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ここは、かぶき町にあるミョウジ診療所。そこの医者である着流し姿で肩に白衣を羽織った男、ミョウジナマエは、高笑いをしていた。
「上手くいったぞ! 私は天才だ!」
というワケで、町医者の皮を被ったマッドサイエンティストは、近所のモルモットで実験をしようと思い立つ。
ナマエが向かったのは、万事屋銀ちゃんである。
「銀時く~ん! 遊びに来たよ! ケーキもあるよ!」
「ナマエくん、ようこそいらっしゃいましたァ!」
「お邪魔します」
スッと戸を開き、坂田銀時はナマエを招き入れた。
「はい、苺のショートケーキ」
「ありがとうございますッ!」
しれっと上座に座り、ケーキがふたつ入った箱を銀時に渡す。
「銀時くん、お茶」
「はいッ!」
銀時に緑茶を淹れさせ、湯飲みから茶を啜った。
「ケーキ、遠慮なくどうぞ」
「いただきますッ!」
銀時は、あっという間にショートケーキを平らげる。
「美味しいかい?」
「うめェ…………」
「それは、よかった。私の分もあげるよ」
「ありがとうございますッ!」
ケーキをふたつ食べた銀時は、数分後に意識を失って倒れた。
「記録、3分30秒っと」
ナマエは、手帳にメモをする。
片方のケーキには、意識を昏倒させる薬が入っていたのだ。銀時が普通のケーキを選んだから、ナマエは自分の分を譲ったのである。
「さて。ジャンプでも読んで待つか」
ナマエは、銀時のジャンプを持ち、勝手に読み始めた。
その後。
「……はッ!?」
「記録、3時間20秒。おはよう、銀時くん」
昏倒してから目覚めるまでにかかった時間をメモするナマエ。
「てめェェェェェェェ! また何か盛りやがったな?!」
「うん。悪夢を見る薬」
銀時に襟首を掴まれながら、さらりと答えた。
「今ここで俺が見た悪夢を現実にしてやろうか?! クソッ! ふたつあったから油断したッ!」
頭を抱えて後悔する銀時。
「悪夢の内容を詳しく教えてくれ。メモするから」
「鬼! 悪魔! マッドサイエンティスト!」
「鬼と悪魔とマッドサイエンティストが出て来たのかい? 賑やかな悪夢だねぇ」
「今でぇぇぇす! この現実こそが悪夢だよッ!」
ナマエの肩を掴み、力いっぱい揺さぶるが、マッドサイエンティストは、「ははは!」とにこやかに笑っている。
実はミョウジナマエは、好感を持った相手に嫌がらせをするのが趣味なのだが、坂田銀時は、そんなことは知らない。
「そろそろ、お暇しようかな。またね、銀時くん」
「二度と来るな! お洒落パーマ野郎ッ!」
ナマエは、へらへら笑いながら診療所へ帰って行った。
彼にとって、銀時はモルモットとして最適な成人男性であり、友人でもある。
それは、銀時からすれば、不幸よりの事実であった。
『この世には針刺さるのを見る派と見ない派がいる』
「銀時く~ん。遊びに来たよぉ」
「こんにちは。銀さんの友達ですか?」
「おや」
ある日、ナマエが万事屋へ行くと、そこには見知らぬ眼鏡の少年がいた。
「私は、ミョウジナマエ。銀時くんとは、古い付き合いさ。君は?」
「志村新八です。ここで働いてます」
「そうかい、そうかい。せっかくこうして知り合えたワケだし、とりあえず採血させてもらってもいいかな?」
「とりあえず採血ってなに!?」
新八が当然のツッコミをする。
「アルコールは平気かな? 血が止まりにくかったりしない?」
「人の話聞いてます?! なんで着々と採血の準備してるんですか?!」
「医者だからだよ」
「銀さん! 銀さァん! 医者を名乗る不審者が!」
ナマエが注射器を取り出したところで、奥から銀時があくびをしながら出て来た。
「なんだよ、うるせぇな……」
「銀さん! この人なんなんですか?!」
「やぁ、銀時くん」
ナマエは、笑顔で空いている手を振る。
「んだよ、ナマエじゃねーか。コイツは、ただのマッドサイエンティストだよ」
「マッドサイエンティストに“ただの”ってつけることなくない!?」
「仕方ねェだろ、そうなんだから。な、ナマエ」
銀時に話を振られた男は、「私は、しがない町医者さ」と爽やかに言い、新八の腕に注射器の針を刺した。
「ほらな、イカれてやがる」
「いつの間にか僕の血が採られてるんですけどォォォォォォォォォォォォォ!?」
「コイツ、人の血をコレクションするのが趣味なんだよ」
「悪趣味にもほどがあるでしょうが!」
「採血終わったよ。はい、指でぎゅっと押さえてねぇ」
小さな絆創膏を貼り、新八に指を添えさせるナマエ。
「怖いよ、この人! 本当に医者なんですか?!」
「俺が知らねェうちに医師免許剥奪されてなきゃな」
「されてないよ」と、ナマエが答えた。
「それはそれで最悪だよ!」
「ちなみにコイツは、お洒落パーマだ。昔はストレートだったんだよ。腹立つわァ」
「んなことはどうでもいいよ! 血ィ抜かれてんだよ、こっちは!」
「記録、志村新八。眼鏡。ツッコミ気質」
「それメモする必要あります?!」
「いやぁ、活きのいいモルモット……少年だ。素晴らしい……!」
「今、モルモットって言いましたよね?!」
新八がナマエの肩を揺する。
「ははは! 今後とも、モルモット兼友人としてよろしくね」
「嫌ですけどォ!」
「俺だって、ずっとナマエのモルモット兼友人やってんだよ。お前も観念しろ、新八」
「アンタは、なんでそれを受け入れてんだよ!」
今度は、銀時の肩を揺すり始める新八。
ミョウジナマエのマッド過ぎる歓迎を受け、志村新八は、こんなところにいていいのかと、また悩むことになった。
◆◆◆
「銀時く~ん。依頼しに来たよ」
ナマエが勝手に戸を開けて中に入る。
「まだ寝てるのぉ?」
ずかずかと奥へ進むと、押し入れから見知らぬ少女が目をこすりながら出て来た。
「誰アルか?」
「ミョウジナマエ。銀時くんの友達だよ。依頼しに来たんだ」
「銀ちゃん! 客アル!」
「ああ……?」
銀時が、寝室からやって来る。
「おはよう、銀時くん」
「ナマエか。ったく朝から嫌なもん見たぜ」
「こちらのお嬢さんは?」
「新しいバイトだ」
観察するように少女を見つめるナマエ。
「神楽アル。出稼ぎに来たアルよ」
「そうなんだ。よろしくね、神楽ちゃん。採血してもいいかな?」
「銀ちゃん、コイツ変態アルか?」
「マッドサイエンティストだ」
「私は、しがない町医者さ」
ナマエは、注射器を取り出して笑う。
「さあ、腕を出して」
「嫌アル。指へし折られたいアルか?」
「それは困るな。じゃあ、このお土産を君に全部あげるから、どう?」
ナマエは、左手で紙袋を渡した。
神楽が中を覗くと、お高い羊羹の箱が入っているのが見える。
そして、「仕方ないアルなァ」と、白い腕を差し出した。
「ありがとう、神楽ちゃん」
「ちょっと待て。銀さんへのお土産は?」
「もうないよ」
「ふざけんなよッ! なんで居候に土産全取りされなきゃなんねェんだよ!」
採血中のナマエに掴みかかりそうになる銀時。
「まあまあ。また今度、甘いもの持って来てあげるからさ」
「ケーキな! いいか、ホールケーキだぞ!」
「了解~。はい、採血終わり。絆創膏、上から押さえててね」
道具と血液をしまい、ナマエは「さて」と言った。
「本題なんだけど、万事屋に依頼がある。私の診療所に化物がいるから、倒してほしい」
「なんて?」
「診療所にいる化物を倒してほしい」
「てめー、とうとうバケモン造ったのか?!」
「いやぁ、ははは!」
「ははは、じゃねェ!」
銀時に襟首を掴まれるが、ナマエは相変わらず笑っている。
「銀ちゃん、この羊羹美味いアル」
「お前は、話を聞け!」
なんやかんやで、後から来た新八も連れて、万事屋たちはミョウジ診療所へ向かうことになった。
「ここがマッドサイエンティストの研究所アルか」
「診療所だよぉ」
「半分くらい嘘ですよね、それ」
「コイツ、倫理観を母ちゃんの腹の中に忘れて来てるからな」
「なんで医者になれてんですか? そんな人が」
ナマエの話によると、入ったらすぐの所に化物はいるらしい。
三人が入ると、3mくらいある緑色のゲル状の何かが蠢いていた。
「スライムじゃねェか!」と新八が叫ぶ。
「ゼリーの怨霊アルか?」
「もっとドラクエみてェな可愛げのあるやつにしろや!」
「じゃ、あとはよろしくねぇ」と言い、ナマエは外に出て扉を閉めた。
「さっさとぶちのめすぞ!」
「はい!」
「分かったアル!」
その後。スライム(?)と戦闘になったのだが、物理攻撃が効かなかったり、新八が丸呑みにされたりしたが、神楽が核らしきものを破壊してなんとか倒した。
「お、終わったぞ……」と、粘液でべとべとになった銀時が報告する。
「お疲れ様~。三人とも、ありがとうね」
「もう二度とバケモン造るな!」
「それは約束出来ないなぁ」
ミョウジナマエは、へらへらと笑った。
やはり、マッドサイエンティストである。
銀時は報酬金を受け取り、その額を見て黙るしかなかった。
『好きな子をいじめると当たり前に嫌われる』
かぶき町、ミョウジ診療所内にて。
「真選組だァ!」
鬼の副長、土方十四郎が吠えた。
「ミョウジナマエ、違法薬物所持容疑で令状が出てる」
「またぁ?」
ナマエは、やれやれと肩をすくめる。
「俺らだって嫌なんだよ。そうだろ、山崎?」
「はは……」
山崎退は、青い顔で曖昧に笑った。
「山崎さん♡」
「ひぃっ!?」
ナマエに詰め寄られた山崎は、情けない声を上げ、逃げ腰になる。
しかし、ナマエに腕を掴まれて逃げられない。そもそも、家宅捜索の仕事を放り出すワケにもいかない。
「また君と遊びたいなぁ。この後、暇?」
「暇じゃないです! 全っ然暇じゃないです!」
歳下の上に危険人物リストに名前を連ねているナマエに、敬語で必死に答える山崎。
「山崎、ソイツを見張ってろ」
「えっ!?」
怯える山崎に無慈悲な命令が下った。
「山崎さん♡ 私と一緒にいてくれるんだね♡」
「副長命令なんで……!」
山崎には、何故ミョウジナマエがこんなに自分に嫌がらせをしてくるのか分からない。
ナマエは、山崎の嫌がる顔が好きで、怖がる様が好きで、彼のことを気に入っていた。山崎にとっては、最悪な事実である。
山崎は、ナマエの診療所に潜入したことがあるのだが、気付いた時には意識を失い、診察台の上に拘束されていたという過去があった。それから、山崎の頭には、ミョウジナマエという厄災が刻み込まれている。
頼むから、早く捕縛されてくれ!
