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それは運命的なものだったような気がするのだけれど、覚えていない。
ナマエは、一体誰の手を取ったのか、記憶にない。
夢の中の出来事だけれど、だとしても、大切なことだったと思うのに。
あなたは、だあれ?
何度も思い出そうとしたが、いつも、記憶は靄がかかったように判然としない。
相手の輪郭さえも分からない靄。それを前にして、何も出来ない自分。
どうしようもないことだが、仕方がないと割り切ることも忍びない。
「うぅ~なんでだよ~」
オンボロ寮の自室の寝台の上で、ナマエは唸った。
ツイステッドワンダーランドに来る直前に見たはずの夢を思い出せないでいる己に、腹が立つ。
この世界で寄る辺ない自分の持つ、数少ない大切なものなのではないか? そんな気がしてならないのである。
しかし、もう夜も更けてきた。
「寝よう…………」
どうか、もう一度あの時の夢を見せてほしい。今度は、ちゃんと覚えているから。そう願いながら、ナマエは眠りについた。
夢を見ている。
美しいプリンセスが、ナマエの手を取り、豪奢な城の中で、共にワルツを踊る夢。
ああ、そうか。自分の手を取ってくれたのは、この人なんだ。と、思うと笑顔がこぼれた。王子様にでもなった気分である。
「悲しいわ」
「え?」
プリンセスが突然、宝石みたいな涙を流す。ワルツは止まり、彼女の手が離れる。
「とても悲しいの。あなたが何も知らないことが…………」
「どういうこと?」
「…………」
プリンセスは答えない。
そこで、目が覚めた。朝が来ている。
自分は、やっぱりオンボロ寮にいて、大切なことは思い出せず終いで、家に帰る手立てはない。これがいつもの朝になりつつある。
今日も、魔法なんて使えない。
◆◆◆
「王子様になりたい」
大食堂にて。昼食を前にして、ナマエは呟いた。
「ナマエ……?」
「急にどうしたんだ?」
エースとデュースは、目をぱちくりさせている。
「夢にお姫様が出てきたんだけど、なんか泣かせちゃって。俺が王子様じゃないからかと思ったワケだよ」
「どういうワケだよ」
「そんな義理ないだろ」
「それは、そうかもだけどさぁ」
美しいお姫様の、美しい涙を思い出す。可憐な声で悲しみを告げたのを覚えている。
そこで、ふと、気付いた。プリンセスの顔が思い出せないのだ。顔が、真っ暗な影になっている。それなのに、美しい顔だと認識している自分が、なんだか怖い。
きっと、彼女は「美しいプリンセス」という存在なのだろう。それなら、自分は「素敵なプリンス」になるべきなのか?
「ナマエが王子だなんて、似合わないんだゾ」
「グリム……それは言わないでほしかったな……」
オンボロ寮にいる身で王子様になるのは、確かに無理があると思った。
王子が無理なら、何になれば? 何を知れば? 彼女の涙を止められるのだろう。
「王子じゃないなら、魔法使い?」
「魔法使えねぇじゃん!」
エースは笑いながら言う。
いや、笑うな。ナマエは唇を尖らせた。
「というか、役割の問題なのか?」
デュースが真剣な顔で言う。
確かに。物語的な役割を自分に課すことに意味があるのか疑問である。
「俺が何も知らないって言ってたな、お姫様」
「確かに知らないよな、魔法のこととか」
エースは、また笑っている。
コイツ。ナマエはギリ、と歯を食い縛った。
「王子と魔法使い以外でお姫様と関わる役って何?」
「道化師」
「召し使い」
「それになるのはちょっと……」
と、そこで。
「なんの話をしてるんだ?」
トレイがやって来た。
「先輩、お姫様と関わる役で、王子と魔法使いと道化師と召し使い以外で何か思い浮かびます?」
「難しい質問だな。なんでそんなことを考えてるんだ?」
トレイが疑問を口にする。
「ナマエの夢にお姫様が出てきて」
エースがナマエの夢の内容を説明した。
「ははっ。別に何かになる必要はないと思うが。ナマエはオンボロ寮の監督生、でいいだろ」
「えー! それじゃ、つまんないですよ!」
エースが声を上げた。
「いや、そもそも、夢の話だろ? 気にし過ぎるのもどうかと思うぞ」
