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さよなら、クラエス。さよなら、ドナテッロさん。
私は、血溜まりの中、か細い声で、歌う。
「Deh, ti desta, fanciulla, la luna」
イタリア民謡の、「海に来たれ」だ。私の一番得意な歌。クラエスも、ドナテッロさんも、褒めてくれた。思い出の歌。
「spande un raggio s caro sul mar';」
ああ、今、気付いたけれど。今夜は、とても月が綺麗。
「vieni meco, t'aspetta la bruna,」
大好きだよ、クラエス。
「fida barca del tuo marinar.」
愛してます、ドナテッロさん。
ああ、もう続きは歌えそうにないや。さよなら。公社の、みんな。私の友達。大切な人。
さよなら。
◆◆◆
その娘は、私の憧れの人だ。クラエスは、大人っぽくて、知的だから、私は尊敬している。
それでいて、おせっかいではないし。とっても素敵。彼女の親友になりたい!
でも、私は、子供っぽくて、落ち着きがないし、知識も足りてない気がするから、クラエスには退屈な娘と思われてしまうかもしれない。
「はぁ…………」
私は、ひとり、自室で溜め息を吐いた。
どんよりとした曇り空みたいに、憂鬱な気分。
こんな時、私は、いつも歌を唄う。
「Deh, ti desta, fanciulla, la luna」
海に来たれ。船乗りが、女の人に愛を歌う曲だ。
「spande un raggio s caro sul mar';」
私は、この歌に「愛」を教わったのである。
ずっと昔に、誰かから。
「vieni meco, t'aspetta la bruna,」
船乗りが、想い人に振り向いてもらえたのかどうかは、分からない。
「fida barca del tuo marinar.」
けれど、私は、この歌は幸せな歌だと思っている。だって、誰かを愛せることは、素敵なことだから。
「Ma tu dormi, e non pensi al tuo————」
「ナマエ?」
「わっ?! クラエス!?」
いつの間にか、背後には憧れの彼女が!
「廊下まで聴こえていたよ」
「ご、ごめんね。うるさかった?」
「いいえ。海に来たれ、でしょ? ナマエは、とても歌が上手いのね」
「あ、ありがとう、クラエス」
緊張して、どもってしまう。私は、顔が熱くなるのを感じた。
「クラエスは、読書するの、かな?」
彼女は、本を数冊抱えている。
「ええ、ハーブのことを学ぼうと思って」
「菜園で育ててるもんね。素敵だと思う!」
「ありがとう。それじゃ、もう行くね」
「うん。あの、よかったら、また話そう?」
「じゃあ、今度は、お茶をしましょう。トリエラも一緒でもいい?」
「うん! 楽しみにしてる!」
「ナマエって、なんだかいつも元気ね」
「そ、そうかな?」
それは、クラエスと話せると嬉しいからだよ。
「そうだよ。ふふ、またね」
「またね! クラエス」
手を振って、私たちは別れた。
本っ当に緊張したぁ! 私は、へなへなとベッドに座り込み、そのまま仰向けに倒れる。
しばらく、部屋の天井を見つめながら、クラエスとの会話を反芻した。
私の歌が上手いって! 私と、また話してくれるって!
凄く嬉しいな。楽しみだな。
そこで、ドアを叩く音がした。
「はい!」
私は、飛び起き、ドアに駆け寄って、開ける。きっと、あの人だ!
「……ナマエ」
「はい、ドナテッロさん」
やっぱり、私の担当官である、ドナテッロ・マリーノさんが、そこにはいた。
「任務だ。行くぞ」
「はい!」
私たちは、任務でヴェネツィアへと向かうことに。
公的には、親子ということになっている。そして、公社では、兄弟。だけど、私は、ドナテッロさんに、恋をしている。
今日も、横目で、あなたを見つめる私。あなたは、私をどんな風に見ているの? 訊いてみたいけど、私には出来そうにない。ドナテッロさんとは、仕事の話しかしたことがないし。
仕事の時間が来た。
突撃銃、ステアーAUG A1の照準器を覗く。引き金に指をかけ、深く引くと、ぱらぱらと人が死んでいく。ぱらぱら。ぱらぱら。命が散っていく。10人くらい、殺した。
仕事の時間は、終わり。
「ドナテッロさん」
「よくやった。撤収するぞ」
「はい」
褒められると、嬉しい。
「少し、海を見ないか?」
「え?! は、はい!」
私は、予想外の出来事に、驚いてしまう。
それから、ドナテッロさんは、無言で小高い丘へと車を走らせた。海の上に浮かぶ街、ヴェネツィアの景色は、美しい。
「……綺麗」
「ああ」
今、私たちは、同じものを見て、同じことを思っている。それが、とてつもなく嬉しい。
「ドナテッロさん。私、海の歌を唄えるんです!」
「歌?」
「はい!」
私は、海に来たれを歌った。ドナテッロさんは、最後まで静かに私の歌を聴き、「綺麗な歌声だ。君に、そんな才能があるとはな、ナマエ」と言ってくれる。
「ありがとうございます!」
私は顔を真っ赤に染めながら、笑った。
こんな風に、小さな幸せを積み重ねて、私は生きている。
◆◆◆
痛ましいものを見た。
殺人機械みたいな、義体の少女、ナマエが、美しい歌声を披露したのである。
こんな、因果な職業でなければ、歌手にでもしてやれただろうか? 俺は、自問する。
答えは、「無理」だ。担当官と義体という関係でなければ、俺と彼女は出会わなかっただろうし、俺も彼女も、公社に生かされている身だから、ナマエを歌手にはしてやれない。
俺たちは、袋小路にいる。
海を見ながら、俺は、死んだ友人のことを想った。ラウーロ、いつになったら、俺は死の安らぎを得られる? お前に会える?
