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実を言うと、あの所長秘書のことが嫌いではなかった。
頭が良く、器が小さく、権威主義的。だが、無害だった。普通の範疇だった。
だから、彼の矮小さも尊大さも愛せた。少なくとも、自分は。
しかし、1月にセラフィックスが閉鎖空間になり、更には電脳化し、状況が変わった。いや、状況が変わっただけなら、まだマシだったのかもしれない。いつからか、セラピストが生き残った職員たちの教祖になっていた。かく言う自分も、彼女の療法のせいで精神的溺死を迎えそうだ。
けれど、どうしてもこの耽溺を許せない。自分の根幹部分が、認めない。そのせいで、友人を否定せざるを得ない。
そのせいで、彼の前に立ち、こうして必死に言葉を紡いでいる。君の顔もまともに見ることが出来ないままに、搾り出すように声を出している。
「アーノルド、君は悪人じゃなかったはずだろう?」
しかしプログラムは書き換えられ、彼は、すっかり悪性腫瘍に。
自分で、自分を否定してしまいそうになる。泣いて謝り、この反抗を赦してもらうのが正しいことだと思いたくなる。だが、それこそ妄念のような、わずかに残った反骨心が自分を突き動かした。
「君は何やら船長ぶっているが、ここは沈没船だからな。せいぜい、最後に離船するがいい。では、僕は先に降ろさせてもらう」
誰にも響かないであろう台詞を言い終える。
後悔はない。後悔はしない。これは意地だ。
彼が何か喚いているが、無視して逃げることに徹しなければならない。処刑されるなんて、まっぴらだ。
何も言わずに出て行くことが最良だと理解しながら、文句のひとつも言ってからにしようと決めた自分を、僕だけは褒めてやろう。
◆◆◆
どうにかアーノルドに追い出される前に自ら中央管制室から抜け出た自分は、怪物に襲われるか、分解されるか。まあ、どうでもいいことだ。大切なのは、これで浅慮になった集団と、おさらば出来るということのみ。すっきりする。清々しい。
とはいえ、僕は別に彼らを恨んでいる訳ではないのだ。僕は元より、普通の人間の精神的強度に期待も希望も抱いていないのである。
自分が、正気や理性をかき集められたのは偶然に過ぎず、これは決して僕に強さがあるということではない。僕は、普通の人間だから。たまたま、綱渡りに成功してしまったようなもの。これまでの人生でそんなことを実感したことはないが、今回は運が良かったのだろう。
ごちゃごちゃと考えるのは、もうやめだ。最期の時は静かにいこう。
晴れやかな気持ちで公園でも散歩をするかのように、辺りを見回しながら歩くことにする。
「地獄にしては美しいな」
心境の変化がそう見せるのか、今となっては、この暗い青色に受容的な穏やかさすら感じる。死に場所として、なかなか良いかもしれない。
そうしているうちに、僕は、ほつれて形を保てなくなり――――――。
◆◆◆
1月初めにセラフィックスが解体された。
「さよなら、アーノルド。元気で」
最後に友人にかけた、つまらない言葉。直後、薄く笑った彼の方も、似たような言葉を僕に返してきたことを思い出す。
君という人間は、僕に安心を与えてくれるので、ぜひ生きてほしいという率直な気持ちを伝えたつもりだ。
アーノルドは、僕の考える普通の人間そのものであり、迷いなく普通というラベルを貼ることが出来た。普通とは、全てが平均的という化物のことではない。一般的で、強くなくて、些細なきっかけで崩れてしまうものだ。僕は、そういう普通の人間が好きである。こう表現すると友情と言うには少々歪んでいるかもしれないが、この一方的な同族意識のようなものを、僕は友情と呼び続けるのだろう。
今後、会うことがあるかどうかも分からないが、出来れば会いたいものである。
2017/11/20
頭が良く、器が小さく、権威主義的。だが、無害だった。普通の範疇だった。
だから、彼の矮小さも尊大さも愛せた。少なくとも、自分は。
しかし、1月にセラフィックスが閉鎖空間になり、更には電脳化し、状況が変わった。いや、状況が変わっただけなら、まだマシだったのかもしれない。いつからか、セラピストが生き残った職員たちの教祖になっていた。かく言う自分も、彼女の療法のせいで精神的溺死を迎えそうだ。
けれど、どうしてもこの耽溺を許せない。自分の根幹部分が、認めない。そのせいで、友人を否定せざるを得ない。
そのせいで、彼の前に立ち、こうして必死に言葉を紡いでいる。君の顔もまともに見ることが出来ないままに、搾り出すように声を出している。
「アーノルド、君は悪人じゃなかったはずだろう?」
しかしプログラムは書き換えられ、彼は、すっかり悪性腫瘍に。
自分で、自分を否定してしまいそうになる。泣いて謝り、この反抗を赦してもらうのが正しいことだと思いたくなる。だが、それこそ妄念のような、わずかに残った反骨心が自分を突き動かした。
「君は何やら船長ぶっているが、ここは沈没船だからな。せいぜい、最後に離船するがいい。では、僕は先に降ろさせてもらう」
誰にも響かないであろう台詞を言い終える。
後悔はない。後悔はしない。これは意地だ。
彼が何か喚いているが、無視して逃げることに徹しなければならない。処刑されるなんて、まっぴらだ。
何も言わずに出て行くことが最良だと理解しながら、文句のひとつも言ってからにしようと決めた自分を、僕だけは褒めてやろう。
◆◆◆
どうにかアーノルドに追い出される前に自ら中央管制室から抜け出た自分は、怪物に襲われるか、分解されるか。まあ、どうでもいいことだ。大切なのは、これで浅慮になった集団と、おさらば出来るということのみ。すっきりする。清々しい。
とはいえ、僕は別に彼らを恨んでいる訳ではないのだ。僕は元より、普通の人間の精神的強度に期待も希望も抱いていないのである。
自分が、正気や理性をかき集められたのは偶然に過ぎず、これは決して僕に強さがあるということではない。僕は、普通の人間だから。たまたま、綱渡りに成功してしまったようなもの。これまでの人生でそんなことを実感したことはないが、今回は運が良かったのだろう。
ごちゃごちゃと考えるのは、もうやめだ。最期の時は静かにいこう。
晴れやかな気持ちで公園でも散歩をするかのように、辺りを見回しながら歩くことにする。
「地獄にしては美しいな」
心境の変化がそう見せるのか、今となっては、この暗い青色に受容的な穏やかさすら感じる。死に場所として、なかなか良いかもしれない。
そうしているうちに、僕は、ほつれて形を保てなくなり――――――。
◆◆◆
1月初めにセラフィックスが解体された。
「さよなら、アーノルド。元気で」
最後に友人にかけた、つまらない言葉。直後、薄く笑った彼の方も、似たような言葉を僕に返してきたことを思い出す。
君という人間は、僕に安心を与えてくれるので、ぜひ生きてほしいという率直な気持ちを伝えたつもりだ。
アーノルドは、僕の考える普通の人間そのものであり、迷いなく普通というラベルを貼ることが出来た。普通とは、全てが平均的という化物のことではない。一般的で、強くなくて、些細なきっかけで崩れてしまうものだ。僕は、そういう普通の人間が好きである。こう表現すると友情と言うには少々歪んでいるかもしれないが、この一方的な同族意識のようなものを、僕は友情と呼び続けるのだろう。
今後、会うことがあるかどうかも分からないが、出来れば会いたいものである。
2017/11/20