一理ある。
「そうですね。お姫様のことは一旦忘れます」
トレイに言われたことで、ナマエは少し胸が軽くなった。
運命的なものを感じたとはいえ、夢は所詮夢だ。そう思うことにした。
◆◆◆
「トレイ先輩、お菓子作り手伝わせてくれませんか?」
「どうしてだ?」
「暇だし、お菓子作りに興味が出てきたんですよ。お願いします」
「そうか、それは嬉しいな。じゃあ、うちの寮のキッチンへ来るか?」
「はい」
ハーツラビュル寮のキッチンへ移動し、ふたりは調理の準備を進める。
ナマエは、トレイがテキパキと調理道具を揃えたり、材料を計量する様が格好良いと思った。
「料理は計算って感じ」
「ん? そうだな、前もって色々と考えておく必要があるからな」
「そうですよね。大変だ」
「慣れれば、どうってことないさ」
「俺も頑張ります」
トレイと比べると、やや手つきが怪しいが、ナマエも一所懸命にお菓子作りに取り組む。
「美味しくなあれ」
ボウルに入れた生クリームを泡立てながら、ぼそりと口にした。
「なんだそれ?」
ナマエの声が聴こえたトレイは、怪訝な顔をする。
「おまじないですよ。愛情を込めるっていうか」
「愛情、か……」
「あ、意味ないと思ってますね? 確かに俺は魔法が使えないし、意味なんてないかもしれませんが。食べた人に美味しいと思ってもらいたい、という祈りなんだと思います。あと、自分を鼓舞するというか…………伝わります?」
ナマエの言を聞いたトレイは、曖昧な笑顔を浮かべている。
ああ、この人は「愛情を込める」なんてことをやって来ていないのだなぁ、とナマエは思った。
少しばかりの意外さと、大いなる納得がナマエの胸中に沸き上がる。
人間は多面的である。当然、トレイもそうだろう。だから、全てを見たくなる。
彼を知りたくてしょうがない。
その晩、ナマエは、また「美しいプリンセス」の夢を見た。
顔の見えないはずの彼女が、上機嫌で笑っているのが理解出来る。
「知ったのね。もっともっと知ってちょうだい」
ナマエの手を取り、踊りながら、鈴を転がすような声が言う。
この夢を、朝起きたナマエは、ぼんやりとしか覚えていなかった。
◆◆◆
実は、ナマエはトレイ・クローバーのことが好きである。
彼の様々な表情を見ているうちに、いつの間にか好きになっていた。
特に、時折見せる悪い笑顔に惹かれている。何故かは分からないが。
けれど、恋とはそういうものなのだろう。
夢の中で手を取ってくれたのが彼だったら、どんなにいいか。
トレイ・クローバー。最初、彼のことを善い人だと思っていた。
しかし、きっちり見返りを求めるし、案外子供っぽいところもあるし、何よりリドル・ローズハートを救えはしないし。彼は、きっと自分にとっても救い主ではないだろう。
そして、ナマエ自身も誰かを絶対的に救える存在ではない。
何か重要な役割ではなくとも、何者でもなかったとしても。それでも、幸せな結末へ向かいたい。そう、「自分」が幸せな結末へと。
「トレイ先輩、この手をとってください」
だから、この手を伸ばすのだ。
「なんだ? 急に……」
「俺にとって、大切なことなんです。あとで、お礼はしますから」
人気のない植物園に呼び出したトレイに、ナマエは言う。
「……分かった」
トレイは、そっと差し出された手をとった。
これは儀式である。自分が選んだのは彼だ、と世界に宣言するための。自分の運命は、自分で掴むしかないから。
トレイの手を、ぎゅっと握り、ナマエは告げる。
「俺、トレイ先輩のことが好きなんです!」
「えっ!?」
トレイは目を見開いた。
反射的に後ろへ下がろうとする体を、ナマエの手が引き留める。
しばらく手を繋いだまま無言になるふたり。
次に声を出したのは、トレイの方だった。苦笑いをしながら囁く。
「俺もナマエが好きだと言ったら、信じてくれるか?」
「嘘!?」
幸せな結末と、その先へと、思ったよりも早く辿り着けるのかもしれない。
2020/06/12
ナマエは、一体誰の手を取ったのか、記憶にない。
夢の中の出来事だけれど、だとしても、大切なことだったと思うのに。
あなたは、だあれ?
