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天に背く気など、毛頭ありませんでした。
私は、見張りの者。
ただ、あなたを見ていただけなのですよ。
◆◆◆
サー・ペンシャスは、機嫌が良かった。
「あなたは、あの高名な発明家であらせられる、サー・ペンシャスでは?」
そう声をかけてきたのは、紙袋を被った謎の男。
「はじめまして。私、ナマエと申します。しがない哲学者でございます」
深々と礼をするナマエ。
彼の褒め言葉に気を良くしたペンシャスは、「いかにも!」と自身が優れた発明家で、素晴らしい悪人かを語った。
「流石です、サー」
ナマエの控えめな拍手により、ペンシャスは、さらに饒舌になる。
しばらくして。ナマエが言った。
「おっと、失礼。時間がきてしまいました。また今度、お話を聞かせてください、サー」
「いいだろう。ミスター・ナマエ、また今度」
つい、笑顔で、ぶんぶんと大きく手を振ってしまう。
ナマエも手を小さく振り返し、路地裏へと去った。
そして、ナマエは溜め息をつく。
「はぁ。何故私がこのようなことを…………」
背中から、隠していた灰色の両翼を広げ、ナマエは天国へと舞い戻った。
「ナマエ」
「ただいま戻りました、セラ様」
「報告を」
「はい。地獄は相変わらず、猥雑で最低で混沌としております。住人たちは、汚らわしく、卑しい者ばかりでございます」
「よろしい。次のエクスターミネーションを急ぎましょう。あなたは、見張りを続けなさい」
「承知いたしました」
一礼し、再び、ひっそりと地獄へ向かう。
彼の地獄の仮住まいは、人食いタウンの外れにあった。
ナマエの家には、所狭しと本棚で埋まっている。棚から溢れた書物も無数にあり、床に高く積まれていたり、机の上に山になっていたり。その本たちは、全てが学術書であり、一番多いのは哲学書だった。
“私は、なんのために存在しているのか?”
机の前に座ると、そんな題名の本が目に付いた。
「私は、見張りの者だ。ただ、“目”でありさえすればいい」
半ば、自分に言い聞かせるように呟く。
ああ、今夜も眠れない。私は、眠るのが恐ろしい。
まさしく、監視の“目”として、彼は片時も瞳を閉じなかった。
眠らないのではなく、眠れないだけだという事実からは、目を背けて。
古びたベッドに寝そべる。
天井の染みが、威嚇する蛇のように見えた。
ペンシャスは、ろくでもない奴だと思う。肥大した自尊心に、見合わない能力。類いまれなる愚か者だ。
しかし、私にそんなことを思う資格があるだろうか?
ナマエには、時間がたっぷりある。眠れない夜のお供は、答えの出ない疑問の数々だった。
◆◆◆
ぼんやりテレビを見ていたら、地獄のプリンセスが、ハズビン・ホテルなるものの話をしていた。
地獄の住人が天国へ? そんな馬鹿な。
ナマエは、一笑する。
しかし、しばらくして、じわじわと毒のようにその仮説が効いてきた。
それが真なら、エクスターミネーションをせずともよくなる?
あの虐殺を、ナマエは良く思っていなかった。
いつも、自分は見ているだけ。地獄の者たちが、どんな目に遭っても。
ナマエは、どうすればいいのか分からなくなった。
正しさとは、天使の特権なのでしょうか? 天使とは、無謬の存在なのでしょうか?
疑問が尽きない。
ナマエは、とうとう自宅を出た。そして、件のホテルへ向かう。
密かに様子を見た。すると、サー・ペンシャスが中へ入って行くではないか。
興味深く思い、ナマエは、ハズビン・ホテルに入ることにした。
「ごきげんよう」
「あら? あなたは?」
「私は、ナマエ。しがない哲学者ですよ、ミス」
「私は、チャーリー。よろしくね、ナマエ」
「よろしくお願いします」
ふたりは、握手を交わす。
「おや、また会いましたね、サー」
「ミスター・ナマエ!」
ペンシャスは、笑顔でナマエに挨拶をした。
「知り合いなの?」
「ええ、私と彼は…………」
「友人だ!」
「そうなの」
友人? そうだったか?
