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触れることすら出来ない相手と、“ひとつになる”には、どうすればいいのだろう?
おれの硬度は、十。色は、冷たく突き放すような青色。
みんなは、おれを“寛大”と言うが、それは違うと思う。おれは、鈍くて、無頓着なだけなのだ。
そんなおれにも、好きなやつがいる。同い年の、ジェードだ。誰よりも愛しく想っている。しかし、容易に触れることは出来ない。
身体という、境界線がある。明確な、違いがある。何故、おれたちは個体として分かたれているのだろう?
悲しい。とても悲しい。
例えば、おれとジェードが融け合って、ひとつの宝石になれたのなら、幸せだろうに。
◆◆◆
今日も、朝に自室で目覚める。飾ってある青色のハナを一瞥し、身支度をする。
大きめの弓形片刃剣を帯刀し、朝礼に出た後、いつもの巡回を開始する。
おれの役目は、戦闘員だが、誰とも組むことはない。ひとりで、丘全体を見回るのが仕事だ。おれは、足が速いから。イエローダイヤモンド以外は誰もついて来れない。
西の浜から、虚の岬まで、辺りに目を配りながら、地面を踏み締め、駆けるのだ。
切の湿原まで来たところで、おれは足を止めた。ここが好きだ。薄暗い感じが、なんだか気に入っている。
おれは、“ブルーダイヤモンド”は、何故こんなにも内向的になった?
おれたち宝石の性格を形成した要因とは?
答えの出ないことばかり考えてしまう。
「はぁ」
生きてるって、どういうこと?
おれは、頭に浮かんだ疑問を振り切るように、駆け出した。虚の岬を目指す。
岬の洞穴へ行くと、シンシャがいた。
「やあ、シンシャ」
「ブルーか。俺に用か?」
「様子を見に来た。元気か?」
おれが近付こうとすると、彼に睨まれる。
「それ以上近付くな。毒がかかる」
「分かったよ。返事は?」
「いつも通りだ」
「そうか」
そっぽを向くシンシャ。もう話す気はないらしい。
「またな、シンシャ」
「…………」
おれは、仕事に戻ることにした。日が暮れるまで、職務を全うする。
帰ると、ダイヤが話しかけてきた。
「あ、ブルー! 少し話さない?」
「ああ」
「部屋に行ってもいい?」
「いいよ」
おれの部屋に行き、ダイヤモンドと話す。
「聞かせて? 恋のお話」
「特に進展はないぞ」
「えー! なんでよ? ジェードに好きって言いなよ」
「そうもいかない。おれの気持ちが、本当に恋なのかすら分からない」
ダイヤは、「ブルーは、考え過ぎなんだから」と言った。それは、その通りだ。
こんな性格、出来ることならやめたいよ。
その日は、少し暗い気持ちで眠りについた。
翌朝。いつもの朝礼の後。
「ブルー」
「ジェード……どうした…………?」
「いや、ちょっと相談があって。その、フォスのことなんだけど」
「うん」
「巡回の時、それとなく見てやってほしい。最近のフォスは、あまりにも危なっかしいから」
「了解した」
きみに頼られることが、嬉しかった。
確かに、近頃のフォスときたら、勝手なことばかりしている。ひとりで行動することが多い。海へ潜りさえしていた。
やはり、年長者であるおれたちが、見守ってやるべきだろう。
この時のおれは、呑気だった。フォスを中心とした事態の行く末のことなど、何も分かっていなかったんだ。
◆◆◆
月から帰って来たフォスフォフィライトは、ある晩、おれに囁いた。
「ねぇ、ブルー。もっと知らないことを知りたくない? 月に行けば、たくさんのことが分かると思うよ」
「月へ……?」
「一緒に行こうよ」
おれは、知りたい。おれのことも、ジェードのことも。
フォスの誘いに乗り、夜半に虚の岬へ向かう。
月へ行くと決めたものたちが、他にもいた。
さよなら、ジェード。いつかまた会う日まで。
月に到着すると、おれたちは歓迎された。
「喋るんだな、月人…………」
「うん。ムカつくよねー」と、フォス。
意志疎通出来るものを、攻撃して、拐っていたのか。
おれは、かなりの衝撃を受けた。
月での暮らしは、刺激的で。毎日が学びに満ちていた。
おれは、おれのことが知りたい。
月に来て思ったことは、ここには、ジェードがいないということだ。
彼がいないのに、おれは平静でいられる。遠くにいても、やっぱりきみは愛しかった。
