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廃墟となった診療所がある。
そこに住んでいるのは、自称医者の白衣の男。通称、ドクター・スモーキー。壊れた聴診器を首にかけている。
診療代として、煙草を要求するヘビースモーカーだ。
「よう、スモーキー」
「よう、グール。元気か?」
「元気さ。ヤクが切れてなけりゃな」
「煙草は?」
スモーキーが訊くと、グールこと、クーパーは、煙草を1カートン投げてくる。
「よし、いいだろう。待ってろ」
デスクから離れて、薬品棚へ向かう。
サイコ、バファウト、ジェット、メンタス。メジャーな薬物は揃っている。
「ほらよ、クーパー」
「どうも、お医者様」
「煙草を手に入れたら、いつでも来い。歓迎してやる」
「ああ、分かった」
クーパーは、目当てのヤクを受け取り、去って行った。
ひとりになったスモーキーは、早速煙草を吸い始める。
デスクの上に足を乗せて、椅子をギィギィ鳴らす。利き手には、煙草。
「ふう」
煙を肺に入れて、息を吐く。その行為が、唯一彼の安らげることだった。
「quem di diligunt juvenis moritur.」
ラテン語で、神々が愛する者は若くして死ぬ、と呟くスモーキー。
彼が寿命を削るように喫煙するのは、早死にしても構わないからだ。
クソみたいなウェイストランドには、飽き飽きしている。
暇潰しに、ボロボロの本を読む。もちろん、煙草を吸いながら。
中身は、とうに暗記していた。つまらないが、他にすることもない。
「あークソ……!」
ニコチンが血管を収縮させ、一酸化炭素は血液の酸素を運ぶ能力を低下させる。スモーキーに、酸素不足を引き起こした。
酸欠状態が脳や内耳の働きに影響を与え、ぐるぐる回るような目眩がする。
ドクター・スモーキーは、診療所の出入り口に鍵をかけた。
そして、古びたベッドに横になる。
また、天国に近付いた。そう思うことで、平静を保つ。
仮眠をとってから体を起こすと、夕暮れになっていた。
「日は変わっても、同じクソってな」
古い小説を引用した台詞を吐き、スモーキーは、仕事を再開する。
◆◆◆
一週間振りに、クーパーがやって来た。
「よう、クーパー」
「ほら、煙草だ」
1カートンの煙草。
「オーケー。薬を出そう」
いつも通り、煙草と引き換えにヤクを渡す。
その日は珍しく、ふたりで煙草を吸った。
特に会話はない。ただ並んで、診療所の中で煙を吸ったり吐いたりした。
そこには、静かな時間の流れだけがある。
◆◆◆
ドクター・スモーキーは、困っていた。無論、ウェイストランドでは困っていない人間を数えた方が早いだろうが。
スモーキーは、ジェットをキメたせいで、首吊り死体の幻覚を見ているのである。
しかも、その首吊り死体たちは、彼に話しかけてきたから、性質が悪い。
「ナマエ、あなたもこうなるのよ」
「ナマエ、お前も死ぬんだ」
「知ってるよ! ガキじゃねぇんだ!」
死体は、スモーキーの両親だった。
ある朝、目覚めたら、ふたりは首吊り自殺をしていたのだ。
宙吊りになっている両親の横で、ひとりで朝食のリスの肉を食べたことを、よく覚えている。
「俺は、自殺なんてしねぇ! 天国へ行くんだ!」
バッドトリップを振り払いたくて、ラジオをつけた。ろくでもないクラシック音楽が聴こえてきて、尚更気分が悪くなる。
ラジオを消しても、クラシックと両親の声は聴こえ続けた。
「ナマエ」
「息子よ」
「うるさい!」
スモーキーは、ジェットの空の容器を放り投げる。
「俺は、ナマエじゃない! スモーキーだ!」
叫び声を上げる男。そこに、別の男がやって来た。
グールのクーパーである。
「スモーキー? なに騒いでる?」
「ああ、あんたか。いや、ちょっと幽霊が見えてな」
「お大事に」
「ははは。医者の不養生さ」
ふたりは、いつも通りに取り引きをした。煙草とヤクの交換。
「お前、ナマエって名前なのか?」
「二度と、その名前で呼ぶな。分かったか? クーパー」
「失礼。ドクター・スモーキー」
グールは、恭しく一礼した。
「……もう、うんざりなんだ。自分の過去には」
