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男が描いた宗教画は、後世で大層評価された。
現代では、「美しい」、「神々しい」、「清らか」、「心が洗われる」など。数々の美辞麗句を重ねられ、称えられている。
しかし人々は、それを描いた本人が、全く美しくないものを抱えていたことを、知る由もないのだった。
◆◆◆
昔々、ギリシャで絵描きをしている男が、ひとり。一心不乱に、絵を描いていた。
男は、ある聖人を、描いている。それは、男にイエス・キリストの教えを聞かせてくれた、聖アンデレだ。
もう、何百枚も、それはそれは美しく、清らかな彼の絵を描いた。自身の邪念を打ち消すように。向けてはいけない感情に、蓋をするように。
しかし、絵描きは、夢を見る。聖人を犯す、夢を見る。
悪夢だ! 罪だ! 汚らわしい! 男は、己を呪った。
芸術家として、自分は、彼を純粋に愛そう。偉大な人物だったのだと、例え何千年経ったとしても、評価されるべき人なのだから。美しい彼を、永遠に遺そう。
ああ、でも、無駄だった。そんな、美しい想いだけを込めることなど、出来なかった。
恋慕。欲望。劣情。汚泥のような、それらが、どうしても入り交じる。
「ナマエ……愛してる…………」
アンデレが、ナマエの耳元で、囁く。
やめてくれ。止めてくれ。この妄想を、やめさせてくれ。
絵筆を持つ手が、自らへの怒りで震えた。呼吸が荒くなり、嫌な汗が流れる。
彼を手に入れられるのなら、悪魔にでも魂を売るかもしれない。そんな自分が、恐ろしかった。
アガペーだけで満たされるのなら。こんなにも、エロスに支配されている心なんて、いっそ無になってしまえばいい。
ナマエは、天へ向かって告解した。
「主よ。私は罪を犯しました。アンデレ様を想う気持ちを、捨て去ることが、出来ないのです。主よ、どうか私をお赦しください…………」
美しくない。美しくない! 私の魂は、汚れている! 男は、自分を責めた。
このままでは、死した後の行き先は、ひとつしかない。彼の魂は、業火に焼かれ続けることになるのだろう。
だが、それよりも恐ろしいことがある。それは、アンデレに、自分が劣情を向けていることを、知られてしまうことだ。
主よ。どうか、私と彼を、引き離してください。天高く、美しき場所と、地下深く、暗き場所へと。
ナマエの望みは、そのようなものだった。
罪深い男は、天の主へと願う。どうか、どうかと、乞い願う。
これが、絵描きのナマエの物語である。
七十二歳で死ぬ時まで、ナマエは、聖人の肖像を描き続けた。その、知られざる物語の続きもまた、誰も知らない。
現代では、「美しい」、「神々しい」、「清らか」、「心が洗われる」など。数々の美辞麗句を重ねられ、称えられている。
しかし人々は、それを描いた本人が、全く美しくないものを抱えていたことを、知る由もないのだった。
◆◆◆
昔々、ギリシャで絵描きをしている男が、ひとり。一心不乱に、絵を描いていた。
男は、ある聖人を、描いている。それは、男にイエス・キリストの教えを聞かせてくれた、聖アンデレだ。
もう、何百枚も、それはそれは美しく、清らかな彼の絵を描いた。自身の邪念を打ち消すように。向けてはいけない感情に、蓋をするように。
しかし、絵描きは、夢を見る。聖人を犯す、夢を見る。
悪夢だ! 罪だ! 汚らわしい! 男は、己を呪った。
芸術家として、自分は、彼を純粋に愛そう。偉大な人物だったのだと、例え何千年経ったとしても、評価されるべき人なのだから。美しい彼を、永遠に遺そう。
ああ、でも、無駄だった。そんな、美しい想いだけを込めることなど、出来なかった。
恋慕。欲望。劣情。汚泥のような、それらが、どうしても入り交じる。
「ナマエ……愛してる…………」
アンデレが、ナマエの耳元で、囁く。
やめてくれ。止めてくれ。この妄想を、やめさせてくれ。
絵筆を持つ手が、自らへの怒りで震えた。呼吸が荒くなり、嫌な汗が流れる。
彼を手に入れられるのなら、悪魔にでも魂を売るかもしれない。そんな自分が、恐ろしかった。
アガペーだけで満たされるのなら。こんなにも、エロスに支配されている心なんて、いっそ無になってしまえばいい。
ナマエは、天へ向かって告解した。
「主よ。私は罪を犯しました。アンデレ様を想う気持ちを、捨て去ることが、出来ないのです。主よ、どうか私をお赦しください…………」
美しくない。美しくない! 私の魂は、汚れている! 男は、自分を責めた。
このままでは、死した後の行き先は、ひとつしかない。彼の魂は、業火に焼かれ続けることになるのだろう。
だが、それよりも恐ろしいことがある。それは、アンデレに、自分が劣情を向けていることを、知られてしまうことだ。
主よ。どうか、私と彼を、引き離してください。天高く、美しき場所と、地下深く、暗き場所へと。
ナマエの望みは、そのようなものだった。
罪深い男は、天の主へと願う。どうか、どうかと、乞い願う。
これが、絵描きのナマエの物語である。
七十二歳で死ぬ時まで、ナマエは、聖人の肖像を描き続けた。その、知られざる物語の続きもまた、誰も知らない。