刀
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『百鬼夜行』
その本丸の名前は、金砂城 という。
金砂とは、砂金のことである。
主である審神者の仮の名前は、沙央 。
年齢は、35歳。性別は不定。
審神者暦は、10年を過ぎた。
多くの審神者のように白い布で顔を覆っているが、あまり厳守してはいない。何故なら、沙央は長い前髪で両目が隠れているから。
この審神者は、私服も正装もチャイナ服である。沙央の趣味だ。
最近は、百鬼夜行の中で戦っている。
「行けぇ! 野郎ども! 全員蹴散らせぇーっ!」
沙央が、檄を飛ばす。
「珍しくやる気だね」と、近侍のにっかり青江。
「童子切安綱が欲しいんじゃあ! センター分けの好みの男!」
「主、俺もせんたー分けですよ」
へし切長谷部が、ずいっと前に出た。
「え~ほんとだ~! お前は可愛いねぇ」
長谷部の頭を撫でる沙央。
「ありがたき幸せ」
長谷部は、主に撫でられて幸せそうにしている。
「はい。では、第一部隊が中心になって敵を斬り捨てて来るように」
隊長のにっかり青江が率いる第一部隊。にっかりは、へし切長谷部、太郎太刀、次郎太刀、蛍丸、山姥切国広と共に戦場へ向かう。
そんな日々が続いた。
そして。
「よっしゃあ! 戦鬼を叩けるぞ! 鬼狩りじゃあ! 小判なら、154万ある! 死なない程度に殺せ!」
「御意」
「いや、無理だよね。前みたいにすぐ死ぬと思うよ」
物騒な会話をする沙央と長谷部とにっかり。
「うちは、鬼斬りの刀が育っていない。ので、お前たちが頑張りなさいね」
「はいはい」
「もちろんです、主」
その後。
ゴリラのような歴戦の審神者たちの活躍により、戦鬼はすぐに討伐された。
「死ぬな、戦鬼! それでも鬼か?! 鬼の名が廃るぞ!」
端末で戦鬼の最期を見ながら、沙央が叫ぶ。
「戦鬼には、廃るほどの物語はないぞ」と、留守番組の三日月宗近が団子を片手に言った。
「ぎぃーっ! じゃあ、私が私のために戦鬼の物語書くからぁ! 庭で飼うからぁ!」
沙央は、物書き兼審神者である。
「はっはっはっ。主は面白いことを言う」
三日月は、呑気にお茶を啜った。
「童子切欲しい! 童子切欲しい! でも苦労はしたくない!」
沙央は、両手で頭を掻きむしった。
「天下五剣が揃うしさぁ! 来て欲しいだろ! なぁ、三日月!」
「はっはっはっはっ。そうだな」
「あーっ! 報酬のショボさで気が狂いそうわよ! 俺の技術を駆使して、抗議文を書いてやろうか?!」
本日も、金砂城は賑やかである。主に審神者が。
『10年の恋も覚めない』
金砂城の審神者は、にっかり青江のことが好きである。
10年前。沙央が審神者に就任した日に、彼はやって来た。
ホラーやオカルトや民俗学が大好きな沙央は、にっかりと仲良くなり、恋愛関係に至る。
4年前、沙央は、にっかりから一点もののブレスレットをもらった。
「御守りだよ」
彼は、優しくそう囁く。
「ありがとう…………」
沙央は、困り笑いみたいな表情で、心底喜んだ。まあ、前髪でよく見えないのだが。
おそるおそる、にっかりの腕を引いて、自分より3cm低い身長の彼を抱き締める。にっかりも、沙央を抱き締め返した。
「今度、一緒に海に行こう」
「ああ、いいよ」
それは、沙央の最上級の愛情表現である。
「俺は、あんまり……いや、なんでもない…………」
あんまり、一緒にいられないけど。人間は、すぐに死ぬから。
翌日。沙央とにっかり青江は、海へ向かった。
半袖のチャイナ服の主。軽装の刀。
「綺麗だな、海!」
「うん」
晴れ空の下。青い海の、寄せては返す波の音は心地好い。
ここは、いつか沙央が還る場所。身内に、死んだら海洋散骨するように遺書を残している。
沙央とにっかりは手を繋いで、裸足になって足首を海水に浸した。
「冷たい」
「そうだね」
「……にっかり、錆びない!?」
「平気だよ」
「ほんとに?!」
「本当に」
ほっと胸を撫で下ろす沙央。
「……愛してるから、置いて行かないでよね」
「置いて行かないよ」
審神者は、にっかりの手に指を絡ませた。
「約束破ったら、呪うからな!」
「ふふ。分かったよ」
にっかりは、空いている手で、そっと主の頬に手を添える。
「にっかり?」
「口吸いしたら怒るかい?」
「えっ!? 誰に?!」
「君に決まってるだろう」
「唇は、まだダメ! 頬にお願いします!」
「分かった」
にっかりは、沙央の頬に口付けた。
「はわわ……」
「可愛いね」
「しょうがないじゃん! 俺、キスしたことねぇわよ!」
沙央は、パンロマンティック・アセクシャルである。恋人はいたことがあるが、性的惹かれを経験したことはないし、そういう行為をしたこともない。
「ま、まあ、にっかりとならね。軽いキスくらいならね。いずれね」
「ふふ。ありがとう」
「お前、調子に乗るなよ!」
「乗ってないよ」
くすくすと笑うにっかり。
「どこまでも道連れにしてやる!」
「それは、望むところだね」
その後。ふたりは、金砂城へ帰った。
沙央は、その日の出来事を、いつも通りに13歳の頃からつけている日記に綴る。
最後の一文は、祈りだった。
愛しいお前を、100年先まで道連れに。
そして、現在。
沙央は、日記を閉じて、「あと90年かぁ」と呟いた。
『休み時間』
金砂城の中で、審神者の雄叫びが響いた。
「敵を1万体倒したぞーっ!」
『流石です、主』
端末の向こうから、へし切長谷部の声がする。
「休憩時間にします!」
というワケで、全部隊を前線から引き上げさせた。
「ただいま」と、第一部隊を率いていたにっかり青江が言う。
「おかえり。みんな、お疲れさん」
「主、もう少しで童子切に手が届きますね」
長谷部が、穏やかに笑いながら告げた。
「お前たちが頑張ってくれたおかげだ! ありがとう!」
沙央は、ギザギザの歯を見せて笑う。
「長谷部も偉いな~。可愛いな~」
「主…………」
頭を撫でられ、嬉しそうにする長谷部。
沙央が「可愛い、可愛い」と言いまくっているせいで、長谷部の自認は「可愛い」になっている。
「じゃあ、私は少し寝るので。みんなちゃんと休むように」
沙央は、私室に引っ込み、仮眠をすることにした。
一時間後。目覚めると、隣ににっかり青江が寝ていた。
「うわ……睫毛長…………」
審神者は、小さく呟く。そして、にっかりの頬に触れた。
「おーい…………」
むに、と頬を軽く摘まんで起こそうとする。
「……おはよう」
「おはよー」
目覚めたにっかりは、沙央を見て微笑んだ。
「珍しいじゃん。添い寝するなんて」
「僕も、君に甘えたくなってね」
「なあんだ。そっか。おいで」
上半身を起こし、両腕を広げる。
そこに、にっかりは素直におさまった。
沙央は、彼をぎゅうっと抱き締める。
「可愛いねぇ」と、主が耳元で囁く。
「……怒らないんだね」
「なんで怒るのよ?」
「君は、眠りが浅いから。ひとりで寝たいだろう?」
「まあね。でも、お前ならいいよ、俺は」
「ありがとう。愛してるよ」
「俺もー!」
アイドルへのコール&レスポンスのノリで返す沙央。
「そろそろ、またみんなで遊びたいねぇ。映画鑑賞会かゲーム大会かカラオケかTRPGかお菓子食べ食べ委員会か。迷うな」
金砂城には、シアターのある娯楽室やカラオケルームや昔の駄菓子屋を再現した部屋などがある。10年かけて、文字通り“自分の城”にしたのだ。
「そういえば、行きたいシナリオがあるんだった。長谷部にGMしてもらおうかな。にっかりもやろうよ」
「ああ、いいよ」
「んじゃ、戻りますか。目指せ! 刀剣マスター!」
にっかりから体を離し、拳を振り上げて、沙央は気合いを入れる。
ふたりは、刀たちがいる居間へ向かった。
「野郎ども! 残党狩りの時間じゃ、オラァ!」
襖を開けるなり、そう叫ぶ審神者。
刀剣男士たちは、各々返事をした。
そして、全部隊を疑似平安京フィールドへと送り出す。
「いってらっしゃい」
「いって来るよ」
