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かつて、私の世界は完璧だった。
兄がいて、妹の私がいる。それが、私の世界の全て。
けれど、ある日突然、世界は欠けてしまった。
だから、私は“戦争”を始めたのである。
◆◆◆
「サーヴァント、ランサー。真名はヘクトール。よろしく、マスター」
「よろしく、ランサー」
ヘクトールのマスターは真っ黒なスーツを着ていた。
喪服を着た少女の目は、爛々と輝いている。
使えるものを、やっと手に入れた。 そんな感じの勝ち気な表情をしている。
「まずは、お互いのことを話さないとね」
少女は随分と魔術師らしくないことを言う。
少女とサーヴァントは、いかにも工房といった様子の地下室を出て、ごく普通の一般家庭といった様相のリビングへと向かった。 ふたりは、ローテーブルを挟んで向かい合ってソファーに腰かける。
「私が聖杯に望むのは、死んだ者の復活。兄を生き返らせたいの。あなたの望みは?」
「望みは特にない、かなぁ。アンタが聖杯が欲しいってんなら、手に入れるがね」
「そう。きちんと仕事をしてくれるなら、それで構わないよ」
話し合いは、すぐに済んだ。後は、血で血を洗うような聖杯戦争に身を投じるだけ。勝ち残るだけ。
「なあに、たったそれだけだよ」
マスターは、不敵な笑みを浮かべる。
かつて、完璧だった世界を取り戻すために、一組のマスターとサーヴァントは、死力を尽くすことを誓う。
始めにかち合ったのは、ヘクトールと因縁のあるサーヴァント。ライダー、アキレウスだった。
少女は、得意の強化魔術で、ヘクトールの槍に「神性特攻」を付与する。
「そら、今度は避けきれるかな?」
「抜かせ! 俺は最速のサーヴァントだ!」
二騎のサーヴァントは、激戦を繰り広げた。槍を交え、時には舌戦をし、闘う。それは、まるで神話の一ページのように。
魔術師の少女に出来ることは、多くはなかった。彼女の強化や回復の魔術なんて、微々たるものだ。
しかし、少女は、祈らない。神を信じていないからだ。存在を信じていないというより、神というものの在り方を、信頼していないのだ。
永遠にも思える攻防。その終止符を打ったのは、ランサーの宝具、“不毀の極槍”だった。
距離を取っていたアキレウスの、踵に、投げ槍が刺さり、爆発する。
「なっ……!?」
勢いよく、戦車から落ちる最速の英雄。霊核にこそ届かないが、その弱点は、あまりにも有名過ぎた。故に、致命的。
アキレウスは、痛む足を引き摺り、それでもまだ、槍を離さない。その瞳には、闘志が漲っている。
「お前…………よくも…………」
「いやぁ、英雄アキレウスも焼きが回ったもんだねぇ。オジサンなんかに弱点突かれるなんてな」
そこからは、身ひとつでの一騎打ちだった。
「ランサー!」
ランサーのマスターは、急造して隠し持っていた槍を、彼に投げ渡す。
「おい、そんな棒切れで、俺とやる気なのか?」
「まあ、マスターの愛情で出来た特別製ですから?」
出来てない! 少女は、内心でランサーの軽口を否定した。
その槍は、神を殺さんとする槍の模造品である。
そして、ヘクトール対アキレウスの、最後の闘いが始まった。
長い、長い闘いの末に、勝ったのは。
「もらったぁ!」
ヘクトールの槍が、アキレウスの霊核を貫いた。アキレウスが、消えていく。
「ひぃ!」
穴熊を決め込んでいた、ライダーのマスターは、急いでその場から逃げた。
「ランサー! おめでとう。それから、ありがとう。勝ってくれて、本当に嬉しい!」
その、マスターの笑顔を見た瞬間、ランサーの胸に去来するものがあった。 安堵であったり、懐かしさのようなものであったり、様々だ。 その中で一番強く感じるのは、愛しさだった。
あれ……? 俺のマスターって確か……。
ぽつり、と。ある人物の名前を呟くランサー、ヘクトール。
「ランサー? あなた、今…………兄を、私の兄を知ってるの?!」
「アンタの兄が……俺の…………」
マスターたる少女は、ポケットからパスケースを取り出し、そこに入れてある写真を見せた。
「この人が、私の兄」
そこには、見慣れた笑顔の少年がいた。
「間違いない。俺を喚び出したことがあるのは、アンタの兄だ」
「いつ?」
「時間も場所も、こことは全く違うところでしょう」