ある日、カンゴームとエクメアが、結婚式なるものをする。
恋愛に関する儀式らしい。
おれは、ジェードと結婚する自分を想像した。それは、なんだか嬉しいことのように思える。
「ブルー!」
「ダイヤ」
「光マカロン食べた? 美味しいわよ」
「ああ、食べてみるよ」
物思いから、現実に意識をやり、祭典を楽しむことにした。おれは、大昔の慣習を興味深く見るようにする。
◆◆◆
おれが今までしていたことは、哲学というらしい。
月で、おれは、哲学や人間の習俗を学んでいった。
どうやら、太古の昔から、人は恋愛に重きを置いていたようだ。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす、か」
「なあに? それ」
「鳴かない虫が恋い焦がれているという意味だよ、ダイヤ」
「まるで、ブルーみたいね」
「そうかもな」
ダイヤモンドは、アイドルというものになっている。民衆に支持される偶像。輝かしい存在。
休みの日には、おれの研究室を訪ねて来る。
そんな日々を送っていたが、ある時、不在だったフォスが戻った。
そして、宝石を砕き、金剛に祈らせると言う。
「ジェードに会いたいだろう? ブルー」
「おれは…………」
フォスの姿を、痛ましいと思った。
「一緒に行こう。きみのお陰で、自分の気持ちが分かったからな」
おれは、ジェードに会いに行く。
久し振りに見る学校は、懐かしかった。
それから。宝石たちの戦いが始まった。砕き、砕かれて、おれは意識を失う。
ジェード。最後に見たのは、フォスに砕かれるきみだった。
◆◆◆
月で目を覚ます。
「ブルー?」
「ジェード…………」
「よかった。なかなか目覚めないから、心配した」
「悪い」
体を起こした。みんな、もう閉じられたようだった。
眠りとは、おれたちにとって、一番“死”に近いものである。
おれには、言うべきことがあるだろう?
「ジェード、好きだ」
心の奥底にしまっていた気持ちを、吐き出す。
「私? そうなの?」
「そうなの。意外か?」
「おまえが、そんなことを思っていたなんて…………」
ジェードは驚きを隠せない様子で、おれを見ている。
「ブルーは、ダイヤが好きなのかと思ってた」
「ダイヤに対する好きと、きみに対する好きは別物なんだよ」
「それって、ダイヤの好きな恋愛の話か?」
「ああ、そうだ。おれと付き合わないか? ジェード」
「ま、待ってくれ。ついて行けない」
「いつまでも待つよ」
おれが告白をし、返事を待つ間に、宝石を月人化するマシーンが出来た。
みんな、月人になるのか。
一万年経てば、フォスが全てを無に帰してくれるらしい。
「ブルーダイヤモンド」
「なんだ?」
「おまえに触れたい」
「構わない」
ジェードが、おれを抱き締めた。宝石だった頃は、出来なかったこと。
「私は、ブルーのことが大切だ」
「ありがとう」
「だから、その、一緒にいたい」
「うん。おれもだ」
キスというものをした。ジェードは、照れている。
その後。ダイヤに、ジェードと付き合い始めたことを報告した。
「おめでとう、ブルー! 長い片想いだったわね!」
「ありがとう、ダイヤ。ああ、そうだな」
ふ、と笑う。本当に、呆れるほど長かったな。
その日から、おれとジェードは、共に暮らすようになった。
同じ場所に住み、同じベッドで眠り、同じものを食べる。穏やかな日々。
「ジェード、愛してるよ」
「私も。ブルーは、なんだか気障になったな」
「色々学んだからかな」
ふたりで笑い合う時間が愛おしい。
遊園地で遊んだり、シンシャに花飾りをもらったり、ダイヤとステージに立ったり。
楽しかった。時は過ぎていく。
おれたちは、最期の時まで、ずっと一緒にいた。手を繋いで、隣にいた。
ありがとう、フォスフォフィライト。
さよなら。
ジェード、この想いは永遠に、きみに。
おれの硬度は、十。色は、冷たく突き放すような青色。
みんなは、おれを“寛大”と言うが、それは違うと思う。おれは、鈍くて、無頓着なだけなのだ。
そんなおれにも、好きなやつがいる。同い年の、ジェードだ。誰よりも愛しく想っている。しかし、容易に触れることは出来ない。
身体という、境界線がある。明確な、違いがある。何故、おれたちは個体として分かたれているのだろう?