ぶんぶんと手を振る沙央を見てから、にっかり青江たちは出陣した。
『初めまして』
「童子切安綱 剥落、ゲットだぜ!」
襖を開けるや否や、沙央は歓声を上げた。
「おめでとう」と、近侍のにっかり青江。
「みんな、お疲れさーん!」
「それで、肝心の童子切安綱は?」
へし切長谷部が尋ねる。
「なんか記憶あんまりないっぽくてぇ。つついたり摘まんだりしても、反応薄いんだよね。だから、別室に置いて来た」
「まあ、突然こんな大人数に迎えられても困るかもね」
「うん。というワケで、お前たちは居間で待機ね~。休んでな」
「分かったよ」
「じゃ、また後で」
審神者は、童子切のいる部屋へ向かった。
「お待たせ!」
「……ああ」
「私の通称は、沙央。35歳。性別は決まってない。というか、よく分からんね」
「分からない……?」
「お前と少し同じだな」
口端を吊り上げ、ギザギザの歯を覗かせる審神者。
「自分が何者か分からないのは、怖いことだ。それでも、今からお前は、金砂城の童子切だ。俺と一緒に目一杯遊ぶわよ!」
「ふむ。わたしは、何をすれば?」
「楽しい思い出を、積んで積んで積みまくるんだ!」
「歴史を守るのでは?」
「それもやる!」
沙央は、手を差し出した。
「これから、よろしくな、童子切」
「……よろしく頼む」
童子切は、そっと審神者の手を取る。
「とりあえず、TRPGでも……と言いたいところだけど、結構難しいからな。まずは、双六だな!」
童子切と手を繋いだ状態で、沙央は居間に向かった。
「おーい! 双六したい奴、集まって~! 娯楽室行くぞ!」
「はい!」
「はーい」
「やりたいです」
短刀が中心に返事をし、共に娯楽室へと進む。
そして、ひとつの双六を箱から出して広げた。
「お化け屋敷双六ね。サイコロ振ってりゃ出来るから」
それから、沙央たちは思う存分遊ぶ。笑い声を上げながら。
童子切は、その様子を見て不思議に思った。
この本丸は、戦と遊びが地続きで、その温度があまり変わらないようで。
「出目が悪い~!?」
沙央は、1ばかり出している。
ちなみに沙央は、TRPGではクリティカルかファンブルばかり出す。
「主、百鬼夜行で使った小判は、どう補填すると?」
「それなんで今言ったの?!」
博多藤四郎の質問に、質問で返す審神者。
「毎日、パチしてりゃあ何とかなるって!」
「賭け事は、負けるばい」
「大阪城に潜れる時まで待っててもらえます?」
沙央は、両手をパンっと合わせて頼み込んだ。
「仕方なかね」
腕組みをして、溜め息をつく博多。
そのやり取りを見て、童子切は、かすかに笑った。
彼の表情を見た者はいない。
『夏の夜空に』
夕方。金砂城に沙央の声が響いた。
「博多ァ! なんか百鬼夜行前より小判増えたぞ!」
「……百鬼夜行の戦果の報酬と、遠征での小判回収と、花火玉回収の報酬が出とるばい」
「いつの間に、そんな稼いだん?!」
「主、ちゃんと金銭の勘定はした方がよかとよ。開け忘れてた小判入れもたくさんあったばい」
「ごめん! でも、金勘定は、お前の役目だから! 俺は数字に弱い!」
「はぁ、仕方なかね」
収支がプラスになったのなら、博多藤四郎に怒られることもないだろう。
沙央は、「やったー!」と喜んでいる。
「それに、近いうちに大阪城へも行けるらしいぞ!」
「俺の出番ばい!」
「地下100階を目指すわよ!」
ふたりは、「おー!」と拳を天に突き上げた。
それからも、審神者は花火玉を回収させ続ける。
そして、燭台切光忠が修業に出たいと申し出てきたのだが。
「ダメです。お前は、私に真剣必殺を見せてくれてないので」
「ええ……?」
「お前たちの色々な様子を記録するのが、俺の趣味なんでな」
燭台切は、いまいち納得のいかない顔をして沙央の前から去った。
『主、疲労が溜まってるみたいだよ』
端末から、第一部隊の隊長のにっかり青江の声。
「本丸に帰城!」
少しして、部隊が帰還した。
「おかえり。お疲れ!」
「ただいま」
沙央が確認したところ、へし切長谷部が疲労しているらしい。
「長谷部~。お疲れさんだ~」
「主……」
主人に両手でわしゃわしゃと撫でられ、長谷部は疲れがとれていく心地がした。
「しばらく休憩な。長谷部、ちょっとついて来て」
「はい」
沙央は、長谷部の手を引いて自室へ向かう。
部屋にふたりきりになり、沙央は長谷部を座らせてから、抱き締めた。
長谷部は、嬉しそうにしている。
「頑張ってくれて、ありがとうな」
「当然のことをしたまでです」
「……お前は、可愛いね」
「主…………」
そっと、沙央を抱き締め返す長谷部。
数分間、ふたりは無言で、そのままでいた。
「眠い」
ぽつりと呟く審神者。
「お疲れですね、主?」
「うん。寝るから、ひとりにして」
「かしこまりました。おやすみなさい、主」
体を離して、長谷部は退室した。
主の部屋を出ると、にっかりと鉢合わせる。
「主は眠っている」
「そう。僕も寝ようかな」
「…………」
「主の部屋には入らないよ」
「そうしろ」
そう言うと、長谷部は立ち去った。
「やれやれ」
溜め息をつき、にっかりは、今は沙央に添い寝するのはやめることにする。
沙央が目覚めて、食事をしてからの夜。
審神者は、にっかりと一緒に打ち上げ花火を見た。
「君は、何を願う?」
「不老不死!」
「ふふ。毎年の七夕の時と同じだね」
「一攫千金だったこともあるわ!」
「はいはい」
ふたりは、用意していたかき氷を食べながら談笑を続ける。
花火の終わりに、にっかり青江は、沙央の同意を得てから、口付けをした。
花火の夜は、ふたりの宝石になる。思い出は、心の中の宝箱へ。
『忙しい日々の合間に』
連日の花火玉回収で、審神者と第一部隊は疲れていた。
「にっかり~! つーかーれーたー!」
ふたりきりの自室で、沙央は言う。
「よしよし」
抱き付いて来る沙央の頭を撫でるにっかり青江。
「なーんで、花火玉回収なんてやらされてるのーっ?!」
「なんでだろうね」
沙央は、にっかりの肩に頭を乗せた。
「毎日、異去行って、演練して、遠征出して、江戸周回して、データ揃ってない男士の修行希望断って…………」
「お疲れ様だね」
「あ、光世は修行に出せるようになったんだった。ちょっと行って来る」
「ふふ。うん」
了解を得てから、にっかりの頬にキスを落とし、沙央は大典太光世の元へ向かう。
「光世」
「なんだ?」
「ごめん! もう修行に行ってもいいよ!」
「……そうか。行って来る」
旅支度を終えた光世を、審神者が送り出した。
「いってらっしゃい。気を付けて」
「ああ」
その後、沙央は自室へ戻る。
「光世、送り出したよ」
「さて。どんな刀になるかな?」
「どうなったとしても、俺の大切な刀だよ」
「そうだね」
それから。机に向かって小説を書く沙央の側に、にっかりは控えた。
沙央は、端末のスピーカーから、書いている小説のイメージソングを流している。その曲は、暗くて呪いめいた響きで。
時々、「あー」とか「うー」とか唸りながら、審神者は小説を書いた。
「にっかりはさ、心中ってどう思う?」
「うーん。あまりいいことではないけれど、簡単に止められるものでもないかな」
「そうかもな。私は、海で恋人たちを心中させるのがシュミなんだけど、それが幸せかは分からないんだ」
※小説の話です
「そうしたいから、そうするんだけど、心中を選択したのは、物語なのか? 登場人物なのか? 私なのか?」
沙央は、腕を組んで考え込んだ。
「物語は、自由でいいと思うけれど」と、にっかり。
「でもさぁ、お前たちを見てると思うんだ。“物語を紡ぐことの責任”を。最終的には、物語は受け取り手のものだとはいえなぁ」
「……僕たちは、物語で編まれたとも言えるからね」
「俺は、一度きりの人生が寂しいから、物語という嘘をついてる。他の誰でもない、自分のために物語を創ってる。それって、いいことなのかな?」
「君は、そうするしかなかった人だろう? 決して折れない筆を持って生きてきた人だから、そういう君だから、僕は好きになったんだよ」