スモーキーは、片手で両目を覆う。
「俺は…………」
「悪いが、人生相談なら、他の奴にしてくれ」
「そうするよ。じゃあな、グール」
クーパーが去ってから、スモーキーは、鍵をかけた。今日は、休業だ。
ベッドに横になり、目を閉じる。
休暇が欲しい。長い休暇が。
それは、永い眠りのことである。
スモーキーは、生まれてしまったから、仕方なく人生をやっているだけだ。
男は、眠ることも出来ず、薬が切れるまで、じっと耐えるしかない。
やっぱり、煙草しかねぇな。
そう考えた。
ヘビースモーカーでいること。それだけが、産み落とされたことへの、たったひとつの反抗。
ナマエ・ミョウジなんて、もういない。
ウェイストランドで生きている男の名前は、スモーキーだ。
ただの、煤けた男である。
◆◆◆
診療所の庭に生えているハブフラワーとブロックフラワーとサンダールートの世話をしていると、“患者”がやって来た。
「ドクター・スモーキー…………」
「なんだ?」
患者は、貧相な女で、何かを言い淀んでいる。
「その、妊娠したかもしれなくて」
「なるほど。助手に調べさせよう。別室へ案内する」
スモーキーは、女を連れて、助手が控えてる部屋に招いた。
「ナーサリーライム、患者だ」
「はい。ドクター・スモーキー。私は、何をすれば?」
ロボット、ミス・ナニーが返事をする。
「彼女が妊娠してるかどうか調べてくれ」
「承知いたしました、ドクター」
「俺は、廊下にいる。終わったら呼べ」
「はい、ドクター・スモーキー」
医者は、廊下で煙草をふかしながら待った。
「ドクター、検査が終わりました」
ナーサリーライムの声。スモーキーは、部屋に入る。
「結果は?」
「妊娠しております。おめでたいですね、ドクター」
「どうだかね。そういうことだが、どうする?」
「私、産みます」
「そうかい。それじゃあ、定期的に受診するように。ナーサリーライム」
ロボットから、ボロボロの冊子を受け取った。
「妊婦のためのアレソレが書いてある。字は読めるな?」
「はい。ありがとうございます、ドクター」
患者を見送り、再び煙草を吸い始めるスモーキー。
「ドクター、煙草は人体に良くないですよ。代わりに、キャンディはいかがです?」
「結構だ、ナーサリーライム」
「そうですか」
「果たして、こんな世界に生まれて幸せなのかね?」
「生まれてくる命は、祝福しなくては!」
ナーサリーライムは、はっきりと言った。
スモーキーは、ただ煙草の煙を吐くだけである。
「旦那様も奥様も、あなたの誕生を、それはそれは喜んでいらっしゃいました」
「昔話はよせ、ナーサリーライム」
「失礼しました、ドクター・スモーキー」
女がひとりで来たということは、父親は逃げたか、死んだか。
なんにせよ、円満な家庭環境とは言えそうにない。
ウェイストランドで幸福を見付けるのは、至難の業だろう。
「ドクター」
「ん?」
「火傷しますよ」
「ああ、ありがとう」
短くなった煙草を、デスクの上の灰皿に押し付ける。
そして、白衣のポケットから出した煙草ケースをトントンと叩き、新しい一本を吸い始めた。
「ふう」
スモーキーが死んだ後、この診療所は、ナーサリーライムが継ぐことになっている。
薬の作り方も教えてあるし、強力な武器も取り付けてある。
俺の遺体は、可能な限り医療に役立ててくれ。
そう言付けてもいた。
◆◆◆
「キャップを寄越しな」と、診療所に入ってきた賊は言った。
ドクター・スモーキーは、煙草の煙を吐いて、静かに告げる。
「患者を飛び越えて、死体になりたいのか?」
「ごっこ遊びをしに来たんじゃねぇ。さっさと出せ」
銃を向けられるのは、気分のいいものではない。
「ナーサリーライム、時間を稼げ!」
「かしこまりました、ドクター」
ミス・ナニーは、ドクターが取り付けた銃を賊の男に向けて撃った。
「このクソロボット!」
その間に、ドクターは、バファウトとサイコをキメて、モンキーレンチを男の頭に振り下ろす。
「がっ!?」
男は、倒れて動かなくなった。
「さて。ナーサリーライム、解剖の時間だ」
「素晴らしい! 医者の鑑ですね、ドクター・スモーキー」
