進撃
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「ナマエ・ミョウジ?」
「ああ、憲兵団の」
「通称、焚書官のナマエ」
「隠された物を見付けるのが上手いんだ、あの人」
「燃やした本は数知れず」
「なんてったって出没範囲が広いよな」
「流石に壁外には出ないけどね」
「ははっ。憲兵が外に出るわけがない」
◆◆◆
「不味い」
「じゃあ食うな」
「材料だけくれ。自分で作る」
「ふざけんな」
「はぁ……こんな食い物摂取して巨人と戦わされるなんてカワイソーな連中……」
「うるせぇぞ。いい加減黙れ」
「あー怖い怖い。ただでさえ目つき悪いのが更に凶悪な面構えになってるぞ、リヴァイ」
「死ね」
「お前のが先に死ぬと思うよ」
食堂で隣り合って険悪な雰囲気を漂わせるナマエとリヴァイ。ふたりは古い知り合いである。一方は調査兵団へ、もう一方は憲兵団へ行った。リヴァイはナマエを嫌っている。彼が、くだらない典型的な憲兵だからだ。訓練兵の頃から、口を開けば泣き言ばかり。
『飯が不味い』
『訓練は辛い』
『憲兵団に入って内地へ行きたい』
『成績は10位辺りを目指す』
本当に、くだらない。ナマエが現在も修練を重ねていたら壁外調査で活躍したかもしれないが、憲兵団に入ったのだから碌に訓練をしていないだろう。それでは、腕が衰える一方である。
彼が現在やっていることと言えば、家捜しして禁書を回収、処分することである。付いた渾名が焚書官。無論、そんな役職はない。彼は巡回と称して方々を周り、勝手にそんなことをしているのだ。お咎めがないのは何らかの力が動いているのかもしれない。兵団にたまに来るのも、巡回とやらの一環らしい。
「……昔も今も、お前のことが嫌いだ」
「知ってる」
それだけ言うと、ナマエは席を立った。
「馬鹿が……」
呟きは誰にも届かない。
◆◆◆
「そこの君」
「はい……」
見知らぬ憲兵に声をかけられた。
「エレン・イェーガーだな?」
「はい」
高圧的な口調に緊張が走る。
「何をしている?」
「廊下の掃除です」
「だろうね。どうせリヴァイに言われたんだろう?」
「はい……」
一気に態度を崩した相手に驚いた。先程まで纏っていた威圧感は消え失せている。
「カワイソー。調査兵団なんかに入ったばかりに」
「はぁ……あの、貴方は?」
「ああ、ごめんごめん。俺はナマエ・ミョウジ。見ての通り、憲兵だ。気安く呼ぶのを許可してあげるよ」
「そうですか……」
憲兵が何の用だと言うのか。
「いくつか質問があるんだけど、いいかな? 掃除が捗ってないことを怒られたら俺の名前出していいからさ」
「構いませんが……」
「君が調査兵団に入ったのは巨人を殺すため、だよね?」
「はい」
「何故巨人を殺したいの?」
「人類が――」
「大きな主語を使うな」
ゾッとするような冷たい声色でナマエは言い放った。首筋に鋭利な氷を当てられたかのようだ。
「俺……の、家族の仇だから、です」
「ふうん。それだけ?」
「え……?」
「それだけ?」
冷たい目がエレンを見つめる。脳裏に浮かぶのは外への憧れ、アルミンに見せてもらった書物のこと。だが、そんなことを言えるはずがない。
「おい、テメェ何してんだ?」
「リヴァイか……」
「リヴァイ兵長!?」
「仕事してんだけど、何か文句でも?」
「文句しかねぇな」
「ちょっとエレン君に訊くことがあってね。ま、嫌な奴が来たし今日は帰るよ。見送りがしたいなら、してくれてもいいよ?」
「誰がするか。さっさと失せろ」
「リヴァイ顔怖っ。エレン君、さっきの話だけど、やっぱり君って可愛い顔してるよねぇ。また今度じっくり見に来るよ。じゃあねぇー」
「はぁ……?!」
どこが“さっきの話”なのか。嵐のような謎の男は去って行った。
「……気色悪りぃ」
リヴァイが呟いた。エレンの耳には届いていたが、反応に困るので沈黙した。
「お前、アイツと何を話した?」
「調査兵団に入った理由を訊かれました」
「それだけか?」
『それだけ?』
「はい……」
