ペルソナ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ナマエ、最近おかしくない?」
「そうか?」
「ちゅーいりょくさんらん? っていうの? いつもなら避けてるチョーク食らってたし」
「牛丸の?」
「そうそれ」
「いつもは避けんのかよ……」
「ヒョイヒョイ避ける」
「いや、投げらんねぇようにしろよ」
「竜司に言われたくないと思う。話戻すけど、なんかよく溜め息ついてるし心配。なんか聞いてないの?」
「いいや、なんも。気のせいじゃね?」
「そうかなぁ? でも、ちょっと気にしといてよね」
「わーったよ」
そんなことを杏と話した後、竜司がナマエに単刀直入に質問をしてみると。
「……実は、好きな人がいて」
「は……?」
返ってきたのは意外な答えだった。
「ちょっと予想外のことが起きて動揺してた」
「意外と恋愛で身を持ち崩すタイプか……?」
「たぶん、もう平気だ。ちょっと受け入れ難かったけど」
「相手誰だよ……」
「……年上の人」
「あー、あんま言いたくない感じか……」
「無期限で言えないかな」
「まあ気にすんなよ」
◆◆◆
近頃、ミョウジナマエはある教師がどうしようもなく気になる。
いや、気がかりと言った方が正しいだろうか。
その教師の視線が心を騒がせる。どうしてか観察されているような気分になるのだ。
何もかも解られているのではないかという不安が、ピンで心に留められる。
その眼で視られると、何故か麻酔にかけられたようになる。指先ひとつ動かせない。
そうしているうちに、メスで腹を裂かれて内臓が露出する。
教師はいつの間にかゴム手袋をして鉗子やピンセットを手にしており、彼は思わずたじろいだ。
まずは肺を掴まれた。息苦しいなんてものではない。
睨んだ相手は涼しい顔をしている。
次に触れられた心臓は何故か冷えていく気がした。一方、頭には血が上って熱くなっていく。
何故こんな目に遭っているのか?
酷く理不尽ではないか。
肝臓やら膵臓やらもじっくり観られる。
気が済んだら、開きにされたままホルマリン漬けの瓶詰めにされ、生物室の棚に収納されるのだろうか。そう考えると、今度は血の気が引いた。
早く逃げなければならないのだが、麻酔が効いていて動けない。
などということはなく、こんなことはもちろんナマエの空想である。
何もかも理解されているなど、そんなことあるはずがない。例え、観察されていたとしてもだ。超能力並みの洞察力があるというのなら話は別だが。
そこで浮上するのが、本当は自身が何もかも解られたいと思っているのかもしれないということ。それが真実だとしたら、その方が余程堪えるものだ。
そんなことを授業中に考えていると、件の教師に指名された。
彼は大人しい生徒に擬態し続ける。
所属を示す制服をきちんと着ているし、印象をぼかすために眼鏡をかけている。
もしも感付かれているのだとしたら、さぞ滑稽に映っているのだろうと思いながらも、続けるしかないのだ。
まあ、実際には向こうはこちらを歯牙にもかけていないだろう。
ナマエは想い人がいても冷静さを奪われない自分に感謝した。
◆◆◆
何も返さぬ人形を愛していたつもりだった。
「キミって……ボクのことが好きなのかい……?」
日直であったために提出物を生物教師の元へ運んだ折、そんなことを言われて凍り付く。
「……妙なこと言わないでください」
「おや? 違ったかな? キミのその視線……とても情熱的だと思ったのだけど」
「目が悪いから、よく見えません」
「ふぅん……そう」
やめてくれ。なんの反応もしないでくれ。
ガラスケースの中の人形を愛でるように、あなたを眺めていたいだけなんだから。
そんな自分勝手な想いを見透かされていたのだとしたら、とても生きてはいられない。
自分はどこまで理解されてしまった?
ミョウジナマエには皆目見当がつかない。
「ミョウジクン、キミはどうして擬態しているんだい?」
「意味が分かりません」
「……別にいいけどね。それじゃ、また授業で」
「失礼します」
人を食ったような笑みを浮かべる教師のデスクから踵を返し、足早に廊下を進む。
吐き気がした。
駆け込むように男子トイレの個室に入り、鍵をかけて便器の蓋の上に座り込んだ。手の甲で口元を押さえつけ、必死に息を整えようとする。そろそろ休み時間は終わりだが、次の授業など捨て置いてもいい。とにかく落ち着くまでここにいるべきだと判断した。
(どうしてバレた……?)
