繭期の少女、ナマエ・ヴェラキッカは、クランへ送られることなく、屋敷で過ごしていた。

「ナマエ！　蜂蜜紅茶を用意して！」
「嫌。なんで私がデボラに命令されなきゃなんないのよ」

「もう！　使えないわね！」と、双子の妹、デボラは怒る。理不尽だ。
　彼女の繭期は、その振る舞いを尊大にしている。

「ナマエ？　なにをしてるの？」
「キャンディ。聞いてよ！　デボラったら酷いのよ！」

　ヴェラキッカ家の一番の新入り、キャンディに愚痴を言った。

「そうなんだ。大変ね」
「双子の姉まで使いっぱしりみたいにしようとするなんて、とんでもない子だわ！」

　そうこうしているうちに、ロビンによる歴史の勉強の時間になる。

「私、行かなきゃ。デボラなんか知らない！　またね、キャンディ」
「またね、ナマエ」

　その後。ナマエは、一生懸命歴史を学んだ。当主、ノラ・ヴェラキッカに褒めてもらいたくて。
　夜。養子の何人かで、ノラを訪ねた。
　そして皆が、いかに自分がノラを愛しているかを語る。

「私はね、ノラのために立派な大人になるのよ！　デボラなんかより、すーごーく立派になるんだから！」
「ふふふ。楽しみだ。ナマエは、頑張り屋だからね」
「うん！　私、頑張る！」

　こうして、ヴェラキッカでの日々は過ぎていく。
　ノラを巡る愛のゲーム。姉妹喧嘩。一族として仲良くすること。

「マギー、デボラったら酷いのよ！」
「まぁた、デボラ？　飽きないわねぇ」
「だって、あの子、ワガママなんだもの！」

　マギーに、一通りデボラの悪行を述べた。

「はいはい、お姉ちゃんは大変だねぇ」
「聞き流さないでよ、マギー！」

　マギーは、けらけら笑いながら去って行く。

「また私の悪口？」
「げっ！　デボラ！」
「ふん。好き勝手言って。ナマエったら大人気ないんだから」
「あんたに言われたくないわよ！」

　いつものやり取り。それが、ある日突然崩れた。

「ノラが、共同幻想……？」

　ナマエは、その場にへたり込んだ。
　ノラは、いない？　彼女は、幻？
　ノラの真実は、悲惨なものだった。
　そして。

「私も、キャンディに賛成。ノラを愛したことは、美しい宝石だわ」

　ナマエは、努めて明るく言う。
　それから、皆が幻想から抜け出した。

◆◆◆

　ひとりの女が、街を歩いている。
　彼女は、ナマエ。かつて、ノラを愛した者である。
　向かっているのは、墓地だ。
　そこには、双子の妹、デボラの墓がある。

「私たち本当は、ふたりのはずだったのにね……」

　デボラは、産まれて来ることはなかった妹。ナマエの繭期が見せた幻だった。

「でも、あんたは私の中で生きているわ。ノラも、そうよ。ずっと、私の家族だわ」

　彼女は、たまに考える。
　ナマエが、デボラの夢を見ていたのか？　デボラが、ナマエの夢を見ていたのか？
　鏡合わせの双子。影が重なることはない。
　それでも、私は愛している。
　デボラ。ノラ。おやすみなさい。