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上総国の諏訪神社に捨てられていた赤子。それが、後の上総ナマエという男であった。
上総の生まれだから、氏を上総。名は、育ての親である神主が付けた。
「ナマエ」
「はい」
「お前も、もう十五歳。どこへなりと行くがいい」
1330年。十五回目のナマエが拾われた日。
「はい。おれは、諏訪大社へ行きます。明神様に仕え、諏訪へのご恩返しをいたします」
ナマエは、その日のうちに出立する。
諏訪の総本山、諏訪大社をこの目で見たい。明神様をこの目で見たい。
そんな憧れと共に。
信濃国へ入り、ひたすら目的地を目指す。
路銀は、加持祈祷を行い稼いだ。
持ってきた鰯の干物が尽きた頃、上社の本宮へと到着する。
「ここが、諏訪大社…………」
上総国の諏訪神社とは比べ物にならないほど立派な建造物。ナマエは、圧倒された。
ぼうっと突っ立っていると、巫女に話しかけられる。
「どうかなさいました?」
「ここで働かせていただきたい!」
「えっ?!」
「上総国のナマエと申します! 読み書きが出来ます! 料理も少し! 物覚えには自信があります! あとは、えーと、なんでもしますので! どうか!」
「少々お待ちくださいまし」
巫女は、屋内へと引っ込んで行った。
ナマエは、待つ。
しばらくすると、狩衣を着た男が、やって来た。
「あなたが来ることは、知っていました。私、諏訪頼重といいます」
「諏訪頼重様!? おれ、いや、私がお目通り叶うとは……」
すかさず、跪き、頭を垂れるナマエ。
「ナマエ。あなたは、えーと。未来では、立派な……あ、これまだダメか……まあ、頑張りなさい」
「それは、お仕え出来るということでしょうか?」
「ええ」
「ありがとうございます! 頼重様!」
ナマエの目が、真っ直ぐに頼重を捉えた。
その瞳は、僅かに狂気を光らせている。
その後。ナマエを巫女に任せてから、頼重は、物陰に潜んでいた童女に声をかけられた。
「とおさま。よかったのですか? あのものには、“呪”がかかっております」
それは、纏わり付く黒縄のように。
「あれは、元々は“祝”だったもの。ナマエは、打ち勝てる」
「そうですか…………」
そんな会話なぞ、露知らず。ナマエは、田舎者丸出しで、あちこちを見ては感嘆の声を上げていた。
「こちらを、あなたの居とされるよう仰せ付かっております」
「はい! 案内、誠に感謝いたします、巫女様」
「そんなに堅苦しくせずとも……」
「いえ、おれは、新参者ゆえ」
「ふふ。では、今日からよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします!」
そして、四年の月日が流れ。ナマエは、十九歳になった。
宣言通り、なんでもこなすようになったナマエは、諏訪の執事のひとりとして生活している。
北条時行が逃げ延びて来るまで、後少し。
◆◆◆
上総ナマエは、嘘をつくのが得意ではなかった。
しかし、それでも頼重は、長寿丸の正体が北条時行だと告げる。
「長寿丸殿!」
「ナマエ殿」
「鰯の干物です。郎党の皆と、どうぞ」
「ありがとうございます」
頼重は、ナマエに「普通の子供として接しなさい」とだけ言い含めた。それが、すとんと腑に落ちたので、生真面目な男は、弟がいたらこうする、ということをし続けている。
鰯は、ナマエの好物だ。上総国では、早朝の漁で取れた新鮮なものを焼いて食べていた。
「ナマエ殿」
「はい」
「上総国は、どのようなところですか?」
「おれがいたところは、海が近く、長閑なものでした。ただの田舎とも言いますが」
「海は……好きですか……?」
「ええ。諏訪神社は小高い丘にありました。そこから毎日、美しい海を眺めておりましたよ」
長寿丸は、嬉しそうに笑う。
「では、仕事に戻りますゆえ、失礼します」
「はい」
ナマエは、“表向き”の諏訪大社での出来事を綴っている。
日の出から、日の入りまで。記録をつけた。
また、出納帳や調度品の目録をつけるのも、彼の仕事である。
大恩ある諏訪のため、朝な夕な働いた。
「ナマエ」と、少女の声。
「雫様。いかがなさいました?」
「体に異変はありませんか?」
「ありませんが…………」
「そうですか」
上総ナマエの首元から足先まで、黒い蛇のような影が纏わり付いているのが、彼女には見えるのだ。
「何かあれば、すぐに言うように」
「はい!」
雫と別れ、自室へ戻る。
夕餉を済ませた後、一時散歩に出た。
諏訪湖を眺めて、心穏やかに過ごす。水面に映る月が揺らめき、何かを伝えようとしてるかのようだった。
「おれは、仕合わせだな」
ぽつりと呟く。
そう。仕合わせなのだ。それなのに、このどうしようもない“渇き”は、なんなのだろう?