ナマエは、ペンシャスの台詞に面食らった。だが、悪くはない。
「はい。友人です」
チャーリーは、「素敵!」と笑みを浮かべた。
ペンシャスと同じく、ナマエも更正のために来たことにする。
実のところ、悪人が更正を望んでいるとは思っていない。とりあえず、ホテルの見張りをしよう。ナマエは、そう考えた。
チャーリーに、ホテルの一室に案内される。なんともみすぼらしい場所だ。
ナマエは、ポケットから本を取り出し、部屋のあちこちに置く。明らかにポケットの許容量を超えた数の書籍が、山を作った。これで、少しは落ち着くだろう。
一息ついていると、ドアがノックされた。
「ミスター・ナマエ! 少しお邪魔していいかな?」
「どうぞ。サー」
ペンシャスが、中へ来る。
そして、ナマエに自分の悪行について語り出した。
ナマエは、「素晴らしい」「流石です」「ファンタスティック」とテキトーに相槌を打つ。
その後。満足したペンシャスは、去って行った。
そして、彼がスパイであることが判明したり、チャーリーに泣き付いてゆるしてもらったりする。
その様子を、ナマエは、こっそり見ていた。
ろくでもない悪魔だと思う。
なんて愚かで、非力で、愛おしいのだろう。
◆◆◆
ナマエは、信頼エクササイズというものに参加していた。
「さあ、次はナマエの番よ!」とチャーリー。
「承知いたしました、ミス」
そうは返事をしたが、何を言えばいいのか。
「……私は、眠るのが恐ろしい」
倒れるナマエを受け止めたのは、サー・ペンシャス。
「ミスター・ナマエ、何故眠るのが怖い?」
「悪夢を見るのですよ、サー」
「なるほど、なるほど」
その日の晩。
ナマエは、招かれてペンシャスの部屋へ行く。
ペンシャスとエッギーズは、もう眠るところらしい。
「ミスター・ナマエ、添い寝を提案する!」
「はい?」
「こう、エッギーズを抱き締めて寝る。すると、朝までぐっすり!」
「ミスター、私は子供ではありません」
ナマエは混乱しながらも返答した。
「歳が何か関係あるのかね?」
「それは…………」
言われてみれば、確かにない。
結局、ナマエはペンシャスに言われた通りにした。エッギーズを抱き締め、彼の隣で寝る。
眠りはしなかったが、安らげる時間だった。
朝。ペンシャスが起きて、袋で顔が見えないナマエを眠っていると思ったのか、嬉しそうにしていた。
「……おはようございます」と、身を起こすナマエ。
「おはよう、ミスター・ナマエ。いい朝だ」
「ええ、よく眠れました。ありがとうございます、サー」
無邪気に笑うペンシャスが眩しかった。
彼は、地獄の罪人なのに。
私は、見張りの天使なのに。
ナマエは、ペンシャスを好きになっていることを認めるしかなかった。
本の海のような自室へ戻り、古びた椅子に座る。
「…………」
一度、天国へ報告に行こう。
ナマエは、翼を広げてセラの元へ向かった。
「セラ様」
「どうしました? ナマエ」
「罪人は、永遠に罪人なのでしょうか?」
「それが摂理です」
「しかし、その」
「ナマエ。悪魔が変わることなどあり得ないのですよ」
「はい…………」
「もう行きなさい。見張りの者よ」
ナマエは、ハズビン・ホテルの自室へ舞い戻る。
しばらく、学術書を読んで過ごした。頭の中を、何かでいっぱいにしたくて。
神経生物学の本を手に取った時、ノックの音がした。
「はい」
「ミスター・ナマエ! 少しいいかな?」
「ええ」
ドアを開ける。いつの間にか、外は宵闇だった。
椅子に座り、ペンシャスと向かい合う。
「そのー、実は、ミスター・ナマエなら持っているんじゃないかと思って……」
「何をですか?」
「……恋愛についての書物を」
「恋愛…………」
ああ、そうか。彼は恋慕う者がいるのだ。
「ありますよ、サー。どうぞ」
白衣の内ポケットから、どさどさと恋愛関係の書籍を出す。
「サー、よろしければ、どうです? 読書会など」
「おお! それは楽しそうだ! ぜひとも!」
ふたりは、恋愛の本を読み、感想を言ったり、議論をしたりした。
