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その人は、突然やって来た。
「今日からマネージャーをやります。三年のミョウジナマエです。よろしく」
どこか影のある美人。着ているのは、ただの運動着だが、綺麗なアンティーク人形のように見える。
「ミョウジさんは、野球の基本は知ってるから、対戦相手の投球や打率の記録も出来るんだよ」と、小堀。
野球部の一年生、伊能商人の目には、ミョウジが攻略しがいのある人物に見えた。
部活を終えてからも、ミョウジのガラス玉みたいな瞳が忘れられない。
帰り道。偶然、制服に着替えて歩いているマネージャーを発見した。
「ミョウジ先輩」
「ん? なに?」
振り向いて、ミョウジの目が伊能を映す。
スカートが、風に揺れている。
「どうして、野球部に?」
「暇潰し」
くすりと笑い、ミョウジは答えた。
「へぇ。そうなんですね」
「伊能くん、だよね? 私に興味があるの?」
「はい。あります」
「そう。じゃあ、また明日ね」
ミョウジナマエは、白い腕を振って、去って行く。
それを見届けてから、伊能は帰路についた。
翌日の昼休み。伊能が、ミョウジがいるはずの教室を覗くと、男子の制服を着ているのが見える。
伊能は、驚いて目を見開いた。
クラスメイトたちは、特に何も気にしていない様子。
「すいません」
「はい」
「ミョウジ先輩を呼んでもらえます?」
「はーい」
近くにいた女子生徒に、ミョウジナマエを呼んでもらった。
「こんにちは、伊能くん」
「先輩、なんで男子の制服を着てるんですか?」
「そういう気分だったから」
ミョウジは、薄く笑った表情を変えずに答える。
「ミョウジ先輩の性別って?」
「あはは。なんだと思いたい? 女? 男?」
「昨日は、女子かと思いました。今日は、よく分かりません」
くすくす。性別不詳の先輩は、笑う。
「ねぇ、私とゲームしようよ。卒業するまでに、私の性別を当てられたら、伊能くんの勝ち。当てられなかったら、私の勝ち。どう?」
「受けて立ちますよ」
「うん。君なら、そう言ってくれると思った。それじゃあ、がんばってね」
「はい」
面白いことになった。
伊能は、彼(今日はそう仮定する)を観察する。
男女どちらともつかない体。まるで性器の存在を感じさせない。
中性的な声。その声色は、こちらを見透かしているかのように怪しい。
「勝ったら、何かもらえるんですか?」
「私の魂」
「魂?」
「ふふ。なんでも欲しいものをあげる」
天使にも悪魔にも見える表情で、ミョウジナマエは告げた。
伊能商人とミョウジナマエのゲームは、こうして始まったのである。
◆◆◆
ミョウジナマエは、装いによって入るトイレを変えている。
というのが、ゲーム開始から2日目で分かったことだった。
それから、部活中に小堀に訊いてみたところによると。
「ミョウジさんの性別? 好きに受け取ってほしいって言われたから、ミョウジさんって呼ばせてもらってるよ」
小堀は、ミョウジナマエを中性的に捉えているらしい。
彼女(今回はそう仮定する)は、運動着で日陰に座っている。
白磁のような肢体を焼かないようにしているようだ。
「伊能くん」
「はい」
「どう? 何か分かった?」
ミョウジは、首を傾げながら問う。
「そうですね。ミョウジ先輩は、服装に合わせてわずかに性別規範への従い方を変えています」
「ふふ。そうだよ」
ミョウジは、口元を押さえて笑った。
「先輩の性別は、まるで固定されていない。ジェンダーフルイド的です」
「そうかもね」
先ほどは肯定したのに、今度は「かも」か。
伊能は、ミョウジを観察しながら話を続ける。
「私は逃げないから、部活に戻りなよ」
「はい。また後で」
伊能は、マネージャーの前から去った。