当然、返事はない。
彼女、ナマエとの日々は苦痛だった。義体という歪な人形と関わるのは、気味が悪かった。さっさと、このふざけた舞台から降りたかった。
それなのに、まさか、ナマエの方が先に逝ってしまうなんて。また、死に損なうなんて。
神は、無慈悲だ。
血溜まりの中で、最後に聴いたのは、少女の歌声。天使のような、殺人機械の歌声。
時々、俺を置いていった者たちが、夢にまで出てくる。両親。ラウーロ。そして、ナマエ。
どうして、俺はいつも生き残る?
「誰か、俺を殺してくれ…………」
今日は、雨か。失ったはずの両足が、痛む。
◆◆◆
思い出すのは、彼女の笑顔。ナマエは、私の前では、いつも笑顔だった。
「ナマエは、どうして歌うの?」
以前、そんなことを訊いたことがある。
「それは、その、歌うのって、祈ることなの。小さな幸せや、友情や、愛を歌うのは、祈りなの。だから、私は歌ってる……答えになってるかな……?」
「ええ。いいね、それ。ナマエらしいよ」
「そう?」
「うん。ずっと歌っていてね」
「うん!」
戦いの中で散った、ナマエ。公社の仲間。私の友達。
「さよなら、ナマエ」
あなたの人生に、幸福が多かったことを、私は祈る。
「大好きだよ、クラエス!」
明るいあなたの声が、聴こえた気がした。
私は、血溜まりの中、か細い声で、歌う。
「Deh, ti desta, fanciulla, la luna」
イタリア民謡の、「海に来たれ」だ。私の一番得意な歌。クラエスも、ドナテッロさんも、褒めてくれた。思い出の歌。
「spande un raggio s caro sul mar';」
ああ、今、気付いたけれど。今夜は、とても月が綺麗。
「vieni meco, t'aspetta la bruna,」
大好きだよ、クラエス。
「fida barca del tuo marinar.」
愛してます、ドナテッロさん。
ああ、もう続きは歌えそうにないや。さよなら。公社の、みんな。私の友達。大切な人。
さよなら。
◆◆◆
その娘は、私の憧れの人だ。クラエスは、大人っぽくて、知的だから、私は尊敬している。
それでいて、おせっかいではないし。とっても素敵。彼女の親友になりたい!
でも、私は、子供っぽくて、落ち着きがないし、知識も足りてない気がするから、クラエスには退屈な娘と思われてしまうかもしれない。
「はぁ…………」
私は、ひとり、自室で溜め息を吐いた。
どんよりとした曇り空みたいに、憂鬱な気分。
こんな時、私は、いつも歌を唄う。
「Deh, ti desta, fanciulla, la luna」
海に来たれ。船乗りが、女の人に愛を歌う曲だ。
「spande un raggio s caro sul mar';」
私は、この歌に「愛」を教わったのである。
ずっと昔に、誰かから。
「vieni meco, t'aspetta la bruna,」
船乗りが、想い人に振り向いてもらえたのかどうかは、分からない。
「fida barca del tuo marinar.」
けれど、私は、この歌は幸せな歌だと思っている。だって、誰かを愛せることは、素敵なことだから。
「Ma tu dormi, e non pensi al tuo————」
「ナマエ?」
「わっ?! クラエス!?」
いつの間にか、背後には憧れの彼女が!