何度も思い出そうとしたが、いつも、記憶は靄がかかったように判然としない。
相手の輪郭さえも分からない靄。それを前にして、何も出来ない自分。
どうしようもないことだが、仕方がないと割り切ることも忍びない。
「うぅ~なんでだよ~」
オンボロ寮の自室の寝台の上で、ナマエは唸った。
ツイステッドワンダーランドに来る直前に見たはずの夢を思い出せないでいる己に、腹が立つ。
この世界で寄る辺ない自分の持つ、数少ない大切なものなのではないか? そんな気がしてならないのである。
しかし、もう夜も更けてきた。
「寝よう…………」
どうか、もう一度あの時の夢を見せてほしい。今度は、ちゃんと覚えているから。そう願いながら、ナマエは眠りについた。
夢を見ている。
美しいプリンセスが、ナマエの手を取り、豪奢な城の中で、共にワルツを踊る夢。
ああ、そうか。自分の手を取ってくれたのは、この人なんだ。と、思うと笑顔がこぼれた。王子様にでもなった気分である。
「悲しいわ」
「え?」
プリンセスが突然、宝石みたいな涙を流す。ワルツは止まり、彼女の手が離れる。
「とても悲しいの。あなたが何も知らないことが…………」
「どういうこと?」
「…………」
プリンセスは答えない。
そこで、目が覚めた。朝が来ている。
自分は、やっぱりオンボロ寮にいて、大切なことは思い出せず終いで、家に帰る手立てはない。これがいつもの朝になりつつある。
今日も、魔法なんて使えない。
◆◆◆
「王子様になりたい」
大食堂にて。昼食を前にして、ナマエは呟いた。
「ナマエ……?」
「急にどうしたんだ?」
エースとデュースは、目をぱちくりさせている。
「夢にお姫様が出てきたんだけど、なんか泣かせちゃって。俺が王子様じゃないからかと思ったワケだよ」
「どういうワケだよ」
「そんな義理ないだろ」
「それは、そうかもだけどさぁ」
美しいお姫様の、美しい涙を思い出す。可憐な声で悲しみを告げたのを覚えている。
そこで、ふと、気付いた。プリンセスの顔が思い出せないのだ。顔が、真っ暗な影になっている。それなのに、美しい顔だと認識している自分が、なんだか怖い。
きっと、彼女は「美しいプリンセス」という存在なのだろう。それなら、自分は「素敵なプリンス」になるべきなのか?
「ナマエが王子だなんて、似合わないんだゾ」
「グリム……それは言わないでほしかったな……」
オンボロ寮にいる身で王子様になるのは、確かに無理があると思った。
王子が無理なら、何になれば? 何を知れば? 彼女の涙を止められるのだろう。
「王子じゃないなら、魔法使い?」
「魔法使えねぇじゃん!」
エースは笑いながら言う。
いや、笑うな。ナマエは唇を尖らせた。
「というか、役割の問題なのか?」
デュースが真剣な顔で言う。
確かに。物語的な役割を自分に課すことに意味があるのか疑問である。
「俺が何も知らないって言ってたな、お姫様」
「確かに知らないよな、魔法のこととか」
エースは、また笑っている。
コイツ。ナマエはギリ、と歯を食い縛った。
「王子と魔法使い以外でお姫様と関わる役って何?」
「道化師」
「召し使い」
「それになるのはちょっと……」
と、そこで。
「なんの話をしてるんだ?」
トレイがやって来た。
「先輩、お姫様と関わる役で、王子と魔法使いと道化師と召し使い以外で何か思い浮かびます?」
「難しい質問だな。なんでそんなことを考えてるんだ?」
トレイが疑問を口にする。
「ナマエの夢にお姫様が出てきて」
エースがナマエの夢の内容を説明した。
「ははっ。別に何かになる必要はないと思うが。ナマエはオンボロ寮の監督生、でいいだろ」
「えー! それじゃ、つまんないですよ!」
エースが声を上げた。
「いや、そもそも、夢の話だろ? 気にし過ぎるのもどうかと思うぞ」
一理ある。
「そうですね。お姫様のことは一旦忘れます」