野球を真剣に攻略し、部活が終わるまではゲームのことは頭の片隅に留めるだけにする。
マネージャーは、きちんと自分の役割をこなしているようだった。
部活を終え、着替えてからは、ミョウジを探す。
特に約束はしていないが、一緒に帰りたい。
「伊能くん」
あちらの方からやって来てくれて、伊能は口角を引き上げる。
「途中まで一緒に行こう」
「はい」
彼女が隣に並ぶと、シトラスの香りがした。
「ミョウジ先輩は、他の人ともゲームをしたことが?」
「ないよ。君が初めて」
「どうしてですか?」
「退屈だから。大抵の男子は、私に“女”を押し付けてくるし。あ、小堀くんは違うよ。彼は、さん付けを汎用性で選んでるだけ」
ミョウジは、スカートをなびかせて進む。
「伊能くんは、ちゃんと私と勝負をしてくれそうだと思ったの。だって、暇潰しで野球してるんでしょう?」
「はい。野球も、先輩とのゲームも、いい暇潰しです」
「それなら、よかった。私も楽しいよ」
彼女は、美しく微笑んだ。日射しに透けて、消えてしまいそうに見える。
幽霊だと言われたら、信じてしまう人も少なくないだろう。
「伊能くん、コンビニ寄らない? アイス食べようよ」
「アイスとか食べるんですね」
「そうだよ」
ふたりは、コンビニでアイスを買った。
コンビニ前の日陰で、ソーダバニラのアイスを齧る。
ミョウジが人形のような見た目で、ものを食べているのが、なんだか面白かった。
伊能商人は、そんな彼女の肌を伝う汗を見て、人間なんだなぁと思う。
当たりを引いたミョウジは、2本目のアイスも食べ始めた。
先輩女子と買い食いをしている自分は、彼女を好きに見えるのだろうか?
ふと、自分を客観視した伊能は、疑問に思った。
だが、全てはゲームに勝つためにしていることである。
伊能は、冷静にミョウジナマエを見続けた。
◆◆◆
ミョウジナマエは、勉強も運動も、特筆すべきものはない。
それはまるで、これ以上はがんばらなくていい、とでも言うかのように。平均的な評価を取り続けている。
それなのに、突然野球部のマネージャーになったミョウジ。
「ふぅ」
彼(今回は、そう仮定する)が、スポーツドリンクを入れたドリンクサーバーを運んでいるところを、伊能商人は横目で見ている。
「ミョウジは、野球部に好きな人でもいるのか?」
阿川監督が、無遠慮な質問をした。
「いえ、いませんよ」
ミョウジは、さらりと返す。
「じゃあ、なんで急に野球部に来たんだよー?」
「たまたまです。別に、なんでもよかったんですけど、人手がいるって言われたから」
「ふーん?」
暇潰しなんだ。彼がマネージャーをしている理由は。
その後、伊勢原聖テレーズ学園高校との練習試合が始まった。
相手は、轟大愚のワンマンチームだが、やすやすと負けてはくれない。
そのエースにしてホームランバッターの轟の観察眼をもってしても、ミョウジナマエの性別は分からなかった。
「あのマネージャー……」
「あの女がどうかしたのか?」
「綺麗だな」
轟には、ミョウジを攻略対象にした恋愛ゲームの画面が見えている。
現在のミョウジからの好感度は、0。
コマンドは、「手を振る」「話しかける」「プレゼントする」など。
轟は、試合に勝ってから連絡先を訊こうと思った。
一方、ミョウジは、ひたすら投げた球種と打率とどんな球に手を出したかを記録している。
彼は、轟のことは、よくも悪くも聖テレのエースとしか見ていない。
「ミョウジ。先生、気付いたんだけど、もしかしてこの試合って変なのか?」
「はい。変ですね」
ミョウジは、阿川の質問に答えた。
「野球というゲームを個人でやっているワケですから、変ですよ」
「ふんふん」
彼には、轟の生き方が少し羨ましい。
その強さがあれば、“私”はどうしていただろうか?
