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自殺未遂をして入れられた精神科病棟。そこの診察室に呼び出され、自分の担当だと言う精神科医と会うことになった。俺の個性を防ぐための目隠し付きで、何が会うだ。
看護師に椅子に座らされる。おそらく、向かいには精神科医がいるのだろう。
「初めまして、私はミョウジナマエと申します。よろしくお願いします、窃野さん」
「…………」
男は柔らかい声で話す。だが、俺には何も話すことはない。
「目隠しされた上に、初対面の人間と話したくなんてないですかね?」
ミョウジは言う。その通りだ。話したくない。
「では、一方的に話させていただきます。まずは、あなたの飛び降り自殺未遂について。あれは、本気でしたよね? ですから、あなたはこちらの病棟に入院することになった。それは、ご理解していただけていると思います。現代社会において、自死を選ぶことは許されておりません」
うるさい奴だ。そんなクソッタレな社会は崩壊してしまえばいい。
コイツがペンでも持っているのなら、奪って首に刺してやりたいところだ。
「私は、あなたの味方です。あなたを理解したいと思っています。だから、窃野さんのお話を聞かせていただきたいと思っています。どうか、話していただけませんか? 人間関係は、まずは対話から始めなくてはならないのです。億劫かもしれませんが、お願いします」
「…………うるせぇ」
出来る限りの呪いを込めて、言葉を吐いた。
「そうですか。しかし、話すことが必要な仕事ですので。黙りませんよ、私は」
ミョウジは怯まない。俺みたいな患者には、腐るほど会ってきた。そんな態度だ。
物腰柔らかでいて、しなやかな強さもある。さぞ、ご立派な人生を歩んできたのだろう。
「それでは今回は、私のことを窃野さんに知っていただくことにしましょうか」
医者は、俺に語り始めた。
◆◆◆
私の個性は、対面した他人の心象風景を視ることが出来る、パノラマ・ウォッチというものである。
人は皆、自分の世界を持っているのだ。
例えば、目の前にいる患者、窃野トウヤ。彼の世界は、真っ暗な闇に包まれている。
一筋の光もない闇。そこに、彼だけがぽつんと取り残されているかのように、独りでいる。
それは、決して目隠しされているからという訳ではない。仮に目隠しを取っても、同じ世界が広がっていることだろう。
彼はヒーローに命を救われたが、心までは救われていないのだということが、如実に分かる。
彼の心を、救いたい。おこがましいかもしれないが、私は、その手助けをしたい。
「それでは今回は、私のことを窃野さんに知っていただくことにしましょうか」
私は、彼に自身の個性について話す。
今まで視てきた心象風景について語る。
幻想的な星空。荒廃した街。賑やかな遊園地。寂れた商店街。綺麗な朝焼け。巨大な迷路。
美しい景色。陰鬱な景色。様々な個人の心の中の風景の話をした。
しばらくして、彼がようやく口を開く。
「俺の世界は、どう視える……?」
「暗闇が視えます」
私は、正直に答える。
「ハッ! だろうな!」
彼は、自嘲するように笑った。
窃野トウヤの心に巣食っているものは、絶望だろう。それを、なんとかして取り除かなくてはならない。でないと、彼はまた自殺をしようとすることになる。
投身自殺。リストカット。首吊り。オーバードーズ。入水自殺。世界中に、死ぬ方法はいくらでも転がっている。
そんなものは、阻止しなければならない。
死が救いである世界を、医者である私は肯定出来ない。
この日は、とうとう彼が自殺企図に至った理由を話してはくれなかった。だが、そのようなことは、よくあることだ。口を固く閉ざした患者を診たことは、幾度もある。
しかし、話せないならばノートに書いてきてほしいと言えば、そうしてくれたり、頷くか首を振るかだけでもいいと言えば、意思表示をしてくれるようになる患者もいる。
では、窃野トウヤはどうなのかと言うと、現時点では、そのどちらもしてはくれないだろう。
彼は、私を信用も信頼もしていない。敵愾心すら感じる。
これは骨が折れそうだな、と私は思った。
けれど、複雑でない人間など、そうそういないのだから、当たり前のことである。
また、私は敵視されるのにも慣れていた。
自らの意思で入院した訳ではないのだから、それも仕方のないことだろう。
私は次回も、彼に私の話をしようと考えている。
◆◆◆
精神科医、ミョウジは、今回も俺に自分語りを聞かせ始めた。
俺は今、少し困ったことになっている。ミョウジの過去が、興味深いのだ。
奴は昔、自殺をしようとしたことがあるのだと言う。
理由は、自分の個性のせい。他者の心の痛みを、自分の痛みのように感じてしまい、負の感情に引っ張られてしまったのだそうだ。
現在のミョウジは、医師として、患者に感情移入し過ぎないよう努めている。しかし、子供の時分には、そうは出来なかったらしい。
それは、想像に難くない。他人の心の病んだ部分を見続けていたら、精神を病むこともあるだろう。
