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主武装である突撃銃、ステアーAUG A1の照準器を覗く。
敵は、ひとり。こちらに背を向けている。弾は30発。外さないだろう距離。
引き金を浅く引き、単射で3発。胴体に命中、命中、命中。
倒れた男に駆け寄り、頭に2発撃ち込む。
絶命。戦闘終了。
潜入中での予想外の出来事であったが、無事に片付いた。
「ふーっ」と息を吐く。さて、死体を回収してもらわなければ。
連絡をしようとしたところで、不意にバランスを崩して、男は無様に地に伏した。
「なんだ?」
脚に違和感を覚えて視線をやると、スラックスの膝から下の膨らみが、不自然に無くなっている。
両脚が外れているのだ。地面に転がった部位は血が流れていないどころか、断面が、つるりとしていて人形のよう。
「あ……ああ………」
男は顔を真っ青にして、呼吸を乱す。そして数秒後には、みっともなく悲鳴を上げた。
絶叫。
ナマエ・ミョウジは、自身の叫び声が響く真夜中の病室で目を覚ました。
息を整えようとするが、上手くいかない。体が震え、歯がガチガチと鳴った。
事態が呑み込めず、上体を起こして、愛用の拳銃を探す。枕の下やマットレスの下を手探りするが、無い。
「くそっ」
悪態をついてベッドを殴りつけたところで、両脚に痛みを感じ、恐る恐る布団を捲ると、膝から下には何も無かった。
◆◆◆
友人のラウーロが死んだ。
ナマエが作戦部1課であるにも関わらず、妙に気安く交流を図ってきた男。
あの時は、そう、魔が差したのだ。そうして酒を酌み交わしてから、ずるずると付き合いを続けてしまい、気付けば友人と認識するようになっていたのである。
何かの術中に嵌まっているのではないかと疑ったこともあったが、次第に疑念は消えていった。特に、仕事のことで探りを入れる素振りもなかったものだから。
一度、彼が見舞いに来たのが今生の別れになるとは。
あの日、軽口を叩いたことを思い出す。
「元気そうだな」
「両脚を失くしたことを除けばな」
「どこかに落としたのかよ?」
「赤い靴履いて、タランテラを踊りながら、どこかに行ったよ」
先月、彼とふざけ合っていたことが、遠い昔のように感じる。
ナマエは冷えた指先でグラスを握り、香辛料を入れて温めた赤ワインを呷った。
ラウーロ、といえば。思い出さざるを得ない存在がある。
義体の少女、エルザ・デ・シーカ。感情のない人形のような彼女を脳裏に思い浮かべる。
少女を初めて見かけた時、薄気味悪いと思った。しかし偶然、ラウーロとふたりでいるエルザを見て、ナマエは考えを改めた。
感情がないなど、とんでもない。それは逆で、感情しかないのではないかというぐらいの苛烈さを、ナマエは嗅ぎ付けた。担当官であるラウーロへ向けた、愛に似たものを。
ふたりは、五共和国派に暗殺されたらしい。
死者のための祈りを短く唱え、ナマエは再びワインを体内に流し込んだ。ただ消費したいだけであるかのように、火にかけて温めては飲む。本当は、独りで飲む予定ではなかったのだが。
しばらくして、そう広くない自室が、鳴り響く音楽に満たされた。
シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」だ。
プレスト(速く、急速に)と付く通り、生き急ぐかのようなタランテラ風の最終楽章。テンポが速いが、軽快というより、何かに追われているような苦しさを感じる曲だ。
ナマエの聴覚が、実際には部屋の中は無音であるにも関わらず、音を拾う。見事に悪い酔い方をしているようだ。
そう考えた瞬間、頭がズキズキと痛んできて、堪らず手で押さえた。
ふたりは。
思考が阻害される。
少女は。
毒を飲まされたエルザは、踊り続けた。ラウーロは、それに付き合うしかないのだが、彼女の望む付き合い方はしなかったのだろう。
あのような手合いの盲愛の果ては悲劇だと決まっているが――――テロリストに殺されただと? もちろん「悲」ではあるが、劇的と言えるのか?
「悲劇なら、エルザが殺したに違いない」
自分の台詞を鼻で笑い、ナマエは冷蔵庫からペットボトルを取り出してミネラルウォーターを飲んだ。
「先を越されたな…………」
不意に、自分でも意外な言葉が口から漏れ出た。
誰に?
何を?
渇いた呟きが何を指すのかは、明確にすべきではないだろう。
妄想に妄想を重ねて、どうする?