沙央の前髪で隠された瞳が、にっかり青江を見つめる。
「ありがとう。嬉しい!」
ギザギザの歯を見せて笑う沙央。
にっかりは、主の笑顔が好きだなぁと思った。
金砂城の日々は、過ぎていく。
時は、流れ続ける。物語の終わりへ向かって。
『甘党の主』
金砂城の審神者は、甘いものが大好きである。
「歌仙! カッサータが食べたい!」
厨に突撃した沙央は、歌仙にワガママを言った。
「なんだいそれ?」
「イタリアのアイスデザート! 作り方はコレ!」
「どれどれ」
沙央が掲げる端末を見る歌仙兼定。
「まあ、僕ならやれなくもないだろう」
「マジ!? よろしく!」
「きみのせいで、僕も随分と洋菓子が作れるようになった」
「ありがとうございます!」
沙央は、深々と頭を下げた。
「まったく、仕方ない人だね」
「えへ」
歌仙は、「やれやれ」と言いながら、カッサータ作りを始める。
「出来たら呼びに行くから、主は仕事に戻るように」
「はい!」
沙央は、言われた通りに厨を出て、部隊の指揮に戻った。
「よく分からんけど、花火玉回収すんぞ、お前らァ!」
『了解』
端末の向こうから、隊長のにっかり青江の声。
第一部隊の指揮と並行して、審神者は、真剣必殺を記録するために燭台切光忠・数珠丸恒次・小豆長光をそれぞれ単騎出陣させた。
「真剣必殺を見せなさーい!」
その後。無事に記録をしてから、沙央は休憩することにした。
9月を3日生き抜き、4日目の今日。
「疲れたな…………」と呟き、沙央は畳に寝転がった。
うたた寝をしていると、遠くから声が聴こえる。
「主、カッサータが出来たよ」
「はいっ!」
ガバッと跳ね起きる沙央。
「主、よだれ」
「うぃ」
洗面所へ行き、顔を洗った。前髪を上げずに、器用に。
それから、歌仙に連れられて厨に行った。
「はい、よく冷えているよ」
「おー! ありがとう!」
「召し上がれ」
「いただきます!」
厨にある中華風テーブルの前に座り、沙央はカッサータをフォークで一口食べる。
「美味い! クリームチーズもいいし、ドライフルーツもアーモンドもヘーゼルナッツもいい! それになにより、ピスタチオね! 最高~!」
「喜んでもらえて何より」
「ありがとうなぁ、歌仙。というワケで、短歌を詠みます」
中華服 日本刀たち カッサータ まるで世界は俺のものだな
「きみは欲張りだね。でも、好きだよ」
「やったー!」
沙央は、右手でVサインを作った。
「また、歌を詠んだら聞かせてほしいな」
「おう! また歌集出したいなぁ」
カッサータをあっという間に食べ終えてから、沙央は改めてお礼を言う。
「いつもありがとう、歌仙」
「どういたしまして。主、今度、レモンシャーベットを作ってあげたらどうかな? 泣いて喜ぶのもいるだろう」
「あー。やるか!」
審神者は、料理が出来ないが、何故かレモンシャーベットだけは作れるのである。
「さて、もうひと頑張りするか!」
沙央は自室へ戻り、端末を手に取った。
『ひだまり』
今朝、大典太光世が修行から帰った。
早起きな審神者は、5時には起きている。自室で小説を書いていると、光世が帰って来たので、出迎えた。
「おかえり、光世」
「ああ」
「おっ。朝日が綺麗だぞ」
「そうだな……」
朝の光は、美しい色彩でそこにある。
主に連れ出されなければ、この光景も見ることもなかっただろう。
「あんたは、俺を何処まで連れて行くつもりだ?」
「光世が来たいなら、何処までも」
「……俺をそんなに自由にしていいのか?」
「そりゃあ、もちろん。お前には、意思があるんだから。好きに過ごせばいい。光世のこと、信じてるしな」
沙央は、ニッと笑った。
「……そうか」
「急に俺の話するけど、ガキの頃は病弱だったんだわ。今も、結構体調崩すけどな。光世がいてくれたら、安心だな」
「枕元に置くといい」
「おう! 疲れたろ? ゆっくり休みな~」
一拍置いて。光世は口を開いた。
「少し、あんたの側にいたい」
「オッケー。じゃ、俺の部屋に来てくれ」
「分かった」
沙央の部屋へ行き、机の前で端末を弄るのを、光世は横で見ている。
どうやら、小説を書いているらしい。
「何を書いている?」
「嘘を煮詰めて煎じてる~」
沙央は、軽口を叩いた。
「…………」
「お前がいない間、考えてたんだ。物語を紡ぐことの責任を。私は、物を語る人間だ。死ぬまでそうだ。誰かの光になるような物語を綴りたい。これが、私なりの世界への愛だよ」
「確か、主の人生も一冊の物語だったな」
「うん。俺の物語に関わってくれて、ありがとう」
「礼を言うのは、俺の方だ」
沙央は、ギザギザの歯を見せて笑う。
「私は、お前たちに人生を懸ける。だから光世は、私に刃生を懸けてくれ。損はさせないぞ!」
「ああ、そうしよう。今更、主を疑いはしない」
光世が、わずかに口角を上げた。
それを見た審神者は、前髪で隠れた目を瞬かせる。
心の中に、その表情を切り取って仕舞う。
「そうだ。燭台切が修行したいって言ってたんだった。送り出しに行こう、光世」
「ああ」
ふたりで燭台切光忠を見送る。
「いってらっしゃい。気を付けて」
沙央は、手を大きく振った。
「さて、そろそろ仕事かなぁ」
「俺は、何をする?」
「今日は、お休み。指示出しが終わったら、俺と娯楽室行くぞ!」
その後。大典太光世は、沙央と協力型のボードゲームを遊んだ。
「審神者になってから、遊び相手に困らなくて助かるわねぇ」
「変わってるな、あんたは」
「よく言われる!」
幼い頃は、絵本しか友達がいなかった沙央。
学生時代も読書ばかりしていた沙央。
大人になってからは、学びも遊びも独りではない。
『またまた、まだまだ』
花札をさせられ、謎の玉を集めさせられている今日この頃。
「上手くいけば1000、下振れすれば400かぁ! クソがよ!」
審神者は、収得物の数にキレていた。
仕方なく、楽器兵を装備させるのは諦める。
「うち、富田江いないし、倶利伽羅江も欲しい~」
「じゃあ、頑張らないとね」と、近侍のにっかり青江。
「え~ん」
泣き真似をする沙央。
そうこうしていると、燭台切光忠が修行から帰って来た。
「おかえり」
「ただいま。イメージチェンジ出来たかな?」
「更にカッコよくなったな!」
「ありがとう。君がそう言ってくれて嬉しいよ」
「しばらく、のんびりしてな~」
沙央は、燭台切の肩に手を乗せる。
「じゃ、俺は周回に戻るわね。行くよ、にっかり」
「修行待ちがまだいるけれど」
「そうだった! 太鼓鐘貞宗~!」
審神者は、名前を呼びながら短刀の部屋へ向かった。
「どうした? 主」
「修行に出ていいぞ」
「おっ? みっちゃん、帰ったんだな! 俺も行くか!」
そして。太鼓鐘のことを、沙央とにっかりと燭台切が見送った。
「さて、謎の玉を集めるぞ」
「ああ、行って来るよ」
「いってらっしゃい」
にっかりが率いる第一部隊を里に送り出す。
「五光揃えるまで、こいこいしない手はねぇよなぁ!」と、審神者は、ひたすらこいこいをした。
「敵は槍部隊だ! みんな殺せぇ!」
物騒な台詞を吐く沙央。
「よっしゃあ! 勝った!」
沙央は、ガッツポーズをした。
何周かすると、刀剣男士たちが疲労してしまうため、引き上げさせる。
「お疲れ!」
沙央は、にっかりを連れて私室へ行く。
「近侍も隊長も任せて、ごめんな」
「僕は、大丈夫だよ」
「抱き締めていい?」
「うん」
審神者は、にっかりを正面から抱き締めた。
「ふふ。君、疲れてるね?」
「バレた? 依頼された文章書くより、審神者やる方が断然疲れるわ」
「お疲れ様」
にっかりは、優しく沙央の背中をさする。
「にっかり好き~」
「僕も好きだよ」
沙央は、にっかりの肩に頭を乗せ、彼の体をぎゅっとした。
「一時間寝る。添い寝して」
「ああ。いいよ」
沙央とにっかりは、並んで眠る。
やがて、スーっと沙央の寝息が聴こえてきた。
「おやすみ、主」
優しく囁いてから、にっかり青江も眠りにつく。
