進撃

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 見知らぬ男が自分のベッドで眠っている。
 こちらに背を向けているため顔は見えないが、ユニコーンを背負っており、憲兵であることが分かる。
 男が寝返りを打った。
 やはり、顔には見覚えがない。
 悪夢でも見ているのか、妙に険しい表情をしている。

「起きろよ、おい!」
「うん……うん、頭痛いから仕事休む……」
「おい、誰なんだよ! ここで寝るな!」
「うるせぇな……気ぃ利かせて朝には消えとけよ、クソ女……」
「寝ぼけてんじゃねぇ!」
「ああ?…………君、誰?」

 男は欠伸をしながら気怠そうに身を起こした。

「ジャン・キルシュタインだ。アンタは?」
ナマエ……ミョウジ……んーと。ここ何処?」
「訓練兵の兵舎のオレのベッドだ」
「あー道理で。寝心地悪いと思った」

 この男のことは知らないが、まともな人間ではないだろう。
 他人の神経を逆撫ですることに抵抗がないようだ。

「ところで俺達、同衾しちゃった?」
「はぁ?! んなわけねぇだろ!」
「冗談だよ、冗談」

 ナマエは、いかにも悪人らしく笑っている。

「で、なんで憲兵がこんなとこに?」
「巡回?」
「巡回……?」
「散歩とも言う……ふわぁ、眠みぃ」
「一体いつからここに?」
「えーと、昼間かな。眠くて眠くて仕方なくて。不眠症気味でさぁ」
「はぁ……」

 今は、もう日が落ちている。男は、ずいぶん長いことサボっていたらしい。

「俺って繊細だからね」
「繊細な奴が他人のベッドで寝るかよッ!」
「はは。君は元気だねぇ。所属はもう決めたのかな?」

 どうも相手の思考が読めない。妙な気持ち悪さを感じる。

「憲兵団に……」
「君……ジャンだっけ? ジャンみたいな奴は好きだよ」

 気味が悪い響きだ。ナマエミョウジは背筋が凍るような笑みを浮かべている。

「じゃあ、もう行くよ。またね、ジャン」

 不吉にも「またね」という台詞を吐いて、彼は欠伸をしながら出て行った。
 男が去った後のベッドは、他人の、しかも甘ったるい匂いがして最悪だった。
 数日後。
 例の男と、こんなにも早く再会するとは思わなかった。

「なんですか、今度は」
「いいから、ちょっと来い」
「はぁ……」

 聞いた話によるとナマエはそれなりの立場にいるらしく、ジャンは多少畏まることにした。

「で、なんですか?」

 ナマエの前まで歩み寄る。

「そのまま、そのまま」

 そう言うと、彼は正面からジャンに近付き、顔を首筋に寄せた。例の甘ったるい匂いがする。

「やっぱり……死人の匂いがする……」

 耳元で冷たい声がした。
 死人の匂い。
 昨日まで死体の片付けをしていたから?

「いい加減離れ――――」
「はいはい」

 ナマエは、さっと一歩引いた。
 怒っているような、呆れているような、悲しんでいるような、複雑な表情をしている。

「お前さぁ、なに覚悟しちゃってんの?」

 意味が分からない。

「どこに所属する気か言ってみろよ」
「それは……調査兵団に……」

 そういうことか。自分が死に近付いているという意味か。
 ジャンはその考えに至った。

「なるほど。巨人の餌か」
「そんなつもり――――」
「どうして? 何かあったんだろう? 君はそんな人間じゃなかったはずだ」

 仕方なく、マルコのことを話した。
 彼は「そんなことで」と言いたげな顔をした。

「ジャンは良い奴だったんだね。幻滅だよ幻滅」
「良い奴で幻滅って……」

 褒められているのか、貶されているのか。

「……考え直せよ」
「もう、決めたんだよ」
「バーカ」

 拗ねた子供のような態度だ。

「どこにでもいそうな君が消えてしまった」

 ナマエは呟く。
 抱いていたのは勝手な同族意識であり、今では、ふたりの間には深くて広い溝がある。

「憲兵になったら、歓迎してあげようと思ってたのに」

 男は、溜め息をついて、去って行った。

◆◆◆

 ごめんなさい。ごめんなさい。ゆるしてください。
 深夜、悪夢にうなされて目が覚める。

「…………」

 ナマエミョウジは、巨人に襲われてから、よく眠れない日々を過ごしていた。

「……俺は、調査兵団こそが真の酔っ払い集団だと思ってたんだよ」

 両手で顔を覆い、虚空に呟く。
 酒より余程厄介なものに酔っている、可哀想な集団。そう思って、バカにしていた。
 その後。眠れないまま、朝がくる。
 そして、また、ジャンに会いに行った。