彼は自分から何を引き出そうとしていたのだろう。考えても、わからなかった。
「何なんだアイツ……」
「なんというか、あの人……苦手です……」
何を考えているのか、全くわからないから。
◆◆◆
「エーレーンー君っ」
「ッ!?……ナマエさん?!」
突然、背後から抱き付かれた。
「あ、覚えててくれたんだ」
「そりゃあ、覚えてますよ……」
この前の出来事は忘れたくても忘れられない程の衝撃だった。
「中々良い体だね」
「ひっ……さ、触らないでください!」
ナマエの手は服の下に潜り、エレンの体を撫でている。もしかしてこれは貞操の危機なのではないか。そんな考えがよぎる。張り倒すべきか否か、真剣に考えるべきではないのか。
「あ、ごめん。つい、うっかり」
あっさりと解放されて拍子抜けした。
「じゃ、ついて来てくれる?」
「どこへですか?」
「ふたりきりになれる場所」
「…………」
寒気がした。頭の中で警鐘が鳴り響く。
「ん? 何か警戒してるね?」
「いや……その……」
「これ、借してあげる」
「え?」
差し出されたのはナイフだった。
「いつでも刺していいよ」
「い、いりません!」
「なんで?」
「自分の身は自分で守ります!」
「……すげー自信」
妙な空気のまま、ふたりは移動した。ナマエが借りた一室、椅子がふたつあるだけの部屋。ふたりは対峙する。
「これは、まあ世間話なんだけどね」
「はい」
「壁の外に関する書物の所持が禁じられているのは知っているよね?」
「はい」
じわじわと緊張していく。あの後、ナマエのことを色々な人から聞いた。彼が、焚書官と呼ばれていることを。
「君が、もしくは君の友人が、それを持っていたらどうなると思う?」
アルミンのことを指しているのだろうか。あれはアルミンのものではないのだが。どこまで知っているのか。
何故、知っているのか。
「本は廃棄され、所有者は罰せられます」
「んー。問題は君が関わってることなんだよねぇ。ほら、君を殺したい人がいるとすると、粗探しして足を引っ張りたいんだよ。俺が言いたいことわかる?」
「俺をどうしても危険分子にしたい、ということですか」
「まぁね」
「つまり、本当に所持しているかどうか、という話ではないんですね」
「その通ーり。勿論、所持してるから死刑なーんてことは出来ないけど。これは布石だね。君を葬る」
「その話を、何故俺に聞かせるんですか?」
「これは世間話だよ。だから訊くけど、君は禁書を読んだことがあるね?」
「……はい。少しだけ」
「それは君のものではない?」
「はい」
「君の知り合いのもの?」
「はい」
「その人が今も持っている?」
「わかりません」
「ふうん。君、シガンシナ区出身だっけ?」
「……はい」
「俺が知っていることは君に話すけど、俺の知らないとこで計画されてることもあるかもしれない。それは君が回避してね」
「はい……!」
この人は自分が思っていたよりずっと清廉な人なのだと考えを改めた。
「はいっ。世間話終了。本題に入ります。特に何があったでもないけど、俺の言うことききたい気分にならない?」
「へ……?」
「髪触っていい?」
「え?!」
「いいに決まってるよねぇ? 特に理由はないけど」
「え……あの……」
返事を待たずにエレンの髪を触るナマエ。
「及第点だな」
続いて顔に両手を添え、エレンの瞳をじっと見る。
「うん、綺麗。ちょっと口開けてくれる?」
「は、はい……」
わけがわからないが、言うことをきくしかない。世間話代を要求されているのだ。ナマエはじっくりとエレンの口内を見る。なんだか恥ずかしさが込み上げてきた。
「問題なし。次は手ぇ貸してね」
「はい……」
「爪の色、形。指の長さ、反り。んー結構結構」
ひとしきり手を弄ると、彼は笑顔で言った。
「よし、じゃあ脱いで」
「それは流石にきけません!」
改めた考えを改めた。
◆◆◆
「今日は何の用ですか? ナマエさん」
「別にー。顔見に来ただけ」
「そうですか……」
なんなんだろう。相変わらず、よくわからない人だ。
「抱き締めていい? 返事はまたないけど」
「……あの……えっと」