ふたりは、手を繋いだまま一緒に寝ていた。
一時間後。
パチリと沙央が目を覚ます。
「にっかり」
「…………」
「可愛いな、お前……」
沙央は、穏やかに眠る恋刀を眺めて、しばらく過ごした。
にっかりが目覚めた時。沙央がすでに起きていることに気付いた。
「おはよう。起こしてくれてよかったのに」
「おはよー。可愛い寝顔だったから、見てた」
恋人は、ニヤっと歯を見せて笑う。
まるで、猫みたいな笑みだった。
『お説教』
富田江と倶利伽羅江を迎え入れ、太鼓鐘貞宗が修行から帰還し、小豆長光を修行に送り出した金砂城。
「ずっと謎の花札やって、謎の玉集めて……気ぃ狂いそうや…………」
審神者は、疲弊していた。
「お疲れ様」
「にっかり……」
沙央が両腕を広げると、にっかり青江は、そこにおさまる。
「癒される……」
「それなら、よかった」
「……20万集めたら、やめようかな」
「無理はしなくていいよ」
「うん……」
沙央は、にっかりの頭に頬をすり寄せた。
猫みたいだなぁ。
にっかりは、そう思った。
「にっかり、駄菓子部屋に行こう」
「うん」
ふたりは手を繋いで、昔の駄菓子屋を再現した部屋へ向かう。
「いつ見てもテンション上がる眺めだ」と、沙央。
それから、沙央はバカほどヨーグルを食べた。
「こんなん、無限に食えるよな」
「主、ほどほどにね」
近侍に釘を刺される審神者。
「了解、了解。次は、カラオケする」
「はいはい」
カラオケルームに行き、沙央は、1990年代のアニメソングを熱唱した。
にっかりは、一曲終わるごとに拍手をしている。
「主。こちらでしたか」
「長谷部。どうした?」
曲を停止させ、沙央が訊いた。
「博多が、主を探しています」
「あ、察し」
にっかりについて来てもらい、審神者は博多藤四郎が待つ部屋に行く。
「博多さん……」
にっかりの背に隠れ、頭だけ出しながら呼びかける沙央。
「主、また無断で小判を使ったとね?」
「はい、すいません……」
「それじゃ、困るばい」
「はい。いやでも、大阪城行くんで……」
「そういうことじゃなか」
「はい……でも、ちゃんと新たな刀をゲットしているので…………」
にっかりの腕をぎゅっとしながら、沙央が弱々しく返した。
「それはそれ、これはこればい」
「すいませんでした……」
「分かったなら、よかよ」
その後。沙央は、にっかりと私室に戻る。
「なんか新しい刀剣男士の情報が入ると舞い上がって、博多に相談すんの忘れんだよねぇ」
「僕も気を付けるよ」
「うん、ありがとう」
沙央は、畳の上に寝転がった。
にっかりも、その隣に寝そべる。
ふたりは、向き合って話をした。
「でもまだ、小判144万はあるんだよな」
「駄目だよ、主。たくさんあるからって、独断で使ってはね」
「はーい」
「ふふ」
にっかりは、沙央の頭を撫でる。
前髪で隠されているが、沙央は目を閉じて、彼の手を甘受した。
そして、そのまま眠りにつく。
寝息を立て始めた沙央に、にっかり青江は、「おやすみ」と小さく言った。
少し後、沙央が夢の中でも玉集めをやらされて魘され出したので、にっかりが起こすことになる。
『クリア後』
修行から小豆長光が帰り、入れ替わりに物吉貞宗を送り出した審神者。
「これで、修行待ちの刀はいなくなったな!」
その翌日。
「謎の玉、20万いったぁ~! 終わり終わり! もう頑張らないよ、俺は!」
「お疲れ様」と、帰還したにっかり青江。
「みんなも、お疲れさん! ありがとうな!」
沙央は、周回をさせていた第一部隊を労う。
「アタシ、宴会したーい」
「おう、いいぞ!」
すぐに、次郎太刀の希望を承諾した。
「厨番に伝えといてくれな」
「りょうかーい」と、次郎太刀。
その晩。金砂城で宴会が開かれた。
「乾杯!」
審神者の声で、皆が乾杯をする。
それぞれ、酒だったりジュースだったりお茶だったり。アルコールの味が苦手な上に、全く酔えない沙央は、カルピスを飲んでいる。
「つまみうめぇ」
酒は飲まないが乾き物が大好きな沙央は、次々に口に運んでは咀嚼し、呑み込んでいった。
「主、食べ過ぎ!」
「早い者勝ちだ!」
「アンタは酒飲まないから、全部食べられちゃうでしょ!」
「ぎゃーっ! 高い高い高い!」
次郎太刀に皿ごと奪われて立たれ、沙央は騒ぐ。
「次郎太刀、行儀が悪い」
「はいはい」
太郎太刀に諌められ、次郎太刀は座り直した。
「主、砂肝があるよ」
「全部食う!」
にっかりが差し出した皿を見て、沙央が欲深い声を出す。
「半分は残すように」
「……はい」
にっかりに冷静に諭された審神者は、ひとつひとつをゆっくりと噛み締めて食べた。
「あのー、フライドポテトはどのくらい食べていいですか?」
「少しだけ。もう、だいぶ食べ過ぎだよ」
「……はい」
手のひらに乗るくらいのフライドポテトを食べて、沙央はそれ以上は食べないことにする。
その後は、カルピスやアイスココアやカボスジュースを飲んだ。
「主~。なんか歌って~」
酔っ払った次郎太刀が言う。
「宴会で歌うようなやつって何よ?」
「楽しいやつ」
「オッケー。何それ人生みたいじゃん、歌います」
沙央は、独特な世界観の人生の歌を唄った。
「主って、人生の答えとか探してるの~?」
「そんなん、もう答え出てるよ。人生とは、面白おかしく遊んで、末長く暮らすもんだ」
「ふーん」
「急に興味をなくすな! 酔っ払いがよ~」
やがて、宴会はお開きになる。
後片付けを手伝った後。沙央は、にっかり青江の隣へ行った。
「少し、月を見ないか?」
「うん」
ふたりは、庭に出て夜空を見上げる。
「綺麗だね」
「お前も綺麗だよ」と、沙央が芝居がかった調子で言った。
「ふふ。ありがとう。君は、可愛いね」
「へへ。ありがとうな」
にっかりに差し出された手を取り、そのままふたりは秋の月を眺める。
宴会の後の静けさが心地よかった。
『ハロウィン』
「161万!」と、審神者が叫んだ。
博多藤四郎は、それを聴いてサムズアップする。
大阪城の地下に99階まで潜ったので、金砂城の小判は、百鬼夜行前より増えていた。
しかし。
「あのー」
「どうしたと?」
「次、かぼちゃ集めさせられるんですけど、小判使ってよろしいですか?」
沙央は、揉み手をしながら博多に訊く。
「うち、雲生と雲次がいないんです~!」
「仕方なかね……」
「ありがとう! 俺、頑張るよ!」
沙央は、毎日頑張って務めを果たした。
かぼちゃ集めをしながら異去を回っていたら、やっと火車切が来たりもする。
後日。審神者と刀剣男士たちの奮闘により、雲生と雲次の2振りは、無事に本丸に来た。
先に来た雲生に、沙央は自己紹介をする。
「よろしくな、雲生」
「はい。よろしくお願いします」
空に憧れている彼に、審神者は海に憧れている自分と近しいものを感じた。
雲生が来た翌日。雲次にも自己紹介をする。
「よろしくな、雲次」
「ああ。この本丸の行き先、見させてもらうよ」
これから共に歩んでくれるなら、頼もしいと沙央は思った。
目標としていた刀たちを迎えたので、審神者は一息入れることにする。
「歌仙~! かぼちゃプリンが食べたいぞ!」
「はいはい。そう言うと思っていたよ」
歌仙兼定は、沙央に作っておいたプリンを差し出した。
「ありがとう! いただきます!」
「どうぞ」
端末で撮影してから、ぺろりとかぼちゃプリンを平らげ、「ごちそうさま!」と沙央は両手を合わせる。
「いつもありがとう、歌仙」
「いつも美味しく食べてくれて、ありがとう」
歌仙は、柔らかく笑った。
「じゃ、ちょっと寝てくるわ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ~」
沙央は、私室へ向かい、布団の上で仰向けに眠る。
すうっと意識を飛ばした先には、悪夢が待っていた。
“誰が養ってると思ってるの?”
“ずっと、あなたの看病してるんだよ?”
“もっと家族らしくして”
“そんな物捨てなさい! 気持ち悪い!”