山崎の願いも虚しく、ミョウジ診療所からは何も出て来なかった。
「撤収するぞ」
「はい……!」
「山崎さん♡ また来てねぇ♡」
ナマエは、足早に去って行く山崎に手を振る。
「さて」
肩にかけた白衣を翻し、診療所の隅へ向かう。
「ミョウジナマエは、生きている。浅き夢見じ、酔いもせず」
真選組の者たちがいなくなってから、ナマエは合言葉入力と声紋認証をしなくては入れない地下室へ降りた。
違法な物品は、全てここにしまってある。
診療所の床にある隠し戸には継ぎ目すらないため、“ある”ことを知らなければ見付けられないだろう。
ナマエは、今日も嫌がらせのための薬品作りに余念がない。
現在、彼が作ろうとしているのは、内心を暴露してしまう薬である。つまり、自白剤のようなもの。
完成したら、万事屋銀ちゃんに持って行くつもりだ。
「銀時くん、どんな顔をするかなぁ」
ミョウジナマエは、ニヤリと笑う。
傍迷惑なマッドサイエンティストは、今日も絶好調であった。
◆◆◆
白蛇の医鬼 と呼ばれた男がいた。
攘夷戦争の頃に、戦場で負傷者の救護と治療をしていた彼。
自分の怪我に巻いていた包帯がゆるみ、白蛇のようになびいていたことから、そう呼ばれるようになった。
多くを助けた、伝説的な医者。
しかし現在では、彼の消息は不明である。
戦場で負った傷で亡くなったとか、故郷へ戻り医者を続けているとか、様々な噂があった。
実際のところ、白蛇の医鬼ことミョウジナマエは、かぶき町で町医者として生きている。
彼が白蛇の医鬼であることを知る者は少ない。
山崎退もまた、そんな事実は知らなかった。
「山崎さん♡ 私と遊ぼう♡」
「勘弁してください! 勘弁してください!」
非番で、そこらを散歩していた山崎を捕まえ、ナマエは実験をしたがっている。もちろん、山崎は全力で嫌がっていた。
「ちょっと注射するだけだから」
「なんで注射器持ち歩いてんのォ!?」
ツッコミをする山崎。
「医者だからだよ」
「マッドサイエンティストだからでしょ!」
「私は正気だよ♡」
「この人、タチが悪いよ!」
ふたりが攻防を繰り広げていると、そこにふらりと男がやって来た。
「ギャーギャーうるせぇなぁ。痴話喧嘩ですか、コノヤロー」
「旦那ァ! 助けてくださいよ!」と、坂田銀時に助けを求める山崎。
「ナマエ。お前、そんなんじゃ絶対に成就しないけど、いいのか?」
「そんなのは別にいいんだよ、銀時くん。私は、今のままで充分楽しいからねぇ」
「だとよ、山崎」
耳の穴に小指を突っ込みながら、銀時は言った。
「何が?!」
「ナマエに気に入られちまったら、もう仕舞いってこった。ご愁傷様でーす」
「そんな!?」
銀時は、残酷なことを告げて去る。
「隙あり!」
ナマエが、山崎の首筋に注射器を刺し、何かを注入した。
「ぎゃーッ!? 何を打ったの?! 毒?!」
「では、記録を取らせてもらおう」
ナマエは、手帳を取り出し、日付と現時刻を記入する。
「どうかな? 体調の変化は?」
「あれ? なんか気分がよくなってきました…………」
「記録、1分15秒。なるほどね。他には?」
「目の疲れがなくなってる……?」
「ふむふむ」
ナマエは、記録を続けた。
「あの、ナマエさん、何を打ったんですか?」
「疲労回復剤」
手帳から顔を上げ、山崎を見つめるナマエ。
「それなら、そう言ってくださいよ!」
「そんなことしたら、つまらないだろう? 君の嫌がる顔が見られないと」
「早く医師免許剥奪されてください……」
「ははは! 私が医師でなくなったら、世界の損失だよ」と、悪魔のように男は笑った。
「名残惜しいけれど、そろそろ仕事に戻るかなぁ。また遊ぼうね♡ 山崎さん♡」
「嫌だァァァァァァァ!」
ひらりと、白衣をなびかせ、ミョウジナマエは去って行く。
残された山崎退は、さめざめと泣いた。
『薬は飲んでも飲まれるな』
転生郷という麻薬が出回っているので、ミョウジナマエはそれを入手した。
独自に研究を重ね、効力を薄めたそれは、麻酔として使えるようになる。
そんな折、坂田銀時たちが診療所へやって来た。
「ナマエ!」
「はーい。どうしたの? 銀時くん」
肩にかけた白衣をなびかせ、医者は地下室から表に出る。
「新八と神楽が、ヤクを盛られた。診てやってくれ」
「了解。ブツはあるかい?」
「これだ」
転生郷だった。それなら、すぐに中和剤を打てる。
「興味深いね。新八くん、神楽ちゃん、そこにかけて。注射するから」
「はい」
「コイツ、ちゃんと治療出来るアルか?」と、神楽がナマエを睨んだ。
「心配いらねェよ。ナマエは昔、“白蛇の医鬼”つって、生きたい奴をどんな手を使ってでも生かしてきた鬼なんだからよ」
「鬼、ですか……」
注射器を用意しているナマエを見ながら、とても鬼には見えないと思うふたり。ただの優男に見える。中身は、マッドサイエンティストだが。
「お待たせ。じゃあ、打つね」
そう言うや否や、ふたりに同時に注射をした。精確に。的確に。
「はい、終わり。絆創膏貼っておくね」
またも、ふたり同時に絆創膏を貼られる。
「器用なんですね」
「まあねぇ。戦場では、スピードが必要だったから」
「戦場にいたんですか?」
「うん。少しね。あ、銀時くんの怪我も診るから。そこに座って」
「俺ァ、いいよ」
「よくない。座れ」
「はい……」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、確かに鬼のような空気をまとうナマエ。
銀時の傷を消毒し、手当てをしていった。
「はい。終わり。ちゃんと死ぬ前に来て偉いね」
「はは……」
新八は、乾いた笑いを漏らす。
その後。ナマエは、万事屋の三人を見送り、診療所に数人いる入院患者の回診をした。
そして、最後に一番奥の病室を訪れる。
「今日も、目覚めてはくれませんか?」
寝台の上にいる、多くの管に繋がれた人物に話しかけた。
「私を恨んでおいでですか?」
患者には、意識がない。
吊るされた点滴を替え、体を拭いて、床ずれを予防する。
「また明日来ます。おやすみなさい」
ミョウジナマエは、珍しく悲しげに笑い、その病室を後にした。
このまま、“彼”を生かすべきか? それとも…………?
