カリギュラ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『自分を動物に例えたらなに?』
『コウモリ? いや、なんだろう』
◆◆◆
現実で、親身になって相談に乗っていた人物に冷血呼ばわりされたことが棘になって、いつまでも痛みを与え続けてくる。
共感性や他者への情が無いという訳でもないのに。声を上げて笑うこともあれば、涙を流して悲しむこともあったのに。
恐らく、あの子が真に望んでいたのは特別視されることだったのだ。それは立場上、無理で。性格的にも無理で。思えば、特別な関係を築いたことなど皆無で。
彼にとっては、血縁者も赤の他人も同じ。10年来の友人も、初対面の人間も同じ。誰にでも優しく、誰にでも手を差し伸べる。特別な人というものが、どうすれば出来るのか分からない。そのことに気付いた時には、ミョウジナマエはメビウスに囚われていた。
現実を思い出してからは、そこまで悪いことをしてしまったのか? 具体的にどこが、どのように悪かったのだろう? という自問を繰り返し続けている。
答えは見付からない。
「琵琶坂先輩は、冷血だって言われたことなんてないんでしょうね?」
ふたりだけの部室で、虚空に投げるかのように質問する。
「どういう意味だい、部長君?」
「あなたは共感性のある人間ですからね」
皮肉を言った。
彼は、こちらに爬虫類のような目を向ける。
琵琶坂は平然と嘘を吐いて、可哀想な人間になれる。人間の振りが上手い、とでも言えばいいのか。仮に本性に気付かれても、手段を選ばず隠滅するのだろうが。
ミョウジの方は情緒が安定していて、人を平等に愛しているが故に、冷たい人間に見られる。その先には、非人間的だと責められる将来があるのだろう。
人間に絶望してしまいそうだ。いや、とっくに絶望している。
「帰宅部の連中についてはどう思ってるんだい? どこまで本心で接しているんだ?」
琵琶坂に訊かれたが、答えに詰まってしまった。
「興味があるね。君みたいな底知れない人間には」
ミョウジナマエという人間は、当たり前のように本心で人と接して、当然のように他人の問題を共に解決しようと尽力する、底なしの善人である。彼は、それが社会規範と照らし合わせて正しいとされているから、そうしている。そういう、善人だった。
「いや、人間じゃなかったな。もう黙ってろ」
「わん」
ミョウジは口にチャックをした。
琵琶坂は薄笑いを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「帰宅部の連中に聖人君子みたいに思われている君が、こんなことになってるなんて知られたら、どんな顔をするんだろうね?」
こんなこととは、彼の犬みたいなものになったことを指すのだろう。返事をしたら怒られそうなので、ミョウジは口を開かない。
これまでの意志や思想は捨てよう。人格的で、他者に優しくしようと生きてきた男は、それが酷く間抜けなことだったと考えを改めた。
早く世界を滅ぼす算段を付けて、この男みたいな怪物を容認する現実なんて滅ぼそう。この世界は、あなたの処刑台だ。
なんて、それは嘘だが。大目的は現実を終わらせることだから、もののついでに葬ってやる。世界の全てが平等に憎らしいから、別に、あなたは特別ではない。
もちろん。今はまだ、このことは黙っておく。言われた通りに黙っていてやる。
帰還の障害として立ちはだかる自分を見た時、琵琶坂永至は、どんな顔をするのだろう。飼い犬に手を噛まれたみたいな表情? 食らい付くのは手ではなく、喉笛になるけれど。
人生最初で最後の悪事を完遂すれば、失意の底に沈んでいる自分の気持ちが、少しは晴れるだろうか。そうだといい。
◆◆◆
やって来た、向こうにとっては最悪であろう瞬間。
こちらは、案外なんの感慨も湧かなかった。現実を滅ぼしたいと思ってから、段々と自分から感情が切り離されてしまっているようだ。不本意なことに。
「一体、俺の何を見てたの? 別に何も見てないか」
アリアとソーンが多少触れた以外、誰も踏み込んで来なかったのだから。きっと、それは優しさだったのだろうけれど、今の彼には響かなかった。
ずっと得体の知れない人間だったはずなのに、どうして信じたのだろう。結局、水口茉莉絵や琵琶坂永至を信じるのも、ミョウジナマエを信じるのも、同じことなのだ。