沙央が目覚めると、肩が錆び付いたように凝っていて。首筋も痛くて。寝る前よりも疲労していた。
「主?」
廊下から、にっかり青江の声がする。
「にっ、かり…………」
上手く声が出ない。
「入るよ」
「うん……」
にっかりは、沙央の側に来て、床に膝をついた。
「酷い顔色だ」
「昔の夢、見た」
「大丈夫だよ、主」
「うん……」
にっかりは、沙央の過去を知らない。話したがらないからだ。
「私は、過去を乗り越えたつもりで、全然ダメなのかな……?」
「君の過去は消えない。一生消えない。でも、今は僕たちがいる」
「そうだな。俺には、お前たちがいる。もう大丈夫だ。ありがとう」
沙央が伸ばした腕の中に、にっかりは飛び込むようにおさまる。
「しばらく、このままでいて」
「うん。分かったよ」
この物語は、独りで綴っているワケじゃない。
沙央は、自分の人生を共に歩いている存在に、深く感謝した。
その本丸の名前は、
金砂とは、砂金のことである。
主である審神者の仮の名前は、
年齢は、35歳。性別は不定。
審神者暦は、10年を過ぎた。
多くの審神者のように白い布で顔を覆っているが、あまり厳守してはいない。何故なら、沙央は長い前髪で両目が隠れているから。
この審神者は、私服も正装もチャイナ服である。沙央の趣味だ。
最近は、百鬼夜行の中で戦っている。
「行けぇ! 野郎ども! 全員蹴散らせぇーっ!」
沙央が、檄を飛ばす。
「珍しくやる気だね」と、近侍のにっかり青江。
「童子切安綱が欲しいんじゃあ! センター分けの好みの男!」
「主、俺もせんたー分けですよ」
へし切長谷部が、ずいっと前に出た。
「え~ほんとだ~! お前は可愛いねぇ」
長谷部の頭を撫でる沙央。
「ありがたき幸せ」
長谷部は、主に撫でられて幸せそうにしている。
「はい。では、第一部隊が中心になって敵を斬り捨てて来るように」
隊長のにっかり青江が率いる第一部隊。にっかりは、へし切長谷部、太郎太刀、次郎太刀、蛍丸、山姥切国広と共に戦場へ向かう。
そんな日々が続いた。
そして。
「よっしゃあ! 戦鬼を叩けるぞ! 鬼狩りじゃあ! 小判なら、154万ある! 死なない程度に殺せ!」
「御意」
「いや、無理だよね。前みたいにすぐ死ぬと思うよ」
物騒な会話をする沙央と長谷部とにっかり。
「うちは、鬼斬りの刀が育っていない。ので、お前たちが頑張りなさいね」
「はいはい」
「もちろんです、主」
その後。
ゴリラのような歴戦の審神者たちの活躍により、戦鬼はすぐに討伐された。
「死ぬな、戦鬼! それでも鬼か?! 鬼の名が廃るぞ!」
端末で戦鬼の最期を見ながら、沙央が叫ぶ。
「戦鬼には、廃るほどの物語はないぞ」と、留守番組の三日月宗近が団子を片手に言った。
「ぎぃーっ! じゃあ、私が私のために戦鬼の物語書くからぁ! 庭で飼うからぁ!」
沙央は、物書き兼審神者である。
「はっはっはっ。主は面白いことを言う」
三日月は、呑気にお茶を啜った。
「童子切欲しい! 童子切欲しい! でも苦労はしたくない!」
沙央は、両手で頭を掻きむしった。
「天下五剣が揃うしさぁ! 来て欲しいだろ! なぁ、三日月!」
「はっはっはっはっ。そうだな」
「あーっ! 報酬のショボさで気が狂いそうわよ! 俺の技術を駆使して、抗議文を書いてやろうか?!」
本日も、金砂城は賑やかである。主に審神者が。
『10年の恋も覚めない』
金砂城の審神者は、にっかり青江のことが好きである。
10年前。沙央が審神者に就任した日に、彼はやって来た。
ホラーやオカルトや民俗学が大好きな沙央は、にっかりと仲良くなり、恋愛関係に至る。
4年前、沙央は、にっかりから一点もののブレスレットをもらった。
「御守りだよ」
彼は、優しくそう囁く。
「ありがとう…………」
沙央は、困り笑いみたいな表情で、心底喜んだ。まあ、前髪でよく見えないのだが。
おそるおそる、にっかりの腕を引いて、自分より3cm低い身長の彼を抱き締める。にっかりも、沙央を抱き締め返した。
「今度、一緒に海に行こう」
「ああ、いいよ」
それは、沙央の最上級の愛情表現である。
「俺は、あんまり……いや、なんでもない…………」
あんまり、一緒にいられないけど。人間は、すぐに死ぬから。
翌日。沙央とにっかり青江は、海へ向かった。
半袖のチャイナ服の主。軽装の刀。
「綺麗だな、海!」
「うん」
晴れ空の下。青い海の、寄せては返す波の音は心地好い。
ここは、いつか沙央が還る場所。身内に、死んだら海洋散骨するように遺書を残している。
沙央とにっかりは手を繋いで、裸足になって足首を海水に浸した。
「冷たい」
「そうだね」
「……にっかり、錆びない!?」
「平気だよ」
「ほんとに?!」
「本当に」
ほっと胸を撫で下ろす沙央。
「……愛してるから、置いて行かないでよね」
「置いて行かないよ」
審神者は、にっかりの手に指を絡ませた。
「約束破ったら、呪うからな!」
「ふふ。分かったよ」
にっかりは、空いている手で、そっと主の頬に手を添える。
「にっかり?」
「口吸いしたら怒るかい?」
「えっ!? 誰に?!」
「君に決まってるだろう」
「唇は、まだダメ! 頬にお願いします!」
「分かった」
にっかりは、沙央の頬に口付けた。
「はわわ……」
「可愛いね」
「しょうがないじゃん! 俺、キスしたことねぇわよ!」
沙央は、パンロマンティック・アセクシャルである。恋人はいたことがあるが、性的惹かれを経験したことはないし、そういう行為をしたこともない。
「ま、まあ、にっかりとならね。軽いキスくらいならね。いずれね」
「ふふ。ありがとう」
「お前、調子に乗るなよ!」
「乗ってないよ」
くすくすと笑うにっかり。
「どこまでも道連れにしてやる!」
「それは、望むところだね」
その後。ふたりは、金砂城へ帰った。
沙央は、その日の出来事を、いつも通りに13歳の頃からつけている日記に綴る。
最後の一文は、祈りだった。
愛しいお前を、100年先まで道連れに。
そして、現在。
沙央は、日記を閉じて、「あと90年かぁ」と呟いた。
『休み時間』
金砂城の中で、審神者の雄叫びが響いた。
「敵を1万体倒したぞーっ!」
『流石です、主』
端末の向こうから、へし切長谷部の声がする。
「休憩時間にします!」
というワケで、全部隊を前線から引き上げさせた。
「ただいま」と、第一部隊を率いていたにっかり青江が言う。
「おかえり。みんな、お疲れさん」
「主、もう少しで童子切に手が届きますね」
長谷部が、穏やかに笑いながら告げた。
「お前たちが頑張ってくれたおかげだ! ありがとう!」
沙央は、ギザギザの歯を見せて笑う。
「長谷部も偉いな~。可愛いな~」
「主…………」
頭を撫でられ、嬉しそうにする長谷部。
沙央が「可愛い、可愛い」と言いまくっているせいで、長谷部の自認は「可愛い」になっている。
「じゃあ、私は少し寝るので。みんなちゃんと休むように」
沙央は、私室に引っ込み、仮眠をすることにした。
一時間後。目覚めると、隣ににっかり青江が寝ていた。
「うわ……睫毛長…………」
審神者は、小さく呟く。そして、にっかりの頬に触れた。
「おーい…………」
むに、と頬を軽く摘まんで起こそうとする。
「……おはよう」
「おはよー」
目覚めたにっかりは、沙央を見て微笑んだ。
「珍しいじゃん。添い寝するなんて」
「僕も、君に甘えたくなってね」
「なあんだ。そっか。おいで」
上半身を起こし、両腕を広げる。
そこに、にっかりは素直におさまった。
沙央は、彼をぎゅうっと抱き締める。
「可愛いねぇ」と、主が耳元で囁く。
「……怒らないんだね」
「なんで怒るのよ?」
「君は、眠りが浅いから。ひとりで寝たいだろう?」
「まあね。でも、お前ならいいよ、俺は」
「ありがとう。愛してるよ」
「俺もー!」
アイドルへのコール&レスポンスのノリで返す沙央。
「そろそろ、またみんなで遊びたいねぇ。映画鑑賞会かゲーム大会かカラオケかTRPGかお菓子食べ食べ委員会か。迷うな」
金砂城には、シアターのある娯楽室やカラオケルームや昔の駄菓子屋を再現した部屋などがある。10年かけて、文字通り“自分の城”にしたのだ。
「そういえば、行きたいシナリオがあるんだった。長谷部にGMしてもらおうかな。にっかりもやろうよ」
「ああ、いいよ」
「んじゃ、戻りますか。目指せ! 刀剣マスター!」