ナマエには、答えを出せなかった。
ミョウジ診療所では、それからも診察や検査が行われる。
診療所を閉めた後は、地下室での研究を重ねた。
いつか、生きたい者を生かせる手段になると信じて。
ミョウジナマエは、今日もひとりで医術を磨く。
『祭りの熱気に煽られ過ぎてはいけない』
ロッカーのように袖が千切られた隊服の山崎退を見付けて、ナマエは、さっと近付いた。
「山崎さん♡ ずいぶん注射がしやすい服装をしているね♡」
「きゃあァァァァァァァァァ! 誰か、男の人呼んでェェェェェェェェ!」
「はーい♡」と、片手を挙げるナマエ。
「あんた以外だよ!」
「今日は、真選組がうろうろしているねぇ。誰か捜してるのかい?」
「いや、一般人に言えることじゃないんで……」
そう答えたが、ミョウジナマエは、一般人ではなく危険人物である。
「まあでも、一応訊きますけど、かぶき町で見知らぬ娘さんを見ませんでした?」
山崎たちが捜しているのは、家出した、そよ姫だ。
「見てないなぁ」
「そうですか。じゃ、俺はこれで」
「またねぇ♡ 山崎さん♡」
ぶんぶん手を振りながら、ナマエは笑っている。
その後。そよ姫は無事に見付かった。
「お姫様の血液というのも、なかなかレアだよねぇ」
テレビに映る少女を見て、ミョウジナマエは呟く。
◆◆◆
将軍も来るという祭りの当日。
ミョウジナマエは、夕方に診療所を閉めて、夜店を見物していた。
「よう、ナマエ」
「おや、高杉くん。何か用?」
過激派攘夷志士、高杉晋助。彼もナマエとは昔馴染みである。
「また、お前に医者として協力してもらおうと思ってな」
「いいよ」
「即断即決か。相変わらず、てめーは人を生かすことさえ出来ればいいんだな。さすが、白蛇の医鬼だ」
低く笑う高杉。
「だが、こうは思わねーのか? 自分が助けた奴が、もし千人殺したらってな」
「その千人も助ける」
「前提を覆すんじゃねーよ」
「私は、生きたい者を生かすだけだよ。それがたとえ、殺人鬼だとしても」
「そうかい」
高杉は、去って行った。
そしてナマエは、パシリにされている山崎を目にする。
「山崎さーん♡」
「うわッ!? 出たァ!」
「なにしてるの? 警護? 注射してもいい?」
「よくないです! やめてください!」
たこ焼きを買った後も、ナマエは山崎について来た。
「なんでついて来るんですか?! 俺、忙しいんですけど!」
「祭りだから、楽しいことがしたいのさ」
「それ、実験ですよね?! いつもと一緒じゃん!」
「毎回、実験内容は違うよ? 今日は、脳を通常の倍働かせられるけれど、三日くらい寝たきりになる薬」
「毎回、ただの悪夢じゃねーか!」
迫り来る厄災を撒き、山崎は小腹が空いたので、たこ焼きを食べる。
そのせいで、土方にしこたま絞られた。
その後、源外のカラクリたちが起こした騒動での負傷者を、通りすがりの医者、ミョウジナマエは的確に手当てをする。
それから、名乗りもせずに診療所に帰って行った。
『マッドサイエンティストってホラーじゃね?』
真選組の者たちが幽霊により、ばたばたと倒れていく。
土方たちが、自称拝み屋と騒いでる一方で、山崎退はミョウジナマエを押し付けられていた。副長命令である。
倒れた隊士たちをナマエが診ているが、対症療法しか出来ていない。
「山崎さん♡」
不意に、名前を呼ばれる山崎。
「な、なんですか?」
「呼んだだけ♡」
ナマエは、スッと手を伸ばして山崎の手を取った。
「脈が早いね」
「あんたのせいだよ!」
「ははは!」
山崎には、女の幽霊より、目の前のマッドサイエンティストの方が怖い。
よりによって、何故こんな男を呼んだのだろう? ナマエ以外の医者が絶滅でもしたのだろうか。
「ミョウジ先生」
「ナマエ」
「ナマエ先生は、こんなところに来るの嫌じゃないんですか?」
「どうしてだい?」
「だって、しょっちゅう取り調べられてるじゃないですか」
ナマエは、顎に手をやり、少し考えた。
「正直、真選組は好きじゃないよ。私は、法が苦手だから」
「この人、法って言った?」
「法がなければ、もっと実験の幅が広がるからねぇ」
「医者なのに、なんでそんなアウトローなんですか……」
山崎は、冷や汗を流す。
「私はねぇ、鬼なんだそうだよ」
「鬼?」
「母を殺して産まれた、鬼子なのさ」
「…………」
押し黙る山崎。
誰かに、そんな心ないことを言われたことがあるのか。
「親族や近所の者から、ずっと後ろ指を差されてきた。そして、戦場で私は本物の鬼になったんだよ」
「戦場にいたんですか?」
「攘夷戦争に、少しね。そこで私は、“白蛇の医鬼”と呼ばれていた」
白蛇の医鬼のことは、聞いたことがあった。鬼気迫る表情で戦場を渡り歩き、多くの命を救ったという伝説。自らの怪我の治療そっちのけで、他者を治療し続けた男。彼の腕に巻かれ、ゆるんだ包帯は、まるで白蛇のように。
「ナマエ先生が、あの白蛇の医鬼だったんですね……」
山崎は、少しナマエの認識を改めた。
この人は、マッドサイエンティストなだけじゃないのかもしれない、と。
「母親を亡くしたから、医者になったんですね、先生は」
「え? いや、違うよ?」
「違うの?! この流れで?!」
「人の嫌がる顔が好きだから、医者になったんだよ。天職だよね」
「やっぱ、おかしいよこの人!」
一番好みの人の嫌がる顔は、好きな人の嫌がる顔である。
「山崎さん♡ 話を聞いてくれて、ありがとう♡」
「チクショウ! どういたしましてェェ!」
ミョウジナマエの屈折した愛情表現は、誰も幸せにしなかった。本人を除いて。
その後。幽霊の正体見たり枯れ尾花。天人の仕業ということが判明し、ナマエの適切な処置で皆が回復する。
頭がおかしいことに目を瞑れば、いい医者なんだけどな、と山崎退は思った。
『忘れちゃいけない、アイツの髪がストレートだったこと』
坂田銀時が交通事故に遭い、記憶喪失になった。
そして、新八と神楽に連れられ、ミョウジ診療所を訪れる。
「ナマエさん、なんとかなりませんか?」
「銀ちゃん、元に戻してほしいアル」
「うーん。難しいね」
ナマエは、顎に手をやり、思案した。
「あの、僕とこの人は、どういう知り合いなんですか?」
「銀時くんは、私の友人で、実験の被験者だよ。いつもとても役に立ってくれていた」
「被験者じゃなくて、被害者ですよね、それ」と、新八。
「記憶を取り戻す試薬ならあるけれど、どうする? 銀時くん」
ナマエは、透明な液体の入った小瓶を取り出した。
「飲……」
「飲めェェェェェェェェ!」
銀時が返事をする前に、神楽が小瓶を奪い取って無理矢理飲ませる。
「がっ! 苦っ! 苦い!」
「良薬口に苦し、だよ~」
ナマエは、手帳を取り出して記録をつけ出した。
「何か思い出したかい?」
「僕は……ナマエさんと昔からの知り合いだった…………? そんな気がします」
「記録。2分30秒。変化あり」
「昔……君は、僕のことを……危険も省みずに助けに来て、怪我をした…………」
「ああ、懐かしいね」
「ナマエさん、そんな過去があったんですか……」
だから、銀時は彼の友人であり続けているのだろうか?
「ナマエは、銀ちゃんの命の恩人アルか?」
「そんなに大袈裟なものじゃないさ。お互いに貸し借りなんてないよ」
少なくとも、ナマエは、銀時を対等な友人だと思っている。
「銀時くん?」
「頭が、痛い…………」
「頭痛の副作用あり。これ以上は無理そうだね。銀時くん、お大事に」
「……はい」
それから、数日後。
工場で起きた爆発事件の怪我人の手当てに、ナマエも駆り出された。
そして、その現場には。
「奇遇だね、山崎さん♡」
「嫌ァっ!?」
軽傷の山崎退がいた。
「俺は平気なんで! 他の人のとこに行ってください! 頼みますから!」
「重傷者は、大江戸病院に運ばれたから大丈夫だよ」
「なんで、こうなるかなァ!」
嘆く山崎をよそに、ナマエは治療を始めている。
迅速かつ、的確に。両手を器用に動かして傷を手当てする。
「はい、終わり。お大事に」
「はい……ありがとうございます…………」
「何かあってもなくても、ぜひミョウジ診療所へ来てね♡ 歓迎するよ、山崎さん♡」
「結構です!」
ナマエの“歓迎”など、どうせ、ろくでもない。
それは、山崎の考えの通りで、ナマエの愛情表現は屈折しているため、理解出来ないだろう。
私を嫌がる君が好き。
ミョウジナマエの片想いは、自己完結型の厄災である。
『蛙の子は蛙らしいけど、突然変異とかあるじゃん』
ミョウジナマエが診療所で休憩にお茶を飲んでいると、坂田銀時がやって来た。
背中に、瓜二つな赤子を背負っている。
「ナマエ! コイツ、俺の血縁じゃねェよな?!」
「うーん? そっくりだねぇ。もしや、あの時の?」
「違うって! アレはアレだから! ナイナイナイナイ!」
「調べてみてもいいけれど、時間がかかるよ?」
ナマエは、笑顔のまま言った。
「頼む!」
「はーい」
医者は、銀時と赤子の髪を一本抜く。
「じゃ、俺はコイツの親探しに行くわ」
「いってらっしゃい」
ふたりを見送り、ナマエはDNA鑑定を始めた。毛髪を機械に分析させる。
結果が出るまで、しばらく必要なので、ナマエは、例の一番奥の部屋へ向かった。
「お加減いかがですか? 兄上」
意識のないナマエの兄は、何も返さない。
「今日は、私の友人が訪ねて来ましたよ。赤子を連れて。彼の子ではないと思いますけれど」
クスクス笑うナマエ。
「私たちは、似ていませんよね。兄上は、生まれながらの人殺しではありませんから。兄上は、私をお嫌いですから、私などに生かされているのは不服でしょうか?」
男は、兄に語りかけ続ける。
「それでも私は、兄上を死なせたくないのです。私は、医者ですからね」
医者の家に生まれた次男、ミョウジナマエは、父と兄から鬼子として疎まれていた。
そんな境遇もあってか、ナマエは“人を生かす”ことに執着している。
その性質は、彼を、医者としては優秀だが狂気じみた鬼にした。
「……戦争は、まだ終わっておりません。人々は、いつまで争い続けるのでしょう?」
ナマエは、一瞬だけ笑みを消した。
「病や戦争を根絶出来るのなら、兄上はどうしますか? 私は…………」
ナマエは、口をつぐむ。
「ははは! まあ、私は、やりたいようにやりますよ」
そう言い残し、病室を出た。
その後。銀時と赤子には血縁関係がないという結果が出た。
「やっぱりね」
銀時は、橋田屋の後継ぎのごたごたに巻き込まれた後、ナマエの元へ来る。
「血縁じゃないよ」
「だろうな」
「ところで、検査代なんだけれど」
「ツケといてくれ」
「はいはい」
ナマエは、お茶とお菓子を出して、友人と話した。
「私は、生まれてよかったのかなぁ?」
なんてことないように、ナマエは疑問を漏らす。
「あん? よかったに決まってんだろ。お前の両手には、たくさんの命が救われてんだからよ」
「ははは。ありがとう、銀時くん」
出された茶菓子を頬張る友人を見て、ナマエは微笑んだ。
『過去はいつでも背後にある』
ミョウジ診療所に、傷を負った桂小太郎がやって来た。何故か髪が短くなっている。
「ナマエ、治療を頼む」
「はいはい」
診療所を閉めてから、桂に向き合う。
酷い刀傷だ。殺菌消毒し、麻酔を打ってから傷口を縫う。
「桂くんを相手にこんなことが出来る人がいるんだねぇ」
ナマエは、興味深そうに笑っている。
「人斬り似蔵だ。妙な刀を持っていた」
「へぇ、面白い。それ持って来てよ」
「……相変わらずだな、おまえは」
「はははっ! 君もね。侍というのは、どうしてすぐ死んでしまうようなことをするのかなぁ?」
ミョウジナマエには、分からない。
「自分の命よりも守りたいものもあるだろう」
「ダメだよ、そんなの。命より大切なものなんてないよ」
「ナマエ。おまえは医者だから分かるまい」
「私が苦手なものは、法と死に急ぐ人間さ」
「今、法って言った?」
「本人が生きようとしてくれないと、医者にはどうにも出来ない」と、包帯を巻きながらナマエは語った。
「桂くん。どうか、死なないで」
それは、祈りのような言葉。ただ、生きていてほしいという願い。
「……ああ」
「本当は、しばらく安静にしていてほしいんだけどな。行くんでしょう?」
「……世話になった。おれが生きていることは、他言無用だ」
「うん。またね、桂くん」
「またな、ナマエ」
その後。今度は、坂田銀時が人斬りにやられたと聞いた。
志村妙と共に、彼に手当てをする。
「銀さん、目覚めますよね?」
「もちろん。こんなことで死ぬ男じゃないさ」
「ナマエさんは、この人と古い付き合いだと聞きました。昔からこうなんですか?」
「そうだね。変わらないよ」
「そうですか…………」
お妙は、一度目を伏せた。それから、小さな声で尋ねる。
「……あなたも?」
「私? 私は、どうかな。自分ではあまり分からないね」
「いつも、どんな気持ちで戦う人たちを待っていましたか?」
「とても単純なことだよ。生きたい者が生きられるのがいいと、ずっと思っていた」
「根っからのお医者様ですね」
お妙は、微笑んだ。ナマエは、一瞬笑みを消してから、いつも通りに「はははっ!」と笑う。
「では、私は診療所に戻るよ。あとは、よろしく。お妙さん」
「はい。ありがとうございました」
男は、万事屋を出て帰路を行った。
道すがら、自らの過去を思う。
私は、人の命を奪って産まれた者だ。
ミョウジナマエの母は、彼を産んですぐに亡くなっている。
母の命と引き換えに得た、この命。たとえ何人救ったとしても、母は生き返らない。
それでも、ナマエは医者で在り続けるだろう。
『泣きっ面に白蛇』
志村家から出てから、鉄子に言伝てを頼まれた後。
「こんばんは、山崎さん♡」
不意に、銀時の見舞いに来たマッドサイエンティストのミョウジナマエに遭遇する。
「うわァァァァァァァァァ!?」
「なにしてるの?」
「さ、散歩…………」
嘘をつく真選組の監察方、山崎退。
「ご一緒してもいいかい?」
「よくないです!」
「どうして?」
ナマエは、首を傾げた。
「この際だからはっきり言いますけど、俺は、あんたのことが苦手なんですよ!」
「それは知っているけれど」
「あんたとは関わりたくないんです!」
「そっかぁ。私は、好きだよ」
「俺は、モルモットじゃないですからね!」
実験台として好かれていても全く嬉しくない山崎は、叫ぶように言う。
「うん? 山崎さんは、モルモットじゃないよ?」
「へ……?」
予想外のことを言われ、山崎は、ぽかんとした。
あんなに、実験させろと。注射を打たせろと。嫌がらせばかりしているのに?
