犯罪者の間でも、有名な者がいる。
　ボブという、ハロウィンに殺人を犯す悪魔のような男だ。
　人をバラバラにして、食っていたらしい。

「で、お前は悪魔に襲われたんだって？」
「ああ、そうだよ……」
「そりゃあ、災難だったな。噂じゃ、ボブは不死身だそうだ」
「……どうも」

　お菓子のショーケース越しに会話をする、ふたりの男。ナマエとケビン。
　お前が殺されなくて、よかった。
　そう言えたらいいのに、ナマエは言葉を上手く出せずにいる。

「それで、君は、今日は何しに？」
「ハッピーハロウィン」
「えっ？」

　ナマエは、タンブラーに入れたカフェオレを渡した。

「忙しいだろうから、差し入れだ。じゃあな、ケビン」
「……ありがとう、ナマエ」

　背を向けて、ひらひら手を振りながら去って行くナマエ。
　キャンディクラブから出ると、仮装した人々がたくさんいた。
　ナマエは、上着のポケットから、スクリームマスクを取り出して被る。
　そして、薄暗い路地裏を進んで行った。

「よう、ナマエだな？」

　声をかけてきたのは、ジェイソンマスクの男。

「ああ」
「ブツは？」
「この中だ」

　お菓子メーカーの袋を差し出す。中身は、合法ドラッグである。

「オーケー。金は、いつものとこに」
「了解。お買い上げ、どうも」

　ナマエは、ジェイソンと別れて、表通りへ向かった。
　ハロウィンは、顔を隠していても怪しまれない、絶好の仕事日和である。
　スクリームマスクのまま、ナマエは、淡々と麻薬を売り捌いていく。
　お菓子の袋を見る度に、ケビンのことを思い出してしまうのが嫌だった。
　こんな自分を見たら、ケビンは怒ってくれるのだろうか？
　それとも、軽蔑される？
　ナマエは、ケビンを失うのが怖かった。
　死んでほしくないし、自分と話してほしいし、同じくらいの重さの感情を持ってほしい。
　いつの間にか、ナマエは、マスクの下で泣いていた。
　無理だ。俺は、ケビンの隣に立てるような人間じゃない。
　自宅に帰り、鏡の前でマスクを外した。

「酷い顔」

　目元が腫れている。
　冷たい水で、顔を洗った。

「はぁ…………」

　ソファーに寝転び、テレビをつける。
　古い映画が流れていた。
　映画の中の王女のように、一日だけでも自由になりたい。
　麻薬売買に手を染めてしまった男は、もうその汚れを落とすことが出来ない。
　ナマエのハロウィンナイトは、憂鬱なものになってしまった。