その世界では、死んでいるのは妹の方だった。
「彼は、どうして死んだんですかね?」
「兄は、登山中に崖から転落して死んだらしいの」
「それは…………」
同じだ。別の世界での、彼女の死因と。
なんの因果なのだろう? 兄と妹を別つ、川がある。生と死を別つ、川が流れている。
「きっと私がいるここは、枝葉の世界だから。いずれ剪定される。そうに違いない。そうでなきゃ、私は…………」
そんな夢想にすがらなくては、彼女は最早立っていられなかった。
「私は時々、予知夢を見た。それで兄が死ぬことが分かった。だから、私はそれを阻止しようとしたの。でも、失敗した。その理由がやっと分かった気がする」
必死に涙を堪えて、彼女は言葉を続ける。
「私が死ななくては、兄は生きられないんだと思う。どちらか一方しか存在を許されていないんだ…………」
それは、残酷な運命の物語。残酷な世界の、ありふれた物語。
「マスター。それをなんとかするために、聖杯を手に入れるんでしょう? だったら、泣いてる暇なんてないぜ」
「……そうだね。私は、兄を、私の世界を取り戻す」
少女は、真っ直ぐ前を見つめ、涙を振り切った。
私には、あなたがいる。ヘクトール。大切な、私のサーヴァント。
◆◆◆
恋の話をしよう。ヘクトールは、かつて、マスターの少年に恋慕の情を向けられていた。
そして、少しばかり困ったことに、ヘクトールもまた、少年を愛した。
今ではもう、夢の中の出来事みたいなものだけれど。それは、美しい一欠片の宝石である。
恋の話をしよう。聖杯戦争を勝ち進むうちに、少女は、ヘクトールに恋をした。
アキレウスとの闘いを覗き見していたアサシンからの奇襲を、なんとか防ぎ、「護るのは得意なんだ」と言う彼の横顔に、ときめいている自分がいた。
ねぇ、あなたは兄と、どんなことを話したの? どんな風に信頼されていたの? どうやって共に生きていたの?
知りたい。教えて。あなたの全部。知りたいことは、たったひとつ。あなたの全部。
願いが、揺れる。絶対的だった、少女の願いが、揺らぐ。
兄を生き返らせること。それが願いのはず。
でも、ヘクトール。私は、あなたとずっと一緒に生きていきたいよ。
ダメだ。ダメだ。ダメだ!
自分の願いは、兄と共に在ること。それだけでいいはずだ。
少女は、恋心を抱き、混乱している。だって、世界に必要なのは、兄だけだったのだから。
それなのに。それなのに、“あなた”が欲しいだなんて。そんな我が儘、赦されない。
「ランサー。いえ、ヘクトール」
「なんですかい? マスター」
「あなたは、受肉を願いなさい」
「へ? そりゃまた、どうして?」
「それは、その…………私が、あなたのことを好きだからだよ…………!」
悲鳴を上げるように、マスターは言った。
「マスターは、俺のトロイアだ。全力で愛し、護ってみせますよ」
「あなた、それ、兄にも言っていたでしょう?」
少女は、直感的に思った。
「たはぁ、バレた?」
「兄とは違うものを頂戴」
「そうさな、マスターが大人の女になったら、望み通り愛しますよ」
どうも、のらりくらりとかわされている感じが否めないが。
「……今はそれでいいや」
あなたは、きっと、“マスターのため”ならば、愛してる振りくらいするのでしょう。
絶対に、本気にさせてみせるから。覚悟しておけ、ヘクトール。
少女は、決意を新たに、聖杯戦争を勝ち抜くことを目指す。
恋の話をしよう。それは、命をかけるに値する、美しく、残酷な物語。
◆◆◆
次なる敵は、セイバーだった。そのセイバーが言うには、キャスター・アーチャー・バーサーカーを下したらしい。
つまりは、これが、最後の闘い。
セイバーは、白い、裏地が青色のマントを身に付けて、穏やかに微笑んでいる。
「さあ、やろうか!」
剣を携えた青年は、爽やかに言った。これから、スポーツの試合でもするみたいに。
「こりゃ、厄介そうだ」
ランサーは、ヘラヘラ笑っている。
「ランサー、お願い。勝って……!」
「もちろん。やってやりますよ、マスター」
セイバーのマスターは、令呪を持って命ずる。ヘクトールは気付いた。宝具の威力を底上げし、最大出力でこちらをマスターごと薙ぎ払う気だ。
セイバーは、宝具、“王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣”を放つ。