「山崎さんは、私の————だよ♡」
「……え? 今なんて?」
カラスのうるさい鳴き声にかき消された台詞は、再びナマエの口から出て来ることはなかった。
「じゃあ、またねぇ♡ 山崎さん♡ 今夜は星が綺麗だよ♡」
「…………」
ナマエは、星空を指差してから、志村家へ入って行く。
残された山崎は、夜空を見上げた。
星は、静かに瞬いている。
その後。ナマエは、銀時たちに手土産のドーナツを渡し、お妙に出されたお茶を飲んだ。
「ナマエ先生、この人ったら、すぐに逃げ出そうとするんです」
「筋弛緩剤でも打とうか?」
「そういう薬は、正しく使ってね! 銀さんとの約束!」
銀時は、急いでエンゼルクリームを呑み込み、大声でナマエを威嚇する。
「それじゃあ、私が開発した薬を飲んでもらおうかな」
「なんでだよッ!」
「大丈夫。怪我が治るまで眠り続けるだけだから」
「人間って、寝てる時は無防備なの知ってる!?」
「ははは!」
ナマエは、銀時に揺さぶられながら笑った。
そんな様子を見て、お妙は、「仲が良いんですね」と微笑む。
「まぁね」
「わりと最近気付いたんだけど、コイツ、友人を実験体にするの大好きだからな! 頭おかしいからな!」
苦い顔をして声を荒げる銀時。
「まあ、うふふ」
「全っ然、微笑ましくないからね! 銀さん何度も薬盛られてるから!」
ナマエとの思い出は、彼に合意なく実験体にされた記憶と共にあった。
そんな迷惑千万な男ではあるが、彼に助けられたことがあるのも事実で。
ミョウジナマエと坂田銀時は、名状しがたい複雑な友人関係を築いていた。
きっと、いつまでもこんな風に付き合っていくのだろう。
『ふたりは酔生夢死をゆるせない』
鬼兵隊の根城の一室で、ミョウジナマエと高杉晋助が話している。
「ナマエ」
「なんだい?」
「お前だろう? 桂を助けたのは」
「医者には答えられないなぁ」
ナマエは、表情を変えずに返した。
「そうかい」
高杉は、低く笑い、旧知の男を見る。
波打つ髪の白衣を肩にかけた医者は、己と同じ匂いがした。
いまだに戦の中にいる存在。それが、ふたりの共通点だった。
「お前のことだから、どうせ銀時も診てるんだろうよ」
「…………」
ナマエは黙って、薄く笑みをたたえたままでいる。
「母親を喪い、戦で父親を喪い、兄は目覚めないまま。お前は、何に手を伸ばす?」
「星だよ」
「星、ねえ」
「私は、自分の夢のために生きている。それは、昔から変わらないよ」
男は、両腕を空に届かせようと伸ばした。当然、その腕は星に触れるには短過ぎる。
着物の袖が下がり、ナマエの右腕の古い傷痕を晒した。酷い火傷の痕のように見える。
それは、天人の兵器に負わされたもの。その傷に巻いた包帯が、後の白蛇の所以である。
「お前の大層な夢が叶うか、俺が破壊の限りを尽くして終わるか。最後に立ってるのは、どっちの鬼だろうな」
「ははは! どちらも立っていたらいいじゃないか」
「ふん。まあ、お前はそう言うか。今日は、ご苦労だったな、ナマエ」
「私は、医者として当然のことをしただけさ」
「……そうだな」
なんの躊躇いもなく、ナマエは、過激派の攘夷集団へも手を差し伸べていた。全ての命は、平等に。老いも若きも、聖人も悪人も、彼には関係ない。ナマエの瞳には、ただ救うべき命だけが映っている。
「さて。私は、そろそろ帰るよ。次は、健康診断で会おう」
「ああ。またな、ナマエ」
高杉は、ナマエを隊員に見送らせ、ひとりで思考を巡らせた。
ミョウジナマエは、とても正気ではない。彼の倫理は、常人には理解出来ない。
命を救うためならば、あの男は何でもするだろうし、実際にそうして生きている。
そこに善意はなく、悪意もない。
ナマエが持つ悪性は、人に嫌がらせをする時にだけ発現した。
その趣味の嫌がらせすらも、医療のための研鑽にしている男。
あれが、鬼でなくて、何だというのだろうか?
ミョウジナマエという鬼は、代々医者の家系に生まれ落ちた傑物だった。
彼の生は、何を得て、時代に何を残すのだろうか?
高杉晋助は、ナマエの狂気の行く末を考え、ふたりの鬼が共に並ぶことはないと結論を出した。
攘夷戦争で出会ったふたりは、違う夢を見ている。
高杉の考えをよそに、ミョウジナマエは、当然のように旧友たち全員の命を救うつもりでいた。
その願いだけ見れば、美しい色彩で。ナマエの理想は、途方もない高みにあった。
『降り積もる雪では隠せないもの』
第一回チキチキかぶき町雪祭り開催。
ミョウジナマエは、診療所の代表として雪像を作っている。
「よう、オメーも来てたのか」
「やあ、銀時くん」
「ってオイ! なにその邪神像!? 悪魔崇拝!?」
「やだなぁ、ヒュギエイアの杯だよ」
ヒュギエイアの杯とは、ギリシャ神話のアスクレピオスの娘が持つ蛇が巻き付いた杯で、アスクレピオスの杖と並び医療・医術の象徴であるが、ナマエが作ったそれは禍々しい。
「ナマエ、こんなんガキが見たら泣くぞ」
「それはいいね」
医者は、ニコリと笑う。
「俺ァ、ガキ泣かすのは、どうかと思うよ! お前、ほんっと昔から人の嫌がる顔が好きな!」
「いやぁ、ははは!」
「褒めてないからね! 微塵も褒めてないから!」
それから銀時が去り、[#da=2#]が作った雪像は、多くの人々を怖がらせた。
もちろん、泣き出す子供もいる。[#da=2#]は、その様子を子供の目線に合わせてしゃがんで見ていた。
「うわぁ~ん!」
「ははは! 元気だねぇ」
そうこうしているうちに保護者がやって来て、早足で子供の手を引いて逃げて行く。
「うん。かなり爪痕は残せたかな」
爪痕どころか、トラウマものである。
その後。何故か、祭りは雪合戦場と化し、[#da=2#]も嬉々として雪玉を投げた。
雪を丸めてから薬を注入し、向かって来る敵の顔面にヒットさせる[#da=2#]。
[#da=2#]の雪玉を食らった者たちは、次々と倒れていく。
[#da=1#]診療所のスペース周りは、死屍累々といった様相になっていた。
「なんですかコレェ?! 戦場?!」
そして。とうとう真選組が出動することになり、山崎退は[#da=1#][#da=2#]が起こした惨劇を目の当たりにした。
「山崎さん♡」
「あんた、今度は何をしたの?!」
「雪合戦だよ。こういうのは本気でやらなきゃ、つまらないでしょう?」
「いや、マジもんの合戦になってるじゃないですか!」
山崎が青ざめているのを見て、[#da=2#]は嬉しそうに笑い、頬を紅潮させている。
「えーと、不本意なんですけど、一緒に来てください……」
「はーい♡」
屯所まで連れて行かれて、[#da=2#]は取り調べを受けた。
「雪玉に細工してますよね?」
「小細工は無用だよ」
「大細工ならいいってもんじゃないんですよ……」
結局、雪から証拠となる物質は見付からず、またもマッドサイエンティストは野放しとなる。
「またね♡ 山崎さん♡」
「……少しは大人しくしててください」
上機嫌で手を振る[#da=2#]を、何かしでかさないように見送り、山崎は溜め息をついた。
それにしても。
「なんで、よりによってあの人を見付けちゃうかなァ……」
偶然、[#da=1#][#da=2#]を調べることになってしまい、山崎は疲弊している。
最近は、彼との間に、ある種の因縁めいたものを感じていた。
それは、[#da=1#][#da=2#]が山崎退の首に巻き付けた包帯かもしれない。
「上手くいったぞ! 私は天才だ!」
というワケで、町医者の皮を被ったマッドサイエンティストは、近所のモルモットで実験をしようと思い立つ。
ナマエが向かったのは、万事屋銀ちゃんである。
「銀時く~ん! 遊びに来たよ! ケーキもあるよ!」
「ナマエくん、ようこそいらっしゃいましたァ!」
「お邪魔します」
スッと戸を開き、坂田銀時はナマエを招き入れた。
「はい、苺のショートケーキ」
「ありがとうございますッ!」
しれっと上座に座り、ケーキがふたつ入った箱を銀時に渡す。
「銀時くん、お茶」
「はいッ!」
銀時に緑茶を淹れさせ、湯飲みから茶を啜った。
「ケーキ、遠慮なくどうぞ」
「いただきますッ!」
銀時は、あっという間にショートケーキを平らげる。
「美味しいかい?」
「うめェ…………」
「それは、よかった。私の分もあげるよ」
「ありがとうございますッ!」
ケーキをふたつ食べた銀時は、数分後に意識を失って倒れた。
「記録、3分30秒っと」
ナマエは、手帳にメモをする。
片方のケーキには、意識を昏倒させる薬が入っていたのだ。銀時が普通のケーキを選んだから、ナマエは自分の分を譲ったのである。
「さて。ジャンプでも読んで待つか」
ナマエは、銀時のジャンプを持ち、勝手に読み始めた。
その後。
「……はッ!?」
「記録、3時間20秒。おはよう、銀時くん」
