死印
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今は幽かな身である私だが、この想いだけは確かな質量を持っている。
だから、九条正宗の隣にいる睡眠不足らしき男を呪殺するくらい、朝飯前なんじゃないかな?
話を盗み聞きしたところ、この男は正宗と探偵をやりたいようだ。
何故。そんなものは彼に似合わないから、やめてほしい。途中から話を聞いたので、どういう流れでこのような話になったのかは分からないが、気に食わない。ふたりの間に流れる空気が、ただの知り合いとは一線を画すものなのも気に食わない。
『苦しんで死ね』
私は男の背後から、重圧をかけるように発声してみた。
反応なし。
今のところ、私は悪霊の類いではないから、当然か。
「今、何か聴こえなかったか?」
「……いや、何も聴こえなかったが?」
「そうか…………」
正宗の方には少し、私の存在を気取られたようだ。
まあ、君は苦しんで死ななくてよい。君のことは結構好きだ。
何年か前に人形の出自に心当たりがないか訊かれたが、私は役に立てなかった。なかなか寂しいものだったな。
「八敷、話の続きだが────」
は…………? なんて?
「八敷、お前は────」
君はどうして、正宗を知らない名前で呼ぶんだ?
『そいつは九条正宗だろ?!』
思わず、叫ぶように大声を出してしまった。
他人の空似? それとも偽者?
そんな馬鹿な。
「ミョウジ?」
「しまった!」
正宗の目が、完全に私の姿を捉えている。
「な!? 怪異か?!」
隣の誰かも、私を見ている。
「やぁ、久し振り…………」
私はヒラヒラと手を振ってみせた。
敵意は無い。無いんだよ、きっと君には。
「怪異ではないが…………ないよな?」
「ないと思うよ」
ないない。
「彼は、ミョウジナマエ。知人だ。幽体だが、害はない」
「貴様、正気か?」
敵愾心を持たれているようだ。野生動物を思わせる雰囲気。人と敵対することに、敵を作ることに躊躇いがない。
「ところで君は?」
「……真下悟」
嫌そうな顔を隠しもしない。
「探偵なのか?」
「元警官の探偵だ」
情報が付け加えられた。何らかの牽制か?
一部、ピリピリした空気の中、近況報告や件の人形の怪異、メリィの話を聞いた。
ふたりは印人仲間? だったという訳か。
道理で。
彼らの間柄は、戦友というものに近いのだろう。羨ましいことだ。
いや、それより何より────九条正宗はもういないのではないか? 私は、胸の奥が冷える心地がした。
「君は……八敷一男なんだな…………」
親しい人物が、実は別の何かに取って代わられていたという怪談を思い出す。
彼の中には今、九条正宗がどれほど存在しているのだろうか?
なんとなく、私にはもう彼を九条正宗とは呼べないような気がした。
ふと、真下悟がこちらを睨んでいることに気付いた。先ほどまでの苛烈さはないとはいえ、まだまだ警戒はされているらしい。
元警官とのことだが、そのせいか? 用心深いことだ。
それとは逆に、八敷一男は私を受け入れ過ぎているように思う。私のことを知っているとはいえ。
足して2で割ってくれ。
私のような嫌ぁな人間には、それくらいでよい。
「そろそろ時間かなぁ」
ぽつりと呟くと。
「なんだ? 成仏でもするのか?」と、真下。
「おいおい。いつ、私が死んだなんて言った?」
「なに……?」
眉間に皺を寄せる真下。
「真下、ミョウジは----」
「待った。見せた方が早いだろう」
このタイミングで、扉を叩く音が鳴った。
九条館を訪ねて来たのは、もちろん、私である。見慣れた姿の私が、幽体の私と同じ姿のミョウジナマエの肉体が、そこにいる。
「生身の私に会えて嬉しいかな?」
私は、やって来た心ここにあらずといった状態の私の隣に並んで、笑いながら言ってやる。
真下の表情は、それはそれは見物だった。
私は私の中に戻り、種明かしのようなことをする。と言っても、種も仕掛けもないのだが。
「離魂体質と言ってね。ふふふっ。失礼。響きが面白くて、説明する度に笑ってしまう」
生まれ付き、魂が体から抜けやすい体質なのである。それだけである。
飽きもせず玄関先の広間にいた私たちは、コーヒーでも入れるという八敷の提案で移動することにした。
すると、そこで。
「その能力を悪用するようなら容赦はしないぞ」
私にだけ聴こえるように真下が言う。
八敷一男を害するようなら容赦はしない、というような響きだ。
「君、彼のことが好きなの?」
「馬鹿を言うな」
苦虫を噛み潰したような顔で、真下は言った。
これは当たりかもしれないな。
「そう。それじゃあ、私は正宗……いや、八敷くんと仲良くなるために飲みにでも誘うかな」
「…………」
こちらを呪うかのように睨んでくる彼が、面白い。どうしようもなく面白いので、君も苦しんで死ななくてよい。
2020/06/15
だから、九条正宗の隣にいる睡眠不足らしき男を呪殺するくらい、朝飯前なんじゃないかな?