兵舎の廊下でこんなことをされると困るばかりだ。いや、何処であろうと困る。
「あー癒やされるー」
彼は癒やされているらしい。お互い黙ったまま数分が過ぎた。
「ナマエさん……?」
「ねぇ、毎日の食事は美味しい?」
顔をエレンの首元に伏せたまま、ナマエは訊いた。
「へ?……えっと、はい」
「そう……それはいいことだ」
「どうしたんですか? 元気なさそうですけど」
「なんでもないよ」
ナマエは顔を上げ、パッとエレンを放した。
「君には、期待、してるから。頑張ってね。それじゃ」
ナマエは去った。なんだか寂しそうに見えた。
◆◆◆
「ナマエさん、どうしてリヴァイ兵長と仲悪いんですか」
「仲悪いというか、リヴァイに嫌われてんだよね」
「どうしてですか?」
「さぁ?」
慣れとは恐ろしいもので、背後から抱き締められながらも普通に会話をするようになってしまった。
「俺はリヴァイ好きなんだけどね」
「え…………」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「好き、なんですか……?」
「うん。強いからね」
「そ……ですか……」
「昔は嫌いだったけどね」
心に黒いシミが広がっていく。何故、好きの意味を知りたいなどと考えているのだろう。
「エレン君? どうかした?」
「お、俺と兵長、どっちのが好きなんですか?!」
「えっ……と?」
しまった、と思った。脳を通さずに言葉が口から出てしまったかのようだ。嫉妬に塗れた質問をしてしまったことで、顔が赤くなるのがわかった。
「好きの種類が違い過ぎるよ」
ナマエは困っているようだ。
「すいません……変なこと訊いて……」
一体、いつからナマエをこんなに好きになってしまったのか。エレンは自分に驚いた。
「エレン君」
「は、はい」
「今度、俺の家来る?」
「はいっ?!」
「別に取って食いはしないよ?」
「わかって、ますよ……」
正直、取って食われそうになっても抵抗しないだろう。
「普通に、遊びに来てほしいというか。色々話したいことがあるというか」
「それなら、行きたいです」
「やったー」
ナマエ以上に、エレンは内心喜んでいた。
◆◆◆
「いただきます」
「召し上がれ」
ナマエの家で手料理をご馳走になることになった。当たり前のように肉や塩が使われた料理が出て来た。
「美味しい?」
「凄く美味しいです……!」
「良かった」
ナマエはエレンを優しい目で見つめる。
暫くして、ナマエが料理に手を付けていないことに気付いた。
「ナマエさん、食べないんですか?」
「お腹減ってないんだ。俺の分も食べていいよ?」
「いや、そういうわけには……」
「そう。何か盛ってあると思われても困るし、俺も食べるかな」
「そんなこと思いませんよ」
「そう? 俺は悪人だよ? 何せ憲兵だからね」
「ナマエさんは俺を助けてくれたじゃないですか」
「何か裏があるかもよ?」
「俺はないと思います」
「はは。ありがと」
彼は困り笑いをした。そして、談笑しながら食事は進む。ナマエが食べ物を無理に咀嚼し、飲み込んでいたのをエレンは知らない。やがて、ふたりの食器は空になった。
「ご馳走様でした」
「エレン君……ごめん……」
「ナマエさん?! 顔真っ青ですよ?!」
苦しそうな息遣い。額には脂汗が浮かんでいる。
「ちょっと、具合悪い。今日は帰ってくれる? 本当は送って行きたいんだけど――」
「そんなのいいですから! 今……」
「あれ……?」
ナマエは椅子から崩れ落ち、意識を失った。
◆◆◆
あれが来るよ。人を食いに来るよ。
違うな。あれは食ってるわけじゃあない。
あれが来るよ。人を殺しに来るよ。
そうだな。あれはただの人殺し。気持ち悪い。反吐が出る。あれを殲滅しなくてはならない。
でもなんにも出来ないよ。
そうだな。だから俺はそれを託す。
そんなのゆるされないよナマエ。
◆◆◆
気付いたら泥沼だった。そして、自分はこの泥沼でなくては生きられない体になっていた。今更、清流で生きられはしない。だから、他人に“期待”した。自分より強い者達に。散々馬鹿にした癖に。とんだ掌返しだ。
