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ずっと、人間とは何かを考えている。
それは、時と共に移ろうものであり、不変ではない。
「ミョウジ先生は、人がお嫌いなんですか?」と、空目恭一に訊かれた際に、私は言葉に詰まった。
「嫌いかどうかも、よく分からんな」
「そうですか」
空目は、何かを思案している。
彼は、たまに倫理の授業の後に話しかけてきて、私と様々な議論をした。
「先生は、俺と目指すところが同じかと思っていました」
「君の目指すところとは?」
「あちら側です」
「ああ、なるほど」
以前、話したことがある。オカルト的な話。我々がいるこちら側ではない世界。いわゆる、異界のこと。
「私は、向こうへ行くつもりはない。私は、黄昏時にいたいだけだ」
「黄昏時…………」
昼と夜の間。どっちつかずの曖昧な者。白黒つけずに、灰色でいたい。
「がっかりしたか?」
「いいえ」
「確実に戻れるのなら、あちら側へ行ってみたいとは思うな」
「その方法を見付けたら、お教えします」
「ああ、頼むよ」
そろそろ、休憩時間が終わる。私と空目は、別れた。
そして、放課後。
校舎裏で、夕焼けを見ながら、煙草を吸った。
「ふぅ」
私の顔の右側には、大きな火傷の痕がある。子供の頃、父親に熱湯をかけられたのだ。母が、半狂乱になって救急車を呼んだが、痕が残ってしまった。
その後、ふたりは離婚し、私は母子家庭で育つ。
火傷の痕は、私を孤立させ、本を読んでばかりの日々だった。
人間の残酷さについて考えているうちに、私は、オカルトと倫理に傾倒していく。そうして私は、倫理教師になった。
空目恭一とは、なんとなく気が合う。それに、君はなんだか目を離したら消えてしまいそうだから。私は、彼を心配している。
「…………」
少しの休憩を終えて、私は仕事を済ませて帰宅した。ひとり暮らしなので、悠々自適に生活している。
オカルトや哲学についての書籍が散乱した部屋。本棚は、とっくの昔に埋まっていた。
数日後。空目が行方不明になった。
村神が、私に空目がどこにいるか知らないかと尋ねてきたので、そのことを知る。
私には、察しがついた。彼は、あちら側へ行ってしまったのだと。
さて。君は、こちらへ戻って来れるのかな?
結果次第では、私もあちらへ行こう。
君のことだから、勝算があるのだろうな。
ひとり、煙草を燻らせながら、紫色の空を見上げた。
空目は、夜の中で何を見ているのだろう?
◆◆◆
「おかえり」と、私は、空目に言った。
廊下ですれ違い様に言ったからか、返事はない。
それから、午後になって。
倫理を選択科目にしている生徒たちに、日本の風土と伝統思想/日本の仏教を教えていく。空目は、静かに私の話を聞いている。
「真言宗を開いた空海は、三密の行により、この身のままで成仏を遂げることが出来る、即身成仏を説いた」
眠ってしまった者を起こしつつ、授業は進む。
日蓮の項に差し掛かったところで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「起立。礼。ありがとうございましたぁ」
号令係の生徒の声と共に、倫理の時間は終わる。
「ミョウジ先生」
「何か?」
空目は、生徒たちが出て行くのを横目で見ながら、小さな声で言った。
「あちらは、常闇の世界でしたよ」
「そうか。それで、行って帰って来る方法は?」
彼は、私に、神隠しの顛末を語る。それは、システムの話だった。神隠しとなった少女。異界への疑似餌。本物の怪異の認識。伝播するミーム。怪談という、己の世界への浸食。
「なるほどな。“当たりくじ”を引けばいいということか。ツテはある」
「ツテ?」
「私の代で流行り、いつの間にか誰も口にしなくなった儀式だ。君に教えることは出来ない」
「そうですか」
「空目」
「はい」
「貴重な情報、感謝する」
「俺は、先生を巻き込んでいるだけですよ」と、彼は、薄く笑った。
空目と別れ、自分のデスクへ向かう。
本が山積みになったそこは、小さな迷宮のようだ。
そこから、私は、一冊の古びたノートを取り出す。
中身を書いたのは、十年前の私だ。
鞄にそっとしまう。
さっさと仕事を終わらせ、寄り道せず帰宅した。
さて。ノートを開く。これには、“魔人様”を喚び出す儀式の手順が綴られている。
間違いなく私の筆跡であるが、私には、これを書いた記憶がない。ある日、実家の天井裏から発見されたのだ。
ノートに従い、携帯電話を用意する。そして、呪文を唱えながら、ある数列を押していく。
すると。
電話がかかってきた。
「もしもし?」
「×××××————————」
ノイズが聴こえる。よく聴くと、それは人の声のようでもあった。
私には、「望みは?」と訊かれているように感じられる。
「異界へ行って、戻って来たい」
「その願い、しかと聞いた」
「……っ!?」
いつの間にか、背後に黒い男がいた。
「あなたは、魔人か?」
驚愕を呑み込み、質問する。
「そう呼ばれることもある。私は、神野陰之。君は、宵闇に行って何がしたい?」
「未知を知りたいだけだ」
「例え、破滅するとしても?」
「破滅するつもりはない。私は、あらゆる事象を観測したいという強固な意志があるだけだ」
物心ついた頃には、私はすでに“観測者”としての目的意識があった。
人間とは何か? それは、相対性を以て導かれる答えか? そうではないのか?