「俺はねぇ、英雄になろうとする奴が嫌いだ。あと勇気がある奴、賢い奴、命懸けで守りたいものを持っている奴なんて大嫌いだ。凡庸でない人間を見ると反吐が出る」

 ナマエは死人の如く無機質な顔で、黒い泥のような、この世への呪詛を吐く。

「俺みたいな普通の奴が、のうのうと生きていけないなんて嘘だろ! そういう世の中の全てが、大嫌いだ…………」

 部屋に籠って隅で膝を抱えている間に、誰かに全てを解決してもらいたい。
 人生には、ろくに判断材料が集まらない中、決断しなくてはならない時があるということくらい理解している。
 だが、結局は何を選んでも不幸になれる自信がある。勝算のない賭けをしたくない。
 人生で培われてきた後ろ向きさが、ナマエの脳内を侵していく。

「アンタ、本当は戦うしかないって分かってんだろ? だから戦えない自分を責めて、苦しんでる」

 ジャンが、真実を言い当てた。

「オレは、アンタが嫌いじゃない。アンタは、オレと同じ、普通の人間だからな」

 ナマエは、その言葉を聞いて、「でも君は、兵士になったじゃないか」と恨みがましく思う。

ナマエさん、調査兵団に入ってください」
「は? 俺が?」
「はい」

 予想外の事態。ナマエは、しばし口をつぐんだ。

「俺が命を賭けるに足るものはあるのか?」
「分かりません。でも、アンタは、眠れるようになるはずだ」
「は、はは…………」

 男は、口元を隠して笑う。
 こんな子供に説得されて、俺が憲兵をやめる? そんな訳ないだろう。
 俺はもう、濁った水でないと生きていけないんだよ。
 だけど、君のその提案に、俺は何故か惹かれているんだ。バカみたい。

「賭けると決めたら、俺がイカサマをしない訳がないよな。俺は、しばらく憲兵のままで出来ることをするよ」
「そうですか。確かに、それがいいかもしれませんね」
「あー嫌だ。戦いの先で勝利したとしても、そこに辿り着く前に凡庸な俺は、死んでんだろうなぁ」
「本当、後ろ向きだな……」
「俺の人生を頭から聞かせてやろうか?」
「遠慮します」
「そこまで悪趣味じゃねぇよ」

 流石に、そんなことをする気にはならない。
 男は、少年を見て、少し笑う。

「なあ、ジャンは好きな娘いる?」
「はぁ!? なんだよ、いたら悪いかよ?」
「いや、上等、上等」

 くつくつと笑った。その様子では、想いを告げていないのだろう。
 巨人の驚異を退けて平和になった時、彼が好きな娘に告白してフラれたら、指を差して笑うのがナマエの夢になった。
 それから、ナマエは、表向きは中央憲兵の犬として動き、時に調査兵団に情報を流す。

「よう、リヴァイ。お前らに情報提供しに来たぞ。中央憲兵の話だ」
ナマエ……どういう風の吹き回しだ……?」

 同期のリヴァイは、ナマエのことをよく知っている。長いものに巻かれる、ろくでもない男だ。地下にいた頃から、そういう男だった。

「なあに、ぐっすり眠るために動いてるだけだよ」

 けらけらと笑うナマエ
 ナマエは、調査兵団のために、よく働いた。
 そして、時は流れる。

「訓練する時間はあった。カカシよりは役に立つさ」

 騎馬に乗り、獣の巨人に立ち向かう男。
 今は、兵士の振りをしろ……!
 ナマエミョウジは、自由の翼を背負わないままに、ここまで来た。しかし、志は、今は同じである。
 眼前には、巨人が投げた石のつぶて。それが、やけにゆっくりと見えた。
 俺は、君が戦うのをやめたって恨んだりしないから、どうか生きてほしい。
 逃げられるものなら、どこかへ逃げてほしい。
 男の最後の祈りは、どこにも届くことはない。
 でも、君は俺とは違うから――――男の、最期の慟哭にも似た想いは途切れ、体は地面に転がった。

◆◆◆

 墓の前で、ジャン・キルシュタインは、立ち尽くしている。
 戦うのは嫌だと言っていた。怖いと言っていた。そんな男を、兵士にしたのは、自分だ。

「オレは、アンタのことも背負うぜ。ナマエさん」

 決して忘れない。
 屍を踏み越えて、彼は生きていく。
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