試合後。伊能は、すぐにミョウジの側に行った。
「ミョウジ先輩」
「ん?」
「男から恋愛感情を向けられるのって、どう思いますか?」
「どんな人かによるかな」
「轟は?」
伊能は、離れたところからミョウジを見ている轟を睨む。
「あの人は、ちょっと嫌かも」
「分かりました。もし、先輩のところに来たら、俺を呼んでください」
「それって、連絡先を交換したいってこと?」
「はい、そうです」
ミョウジは、くすりと笑い、「いいよ」と返事をした。
ゲーム開始から、しばらくして、ふたりはようやくお互いの名前を連絡先に入れる。
夏の生ぬるい風が、ミョウジナマエの髪を撫でた。
◆◆◆
次の相手のバッテリーは、広瀬と三馬のライバルらしい。
ミョウジナマエは、露木リンと目が合った。
お互いに、会釈をする。
そして、あざみ野高等学校との試合が始まった。
あざみ野は、“流れ”を掴むのが異様に上手い。
「流れなんて気にするな! 強気でいけ!」と、流れをオカルトだと思っている阿川監督は言っているが。
「ミョウジ先輩は、流れについてどう思います?」
ベンチで、伊能は尋ねた。
「私には、よく分からない」
記録ノートから顔を上げ、ミョウジは返事をする。
「そうですか」
「でも、私がついてる方が勝つんじゃないかな」
ミョウジナマエは、妖艶に微笑んだ。
その様は、人間を誑かす悪魔めいている。
「それは何か理由が?」
「私が応援するところは勝つ。そういうジンクスがあることにしない?」
「はは。なるほど」
「露木くんの占いは、神秘性のあるものじゃないだろうから、対抗しようもあるよね」
「そうですね」
その後。伊能による“予言の自己成就”の話が部員たちに共有された。
それから、広瀬が先頭バッターとして出塁。流れをハマソウのものにしようとした。
「ミョウジ先輩、具体的にどんなジンクスにしますか?」
「ミョウジナマエは、幸運の女神である。女神は、便宜上の表現」
「もう少し捻りたいですね」
ふたりは、真剣に話し合っている。
「そう。それじゃあ、幸運の女神がついてるミョウジナマエが応援しているチームは最終的には勝つ、の方がいいかな」
「そうですね」
そんな話をしているうちに、ハマソウはダブルプレイをとられてしまった。
流れの影響を受けていないのは、伊能商人だけである。
そうして、ラッキーセブンがやってきた。
伊能は、球種を見極めようとしたが、三振する。
ベンチに戻った伊能は、ぶつぶつと何か呟いた。
「伊能くん」
「先輩」
「何か掴めた?」
「向こうの球種の記録を見せてもらえます?」
「どうぞ」と、ミョウジはノートを渡す。
異様なほどのストレートの応酬。伊能は、確信した。
「あざみ野バッテリーの魔球の謎が解けました」
部員たちに考えを述べる伊能。
草加が投げているのは、ジャイロボールということだった。
ストレートのジャイロを狙えば打てるが、あざみ野にそれを悟られないよう、ハマソウは点差を詰めていく。
それでも、いずれはバレてしまう。
草加は、夢幻ジャイロを投げ続けた。
「青春だね」
ミョウジは、ぽつりと呟く。
それから。広瀬のサヨナラホームランにより、ハマソウが勝った。
「さすがだね、広瀬くん」
「読み勝ちましたね」
ミョウジと伊能は、顔を見合わせて小さく笑う。
試合終了後の帰り支度中。
「ギリギリだったね」
「そうですね。それに、桐山先輩のことがバレます」
「桐山くんのこと、秘密にしていたかったのにね」
ふたりは、静かに話し合った。
「これから、みんなが桐山くんを攻略しようとするよ」
「そうなりますよね。波が立ちそうだ」
「うん。ところで、伊納くん。私のこと分かった?」
「まだ情報が足りていません」
「そっか」
ミョウジナマエは、「ふふ」と微笑む。
「でも、ひとつ分かりました。ミョウジ先輩は、本心はともかく、望まれた性別を演じていることがあります」