頼重様なら、お教えくださるだろうか?
そうは思うのだが、その問いが恥じ入るべきもののような気がして。訊けないままでいる。
不協和。神楽の鈴の音に混じる異音。ナマエには、その正体が分からない。
ただ、解を求めて、湖の中へ入る。
「ナマエ!」
「…………」
視界が白と黒になっていた。うっすら聴こえるのは、明神様の声。
「頼重様?」
「ナマエ、何をしている?」
「おれは……月を掬おうとしておりました…………」
膝まで水に浸かっている男は、童のようなことを言う。
「お前の求めるものは、そこにはない」
「はい…………」
ナマエは、大人しく湖から出た。
頼重は、ナマエの腕を掴み、現世に引き戻す。
あなたの声がなければ、どうなっていたのだろう?
ナマエの疑問は、中空で消えた。
◆◆◆
「×××××、あなたは仕合わせになりなさい」
誰かの声が聴こえる。
「例え、何を犠牲にしたとしても。この世で最も仕合わせになりなさい」
それは、ナマエの母の詞。祝いの詞は、今では呪言となり、彼を“誰よりも仕合わせにならなくてはならない”という渇望に駆り立てる。
朝。目覚めると、上総ナマエは泣いていた。
「おれは…………」
今朝見たはずの夢を、思い出せない。
涙を拭い、身支度をする。明神様に祈り、朝餉を済ませてから、仕事を始めた。
「ナマエ様、頼重様に新たに贈られてきた品々がございます。蔵の前に並べております故、記録をお願いいたします」
「分かった。すぐに向かう」
ナマエは、蔵前へ行き、荷解きをして中身を確認する。そして、目録に記していった。
「これは…………?」
封じられた壺の中に、一匹の大きな百足がいる。
「ナマエ様?」
「これは、呪詛だ」
「なっ!? 明神様をお呼びします!」
「いらぬ! 大した術ではない。おれが祓う」
ナマエは、箸を持って来させて、百足を摘まみ上げた。
諏訪の祝詞を唱え、「ふっ」と息を吹きかける。すると百足は、さらさらと塵になって消え失せる。
「おお…………」
「おれも、神職の端くれ。下等な呪など、息吹きで祓える」
ナマエは、苦々しい表情をした。
「これを寄越したのは誰だ?」
「すぐにお調べします!」
付き人が去った後、ナマエは仕事の続きを行う。
そうして、記録と蔵の中への保管を終えたところで、付き人が戻った。
「ナマエ様、あの壺を贈った者ですが、書かれた名も居所も、全くの嘘偽りでした」
「やはり」
ナマエは、然程慌てずに呟く。
実は、先刻彼が施したのは、単なる解呪ではない。呪詛返しである。
「頼重様には、おれがお伝えする」
「はっ」
ナマエは、頼重の元へ向かい、呪を寄越した者は百足に襲われているはずだと告げた。
「そうか。ならば、よし。ナマエ、おまえは変わりないか?」
「はい。大事ありません」
「では、下がってよろしい」
「失礼いたします」
ナマエが去ってから、頼重は思案する。
そして、神通力を以て術者のおおよその居場所を突き止めた。
「そこの者」
「はい」
「今から告げる所に、“百足と蛇に噛まれた者”がいる。その者を捕らえなさい」
「畏まりました」
こうして、術者は捕まり、一件落着する。
下手人になれず終いのつまらぬ男だった。
それよりも気がかりなのは、上総ナマエのこと。
ナマエは、“蛇”を差し向けたことに気付いていない。
頼重は、青年の行く末を見守ろうと、改めて思った。
◆◆◆
諏訪頼重が出陣することになった。
ナマエは、供をすると申し出る。そうして、諏訪大社から離れた。
1335年7月24日。北条時行が鎌倉を奪還した。
その様を、ナマエは遠くから見ていた。
それから、同年。諏訪頼重は自刃した。
その様を、ナマエは側で見ていた。
顔の皮を剥ぐのは、頼重から与えられた、彼の最後の役目。
それを終えた後、ナマエも死のうと思った。しかし。
「ナマエ。生きなさい」と、頼重の声が聴こえたから。彼は、走り出した。
ひたすらに駆け抜けて、駆け抜けて。
気付けば、人気のない泉にいた。
からからの喉を潤し、しばし水面に映る欠けた月を見る。
「頼重様…………」
神様を亡くした世界で、どう生きていけばよいのだろうか?