「ランサー! 令呪を持って命ずる! 自分と私を護りなさい!」
令呪一画では、到底足りない。二画を消費し、槍を使い、剣から放たれた光を抑え込む。
光は、マスターには、当たらなかった。そう、マスターには。
ヘクトールの身体に、無数の光が当たる。皮膚は焼け爛れ、激痛を伴う。
「ランサー! 今、回復魔術を!」
「いや、平気平気」
「そんな訳ないでしょう!」
ヘクトールは、走り出した。そんなことが出来る身体ではないはずなのに。
セイバーに向かって、一直線に進む。
そして。それを泰然と待ち構えるセイバーを、飛び越えて。
「えっ?」
セイバーのマスターの心臓を、一突きした。
「これで、こっちの勝ちだが、文句あるかい?」
「貴様ァ!」
セイバーの激昂を無視し、ランサーは、己のマスターの元へと向かう。
「勝ちましたよっと。マスター」
「……ヘクトール、あなた、身体が…………」
「いやぁ、参ったね、こりゃ。はは。マスター、笑ってくださいよ」
ランサーは、どさりと倒れた。
「回復を…………!」
「もう、無理でしょう、これは」
「うるさい!」
少女は、ありったけの魔力を使い、回復魔術をかける。焼け石に水だが。
「好きだよ……ヘクトール、好きなの……」
横たわるヘクトールを両腕で抱き上げ、少女は、懇願するように言葉をこぼす。
「分かってますよ」
「ずっと一緒にいてよ……!」
「さよなら、マスター。どうか、幸せになってくださいよ」
弱々しく、手を伸ばし、マスターの頬に触れた。
「愛してますよ、マスター」
時よ止まれ。
一瞬の口付け。永遠のさよなら。
時は待たない。
そして、彼女は願った。
◆◆◆
「おはよう、兄さん」
「…………あれ? オレは…………」
「もうとっくに朝だよ。お寝坊さん」
「あ、うん。あれ? なんか、大人っぽくなった?」
「そう? まあ、そうかもね」
朝日の射し込む部屋で、ふたりは笑い合った。
かつて、私の世界は、完璧だった。
兄がいて、妹の私がいる。それが、私の世界の全て。
けれど、ある日突然、世界は欠けてしまった。
だから、私は、あなたとの思い出を胸に、ずっと生きていくのでしょう。
待ってて、ヘクトール。絶対に、あなたに会いに行くから。
刹那の恋。永遠のお別れ。そんな結末、覆してみせるから。
いつか、花実の恋になるように。
兄がいて、妹の私がいる。それが、私の世界の全て。
けれど、ある日突然、世界は欠けてしまった。
だから、私は“戦争”を始めたのである。
◆◆◆
「サーヴァント、ランサー。真名はヘクトール。よろしく、マスター」
「よろしく、ランサー」
ヘクトールのマスターは真っ黒なスーツを着ていた。
喪服を着た少女の目は、爛々と輝いている。
使えるものを、やっと手に入れた。 そんな感じの勝ち気な表情をしている。
「まずは、お互いのことを話さないとね」
少女は随分と魔術師らしくないことを言う。
少女とサーヴァントは、いかにも工房といった様子の地下室を出て、ごく普通の一般家庭といった様相のリビングへと向かった。 ふたりは、ローテーブルを挟んで向かい合ってソファーに腰かける。
「私が聖杯に望むのは、死んだ者の復活。兄を生き返らせたいの。あなたの望みは?」
「望みは特にない、かなぁ。アンタが聖杯が欲しいってんなら、手に入れるがね」
「そう。きちんと仕事をしてくれるなら、それで構わないよ」
話し合いは、すぐに済んだ。後は、血で血を洗うような聖杯戦争に身を投じるだけ。勝ち残るだけ。
「なあに、たったそれだけだよ」
マスターは、不敵な笑みを浮かべる。
かつて、完璧だった世界を取り戻すために、一組のマスターとサーヴァントは、死力を尽くすことを誓う。
始めにかち合ったのは、ヘクトールと因縁のあるサーヴァント。ライダー、アキレウスだった。
少女は、得意の強化魔術で、ヘクトールの槍に「神性特攻」を付与する。
「そら、今度は避けきれるかな?」
「抜かせ! 俺は最速のサーヴァントだ!」
二騎のサーヴァントは、激戦を繰り広げた。槍を交え、時には舌戦をし、闘う。それは、まるで神話の一ページのように。
魔術師の少女に出来ることは、多くはなかった。彼女の強化や回復の魔術なんて、微々たるものだ。
しかし、少女は、祈らない。神を信じていないからだ。存在を信じていないというより、神というものの在り方を、信頼していないのだ。