そうして、死のうとしたミョウジが命を落とさなかったのは、本人曰く「偶然」だったのだそうだ。たまたま、家族による発見が早かったから、一命を取り留めたのだと言う。
ヒーロー様に「救われる」よりは、余程いい。
その後、ミョウジは精神科病棟に入院。その時思ったことは、「命とは授かりものではなく、たまたま拾えるもの」だということ。産まれたのが偶然ならば、生き永らえているのも偶然、死ななかったのも偶然。そこに大した意味などない。ミョウジは、そう考える。そして、今でもそう思っているのだと言った彼の声色は、真摯なものだった。
俺は、なんというか、ミョウジの言う「偶然」とやらに救いを感じ始めている。心の中に、一筋の光が見えた気がした。
気付けば俺は、訥々と自分の過去、恋人に裏切られて借金を負わされたことをミョウジに語っている。彼は、ただ黙って話を聞いてくれた。
「話してくださり、ありがとうございます。窃野さんのことが、少し分かりました」
話し終わりに、ミョウジは俺に礼を言う。それはとても、本当に嬉しそうに。
俺は、目隠しをされていることに感謝した。少しばかりの涙は、この布が吸ってくれるだろうから。
「自殺を企んだ罪」で3ヶ月も食らってしまったが、とうとう退院する時がきた。しばらくは通院することになるので、ミョウジとはまだまだ会うことになるのだろう。
退院前に、一度だけ見たミョウジの姿を思い出し、俺は少し嬉しくなった。彼との出会いという「偶然」が、俺は嫌いじゃない。
泥水をすするような日々を送る中で、ミョウジナマエと会うことは、ほんの少しばかりだが、人生を送っていく希望になった。
しかし、ある時、その僅かな希望は掻き消されてしまう。
『脇見運転により、30代の歩行者の男性ひとりが頭を強く打って死亡————』
街頭スクリーンに映るニュース番組を横目に、病院へと歩みを進める。
到着し、再来受付へと行くと、何故かいつもとは違う診察室へ向かうように言われた。不思議に思いながらも、俺は予約時間まで椅子に座って待つ。
しばらくして、診察の順番がきた。
いつもとは違う診察室にいたのは、知らない医師で。俺は、「ミョウジ先生は風邪か何かですか?」と尋ねた。
すると、見知らぬ医師は信じ難い報せを告げる。
「窃野さん、落ち着いて聞いてください。ミョウジ先生は、昨夜亡くなりました。交通事故で…………」
「…………嘘だ」
無意識のうちに呟いた声が、自分のものだと気付くまでに、かなりの時間を要した。
呼吸が乱れ、動悸がする。
「ミョウジが、死んだ…………?」
「はい」
医師は、無慈悲にも思える事実を答えた。
俺は、真っ暗闇に、たった独りで取り残された気持ちになる。
俺は、あの時の屋上に引き戻された心地がした。
看護師に椅子に座らされる。おそらく、向かいには精神科医がいるのだろう。
「初めまして、私はミョウジナマエと申します。よろしくお願いします、窃野さん」
「…………」
男は柔らかい声で話す。だが、俺には何も話すことはない。
「目隠しされた上に、初対面の人間と話したくなんてないですかね?」
ミョウジは言う。その通りだ。話したくない。
「では、一方的に話させていただきます。まずは、あなたの飛び降り自殺未遂について。あれは、本気でしたよね? ですから、あなたはこちらの病棟に入院することになった。それは、ご理解していただけていると思います。現代社会において、自死を選ぶことは許されておりません」
うるさい奴だ。そんなクソッタレな社会は崩壊してしまえばいい。
コイツがペンでも持っているのなら、奪って首に刺してやりたいところだ。
「私は、あなたの味方です。あなたを理解したいと思っています。だから、窃野さんのお話を聞かせていただきたいと思っています。どうか、話していただけませんか? 人間関係は、まずは対話から始めなくてはならないのです。億劫かもしれませんが、お願いします」
「…………うるせぇ」
出来る限りの呪いを込めて、言葉を吐いた。
「そうですか。しかし、話すことが必要な仕事ですので。黙りませんよ、私は」
ミョウジは怯まない。俺みたいな患者には、腐るほど会ってきた。そんな態度だ。
物腰柔らかでいて、しなやかな強さもある。さぞ、ご立派な人生を歩んできたのだろう。
「それでは今回は、私のことを窃野さんに知っていただくことにしましょうか」
医者は、俺に語り始めた。
◆◆◆
私の個性は、対面した他人の心象風景を視ることが出来る、パノラマ・ウォッチというものである。
人は皆、自分の世界を持っているのだ。
例えば、目の前にいる患者、窃野トウヤ。彼の世界は、真っ暗な闇に包まれている。
一筋の光もない闇。そこに、彼だけがぽつんと取り残されているかのように、独りでいる。
それは、決して目隠しされているからという訳ではない。仮に目隠しを取っても、同じ世界が広がっていることだろう。
彼はヒーローに命を救われたが、心までは救われていないのだということが、如実に分かる。
彼の心を、救いたい。おこがましいかもしれないが、私は、その手助けをしたい。
「それでは今回は、私のことを窃野さんに知っていただくことにしましょうか」