トレイに言われたことで、ナマエは少し胸が軽くなった。
運命的なものを感じたとはいえ、夢は所詮夢だ。そう思うことにした。
◆◆◆
「トレイ先輩、お菓子作り手伝わせてくれませんか?」
「どうしてだ?」
「暇だし、お菓子作りに興味が出てきたんですよ。お願いします」
「そうか、それは嬉しいな。じゃあ、うちの寮のキッチンへ来るか?」
「はい」
ハーツラビュル寮のキッチンへ移動し、ふたりは調理の準備を進める。
ナマエは、トレイがテキパキと調理道具を揃えたり、材料を計量する様が格好良いと思った。
「料理は計算って感じ」
「ん? そうだな、前もって色々と考えておく必要があるからな」
「そうですよね。大変だ」
「慣れれば、どうってことないさ」
「俺も頑張ります」
トレイと比べると、やや手つきが怪しいが、ナマエも一所懸命にお菓子作りに取り組む。
「美味しくなあれ」
ボウルに入れた生クリームを泡立てながら、ぼそりと口にした。
「なんだそれ?」
ナマエの声が聴こえたトレイは、怪訝な顔をする。
「おまじないですよ。愛情を込めるっていうか」
「愛情、か……」
「あ、意味ないと思ってますね? 確かに俺は魔法が使えないし、意味なんてないかもしれませんが。食べた人に美味しいと思ってもらいたい、という祈りなんだと思います。あと、自分を鼓舞するというか…………伝わります?」
ナマエの言を聞いたトレイは、曖昧な笑顔を浮かべている。
ああ、この人は「愛情を込める」なんてことをやって来ていないのだなぁ、とナマエは思った。
少しばかりの意外さと、大いなる納得がナマエの胸中に沸き上がる。
人間は多面的である。当然、トレイもそうだろう。だから、全てを見たくなる。
彼を知りたくてしょうがない。
その晩、ナマエは、また「美しいプリンセス」の夢を見た。
顔の見えないはずの彼女が、上機嫌で笑っているのが理解出来る。
「知ったのね。もっともっと知ってちょうだい」
ナマエの手を取り、踊りながら、鈴を転がすような声が言う。
この夢を、朝起きたナマエは、ぼんやりとしか覚えていなかった。
◆◆◆
実は、ナマエはトレイ・クローバーのことが好きである。
彼の様々な表情を見ているうちに、いつの間にか好きになっていた。
特に、時折見せる悪い笑顔に惹かれている。何故かは分からないが。
けれど、恋とはそういうものなのだろう。
夢の中で手を取ってくれたのが彼だったら、どんなにいいか。
トレイ・クローバー。最初、彼のことを善い人だと思っていた。
しかし、きっちり見返りを求めるし、案外子供っぽいところもあるし、何よりリドル・ローズハートを救えはしないし。彼は、きっと自分にとっても救い主ではないだろう。
そして、ナマエ自身も誰かを絶対的に救える存在ではない。
何か重要な役割ではなくとも、何者でもなかったとしても。それでも、幸せな結末へ向かいたい。そう、「自分」が幸せな結末へと。
「トレイ先輩、この手をとってください」
だから、この手を伸ばすのだ。
「なんだ? 急に……」
「俺にとって、大切なことなんです。あとで、お礼はしますから」
人気のない植物園に呼び出したトレイに、ナマエは言う。
「……分かった」
トレイは、そっと差し出された手をとった。
これは儀式である。自分が選んだのは彼だ、と世界に宣言するための。自分の運命は、自分で掴むしかないから。
トレイの手を、ぎゅっと握り、ナマエは告げる。
「俺、トレイ先輩のことが好きなんです!」
「えっ!?」
トレイは目を見開いた。
反射的に後ろへ下がろうとする体を、ナマエの手が引き留める。
しばらく手を繋いだまま無言になるふたり。
次に声を出したのは、トレイの方だった。苦笑いをしながら囁く。
「俺もナマエが好きだと言ったら、信じてくれるか?」
「嘘!?」
幸せな結末と、その先へと、思ったよりも早く辿り着けるのかもしれない。
2020/06/12