死の安息を得られる日は、案外遠そうだ。
ナマエはソファーに身を沈め、これからの茫漠とした時間を思い、両の義足を見て嘆息する。
シューベルトの曲は、もう聴こえない。
翌朝には、自分の悲劇的な真実や、舞台を降ろされた事実のことは忘れた。
2019/01/29
敵は、ひとり。こちらに背を向けている。弾は30発。外さないだろう距離。
引き金を浅く引き、単射で3発。胴体に命中、命中、命中。
倒れた男に駆け寄り、頭に2発撃ち込む。
絶命。戦闘終了。
潜入中での予想外の出来事であったが、無事に片付いた。
「ふーっ」と息を吐く。さて、死体を回収してもらわなければ。
連絡をしようとしたところで、不意にバランスを崩して、男は無様に地に伏した。
「なんだ?」
脚に違和感を覚えて視線をやると、スラックスの膝から下の膨らみが、不自然に無くなっている。
両脚が外れているのだ。地面に転がった部位は血が流れていないどころか、断面が、つるりとしていて人形のよう。
「あ……ああ………」
男は顔を真っ青にして、呼吸を乱す。そして数秒後には、みっともなく悲鳴を上げた。
絶叫。
ナマエ・ミョウジは、自身の叫び声が響く真夜中の病室で目を覚ました。
息を整えようとするが、上手くいかない。体が震え、歯がガチガチと鳴った。
事態が呑み込めず、上体を起こして、愛用の拳銃を探す。枕の下やマットレスの下を手探りするが、無い。
「くそっ」
悪態をついてベッドを殴りつけたところで、両脚に痛みを感じ、恐る恐る布団を捲ると、膝から下には何も無かった。
◆◆◆
友人のラウーロが死んだ。
ナマエが作戦部1課であるにも関わらず、妙に気安く交流を図ってきた男。
あの時は、そう、魔が差したのだ。そうして酒を酌み交わしてから、ずるずると付き合いを続けてしまい、気付けば友人と認識するようになっていたのである。
何かの術中に嵌まっているのではないかと疑ったこともあったが、次第に疑念は消えていった。特に、仕事のことで探りを入れる素振りもなかったものだから。
一度、彼が見舞いに来たのが今生の別れになるとは。
あの日、軽口を叩いたことを思い出す。
「元気そうだな」
「両脚を失くしたことを除けばな」
「どこかに落としたのかよ?」
「赤い靴履いて、タランテラを踊りながら、どこかに行ったよ」
先月、彼とふざけ合っていたことが、遠い昔のように感じる。
ナマエは冷えた指先でグラスを握り、香辛料を入れて温めた赤ワインを呷った。
ラウーロ、といえば。思い出さざるを得ない存在がある。
義体の少女、エルザ・デ・シーカ。感情のない人形のような彼女を脳裏に思い浮かべる。
少女を初めて見かけた時、薄気味悪いと思った。しかし偶然、ラウーロとふたりでいるエルザを見て、ナマエは考えを改めた。
感情がないなど、とんでもない。それは逆で、感情しかないのではないかというぐらいの苛烈さを、ナマエは嗅ぎ付けた。担当官であるラウーロへ向けた、愛に似たものを。
ふたりは、五共和国派に暗殺されたらしい。
死者のための祈りを短く唱え、ナマエは再びワインを体内に流し込んだ。ただ消費したいだけであるかのように、火にかけて温めては飲む。本当は、独りで飲む予定ではなかったのだが。
しばらくして、そう広くない自室が、鳴り響く音楽に満たされた。
シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」だ。
プレスト(速く、急速に)と付く通り、生き急ぐかのようなタランテラ風の最終楽章。テンポが速いが、軽快というより、何かに追われているような苦しさを感じる曲だ。
ナマエの聴覚が、実際には部屋の中は無音であるにも関わらず、音を拾う。見事に悪い酔い方をしているようだ。
そう考えた瞬間、頭がズキズキと痛んできて、堪らず手で押さえた。
ふたりは。
思考が阻害される。
少女は。
毒を飲まされたエルザは、踊り続けた。ラウーロは、それに付き合うしかないのだが、彼女の望む付き合い方はしなかったのだろう。
あのような手合いの盲愛の果ては悲劇だと決まっているが――――テロリストに殺されただと? もちろん「悲」ではあるが、劇的と言えるのか?
「悲劇なら、エルザが殺したに違いない」
自分の台詞を鼻で笑い、ナマエは冷蔵庫からペットボトルを取り出してミネラルウォーターを飲んだ。
「先を越されたな…………」
不意に、自分でも意外な言葉が口から漏れ出た。
誰に?
何を?
渇いた呟きが何を指すのかは、明確にすべきではないだろう。
妄想に妄想を重ねて、どうする?
死の安息を得られる日は、案外遠そうだ。
ナマエはソファーに身を沈め、これからの茫漠とした時間を思い、両の義足を見て嘆息する。
シューベルトの曲は、もう聴こえない。
翌朝には、自分の悲劇的な真実や、舞台を降ろされた事実のことは忘れた。
2019/01/29