私は、彼に自身の個性について話す。
今まで視てきた心象風景について語る。
幻想的な星空。荒廃した街。賑やかな遊園地。寂れた商店街。綺麗な朝焼け。巨大な迷路。
美しい景色。陰鬱な景色。様々な個人の心の中の風景の話をした。
しばらくして、彼がようやく口を開く。
「俺の世界は、どう視える……?」
「暗闇が視えます」
私は、正直に答える。
「ハッ! だろうな!」
彼は、自嘲するように笑った。
窃野トウヤの心に巣食っているものは、絶望だろう。それを、なんとかして取り除かなくてはならない。でないと、彼はまた自殺をしようとすることになる。
投身自殺。リストカット。首吊り。オーバードーズ。入水自殺。世界中に、死ぬ方法はいくらでも転がっている。
そんなものは、阻止しなければならない。
死が救いである世界を、医者である私は肯定出来ない。
この日は、とうとう彼が自殺企図に至った理由を話してはくれなかった。だが、そのようなことは、よくあることだ。口を固く閉ざした患者を診たことは、幾度もある。
しかし、話せないならばノートに書いてきてほしいと言えば、そうしてくれたり、頷くか首を振るかだけでもいいと言えば、意思表示をしてくれるようになる患者もいる。
では、窃野トウヤはどうなのかと言うと、現時点では、そのどちらもしてはくれないだろう。
彼は、私を信用も信頼もしていない。敵愾心すら感じる。
これは骨が折れそうだな、と私は思った。
けれど、複雑でない人間など、そうそういないのだから、当たり前のことである。
また、私は敵視されるのにも慣れていた。
自らの意思で入院した訳ではないのだから、それも仕方のないことだろう。
私は次回も、彼に私の話をしようと考えている。
◆◆◆
精神科医、ミョウジは、今回も俺に自分語りを聞かせ始めた。
俺は今、少し困ったことになっている。ミョウジの過去が、興味深いのだ。
奴は昔、自殺をしようとしたことがあるのだと言う。
理由は、自分の個性のせい。他者の心の痛みを、自分の痛みのように感じてしまい、負の感情に引っ張られてしまったのだそうだ。
現在のミョウジは、医師として、患者に感情移入し過ぎないよう努めている。しかし、子供の時分には、そうは出来なかったらしい。
それは、想像に難くない。他人の心の病んだ部分を見続けていたら、精神を病むこともあるだろう。
そうして、死のうとしたミョウジが命を落とさなかったのは、本人曰く「偶然」だったのだそうだ。たまたま、家族による発見が早かったから、一命を取り留めたのだと言う。
ヒーロー様に「救われる」よりは、余程いい。
その後、ミョウジは精神科病棟に入院。その時思ったことは、「命とは授かりものではなく、たまたま拾えるもの」だということ。産まれたのが偶然ならば、生き永らえているのも偶然、死ななかったのも偶然。そこに大した意味などない。ミョウジは、そう考える。そして、今でもそう思っているのだと言った彼の声色は、真摯なものだった。
俺は、なんというか、ミョウジの言う「偶然」とやらに救いを感じ始めている。心の中に、一筋の光が見えた気がした。
気付けば俺は、訥々と自分の過去、恋人に裏切られて借金を負わされたことをミョウジに語っている。彼は、ただ黙って話を聞いてくれた。
「話してくださり、ありがとうございます。窃野さんのことが、少し分かりました」
話し終わりに、ミョウジは俺に礼を言う。それはとても、本当に嬉しそうに。
俺は、目隠しをされていることに感謝した。少しばかりの涙は、この布が吸ってくれるだろうから。
「自殺を企んだ罪」で3ヶ月も食らってしまったが、とうとう退院する時がきた。しばらくは通院することになるので、ミョウジとはまだまだ会うことになるのだろう。
退院前に、一度だけ見たミョウジの姿を思い出し、俺は少し嬉しくなった。彼との出会いという「偶然」が、俺は嫌いじゃない。
泥水をすするような日々を送る中で、ミョウジナマエと会うことは、ほんの少しばかりだが、人生を送っていく希望になった。
しかし、ある時、その僅かな希望は掻き消されてしまう。
『脇見運転により、30代の歩行者の男性ひとりが頭を強く打って死亡————』
街頭スクリーンに映るニュース番組を横目に、病院へと歩みを進める。
到着し、再来受付へと行くと、何故かいつもとは違う診察室へ向かうように言われた。不思議に思いながらも、俺は予約時間まで椅子に座って待つ。
しばらくして、診察の順番がきた。
いつもとは違う診察室にいたのは、知らない医師で。俺は、「ミョウジ先生は風邪か何かですか?」と尋ねた。
すると、見知らぬ医師は信じ難い報せを告げる。
「窃野さん、落ち着いて聞いてください。ミョウジ先生は、昨夜亡くなりました。交通事故で…………」
「…………嘘だ」
無意識のうちに呟いた声が、自分のものだと気付くまでに、かなりの時間を要した。
呼吸が乱れ、動悸がする。
「ミョウジが、死んだ…………?」
「はい」
医師は、無慈悲にも思える事実を答えた。
俺は、真っ暗闇に、たった独りで取り残された気持ちになる。
俺は、あの時の屋上に引き戻された心地がした。