にっかりから体を離し、拳を振り上げて、沙央は気合いを入れる。
ふたりは、刀たちがいる居間へ向かった。
「野郎ども! 残党狩りの時間じゃ、オラァ!」
襖を開けるなり、そう叫ぶ審神者。
刀剣男士たちは、各々返事をした。
そして、全部隊を疑似平安京フィールドへと送り出す。
「いってらっしゃい」
「いって来るよ」
ぶんぶんと手を振る沙央を見てから、にっかり青江たちは出陣した。
『初めまして』
「童子切安綱 剥落、ゲットだぜ!」
襖を開けるや否や、沙央は歓声を上げた。
「おめでとう」と、近侍のにっかり青江。
「みんな、お疲れさーん!」
「それで、肝心の童子切安綱は?」
へし切長谷部が尋ねる。
「なんか記憶あんまりないっぽくてぇ。つついたり摘まんだりしても、反応薄いんだよね。だから、別室に置いて来た」
「まあ、突然こんな大人数に迎えられても困るかもね」
「うん。というワケで、お前たちは居間で待機ね~。休んでな」
「分かったよ」
「じゃ、また後で」
審神者は、童子切のいる部屋へ向かった。
「お待たせ!」
「……ああ」
「私の通称は、沙央。35歳。性別は決まってない。というか、よく分からんね」
「分からない……?」
「お前と少し同じだな」
口端を吊り上げ、ギザギザの歯を覗かせる審神者。
「自分が何者か分からないのは、怖いことだ。それでも、今からお前は、金砂城の童子切だ。俺と一緒に目一杯遊ぶわよ!」
「ふむ。わたしは、何をすれば?」
「楽しい思い出を、積んで積んで積みまくるんだ!」
「歴史を守るのでは?」
「それもやる!」
沙央は、手を差し出した。
「これから、よろしくな、童子切」
「……よろしく頼む」
童子切は、そっと審神者の手を取る。
「とりあえず、TRPGでも……と言いたいところだけど、結構難しいからな。まずは、双六だな!」
童子切と手を繋いだ状態で、沙央は居間に向かった。
「おーい! 双六したい奴、集まって~! 娯楽室行くぞ!」
「はい!」
「はーい」
「やりたいです」
短刀が中心に返事をし、共に娯楽室へと進む。
そして、ひとつの双六を箱から出して広げた。
「お化け屋敷双六ね。サイコロ振ってりゃ出来るから」
それから、沙央たちは思う存分遊ぶ。笑い声を上げながら。
童子切は、その様子を見て不思議に思った。
この本丸は、戦と遊びが地続きで、その温度があまり変わらないようで。
「出目が悪い~!?」
沙央は、1ばかり出している。
ちなみに沙央は、TRPGではクリティカルかファンブルばかり出す。
「主、百鬼夜行で使った小判は、どう補填すると?」
「それなんで今言ったの?!」
博多藤四郎の質問に、質問で返す審神者。
「毎日、パチしてりゃあ何とかなるって!」
「賭け事は、負けるばい」
「大阪城に潜れる時まで待っててもらえます?」
沙央は、両手をパンっと合わせて頼み込んだ。
「仕方なかね」
腕組みをして、溜め息をつく博多。
そのやり取りを見て、童子切は、かすかに笑った。
彼の表情を見た者はいない。
『夏の夜空に』
夕方。金砂城に沙央の声が響いた。
「博多ァ! なんか百鬼夜行前より小判増えたぞ!」
「……百鬼夜行の戦果の報酬と、遠征での小判回収と、花火玉回収の報酬が出とるばい」
「いつの間に、そんな稼いだん?!」
「主、ちゃんと金銭の勘定はした方がよかとよ。開け忘れてた小判入れもたくさんあったばい」
「ごめん! でも、金勘定は、お前の役目だから! 俺は数字に弱い!」
「はぁ、仕方なかね」
収支がプラスになったのなら、博多藤四郎に怒られることもないだろう。
沙央は、「やったー!」と喜んでいる。
「それに、近いうちに大阪城へも行けるらしいぞ!」
「俺の出番ばい!」
「地下100階を目指すわよ!」
ふたりは、「おー!」と拳を天に突き上げた。
それからも、審神者は花火玉を回収させ続ける。
そして、燭台切光忠が修業に出たいと申し出てきたのだが。
「ダメです。お前は、私に真剣必殺を見せてくれてないので」
「ええ……?」
「お前たちの色々な様子を記録するのが、俺の趣味なんでな」
燭台切は、いまいち納得のいかない顔をして沙央の前から去った。
『主、疲労が溜まってるみたいだよ』
端末から、第一部隊の隊長のにっかり青江の声。
「本丸に帰城!」
少しして、部隊が帰還した。
「おかえり。お疲れ!」
「ただいま」
沙央が確認したところ、へし切長谷部が疲労しているらしい。
「長谷部~。お疲れさんだ~」
「主……」
主人に両手でわしゃわしゃと撫でられ、長谷部は疲れがとれていく心地がした。
「しばらく休憩な。長谷部、ちょっとついて来て」
「はい」
沙央は、長谷部の手を引いて自室へ向かう。
部屋にふたりきりになり、沙央は長谷部を座らせてから、抱き締めた。
長谷部は、嬉しそうにしている。
「頑張ってくれて、ありがとうな」
「当然のことをしたまでです」
「……お前は、可愛いね」
「主…………」
そっと、沙央を抱き締め返す長谷部。
数分間、ふたりは無言で、そのままでいた。
「眠い」
ぽつりと呟く審神者。
「お疲れですね、主?」
「うん。寝るから、ひとりにして」
「かしこまりました。おやすみなさい、主」
体を離して、長谷部は退室した。
主の部屋を出ると、にっかりと鉢合わせる。
「主は眠っている」
「そう。僕も寝ようかな」
「…………」
「主の部屋には入らないよ」
「そうしろ」
そう言うと、長谷部は立ち去った。
「やれやれ」
溜め息をつき、にっかりは、今は沙央に添い寝するのはやめることにする。
沙央が目覚めて、食事をしてからの夜。
審神者は、にっかりと一緒に打ち上げ花火を見た。
「君は、何を願う?」
「不老不死!」
「ふふ。毎年の七夕の時と同じだね」
「一攫千金だったこともあるわ!」
「はいはい」
ふたりは、用意していたかき氷を食べながら談笑を続ける。
花火の終わりに、にっかり青江は、沙央の同意を得てから、口付けをした。
花火の夜は、ふたりの宝石になる。思い出は、心の中の宝箱へ。
『忙しい日々の合間に』
連日の花火玉回収で、審神者と第一部隊は疲れていた。
「にっかり~! つーかーれーたー!」
ふたりきりの自室で、沙央は言う。
「よしよし」
抱き付いて来る沙央の頭を撫でるにっかり青江。
「なーんで、花火玉回収なんてやらされてるのーっ?!」
「なんでだろうね」
沙央は、にっかりの肩に頭を乗せた。
「毎日、異去行って、演練して、遠征出して、江戸周回して、データ揃ってない男士の修行希望断って…………」
「お疲れ様だね」
「あ、光世は修行に出せるようになったんだった。ちょっと行って来る」
「ふふ。うん」
了解を得てから、にっかりの頬にキスを落とし、沙央は大典太光世の元へ向かう。
「光世」
「なんだ?」
「ごめん! もう修行に行ってもいいよ!」
「……そうか。行って来る」
旅支度を終えた光世を、審神者が送り出した。
「いってらっしゃい。気を付けて」
「ああ」
その後、沙央は自室へ戻る。
「光世、送り出したよ」
「さて。どんな刀になるかな?」
「どうなったとしても、俺の大切な刀だよ」
「そうだね」
それから。机に向かって小説を書く沙央の側に、にっかりは控えた。
沙央は、端末のスピーカーから、書いている小説のイメージソングを流している。その曲は、暗くて呪いめいた響きで。
時々、「あー」とか「うー」とか唸りながら、審神者は小説を書いた。
「にっかりはさ、心中ってどう思う?」
「うーん。あまりいいことではないけれど、簡単に止められるものでもないかな」
「そうかもな。私は、海で恋人たちを心中させるのがシュミなんだけど、それが幸せかは分からないんだ」
※小説の話です
「そうしたいから、そうするんだけど、心中を選択したのは、物語なのか? 登場人物なのか? 私なのか?」
沙央は、腕を組んで考え込んだ。
「物語は、自由でいいと思うけれど」と、にっかり。
「でもさぁ、お前たちを見てると思うんだ。“物語を紡ぐことの責任”を。最終的には、物語は受け取り手のものだとはいえなぁ」
「……僕たちは、物語で編まれたとも言えるからね」
「俺は、一度きりの人生が寂しいから、物語という嘘をついてる。他の誰でもない、自分のために物語を創ってる。それって、いいことなのかな?」
「君は、そうするしかなかった人だろう? 決して折れない筆を持って生きてきた人だから、そういう君だから、僕は好きになったんだよ」
