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鏡を見るのが大嫌いだ。
自分の顔が好きではないから、洗顔や歯磨きで鏡の前に立つのが本当に嫌だ。だから、おれはそれらを出来るだけ手早く済ませることにしている。
それから、他者に合わせて顔を変えるのも苦手だ。それが家族でも、同級生でも、誰に対しても同じ顔しか向けられない。人付き合いを煩わしいと感じる自分以外が存在しない。
それと、自分の気持ちを知られるのも嫌なので、顔は常に無表情。それが、おれという者である。
はずなのだが、近頃、気付けば目で追っている男がいる。
名前は、トレイ・クローバー。
おれは、横目で彼を毎日のように観察している。
バレてはいないと思う。周りに悟られないように何かを見たり、聞き耳を立てたりする人生を送ってきたので、そういったことはお手のものなのである。自慢出来たことではないかもしれないが。
クローバーには色々な顔がある。
普段の穏やかな顔。人に冗談を言う時のいたずらっぽい顔。少しスネた時の年相応な顔。
無表情な自分とは全く違う顔、顔、顔。
それらを眺めてしまうのは何故?
考えてみても分からない。
そんな日々を送っていたある日。
「なんでもない日」のパーティの準備で、ケーキ作りの手伝いをすることになった。
というのも、何故かトレイ・クローバーに指名されたからである。
しぶしぶキッチンまでやって来たおれは、挨拶もそこそこに調理に取りかかる。
横目でちらりとクローバーを見ると、真剣な表情で材料を測っていた。
良い顔、というのだろう。
そんな表情が出来る彼が、なんだか羨ましく感じて。自分も彼に、そんな顔を向けられたら、なんて思ってしまって。
絶望した。
クローバーに見せるための顔なんて欲しくない。必要ない。
友人が欲しいという、心の深くにある望みから目を逸らしたい。
クローバーに好意を持っていることにも気付きたくなんてない。
おれは、哀れなほど必死に、いつもの無表情を貫いた。
時々クローバーに伺いを立てながら、作業を続ける。こちらに集中することで、先程の思考を葬り去りたかった。
そして時はパーティ本番へと流れゆく。
ナイフでケーキを切り分けるクローバーを見たおれは、思わず棒立ちになり、自分の中の声に耳を傾けるはめになった。
「首をおはねっ!」
白昼夢のような、ぼんやりとした想像の世界で女王の声が響く。
けれど貴女ではなく、ローズハート寮長でもなく、君だ。
副寮長、トレイ・クローバー。
曖昧な想像が、次第にはっきりとした妄想へと変化していくのを感じる。
おれに顔などあるから、クローバーと向き合いたいなどと考えてしまうのだ。
おれは君に、ケーキみたいに、さっくりと首と胴を分けられたい。
◆◆◆
「なんでもない日」のお祝いも終わり、夜になった。
おれは、いつも通りに歯を磨いている。
すると、いつの間にか背後にクローバーが立っていた。
「え……」
間抜けな声がこぼれる。彼は怒っているようだった。
そして、おれに向かって言い放つ。
「口を開けろっ! お前の歯磨きは全くなってない!」
「ええっ!?」
面食らった自分は、驚き果て。
「そう、いうのは……お、おお、おれが骨だけになった時にしてください?!」
みっともなく、訳の分からないことを口走る自分。
一瞬、おれの頭蓋骨を手にして歯を磨く彼の姿が脳裏をよぎる。
「それじゃ遅い!」
クローバーは、そう言い放つと、無理矢理おれの口を開いて歯ブラシを突っ込んだ。おれの歯を磨く彼からは、いつもの穏やかな雰囲気は消え失せている。しかし、手付きは細やかで優しい。
しばらくして強制歯磨きが終わった後、クローバーは少しばつが悪そうにしながら言った。
「悪い、子供相手みたいなことをして。どうしても気になってな。近頃の俺は、ずっとお前のことを気にしてたんだよ」
そういえば、彼には弟だか妹だかがいると聞いた覚えがある。
まさか、彼が自分に対して兄としての顔を覗かせるとは思っていなかったので、おれは、ついつい言葉を漏らしてしまった。
「君は本当に色んな顔があるね」
◆◆◆
これは少し前、鏡を見るのが大嫌いだというのに、2回も歯を磨かなくてはならなくなった日のこと。
何かに急かされるかのように歯ブラシを動かす自分を見つめる存在に、この時のおれは気付いていなかった。
まさかトレイ・クローバーに歯を磨かれることになるとは、夢にも思っていない。
2020/05/23
自分の顔が好きではないから、洗顔や歯磨きで鏡の前に立つのが本当に嫌だ。だから、おれはそれらを出来るだけ手早く済ませることにしている。
それから、他者に合わせて顔を変えるのも苦手だ。それが家族でも、同級生でも、誰に対しても同じ顔しか向けられない。人付き合いを煩わしいと感じる自分以外が存在しない。
それと、自分の気持ちを知られるのも嫌なので、顔は常に無表情。それが、おれという者である。
はずなのだが、近頃、気付けば目で追っている男がいる。
名前は、トレイ・クローバー。
おれは、横目で彼を毎日のように観察している。
バレてはいないと思う。周りに悟られないように何かを見たり、聞き耳を立てたりする人生を送ってきたので、そういったことはお手のものなのである。自慢出来たことではないかもしれないが。
クローバーには色々な顔がある。
普段の穏やかな顔。人に冗談を言う時のいたずらっぽい顔。少しスネた時の年相応な顔。
無表情な自分とは全く違う顔、顔、顔。
それらを眺めてしまうのは何故?