あからさまに見ていたつもりはない。
目は口ほどに物を言う、そんな下手を打ったとは思えない。
こんなことで人生ご破算になるのか?
前歴など関係なく。怪盗絡みでもなく。
最早こんなところに一分一秒でもいたくない。
(これ以上、逃げるところなんてない……)
もっと前向きになれる恋愛がしたかった。いや、これは恋愛ではないのかもしれない。
今は、こんなものが唯一前向きな思考だった。
そう、これは恋愛ではないのだから、何も動揺することなどない。変わった教師が変わった誤解をしただけだ。
大丈夫だと自分に言い聞かせ、その場を後にして保健室へ行くことにした。こんなものは恋愛ではないと繰り返しながら。
翌日の放課後、生物室前で、蛭田が再び話しかけてきた。
「なんの用ですか? 蛭田先生」
「つれないね。そんなにボクと話したくないのかい?」
「そうです。あなたが苦手なんです」
「何故そんなに嫌うんだい?」
「あなたは、俺に話しかけたりしないはずでしょう」
「ボクは生きているからね。自らの意思で行動もすれば、人に何か言われて思考することもある」
「それが?」
「今のボクはキミに興味があるんだよ」
「じゃあ、元に戻ってください。どうして俺なんか……」
「……キミは人じゃないものが人の振りをしてるみたいだ」
「人を化物みたいに--」
「いや……違うよ。最後まで聞いてほしいな。化物が人の振りをしているように見えたけど、そうじゃない。キミは必死に化物に成ろうとしている人間だ。何か身の丈以上のことを成し遂げようとしているのかな?」
「……あなたと話すと疲れます」
「キミは本当に興味深い」
蛭田は顎に手をやり、ナマエにねっとりとした視線を向ける。
「どうしてですか? どうして俺の気持ちに気付いてしまったんですか?」
「ああ、それはボクがミョウジクンをよく見ていたからだね」
「は……?」
「キミが窓の外を見ている時とかにね」
「は……?! いや、それじゃ俺の気持ちなんて分からないですよね?」
「キミ、ボクが振り向くと必ず窓の外に視線を移すだろう? それがまだ仮説だった時に横目でキミを観察したら、ずっとボクを見ていたから確信したのさ」
まさか、気のせいではなく本当に観察されていたとは。服の下の蛭に気付かず、長いこと血を吸われていたような気持ち悪さだ。
ああ、下手を打った自分が恨めしい。
「よっぽどボクを愛してるのかと思ったけれど……」
自分が抱えているものが、これが愛だなんて、ゾッとする。
「でも本当はキミがボクに向ける感情には、愛なんて分子ほどもなかったのかもしれないね。残念だよ」
自分が先生に酷薄な感情を抱いていたことは認めるが、あんまりな物言いだと思った。
「ボクと付き合いたいとか思わないの?」
「思います。付き合いたいです。そうすれば、いずれあなたを嫌えるはずだから」
「キミ、なんでそんなに屈折しちゃったのかな?」
「これ以上、負けたくないんです。何者にも、縛られるのはごめんです」
何もかもを焼き尽くそうとするかのような夕日を背に、ナマエは淡々と告げた。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
その言葉が、彼の頭の中に響いていた。
◆◆◆
ふたりきりの生物室で、教師と生徒が話している。
教師の方は余裕のある笑みを浮かべ、生徒の方は、そんな教師に怒りを向けているかのような表情で。
「あなたは俺が好きなんですか?」
「うん」
「どこが?」
「顔。よく見ると可愛いよね」
「でも、それで好きになった訳ではないんでしょう?」
「うん。キミがボクを好きだから、かな」
それを聞いて、ナマエは溜め息を吐いた。自分は、この教師には勝てないのかもしれない、と。
「分かりましたよ、好きですよ、あなたのことが」
若干怒りを滲ませながら言う。
そしてナマエは、あることを思い付いた。
「蛭田先生。手、出したらダメですか?」
「ダメだね」
「でも、未成年の俺とすることが出来るのって今のうちじゃないですか」
「うん……? ミョウジクン、面白いこと言うね」
「お互い罪を犯しましょうよ。共犯者になってくださいよ」
「でも、裁かれるのはボクだけだ……それは成立しない」
「……確かにそうですね。バカなことを言いました」
「けれど、気に入った。そうしよう」
「え……?」
言うや否や、蛭田はナマエに顔を寄せてくる。