話を盗み聞きしたところ、この男は正宗と探偵をやりたいようだ。
何故。そんなものは彼に似合わないから、やめてほしい。途中から話を聞いたので、どういう流れでこのような話になったのかは分からないが、気に食わない。ふたりの間に流れる空気が、ただの知り合いとは一線を画すものなのも気に食わない。
『苦しんで死ね』
私は男の背後から、重圧をかけるように発声してみた。
反応なし。
今のところ、私は悪霊の類いではないから、当然か。
「今、何か聴こえなかったか?」
「……いや、何も聴こえなかったが?」
「そうか…………」
正宗の方には少し、私の存在を気取られたようだ。
まあ、君は苦しんで死ななくてよい。君のことは結構好きだ。
何年か前に人形の出自に心当たりがないか訊かれたが、私は役に立てなかった。なかなか寂しいものだったな。
「八敷、話の続きだが────」
は…………? なんて?
「八敷、お前は────」
君はどうして、正宗を知らない名前で呼ぶんだ?
『そいつは九条正宗だろ?!』
思わず、叫ぶように大声を出してしまった。
他人の空似? それとも偽者?
そんな馬鹿な。
「ミョウジ?」
「しまった!」
正宗の目が、完全に私の姿を捉えている。
「な!? 怪異か?!」
隣の誰かも、私を見ている。
「やぁ、久し振り…………」
私はヒラヒラと手を振ってみせた。
敵意は無い。無いんだよ、きっと君には。
「怪異ではないが…………ないよな?」
「ないと思うよ」
ないない。
「彼は、ミョウジナマエ。知人だ。幽体だが、害はない」
「貴様、正気か?」
敵愾心を持たれているようだ。野生動物を思わせる雰囲気。人と敵対することに、敵を作ることに躊躇いがない。
「ところで君は?」
「……真下悟」
嫌そうな顔を隠しもしない。
「探偵なのか?」
「元警官の探偵だ」
情報が付け加えられた。何らかの牽制か?
一部、ピリピリした空気の中、近況報告や件の人形の怪異、メリィの話を聞いた。
ふたりは印人仲間? だったという訳か。
道理で。
彼らの間柄は、戦友というものに近いのだろう。羨ましいことだ。
いや、それより何より────九条正宗はもういないのではないか? 私は、胸の奥が冷える心地がした。
「君は……八敷一男なんだな…………」
親しい人物が、実は別の何かに取って代わられていたという怪談を思い出す。
彼の中には今、九条正宗がどれほど存在しているのだろうか?
なんとなく、私にはもう彼を九条正宗とは呼べないような気がした。
ふと、真下悟がこちらを睨んでいることに気付いた。先ほどまでの苛烈さはないとはいえ、まだまだ警戒はされているらしい。
元警官とのことだが、そのせいか? 用心深いことだ。
それとは逆に、八敷一男は私を受け入れ過ぎているように思う。私のことを知っているとはいえ。
足して2で割ってくれ。
私のような嫌ぁな人間には、それくらいでよい。
「そろそろ時間かなぁ」
ぽつりと呟くと。
「なんだ? 成仏でもするのか?」と、真下。
「おいおい。いつ、私が死んだなんて言った?」
「なに……?」
眉間に皺を寄せる真下。
「真下、ミョウジは----」
「待った。見せた方が早いだろう」
このタイミングで、扉を叩く音が鳴った。
九条館を訪ねて来たのは、もちろん、私である。見慣れた姿の私が、幽体の私と同じ姿のミョウジナマエの肉体が、そこにいる。
「生身の私に会えて嬉しいかな?」
私は、やって来た心ここにあらずといった状態の私の隣に並んで、笑いながら言ってやる。
真下の表情は、それはそれは見物だった。
私は私の中に戻り、種明かしのようなことをする。と言っても、種も仕掛けもないのだが。
「離魂体質と言ってね。ふふふっ。失礼。響きが面白くて、説明する度に笑ってしまう」
生まれ付き、魂が体から抜けやすい体質なのである。それだけである。
飽きもせず玄関先の広間にいた私たちは、コーヒーでも入れるという八敷の提案で移動することにした。
すると、そこで。
「その能力を悪用するようなら容赦はしないぞ」
私にだけ聴こえるように真下が言う。
八敷一男を害するようなら容赦はしない、というような響きだ。
「君、彼のことが好きなの?」
「馬鹿を言うな」
苦虫を噛み潰したような顔で、真下は言った。
これは当たりかもしれないな。
「そう。それじゃあ、私は正宗……いや、八敷くんと仲良くなるために飲みにでも誘うかな」
「…………」
こちらを呪うかのように睨んでくる彼が、面白い。どうしようもなく面白いので、君も苦しんで死ななくてよい。
2020/06/15