ナマエは、ひとり考えた。
己は、恩を返せていただろうか? 自分がいた意味はあったのだろうか?
今にも泣き叫びそうな心を抑え、ナマエは、また走り出す。
逃げて、生き延びなければならなかった。
黄泉路の供は、許されていない。
叶うなら、生きて貴方と共にいたかった。
もう、それは遠い夢。
上総ナマエが北条時行と再会したおり、彼は一瞬思ってしまった。
お前さえいなければ。
毒蛇 のように這う呪わしい詞。
「ナマエ殿?」
「……いえ、なんでも。時行様。おれは、あなたの味方です。なんなりとお申し付けください」
「ありがとう、ナマエ殿」
黒い蛇は、ナマエの心の臓に巻き付いている。
ある日、ナマエが寝床で目覚めた朝。ぷつり、と何かが切れた気がした。
ナマエは、自身を呪う。そして、この世をも呪う。
「ナマエ様、おはようござ……ひっ!?」
付き人が、いつも朝早くから顔を見せる執事が来ないので、心配して来た時。ナマエは、黒い大蛇を顕現させていた。
「し、雫様! ナマエ様が、蛇、蛇に!」
急ぎ、雫を呼びに行く付き人。
一方、ナマエは時行の元へ向かっていた。
「呪わしい……この世の全てが…………」
最早、怨念を抱いた化物になっている。
「ナマエ殿!?」
時行と相対した男は、けたけた笑った。
「まずは、お前だ…………」
蛇が、時行を襲う。
時行は、逃げた。逃げながら、考える。
今のナマエは、とても正気とは思えない。
あの蛇は、一体なんだ?
「兄様!」
「雫!」
「あれは、ナマエに巣食う呪いです! どうか、ナマエを助けてください!」
「分かった!」
刀を構え、ナマエと対峙する時行。
「ナマエ殿、いざ勝負!」
南北朝鬼ごっこ
怨嗟黒縄鬼 上総ナマエ
上総の生まれだから、氏を上総。名は、育ての親である神主が付けた。
「ナマエ」
「はい」
「お前も、もう十五歳。どこへなりと行くがいい」
1330年。十五回目のナマエが拾われた日。
「はい。おれは、諏訪大社へ行きます。明神様に仕え、諏訪へのご恩返しをいたします」
ナマエは、その日のうちに出立する。
諏訪の総本山、諏訪大社をこの目で見たい。明神様をこの目で見たい。
そんな憧れと共に。
信濃国へ入り、ひたすら目的地を目指す。
路銀は、加持祈祷を行い稼いだ。
持ってきた鰯の干物が尽きた頃、上社の本宮へと到着する。
「ここが、諏訪大社…………」
上総国の諏訪神社とは比べ物にならないほど立派な建造物。ナマエは、圧倒された。
ぼうっと突っ立っていると、巫女に話しかけられる。
「どうかなさいました?」
「ここで働かせていただきたい!」
「えっ?!」
「上総国のナマエと申します! 読み書きが出来ます! 料理も少し! 物覚えには自信があります! あとは、えーと、なんでもしますので! どうか!」
「少々お待ちくださいまし」
巫女は、屋内へと引っ込んで行った。
ナマエは、待つ。
しばらくすると、狩衣を着た男が、やって来た。
「あなたが来ることは、知っていました。私、諏訪頼重といいます」
「諏訪頼重様!? おれ、いや、私がお目通り叶うとは……」
すかさず、跪き、頭を垂れるナマエ。
「ナマエ。あなたは、えーと。未来では、立派な……あ、これまだダメか……まあ、頑張りなさい」
「それは、お仕え出来るということでしょうか?」
「ええ」
「ありがとうございます! 頼重様!」
ナマエの目が、真っ直ぐに頼重を捉えた。
その瞳は、僅かに狂気を光らせている。
その後。ナマエを巫女に任せてから、頼重は、物陰に潜んでいた童女に声をかけられた。