「……そうだね」
風が薙いだ髪を押さえながら、ミョウジは肯定した。
「伊納くん、お願い。ゲームを続けて」
「はい。もちろん」
どうか、私を見付けてね。
ミョウジナマエの願いが、声に出されることはない。
「今日からマネージャーをやります。三年のミョウジナマエです。よろしく」
どこか影のある美人。着ているのは、ただの運動着だが、綺麗なアンティーク人形のように見える。
「ミョウジさんは、野球の基本は知ってるから、対戦相手の投球や打率の記録も出来るんだよ」と、小堀。
野球部の一年生、伊能商人の目には、ミョウジが攻略しがいのある人物に見えた。
部活を終えてからも、ミョウジのガラス玉みたいな瞳が忘れられない。
帰り道。偶然、制服に着替えて歩いているマネージャーを発見した。
「ミョウジ先輩」
「ん? なに?」
振り向いて、ミョウジの目が伊能を映す。
スカートが、風に揺れている。
「どうして、野球部に?」
「暇潰し」
くすりと笑い、ミョウジは答えた。
「へぇ。そうなんですね」
「伊能くん、だよね? 私に興味があるの?」
「はい。あります」
「そう。じゃあ、また明日ね」
ミョウジナマエは、白い腕を振って、去って行く。
それを見届けてから、伊能は帰路についた。
翌日の昼休み。伊能が、ミョウジがいるはずの教室を覗くと、男子の制服を着ているのが見える。
伊能は、驚いて目を見開いた。
クラスメイトたちは、特に何も気にしていない様子。
「すいません」
「はい」
「ミョウジ先輩を呼んでもらえます?」
「はーい」
近くにいた女子生徒に、ミョウジナマエを呼んでもらった。
「こんにちは、伊能くん」
「先輩、なんで男子の制服を着てるんですか?」
「そういう気分だったから」
ミョウジは、薄く笑った表情を変えずに答える。
「ミョウジ先輩の性別って?」
「あはは。なんだと思いたい? 女? 男?」
「昨日は、女子かと思いました。今日は、よく分かりません」
くすくす。性別不詳の先輩は、笑う。
「ねぇ、私とゲームしようよ。卒業するまでに、私の性別を当てられたら、伊能くんの勝ち。当てられなかったら、私の勝ち。どう?」
「受けて立ちますよ」
「うん。君なら、そう言ってくれると思った。それじゃあ、がんばってね」
「はい」
面白いことになった。
伊能は、彼(今日はそう仮定する)を観察する。
男女どちらともつかない体。まるで性器の存在を感じさせない。
中性的な声。その声色は、こちらを見透かしているかのように怪しい。
「勝ったら、何かもらえるんですか?」
「私の魂」
「魂?」
「ふふ。なんでも欲しいものをあげる」
天使にも悪魔にも見える表情で、ミョウジナマエは告げた。
伊能商人とミョウジナマエのゲームは、こうして始まったのである。
◆◆◆
ミョウジナマエは、装いによって入るトイレを変えている。
というのが、ゲーム開始から2日目で分かったことだった。
それから、部活中に小堀に訊いてみたところによると。
「ミョウジさんの性別? 好きに受け取ってほしいって言われたから、ミョウジさんって呼ばせてもらってるよ」
小堀は、ミョウジナマエを中性的に捉えているらしい。
彼女(今回はそう仮定する)は、運動着で日陰に座っている。
白磁のような肢体を焼かないようにしているようだ。
「伊能くん」
「はい」
「どう? 何か分かった?」
ミョウジは、首を傾げながら問う。
「そうですね。ミョウジ先輩は、服装に合わせてわずかに性別規範への従い方を変えています」
「ふふ。そうだよ」
ミョウジは、口元を押さえて笑った。
「先輩の性別は、まるで固定されていない。ジェンダーフルイド的です」
「そうかもね」
先ほどは肯定したのに、今度は「かも」か。
伊能は、ミョウジを観察しながら話を続ける。
「私は逃げないから、部活に戻りなよ」