悲しい。とても悲しい。
例えば、おれとジェードが融け合って、ひとつの宝石になれたのなら、幸せだろうに。
◆◆◆
今日も、朝に自室で目覚める。飾ってある青色のハナを一瞥し、身支度をする。
大きめの弓形片刃剣を帯刀し、朝礼に出た後、いつもの巡回を開始する。
おれの役目は、戦闘員だが、誰とも組むことはない。ひとりで、丘全体を見回るのが仕事だ。おれは、足が速いから。イエローダイヤモンド以外は誰もついて来れない。
西の浜から、虚の岬まで、辺りに目を配りながら、地面を踏み締め、駆けるのだ。
切の湿原まで来たところで、おれは足を止めた。ここが好きだ。薄暗い感じが、なんだか気に入っている。
おれは、“ブルーダイヤモンド”は、何故こんなにも内向的になった?
おれたち宝石の性格を形成した要因とは?
答えの出ないことばかり考えてしまう。
「はぁ」
生きてるって、どういうこと?
おれは、頭に浮かんだ疑問を振り切るように、駆け出した。虚の岬を目指す。
岬の洞穴へ行くと、シンシャがいた。
「やあ、シンシャ」
「ブルーか。俺に用か?」
「様子を見に来た。元気か?」
おれが近付こうとすると、彼に睨まれる。
「それ以上近付くな。毒がかかる」
「分かったよ。返事は?」
「いつも通りだ」
「そうか」
そっぽを向くシンシャ。もう話す気はないらしい。
「またな、シンシャ」
「…………」
おれは、仕事に戻ることにした。日が暮れるまで、職務を全うする。
帰ると、ダイヤが話しかけてきた。
「あ、ブルー! 少し話さない?」
「ああ」
「部屋に行ってもいい?」
「いいよ」
おれの部屋に行き、ダイヤモンドと話す。
「聞かせて? 恋のお話」
「特に進展はないぞ」
「えー! なんでよ? ジェードに好きって言いなよ」
「そうもいかない。おれの気持ちが、本当に恋なのかすら分からない」
ダイヤは、「ブルーは、考え過ぎなんだから」と言った。それは、その通りだ。
こんな性格、出来ることならやめたいよ。
その日は、少し暗い気持ちで眠りについた。
翌朝。いつもの朝礼の後。
「ブルー」
「ジェード……どうした…………?」
「いや、ちょっと相談があって。その、フォスのことなんだけど」
「うん」
「巡回の時、それとなく見てやってほしい。最近のフォスは、あまりにも危なっかしいから」
「了解した」
きみに頼られることが、嬉しかった。
確かに、近頃のフォスときたら、勝手なことばかりしている。ひとりで行動することが多い。海へ潜りさえしていた。
やはり、年長者であるおれたちが、見守ってやるべきだろう。
この時のおれは、呑気だった。フォスを中心とした事態の行く末のことなど、何も分かっていなかったんだ。
◆◆◆
月から帰って来たフォスフォフィライトは、ある晩、おれに囁いた。
「ねぇ、ブルー。もっと知らないことを知りたくない? 月に行けば、たくさんのことが分かると思うよ」
「月へ……?」
「一緒に行こうよ」
おれは、知りたい。おれのことも、ジェードのことも。
フォスの誘いに乗り、夜半に虚の岬へ向かう。
月へ行くと決めたものたちが、他にもいた。
さよなら、ジェード。いつかまた会う日まで。
月に到着すると、おれたちは歓迎された。
「喋るんだな、月人…………」
「うん。ムカつくよねー」と、フォス。
意志疎通出来るものを、攻撃して、拐っていたのか。
おれは、かなりの衝撃を受けた。
月での暮らしは、刺激的で。毎日が学びに満ちていた。
おれは、おれのことが知りたい。
月に来て思ったことは、ここには、ジェードがいないということだ。
彼がいないのに、おれは平静でいられる。遠くにいても、やっぱりきみは愛しかった。
ある日、カンゴームとエクメアが、結婚式なるものをする。