私の眼は、“あらゆる事象を映すべきである”という一念によって存在している。
「君は、異界を通して人を視るつもりのようだが、それは何故かね?」
「私は、我が子に大火傷を負わせて、平然と生きている人間がいることを知っている。そんな、人間というものの正体を探しているに過ぎない」
神野は、口角を吊り上げて笑う。
「君の起源は、“探索者”ではない。それでも、異界へ行きたいと?」
「ああ」
「よろしい。では、よき旅を。灰色の賢者 の君」
まばたきをした一瞬のうちに、魔人は消えた。
そして、部屋の中を冷たい空気が満たしている。そこら中に、異形の肉が蠢いていた。
「…………」
私は、それを見た。私は、それを視た。私は、それを観た。
ノートに、それを描く。
ひたすら、スケッチをする。
そうしていると、“目隠し”が降りてきた。
「私の邪魔をするな!」
私は、それを振り払う。
一心不乱に描いて。気付いた時には、朝焼けが差す自室にいた。
「はは…………」
火傷の痕を引き攣らせて、笑う。
「ははははははははっ!」
目論見が上手くいったからか。楽しくて仕方ない。
ああ。空目恭一と話がしたい。
それは、時と共に移ろうものであり、不変ではない。
「ミョウジ先生は、人がお嫌いなんですか?」と、空目恭一に訊かれた際に、私は言葉に詰まった。
「嫌いかどうかも、よく分からんな」
「そうですか」
空目は、何かを思案している。
彼は、たまに倫理の授業の後に話しかけてきて、私と様々な議論をした。
「先生は、俺と目指すところが同じかと思っていました」
「君の目指すところとは?」
「あちら側です」
「ああ、なるほど」
以前、話したことがある。オカルト的な話。我々がいるこちら側ではない世界。いわゆる、異界のこと。
「私は、向こうへ行くつもりはない。私は、黄昏時にいたいだけだ」
「黄昏時…………」
昼と夜の間。どっちつかずの曖昧な者。白黒つけずに、灰色でいたい。
「がっかりしたか?」
「いいえ」
「確実に戻れるのなら、あちら側へ行ってみたいとは思うな」
「その方法を見付けたら、お教えします」
「ああ、頼むよ」
そろそろ、休憩時間が終わる。私と空目は、別れた。
そして、放課後。
校舎裏で、夕焼けを見ながら、煙草を吸った。
「ふぅ」
私の顔の右側には、大きな火傷の痕がある。子供の頃、父親に熱湯をかけられたのだ。母が、半狂乱になって救急車を呼んだが、痕が残ってしまった。
その後、ふたりは離婚し、私は母子家庭で育つ。
火傷の痕は、私を孤立させ、本を読んでばかりの日々だった。
人間の残酷さについて考えているうちに、私は、オカルトと倫理に傾倒していく。そうして私は、倫理教師になった。
空目恭一とは、なんとなく気が合う。それに、君はなんだか目を離したら消えてしまいそうだから。私は、彼を心配している。
「…………」
少しの休憩を終えて、私は仕事を済ませて帰宅した。ひとり暮らしなので、悠々自適に生活している。
オカルトや哲学についての書籍が散乱した部屋。本棚は、とっくの昔に埋まっていた。
数日後。空目が行方不明になった。
村神が、私に空目がどこにいるか知らないかと尋ねてきたので、そのことを知る。
私には、察しがついた。彼は、あちら側へ行ってしまったのだと。
さて。君は、こちらへ戻って来れるのかな?