偶然いたトロスト区で巨人に遭遇した途端、ナマエは調査兵団を尊敬するようになった。自分が矮小でくだらない人間であることは理解している。英雄への期待と憎悪で、毎日毎日飯が不味い。しかも近頃は物を食う時に巨人を連想し、吐いてしまうことも多々ある。体重は目に見えて減った。そんな日々に、うんざりした。
頼むから。誰か。自分のために。美味しく食事が出来るように、巨人を滅ぼしてくれないだろうか。
「ゆるして…………」
「ナマエさん……」
「あ……エレン君……?」
自分の呟きで覚醒したナマエは、エレンを視界に捉えて安堵した。
「大丈夫ですか?」
「残念ながら手遅れ。ベッドまで運んでくれたんだね。ありがとう」
上体をゆっくりと起こしながら言った。
「いえ……それより、あの……医者を呼んで来ますから、手を……」
「……あ」
ナマエの手が、エレンの手首を痛いくらいに掴んでいた。そのせいで傍を離れられなかったのだろう。
「ごめん」
パッと手を放した。手首はすっかり赤くなっている。
「うわ、痛そう。本当にごめん」
「いえ、大丈夫です!」
ナマエは、エレンの顔も負けずに真っ赤なことに気付いた。
「好きだなぁ」
「え……?」
「エレン君のこと好きだよ」
「……あ、の……俺も、ナマエさんのことが好きです……」
「それじゃあ、俺に巨人のいない世界を下さいな」
自分の精神は、もう長くは保たないだろう。どう考えても、巨人を駆逐するより精神が擦り切れる方が早いだろう。その時は、愛しい彼に殺して調理して咀嚼して飲み込んで消化して吸収してほしい。彼は人間なのだから、きっとやってくれる。
ナマエは微笑を浮かべ、自らの末期を思い描いた。
2013/07/22
「ああ、憲兵団の」
「通称、焚書官のナマエ」
「隠された物を見付けるのが上手いんだ、あの人」
「燃やした本は数知れず」
「なんてったって出没範囲が広いよな」
「流石に壁外には出ないけどね」
「ははっ。憲兵が外に出るわけがない」
◆◆◆
「不味い」
「じゃあ食うな」
「材料だけくれ。自分で作る」
「ふざけんな」
「はぁ……こんな食い物摂取して巨人と戦わされるなんてカワイソーな連中……」
「うるせぇぞ。いい加減黙れ」
「あー怖い怖い。ただでさえ目つき悪いのが更に凶悪な面構えになってるぞ、リヴァイ」
「死ね」
「お前のが先に死ぬと思うよ」
食堂で隣り合って険悪な雰囲気を漂わせるナマエとリヴァイ。ふたりは古い知り合いである。一方は調査兵団へ、もう一方は憲兵団へ行った。リヴァイはナマエを嫌っている。彼が、くだらない典型的な憲兵だからだ。訓練兵の頃から、口を開けば泣き言ばかり。
『飯が不味い』
『訓練は辛い』
『憲兵団に入って内地へ行きたい』
『成績は10位辺りを目指す』
本当に、くだらない。ナマエが現在も修練を重ねていたら壁外調査で活躍したかもしれないが、憲兵団に入ったのだから碌に訓練をしていないだろう。それでは、腕が衰える一方である。
彼が現在やっていることと言えば、家捜しして禁書を回収、処分することである。付いた渾名が焚書官。無論、そんな役職はない。彼は巡回と称して方々を周り、勝手にそんなことをしているのだ。お咎めがないのは何らかの力が動いているのかもしれない。兵団にたまに来るのも、巡回とやらの一環らしい。
「……昔も今も、お前のことが嫌いだ」
「知ってる」
それだけ言うと、ナマエは席を立った。
「馬鹿が……」
呟きは誰にも届かない。
◆◆◆
「そこの君」
「はい……」
見知らぬ憲兵に声をかけられた。
「エレン・イェーガーだな?」
「はい」
高圧的な口調に緊張が走る。
「何をしている?」
「廊下の掃除です」
「だろうね。どうせリヴァイに言われたんだろう?」
「はい……」
一気に態度を崩した相手に驚いた。先程まで纏っていた威圧感は消え失せている。
「カワイソー。調査兵団なんかに入ったばかりに」
「はぁ……あの、貴方は?」
「ああ、ごめんごめん。俺はナマエ・ミョウジ。見ての通り、憲兵だ。気安く呼ぶのを許可してあげるよ」