「とおさま。よかったのですか? あのものには、“呪”がかかっております」
それは、纏わり付く黒縄のように。
「あれは、元々は“祝”だったもの。ナマエは、打ち勝てる」
「そうですか…………」
そんな会話なぞ、露知らず。ナマエは、田舎者丸出しで、あちこちを見ては感嘆の声を上げていた。
「こちらを、あなたの居とされるよう仰せ付かっております」
「はい! 案内、誠に感謝いたします、巫女様」
「そんなに堅苦しくせずとも……」
「いえ、おれは、新参者ゆえ」
「ふふ。では、今日からよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします!」
そして、四年の月日が流れ。ナマエは、十九歳になった。
宣言通り、なんでもこなすようになったナマエは、諏訪の執事のひとりとして生活している。
北条時行が逃げ延びて来るまで、後少し。
◆◆◆
上総ナマエは、嘘をつくのが得意ではなかった。
しかし、それでも頼重は、長寿丸の正体が北条時行だと告げる。
「長寿丸殿!」
「ナマエ殿」
「鰯の干物です。郎党の皆と、どうぞ」
「ありがとうございます」
頼重は、ナマエに「普通の子供として接しなさい」とだけ言い含めた。それが、すとんと腑に落ちたので、生真面目な男は、弟がいたらこうする、ということをし続けている。
鰯は、ナマエの好物だ。上総国では、早朝の漁で取れた新鮮なものを焼いて食べていた。
「ナマエ殿」
「はい」
「上総国は、どのようなところですか?」
「おれがいたところは、海が近く、長閑なものでした。ただの田舎とも言いますが」
「海は……好きですか……?」
「ええ。諏訪神社は小高い丘にありました。そこから毎日、美しい海を眺めておりましたよ」
長寿丸は、嬉しそうに笑う。
「では、仕事に戻りますゆえ、失礼します」
「はい」
ナマエは、“表向き”の諏訪大社での出来事を綴っている。
日の出から、日の入りまで。記録をつけた。
また、出納帳や調度品の目録をつけるのも、彼の仕事である。
大恩ある諏訪のため、朝な夕な働いた。
「ナマエ」と、少女の声。
「雫様。いかがなさいました?」
「体に異変はありませんか?」
「ありませんが…………」
「そうですか」
上総ナマエの首元から足先まで、黒い蛇のような影が纏わり付いているのが、彼女には見えるのだ。
「何かあれば、すぐに言うように」
「はい!」
雫と別れ、自室へ戻る。
夕餉を済ませた後、一時散歩に出た。
諏訪湖を眺めて、心穏やかに過ごす。水面に映る月が揺らめき、何かを伝えようとしてるかのようだった。
「おれは、仕合わせだな」
ぽつりと呟く。
そう。仕合わせなのだ。それなのに、このどうしようもない“渇き”は、なんなのだろう?
頼重様なら、お教えくださるだろうか?
そうは思うのだが、その問いが恥じ入るべきもののような気がして。訊けないままでいる。
不協和。神楽の鈴の音に混じる異音。ナマエには、その正体が分からない。
ただ、解を求めて、湖の中へ入る。
「ナマエ!」
「…………」
視界が白と黒になっていた。うっすら聴こえるのは、明神様の声。
「頼重様?」
「ナマエ、何をしている?」
「おれは……月を掬おうとしておりました…………」
膝まで水に浸かっている男は、童のようなことを言う。
「お前の求めるものは、そこにはない」
「はい…………」
ナマエは、大人しく湖から出た。
頼重は、ナマエの腕を掴み、現世に引き戻す。
あなたの声がなければ、どうなっていたのだろう?