沙央の前髪で隠された瞳が、にっかり青江を見つめる。
「ありがとう。嬉しい!」
ギザギザの歯を見せて笑う沙央。
にっかりは、主の笑顔が好きだなぁと思った。
金砂城の日々は、過ぎていく。
時は、流れ続ける。物語の終わりへ向かって。
『甘党の主』
金砂城の審神者は、甘いものが大好きである。
「歌仙! カッサータが食べたい!」
厨に突撃した沙央は、歌仙にワガママを言った。
「なんだいそれ?」
「イタリアのアイスデザート! 作り方はコレ!」
「どれどれ」
沙央が掲げる端末を見る歌仙兼定。
「まあ、僕ならやれなくもないだろう」
「マジ!? よろしく!」
「きみのせいで、僕も随分と洋菓子が作れるようになった」
「ありがとうございます!」
沙央は、深々と頭を下げた。
「まったく、仕方ない人だね」
「えへ」
歌仙は、「やれやれ」と言いながら、カッサータ作りを始める。
「出来たら呼びに行くから、主は仕事に戻るように」
「はい!」
沙央は、言われた通りに厨を出て、部隊の指揮に戻った。
「よく分からんけど、花火玉回収すんぞ、お前らァ!」
『了解』
端末の向こうから、隊長のにっかり青江の声。
第一部隊の指揮と並行して、審神者は、真剣必殺を記録するために燭台切光忠・数珠丸恒次・小豆長光をそれぞれ単騎出陣させた。
「真剣必殺を見せなさーい!」
その後。無事に記録をしてから、沙央は休憩することにした。
9月を3日生き抜き、4日目の今日。
「疲れたな…………」と呟き、沙央は畳に寝転がった。
うたた寝をしていると、遠くから声が聴こえる。
「主、カッサータが出来たよ」
「はいっ!」
ガバッと跳ね起きる沙央。
「主、よだれ」
「うぃ」
洗面所へ行き、顔を洗った。前髪を上げずに、器用に。
それから、歌仙に連れられて厨に行った。
「はい、よく冷えているよ」
「おー! ありがとう!」
「召し上がれ」
「いただきます!」
厨にある中華風テーブルの前に座り、沙央はカッサータをフォークで一口食べる。
「美味い! クリームチーズもいいし、ドライフルーツもアーモンドもヘーゼルナッツもいい! それになにより、ピスタチオね! 最高~!」
「喜んでもらえて何より」
「ありがとうなぁ、歌仙。というワケで、短歌を詠みます」
中華服 日本刀たち カッサータ まるで世界は俺のものだな
「きみは欲張りだね。でも、好きだよ」
「やったー!」
沙央は、右手でVサインを作った。
「また、歌を詠んだら聞かせてほしいな」
「おう! また歌集出したいなぁ」
カッサータをあっという間に食べ終えてから、沙央は改めてお礼を言う。
「いつもありがとう、歌仙」
「どういたしまして。主、今度、レモンシャーベットを作ってあげたらどうかな? 泣いて喜ぶのもいるだろう」
「あー。やるか!」
審神者は、料理が出来ないが、何故かレモンシャーベットだけは作れるのである。
「さて、もうひと頑張りするか!」
沙央は自室へ戻り、端末を手に取った。
『ひだまり』
今朝、大典太光世が修行から帰った。
早起きな審神者は、5時には起きている。自室で小説を書いていると、光世が帰って来たので、出迎えた。
「おかえり、光世」
「ああ」
「おっ。朝日が綺麗だぞ」
「そうだな……」
朝の光は、美しい色彩でそこにある。
主に連れ出されなければ、この光景も見ることもなかっただろう。
「あんたは、俺を何処まで連れて行くつもりだ?」
「光世が来たいなら、何処までも」
「……俺をそんなに自由にしていいのか?」
「そりゃあ、もちろん。お前には、意思があるんだから。好きに過ごせばいい。光世のこと、信じてるしな」
沙央は、ニッと笑った。
「……そうか」
「急に俺の話するけど、ガキの頃は病弱だったんだわ。今も、結構体調崩すけどな。光世がいてくれたら、安心だな」
「枕元に置くといい」
「おう! 疲れたろ? ゆっくり休みな~」
一拍置いて。光世は口を開いた。
「少し、あんたの側にいたい」
「オッケー。じゃ、俺の部屋に来てくれ」
「分かった」
沙央の部屋へ行き、机の前で端末を弄るのを、光世は横で見ている。
どうやら、小説を書いているらしい。
「何を書いている?」
「嘘を煮詰めて煎じてる~」
沙央は、軽口を叩いた。
「…………」
「お前がいない間、考えてたんだ。物語を紡ぐことの責任を。私は、物を語る人間だ。死ぬまでそうだ。誰かの光になるような物語を綴りたい。これが、私なりの世界への愛だよ」
「確か、主の人生も一冊の物語だったな」
「うん。俺の物語に関わってくれて、ありがとう」
「礼を言うのは、俺の方だ」
沙央は、ギザギザの歯を見せて笑う。
「私は、お前たちに人生を懸ける。だから光世は、私に刃生を懸けてくれ。損はさせないぞ!」
「ああ、そうしよう。今更、主を疑いはしない」
光世が、わずかに口角を上げた。
それを見た審神者は、前髪で隠れた目を瞬かせる。
心の中に、その表情を切り取って仕舞う。
「そうだ。燭台切が修行したいって言ってたんだった。送り出しに行こう、光世」
「ああ」
ふたりで燭台切光忠を見送る。
「いってらっしゃい。気を付けて」
沙央は、手を大きく振った。
「さて、そろそろ仕事かなぁ」
「俺は、何をする?」
「今日は、お休み。指示出しが終わったら、俺と娯楽室行くぞ!」
その後。大典太光世は、沙央と協力型のボードゲームを遊んだ。
「審神者になってから、遊び相手に困らなくて助かるわねぇ」
「変わってるな、あんたは」
「よく言われる!」
幼い頃は、絵本しか友達がいなかった沙央。
学生時代も読書ばかりしていた沙央。
大人になってからは、学びも遊びも独りではない。
『またまた、まだまだ』
花札をさせられ、謎の玉を集めさせられている今日この頃。
「上手くいけば1000、下振れすれば400かぁ! クソがよ!」
審神者は、収得物の数にキレていた。
仕方なく、楽器兵を装備させるのは諦める。
「うち、富田江いないし、倶利伽羅江も欲しい~」
「じゃあ、頑張らないとね」と、近侍のにっかり青江。
「え~ん」
泣き真似をする沙央。
そうこうしていると、燭台切光忠が修行から帰って来た。
「おかえり」
「ただいま。イメージチェンジ出来たかな?」
「更にカッコよくなったな!」
「ありがとう。君がそう言ってくれて嬉しいよ」
「しばらく、のんびりしてな~」
沙央は、燭台切の肩に手を乗せる。
「じゃ、俺は周回に戻るわね。行くよ、にっかり」
「修行待ちがまだいるけれど」
「そうだった! 太鼓鐘貞宗~!」
審神者は、名前を呼びながら短刀の部屋へ向かった。
「どうした? 主」
「修行に出ていいぞ」
「おっ? みっちゃん、帰ったんだな! 俺も行くか!」
そして。太鼓鐘のことを、沙央とにっかりと燭台切が見送った。
「さて、謎の玉を集めるぞ」
「ああ、行って来るよ」
「いってらっしゃい」
にっかりが率いる第一部隊を里に送り出す。
「五光揃えるまで、こいこいしない手はねぇよなぁ!」と、審神者は、ひたすらこいこいをした。
「敵は槍部隊だ! みんな殺せぇ!」
物騒な台詞を吐く沙央。
「よっしゃあ! 勝った!」
沙央は、ガッツポーズをした。
何周かすると、刀剣男士たちが疲労してしまうため、引き上げさせる。
「お疲れ!」
沙央は、にっかりを連れて私室へ行く。
「近侍も隊長も任せて、ごめんな」
「僕は、大丈夫だよ」
「抱き締めていい?」
「うん」
審神者は、にっかりを正面から抱き締めた。
「ふふ。君、疲れてるね?」
「バレた? 依頼された文章書くより、審神者やる方が断然疲れるわ」
「お疲れ様」
にっかりは、優しく沙央の背中をさする。
「にっかり好き~」
「僕も好きだよ」
沙央は、にっかりの肩に頭を乗せ、彼の体をぎゅっとした。
「一時間寝る。添い寝して」
「ああ。いいよ」
沙央とにっかりは、並んで眠る。
やがて、スーっと沙央の寝息が聴こえてきた。
「おやすみ、主」
優しく囁いてから、にっかり青江も眠りにつく。
ふたりは、手を繋いだまま一緒に寝ていた。
一時間後。
パチリと沙央が目を覚ます。
「にっかり」
「…………」
「可愛いな、お前……」
沙央は、穏やかに眠る恋刀を眺めて、しばらく過ごした。
にっかりが目覚めた時。沙央がすでに起きていることに気付いた。
「おはよう。起こしてくれてよかったのに」
「おはよー。可愛い寝顔だったから、見てた」
恋人は、ニヤっと歯を見せて笑う。
まるで、猫みたいな笑みだった。
『お説教』