昏倒してから目覚めるまでにかかった時間をメモするナマエ。
「てめェェェェェェェ! また何か盛りやがったな?!」
「うん。悪夢を見る薬」
銀時に襟首を掴まれながら、さらりと答えた。
「今ここで俺が見た悪夢を現実にしてやろうか?! クソッ! ふたつあったから油断したッ!」
頭を抱えて後悔する銀時。
「悪夢の内容を詳しく教えてくれ。メモするから」
「鬼! 悪魔! マッドサイエンティスト!」
「鬼と悪魔とマッドサイエンティストが出て来たのかい? 賑やかな悪夢だねぇ」
「今でぇぇぇす! この現実こそが悪夢だよッ!」
ナマエの肩を掴み、力いっぱい揺さぶるが、マッドサイエンティストは、「ははは!」とにこやかに笑っている。
実はミョウジナマエは、好感を持った相手に嫌がらせをするのが趣味なのだが、坂田銀時は、そんなことは知らない。
「そろそろ、お暇しようかな。またね、銀時くん」
「二度と来るな! お洒落パーマ野郎ッ!」
ナマエは、へらへら笑いながら診療所へ帰って行った。
彼にとって、銀時はモルモットとして最適な成人男性であり、友人でもある。
それは、銀時からすれば、不幸よりの事実であった。
『この世には針刺さるのを見る派と見ない派がいる』
「銀時く~ん。遊びに来たよぉ」
「こんにちは。銀さんの友達ですか?」
「おや」
ある日、ナマエが万事屋へ行くと、そこには見知らぬ眼鏡の少年がいた。
「私は、ミョウジナマエ。銀時くんとは、古い付き合いさ。君は?」
「志村新八です。ここで働いてます」
「そうかい、そうかい。せっかくこうして知り合えたワケだし、とりあえず採血させてもらってもいいかな?」
「とりあえず採血ってなに!?」
新八が当然のツッコミをする。
「アルコールは平気かな? 血が止まりにくかったりしない?」
「人の話聞いてます?! なんで着々と採血の準備してるんですか?!」
「医者だからだよ」
「銀さん! 銀さァん! 医者を名乗る不審者が!」
ナマエが注射器を取り出したところで、奥から銀時があくびをしながら出て来た。
「なんだよ、うるせぇな……」
「銀さん! この人なんなんですか?!」
「やぁ、銀時くん」
ナマエは、笑顔で空いている手を振る。
「んだよ、ナマエじゃねーか。コイツは、ただのマッドサイエンティストだよ」
「マッドサイエンティストに“ただの”ってつけることなくない!?」
「仕方ねェだろ、そうなんだから。な、ナマエ」
銀時に話を振られた男は、「私は、しがない町医者さ」と爽やかに言い、新八の腕に注射器の針を刺した。
「ほらな、イカれてやがる」
「いつの間にか僕の血が採られてるんですけどォォォォォォォォォォォォォ!?」
「コイツ、人の血をコレクションするのが趣味なんだよ」
「悪趣味にもほどがあるでしょうが!」
「採血終わったよ。はい、指でぎゅっと押さえてねぇ」
小さな絆創膏を貼り、新八に指を添えさせるナマエ。
「怖いよ、この人! 本当に医者なんですか?!」
「俺が知らねェうちに医師免許剥奪されてなきゃな」
「されてないよ」と、ナマエが答えた。
「それはそれで最悪だよ!」
「ちなみにコイツは、お洒落パーマだ。昔はストレートだったんだよ。腹立つわァ」
「んなことはどうでもいいよ! 血ィ抜かれてんだよ、こっちは!」
「記録、志村新八。眼鏡。ツッコミ気質」
「それメモする必要あります?!」
「いやぁ、活きのいいモルモット……少年だ。素晴らしい……!」
「今、モルモットって言いましたよね?!」
新八がナマエの肩を揺する。
「ははは! 今後とも、モルモット兼友人としてよろしくね」
「嫌ですけどォ!」
「俺だって、ずっとナマエのモルモット兼友人やってんだよ。お前も観念しろ、新八」
「アンタは、なんでそれを受け入れてんだよ!」
今度は、銀時の肩を揺すり始める新八。
ミョウジナマエのマッド過ぎる歓迎を受け、志村新八は、こんなところにいていいのかと、また悩むことになった。
◆◆◆
「銀時く~ん。依頼しに来たよ」
ナマエが勝手に戸を開けて中に入る。
「まだ寝てるのぉ?」
ずかずかと奥へ進むと、押し入れから見知らぬ少女が目をこすりながら出て来た。
「誰アルか?」
「ミョウジナマエ。銀時くんの友達だよ。依頼しに来たんだ」
「銀ちゃん! 客アル!」
「ああ……?」
銀時が、寝室からやって来る。
「おはよう、銀時くん」
「ナマエか。ったく朝から嫌なもん見たぜ」
「こちらのお嬢さんは?」
「新しいバイトだ」
観察するように少女を見つめるナマエ。
「神楽アル。出稼ぎに来たアルよ」
「そうなんだ。よろしくね、神楽ちゃん。採血してもいいかな?」
「銀ちゃん、コイツ変態アルか?」
「マッドサイエンティストだ」
「私は、しがない町医者さ」
ナマエは、注射器を取り出して笑う。
「さあ、腕を出して」
「嫌アル。指へし折られたいアルか?」
「それは困るな。じゃあ、このお土産を君に全部あげるから、どう?」
ナマエは、左手で紙袋を渡した。
神楽が中を覗くと、お高い羊羹の箱が入っているのが見える。
そして、「仕方ないアルなァ」と、白い腕を差し出した。
「ありがとう、神楽ちゃん」
「ちょっと待て。銀さんへのお土産は?」
「もうないよ」
「ふざけんなよッ! なんで居候に土産全取りされなきゃなんねェんだよ!」
採血中のナマエに掴みかかりそうになる銀時。
「まあまあ。また今度、甘いもの持って来てあげるからさ」
「ケーキな! いいか、ホールケーキだぞ!」
「了解~。はい、採血終わり。絆創膏、上から押さえててね」
道具と血液をしまい、ナマエは「さて」と言った。
「本題なんだけど、万事屋に依頼がある。私の診療所に化物がいるから、倒してほしい」
「なんて?」
「診療所にいる化物を倒してほしい」
「てめー、とうとうバケモン造ったのか?!」
「いやぁ、ははは!」
「ははは、じゃねェ!」
銀時に襟首を掴まれるが、ナマエは相変わらず笑っている。
「銀ちゃん、この羊羹美味いアル」
「お前は、話を聞け!」
なんやかんやで、後から来た新八も連れて、万事屋たちはミョウジ診療所へ向かうことになった。
「ここがマッドサイエンティストの研究所アルか」
「診療所だよぉ」
「半分くらい嘘ですよね、それ」
「コイツ、倫理観を母ちゃんの腹の中に忘れて来てるからな」
「なんで医者になれてんですか? そんな人が」
ナマエの話によると、入ったらすぐの所に化物はいるらしい。
三人が入ると、3mくらいある緑色のゲル状の何かが蠢いていた。
「スライムじゃねェか!」と新八が叫ぶ。
「ゼリーの怨霊アルか?」
「もっとドラクエみてェな可愛げのあるやつにしろや!」
「じゃ、あとはよろしくねぇ」と言い、ナマエは外に出て扉を閉めた。
「さっさとぶちのめすぞ!」
「はい!」
「分かったアル!」
その後。スライム(?)と戦闘になったのだが、物理攻撃が効かなかったり、新八が丸呑みにされたりしたが、神楽が核らしきものを破壊してなんとか倒した。
「お、終わったぞ……」と、粘液でべとべとになった銀時が報告する。
「お疲れ様~。三人とも、ありがとうね」
「もう二度とバケモン造るな!」
「それは約束出来ないなぁ」
ミョウジナマエは、へらへらと笑った。
やはり、マッドサイエンティストである。
銀時は報酬金を受け取り、その額を見て黙るしかなかった。
『好きな子をいじめると当たり前に嫌われる』
かぶき町、ミョウジ診療所内にて。
「真選組だァ!」
鬼の副長、土方十四郎が吠えた。
「ミョウジナマエ、違法薬物所持容疑で令状が出てる」
「またぁ?」
ナマエは、やれやれと肩をすくめる。
「俺らだって嫌なんだよ。そうだろ、山崎?」
「はは……」
山崎退は、青い顔で曖昧に笑った。
「山崎さん♡」
「ひぃっ!?」
ナマエに詰め寄られた山崎は、情けない声を上げ、逃げ腰になる。
しかし、ナマエに腕を掴まれて逃げられない。そもそも、家宅捜索の仕事を放り出すワケにもいかない。
「また君と遊びたいなぁ。この後、暇?」
「暇じゃないです! 全っ然暇じゃないです!」
歳下の上に危険人物リストに名前を連ねているナマエに、敬語で必死に答える山崎。
「山崎、ソイツを見張ってろ」
「えっ!?」
怯える山崎に無慈悲な命令が下った。
「山崎さん♡ 私と一緒にいてくれるんだね♡」
「副長命令なんで……!」
山崎には、何故ミョウジナマエがこんなに自分に嫌がらせをしてくるのか分からない。
ナマエは、山崎の嫌がる顔が好きで、怖がる様が好きで、彼のことを気に入っていた。山崎にとっては、最悪な事実である。
山崎は、ナマエの診療所に潜入したことがあるのだが、気付いた時には意識を失い、診察台の上に拘束されていたという過去があった。それから、山崎の頭には、ミョウジナマエという厄災が刻み込まれている。
頼むから、早く捕縛されてくれ!