男を手術室に運び、目玉や内臓を取り出して、保存液に浸ける。ついでに歯や金目のものは、売りに行くことにした。
「煙草を持ってないとは、クズが」
遺体から奪ったキャップと銃をしまいながら、スモーキーは毒突く。
「ナーサリーライム、留守を頼む。誰も入れるなよ」
「はい、ドクター。いってらっしゃいませ」
スモーキーは、近くの街、フィリーへ向かった。
そこで、賊の服やら歯やら骨やらを売り払う。
これで、収支はプラスになった。
「スモーキー?」
「……クーパーか」
「珍しいな。こんなところで会うとは」
「そうだな」
白衣の男は、煙草を吸いながら同意する。
「今朝、“急患”が来てな。置き土産を遺してくれたよ」
「なるほどな」
現在は、夕暮れ時だ。解体には、かなり時間がかかるから、無理もない。
「もう用もないから、帰るよ。じゃあな、グール」
「ああ。さよなら、ドクター・スモーキー」
スモーキーは、煙草をくわえて、帰路についた。
彼は、荒涼としたカリフォルニアを歩くのが好きではない。
自分の診療所にこもっているのが、性に合っていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、ドクター」
「誰か来たか?」
「いいえ、誰も」
「ならいい」
スモーキーは、どかっと椅子に座り、デスクの上に足を投げ出す。
吸い殻でいっぱいの灰皿に煙草を押し付けて、新たに吸い始めた。
「ふう」
「ドクター・スモーキー。昼食を摂っていません」
「忘れてた」
キッチンへ向かい、保存していたイグアナの角切りを食べる。
「ドクターは、すぐ食事を忘れますね」
ナーサリーライムは、心配しているらしい。
「悪かったな。でも、今日は仕方ないだろ。強盗が来やがったせいだ」
スモーキーは、言い訳をした。
「Gloria Patri et Filio, et Spiritui Sancto.Sicut erat in principio,et nunc, et semper,et in saecula saeculorum. Amen.」
栄唱を口にするスモーキー。誤魔化すように。
そこに住んでいるのは、自称医者の白衣の男。通称、ドクター・スモーキー。壊れた聴診器を首にかけている。
診療代として、煙草を要求するヘビースモーカーだ。
「よう、スモーキー」
「よう、グール。元気か?」
「元気さ。ヤクが切れてなけりゃな」
「煙草は?」
スモーキーが訊くと、グールこと、クーパーは、煙草を1カートン投げてくる。
「よし、いいだろう。待ってろ」
デスクから離れて、薬品棚へ向かう。
サイコ、バファウト、ジェット、メンタス。メジャーな薬物は揃っている。
「ほらよ、クーパー」
「どうも、お医者様」
「煙草を手に入れたら、いつでも来い。歓迎してやる」
「ああ、分かった」
クーパーは、目当てのヤクを受け取り、去って行った。
ひとりになったスモーキーは、早速煙草を吸い始める。
デスクの上に足を乗せて、椅子をギィギィ鳴らす。利き手には、煙草。
「ふう」
煙を肺に入れて、息を吐く。その行為が、唯一彼の安らげることだった。
「quem di diligunt juvenis moritur.」
ラテン語で、神々が愛する者は若くして死ぬ、と呟くスモーキー。
彼が寿命を削るように喫煙するのは、早死にしても構わないからだ。
クソみたいなウェイストランドには、飽き飽きしている。
暇潰しに、ボロボロの本を読む。もちろん、煙草を吸いながら。
中身は、とうに暗記していた。つまらないが、他にすることもない。
「あークソ……!」
ニコチンが血管を収縮させ、一酸化炭素は血液の酸素を運ぶ能力を低下させる。スモーキーに、酸素不足を引き起こした。
酸欠状態が脳や内耳の働きに影響を与え、ぐるぐる回るような目眩がする。
ドクター・スモーキーは、診療所の出入り口に鍵をかけた。
そして、古びたベッドに横になる。
また、天国に近付いた。そう思うことで、平静を保つ。
仮眠をとってから体を起こすと、夕暮れになっていた。
「日は変わっても、同じクソってな」
古い小説を引用した台詞を吐き、スモーキーは、仕事を再開する。
