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「へぇ~え。この人が、新宿でオジサンとマスターを引き剥がした犯人かぁ」
「マスター君、誰だね? このオジサン」
「アンタもだろ」
先程からヘクトールはモリアーティを睨み付けたままだ。
「モリアーティ、このオジサンはヘクトール。で、ヘクトール、このオジサンはモリアーティ」
剣呑なことになった。ヘクトールは、完全にモリアーティを敵視している。一方、モリアーティは何か悪巧みをしていそうな雰囲気である。嫌な予感がして、ナマエは苦笑いしか出来ない。
「あー…………ヘクトール、ちょっと話があるから、オレの部屋まで来てくれない?」
「……了解」
「じゃあ、またね。モリアーティ」
モリアーティは胡散臭い笑顔でふたりを見送った。
ナマエの部屋へ向かう途中、ふたりは無言のままだった。
(なんか息が詰まるなぁ……)
重苦しい雰囲気のまま目的地に到着し、ふたりでベッドに腰掛けた後、ナマエは決心したように口を開く。
「モリアーティは悪い人だけど、悪いだけの人でもないんだ。仲良くしなくてもいいけど、喧嘩はしないでね?」
悪いだけの人でなくなったのは、つい最近の話だが。
「こっちからは売りませんよ。売られたら分かりませんがねぇ」
「それが、めちゃくちゃ売ってきそうなんだよなぁ……なんかもう、オレたちが一線越えてるのバレてる気がするし……」
一線越えてる、というのはマスターとサーヴァントという関係を越えているという意味だ。
「なんで、あんな奴喚んじゃったかなぁ、マスターは……」
「いやぁ、なんでだろうね」
「ハァ。マスターが新宿放って帰って来なかったせいでしょう?」
「あははは」
「笑い事じゃないっての。ハァ。あんまりオジサンを心配させないでほしいな」
「それは本当、ごめんなさい。でも、目にしたからには何とかしたくて」
「全てに手を伸ばしてたら、キリないですよ?」
「でもほら、オレは独りじゃないし。頼りにしてるよ」
「だから、オジサンとマスター引き離されたんでしょうが」
話がモリアーティの犯した罪に戻ってしまった。
「でも、マスターは犯人と仲良くしちゃうしなぁ。オジサン悲しいなぁ」
「オレだって、モリアーティがしたことにはちゃんと怒ってるから!」
「したことには怒るけど、した本人には怒らないんだもんなぁ。やれやれ」
やれやれ言いながら、ヘクトールはナマエの頭を撫でた。
「ま、よく生き延びましたねっと」
「うん。また会えて良かった」
ふたりは顔を見合わせて笑う。共にいられることは、この上ない幸福なのである。
「でも、あの厄介そうな人は追い出してほしいな」
「無茶言わないで。あと、オレにとってはヘクトールもかなり厄介だから」
◆◆◆
「ヘクトール大好きぃ」
新宿の件を片付けてから数日後、ちょっとした用事があってマスターの自室へ行くと、彼は酔っ払っているかのように頬を上気させ、ヘクトールをベッドに座らせると膝の上に乗った。
「誰なんだこれは…………」
「ナマエだよ~」
上機嫌なナマエは、上半身をひねってヘクトールの首に両腕を巻き付けた。用件など、とっくにヘクトールの頭からは吹き飛んでしまった。
「うん、まあ……そうですけどね……」
「えへへぇ~。ヘクトール~」
少年からはアルコールの匂いがする。
「誰に酒飲まされたの?」
「え~? なんかぁ、モリアーティが飲めって~」
(……やっぱりあのオッサン厄介じゃねぇか)
うっかり、ナマエがモリアーティの前で「もっと素直になりたい」と漏らしたのが始まりだった。そしてモリアーティに言いくるめられて酒を飲んでしまった彼は、見事に酔っ払ってこの様である。酒呑童子の酒とは違い、普通の酒は毒として弾かれないらしい。それに加えてモリアーティにある種の催眠のような暗示をかけられ、すっかり素直になっている(というか理性を失っている)。ちなみに、暗示の方はナマエの了承を得ていない。
「マスター」
「ナマエ」
「……ナマエ」
「なーに?」
「酔いを覚ました方が――」
ナマエは前置きも何もなしにヘクトールにキスをし、口内を舌で侵した。