結果次第では、私もあちらへ行こう。
君のことだから、勝算があるのだろうな。
ひとり、煙草を燻らせながら、紫色の空を見上げた。
空目は、夜の中で何を見ているのだろう?
◆◆◆
「おかえり」と、私は、空目に言った。
廊下ですれ違い様に言ったからか、返事はない。
それから、午後になって。
倫理を選択科目にしている生徒たちに、日本の風土と伝統思想/日本の仏教を教えていく。空目は、静かに私の話を聞いている。
「真言宗を開いた空海は、三密の行により、この身のままで成仏を遂げることが出来る、即身成仏を説いた」
眠ってしまった者を起こしつつ、授業は進む。
日蓮の項に差し掛かったところで、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「起立。礼。ありがとうございましたぁ」
号令係の生徒の声と共に、倫理の時間は終わる。
「ミョウジ先生」
「何か?」
空目は、生徒たちが出て行くのを横目で見ながら、小さな声で言った。
「あちらは、常闇の世界でしたよ」
「そうか。それで、行って帰って来る方法は?」
彼は、私に、神隠しの顛末を語る。それは、システムの話だった。神隠しとなった少女。異界への疑似餌。本物の怪異の認識。伝播するミーム。怪談という、己の世界への浸食。
「なるほどな。“当たりくじ”を引けばいいということか。ツテはある」
「ツテ?」
「私の代で流行り、いつの間にか誰も口にしなくなった儀式だ。君に教えることは出来ない」
「そうですか」
「空目」
「はい」
「貴重な情報、感謝する」
「俺は、先生を巻き込んでいるだけですよ」と、彼は、薄く笑った。
空目と別れ、自分のデスクへ向かう。
本が山積みになったそこは、小さな迷宮のようだ。
そこから、私は、一冊の古びたノートを取り出す。
中身を書いたのは、十年前の私だ。
鞄にそっとしまう。
さっさと仕事を終わらせ、寄り道せず帰宅した。
さて。ノートを開く。これには、“魔人様”を喚び出す儀式の手順が綴られている。
間違いなく私の筆跡であるが、私には、これを書いた記憶がない。ある日、実家の天井裏から発見されたのだ。
ノートに従い、携帯電話を用意する。そして、呪文を唱えながら、ある数列を押していく。
すると。
電話がかかってきた。
「もしもし?」
「×××××————————」
ノイズが聴こえる。よく聴くと、それは人の声のようでもあった。
私には、「望みは?」と訊かれているように感じられる。
「異界へ行って、戻って来たい」
「その願い、しかと聞いた」
「……っ!?」
いつの間にか、背後に黒い男がいた。
「あなたは、魔人か?」
驚愕を呑み込み、質問する。
「そう呼ばれることもある。私は、神野陰之。君は、宵闇に行って何がしたい?」
「未知を知りたいだけだ」
「例え、破滅するとしても?」
「破滅するつもりはない。私は、あらゆる事象を観測したいという強固な意志があるだけだ」
物心ついた頃には、私はすでに“観測者”としての目的意識があった。
人間とは何か? それは、相対性を以て導かれる答えか? そうではないのか?
私の眼は、“あらゆる事象を映すべきである”という一念によって存在している。
「君は、異界を通して人を視るつもりのようだが、それは何故かね?」
「私は、我が子に大火傷を負わせて、平然と生きている人間がいることを知っている。そんな、人間というものの正体を探しているに過ぎない」
神野は、口角を吊り上げて笑う。
「君の起源は、“探索者”ではない。それでも、異界へ行きたいと?」
「ああ」
「よろしい。では、よき旅を。
まばたきをした一瞬のうちに、魔人は消えた。
そして、部屋の中を冷たい空気が満たしている。そこら中に、異形の肉が蠢いていた。
「…………」
私は、それを見た。私は、それを視た。私は、それを観た。
ノートに、それを描く。
ひたすら、スケッチをする。
そうしていると、“目隠し”が降りてきた。
「私の邪魔をするな!」
私は、それを振り払う。
一心不乱に描いて。気付いた時には、朝焼けが差す自室にいた。
「はは…………」
火傷の痕を引き攣らせて、笑う。
「ははははははははっ!」
目論見が上手くいったからか。楽しくて仕方ない。
ああ。空目恭一と話がしたい。