山崎の願いも虚しく、ミョウジ診療所からは何も出て来なかった。
「撤収するぞ」
「はい……!」
「山崎さん♡ また来てねぇ♡」
ナマエは、足早に去って行く山崎に手を振る。
「さて」
肩にかけた白衣を翻し、診療所の隅へ向かう。
「ミョウジナマエは、生きている。浅き夢見じ、酔いもせず」
真選組の者たちがいなくなってから、ナマエは合言葉入力と声紋認証をしなくては入れない地下室へ降りた。
違法な物品は、全てここにしまってある。
診療所の床にある隠し戸には継ぎ目すらないため、“ある”ことを知らなければ見付けられないだろう。
ナマエは、今日も嫌がらせのための薬品作りに余念がない。
現在、彼が作ろうとしているのは、内心を暴露してしまう薬である。つまり、自白剤のようなもの。
完成したら、万事屋銀ちゃんに持って行くつもりだ。
「銀時くん、どんな顔をするかなぁ」
ミョウジナマエは、ニヤリと笑う。
傍迷惑なマッドサイエンティストは、今日も絶好調であった。
◆◆◆
攘夷戦争の頃に、戦場で負傷者の救護と治療をしていた彼。
自分の怪我に巻いていた包帯がゆるみ、白蛇のようになびいていたことから、そう呼ばれるようになった。
多くを助けた、伝説的な医者。
しかし現在では、彼の消息は不明である。
戦場で負った傷で亡くなったとか、故郷へ戻り医者を続けているとか、様々な噂があった。
実際のところ、白蛇の医鬼ことミョウジナマエは、かぶき町で町医者として生きている。
彼が白蛇の医鬼であることを知る者は少ない。
山崎退もまた、そんな事実は知らなかった。
「山崎さん♡ 私と遊ぼう♡」
「勘弁してください! 勘弁してください!」
非番で、そこらを散歩していた山崎を捕まえ、ナマエは実験をしたがっている。もちろん、山崎は全力で嫌がっていた。
「ちょっと注射するだけだから」
「なんで注射器持ち歩いてんのォ!?」
ツッコミをする山崎。
「医者だからだよ」
「マッドサイエンティストだからでしょ!」
「私は正気だよ♡」
「この人、タチが悪いよ!」
ふたりが攻防を繰り広げていると、そこにふらりと男がやって来た。
「ギャーギャーうるせぇなぁ。痴話喧嘩ですか、コノヤロー」
「旦那ァ! 助けてくださいよ!」と、坂田銀時に助けを求める山崎。
「ナマエ。お前、そんなんじゃ絶対に成就しないけど、いいのか?」
「そんなのは別にいいんだよ、銀時くん。私は、今のままで充分楽しいからねぇ」
「だとよ、山崎」
耳の穴に小指を突っ込みながら、銀時は言った。
「何が?!」
「ナマエに気に入られちまったら、もう仕舞いってこった。ご愁傷様でーす」
「そんな!?」
銀時は、残酷なことを告げて去る。
「隙あり!」
ナマエが、山崎の首筋に注射器を刺し、何かを注入した。
「ぎゃーッ!? 何を打ったの?! 毒?!」
「では、記録を取らせてもらおう」
ナマエは、手帳を取り出し、日付と現時刻を記入する。
「どうかな? 体調の変化は?」
「あれ? なんか気分がよくなってきました…………」
「記録、1分15秒。なるほどね。他には?」
「目の疲れがなくなってる……?」
「ふむふむ」
ナマエは、記録を続けた。
「あの、ナマエさん、何を打ったんですか?」
「疲労回復剤」
手帳から顔を上げ、山崎を見つめるナマエ。
「それなら、そう言ってくださいよ!」
「そんなことしたら、つまらないだろう? 君の嫌がる顔が見られないと」
「早く医師免許剥奪されてください……」
「ははは! 私が医師でなくなったら、世界の損失だよ」と、悪魔のように男は笑った。
「名残惜しいけれど、そろそろ仕事に戻るかなぁ。また遊ぼうね♡ 山崎さん♡」
「嫌だァァァァァァァ!」
ひらりと、白衣をなびかせ、ミョウジナマエは去って行く。
残された山崎退は、さめざめと泣いた。
『薬は飲んでも飲まれるな』
転生郷という麻薬が出回っているので、ミョウジナマエはそれを入手した。
独自に研究を重ね、効力を薄めたそれは、麻酔として使えるようになる。
そんな折、坂田銀時たちが診療所へやって来た。
「ナマエ!」
「はーい。どうしたの? 銀時くん」
肩にかけた白衣をなびかせ、医者は地下室から表に出る。
「新八と神楽が、ヤクを盛られた。診てやってくれ」
「了解。ブツはあるかい?」
「これだ」
転生郷だった。それなら、すぐに中和剤を打てる。
「興味深いね。新八くん、神楽ちゃん、そこにかけて。注射するから」
「はい」
「コイツ、ちゃんと治療出来るアルか?」と、神楽がナマエを睨んだ。
「心配いらねェよ。ナマエは昔、“白蛇の医鬼”つって、生きたい奴をどんな手を使ってでも生かしてきた鬼なんだからよ」
「鬼、ですか……」
注射器を用意しているナマエを見ながら、とても鬼には見えないと思うふたり。ただの優男に見える。中身は、マッドサイエンティストだが。
「お待たせ。じゃあ、打つね」
そう言うや否や、ふたりに同時に注射をした。精確に。的確に。
「はい、終わり。絆創膏貼っておくね」
またも、ふたり同時に絆創膏を貼られる。
「器用なんですね」
「まあねぇ。戦場では、スピードが必要だったから」
「戦場にいたんですか?」
「うん。少しね。あ、銀時くんの怪我も診るから。そこに座って」
「俺ァ、いいよ」
「よくない。座れ」
「はい……」
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、確かに鬼のような空気をまとうナマエ。
銀時の傷を消毒し、手当てをしていった。
「はい。終わり。ちゃんと死ぬ前に来て偉いね」
「はは……」
新八は、乾いた笑いを漏らす。
その後。ナマエは、万事屋の三人を見送り、診療所に数人いる入院患者の回診をした。
そして、最後に一番奥の病室を訪れる。
「今日も、目覚めてはくれませんか?」
寝台の上にいる、多くの管に繋がれた人物に話しかけた。
「私を恨んでおいでですか?」
患者には、意識がない。
吊るされた点滴を替え、体を拭いて、床ずれを予防する。
「また明日来ます。おやすみなさい」
ミョウジナマエは、珍しく悲しげに笑い、その病室を後にした。
このまま、“彼”を生かすべきか? それとも…………?
