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右手の小指に、ヒュギエイアの杯(杯に蛇が巻き付いたもの)を象ったシルバーの指輪を、私は毎日身に付けている。
ヒュギエイアの杯とは、名医アスクレピオスの娘、ヒュギエイアが持っていたものであり、現代では薬学の象徴とされている。
今朝方、そんな私の元に三途川探偵がやって来た。
「やあやあ、先生。お久し振りです」
彼は、医者崩れの私を、皮肉たっぷりに「先生」と呼ぶ。
「まだ、くたばってなかったのか、三途川くん」
「けけけ! そういう先生こそ、まだ、お縄になっていないのですねぇ」
現在の私の職業はというと、「掃除屋」である。「掃除屋」とは何もモップで床を磨く仕事のことではなく、どちらかと言えば特殊清掃に近い。
私の仕事は、あってはならない死体の処理をすることだ。現場に出向いて飛び散った血や臓物を綺麗に掃除し、事件なんて何もなかったかのようにするのが私の職務だ。
さて、その私が現在気にしていることといえば、三途川探偵が持ち運んでいる、大きなスーツケースである。
「まさかとは思うが、君、それに死体でも入っているんじゃあないだろうね?」
「ご明察! まさに、まさにそうなのですよ、先生。これを先生に消していただきたく」
「君ねぇ、人ひとり消すのがどれだけ大変なことか分かっているんだろうね?」
私は、白衣のポケットに両手を突っ込み、面倒くさいという表情を作る。
このように、死体を私のところに運んでくるケースも多々あるのだが、三途川探偵が持ち込んだ死体は、それはもう飛びきり面倒な事件の産物なのだろう。
「しかし、先生は、この名探偵の頼みを断れない。でしょう?」
「まあね」
私は、三途川理に借りがある。私が犯した殺人を、別の者の犯行ということにしてもらったことがあるのだ。
「男? 女?」
「成人男性です」
「了解。早速取りかかろう」
私は、専ら反社会的な仕事をしている者たちからの収入で生計を立てている身。では、三途川理が反社会的な者かというと、微妙なところである。彼は、自分の益になることなら、なんでもやる節がある、末恐ろしい高校生なのだ。
ふたりで、私の自宅の敷地内にある納屋へ向かう。そこには、銀色の大きな浴槽のような物を隠し置いてあり、これが私の手品の道具である。
三途川くんが持ってきたスーツケースの中には素っ裸の男の死体が入っていた。それを、業務用の強いアルカリ性の薬品に浸すと、あら不思議。死体は、この世から徐々に消え失せる。
「三途川くん、死体の衣類や持ち物は、ちゃんと処分したのだろうね?」
「燃える物でしたので、きちんと燃えるゴミの日に出しましたとも」
「ならいいけれど」
そう、下手に自分の手で燃やすより、普通にゴミとして処理をした方が良いこともあるのだ。さすがは名探偵であり、名犯人、三途川理。
「さて、ぼーっと死体が溶ける様を見ている趣味はないだろう? 私の家で祝杯でも上げるかい?」
「先生は、よく気が利くお方ですねぇ。では、そのようにいたしましょう!」
三途川探偵は、ふんふんと鼻歌を交えながら私についてくる。
自宅のリビングのソファーに彼を座らせ、私は手を消毒してから、ふたり分のノンアルコールカクテルを用意した。
「おや、先生もノンアルコールですか?」
「最近、肝機能の衰えを感じていてね」
「そうですか」
さして興味がない、といった感じ。
「ところで、三途川くん」
「はい」
「これで、貸し借りはなし、ということでいいんだよな?」
「はい。はい、それはもちろん」
三途川探偵は、切れ長の目を細めて笑う。しかし、どことなく、それとは正反対の感情を伴っているように見えた。
「寂しいのかい?」
私は、つい、単刀直入に訊いてしまう。
「寂しい? この三途川が?」
「そう見えた」
「…………寂しい」
探偵は、なにやら考え込んでいる様子。
「そうですね。言われてみれば、寂しさにも似た何かを、この名探偵は感じている。つまり、これは…………」
この男が寂しい? 正気か? 私は自問した。
「この三途川は、先生に、あなたに恋をしているようです」
「えっ…………?」
「あなたが好きです」
「ちょっと待ってくれ。そういう冗談はやめてくれないかな?」
「いえ。いいえ、この名探偵が推理を間違えるはずがないでしょう? 今にして思えば、死体を作ったのだって、あなたに会いたくてしたことなのですよ」
私は、狼狽する。私が、この邪悪な三途川理に好かれている? それは恐ろしいことなのではないか?