◆◆◆
一週間振りに、クーパーがやって来た。
「よう、クーパー」
「ほら、煙草だ」
1カートンの煙草。
「オーケー。薬を出そう」
いつも通り、煙草と引き換えにヤクを渡す。
その日は珍しく、ふたりで煙草を吸った。
特に会話はない。ただ並んで、診療所の中で煙を吸ったり吐いたりした。
そこには、静かな時間の流れだけがある。
◆◆◆
ドクター・スモーキーは、困っていた。無論、ウェイストランドでは困っていない人間を数えた方が早いだろうが。
スモーキーは、ジェットをキメたせいで、首吊り死体の幻覚を見ているのである。
しかも、その首吊り死体たちは、彼に話しかけてきたから、性質が悪い。
「ナマエ、あなたもこうなるのよ」
「ナマエ、お前も死ぬんだ」
「知ってるよ! ガキじゃねぇんだ!」
死体は、スモーキーの両親だった。
ある朝、目覚めたら、ふたりは首吊り自殺をしていたのだ。
宙吊りになっている両親の横で、ひとりで朝食のリスの肉を食べたことを、よく覚えている。
「俺は、自殺なんてしねぇ! 天国へ行くんだ!」
バッドトリップを振り払いたくて、ラジオをつけた。ろくでもないクラシック音楽が聴こえてきて、尚更気分が悪くなる。
ラジオを消しても、クラシックと両親の声は聴こえ続けた。
「ナマエ」
「息子よ」
「うるさい!」
スモーキーは、ジェットの空の容器を放り投げる。
「俺は、ナマエじゃない! スモーキーだ!」
叫び声を上げる男。そこに、別の男がやって来た。
グールのクーパーである。
「スモーキー? なに騒いでる?」
「ああ、あんたか。いや、ちょっと幽霊が見えてな」
「お大事に」
「ははは。医者の不養生さ」
ふたりは、いつも通りに取り引きをした。煙草とヤクの交換。
「お前、ナマエって名前なのか?」
「二度と、その名前で呼ぶな。分かったか? クーパー」
「失礼。ドクター・スモーキー」
グールは、恭しく一礼した。
「……もう、うんざりなんだ。自分の過去には」
スモーキーは、片手で両目を覆う。
「俺は…………」
「悪いが、人生相談なら、他の奴にしてくれ」
「そうするよ。じゃあな、グール」
クーパーが去ってから、スモーキーは、鍵をかけた。今日は、休業だ。
ベッドに横になり、目を閉じる。
休暇が欲しい。長い休暇が。
それは、永い眠りのことである。
スモーキーは、生まれてしまったから、仕方なく人生をやっているだけだ。
男は、眠ることも出来ず、薬が切れるまで、じっと耐えるしかない。
やっぱり、煙草しかねぇな。
そう考えた。
ヘビースモーカーでいること。それだけが、産み落とされたことへの、たったひとつの反抗。
ナマエ・ミョウジなんて、もういない。
ウェイストランドで生きている男の名前は、スモーキーだ。
ただの、煤けた男である。
◆◆◆
診療所の庭に生えているハブフラワーとブロックフラワーとサンダールートの世話をしていると、“患者”がやって来た。
「ドクター・スモーキー…………」
「なんだ?」
患者は、貧相な女で、何かを言い淀んでいる。
「その、妊娠したかもしれなくて」
「なるほど。助手に調べさせよう。別室へ案内する」
スモーキーは、女を連れて、助手が控えてる部屋に招いた。
「ナーサリーライム、患者だ」
「はい。ドクター・スモーキー。私は、何をすれば?」
ロボット、ミス・ナニーが返事をする。
「彼女が妊娠してるかどうか調べてくれ」
「承知いたしました、ドクター」
「俺は、廊下にいる。終わったら呼べ」
「はい、ドクター・スモーキー」
医者は、廊下で煙草をふかしながら待った。
「ドクター、検査が終わりました」
ナーサリーライムの声。スモーキーは、部屋に入る。
「結果は?」
「妊娠しております。おめでたいですね、ドクター」
「どうだかね。そういうことだが、どうする?」
「私、産みます」
「そうかい。それじゃあ、定期的に受診するように。ナーサリーライム」
ロボットから、ボロボロの冊子を受け取った。
「妊婦のためのアレソレが書いてある。字は読めるな?」
「はい。ありがとうございます、ドクター」
患者を見送り、再び煙草を吸い始めるスモーキー。