永遠にも思える攻防。その終止符を打ったのは、ランサーの宝具、“不毀の極槍”だった。
距離を取っていたアキレウスの、踵に、投げ槍が刺さり、爆発する。
「なっ……!?」
勢いよく、戦車から落ちる最速の英雄。霊核にこそ届かないが、その弱点は、あまりにも有名過ぎた。故に、致命的。
アキレウスは、痛む足を引き摺り、それでもまだ、槍を離さない。その瞳には、闘志が漲っている。
「お前…………よくも…………」
「いやぁ、英雄アキレウスも焼きが回ったもんだねぇ。オジサンなんかに弱点突かれるなんてな」
そこからは、身ひとつでの一騎打ちだった。
「ランサー!」
ランサーのマスターは、急造して隠し持っていた槍を、彼に投げ渡す。
「おい、そんな棒切れで、俺とやる気なのか?」
「まあ、マスターの愛情で出来た特別製ですから?」
出来てない! 少女は、内心でランサーの軽口を否定した。
その槍は、神を殺さんとする槍の模造品である。
そして、ヘクトール対アキレウスの、最後の闘いが始まった。
長い、長い闘いの末に、勝ったのは。
「もらったぁ!」
ヘクトールの槍が、アキレウスの霊核を貫いた。アキレウスが、消えていく。
「ひぃ!」
穴熊を決め込んでいた、ライダーのマスターは、急いでその場から逃げた。
「ランサー! おめでとう。それから、ありがとう。勝ってくれて、本当に嬉しい!」
その、マスターの笑顔を見た瞬間、ランサーの胸に去来するものがあった。 安堵であったり、懐かしさのようなものであったり、様々だ。 その中で一番強く感じるのは、愛しさだった。
あれ……? 俺のマスターって確か……。
ぽつり、と。ある人物の名前を呟くランサー、ヘクトール。
「ランサー? あなた、今…………兄を、私の兄を知ってるの?!」
「アンタの兄が……俺の…………」
マスターたる少女は、ポケットからパスケースを取り出し、そこに入れてある写真を見せた。
「この人が、私の兄」
そこには、見慣れた笑顔の少年がいた。
「間違いない。俺を喚び出したことがあるのは、アンタの兄だ」
「いつ?」
「時間も場所も、こことは全く違うところでしょう」
その世界では、死んでいるのは妹の方だった。
「彼は、どうして死んだんですかね?」
「兄は、登山中に崖から転落して死んだらしいの」
「それは…………」
同じだ。別の世界での、彼女の死因と。
なんの因果なのだろう? 兄と妹を別つ、川がある。生と死を別つ、川が流れている。
「きっと私がいるここは、枝葉の世界だから。いずれ剪定される。そうに違いない。そうでなきゃ、私は…………」
そんな夢想にすがらなくては、彼女は最早立っていられなかった。
「私は時々、予知夢を見た。それで兄が死ぬことが分かった。だから、私はそれを阻止しようとしたの。でも、失敗した。その理由がやっと分かった気がする」
必死に涙を堪えて、彼女は言葉を続ける。
「私が死ななくては、兄は生きられないんだと思う。どちらか一方しか存在を許されていないんだ…………」
それは、残酷な運命の物語。残酷な世界の、ありふれた物語。
「マスター。それをなんとかするために、聖杯を手に入れるんでしょう? だったら、泣いてる暇なんてないぜ」
「……そうだね。私は、兄を、私の世界を取り戻す」
少女は、真っ直ぐ前を見つめ、涙を振り切った。
私には、あなたがいる。ヘクトール。大切な、私のサーヴァント。
◆◆◆
恋の話をしよう。ヘクトールは、かつて、マスターの少年に恋慕の情を向けられていた。
そして、少しばかり困ったことに、ヘクトールもまた、少年を愛した。
今ではもう、夢の中の出来事みたいなものだけれど。それは、美しい一欠片の宝石である。
恋の話をしよう。聖杯戦争を勝ち進むうちに、少女は、ヘクトールに恋をした。
アキレウスとの闘いを覗き見していたアサシンからの奇襲を、なんとか防ぎ、「護るのは得意なんだ」と言う彼の横顔に、ときめいている自分がいた。
ねぇ、あなたは兄と、どんなことを話したの? どんな風に信頼されていたの? どうやって共に生きていたの?
知りたい。教えて。あなたの全部。知りたいことは、たったひとつ。あなたの全部。
願いが、揺れる。絶対的だった、少女の願いが、揺らぐ。
兄を生き返らせること。それが願いのはず。
でも、ヘクトール。私は、あなたとずっと一緒に生きていきたいよ。
ダメだ。ダメだ。ダメだ!