ナマエには、答えを出せなかった。
ミョウジ診療所では、それからも診察や検査が行われる。
診療所を閉めた後は、地下室での研究を重ねた。
いつか、生きたい者を生かせる手段になると信じて。
ミョウジナマエは、今日もひとりで医術を磨く。
『祭りの熱気に煽られ過ぎてはいけない』
ロッカーのように袖が千切られた隊服の山崎退を見付けて、ナマエは、さっと近付いた。
「山崎さん♡ ずいぶん注射がしやすい服装をしているね♡」
「きゃあァァァァァァァァァ! 誰か、男の人呼んでェェェェェェェェ!」
「はーい♡」と、片手を挙げるナマエ。
「あんた以外だよ!」
「今日は、真選組がうろうろしているねぇ。誰か捜してるのかい?」
「いや、一般人に言えることじゃないんで……」
そう答えたが、ミョウジナマエは、一般人ではなく危険人物である。
「まあでも、一応訊きますけど、かぶき町で見知らぬ娘さんを見ませんでした?」
山崎たちが捜しているのは、家出した、そよ姫だ。
「見てないなぁ」
「そうですか。じゃ、俺はこれで」
「またねぇ♡ 山崎さん♡」
ぶんぶん手を振りながら、ナマエは笑っている。
その後。そよ姫は無事に見付かった。
「お姫様の血液というのも、なかなかレアだよねぇ」
テレビに映る少女を見て、ミョウジナマエは呟く。
◆◆◆
将軍も来るという祭りの当日。
ミョウジナマエは、夕方に診療所を閉めて、夜店を見物していた。
「よう、ナマエ」
「おや、高杉くん。何か用?」
過激派攘夷志士、高杉晋助。彼もナマエとは昔馴染みである。
「また、お前に医者として協力してもらおうと思ってな」
「いいよ」
「即断即決か。相変わらず、てめーは人を生かすことさえ出来ればいいんだな。さすが、白蛇の医鬼だ」
低く笑う高杉。
「だが、こうは思わねーのか? 自分が助けた奴が、もし千人殺したらってな」
「その千人も助ける」
「前提を覆すんじゃねーよ」
「私は、生きたい者を生かすだけだよ。それがたとえ、殺人鬼だとしても」
「そうかい」
高杉は、去って行った。
そしてナマエは、パシリにされている山崎を目にする。
「山崎さーん♡」
「うわッ!? 出たァ!」
「なにしてるの? 警護? 注射してもいい?」
「よくないです! やめてください!」
たこ焼きを買った後も、ナマエは山崎について来た。
「なんでついて来るんですか?! 俺、忙しいんですけど!」
「祭りだから、楽しいことがしたいのさ」
「それ、実験ですよね?! いつもと一緒じゃん!」
「毎回、実験内容は違うよ? 今日は、脳を通常の倍働かせられるけれど、三日くらい寝たきりになる薬」
「毎回、ただの悪夢じゃねーか!」
迫り来る厄災を撒き、山崎は小腹が空いたので、たこ焼きを食べる。
そのせいで、土方にしこたま絞られた。
その後、源外のカラクリたちが起こした騒動での負傷者を、通りすがりの医者、ミョウジナマエは的確に手当てをする。
それから、名乗りもせずに診療所に帰って行った。
『マッドサイエンティストってホラーじゃね?』
真選組の者たちが幽霊により、ばたばたと倒れていく。
土方たちが、自称拝み屋と騒いでる一方で、山崎退はミョウジナマエを押し付けられていた。副長命令である。
倒れた隊士たちをナマエが診ているが、対症療法しか出来ていない。
「山崎さん♡」
不意に、名前を呼ばれる山崎。
「な、なんですか?」
「呼んだだけ♡」
ナマエは、スッと手を伸ばして山崎の手を取った。
「脈が早いね」
「あんたのせいだよ!」
「ははは!」
山崎には、女の幽霊より、目の前のマッドサイエンティストの方が怖い。
よりによって、何故こんな男を呼んだのだろう? ナマエ以外の医者が絶滅でもしたのだろうか。
「ミョウジ先生」
「ナマエ」
「ナマエ先生は、こんなところに来るの嫌じゃないんですか?」
「どうしてだい?」
「だって、しょっちゅう取り調べられてるじゃないですか」
ナマエは、顎に手をやり、少し考えた。
「正直、真選組は好きじゃないよ。私は、法が苦手だから」
「この人、法って言った?」
「法がなければ、もっと実験の幅が広がるからねぇ」
「医者なのに、なんでそんなアウトローなんですか……」
山崎は、冷や汗を流す。
「私はねぇ、鬼なんだそうだよ」
「鬼?」
「母を殺して産まれた、鬼子なのさ」
「…………」
押し黙る山崎。
誰かに、そんな心ないことを言われたことがあるのか。
「親族や近所の者から、ずっと後ろ指を差されてきた。そして、戦場で私は本物の鬼になったんだよ」
「戦場にいたんですか?」
「攘夷戦争に、少しね。そこで私は、“白蛇の医鬼”と呼ばれていた」
白蛇の医鬼のことは、聞いたことがあった。鬼気迫る表情で戦場を渡り歩き、多くの命を救ったという伝説。自らの怪我の治療そっちのけで、他者を治療し続けた男。彼の腕に巻かれ、ゆるんだ包帯は、まるで白蛇のように。
「ナマエ先生が、あの白蛇の医鬼だったんですね……」
山崎は、少しナマエの認識を改めた。
この人は、マッドサイエンティストなだけじゃないのかもしれない、と。
「母親を亡くしたから、医者になったんですね、先生は」
「え? いや、違うよ?」
「違うの?! この流れで?!」
「人の嫌がる顔が好きだから、医者になったんだよ。天職だよね」
「やっぱ、おかしいよこの人!」
一番好みの人の嫌がる顔は、好きな人の嫌がる顔である。
「山崎さん♡ 話を聞いてくれて、ありがとう♡」
「チクショウ! どういたしましてェェ!」
ミョウジナマエの屈折した愛情表現は、誰も幸せにしなかった。本人を除いて。
その後。幽霊の正体見たり枯れ尾花。天人の仕業ということが判明し、ナマエの適切な処置で皆が回復する。
頭がおかしいことに目を瞑れば、いい医者なんだけどな、と山崎退は思った。
『忘れちゃいけない、アイツの髪がストレートだったこと』
坂田銀時が交通事故に遭い、記憶喪失になった。
そして、新八と神楽に連れられ、ミョウジ診療所を訪れる。
「ナマエさん、なんとかなりませんか?」
「銀ちゃん、元に戻してほしいアル」
「うーん。難しいね」
ナマエは、顎に手をやり、思案した。
「あの、僕とこの人は、どういう知り合いなんですか?」
「銀時くんは、私の友人で、実験の被験者だよ。いつもとても役に立ってくれていた」
「被験者じゃなくて、被害者ですよね、それ」と、新八。
「記憶を取り戻す試薬ならあるけれど、どうする? 銀時くん」
ナマエは、透明な液体の入った小瓶を取り出した。
「飲……」
「飲めェェェェェェェェ!」
銀時が返事をする前に、神楽が小瓶を奪い取って無理矢理飲ませる。
「がっ! 苦っ! 苦い!」
「良薬口に苦し、だよ~」
ナマエは、手帳を取り出して記録をつけ出した。
「何か思い出したかい?」
「僕は……ナマエさんと昔からの知り合いだった…………? そんな気がします」
「記録。2分30秒。変化あり」
「昔……君は、僕のことを……危険も省みずに助けに来て、怪我をした…………」
「ああ、懐かしいね」
「ナマエさん、そんな過去があったんですか……」
だから、銀時は彼の友人であり続けているのだろうか?
「ナマエは、銀ちゃんの命の恩人アルか?」
「そんなに大袈裟なものじゃないさ。お互いに貸し借りなんてないよ」
少なくとも、ナマエは、銀時を対等な友人だと思っている。
「銀時くん?」
「頭が、痛い…………」
「頭痛の副作用あり。これ以上は無理そうだね。銀時くん、お大事に」
「……はい」
それから、数日後。
工場で起きた爆発事件の怪我人の手当てに、ナマエも駆り出された。
そして、その現場には。
「奇遇だね、山崎さん♡」
「嫌ァっ!?」
軽傷の山崎退がいた。
「俺は平気なんで! 他の人のとこに行ってください! 頼みますから!」
「重傷者は、大江戸病院に運ばれたから大丈夫だよ」
「なんで、こうなるかなァ!」
嘆く山崎をよそに、ナマエは治療を始めている。
迅速かつ、的確に。両手を器用に動かして傷を手当てする。
「はい、終わり。お大事に」
「はい……ありがとうございます…………」
「何かあってもなくても、ぜひミョウジ診療所へ来てね♡ 歓迎するよ、山崎さん♡」
「結構です!」
ナマエの“歓迎”など、どうせ、ろくでもない。
それは、山崎の考えの通りで、ナマエの愛情表現は屈折しているため、理解出来ないだろう。
私を嫌がる君が好き。
ミョウジナマエの片想いは、自己完結型の厄災である。
『蛙の子は蛙らしいけど、突然変異とかあるじゃん』
ミョウジナマエが診療所で休憩にお茶を飲んでいると、坂田銀時がやって来た。
背中に、瓜二つな赤子を背負っている。
「ナマエ! コイツ、俺の血縁じゃねェよな?!」
「うーん? そっくりだねぇ。もしや、あの時の?」
「違うって! アレはアレだから! ナイナイナイナイ!」
「調べてみてもいいけれど、時間がかかるよ?」
ナマエは、笑顔のまま言った。
「頼む!」
「はーい」
医者は、銀時と赤子の髪を一本抜く。
「じゃ、俺はコイツの親探しに行くわ」
「いってらっしゃい」
ふたりを見送り、ナマエはDNA鑑定を始めた。毛髪を機械に分析させる。
結果が出るまで、しばらく必要なので、ナマエは、例の一番奥の部屋へ向かった。
「お加減いかがですか? 兄上」
意識のないナマエの兄は、何も返さない。
「今日は、私の友人が訪ねて来ましたよ。赤子を連れて。彼の子ではないと思いますけれど」
クスクス笑うナマエ。
「私たちは、似ていませんよね。兄上は、生まれながらの人殺しではありませんから。兄上は、私をお嫌いですから、私などに生かされているのは不服でしょうか?」
男は、兄に語りかけ続ける。
「それでも私は、兄上を死なせたくないのです。私は、医者ですからね」
医者の家に生まれた次男、ミョウジナマエは、父と兄から鬼子として疎まれていた。
そんな境遇もあってか、ナマエは“人を生かす”ことに執着している。
その性質は、彼を、医者としては優秀だが狂気じみた鬼にした。
「……戦争は、まだ終わっておりません。人々は、いつまで争い続けるのでしょう?」
ナマエは、一瞬だけ笑みを消した。
「病や戦争を根絶出来るのなら、兄上はどうしますか? 私は…………」
ナマエは、口をつぐむ。
「ははは! まあ、私は、やりたいようにやりますよ」
そう言い残し、病室を出た。
その後。銀時と赤子には血縁関係がないという結果が出た。
「やっぱりね」
銀時は、橋田屋の後継ぎのごたごたに巻き込まれた後、ナマエの元へ来る。
「血縁じゃないよ」
「だろうな」
「ところで、検査代なんだけれど」
「ツケといてくれ」
「はいはい」
ナマエは、お茶とお菓子を出して、友人と話した。
「私は、生まれてよかったのかなぁ?」
なんてことないように、ナマエは疑問を漏らす。
「あん? よかったに決まってんだろ。お前の両手には、たくさんの命が救われてんだからよ」
「ははは。ありがとう、銀時くん」
出された茶菓子を頬張る友人を見て、ナマエは微笑んだ。
『過去はいつでも背後にある』
ミョウジ診療所に、傷を負った桂小太郎がやって来た。何故か髪が短くなっている。
「ナマエ、治療を頼む」
「はいはい」
診療所を閉めてから、桂に向き合う。
酷い刀傷だ。殺菌消毒し、麻酔を打ってから傷口を縫う。
「桂くんを相手にこんなことが出来る人がいるんだねぇ」
ナマエは、興味深そうに笑っている。
「人斬り似蔵だ。妙な刀を持っていた」
「へぇ、面白い。それ持って来てよ」
「……相変わらずだな、おまえは」
「はははっ! 君もね。侍というのは、どうしてすぐ死んでしまうようなことをするのかなぁ?」
ミョウジナマエには、分からない。
「自分の命よりも守りたいものもあるだろう」
「ダメだよ、そんなの。命より大切なものなんてないよ」
「ナマエ。おまえは医者だから分かるまい」
「私が苦手なものは、法と死に急ぐ人間さ」
「今、法って言った?」
「本人が生きようとしてくれないと、医者にはどうにも出来ない」と、包帯を巻きながらナマエは語った。
「桂くん。どうか、死なないで」
それは、祈りのような言葉。ただ、生きていてほしいという願い。
「……ああ」
「本当は、しばらく安静にしていてほしいんだけどな。行くんでしょう?」
「……世話になった。おれが生きていることは、他言無用だ」
「うん。またね、桂くん」
「またな、ナマエ」
その後。今度は、坂田銀時が人斬りにやられたと聞いた。
志村妙と共に、彼に手当てをする。
「銀さん、目覚めますよね?」
「もちろん。こんなことで死ぬ男じゃないさ」
「ナマエさんは、この人と古い付き合いだと聞きました。昔からこうなんですか?」
「そうだね。変わらないよ」
「そうですか…………」
お妙は、一度目を伏せた。それから、小さな声で尋ねる。
「……あなたも?」
「私? 私は、どうかな。自分ではあまり分からないね」
「いつも、どんな気持ちで戦う人たちを待っていましたか?」
「とても単純なことだよ。生きたい者が生きられるのがいいと、ずっと思っていた」
「根っからのお医者様ですね」
お妙は、微笑んだ。ナマエは、一瞬笑みを消してから、いつも通りに「はははっ!」と笑う。
「では、私は診療所に戻るよ。あとは、よろしく。お妙さん」
「はい。ありがとうございました」
男は、万事屋を出て帰路を行った。
道すがら、自らの過去を思う。
私は、人の命を奪って産まれた者だ。
ミョウジナマエの母は、彼を産んですぐに亡くなっている。
母の命と引き換えに得た、この命。たとえ何人救ったとしても、母は生き返らない。
それでも、ナマエは医者で在り続けるだろう。
『泣きっ面に白蛇』
志村家から出てから、鉄子に言伝てを頼まれた後。
「こんばんは、山崎さん♡」
不意に、銀時の見舞いに来たマッドサイエンティストのミョウジナマエに遭遇する。
「うわァァァァァァァァァ!?」
「なにしてるの?」
「さ、散歩…………」
嘘をつく真選組の監察方、山崎退。
「ご一緒してもいいかい?」
「よくないです!」
「どうして?」
ナマエは、首を傾げた。
「この際だからはっきり言いますけど、俺は、あんたのことが苦手なんですよ!」
「それは知っているけれど」
「あんたとは関わりたくないんです!」
「そっかぁ。私は、好きだよ」
「俺は、モルモットじゃないですからね!」
実験台として好かれていても全く嬉しくない山崎は、叫ぶように言う。
「うん? 山崎さんは、モルモットじゃないよ?」
「へ……?」
予想外のことを言われ、山崎は、ぽかんとした。
あんなに、実験させろと。注射を打たせろと。嫌がらせばかりしているのに?