現実では、たまたま歯車が噛み合って善を為していただけなのかもしれない。帰宅部と楽士、平然と両方をやれていることが、もうおかしいことだと思うから。
「俺は、自分を救わないといけない」
裏切られた者たちの怨嗟の声を、どこか遠くに聴きながら、裏切り者は呟いた。
「さてと」
Lucidとしてやるべきことは終えたので、彼女を起こしに行こう。ひとりでは、あまりにも暇だから。
「ウィキッド、起きろ。おーい。水口茉莉絵ちゃーん? 一緒に、世界が滅ぶとこ見ようよ」
「……う……あっ……? お前、帰宅部の……」
床に倒れ伏している彼女の頬を、軽く叩くと、すぐに目を覚ました。ふらつきながらもミョウジから距離を取ろうとし、手負いの獣のように睨んでくる。
「帰宅部の部長兼、謎の楽士Lucidです。よろしく。帰宅部は全員ぶっ飛ばしたよ。君が見てたら、愉快だったろうね」
正体を告げられたウィキッドは、一瞬驚いた後、声を上げて笑う。
「アッハハハハハハハハッ! なにそれ! 最ッ高じゃん! アハハハッ!」
見ている方も、つられてしまいそうな狂笑。
「あんたのこと、殺したいほど嫌いだったけど、今は嫌いじゃないよぉ?」
「君のことは、好きじゃないけど。でも、ひとりくらい道連れがいた方が退屈しないかなって」
「あんた、目付きが変わったね。あのムカつく目じゃなくなってる。それが本来のあんたなの?」
水口茉莉絵を理解しようとする目が、今は無い。今は、見られても気持ち悪くなかった。
「本来ねぇ。まあ、後天的な善人だったと思うよ」
「ふーん」
「死ぬまで善人でいたかったけど、上手くいかなかったなぁ。でも全てを消せば、なにもかもを清算出来るから、どうでもいいよね」
「やなオトコだわ」
タガが外れた、善人の成れの果てを、彼女は嗤いながら評す。
その後、帰宅部は、ひとり残らず洗脳した。
そして、帰宅部が正気に戻して、ソーンが再洗脳して、また正気に戻して、またソーンが洗脳した楽士たち。ああ、おかしい。
みんなで、気味の悪い平和な日常を送る日々。それに、水口と参加してみたり、サボったり。メビウスに、かなりの人が増えたり、段々減ったり。
そうして時は流れて、別れに針は進む。
「時間が来たみたい」
学校の屋上、青空の下で、その時が来た。水口の体が消えていく。
「さよなら、水口」
全く、なんの感情も乗せられていない台詞を発した。
「やっと終われる…………」
穏やかなのか虚ろなのか、判別出来ない表情の彼女は、そう小さく口にして消滅した。
水口茉莉絵の救いは、これで良かったのだろうか。今更考えても仕方ないことだが。君は、自分が傷付いているって知っていたの? 考えても仕方ない。
自分は、どちらなのだろう。彼のような異常者なのか、彼女のような異常者なのか。どちらでもないのか。これも、考えても仕方ない。
◆◆◆
水口が消えてしばらく、駅前広場にいたところ、隣にμが現れた。
彼女は、どうして人が消えていくのか分からないようだった。気の毒なくらいに、悲しんでいる。本当に可哀想だ。人間に、いいように使われて。
間もなく、ミョウジナマエにも、その時が訪れた。
「あなたまで行っちゃうの!? わたし、あなたを幸せにできなかったの!?」
「そうだよ。μ、人間が君に報いることはないだろう」
人は、装置に感謝なんてしない。人間みたいな形をしていたとしても。いや、人間のようで人間でない不気味なものには、だろうか。
「君の思う、最大公約数的な幸せでは救われず、メビウスで死んでいった人たちにも訊いてみたら?」
そう言う彼に表情は無く、声に色は無く、冷たさだけを纏っている。
「君は神話に成り損ねた、ただの怪談だ」
とはいえ、もう、お話としても残らないだろう。人は滅び、あらゆる物語も滅ぶ。誰も物語を評価出来ない。それでいいはず。
ずっと、周りに馴染めないから、みんな消えてしまえばいいと思っていたのだ。今は、こんな自分が人間の代表面をしているのが愉快で仕方ない。
そうでなくては。
これでやっと、自身を非人間にしてしまう現実から逃げ切れる。ミョウジナマエは、笑みを浮かべた。
そうでなくては。
世界を滅ぼしたなら、そうすべきなのだから。
張り付けた笑みに感情は伴わず、時計仕掛けの男は自身を救うことは出来なかった。