「なんてことだ!」
「なんてことだ…………」
私たちは、ほとんど同時に声を上げた。
どうしたことか、私は彼からの好意に満更でもない気持ちになっている。
つまり、お互いに恋をしている? そんな馬鹿な。
成人した男である私が? 男子高校生に? そんな馬鹿な。
私は、ポケットから、電子タバコ(ニコチン・タールなしのもの)を取り出して吸った。オレンジのリキッドが、私に冷静さを取り戻させてくれる。
一方、三途川くんは。
「なんてことだ……なんてことだ…………」と、ぶつぶつ繰り返している。
「大丈夫かい? 三途川くん?」
「大丈夫なはずないでしょう。この名探偵が、ひとりの人間を慕っているというのに! その人は随分と冷たいのですから!」
三途川理は、頭をガリガリ掻きながら強烈なショックを受けているようだった。
まあ、私は基本的には無表情だから、冷たく見えることもあるだろう。
「いや、大丈夫だろう。何故なら、私も三途川くんのことが好きだからね。これからは、死体を作らずとも会いに来るといいよ」
私は、精一杯の笑顔で、そう言った。
こんな、山深い土地にある我が家に、わざわざ来させるのは申し訳ないが。
「あなたが? 三途川理を好いている? それは、なんというか、全く読めませんでした。この名探偵ともあろう者が」
「恋は盲目ってやつなのかねぇ」
意味が少し変わってくるが。
「あなたは何故、この三途川を好いているのですか?」
「自分で推理したまえよ」
「三途川理が、三途川理だから?」
「その通り。君の邪悪さが、いっとう好きだよ」
「けけけ!」と邪悪に笑う三途川くん。その笑顔も愛おしい。
「愛していますよ、先生。天の階まで、共に昇りましょう!」
「ありがとう。私も愛しているよ。天国でも地獄でも、お供するよ、名探偵」
「つまり、あなたは今日、たった今から、この名探偵の助手ということですねぇ」
「なるほど。助手かぁ。まあ、精一杯努めさせてもらうよ」
「ということは、この名探偵は、助手と恋人を両方手に入れた、と。全くもって僥倖です」
三途川くんは、大層嬉しそうに口端を吊り上げた。
「さあさあ、やることが山積みですよ、先生。事件を解決したり、どこぞの目障りな探偵を亡き者にしたり、大忙しです」
私は、彼が差し出した手を取り、これからの日々に思いを馳せて笑う。
全くもって、この名探偵は嘘つきだ。
けれど、愛しい君の助手が、何人いようが、構うものか。愛しい君の本命が、私ではなく、どこかの令嬢相手だとしても、構うものか。
そいつら、全員殺してやるから。
ヒュギエイアの杯とは、名医アスクレピオスの娘、ヒュギエイアが持っていたものであり、現代では薬学の象徴とされている。
今朝方、そんな私の元に三途川探偵がやって来た。
「やあやあ、先生。お久し振りです」
彼は、医者崩れの私を、皮肉たっぷりに「先生」と呼ぶ。
「まだ、くたばってなかったのか、三途川くん」
「けけけ! そういう先生こそ、まだ、お縄になっていないのですねぇ」
現在の私の職業はというと、「掃除屋」である。「掃除屋」とは何もモップで床を磨く仕事のことではなく、どちらかと言えば特殊清掃に近い。
私の仕事は、あってはならない死体の処理をすることだ。現場に出向いて飛び散った血や臓物を綺麗に掃除し、事件なんて何もなかったかのようにするのが私の職務だ。
さて、その私が現在気にしていることといえば、三途川探偵が持ち運んでいる、大きなスーツケースである。
「まさかとは思うが、君、それに死体でも入っているんじゃあないだろうね?」
「ご明察! まさに、まさにそうなのですよ、先生。これを先生に消していただきたく」
「君ねぇ、人ひとり消すのがどれだけ大変なことか分かっているんだろうね?」
私は、白衣のポケットに両手を突っ込み、面倒くさいという表情を作る。
このように、死体を私のところに運んでくるケースも多々あるのだが、三途川探偵が持ち込んだ死体は、それはもう飛びきり面倒な事件の産物なのだろう。
「しかし、先生は、この名探偵の頼みを断れない。でしょう?」
「まあね」
私は、三途川理に借りがある。私が犯した殺人を、別の者の犯行ということにしてもらったことがあるのだ。
「男? 女?」
「成人男性です」
「了解。早速取りかかろう」
私は、専ら反社会的な仕事をしている者たちからの収入で生計を立てている身。では、三途川理が反社会的な者かというと、微妙なところである。彼は、自分の益になることなら、なんでもやる節がある、末恐ろしい高校生なのだ。
ふたりで、私の自宅の敷地内にある納屋へ向かう。そこには、銀色の大きな浴槽のような物を隠し置いてあり、これが私の手品の道具である。