「山崎さんは、私の————だよ♡」
「……え? 今なんて?」
カラスのうるさい鳴き声にかき消された台詞は、再びナマエの口から出て来ることはなかった。
「じゃあ、またねぇ♡ 山崎さん♡ 今夜は星が綺麗だよ♡」
「…………」
ナマエは、星空を指差してから、志村家へ入って行く。
残された山崎は、夜空を見上げた。
星は、静かに瞬いている。
その後。ナマエは、銀時たちに手土産のドーナツを渡し、お妙に出されたお茶を飲んだ。
「ナマエ先生、この人ったら、すぐに逃げ出そうとするんです」
「筋弛緩剤でも打とうか?」
「そういう薬は、正しく使ってね! 銀さんとの約束!」
銀時は、急いでエンゼルクリームを呑み込み、大声でナマエを威嚇する。
「それじゃあ、私が開発した薬を飲んでもらおうかな」
「なんでだよッ!」
「大丈夫。怪我が治るまで眠り続けるだけだから」
「人間って、寝てる時は無防備なの知ってる!?」
「ははは!」
ナマエは、銀時に揺さぶられながら笑った。
そんな様子を見て、お妙は、「仲が良いんですね」と微笑む。
「まぁね」
「わりと最近気付いたんだけど、コイツ、友人を実験体にするの大好きだからな! 頭おかしいからな!」
苦い顔をして声を荒げる銀時。
「まあ、うふふ」
「全っ然、微笑ましくないからね! 銀さん何度も薬盛られてるから!」
ナマエとの思い出は、彼に合意なく実験体にされた記憶と共にあった。
そんな迷惑千万な男ではあるが、彼に助けられたことがあるのも事実で。
ミョウジナマエと坂田銀時は、名状しがたい複雑な友人関係を築いていた。
きっと、いつまでもこんな風に付き合っていくのだろう。
『ふたりは酔生夢死をゆるせない』
鬼兵隊の根城の一室で、ミョウジナマエと高杉晋助が話している。
「ナマエ」
「なんだい?」
「お前だろう? 桂を助けたのは」
「医者には答えられないなぁ」
ナマエは、表情を変えずに返した。
「そうかい」
高杉は、低く笑い、旧知の男を見る。
波打つ髪の白衣を肩にかけた医者は、己と同じ匂いがした。
いまだに戦の中にいる存在。それが、ふたりの共通点だった。
「お前のことだから、どうせ銀時も診てるんだろうよ」
「…………」
ナマエは黙って、薄く笑みをたたえたままでいる。
「母親を喪い、戦で父親を喪い、兄は目覚めないまま。お前は、何に手を伸ばす?」
「星だよ」
「星、ねえ」
「私は、自分の夢のために生きている。それは、昔から変わらないよ」
男は、両腕を空に届かせようと伸ばした。当然、その腕は星に触れるには短過ぎる。
着物の袖が下がり、ナマエの右腕の古い傷痕を晒した。酷い火傷の痕のように見える。
それは、天人の兵器に負わされたもの。その傷に巻いた包帯が、後の白蛇の所以である。
「お前の大層な夢が叶うか、俺が破壊の限りを尽くして終わるか。最後に立ってるのは、どっちの鬼だろうな」
「ははは! どちらも立っていたらいいじゃないか」
「ふん。まあ、お前はそう言うか。今日は、ご苦労だったな、ナマエ」
「私は、医者として当然のことをしただけさ」
「……そうだな」
なんの躊躇いもなく、ナマエは、過激派の攘夷集団へも手を差し伸べていた。全ての命は、平等に。老いも若きも、聖人も悪人も、彼には関係ない。ナマエの瞳には、ただ救うべき命だけが映っている。
「さて。私は、そろそろ帰るよ。次は、健康診断で会おう」
「ああ。またな、ナマエ」
高杉は、ナマエを隊員に見送らせ、ひとりで思考を巡らせた。
ミョウジナマエは、とても正気ではない。彼の倫理は、常人には理解出来ない。
命を救うためならば、あの男は何でもするだろうし、実際にそうして生きている。
そこに善意はなく、悪意もない。
ナマエが持つ悪性は、人に嫌がらせをする時にだけ発現した。
その趣味の嫌がらせすらも、医療のための研鑽にしている男。
あれが、鬼でなくて、何だというのだろうか?
ミョウジナマエという鬼は、代々医者の家系に生まれ落ちた傑物だった。
彼の生は、何を得て、時代に何を残すのだろうか?
高杉晋助は、ナマエの狂気の行く末を考え、ふたりの鬼が共に並ぶことはないと結論を出した。
攘夷戦争で出会ったふたりは、違う夢を見ている。
高杉の考えをよそに、ミョウジナマエは、当然のように旧友たち全員の命を救うつもりでいた。
その願いだけ見れば、美しい色彩で。ナマエの理想は、途方もない高みにあった。
『降り積もる雪では隠せないもの』
第一回チキチキかぶき町雪祭り開催。
ミョウジナマエは、診療所の代表として雪像を作っている。
「よう、オメーも来てたのか」
「やあ、銀時くん」
「ってオイ! なにその邪神像!? 悪魔崇拝!?」
「やだなぁ、ヒュギエイアの杯だよ」
ヒュギエイアの杯とは、ギリシャ神話のアスクレピオスの娘が持つ蛇が巻き付いた杯で、アスクレピオスの杖と並び医療・医術の象徴であるが、ナマエが作ったそれは禍々しい。
「ナマエ、こんなんガキが見たら泣くぞ」
「それはいいね」
医者は、ニコリと笑う。
「俺ァ、ガキ泣かすのは、どうかと思うよ! お前、ほんっと昔から人の嫌がる顔が好きな!」
「いやぁ、ははは!」
「褒めてないからね! 微塵も褒めてないから!」
それから銀時が去り、[#da=2#]が作った雪像は、多くの人々を怖がらせた。
もちろん、泣き出す子供もいる。[#da=2#]は、その様子を子供の目線に合わせてしゃがんで見ていた。
「うわぁ~ん!」
「ははは! 元気だねぇ」
そうこうしているうちに保護者がやって来て、早足で子供の手を引いて逃げて行く。
「うん。かなり爪痕は残せたかな」
爪痕どころか、トラウマものである。
その後。何故か、祭りは雪合戦場と化し、[#da=2#]も嬉々として雪玉を投げた。
雪を丸めてから薬を注入し、向かって来る敵の顔面にヒットさせる[#da=2#]。
[#da=2#]の雪玉を食らった者たちは、次々と倒れていく。
[#da=1#]診療所のスペース周りは、死屍累々といった様相になっていた。
「なんですかコレェ?! 戦場?!」
そして。とうとう真選組が出動することになり、山崎退は[#da=1#][#da=2#]が起こした惨劇を目の当たりにした。
「山崎さん♡」
「あんた、今度は何をしたの?!」
「雪合戦だよ。こういうのは本気でやらなきゃ、つまらないでしょう?」
「いや、マジもんの合戦になってるじゃないですか!」
山崎が青ざめているのを見て、[#da=2#]は嬉しそうに笑い、頬を紅潮させている。
「えーと、不本意なんですけど、一緒に来てください……」
「はーい♡」
屯所まで連れて行かれて、[#da=2#]は取り調べを受けた。
「雪玉に細工してますよね?」
「小細工は無用だよ」
「大細工ならいいってもんじゃないんですよ……」
結局、雪から証拠となる物質は見付からず、またもマッドサイエンティストは野放しとなる。
「またね♡ 山崎さん♡」
「……少しは大人しくしててください」
上機嫌で手を振る[#da=2#]を、何かしでかさないように見送り、山崎は溜め息をついた。
それにしても。
「なんで、よりによってあの人を見付けちゃうかなァ……」
偶然、[#da=1#][#da=2#]を調べることになってしまい、山崎は疲弊している。
最近は、彼との間に、ある種の因縁めいたものを感じていた。
それは、[#da=1#][#da=2#]が山崎退の首に巻き付けた包帯かもしれない。