「んぅ………」
「は……あ……すき……」
ナマエは好きと繰り返し言いながら、ヘクトールをベッドに押し倒した。見上げた彼は、舌なめずりをしている。
「ちょ……待った…………待って……!」
「えー?」
理性が吹き飛んでいるとはいえ、根が善良なせいか、ナマエはヘクトールの制止を聞いた。
「オジサン、貞操の危機なの……?! いや、まったく予想外だ……!」
「抱かせてくれないの?」
可愛らしく小首を傾げられても、ダメなものはダメだった。
「そういうことするのは、まあ……いいんですがね、今はダメでしょう。マスター、正気に戻ったら後悔することになりますよ」
「しないよ」
「酔っ払いの言葉、これ世界で一番信用出来ない言葉」
「そんなに酔っ払っへないしぃ」
「ろれつが回ってない」
「ん~。じゃあ、素股で」
「何が、じゃあだよ。ダメだよ」
「ダメか~。じゃあ…………」
次は一体何が来るのかと身構えたが。
「添い寝して」
ナマエが口にしたのは、なんてことない願いだった。
「……いいよ」
「やったぁ。ヘクトール愛してる」
「オジサンも、マスターを愛してるよ」
「嬉しい……」
ふたりは寝仕度をし、ベッドに入った。少し寝心地が悪かったが、ヘクトールの胸に顔を埋めて脚を絡ませてくるナマエを、無下には出来なかった。彼が、あまりにも幸せそうな顔をしていたからである。
翌朝、ミョウジナマエはマシュの「きゃっ」という短い悲鳴で目覚めることになる。そして、ナマエは隣にいるヘクトールを見て、声にならない叫びを上げるのだった。
◆◆◆
酔っ払いには二種類ある。記憶が吹き飛ぶ者と、吹き飛ばない者だ。
「申し訳ありませんでした」
ミョウジナマエは後者だった。現在、彼はベッドに腰かけるヘクトールに、土下座して謝っている。
「オジサン、別に怒ってないけど」
「死にたい」
「死んだら怒るよ」
「すき」
「まだ酔ってる?」
床に正座したままのナマエは、ヘクトールから目を逸らした。
「いやぁ、もう少し普段から好きって言っとこうかなって。そうしておけば、モリアーティの甘言に釣られることもなかっただろうし」
「そいつは嬉しいけど、あの厄介オジサン、シメた方がいいんじゃねぇかな」
「シメるとしても、ヘクトールは連れて行かないからね」
「えー」
「婦長に、未成年者に酒飲ませたってチクろう」
「はっはっはっ。死ぬよ」
「まあ、そんなことしないけどね」
「しないのか」
「たぶん、親切のつもりなんだよ。モリアーティ的には」
「冗談でしょう……?」
ナマエは、困り笑いをするだけだった。半分の親切心と半分の遊興だろうなと思ったが、それは内に秘めておくことにしたからだ。
◆◆◆
世界を侵すのが罪ならば、自身を侵すものが罰なのか? 世界を侵した報いが、自身を侵すことなのだとしたら、愛とは罰である。世界を焼き尽くそうとした罰、それが身の内を焼き尽くさんばかりの愛なのだ。
蜜を撒いて誘き寄せた蝶に、蜘蛛が懸想しているかのようだ。終いには捕らえた糸を自ら切り、蝶を逃がすという体たらく。そんなことをすれば、待っているのは餓死だろう。ああ、なんて哀れな生き物だ。
モリアーティは自身を、そう評する。
「マスター君」
「なんですか? モリアーティさん」
図書室でばったり会ったナマエに声をかけたのだが、彼の返しは、それはそれは冷たかった。
「随分よそよそしいネ!」
「身に覚えは?」
「あるとも」
「まあ、オレもバカだったから……今回は許すけどね……」
「マスター君は優しいなぁ。毎回許してくれるような気がするナー」
「オレが許しても、ヘクトールが許すかな?」
「うーん、槍オジサンはちょっと相手にしたくないナ~」
「それで、オレに何の用?」
「昨夜は、少しは素直になれたかな?」
そのおどけた様子に、ナマエは閉口した。
「おっと、思春期の少年にしていい話ではなかったか。ごめんよ、マイボーイ」
「パパとはもう、口を利かないから」
「ごめんって!」
「で、本題は?」
ナマエは溜め息を吐き、呆れながらも訊いた。
「お見通しか」