三途川くんが持ってきたスーツケースの中には素っ裸の男の死体が入っていた。それを、業務用の強いアルカリ性の薬品に浸すと、あら不思議。死体は、この世から徐々に消え失せる。
「三途川くん、死体の衣類や持ち物は、ちゃんと処分したのだろうね?」
「燃える物でしたので、きちんと燃えるゴミの日に出しましたとも」
「ならいいけれど」
そう、下手に自分の手で燃やすより、普通にゴミとして処理をした方が良いこともあるのだ。さすがは名探偵であり、名犯人、三途川理。
「さて、ぼーっと死体が溶ける様を見ている趣味はないだろう? 私の家で祝杯でも上げるかい?」
「先生は、よく気が利くお方ですねぇ。では、そのようにいたしましょう!」
三途川探偵は、ふんふんと鼻歌を交えながら私についてくる。
自宅のリビングのソファーに彼を座らせ、私は手を消毒してから、ふたり分のノンアルコールカクテルを用意した。
「おや、先生もノンアルコールですか?」
「最近、肝機能の衰えを感じていてね」
「そうですか」
さして興味がない、といった感じ。
「ところで、三途川くん」
「はい」
「これで、貸し借りはなし、ということでいいんだよな?」
「はい。はい、それはもちろん」
三途川探偵は、切れ長の目を細めて笑う。しかし、どことなく、それとは正反対の感情を伴っているように見えた。
「寂しいのかい?」
私は、つい、単刀直入に訊いてしまう。
「寂しい? この三途川が?」
「そう見えた」
「…………寂しい」
探偵は、なにやら考え込んでいる様子。
「そうですね。言われてみれば、寂しさにも似た何かを、この名探偵は感じている。つまり、これは…………」
この男が寂しい? 正気か? 私は自問した。
「この三途川は、先生に、あなたに恋をしているようです」
「えっ…………?」
「あなたが好きです」
「ちょっと待ってくれ。そういう冗談はやめてくれないかな?」
「いえ。いいえ、この名探偵が推理を間違えるはずがないでしょう? 今にして思えば、死体を作ったのだって、あなたに会いたくてしたことなのですよ」
私は、狼狽する。私が、この邪悪な三途川理に好かれている? それは恐ろしいことなのではないか?
「なんてことだ!」
「なんてことだ…………」
私たちは、ほとんど同時に声を上げた。
どうしたことか、私は彼からの好意に満更でもない気持ちになっている。
つまり、お互いに恋をしている? そんな馬鹿な。
成人した男である私が? 男子高校生に? そんな馬鹿な。
私は、ポケットから、電子タバコ(ニコチン・タールなしのもの)を取り出して吸った。オレンジのリキッドが、私に冷静さを取り戻させてくれる。
一方、三途川くんは。
「なんてことだ……なんてことだ…………」と、ぶつぶつ繰り返している。
「大丈夫かい? 三途川くん?」
「大丈夫なはずないでしょう。この名探偵が、ひとりの人間を慕っているというのに! その人は随分と冷たいのですから!」
三途川理は、頭をガリガリ掻きながら強烈なショックを受けているようだった。
まあ、私は基本的には無表情だから、冷たく見えることもあるだろう。
「いや、大丈夫だろう。何故なら、私も三途川くんのことが好きだからね。これからは、死体を作らずとも会いに来るといいよ」
私は、精一杯の笑顔で、そう言った。
こんな、山深い土地にある我が家に、わざわざ来させるのは申し訳ないが。
「あなたが? 三途川理を好いている? それは、なんというか、全く読めませんでした。この名探偵ともあろう者が」
「恋は盲目ってやつなのかねぇ」
意味が少し変わってくるが。
「あなたは何故、この三途川を好いているのですか?」
「自分で推理したまえよ」
「三途川理が、三途川理だから?」
「その通り。君の邪悪さが、いっとう好きだよ」
「けけけ!」と邪悪に笑う三途川くん。その笑顔も愛おしい。
「愛していますよ、先生。天の階まで、共に昇りましょう!」
「ありがとう。私も愛しているよ。天国でも地獄でも、お供するよ、名探偵」
「つまり、あなたは今日、たった今から、この名探偵の助手ということですねぇ」
「なるほど。助手かぁ。まあ、精一杯努めさせてもらうよ」
「ということは、この名探偵は、助手と恋人を両方手に入れた、と。全くもって僥倖です」
三途川くんは、大層嬉しそうに口端を吊り上げた。
「さあさあ、やることが山積みですよ、先生。事件を解決したり、どこぞの目障りな探偵を亡き者にしたり、大忙しです」
私は、彼が差し出した手を取り、これからの日々に思いを馳せて笑う。
全くもって、この名探偵は嘘つきだ。
けれど、愛しい君の助手が、何人いようが、構うものか。愛しい君の本命が、私ではなく、どこかの令嬢相手だとしても、構うものか。
そいつら、全員殺してやるから。