◆◆◆
『自分を四文字熟語で表すと何?』
『蓋棺事定』
2019/04/28
2019/05/27更新終了
『コウモリ? いや、なんだろう』
◆◆◆
現実で、親身になって相談に乗っていた人物に冷血呼ばわりされたことが棘になって、いつまでも痛みを与え続けてくる。
共感性や他者への情が無いという訳でもないのに。声を上げて笑うこともあれば、涙を流して悲しむこともあったのに。
恐らく、あの子が真に望んでいたのは特別視されることだったのだ。それは立場上、無理で。性格的にも無理で。思えば、特別な関係を築いたことなど皆無で。
彼にとっては、血縁者も赤の他人も同じ。10年来の友人も、初対面の人間も同じ。誰にでも優しく、誰にでも手を差し伸べる。特別な人というものが、どうすれば出来るのか分からない。そのことに気付いた時には、ミョウジナマエはメビウスに囚われていた。
現実を思い出してからは、そこまで悪いことをしてしまったのか? 具体的にどこが、どのように悪かったのだろう? という自問を繰り返し続けている。
答えは見付からない。
「琵琶坂先輩は、冷血だって言われたことなんてないんでしょうね?」
ふたりだけの部室で、虚空に投げるかのように質問する。
「どういう意味だい、部長君?」
「あなたは共感性のある人間ですからね」
皮肉を言った。
彼は、こちらに爬虫類のような目を向ける。
琵琶坂は平然と嘘を吐いて、可哀想な人間になれる。人間の振りが上手い、とでも言えばいいのか。仮に本性に気付かれても、手段を選ばず隠滅するのだろうが。
ミョウジの方は情緒が安定していて、人を平等に愛しているが故に、冷たい人間に見られる。その先には、非人間的だと責められる将来があるのだろう。
人間に絶望してしまいそうだ。いや、とっくに絶望している。
「帰宅部の連中についてはどう思ってるんだい? どこまで本心で接しているんだ?」
琵琶坂に訊かれたが、答えに詰まってしまった。
「興味があるね。君みたいな底知れない人間には」
ミョウジナマエという人間は、当たり前のように本心で人と接して、当然のように他人の問題を共に解決しようと尽力する、底なしの善人である。彼は、それが社会規範と照らし合わせて正しいとされているから、そうしている。そういう、善人だった。
「いや、人間じゃなかったな。もう黙ってろ」
「わん」
ミョウジは口にチャックをした。
琵琶坂は薄笑いを浮かべて、言葉を紡ぐ。
「帰宅部の連中に聖人君子みたいに思われている君が、こんなことになってるなんて知られたら、どんな顔をするんだろうね?」
こんなこととは、彼の犬みたいなものになったことを指すのだろう。返事をしたら怒られそうなので、ミョウジは口を開かない。
これまでの意志や思想は捨てよう。人格的で、他者に優しくしようと生きてきた男は、それが酷く間抜けなことだったと考えを改めた。
早く世界を滅ぼす算段を付けて、この男みたいな怪物を容認する現実なんて滅ぼそう。この世界は、あなたの処刑台だ。
なんて、それは嘘だが。大目的は現実を終わらせることだから、もののついでに葬ってやる。世界の全てが平等に憎らしいから、別に、あなたは特別ではない。
もちろん。今はまだ、このことは黙っておく。言われた通りに黙っていてやる。
帰還の障害として立ちはだかる自分を見た時、琵琶坂永至は、どんな顔をするのだろう。飼い犬に手を噛まれたみたいな表情? 食らい付くのは手ではなく、喉笛になるけれど。
人生最初で最後の悪事を完遂すれば、失意の底に沈んでいる自分の気持ちが、少しは晴れるだろうか。そうだといい。
◆◆◆
やって来た、向こうにとっては最悪であろう瞬間。
こちらは、案外なんの感慨も湧かなかった。現実を滅ぼしたいと思ってから、段々と自分から感情が切り離されてしまっているようだ。不本意なことに。
「一体、俺の何を見てたの? 別に何も見てないか」
アリアとソーンが多少触れた以外、誰も踏み込んで来なかったのだから。きっと、それは優しさだったのだろうけれど、今の彼には響かなかった。
ずっと得体の知れない人間だったはずなのに、どうして信じたのだろう。結局、水口茉莉絵や琵琶坂永至を信じるのも、ミョウジナマエを信じるのも、同じことなのだ。