どうも彼は対人における洞察力に優れているらしい。その物事の本質を見抜く力は、対話能力の高さにも繋がっている。
「真面目な話なんだが、ちょっと訊きづらいんだよネ」
「それは、オレに遠慮して? だったら気にすることないけど」
「そうかい? それじゃあ、訊こう」
ナマエに対する遠慮だけでなく、自身の気持ちの整理の問題もあったため、一呼吸必要だった。
「キミは、あのサーヴァントを愛しているのかネ?」
「うん。オレはヘクトールを愛してるよ」
「そうか。きっと本気なのだろうね」
ナマエの言葉からは真摯さが伝わって来た。
「しかし、彼はサーヴァントだ。人ではない。キミはそれでも構わないと言うのだろうが、何故そう言える?」
「人とサーヴァントの違いって色々あるけど、大したことないんじゃないかって思うようになったからね」
「いずれ別れることになっても構わないと?」
「それは人でも、そうでしょう?」
「……そうだな」
結局のところ、なんだかんだと理由を付けて、自身の気持ちを否定したいのだとモリアーティは痛感した。蜘蛛は確かに自分であるが、捕らえられた蝶もまた、自分であると認めざるを得ない。
ならば、この少年はなんなのだろう? 虫を食む鳥だろうか。いや、そんなに無情なものとは思えない。
「どうやら、私はキミを愛しているらしい」
「へ……?」
「愛してるよ、ナマエ君」
「それって……どういう――――」
「そこは、ほら、言わぬが花というやつさ!」
実のところモリアーティ自身も、その愛がどういったものか、よく分かっていない。目下の研究対象といったところか。だから本当は、言わないのではなく、言えないだけだ。
自身が抱く愛の種別を万人が理解しているとも思えないが、彼の性格上、解を求めずにはいられない。
「厄介なオジサンだなぁ……」
困り顔の少年を見て感じるものが、真に愛しさなのだと、観念してしまった男は曖昧に微笑んだ。
大切な人を殺そうとしたことがある。世界にたったひとりだけの、大切な存在を。だから、この先は愛と贖罪の物語なのかもしれない。
花に止まった蝶を、蜘蛛は静かに観察する。その蝶と蜘蛛を、海色の双眸が興味深そうに見つめていた。
2017/04/26
「マスター君、誰だね? このオジサン」
「アンタもだろ」
先程からヘクトールはモリアーティを睨み付けたままだ。
「モリアーティ、このオジサンはヘクトール。で、ヘクトール、このオジサンはモリアーティ」
剣呑なことになった。ヘクトールは、完全にモリアーティを敵視している。一方、モリアーティは何か悪巧みをしていそうな雰囲気である。嫌な予感がして、ナマエは苦笑いしか出来ない。
「あー…………ヘクトール、ちょっと話があるから、オレの部屋まで来てくれない?」
「……了解」
「じゃあ、またね。モリアーティ」
モリアーティは胡散臭い笑顔でふたりを見送った。
ナマエの部屋へ向かう途中、ふたりは無言のままだった。
(なんか息が詰まるなぁ……)
重苦しい雰囲気のまま目的地に到着し、ふたりでベッドに腰掛けた後、ナマエは決心したように口を開く。
「モリアーティは悪い人だけど、悪いだけの人でもないんだ。仲良くしなくてもいいけど、喧嘩はしないでね?」
悪いだけの人でなくなったのは、つい最近の話だが。
「こっちからは売りませんよ。売られたら分かりませんがねぇ」
「それが、めちゃくちゃ売ってきそうなんだよなぁ……なんかもう、オレたちが一線越えてるのバレてる気がするし……」
一線越えてる、というのはマスターとサーヴァントという関係を越えているという意味だ。
「なんで、あんな奴喚んじゃったかなぁ、マスターは……」
「いやぁ、なんでだろうね」
「ハァ。マスターが新宿放って帰って来なかったせいでしょう?」
「あははは」
「笑い事じゃないっての。ハァ。あんまりオジサンを心配させないでほしいな」
「それは本当、ごめんなさい。でも、目にしたからには何とかしたくて」
「全てに手を伸ばしてたら、キリないですよ?」
「でもほら、オレは独りじゃないし。頼りにしてるよ」
「だから、オジサンとマスター引き離されたんでしょうが」
話がモリアーティの犯した罪に戻ってしまった。