「はい。また後で」
伊能は、マネージャーの前から去った。
野球を真剣に攻略し、部活が終わるまではゲームのことは頭の片隅に留めるだけにする。
マネージャーは、きちんと自分の役割をこなしているようだった。
部活を終え、着替えてからは、ミョウジを探す。
特に約束はしていないが、一緒に帰りたい。
「伊能くん」
あちらの方からやって来てくれて、伊能は口角を引き上げる。
「途中まで一緒に行こう」
「はい」
彼女が隣に並ぶと、シトラスの香りがした。
「ミョウジ先輩は、他の人ともゲームをしたことが?」
「ないよ。君が初めて」
「どうしてですか?」
「退屈だから。大抵の男子は、私に“女”を押し付けてくるし。あ、小堀くんは違うよ。彼は、さん付けを汎用性で選んでるだけ」
ミョウジは、スカートをなびかせて進む。
「伊能くんは、ちゃんと私と勝負をしてくれそうだと思ったの。だって、暇潰しで野球してるんでしょう?」
「はい。野球も、先輩とのゲームも、いい暇潰しです」
「それなら、よかった。私も楽しいよ」
彼女は、美しく微笑んだ。日射しに透けて、消えてしまいそうに見える。
幽霊だと言われたら、信じてしまう人も少なくないだろう。
「伊能くん、コンビニ寄らない? アイス食べようよ」
「アイスとか食べるんですね」
「そうだよ」
ふたりは、コンビニでアイスを買った。
コンビニ前の日陰で、ソーダバニラのアイスを齧る。
ミョウジが人形のような見た目で、ものを食べているのが、なんだか面白かった。
伊能商人は、そんな彼女の肌を伝う汗を見て、人間なんだなぁと思う。
当たりを引いたミョウジは、2本目のアイスも食べ始めた。
先輩女子と買い食いをしている自分は、彼女を好きに見えるのだろうか?
ふと、自分を客観視した伊能は、疑問に思った。
だが、全てはゲームに勝つためにしていることである。
伊能は、冷静にミョウジナマエを見続けた。
◆◆◆
ミョウジナマエは、勉強も運動も、特筆すべきものはない。
それはまるで、これ以上はがんばらなくていい、とでも言うかのように。平均的な評価を取り続けている。
それなのに、突然野球部のマネージャーになったミョウジ。
「ふぅ」
彼(今回は、そう仮定する)が、スポーツドリンクを入れたドリンクサーバーを運んでいるところを、伊能商人は横目で見ている。
「ミョウジは、野球部に好きな人でもいるのか?」
阿川監督が、無遠慮な質問をした。
「いえ、いませんよ」
ミョウジは、さらりと返す。
「じゃあ、なんで急に野球部に来たんだよー?」
「たまたまです。別に、なんでもよかったんですけど、人手がいるって言われたから」
「ふーん?」
暇潰しなんだ。彼がマネージャーをしている理由は。
その後、伊勢原聖テレーズ学園高校との練習試合が始まった。
相手は、轟大愚のワンマンチームだが、やすやすと負けてはくれない。
そのエースにしてホームランバッターの轟の観察眼をもってしても、ミョウジナマエの性別は分からなかった。
「あのマネージャー……」
「あの女がどうかしたのか?」
「綺麗だな」
轟には、ミョウジを攻略対象にした恋愛ゲームの画面が見えている。
現在のミョウジからの好感度は、0。
コマンドは、「手を振る」「話しかける」「プレゼントする」など。
轟は、試合に勝ってから連絡先を訊こうと思った。
一方、ミョウジは、ひたすら投げた球種と打率とどんな球に手を出したかを記録している。
彼は、轟のことは、よくも悪くも聖テレのエースとしか見ていない。
「ミョウジ。先生、気付いたんだけど、もしかしてこの試合って変なのか?」
「はい。変ですね」
ミョウジは、阿川の質問に答えた。
「野球というゲームを個人でやっているワケですから、変ですよ」
「ふんふん」
彼には、轟の生き方が少し羨ましい。
その強さがあれば、“私”はどうしていただろうか?