「そうですか……」
憲兵が何の用だと言うのか。
「いくつか質問があるんだけど、いいかな? 掃除が捗ってないことを怒られたら俺の名前出していいからさ」
「構いませんが……」
「君が調査兵団に入ったのは巨人を殺すため、だよね?」
「はい」
「何故巨人を殺したいの?」
「人類が――」
「大きな主語を使うな」
ゾッとするような冷たい声色でナマエは言い放った。首筋に鋭利な氷を当てられたかのようだ。
「俺……の、家族の仇だから、です」
「ふうん。それだけ?」
「え……?」
「それだけ?」
冷たい目がエレンを見つめる。脳裏に浮かぶのは外への憧れ、アルミンに見せてもらった書物のこと。だが、そんなことを言えるはずがない。
「おい、テメェ何してんだ?」
「リヴァイか……」
「リヴァイ兵長!?」
「仕事してんだけど、何か文句でも?」
「文句しかねぇな」
「ちょっとエレン君に訊くことがあってね。ま、嫌な奴が来たし今日は帰るよ。見送りがしたいなら、してくれてもいいよ?」
「誰がするか。さっさと失せろ」
「リヴァイ顔怖っ。エレン君、さっきの話だけど、やっぱり君って可愛い顔してるよねぇ。また今度じっくり見に来るよ。じゃあねぇー」
「はぁ……?!」
どこが“さっきの話”なのか。嵐のような謎の男は去って行った。
「……気色悪りぃ」
リヴァイが呟いた。エレンの耳には届いていたが、反応に困るので沈黙した。
「お前、アイツと何を話した?」
「調査兵団に入った理由を訊かれました」
「それだけか?」
『それだけ?』
「はい……」
彼は自分から何を引き出そうとしていたのだろう。考えても、わからなかった。
「何なんだアイツ……」
「なんというか、あの人……苦手です……」
何を考えているのか、全くわからないから。
◆◆◆
「エーレーンー君っ」
「ッ!?……ナマエさん?!」
突然、背後から抱き付かれた。
「あ、覚えててくれたんだ」
「そりゃあ、覚えてますよ……」
この前の出来事は忘れたくても忘れられない程の衝撃だった。
「中々良い体だね」
「ひっ……さ、触らないでください!」
ナマエの手は服の下に潜り、エレンの体を撫でている。もしかしてこれは貞操の危機なのではないか。そんな考えがよぎる。張り倒すべきか否か、真剣に考えるべきではないのか。
「あ、ごめん。つい、うっかり」
あっさりと解放されて拍子抜けした。
「じゃ、ついて来てくれる?」
「どこへですか?」
「ふたりきりになれる場所」
「…………」
寒気がした。頭の中で警鐘が鳴り響く。
「ん? 何か警戒してるね?」
「いや……その……」
「これ、借してあげる」
「え?」
差し出されたのはナイフだった。
「いつでも刺していいよ」
「い、いりません!」
「なんで?」
「自分の身は自分で守ります!」
「……すげー自信」
妙な空気のまま、ふたりは移動した。ナマエが借りた一室、椅子がふたつあるだけの部屋。ふたりは対峙する。
「これは、まあ世間話なんだけどね」
「はい」
「壁の外に関する書物の所持が禁じられているのは知っているよね?」
「はい」
じわじわと緊張していく。あの後、ナマエのことを色々な人から聞いた。彼が、焚書官と呼ばれていることを。
「君が、もしくは君の友人が、それを持っていたらどうなると思う?」
アルミンのことを指しているのだろうか。あれはアルミンのものではないのだが。どこまで知っているのか。
何故、知っているのか。
「本は廃棄され、所有者は罰せられます」
「んー。問題は君が関わってることなんだよねぇ。ほら、君を殺したい人がいるとすると、粗探しして足を引っ張りたいんだよ。俺が言いたいことわかる?」
「俺をどうしても危険分子にしたい、ということですか」
「まぁね」
「つまり、本当に所持しているかどうか、という話ではないんですね」
「その通ーり。勿論、所持してるから死刑なーんてことは出来ないけど。これは布石だね。君を葬る」
「その話を、何故俺に聞かせるんですか?」
「これは世間話だよ。だから訊くけど、君は禁書を読んだことがあるね?」