「でも、マスターは犯人と仲良くしちゃうしなぁ。オジサン悲しいなぁ」
「オレだって、モリアーティがしたことにはちゃんと怒ってるから!」
「したことには怒るけど、した本人には怒らないんだもんなぁ。やれやれ」
やれやれ言いながら、ヘクトールはナマエの頭を撫でた。
「ま、よく生き延びましたねっと」
「うん。また会えて良かった」
ふたりは顔を見合わせて笑う。共にいられることは、この上ない幸福なのである。
「でも、あの厄介そうな人は追い出してほしいな」
「無茶言わないで。あと、オレにとってはヘクトールもかなり厄介だから」
◆◆◆
「ヘクトール大好きぃ」
新宿の件を片付けてから数日後、ちょっとした用事があってマスターの自室へ行くと、彼は酔っ払っているかのように頬を上気させ、ヘクトールをベッドに座らせると膝の上に乗った。
「誰なんだこれは…………」
「ナマエだよ~」
上機嫌なナマエは、上半身をひねってヘクトールの首に両腕を巻き付けた。用件など、とっくにヘクトールの頭からは吹き飛んでしまった。
「うん、まあ……そうですけどね……」
「えへへぇ~。ヘクトール~」
少年からはアルコールの匂いがする。
「誰に酒飲まされたの?」
「え~? なんかぁ、モリアーティが飲めって~」
(……やっぱりあのオッサン厄介じゃねぇか)
うっかり、ナマエがモリアーティの前で「もっと素直になりたい」と漏らしたのが始まりだった。そしてモリアーティに言いくるめられて酒を飲んでしまった彼は、見事に酔っ払ってこの様である。酒呑童子の酒とは違い、普通の酒は毒として弾かれないらしい。それに加えてモリアーティにある種の催眠のような暗示をかけられ、すっかり素直になっている(というか理性を失っている)。ちなみに、暗示の方はナマエの了承を得ていない。
「マスター」
「ナマエ」
「……ナマエ」
「なーに?」
「酔いを覚ました方が――」
ナマエは前置きも何もなしにヘクトールにキスをし、口内を舌で侵した。
「んぅ………」
「は……あ……すき……」
ナマエは好きと繰り返し言いながら、ヘクトールをベッドに押し倒した。見上げた彼は、舌なめずりをしている。
「ちょ……待った…………待って……!」
「えー?」
理性が吹き飛んでいるとはいえ、根が善良なせいか、ナマエはヘクトールの制止を聞いた。
「オジサン、貞操の危機なの……?! いや、まったく予想外だ……!」
「抱かせてくれないの?」
可愛らしく小首を傾げられても、ダメなものはダメだった。
「そういうことするのは、まあ……いいんですがね、今はダメでしょう。マスター、正気に戻ったら後悔することになりますよ」
「しないよ」
「酔っ払いの言葉、これ世界で一番信用出来ない言葉」
「そんなに酔っ払っへないしぃ」
「ろれつが回ってない」
「ん~。じゃあ、素股で」
「何が、じゃあだよ。ダメだよ」
「ダメか~。じゃあ…………」
次は一体何が来るのかと身構えたが。
「添い寝して」
ナマエが口にしたのは、なんてことない願いだった。
「……いいよ」
「やったぁ。ヘクトール愛してる」
「オジサンも、マスターを愛してるよ」
「嬉しい……」
ふたりは寝仕度をし、ベッドに入った。少し寝心地が悪かったが、ヘクトールの胸に顔を埋めて脚を絡ませてくるナマエを、無下には出来なかった。彼が、あまりにも幸せそうな顔をしていたからである。
翌朝、ミョウジナマエはマシュの「きゃっ」という短い悲鳴で目覚めることになる。そして、ナマエは隣にいるヘクトールを見て、声にならない叫びを上げるのだった。
◆◆◆
酔っ払いには二種類ある。記憶が吹き飛ぶ者と、吹き飛ばない者だ。
「申し訳ありませんでした」
ミョウジナマエは後者だった。現在、彼はベッドに腰かけるヘクトールに、土下座して謝っている。
「オジサン、別に怒ってないけど」
「死にたい」
「死んだら怒るよ」
「すき」
「まだ酔ってる?」
床に正座したままのナマエは、ヘクトールから目を逸らした。
「いやぁ、もう少し普段から好きって言っとこうかなって。そうしておけば、モリアーティの甘言に釣られることもなかっただろうし」