「ドクター、煙草は人体に良くないですよ。代わりに、キャンディはいかがです?」
「結構だ、ナーサリーライム」
「そうですか」
「果たして、こんな世界に生まれて幸せなのかね?」
「生まれてくる命は、祝福しなくては!」
ナーサリーライムは、はっきりと言った。
スモーキーは、ただ煙草の煙を吐くだけである。
「旦那様も奥様も、あなたの誕生を、それはそれは喜んでいらっしゃいました」
「昔話はよせ、ナーサリーライム」
「失礼しました、ドクター・スモーキー」
女がひとりで来たということは、父親は逃げたか、死んだか。
なんにせよ、円満な家庭環境とは言えそうにない。
ウェイストランドで幸福を見付けるのは、至難の業だろう。
「ドクター」
「ん?」
「火傷しますよ」
「ああ、ありがとう」
短くなった煙草を、デスクの上の灰皿に押し付ける。
そして、白衣のポケットから出した煙草ケースをトントンと叩き、新しい一本を吸い始めた。
「ふう」
スモーキーが死んだ後、この診療所は、ナーサリーライムが継ぐことになっている。
薬の作り方も教えてあるし、強力な武器も取り付けてある。
俺の遺体は、可能な限り医療に役立ててくれ。
そう言付けてもいた。
◆◆◆
「キャップを寄越しな」と、診療所に入ってきた賊は言った。
ドクター・スモーキーは、煙草の煙を吐いて、静かに告げる。
「患者を飛び越えて、死体になりたいのか?」
「ごっこ遊びをしに来たんじゃねぇ。さっさと出せ」
銃を向けられるのは、気分のいいものではない。
「ナーサリーライム、時間を稼げ!」
「かしこまりました、ドクター」
ミス・ナニーは、ドクターが取り付けた銃を賊の男に向けて撃った。
「このクソロボット!」
その間に、ドクターは、バファウトとサイコをキメて、モンキーレンチを男の頭に振り下ろす。
「がっ!?」
男は、倒れて動かなくなった。
「さて。ナーサリーライム、解剖の時間だ」
「素晴らしい! 医者の鑑ですね、ドクター・スモーキー」
男を手術室に運び、目玉や内臓を取り出して、保存液に浸ける。ついでに歯や金目のものは、売りに行くことにした。
「煙草を持ってないとは、クズが」
遺体から奪ったキャップと銃をしまいながら、スモーキーは毒突く。
「ナーサリーライム、留守を頼む。誰も入れるなよ」
「はい、ドクター。いってらっしゃいませ」
スモーキーは、近くの街、フィリーへ向かった。
そこで、賊の服やら歯やら骨やらを売り払う。
これで、収支はプラスになった。
「スモーキー?」
「……クーパーか」
「珍しいな。こんなところで会うとは」
「そうだな」
白衣の男は、煙草を吸いながら同意する。
「今朝、“急患”が来てな。置き土産を遺してくれたよ」
「なるほどな」
現在は、夕暮れ時だ。解体には、かなり時間がかかるから、無理もない。
「もう用もないから、帰るよ。じゃあな、グール」
「ああ。さよなら、ドクター・スモーキー」
スモーキーは、煙草をくわえて、帰路についた。
彼は、荒涼としたカリフォルニアを歩くのが好きではない。
自分の診療所にこもっているのが、性に合っていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、ドクター」
「誰か来たか?」
「いいえ、誰も」
「ならいい」
スモーキーは、どかっと椅子に座り、デスクの上に足を投げ出す。
吸い殻でいっぱいの灰皿に煙草を押し付けて、新たに吸い始めた。
「ふう」
「ドクター・スモーキー。昼食を摂っていません」
「忘れてた」
キッチンへ向かい、保存していたイグアナの角切りを食べる。
「ドクターは、すぐ食事を忘れますね」
ナーサリーライムは、心配しているらしい。
「悪かったな。でも、今日は仕方ないだろ。強盗が来やがったせいだ」
スモーキーは、言い訳をした。
「Gloria Patri et Filio, et Spiritui Sancto.Sicut erat in principio,et nunc, et semper,et in saecula saeculorum. Amen.」
栄唱を口にするスモーキー。誤魔化すように。