った。
隣にいるナマエも、心なしか嬉しそうな顔をしている。
「これは礼だ」
「これは……?」
ナマエが差し出してきたのは、銀色の弾丸だった。
「銀製だ。銃では撃てない、ただのお守りさ。バケモンに遭ったら、とりあえず投げて逃げろ。それとも、話しかけてみるかい? オレは、やめといた方がいいと思うけど」
「幽霊って一体なんなんだろう?」
「オレも知りたいよ。末長く付き合うことになるだろうからなぁ」
「この仕事、やめるんじゃ…………?」
「えっ? あーウソウソ、やめないやめない」
彼は幾度となく、もうやめると喚いてきたが、いつだって終わればケロリとしている。
そして、また泣きながら、死なない限りは続けるのだろう。
「どうして旅をしてるかは知らないが、ユキヒロがいてくれて良かった。今日はギリギリ最悪な日じゃなかったよ。ありがとう」
◆◆◆
「神谷?」
「わっ」
廃病院での肝試しレポートの仕事へ向かうロケバスの中、物思いに耽っていると、隣に座る東雲に声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「本当にダメそうなら、私かプロデューサーさんに言ってくださいよ?」
「ああ、そうするよ」
神谷は、首元にぶら下がるドクロを、銀色の弾丸ごと握り締めた。
彼との出会いは、素敵な物語として記憶に残っている。
2020/06/15
急な宿泊客を受け入れてくれた部屋の窓の外は、とっぷりと日が暮れていた。
部屋は埃っぽく、どこからか入り込んだ羽虫が飛び回っていて、蛍光灯は度々点滅している。しかし、野宿よりは数段マシだろう。
もう寝てしまおうと思い、折り畳み式の簡易ベッドに横たわるとギーギーと心配になる音が鳴った。それでも、野宿よりは数段マシだろう。
そう思った後、神谷幸広は目を閉じた。
◆◆◆
鍵をかけたはずのドアが開く音で、眠気が覚めた。
入ってきたのは、水道修理業者らしき、工具箱を手に提げた作業服の男。神谷と目が合うと、「ここは物置じゃ?」と訊いてきた。
「他に部屋が空いてなくてね」
神谷の答えを聞いた男は、「マジかよ」とか「クソッ」とかブツブツ言っている。
「えーと、君は泥棒なのか?」
「どう見ても水道修理業者だろ」
いや、水道修理業者の振りをした泥棒に見える。
「はぁ、ここには仕事をしに来た。それは本当だ。オレの仕事は————」
突然、部屋の灯りが消えた。
「停電?」
「クソッ! 来やがったか!」
男は悪態をつきながら、懐中電灯を取り出し、ドアを開けようとする。しかし、開かない。
「おい、お前! 窓を開けろ!」
「え?」
「早く!」
神谷は、男が照らした窓に駆け寄り、開けようとするが。
「ま、窓が開かない!」
「建て付けが悪いか、もしくは霊障だ!」
「霊!?」
神谷は青ざめ、服の裾をぎゅっと握る。そういえば、部屋の気温が下がっている気がする。これも霊障なのだろうか?
「後ろ!」
男が叫ぶ。
神谷が後ろを振り向くと、そこには、長い黒髪を振り乱したスリップドレスの女がいた。女は、半透明である。
女の手が神谷に向かって伸びてきた。
「ひぃッ!」
「こっちへ来い!」
言われるがままに、もつれる足で男の元に向かう。
「食らえ!」
男は、乱暴に霊に塩の塊を投げつけた。
女の霊は、恨みがましそうな表情で消え失せる。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ、なんとか」
青い顔で震えている神谷に、男は心配そうな顔を向けた。
「オレは、ナマエ・ミョウジ。霊を退治するのが仕事だ」
「俺は神谷幸広。日本から、旅をしていて……」
「よろしくな、ユキヒロ」
「ああ、よろしく、ナマエ」
握手をする、ふたり。
「悠長なことしてる場合じゃねぇな。さっさと取りかかるか」
ナマエはそう言うと、霊が出てきた辺りに移動する。
そこには、古い大きなタンスがあった。そのタンスの扉を思い切り開いて中を照らすと————人骨と、気味の悪い人形が置かれた祭壇になっていた。
「げえっ! なんだこりゃ、呪術か?! 管轄外だ!」
ナマエは焦る。
このままでは、また“出る”。
あの女の霊のものであろう人骨に塩を振り、燃やせばいいという、いつもの手順では意味がない。
「クソ! サンタ・ムエルテの出番じゃねぇのは確かだな!」
この事態を乗り切るための“物”が無い。
今から呪術市場に行けというのか?