非倫理的な互いの欲望をぶつけ合い、終わった頃には、最後の一歩を踏み出したのがどちらだったのか、分からなくなっていた。
2020/06/16
「そうか?」
「ちゅーいりょくさんらん? っていうの? いつもなら避けてるチョーク食らってたし」
「牛丸の?」
「そうそれ」
「いつもは避けんのかよ……」
「ヒョイヒョイ避ける」
「いや、投げらんねぇようにしろよ」
「竜司に言われたくないと思う。話戻すけど、なんかよく溜め息ついてるし心配。なんか聞いてないの?」
「いいや、なんも。気のせいじゃね?」
「そうかなぁ? でも、ちょっと気にしといてよね」
「わーったよ」
そんなことを杏と話した後、竜司がナマエに単刀直入に質問をしてみると。
「……実は、好きな人がいて」
「は……?」
返ってきたのは意外な答えだった。
「ちょっと予想外のことが起きて動揺してた」
「意外と恋愛で身を持ち崩すタイプか……?」
「たぶん、もう平気だ。ちょっと受け入れ難かったけど」
「相手誰だよ……」
「……年上の人」
「あー、あんま言いたくない感じか……」
「無期限で言えないかな」
「まあ気にすんなよ」
◆◆◆
近頃、ミョウジナマエはある教師がどうしようもなく気になる。
いや、気がかりと言った方が正しいだろうか。
その教師の視線が心を騒がせる。どうしてか観察されているような気分になるのだ。
何もかも解られているのではないかという不安が、ピンで心に留められる。
その眼で視られると、何故か麻酔にかけられたようになる。指先ひとつ動かせない。
そうしているうちに、メスで腹を裂かれて内臓が露出する。
教師はいつの間にかゴム手袋をして鉗子やピンセットを手にしており、彼は思わずたじろいだ。
まずは肺を掴まれた。息苦しいなんてものではない。
睨んだ相手は涼しい顔をしている。
次に触れられた心臓は何故か冷えていく気がした。一方、頭には血が上って熱くなっていく。
何故こんな目に遭っているのか?
酷く理不尽ではないか。
肝臓やら膵臓やらもじっくり観られる。
気が済んだら、開きにされたままホルマリン漬けの瓶詰めにされ、生物室の棚に収納されるのだろうか。そう考えると、今度は血の気が引いた。
早く逃げなければならないのだが、麻酔が効いていて動けない。
などということはなく、こんなことはもちろんナマエの空想である。
何もかも理解されているなど、そんなことあるはずがない。例え、観察されていたとしてもだ。超能力並みの洞察力があるというのなら話は別だが。
そこで浮上するのが、本当は自身が何もかも解られたいと思っているのかもしれないということ。それが真実だとしたら、その方が余程堪えるものだ。
そんなことを授業中に考えていると、件の教師に指名された。
彼は大人しい生徒に擬態し続ける。
所属を示す制服をきちんと着ているし、印象をぼかすために眼鏡をかけている。
もしも感付かれているのだとしたら、さぞ滑稽に映っているのだろうと思いながらも、続けるしかないのだ。
まあ、実際には向こうはこちらを歯牙にもかけていないだろう。
ナマエは想い人がいても冷静さを奪われない自分に感謝した。
◆◆◆
何も返さぬ人形を愛していたつもりだった。
「キミって……ボクのことが好きなのかい……?」
日直であったために提出物を生物教師の元へ運んだ折、そんなことを言われて凍り付く。
「……妙なこと言わないでください」
「おや? 違ったかな? キミのその視線……とても情熱的だと思ったのだけど」
「目が悪いから、よく見えません」
「ふぅん……そう」
やめてくれ。なんの反応もしないでくれ。
ガラスケースの中の人形を愛でるように、あなたを眺めていたいだけなんだから。
そんな自分勝手な想いを見透かされていたのだとしたら、とても生きてはいられない。
自分はどこまで理解されてしまった?
ミョウジナマエには皆目見当がつかない。
「ミョウジクン、キミはどうして擬態しているんだい?」
「意味が分かりません」
「……別にいいけどね。それじゃ、また授業で」
「失礼します」
人を食ったような笑みを浮かべる教師のデスクから踵を返し、足早に廊下を進む。
吐き気がした。
駆け込むように男子トイレの個室に入り、鍵をかけて便器の蓋の上に座り込んだ。手の甲で口元を押さえつけ、必死に息を整えようとする。そろそろ休み時間は終わりだが、次の授業など捨て置いてもいい。とにかく落ち着くまでここにいるべきだと判断した。
(どうしてバレた……?)