富田江と倶利伽羅江を迎え入れ、太鼓鐘貞宗が修行から帰還し、小豆長光を修行に送り出した金砂城。
「ずっと謎の花札やって、謎の玉集めて……気ぃ狂いそうや…………」
審神者は、疲弊していた。
「お疲れ様」
「にっかり……」
沙央が両腕を広げると、にっかり青江は、そこにおさまる。
「癒される……」
「それなら、よかった」
「……20万集めたら、やめようかな」
「無理はしなくていいよ」
「うん……」
沙央は、にっかりの頭に頬をすり寄せた。
猫みたいだなぁ。
にっかりは、そう思った。
「にっかり、駄菓子部屋に行こう」
「うん」
ふたりは手を繋いで、昔の駄菓子屋を再現した部屋へ向かう。
「いつ見てもテンション上がる眺めだ」と、沙央。
それから、沙央はバカほどヨーグルを食べた。
「こんなん、無限に食えるよな」
「主、ほどほどにね」
近侍に釘を刺される審神者。
「了解、了解。次は、カラオケする」
「はいはい」
カラオケルームに行き、沙央は、1990年代のアニメソングを熱唱した。
にっかりは、一曲終わるごとに拍手をしている。
「主。こちらでしたか」
「長谷部。どうした?」
曲を停止させ、沙央が訊いた。
「博多が、主を探しています」
「あ、察し」
にっかりについて来てもらい、審神者は博多藤四郎が待つ部屋に行く。
「博多さん……」
にっかりの背に隠れ、頭だけ出しながら呼びかける沙央。
「主、また無断で小判を使ったとね?」
「はい、すいません……」
「それじゃ、困るばい」
「はい。いやでも、大阪城行くんで……」
「そういうことじゃなか」
「はい……でも、ちゃんと新たな刀をゲットしているので…………」
にっかりの腕をぎゅっとしながら、沙央が弱々しく返した。
「それはそれ、これはこればい」
「すいませんでした……」
「分かったなら、よかよ」
その後。沙央は、にっかりと私室に戻る。
「なんか新しい刀剣男士の情報が入ると舞い上がって、博多に相談すんの忘れんだよねぇ」
「僕も気を付けるよ」
「うん、ありがとう」
沙央は、畳の上に寝転がった。
にっかりも、その隣に寝そべる。
ふたりは、向き合って話をした。
「でもまだ、小判144万はあるんだよな」
「駄目だよ、主。たくさんあるからって、独断で使ってはね」
「はーい」
「ふふ」
にっかりは、沙央の頭を撫でる。
前髪で隠されているが、沙央は目を閉じて、彼の手を甘受した。
そして、そのまま眠りにつく。
寝息を立て始めた沙央に、にっかり青江は、「おやすみ」と小さく言った。
少し後、沙央が夢の中でも玉集めをやらされて魘され出したので、にっかりが起こすことになる。
『クリア後』
修行から小豆長光が帰り、入れ替わりに物吉貞宗を送り出した審神者。
「これで、修行待ちの刀はいなくなったな!」
その翌日。
「謎の玉、20万いったぁ~! 終わり終わり! もう頑張らないよ、俺は!」
「お疲れ様」と、帰還したにっかり青江。
「みんなも、お疲れさん! ありがとうな!」
沙央は、周回をさせていた第一部隊を労う。
「アタシ、宴会したーい」
「おう、いいぞ!」
すぐに、次郎太刀の希望を承諾した。
「厨番に伝えといてくれな」
「りょうかーい」と、次郎太刀。
その晩。金砂城で宴会が開かれた。
「乾杯!」
審神者の声で、皆が乾杯をする。
それぞれ、酒だったりジュースだったりお茶だったり。アルコールの味が苦手な上に、全く酔えない沙央は、カルピスを飲んでいる。
「つまみうめぇ」
酒は飲まないが乾き物が大好きな沙央は、次々に口に運んでは咀嚼し、呑み込んでいった。
「主、食べ過ぎ!」
「早い者勝ちだ!」
「アンタは酒飲まないから、全部食べられちゃうでしょ!」
「ぎゃーっ! 高い高い高い!」
次郎太刀に皿ごと奪われて立たれ、沙央は騒ぐ。
「次郎太刀、行儀が悪い」
「はいはい」
太郎太刀に諌められ、次郎太刀は座り直した。
「主、砂肝があるよ」
「全部食う!」
にっかりが差し出した皿を見て、沙央が欲深い声を出す。
「半分は残すように」
「……はい」
にっかりに冷静に諭された審神者は、ひとつひとつをゆっくりと噛み締めて食べた。
「あのー、フライドポテトはどのくらい食べていいですか?」
「少しだけ。もう、だいぶ食べ過ぎだよ」
「……はい」
手のひらに乗るくらいのフライドポテトを食べて、沙央はそれ以上は食べないことにする。
その後は、カルピスやアイスココアやカボスジュースを飲んだ。
「主~。なんか歌って~」
酔っ払った次郎太刀が言う。
「宴会で歌うようなやつって何よ?」
「楽しいやつ」
「オッケー。何それ人生みたいじゃん、歌います」
沙央は、独特な世界観の人生の歌を唄った。
「主って、人生の答えとか探してるの~?」
「そんなん、もう答え出てるよ。人生とは、面白おかしく遊んで、末長く暮らすもんだ」
「ふーん」
「急に興味をなくすな! 酔っ払いがよ~」
やがて、宴会はお開きになる。
後片付けを手伝った後。沙央は、にっかり青江の隣へ行った。
「少し、月を見ないか?」
「うん」
ふたりは、庭に出て夜空を見上げる。
「綺麗だね」
「お前も綺麗だよ」と、沙央が芝居がかった調子で言った。
「ふふ。ありがとう。君は、可愛いね」
「へへ。ありがとうな」
にっかりに差し出された手を取り、そのままふたりは秋の月を眺める。
宴会の後の静けさが心地よかった。
『ハロウィン』
「161万!」と、審神者が叫んだ。
博多藤四郎は、それを聴いてサムズアップする。
大阪城の地下に99階まで潜ったので、金砂城の小判は、百鬼夜行前より増えていた。
しかし。
「あのー」
「どうしたと?」
「次、かぼちゃ集めさせられるんですけど、小判使ってよろしいですか?」
沙央は、揉み手をしながら博多に訊く。
「うち、雲生と雲次がいないんです~!」
「仕方なかね……」
「ありがとう! 俺、頑張るよ!」
沙央は、毎日頑張って務めを果たした。
かぼちゃ集めをしながら異去を回っていたら、やっと火車切が来たりもする。
後日。審神者と刀剣男士たちの奮闘により、雲生と雲次の2振りは、無事に本丸に来た。
先に来た雲生に、沙央は自己紹介をする。
「よろしくな、雲生」
「はい。よろしくお願いします」
空に憧れている彼に、審神者は海に憧れている自分と近しいものを感じた。
雲生が来た翌日。雲次にも自己紹介をする。
「よろしくな、雲次」
「ああ。この本丸の行き先、見させてもらうよ」
これから共に歩んでくれるなら、頼もしいと沙央は思った。
目標としていた刀たちを迎えたので、審神者は一息入れることにする。
「歌仙~! かぼちゃプリンが食べたいぞ!」
「はいはい。そう言うと思っていたよ」
歌仙兼定は、沙央に作っておいたプリンを差し出した。
「ありがとう! いただきます!」
「どうぞ」
端末で撮影してから、ぺろりとかぼちゃプリンを平らげ、「ごちそうさま!」と沙央は両手を合わせる。
「いつもありがとう、歌仙」
「いつも美味しく食べてくれて、ありがとう」
歌仙は、柔らかく笑った。
「じゃ、ちょっと寝てくるわ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみ~」
沙央は、私室へ向かい、布団の上で仰向けに眠る。
すうっと意識を飛ばした先には、悪夢が待っていた。
“誰が養ってると思ってるの?”
“ずっと、あなたの看病してるんだよ?”
“もっと家族らしくして”
“そんな物捨てなさい! 気持ち悪い!”
沙央が目覚めると、肩が錆び付いたように凝っていて。首筋も痛くて。寝る前よりも疲労していた。
「主?」
廊下から、にっかり青江の声がする。
「にっ、かり…………」
上手く声が出ない。
「入るよ」
「うん……」
にっかりは、沙央の側に来て、床に膝をついた。
「酷い顔色だ」
「昔の夢、見た」
「大丈夫だよ、主」
「うん……」
にっかりは、沙央の過去を知らない。話したがらないからだ。
「私は、過去を乗り越えたつもりで、全然ダメなのかな……?」
「君の過去は消えない。一生消えない。でも、今は僕たちがいる」
「そうだな。俺には、お前たちがいる。もう大丈夫だ。ありがとう」
沙央が伸ばした腕の中に、にっかりは飛び込むようにおさまる。
「しばらく、このままでいて」
「うん。分かったよ」
この物語は、独りで綴っているワケじゃない。
沙央は、自分の人生を共に歩いている存在に、深く感謝した。