「こんなに騒いでるのに誰も気付いてないのか?!」
神谷は疑問を声に出した。
「外の人類はアイツが滅ぼしたのかもな」
「ええ?!」
「あんなの見たら誰だって気絶する」
恐らく、この建物の人間は自分たちを除いて意識がない。
もしくはーーーーナマエは、そのことを考えるのはやめておくことにした。
「はぁ。とうとう、死ぬべき時が来たのかもな」
男は力なく言う。今は一時的に霊を退けられているが、次に出た時には、どうしようもない。呪いの装置と化した女の手で、絶命させられるだろう。
「誰がこんな怖い目に遭いたいってんだ……? たまに、ちょっとばかり感謝されるからって、それが何だってんだ……?」
ナマエは、後悔を口にする。
「オレだって、マイナスをゼロにするんじゃなくて、ゼロをプラスにすることがしたかったよ!」
焦燥が、彼を多弁にした。
そうでもしなくては、絶望に押し潰されてしまいそうだった。
「大嫌いなクソ田舎のガソリンスタンドで働くよりはマシだと思って、この仕事を選んだけどさぁ! 生還したら絶対にやめてやるからな!」
舌打ちをした後、ナマエは出口前に戻り、自身の工具箱を漁る。
何かないのか?
この絶望的な状況を打開する手立ては?
そうこうしている内に、更に部屋の気温が下がった。
来た。呪術に縛られた女の霊だ。
「もうダメだ……オレたち、ここで死ぬんだ……」
「……俺が、霊と話してみる」
「震えながら何を言ってんだ?! 霊に話が通じたことなんかーー」
「でも、諦める訳にはいかないよ」
ナマエは目を見開いて驚いた。
“一般人”が、なかなかに覚悟の決まったことを言う。
そこで、ナマエは神谷の首からぶら下がっているドクロに気付いた。
「そりゃあ、カラベラじゃねぇか!? なんで持ってんだ?!」
「メキシコ土産で…」
「ついでに、マリーゴールドか柑橘類か砂糖辺り持ってない?」
「マリーゴールドなら、ハーブティー用のがあるよ。確か砂糖もあったはず」
「アンタ最高だよ! 今から、祭壇を作るぞ!」
ナマエは、塩での呪霊の牽制を神谷に任せると、テキパキと儀式の準備を始めた。古机の上に道具を配置し、チョークでなにやら陣を描いている。
「確かこれで合ってるはずだ。もう、やるしかない」
「ナマエ! 塩が切れた!」
「準備は出来た! こっちへ!」
一呼吸置いて、ナマエは詠唱する。
「死者を守護せし、冥府の女神ミクトランシワトルよ。死後の世界へ導くべき魂が、ここに囚われているぞ、なんとかしてくれ! 水は流さねぇと濁るだろ!」
努めて仰々しくしていた言葉を荒いものへと変えながらも、ナマエは祈りを捧げた。
ふたりに迫り来ていた女の霊は、耳障りな悲鳴を上げると、発光して徐々に消える。
「やった、のか?」
「ああ、やったな」
ナマエは神谷の肩を軽く叩いた。
「けほっ」
気付けば、ずいぶんと埃が舞っている。
「窓開けよう、窓」
「ああ」
神谷が窓を開けようとするが。
「開かない!」
「建て付けが悪い!」
その後、ガス漏れに見せかけるための
工作をし、ゲストハウスに救急車を呼んだ。
住人は皆、気絶していただけだったので、犠牲者はゼロ。ハッピーエンドだ。と、神谷は思った。
隣にいるナマエも、心なしか嬉しそうな顔をしている。
「これは礼だ」
「これは……?」
ナマエが差し出してきたのは、銀色の弾丸だった。
「銀製だ。銃では撃てない、ただのお守りさ。バケモンに遭ったら、とりあえず投げて逃げろ。それとも、話しかけてみるかい? オレは、やめといた方がいいと思うけど」
「幽霊って一体なんなんだろう?」
「オレも知りたいよ。末長く付き合うことになるだろうからなぁ」
「この仕事、やめるんじゃ…………?」
「えっ? あーウソウソ、やめないやめない」
彼は幾度となく、もうやめると喚いてきたが、いつだって終わればケロリとしている。
そして、また泣きながら、死なない限りは続けるのだろう。
「どうして旅をしてるかは知らないが、ユキヒロがいてくれて良かった。今日はギリギリ最悪な日じゃなかったよ。ありがとう」
◆◆◆
「神谷?」
「わっ」
廃病院での肝試しレポートの仕事へ向かうロケバスの中、物思いに耽っていると、隣に座る東雲に声をかけられた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
「本当にダメそうなら、私かプロデューサーさんに言ってくださいよ?」
「ああ、そうするよ」
神谷は、首元にぶら下がるドクロを、銀色の弾丸ごと握り締めた。
彼との出会いは、素敵な物語として記憶に残っている。
2020/06/15