その他
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
気味の悪い男だと思った。
濁り曇った焦点の合わない眼に、首や手首には生々しい傷痕。口元には張り付けたような笑み。
気味の悪いところに勤めることになってしまったと思った。
しかし、客たちが我が社のフードを口にすると、徐々に奇怪な姿へと変貌することや、クレーマーを売り飛ばすことなどに、自分は次第に慣れていく。観測者が原住民化してしまうかのような悲劇、あるいは喜劇である。
慣れてきたとはいえ、ある日、安全性のアピールのために客の前でグリーンエッセンスを飲まされた時は堪えた。その晩、蛍光色の尿が体内から出たのである。
ドロリとした、緑色。ああ、吐き気がする。
自分と同じような目に遭っている、例の不気味な男は、飲まされた水銀入りのシェイクをトイレで吐いていた。
彼は「人間」だな、と感じる。自分と一緒の、人間。
きっと、彼の血は赤色をしているのだろう。
日に日に、こんなところで働いている同士への仲間意識が、危ういものへと変質していく。
レストランの顧客が、化け物じみた姿へと変わっていくように。
それは、死なないようにするために、脳が働いただけかもしれない。
それは、ただの防衛本能の一種かもしれない。
そんな感情が、とても愛しくて、これがないとダメになってしまう気がするほどで。自分は必死に働きながら、その宝石みたいな感情を磨き上げていった。
◆◆◆
近頃の店長は、瞳から光が失われている。
そう、自分と同じように。
更に、店長は感覚や思考が鈍化してきているようだった。店長自身は気付いていないのだろうが。
その店長が、貴重な休憩時間に、服の袖を捲って、「ほらぁ、あなたとお揃いですよ」と話しかけてきた。
「あっ…………君…………」
手首には複数の切り傷があった。
横向きのものも、縦向きのものもある。目が据わっている店長から、気持ち悪いほどの「本気」を感じた。
そうして、店長の病は悪化の一途を辿る。
倒れた店長の後任が決まったのは、すぐのことだった。
◆◆◆
「こんにちは。今日も元気に出勤して来たね。それじゃあ、さっそく仕事に取りかかろうか」
びっくりするほど、陽気な声色。
「ああ、そうだね…………」
男は無表情のまま、渇いた返事をした。
剃刀や爪切りや鋏などの刃物や、紐やベルトは危険物として、全て持ち込んではならない、ここは閉鎖病棟である。
病棟に、店長だった者の見舞いに来た男は、帰り際に張り付けたような笑みを浮かべた。
あの人は、一生をさっきみたいに過ごすことになるのだろう。
人間のまま、生を終えるのだろう。
2020/06/12
濁り曇った焦点の合わない眼に、首や手首には生々しい傷痕。口元には張り付けたような笑み。
気味の悪いところに勤めることになってしまったと思った。
しかし、客たちが我が社のフードを口にすると、徐々に奇怪な姿へと変貌することや、クレーマーを売り飛ばすことなどに、自分は次第に慣れていく。観測者が原住民化してしまうかのような悲劇、あるいは喜劇である。
慣れてきたとはいえ、ある日、安全性のアピールのために客の前でグリーンエッセンスを飲まされた時は堪えた。その晩、蛍光色の尿が体内から出たのである。
ドロリとした、緑色。ああ、吐き気がする。
自分と同じような目に遭っている、例の不気味な男は、飲まされた水銀入りのシェイクをトイレで吐いていた。
彼は「人間」だな、と感じる。自分と一緒の、人間。
きっと、彼の血は赤色をしているのだろう。
日に日に、こんなところで働いている同士への仲間意識が、危ういものへと変質していく。
レストランの顧客が、化け物じみた姿へと変わっていくように。
それは、死なないようにするために、脳が働いただけかもしれない。
それは、ただの防衛本能の一種かもしれない。
そんな感情が、とても愛しくて、これがないとダメになってしまう気がするほどで。自分は必死に働きながら、その宝石みたいな感情を磨き上げていった。
◆◆◆
近頃の店長は、瞳から光が失われている。
そう、自分と同じように。
更に、店長は感覚や思考が鈍化してきているようだった。店長自身は気付いていないのだろうが。
その店長が、貴重な休憩時間に、服の袖を捲って、「ほらぁ、あなたとお揃いですよ」と話しかけてきた。
「あっ…………君…………」
手首には複数の切り傷があった。
横向きのものも、縦向きのものもある。目が据わっている店長から、気持ち悪いほどの「本気」を感じた。
そうして、店長の病は悪化の一途を辿る。
倒れた店長の後任が決まったのは、すぐのことだった。
◆◆◆
「こんにちは。今日も元気に出勤して来たね。それじゃあ、さっそく仕事に取りかかろうか」
びっくりするほど、陽気な声色。
「ああ、そうだね…………」
男は無表情のまま、渇いた返事をした。
剃刀や爪切りや鋏などの刃物や、紐やベルトは危険物として、全て持ち込んではならない、ここは閉鎖病棟である。
病棟に、店長だった者の見舞いに来た男は、帰り際に張り付けたような笑みを浮かべた。
あの人は、一生をさっきみたいに過ごすことになるのだろう。
人間のまま、生を終えるのだろう。
2020/06/12