現実では、たまたま歯車が噛み合って善を為していただけなのかもしれない。帰宅部と楽士、平然と両方をやれていることが、もうおかしいことだと思うから。
「俺は、自分を救わないといけない」
裏切られた者たちの怨嗟の声を、どこか遠くに聴きながら、裏切り者は呟いた。
「さてと」
Lucidとしてやるべきことは終えたので、彼女を起こしに行こう。ひとりでは、あまりにも暇だから。
「ウィキッド、起きろ。おーい。水口茉莉絵ちゃーん? 一緒に、世界が滅ぶとこ見ようよ」
「……う……あっ……? お前、帰宅部の……」
床に倒れ伏している彼女の頬を、軽く叩くと、すぐに目を覚ました。ふらつきながらもミョウジから距離を取ろうとし、手負いの獣のように睨んでくる。
「帰宅部の部長兼、謎の楽士Lucidです。よろしく。帰宅部は全員ぶっ飛ばしたよ。君が見てたら、愉快だったろうね」
正体を告げられたウィキッドは、一瞬驚いた後、声を上げて笑う。
「アッハハハハハハハハッ! なにそれ! 最ッ高じゃん! アハハハッ!」
見ている方も、つられてしまいそうな狂笑。
「あんたのこと、殺したいほど嫌いだったけど、今は嫌いじゃないよぉ?」
「君のことは、好きじゃないけど。でも、ひとりくらい道連れがいた方が退屈しないかなって」
「あんた、目付きが変わったね。あのムカつく目じゃなくなってる。それが本来のあんたなの?」
水口茉莉絵を理解しようとする目が、今は無い。今は、見られても気持ち悪くなかった。
「本来ねぇ。まあ、後天的な善人だったと思うよ」
「ふーん」
「死ぬまで善人でいたかったけど、上手くいかなかったなぁ。でも全てを消せば、なにもかもを清算出来るから、どうでもいいよね」
「やなオトコだわ」
タガが外れた、善人の成れの果てを、彼女は嗤いながら評す。
その後、帰宅部は、ひとり残らず洗脳した。
そして、帰宅部が正気に戻して、ソーンが再洗脳して、また正気に戻して、またソーンが洗脳した楽士たち。ああ、おかしい。
みんなで、気味の悪い平和な日常を送る日々。それに、水口と参加してみたり、サボったり。メビウスに、かなりの人が増えたり、段々減ったり。
そうして時は流れて、別れに針は進む。
「時間が来たみたい」
学校の屋上、青空の下で、その時が来た。水口の体が消えていく。
「さよなら、水口」
全く、なんの感情も乗せられていない台詞を発した。
「やっと終われる…………」
穏やかなのか虚ろなのか、判別出来ない表情の彼女は、そう小さく口にして消滅した。
水口茉莉絵の救いは、これで良かったのだろうか。今更考えても仕方ないことだが。君は、自分が傷付いているって知っていたの? 考えても仕方ない。
自分は、どちらなのだろう。彼のような異常者なのか、彼女のような異常者なのか。どちらでもないのか。これも、考えても仕方ない。
◆◆◆
水口が消えてしばらく、駅前広場にいたところ、隣にμが現れた。
彼女は、どうして人が消えていくのか分からないようだった。気の毒なくらいに、悲しんでいる。本当に可哀想だ。人間に、いいように使われて。
間もなく、ミョウジナマエにも、その時が訪れた。
「あなたまで行っちゃうの!? わたし、あなたを幸せにできなかったの!?」
「そうだよ。μ、人間が君に報いることはないだろう」
人は、装置に感謝なんてしない。人間みたいな形をしていたとしても。いや、人間のようで人間でない不気味なものには、だろうか。
「君の思う、最大公約数的な幸せでは救われず、メビウスで死んでいった人たちにも訊いてみたら?」
そう言う彼に表情は無く、声に色は無く、冷たさだけを纏っている。
「君は神話に成り損ねた、ただの怪談だ」
とはいえ、もう、お話としても残らないだろう。人は滅び、あらゆる物語も滅ぶ。誰も物語を評価出来ない。それでいいはず。
ずっと、周りに馴染めないから、みんな消えてしまえばいいと思っていたのだ。今は、こんな自分が人間の代表面をしているのが愉快で仕方ない。
そうでなくては。
これでやっと、自身を非人間にしてしまう現実から逃げ切れる。ミョウジナマエは、笑みを浮かべた。
そうでなくては。
世界を滅ぼしたなら、そうすべきなのだから。
張り付けた笑みに感情は伴わず、時計仕掛けの男は自身を救うことは出来なかった。
◆◆◆
『自分を四文字熟語で表すと何?』
『蓋棺事定』
2019/04/28
2019/05/27更新終了