それは、かけ替えのない時間。
次のエクスターミネーションまでの、ナマエのささやかな幸せだった。
私は、見張りの者。
ただ、あなたを見ていただけなのですよ。
◆◆◆
サー・ペンシャスは、機嫌が良かった。
「あなたは、あの高名な発明家であらせられる、サー・ペンシャスでは?」
そう声をかけてきたのは、紙袋を被った謎の男。
「はじめまして。私、ナマエと申します。しがない哲学者でございます」
深々と礼をするナマエ。
彼の褒め言葉に気を良くしたペンシャスは、「いかにも!」と自身が優れた発明家で、素晴らしい悪人かを語った。
「流石です、サー」
ナマエの控えめな拍手により、ペンシャスは、さらに饒舌になる。
しばらくして。ナマエが言った。
「おっと、失礼。時間がきてしまいました。また今度、お話を聞かせてください、サー」
「いいだろう。ミスター・ナマエ、また今度」
つい、笑顔で、ぶんぶんと大きく手を振ってしまう。
ナマエも手を小さく振り返し、路地裏へと去った。
そして、ナマエは溜め息をつく。
「はぁ。何故私がこのようなことを…………」
背中から、隠していた灰色の両翼を広げ、ナマエは天国へと舞い戻った。
「ナマエ」
「ただいま戻りました、セラ様」
「報告を」
「はい。地獄は相変わらず、猥雑で最低で混沌としております。住人たちは、汚らわしく、卑しい者ばかりでございます」
「よろしい。次のエクスターミネーションを急ぎましょう。あなたは、見張りを続けなさい」
「承知いたしました」
一礼し、再び、ひっそりと地獄へ向かう。
彼の地獄の仮住まいは、人食いタウンの外れにあった。
ナマエの家には、所狭しと本棚で埋まっている。棚から溢れた書物も無数にあり、床に高く積まれていたり、机の上に山になっていたり。その本たちは、全てが学術書であり、一番多いのは哲学書だった。
“私は、なんのために存在しているのか?”
机の前に座ると、そんな題名の本が目に付いた。
「私は、見張りの者だ。ただ、“目”でありさえすればいい」
半ば、自分に言い聞かせるように呟く。
ああ、今夜も眠れない。私は、眠るのが恐ろしい。
まさしく、監視の“目”として、彼は片時も瞳を閉じなかった。
眠らないのではなく、眠れないだけだという事実からは、目を背けて。
古びたベッドに寝そべる。
天井の染みが、威嚇する蛇のように見えた。
ペンシャスは、ろくでもない奴だと思う。肥大した自尊心に、見合わない能力。類いまれなる愚か者だ。
しかし、私にそんなことを思う資格があるだろうか?
ナマエには、時間がたっぷりある。眠れない夜のお供は、答えの出ない疑問の数々だった。
◆◆◆
ぼんやりテレビを見ていたら、地獄のプリンセスが、ハズビン・ホテルなるものの話をしていた。
地獄の住人が天国へ? そんな馬鹿な。
ナマエは、一笑する。
しかし、しばらくして、じわじわと毒のようにその仮説が効いてきた。
それが真なら、エクスターミネーションをせずともよくなる?
あの虐殺を、ナマエは良く思っていなかった。
いつも、自分は見ているだけ。地獄の者たちが、どんな目に遭っても。
ナマエは、どうすればいいのか分からなくなった。
正しさとは、天使の特権なのでしょうか? 天使とは、無謬の存在なのでしょうか?
疑問が尽きない。
ナマエは、とうとう自宅を出た。そして、件のホテルへ向かう。
密かに様子を見た。すると、サー・ペンシャスが中へ入って行くではないか。
興味深く思い、ナマエは、ハズビン・ホテルに入ることにした。
「ごきげんよう」
「あら? あなたは?」
「私は、ナマエ。しがない哲学者ですよ、ミス」
「私は、チャーリー。よろしくね、ナマエ」
「よろしくお願いします」
ふたりは、握手を交わす。
「おや、また会いましたね、サー」
「ミスター・ナマエ!」
ペンシャスは、笑顔でナマエに挨拶をした。
「知り合いなの?」
「ええ、私と彼は…………」
「友人だ!」
「そうなの」
友人? そうだったか?