恋愛に関する儀式らしい。
おれは、ジェードと結婚する自分を想像した。それは、なんだか嬉しいことのように思える。
「ブルー!」
「ダイヤ」
「光マカロン食べた? 美味しいわよ」
「ああ、食べてみるよ」
物思いから、現実に意識をやり、祭典を楽しむことにした。おれは、大昔の慣習を興味深く見るようにする。
◆◆◆
おれが今までしていたことは、哲学というらしい。
月で、おれは、哲学や人間の習俗を学んでいった。
どうやら、太古の昔から、人は恋愛に重きを置いていたようだ。
「鳴かぬ蛍が身を焦がす、か」
「なあに? それ」
「鳴かない虫が恋い焦がれているという意味だよ、ダイヤ」
「まるで、ブルーみたいね」
「そうかもな」
ダイヤモンドは、アイドルというものになっている。民衆に支持される偶像。輝かしい存在。
休みの日には、おれの研究室を訪ねて来る。
そんな日々を送っていたが、ある時、不在だったフォスが戻った。
そして、宝石を砕き、金剛に祈らせると言う。
「ジェードに会いたいだろう? ブルー」
「おれは…………」
フォスの姿を、痛ましいと思った。
「一緒に行こう。きみのお陰で、自分の気持ちが分かったからな」
おれは、ジェードに会いに行く。
久し振りに見る学校は、懐かしかった。
それから。宝石たちの戦いが始まった。砕き、砕かれて、おれは意識を失う。
ジェード。最後に見たのは、フォスに砕かれるきみだった。
◆◆◆
月で目を覚ます。
「ブルー?」
「ジェード…………」
「よかった。なかなか目覚めないから、心配した」
「悪い」
体を起こした。みんな、もう閉じられたようだった。
眠りとは、おれたちにとって、一番“死”に近いものである。
おれには、言うべきことがあるだろう?
「ジェード、好きだ」
心の奥底にしまっていた気持ちを、吐き出す。
「私? そうなの?」
「そうなの。意外か?」
「おまえが、そんなことを思っていたなんて…………」
ジェードは驚きを隠せない様子で、おれを見ている。
「ブルーは、ダイヤが好きなのかと思ってた」
「ダイヤに対する好きと、きみに対する好きは別物なんだよ」
「それって、ダイヤの好きな恋愛の話か?」
「ああ、そうだ。おれと付き合わないか? ジェード」
「ま、待ってくれ。ついて行けない」
「いつまでも待つよ」
おれが告白をし、返事を待つ間に、宝石を月人化するマシーンが出来た。
みんな、月人になるのか。
一万年経てば、フォスが全てを無に帰してくれるらしい。
「ブルーダイヤモンド」
「なんだ?」
「おまえに触れたい」
「構わない」
ジェードが、おれを抱き締めた。宝石だった頃は、出来なかったこと。
「私は、ブルーのことが大切だ」
「ありがとう」
「だから、その、一緒にいたい」
「うん。おれもだ」
キスというものをした。ジェードは、照れている。
その後。ダイヤに、ジェードと付き合い始めたことを報告した。
「おめでとう、ブルー! 長い片想いだったわね!」
「ありがとう、ダイヤ。ああ、そうだな」
ふ、と笑う。本当に、呆れるほど長かったな。
その日から、おれとジェードは、共に暮らすようになった。
同じ場所に住み、同じベッドで眠り、同じものを食べる。穏やかな日々。
「ジェード、愛してるよ」
「私も。ブルーは、なんだか気障になったな」
「色々学んだからかな」
ふたりで笑い合う時間が愛おしい。
遊園地で遊んだり、シンシャに花飾りをもらったり、ダイヤとステージに立ったり。
楽しかった。時は過ぎていく。
おれたちは、最期の時まで、ずっと一緒にいた。手を繋いで、隣にいた。
ありがとう、フォスフォフィライト。
さよなら。
ジェード、この想いは永遠に、きみに。