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 きっかけは、デイリーファストの物流センターに警察が介入したことだった。
 おもちゃの中にドラッグらしきものが入っているのに、ひとりの警官が気付いたのだ。
 出品者の住所へ出向くと、そこには金で個人情報を売ったという男がいて。
「オレじゃないですよ! ドラッグなんて知りません!」とのこと。
 聞き取りを進めると、個人情報を買った男についての証言が出てきた。

「なんか、死神みたいな男でしたよ。黒髪で、眼鏡をかけてて、黒いスーツに、ループタイをしてました」

 その“死神”を探っていくと、廃工場付近から目撃情報が出る。
 廃工場に機動捜査隊の者たちが踏み込むと、死神のような男は、合法ドラッグを作っていた。
 男は、特に抵抗もせずに警察署に引っ張られる。

「あんた、名前は?」
「私は、青砥寧人です」

 彼は、死人だった。失踪し、死んだことになっている男。

「あの廃墟、いやラボだったか? あそこには、以前流行っていた危険ドラッグがあった。あんたが作ったのか?」
「はい。ルサールカといいます」
「青砥、あんた、久住の知り合いか?」
「さあ。退屈な人間のことは忘れてしまうので」

 寧人のことは、身内に連絡がいった。彼の双子の弟、青砥桐人は、「いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていた…………」と、呟く。
 そして、桐人が留置所で再会した兄は、退屈そうな顔で佇んでいた。

「寧人…………」
「やあ、久し振りだな。桐人」
「この、ろくでもないクズめ! なんで生きてる?!」
「それについては、私が知りたいな。人生は退屈で、死は救いだ」

 よくもぬけぬけと。
 桐人は、憤りを感じた。
 それは、兄へのものか? 兄を止められなかった自分へのものか?

「お前の死を、毎日願ってたよ」
「叶わなくて残念だ」

 薬学科の天才だった寧人。なんでも出来る寧人。世界に失望している寧人。

「桐人」
「…………」
「少しは、何か出来るようになったか?」
「俺は、内科医だ。昔とは違う」
「内科医、ね。つまらない選択をしたな」
「お前に何が分かる?!」
「昔から、つまらない人間だったよ」
「青砥さ……桐人さん、時間です」

 面会は終わり。桐人は、留置所を出た。
 それから、知り合いに電話をかける。

「木林」
『どうしました? 桐人さん』
「飲むぞ」
『かしこまりました』

 その晩、青砥桐人と木林南雲は、いつもの居酒屋で待ち合わせた。

「こんばんは」
「ああ……」

 笑みを絶やさない木林と、イライラしている桐人。ふたりは、居酒屋のカウンター席に並び、日本酒を飲んだ。

「兄が、青砥寧人が見付かった」
「なんと」
「生きてたよ、あの野郎」
「ご存命でしたか」
「兄は、相変わらず、傲慢で害悪で死にたがりだった」
「それはそれは」

 桐人は、早いペースで酒を煽り続ける。

「俺が、殺しておくべきだった」
「あなたに責任はありません」
「駄目なんだよ。双子の兄のことを、他人みたいに思えなくて」

 血縁という縄に雁字搦めにされた男は、頭を抱えた。
 木林は、そんな桐人の隣にいる。ただ、いつも通りにそこにいた。

◆◆◆

 久住との関係について、警察に執拗に訊かれたが、何も答えなかった。
 青砥寧人と久住の間に、関係性なんてご立派なものはないからである。

「私は、薬を提供していただけですので。彼のことなど、何も知らないのですよ」

 それは、真実だった。
 だけど、そう。久住がくれた退屈しのぎのことは、好きな方だった。そんなことは誰にも言わないが。
 依存性の高い薬を作ることなど、寧人には容易い。しかし、それを広めるのは、寧人ひとりでは出来ないことだった。
 だから、久住の提案に乗ったのである。ねずみ算式に増えていく薬物中毒者は、寧人の退屈をほんの少し和らげた。
「ふふ」と、寧人は楽しそうに笑う。

「何がおかしい?」
「私などにかまけている場合ですか? 警察は、お暇なのですね」

 警察官は、渋面を作る。
 まだ、デイリーファストの爆発物の件は片付いていない。
 一方その頃、青砥桐人が勤める東央医科大学では、問題が発生していた。
 医薬品が届かないのである。