ナマエは、ペンシャスの台詞に面食らった。だが、悪くはない。
「はい。友人です」
チャーリーは、「素敵!」と笑みを浮かべた。
ペンシャスと同じく、ナマエも更正のために来たことにする。
実のところ、悪人が更正を望んでいるとは思っていない。とりあえず、ホテルの見張りをしよう。ナマエは、そう考えた。
チャーリーに、ホテルの一室に案内される。なんともみすぼらしい場所だ。
ナマエは、ポケットから本を取り出し、部屋のあちこちに置く。明らかにポケットの許容量を超えた数の書籍が、山を作った。これで、少しは落ち着くだろう。
一息ついていると、ドアがノックされた。
「ミスター・ナマエ! 少しお邪魔していいかな?」
「どうぞ。サー」
ペンシャスが、中へ来る。
そして、ナマエに自分の悪行について語り出した。
ナマエは、「素晴らしい」「流石です」「ファンタスティック」とテキトーに相槌を打つ。
その後。満足したペンシャスは、去って行った。
そして、彼がスパイであることが判明したり、チャーリーに泣き付いてゆるしてもらったりする。
その様子を、ナマエは、こっそり見ていた。
ろくでもない悪魔だと思う。
なんて愚かで、非力で、愛おしいのだろう。
◆◆◆
ナマエは、信頼エクササイズというものに参加していた。
「さあ、次はナマエの番よ!」とチャーリー。
「承知いたしました、ミス」
そうは返事をしたが、何を言えばいいのか。
「……私は、眠るのが恐ろしい」
倒れるナマエを受け止めたのは、サー・ペンシャス。
「ミスター・ナマエ、何故眠るのが怖い?」
「悪夢を見るのですよ、サー」
「なるほど、なるほど」
その日の晩。
ナマエは、招かれてペンシャスの部屋へ行く。
ペンシャスとエッギーズは、もう眠るところらしい。
「ミスター・ナマエ、添い寝を提案する!」
「はい?」
「こう、エッギーズを抱き締めて寝る。すると、朝までぐっすり!」
「ミスター、私は子供ではありません」
ナマエは混乱しながらも返答した。
「歳が何か関係あるのかね?」
「それは…………」
言われてみれば、確かにない。
結局、ナマエはペンシャスに言われた通りにした。エッギーズを抱き締め、彼の隣で寝る。
眠りはしなかったが、安らげる時間だった。
朝。ペンシャスが起きて、袋で顔が見えないナマエを眠っていると思ったのか、嬉しそうにしていた。
「……おはようございます」と、身を起こすナマエ。
「おはよう、ミスター・ナマエ。いい朝だ」
「ええ、よく眠れました。ありがとうございます、サー」
無邪気に笑うペンシャスが眩しかった。
彼は、地獄の罪人なのに。
私は、見張りの天使なのに。
ナマエは、ペンシャスを好きになっていることを認めるしかなかった。
本の海のような自室へ戻り、古びた椅子に座る。
「…………」
一度、天国へ報告に行こう。
ナマエは、翼を広げてセラの元へ向かった。
「セラ様」
「どうしました? ナマエ」
「罪人は、永遠に罪人なのでしょうか?」
「それが摂理です」
「しかし、その」
「ナマエ。悪魔が変わることなどあり得ないのですよ」
「はい…………」
「もう行きなさい。見張りの者よ」
ナマエは、ハズビン・ホテルの自室へ舞い戻る。
しばらく、学術書を読んで過ごした。頭の中を、何かでいっぱいにしたくて。
神経生物学の本を手に取った時、ノックの音がした。
「はい」
「ミスター・ナマエ! 少しいいかな?」
「ええ」
ドアを開ける。いつの間にか、外は宵闇だった。
椅子に座り、ペンシャスと向かい合う。
「そのー、実は、ミスター・ナマエなら持っているんじゃないかと思って……」
「何をですか?」
「……恋愛についての書物を」
「恋愛…………」
ああ、そうか。彼は恋慕う者がいるのだ。
「ありますよ、サー。どうぞ」
白衣の内ポケットから、どさどさと恋愛関係の書籍を出す。
「サー、よろしければ、どうです? 読書会など」
「おお! それは楽しそうだ! ぜひとも!」
ふたりは、恋愛の本を読み、感想を言ったり、議論をしたりした。
それは、かけ替えのない時間。
次のエクスターミネーションまでの、ナマエのささやかな幸せだった。