考えてみても分からない。
そんな日々を送っていたある日。
「なんでもない日」のパーティの準備で、ケーキ作りの手伝いをすることになった。
というのも、何故かトレイ・クローバーに指名されたからである。
しぶしぶキッチンまでやって来たおれは、挨拶もそこそこに調理に取りかかる。
横目でちらりとクローバーを見ると、真剣な表情で材料を測っていた。
良い顔、というのだろう。
そんな表情が出来る彼が、なんだか羨ましく感じて。自分も彼に、そんな顔を向けられたら、なんて思ってしまって。
絶望した。
クローバーに見せるための顔なんて欲しくない。必要ない。
友人が欲しいという、心の深くにある望みから目を逸らしたい。
クローバーに好意を持っていることにも気付きたくなんてない。
おれは、哀れなほど必死に、いつもの無表情を貫いた。
時々クローバーに伺いを立てながら、作業を続ける。こちらに集中することで、先程の思考を葬り去りたかった。
そして時はパーティ本番へと流れゆく。
ナイフでケーキを切り分けるクローバーを見たおれは、思わず棒立ちになり、自分の中の声に耳を傾けるはめになった。
「首をおはねっ!」
白昼夢のような、ぼんやりとした想像の世界で女王の声が響く。
けれど貴女ではなく、ローズハート寮長でもなく、君だ。
副寮長、トレイ・クローバー。
曖昧な想像が、次第にはっきりとした妄想へと変化していくのを感じる。
おれに顔などあるから、クローバーと向き合いたいなどと考えてしまうのだ。
おれは君に、ケーキみたいに、さっくりと首と胴を分けられたい。
◆◆◆
「なんでもない日」のお祝いも終わり、夜になった。
おれは、いつも通りに歯を磨いている。
すると、いつの間にか背後にクローバーが立っていた。
「え……」
間抜けな声がこぼれる。彼は怒っているようだった。
そして、おれに向かって言い放つ。
「口を開けろっ! お前の歯磨きは全くなってない!」
「ええっ!?」
面食らった自分は、驚き果て。
「そう、いうのは……お、おお、おれが骨だけになった時にしてください?!」
みっともなく、訳の分からないことを口走る自分。
一瞬、おれの頭蓋骨を手にして歯を磨く彼の姿が脳裏をよぎる。
「それじゃ遅い!」
クローバーは、そう言い放つと、無理矢理おれの口を開いて歯ブラシを突っ込んだ。おれの歯を磨く彼からは、いつもの穏やかな雰囲気は消え失せている。しかし、手付きは細やかで優しい。
しばらくして強制歯磨きが終わった後、クローバーは少しばつが悪そうにしながら言った。
「悪い、子供相手みたいなことをして。どうしても気になってな。近頃の俺は、ずっとお前のことを気にしてたんだよ」
そういえば、彼には弟だか妹だかがいると聞いた覚えがある。
まさか、彼が自分に対して兄としての顔を覗かせるとは思っていなかったので、おれは、ついつい言葉を漏らしてしまった。
「君は本当に色んな顔があるね」
◆◆◆
これは少し前、鏡を見るのが大嫌いだというのに、2回も歯を磨かなくてはならなくなった日のこと。
何かに急かされるかのように歯ブラシを動かす自分を見つめる存在に、この時のおれは気付いていなかった。
まさかトレイ・クローバーに歯を磨かれることになるとは、夢にも思っていない。
2020/05/23