「どうなってる?」
「それが、爆発事件のせいで配達に遅れが出てるらしくて…………」
「患者の命がかかってるってのに」

 物流は、血液の流れのように、止まってはならないものだ。その麻痺は、命をも脅かす。
 桐人は、患者を任せた執刀医に告げた。

「他の病院に在庫がないか訊いてみる」

 スマートフォンを取り出しながら、通話スペースへ向かう。
 結果として、どこの病院にも目当ての物はなかった。しかし、桐人が戻った時に、バイク便から荷物が届いたという知らせがくる。

「よかった…………」

 桐人は、胸を撫で下ろした。
 だが、ひとつの爆弾から端を発した物語は、まだ終わらない。
 その日の夜、桐人は昔のことを思い出した。グラス片手に、ベランダの椅子に座り、夜空を眺めながら。
 兄弟がまだ、幼かった頃のこと。

「きりひとは、なにになりたい?」
「おれは、おとなになりたくない。ずっと、やすひととあそんでたいよ」
「ばかだなぁ、きりひと。ぼくらは、おとなになってもあそんでいられるよ」

 嘘つき。お前は、俺の前から消えたじゃないか。
 家族を切り捨て、法に背いた寧人。
 気付けば桐人は、片手を空に伸ばしていた。
 曇り空が、月を隠している。それを振り払うには、男の腕は短過ぎた。
 そして、雨が降ってくる。

「…………」

 桐人は、室内に戻ることにした。
 ひとりで待つには、雨上がりの夜明けは遠い。

◆◆◆

 人生は、基本的に無味乾燥で。ただ、ずっと続くだけ。
 留置所で目覚めた青砥寧人は、溜め息をついた。

「分からないな…………」

 ひとり、呟く。
 一方、弟の青砥桐人は、早朝に亡くなり、裏口退院する患者を見送っていた。
 側には、葬儀社の木林もいる。

「桐人さん」

 遺体を霊柩車に乗せた後、木林が桐人を呼ぶ。

「どうした?」
「ずっと分からなかったんですよ。あなたが、お兄さんを探していた理由が。でも、ようやく分かりました。桐人さんは、お兄さんに離れてほしくなかったんですね」
「はっ。まさか」
「では、失礼します」

 木林南雲は、言いたいことだけ言って去って行った。
 残された白衣の男は、院内に戻り、仕事を片付ける。
 その後。少し早く退勤して、兄の元へ向かう。

「よう、寧人」
「また来たのか」

 黒いスーツに着替えた桐人は、兄の前に座った。

「寧人、お前は死ぬことが出来ない」
「…………」
「お前の退屈は、終わらない」
「それが?」
「俺が、お前に楽しい明日を見せてやる。だから…………」

 桐人は、深呼吸する。

「だから、もうどこにも行くな」
「私にも見付けられなかったものを、馬鹿なお前が見付けられると?」
「ああ、そうだよ。言っておくが、お前は、つまらない家出なんかをしてる時点で馬鹿だからな」
「…………」

 寧人は、少し口角を引き上げた。

「分からないんだ。何をすれば、私は楽しいのか。それだけが、いつも分からない」
「一緒に探せばいいだろ」
「…………そうかもな」

 かつて、壊れた玩具のように捨てられた弟。
 自分の欠陥を直すことが出来ずにいる兄。
 ふたりは今、同じスタート地点にいた。
 桐人は、雨が止むのを待っている。
 寧人は、夜が明けるのを待っている。

「罪を償って、帰って来い、寧人」
「……気が向いたらな」
「天才の癖に忘れたのか? 約束は守れよ」
「約束……?」
「俺たちは、大人になっても遊んでいられるんだろ?」

 そう言い残して、桐人は帰った。
 馬鹿な弟だ。幼い頃の台詞なんて、なんの効力もないだろうに。
 寧人は、危険ドラッグの製造と販売の罪で、一年以下の懲役を食らうことになっている。
 彼は、その退屈を受け入れることにした。

◆◆◆

「結局、俺は、寧人に死んでほしくなんてなかったんだな」
「そのようですね」

 いつも通りの、喪服の男たちの飲み会。

「俺も、寧人も、自分のことを分かってなかった」

 桐人は、日本酒を飲む。

「なんで、あんたは俺のことが分かるのかね?」
「桐人さんは、お友達ですので」
「胡散臭い」

 そうは言ったが、木林のことは、得難い存在だと思っていた。

「じゃあ、お友達のよしみで、楽しい遊び探しに付き合ってもらおうか」
「かしこまりました」

 雨が降り止み、夜が明けていく。
 壊れた兄弟にも、光は射した。
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