ナマエの疑問は、中空で消えた。
◆◆◆
「×××××、あなたは仕合わせになりなさい」
誰かの声が聴こえる。
「例え、何を犠牲にしたとしても。この世で最も仕合わせになりなさい」
それは、ナマエの母の詞。祝いの詞は、今では呪言となり、彼を“誰よりも仕合わせにならなくてはならない”という渇望に駆り立てる。
朝。目覚めると、上総ナマエは泣いていた。
「おれは…………」
今朝見たはずの夢を、思い出せない。
涙を拭い、身支度をする。明神様に祈り、朝餉を済ませてから、仕事を始めた。
「ナマエ様、頼重様に新たに贈られてきた品々がございます。蔵の前に並べております故、記録をお願いいたします」
「分かった。すぐに向かう」
ナマエは、蔵前へ行き、荷解きをして中身を確認する。そして、目録に記していった。
「これは…………?」
封じられた壺の中に、一匹の大きな百足がいる。
「ナマエ様?」
「これは、呪詛だ」
「なっ!? 明神様をお呼びします!」
「いらぬ! 大した術ではない。おれが祓う」
ナマエは、箸を持って来させて、百足を摘まみ上げた。
諏訪の祝詞を唱え、「ふっ」と息を吹きかける。すると百足は、さらさらと塵になって消え失せる。
「おお…………」
「おれも、神職の端くれ。下等な呪など、息吹きで祓える」
ナマエは、苦々しい表情をした。
「これを寄越したのは誰だ?」
「すぐにお調べします!」
付き人が去った後、ナマエは仕事の続きを行う。
そうして、記録と蔵の中への保管を終えたところで、付き人が戻った。
「ナマエ様、あの壺を贈った者ですが、書かれた名も居所も、全くの嘘偽りでした」
「やはり」
ナマエは、然程慌てずに呟く。
実は、先刻彼が施したのは、単なる解呪ではない。呪詛返しである。
「頼重様には、おれがお伝えする」
「はっ」
ナマエは、頼重の元へ向かい、呪を寄越した者は百足に襲われているはずだと告げた。
「そうか。ならば、よし。ナマエ、おまえは変わりないか?」
「はい。大事ありません」
「では、下がってよろしい」
「失礼いたします」
ナマエが去ってから、頼重は思案する。
そして、神通力を以て術者のおおよその居場所を突き止めた。
「そこの者」
「はい」
「今から告げる所に、“百足と蛇に噛まれた者”がいる。その者を捕らえなさい」
「畏まりました」
こうして、術者は捕まり、一件落着する。
下手人になれず終いのつまらぬ男だった。
それよりも気がかりなのは、上総ナマエのこと。
ナマエは、“蛇”を差し向けたことに気付いていない。
頼重は、青年の行く末を見守ろうと、改めて思った。
◆◆◆
諏訪頼重が出陣することになった。
ナマエは、供をすると申し出る。そうして、諏訪大社から離れた。
1335年7月24日。北条時行が鎌倉を奪還した。
その様を、ナマエは遠くから見ていた。
それから、同年。諏訪頼重は自刃した。
その様を、ナマエは側で見ていた。
顔の皮を剥ぐのは、頼重から与えられた、彼の最後の役目。
それを終えた後、ナマエも死のうと思った。しかし。
「ナマエ。生きなさい」と、頼重の声が聴こえたから。彼は、走り出した。
ひたすらに駆け抜けて、駆け抜けて。
気付けば、人気のない泉にいた。
からからの喉を潤し、しばし水面に映る欠けた月を見る。
「頼重様…………」
神様を亡くした世界で、どう生きていけばよいのだろうか?
ナマエは、ひとり考えた。
己は、恩を返せていただろうか? 自分がいた意味はあったのだろうか?
今にも泣き叫びそうな心を抑え、ナマエは、また走り出す。
逃げて、生き延びなければならなかった。
黄泉路の供は、許されていない。
叶うなら、生きて貴方と共にいたかった。
もう、それは遠い夢。
上総ナマエが北条時行と再会したおり、彼は一瞬思ってしまった。
お前さえいなければ。
「ナマエ殿?」
「……いえ、なんでも。時行様。おれは、あなたの味方です。なんなりとお申し付けください」
「ありがとう、ナマエ殿」
黒い蛇は、ナマエの心の臓に巻き付いている。
ある日、ナマエが寝床で目覚めた朝。ぷつり、と何かが切れた気がした。
ナマエは、自身を呪う。そして、この世をも呪う。
「ナマエ様、おはようござ……ひっ!?」
付き人が、いつも朝早くから顔を見せる執事が来ないので、心配して来た時。ナマエは、黒い大蛇を顕現させていた。
「し、雫様! ナマエ様が、蛇、蛇に!」
急ぎ、雫を呼びに行く付き人。
一方、ナマエは時行の元へ向かっていた。
「呪わしい……この世の全てが…………」
最早、怨念を抱いた化物になっている。
「ナマエ殿!?」
時行と相対した男は、けたけた笑った。
「まずは、お前だ…………」
蛇が、時行を襲う。
時行は、逃げた。逃げながら、考える。
今のナマエは、とても正気とは思えない。
あの蛇は、一体なんだ?
「兄様!」
「雫!」
「あれは、ナマエに巣食う呪いです! どうか、ナマエを助けてください!」
「分かった!」
刀を構え、ナマエと対峙する時行。
「ナマエ殿、いざ勝負!」
南北朝鬼ごっこ