試合後。伊能は、すぐにミョウジの側に行った。
「ミョウジ先輩」
「ん?」
「男から恋愛感情を向けられるのって、どう思いますか?」
「どんな人かによるかな」
「轟は?」
伊能は、離れたところからミョウジを見ている轟を睨む。
「あの人は、ちょっと嫌かも」
「分かりました。もし、先輩のところに来たら、俺を呼んでください」
「それって、連絡先を交換したいってこと?」
「はい、そうです」
ミョウジは、くすりと笑い、「いいよ」と返事をした。
ゲーム開始から、しばらくして、ふたりはようやくお互いの名前を連絡先に入れる。
夏の生ぬるい風が、ミョウジナマエの髪を撫でた。
◆◆◆
次の相手のバッテリーは、広瀬と三馬のライバルらしい。
ミョウジナマエは、露木リンと目が合った。
お互いに、会釈をする。
そして、あざみ野高等学校との試合が始まった。
あざみ野は、“流れ”を掴むのが異様に上手い。
「流れなんて気にするな! 強気でいけ!」と、流れをオカルトだと思っている阿川監督は言っているが。
「ミョウジ先輩は、流れについてどう思います?」
ベンチで、伊能は尋ねた。
「私には、よく分からない」
記録ノートから顔を上げ、ミョウジは返事をする。
「そうですか」
「でも、私がついてる方が勝つんじゃないかな」
ミョウジナマエは、妖艶に微笑んだ。
その様は、人間を誑かす悪魔めいている。
「それは何か理由が?」
「私が応援するところは勝つ。そういうジンクスがあることにしない?」
「はは。なるほど」
「露木くんの占いは、神秘性のあるものじゃないだろうから、対抗しようもあるよね」
「そうですね」
その後。伊能による“予言の自己成就”の話が部員たちに共有された。
それから、広瀬が先頭バッターとして出塁。流れをハマソウのものにしようとした。
「ミョウジ先輩、具体的にどんなジンクスにしますか?」
「ミョウジナマエは、幸運の女神である。女神は、便宜上の表現」
「もう少し捻りたいですね」
ふたりは、真剣に話し合っている。
「そう。それじゃあ、幸運の女神がついてるミョウジナマエが応援しているチームは最終的には勝つ、の方がいいかな」
「そうですね」
そんな話をしているうちに、ハマソウはダブルプレイをとられてしまった。
流れの影響を受けていないのは、伊能商人だけである。
そうして、ラッキーセブンがやってきた。
伊能は、球種を見極めようとしたが、三振する。
ベンチに戻った伊能は、ぶつぶつと何か呟いた。
「伊能くん」
「先輩」
「何か掴めた?」
「向こうの球種の記録を見せてもらえます?」
「どうぞ」と、ミョウジはノートを渡す。
異様なほどのストレートの応酬。伊能は、確信した。
「あざみ野バッテリーの魔球の謎が解けました」
部員たちに考えを述べる伊能。
草加が投げているのは、ジャイロボールということだった。
ストレートのジャイロを狙えば打てるが、あざみ野にそれを悟られないよう、ハマソウは点差を詰めていく。
それでも、いずれはバレてしまう。
草加は、夢幻ジャイロを投げ続けた。
「青春だね」
ミョウジは、ぽつりと呟く。
それから。広瀬のサヨナラホームランにより、ハマソウが勝った。
「さすがだね、広瀬くん」
「読み勝ちましたね」
ミョウジと伊能は、顔を見合わせて小さく笑う。
試合終了後の帰り支度中。
「ギリギリだったね」
「そうですね。それに、桐山先輩のことがバレます」
「桐山くんのこと、秘密にしていたかったのにね」
ふたりは、静かに話し合った。
「これから、みんなが桐山くんを攻略しようとするよ」
「そうなりますよね。波が立ちそうだ」
「うん。ところで、伊納くん。私のこと分かった?」
「まだ情報が足りていません」
「そっか」
ミョウジナマエは、「ふふ」と微笑む。
「でも、ひとつ分かりました。ミョウジ先輩は、本心はともかく、望まれた性別を演じていることがあります」
「……そうだね」
風が薙いだ髪を押さえながら、ミョウジは肯定した。
「伊納くん、お願い。ゲームを続けて」
「はい。もちろん」
どうか、私を見付けてね。
ミョウジナマエの願いが、声に出されることはない。