「廊下まで聴こえていたよ」
「ご、ごめんね。うるさかった?」
「いいえ。海に来たれ、でしょ? ナマエは、とても歌が上手いのね」
「あ、ありがとう、クラエス」
緊張して、どもってしまう。私は、顔が熱くなるのを感じた。
「クラエスは、読書するの、かな?」
彼女は、本を数冊抱えている。
「ええ、ハーブのことを学ぼうと思って」
「菜園で育ててるもんね。素敵だと思う!」
「ありがとう。それじゃ、もう行くね」
「うん。あの、よかったら、また話そう?」
「じゃあ、今度は、お茶をしましょう。トリエラも一緒でもいい?」
「うん! 楽しみにしてる!」
「ナマエって、なんだかいつも元気ね」
「そ、そうかな?」
それは、クラエスと話せると嬉しいからだよ。
「そうだよ。ふふ、またね」
「またね! クラエス」
手を振って、私たちは別れた。
本っ当に緊張したぁ! 私は、へなへなとベッドに座り込み、そのまま仰向けに倒れる。
しばらく、部屋の天井を見つめながら、クラエスとの会話を反芻した。
私の歌が上手いって! 私と、また話してくれるって!
凄く嬉しいな。楽しみだな。
そこで、ドアを叩く音がした。
「はい!」
私は、飛び起き、ドアに駆け寄って、開ける。きっと、あの人だ!
「……ナマエ」
「はい、ドナテッロさん」
やっぱり、私の担当官である、ドナテッロ・マリーノさんが、そこにはいた。
「任務だ。行くぞ」
「はい!」
私たちは、任務でヴェネツィアへと向かうことに。
公的には、親子ということになっている。そして、公社では、兄弟。だけど、私は、ドナテッロさんに、恋をしている。
今日も、横目で、あなたを見つめる私。あなたは、私をどんな風に見ているの? 訊いてみたいけど、私には出来そうにない。ドナテッロさんとは、仕事の話しかしたことがないし。
仕事の時間が来た。
突撃銃、ステアーAUG A1の照準器を覗く。引き金に指をかけ、深く引くと、ぱらぱらと人が死んでいく。ぱらぱら。ぱらぱら。命が散っていく。10人くらい、殺した。
仕事の時間は、終わり。
「ドナテッロさん」
「よくやった。撤収するぞ」
「はい」
褒められると、嬉しい。
「少し、海を見ないか?」
「え?! は、はい!」
私は、予想外の出来事に、驚いてしまう。
それから、ドナテッロさんは、無言で小高い丘へと車を走らせた。海の上に浮かぶ街、ヴェネツィアの景色は、美しい。
「……綺麗」
「ああ」
今、私たちは、同じものを見て、同じことを思っている。それが、とてつもなく嬉しい。
「ドナテッロさん。私、海の歌を唄えるんです!」
「歌?」
「はい!」
私は、海に来たれを歌った。ドナテッロさんは、最後まで静かに私の歌を聴き、「綺麗な歌声だ。君に、そんな才能があるとはな、ナマエ」と言ってくれる。
「ありがとうございます!」
私は顔を真っ赤に染めながら、笑った。
こんな風に、小さな幸せを積み重ねて、私は生きている。
◆◆◆
痛ましいものを見た。
殺人機械みたいな、義体の少女、ナマエが、美しい歌声を披露したのである。
こんな、因果な職業でなければ、歌手にでもしてやれただろうか? 俺は、自問する。
答えは、「無理」だ。担当官と義体という関係でなければ、俺と彼女は出会わなかっただろうし、俺も彼女も、公社に生かされている身だから、ナマエを歌手にはしてやれない。
俺たちは、袋小路にいる。
海を見ながら、俺は、死んだ友人のことを想った。ラウーロ、いつになったら、俺は死の安らぎを得られる? お前に会える?
当然、返事はない。
彼女、ナマエとの日々は苦痛だった。義体という歪な人形と関わるのは、気味が悪かった。さっさと、このふざけた舞台から降りたかった。
それなのに、まさか、ナマエの方が先に逝ってしまうなんて。また、死に損なうなんて。
神は、無慈悲だ。
血溜まりの中で、最後に聴いたのは、少女の歌声。天使のような、殺人機械の歌声。
時々、俺を置いていった者たちが、夢にまで出てくる。両親。ラウーロ。そして、ナマエ。
どうして、俺はいつも生き残る?
「誰か、俺を殺してくれ…………」
今日は、雨か。失ったはずの両足が、痛む。
◆◆◆
思い出すのは、彼女の笑顔。ナマエは、私の前では、いつも笑顔だった。
「ナマエは、どうして歌うの?」
以前、そんなことを訊いたことがある。
「それは、その、歌うのって、祈ることなの。小さな幸せや、友情や、愛を歌うのは、祈りなの。だから、私は歌ってる……答えになってるかな……?」
「ええ。いいね、それ。ナマエらしいよ」
「そう?」
「うん。ずっと歌っていてね」
「うん!」
戦いの中で散った、ナマエ。公社の仲間。私の友達。
「さよなら、ナマエ」
あなたの人生に、幸福が多かったことを、私は祈る。
「大好きだよ、クラエス!」
明るいあなたの声が、聴こえた気がした。