自分の願いは、兄と共に在ること。それだけでいいはずだ。
少女は、恋心を抱き、混乱している。だって、世界に必要なのは、兄だけだったのだから。
それなのに。それなのに、“あなた”が欲しいだなんて。そんな我が儘、赦されない。
「ランサー。いえ、ヘクトール」
「なんですかい? マスター」
「あなたは、受肉を願いなさい」
「へ? そりゃまた、どうして?」
「それは、その…………私が、あなたのことを好きだからだよ…………!」
悲鳴を上げるように、マスターは言った。
「マスターは、俺のトロイアだ。全力で愛し、護ってみせますよ」
「あなた、それ、兄にも言っていたでしょう?」
少女は、直感的に思った。
「たはぁ、バレた?」
「兄とは違うものを頂戴」
「そうさな、マスターが大人の女になったら、望み通り愛しますよ」
どうも、のらりくらりとかわされている感じが否めないが。
「……今はそれでいいや」
あなたは、きっと、“マスターのため”ならば、愛してる振りくらいするのでしょう。
絶対に、本気にさせてみせるから。覚悟しておけ、ヘクトール。
少女は、決意を新たに、聖杯戦争を勝ち抜くことを目指す。
恋の話をしよう。それは、命をかけるに値する、美しく、残酷な物語。
◆◆◆
次なる敵は、セイバーだった。そのセイバーが言うには、キャスター・アーチャー・バーサーカーを下したらしい。
つまりは、これが、最後の闘い。
セイバーは、白い、裏地が青色のマントを身に付けて、穏やかに微笑んでいる。
「さあ、やろうか!」
剣を携えた青年は、爽やかに言った。これから、スポーツの試合でもするみたいに。
「こりゃ、厄介そうだ」
ランサーは、ヘラヘラ笑っている。
「ランサー、お願い。勝って……!」
「もちろん。やってやりますよ、マスター」
セイバーのマスターは、令呪を持って命ずる。ヘクトールは気付いた。宝具の威力を底上げし、最大出力でこちらをマスターごと薙ぎ払う気だ。
セイバーは、宝具、“王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣”を放つ。
「ランサー! 令呪を持って命ずる! 自分と私を護りなさい!」
令呪一画では、到底足りない。二画を消費し、槍を使い、剣から放たれた光を抑え込む。
光は、マスターには、当たらなかった。そう、マスターには。
ヘクトールの身体に、無数の光が当たる。皮膚は焼け爛れ、激痛を伴う。
「ランサー! 今、回復魔術を!」
「いや、平気平気」
「そんな訳ないでしょう!」
ヘクトールは、走り出した。そんなことが出来る身体ではないはずなのに。
セイバーに向かって、一直線に進む。
そして。それを泰然と待ち構えるセイバーを、飛び越えて。
「えっ?」
セイバーのマスターの心臓を、一突きした。
「これで、こっちの勝ちだが、文句あるかい?」
「貴様ァ!」
セイバーの激昂を無視し、ランサーは、己のマスターの元へと向かう。
「勝ちましたよっと。マスター」
「……ヘクトール、あなた、身体が…………」
「いやぁ、参ったね、こりゃ。はは。マスター、笑ってくださいよ」
ランサーは、どさりと倒れた。
「回復を…………!」
「もう、無理でしょう、これは」
「うるさい!」
少女は、ありったけの魔力を使い、回復魔術をかける。焼け石に水だが。
「好きだよ……ヘクトール、好きなの……」
横たわるヘクトールを両腕で抱き上げ、少女は、懇願するように言葉をこぼす。
「分かってますよ」
「ずっと一緒にいてよ……!」
「さよなら、マスター。どうか、幸せになってくださいよ」
弱々しく、手を伸ばし、マスターの頬に触れた。
「愛してますよ、マスター」
時よ止まれ。
一瞬の口付け。永遠のさよなら。
時は待たない。
そして、彼女は願った。
◆◆◆
「おはよう、兄さん」
「…………あれ? オレは…………」
「もうとっくに朝だよ。お寝坊さん」
「あ、うん。あれ? なんか、大人っぽくなった?」
「そう? まあ、そうかもね」
朝日の射し込む部屋で、ふたりは笑い合った。
かつて、私の世界は、完璧だった。
兄がいて、妹の私がいる。それが、私の世界の全て。
けれど、ある日突然、世界は欠けてしまった。
だから、私は、あなたとの思い出を胸に、ずっと生きていくのでしょう。
待ってて、ヘクトール。絶対に、あなたに会いに行くから。
刹那の恋。永遠のお別れ。そんな結末、覆してみせるから。
いつか、花実の恋になるように。