あからさまに見ていたつもりはない。
目は口ほどに物を言う、そんな下手を打ったとは思えない。
こんなことで人生ご破算になるのか?
前歴など関係なく。怪盗絡みでもなく。
最早こんなところに一分一秒でもいたくない。
(これ以上、逃げるところなんてない……)
もっと前向きになれる恋愛がしたかった。いや、これは恋愛ではないのかもしれない。
今は、こんなものが唯一前向きな思考だった。
そう、これは恋愛ではないのだから、何も動揺することなどない。変わった教師が変わった誤解をしただけだ。
大丈夫だと自分に言い聞かせ、その場を後にして保健室へ行くことにした。こんなものは恋愛ではないと繰り返しながら。
翌日の放課後、生物室前で、蛭田が再び話しかけてきた。
「なんの用ですか? 蛭田先生」
「つれないね。そんなにボクと話したくないのかい?」
「そうです。あなたが苦手なんです」
「何故そんなに嫌うんだい?」
「あなたは、俺に話しかけたりしないはずでしょう」
「ボクは生きているからね。自らの意思で行動もすれば、人に何か言われて思考することもある」
「それが?」
「今のボクはキミに興味があるんだよ」
「じゃあ、元に戻ってください。どうして俺なんか……」
「……キミは人じゃないものが人の振りをしてるみたいだ」
「人を化物みたいに--」
「いや……違うよ。最後まで聞いてほしいな。化物が人の振りをしているように見えたけど、そうじゃない。キミは必死に化物に成ろうとしている人間だ。何か身の丈以上のことを成し遂げようとしているのかな?」
「……あなたと話すと疲れます」
「キミは本当に興味深い」
蛭田は顎に手をやり、ナマエにねっとりとした視線を向ける。
「どうしてですか? どうして俺の気持ちに気付いてしまったんですか?」
「ああ、それはボクがミョウジクンをよく見ていたからだね」
「は……?」
「キミが窓の外を見ている時とかにね」
「は……?! いや、それじゃ俺の気持ちなんて分からないですよね?」
「キミ、ボクが振り向くと必ず窓の外に視線を移すだろう? それがまだ仮説だった時に横目でキミを観察したら、ずっとボクを見ていたから確信したのさ」
まさか、気のせいではなく本当に観察されていたとは。服の下の蛭に気付かず、長いこと血を吸われていたような気持ち悪さだ。
ああ、下手を打った自分が恨めしい。
「よっぽどボクを愛してるのかと思ったけれど……」
自分が抱えているものが、これが愛だなんて、ゾッとする。
「でも本当はキミがボクに向ける感情には、愛なんて分子ほどもなかったのかもしれないね。残念だよ」
自分が先生に酷薄な感情を抱いていたことは認めるが、あんまりな物言いだと思った。
「ボクと付き合いたいとか思わないの?」
「思います。付き合いたいです。そうすれば、いずれあなたを嫌えるはずだから」
「キミ、なんでそんなに屈折しちゃったのかな?」
「これ以上、負けたくないんです。何者にも、縛られるのはごめんです」
何もかもを焼き尽くそうとするかのような夕日を背に、ナマエは淡々と告げた。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
その言葉が、彼の頭の中に響いていた。
◆◆◆
ふたりきりの生物室で、教師と生徒が話している。
教師の方は余裕のある笑みを浮かべ、生徒の方は、そんな教師に怒りを向けているかのような表情で。
「あなたは俺が好きなんですか?」
「うん」
「どこが?」
「顔。よく見ると可愛いよね」
「でも、それで好きになった訳ではないんでしょう?」
「うん。キミがボクを好きだから、かな」
それを聞いて、ナマエは溜め息を吐いた。自分は、この教師には勝てないのかもしれない、と。
「分かりましたよ、好きですよ、あなたのことが」
若干怒りを滲ませながら言う。
そしてナマエは、あることを思い付いた。
「蛭田先生。手、出したらダメですか?」
「ダメだね」
「でも、未成年の俺とすることが出来るのって今のうちじゃないですか」
「うん……? ミョウジクン、面白いこと言うね」
「お互い罪を犯しましょうよ。共犯者になってくださいよ」
「でも、裁かれるのはボクだけだ……それは成立しない」
「……確かにそうですね。バカなことを言いました」
「けれど、気に入った。そうしよう」
「え……?」
言うや否や、蛭田はナマエに顔を寄せてくる。
非倫理的な互いの欲望をぶつけ合い、終わった頃には、最後の一歩を踏み出したのがどちらだったのか、分からなくなっていた。
2020/06/16