「そいつは嬉しいけど、あの厄介オジサン、シメた方がいいんじゃねぇかな」
「シメるとしても、ヘクトールは連れて行かないからね」
「えー」
「婦長に、未成年者に酒飲ませたってチクろう」
「はっはっはっ。死ぬよ」
「まあ、そんなことしないけどね」
「しないのか」
「たぶん、親切のつもりなんだよ。モリアーティ的には」
「冗談でしょう……?」
ナマエは、困り笑いをするだけだった。半分の親切心と半分の遊興だろうなと思ったが、それは内に秘めておくことにしたからだ。
◆◆◆
世界を侵すのが罪ならば、自身を侵すものが罰なのか? 世界を侵した報いが、自身を侵すことなのだとしたら、愛とは罰である。世界を焼き尽くそうとした罰、それが身の内を焼き尽くさんばかりの愛なのだ。
蜜を撒いて誘き寄せた蝶に、蜘蛛が懸想しているかのようだ。終いには捕らえた糸を自ら切り、蝶を逃がすという体たらく。そんなことをすれば、待っているのは餓死だろう。ああ、なんて哀れな生き物だ。
モリアーティは自身を、そう評する。
「マスター君」
「なんですか? モリアーティさん」
図書室でばったり会ったナマエに声をかけたのだが、彼の返しは、それはそれは冷たかった。
「随分よそよそしいネ!」
「身に覚えは?」
「あるとも」
「まあ、オレもバカだったから……今回は許すけどね……」
「マスター君は優しいなぁ。毎回許してくれるような気がするナー」
「オレが許しても、ヘクトールが許すかな?」
「うーん、槍オジサンはちょっと相手にしたくないナ~」
「それで、オレに何の用?」
「昨夜は、少しは素直になれたかな?」
そのおどけた様子に、ナマエは閉口した。
「おっと、思春期の少年にしていい話ではなかったか。ごめんよ、マイボーイ」
「パパとはもう、口を利かないから」
「ごめんって!」
「で、本題は?」
ナマエは溜め息を吐き、呆れながらも訊いた。
「お見通しか」
どうも彼は対人における洞察力に優れているらしい。その物事の本質を見抜く力は、対話能力の高さにも繋がっている。
「真面目な話なんだが、ちょっと訊きづらいんだよネ」
「それは、オレに遠慮して? だったら気にすることないけど」
「そうかい? それじゃあ、訊こう」
ナマエに対する遠慮だけでなく、自身の気持ちの整理の問題もあったため、一呼吸必要だった。
「キミは、あのサーヴァントを愛しているのかネ?」
「うん。オレはヘクトールを愛してるよ」
「そうか。きっと本気なのだろうね」
ナマエの言葉からは真摯さが伝わって来た。
「しかし、彼はサーヴァントだ。人ではない。キミはそれでも構わないと言うのだろうが、何故そう言える?」
「人とサーヴァントの違いって色々あるけど、大したことないんじゃないかって思うようになったからね」
「いずれ別れることになっても構わないと?」
「それは人でも、そうでしょう?」
「……そうだな」
結局のところ、なんだかんだと理由を付けて、自身の気持ちを否定したいのだとモリアーティは痛感した。蜘蛛は確かに自分であるが、捕らえられた蝶もまた、自分であると認めざるを得ない。
ならば、この少年はなんなのだろう? 虫を食む鳥だろうか。いや、そんなに無情なものとは思えない。
「どうやら、私はキミを愛しているらしい」
「へ……?」
「愛してるよ、ナマエ君」
「それって……どういう――――」
「そこは、ほら、言わぬが花というやつさ!」
実のところモリアーティ自身も、その愛がどういったものか、よく分かっていない。目下の研究対象といったところか。だから本当は、言わないのではなく、言えないだけだ。
自身が抱く愛の種別を万人が理解しているとも思えないが、彼の性格上、解を求めずにはいられない。
「厄介なオジサンだなぁ……」
困り顔の少年を見て感じるものが、真に愛しさなのだと、観念してしまった男は曖昧に微笑んだ。
大切な人を殺そうとしたことがある。世界にたったひとりだけの、大切な存在を。だから、この先は愛と贖罪の物語なのかもしれない。
花に止まった蝶を、蜘蛛は静かに観察する。その蝶と蜘蛛を、海色の双眸が興味深そうに見つめていた。
2017/04/26