「……はい。少しだけ」
「それは君のものではない?」
「はい」
「君の知り合いのもの?」
「はい」
「その人が今も持っている?」
「わかりません」
「ふうん。君、シガンシナ区出身だっけ?」
「……はい」
「俺が知っていることは君に話すけど、俺の知らないとこで計画されてることもあるかもしれない。それは君が回避してね」
「はい……!」
この人は自分が思っていたよりずっと清廉な人なのだと考えを改めた。
「はいっ。世間話終了。本題に入ります。特に何があったでもないけど、俺の言うことききたい気分にならない?」
「へ……?」
「髪触っていい?」
「え?!」
「いいに決まってるよねぇ? 特に理由はないけど」
「え……あの……」
返事を待たずにエレンの髪を触るナマエ。
「及第点だな」
続いて顔に両手を添え、エレンの瞳をじっと見る。
「うん、綺麗。ちょっと口開けてくれる?」
「は、はい……」
わけがわからないが、言うことをきくしかない。世間話代を要求されているのだ。ナマエはじっくりとエレンの口内を見る。なんだか恥ずかしさが込み上げてきた。
「問題なし。次は手ぇ貸してね」
「はい……」
「爪の色、形。指の長さ、反り。んー結構結構」
ひとしきり手を弄ると、彼は笑顔で言った。
「よし、じゃあ脱いで」
「それは流石にきけません!」
改めた考えを改めた。
◆◆◆
「今日は何の用ですか? ナマエさん」
「別にー。顔見に来ただけ」
「そうですか……」
なんなんだろう。相変わらず、よくわからない人だ。
「抱き締めていい? 返事はまたないけど」
「……あの……えっと」
兵舎の廊下でこんなことをされると困るばかりだ。いや、何処であろうと困る。
「あー癒やされるー」
彼は癒やされているらしい。お互い黙ったまま数分が過ぎた。
「ナマエさん……?」
「ねぇ、毎日の食事は美味しい?」
顔をエレンの首元に伏せたまま、ナマエは訊いた。
「へ?……えっと、はい」
「そう……それはいいことだ」
「どうしたんですか? 元気なさそうですけど」
「なんでもないよ」
ナマエは顔を上げ、パッとエレンを放した。
「君には、期待、してるから。頑張ってね。それじゃ」
ナマエは去った。なんだか寂しそうに見えた。
◆◆◆
「ナマエさん、どうしてリヴァイ兵長と仲悪いんですか」
「仲悪いというか、リヴァイに嫌われてんだよね」
「どうしてですか?」
「さぁ?」
慣れとは恐ろしいもので、背後から抱き締められながらも普通に会話をするようになってしまった。
「俺はリヴァイ好きなんだけどね」
「え…………」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「好き、なんですか……?」
「うん。強いからね」
「そ……ですか……」
「昔は嫌いだったけどね」
心に黒いシミが広がっていく。何故、好きの意味を知りたいなどと考えているのだろう。
「エレン君? どうかした?」
「お、俺と兵長、どっちのが好きなんですか?!」
「えっ……と?」
しまった、と思った。脳を通さずに言葉が口から出てしまったかのようだ。嫉妬に塗れた質問をしてしまったことで、顔が赤くなるのがわかった。
「好きの種類が違い過ぎるよ」
ナマエは困っているようだ。
「すいません……変なこと訊いて……」
一体、いつからナマエをこんなに好きになってしまったのか。エレンは自分に驚いた。
「エレン君」
「は、はい」
「今度、俺の家来る?」
「はいっ?!」
「別に取って食いはしないよ?」
「わかって、ますよ……」
正直、取って食われそうになっても抵抗しないだろう。
「普通に、遊びに来てほしいというか。色々話したいことがあるというか」
「それなら、行きたいです」
「やったー」
ナマエ以上に、エレンは内心喜んでいた。
◆◆◆
「いただきます」
「召し上がれ」
ナマエの家で手料理をご馳走になることになった。当たり前のように肉や塩が使われた料理が出て来た。
「美味しい?」
「凄く美味しいです……!」
「良かった」
ナマエはエレンを優しい目で見つめる。
暫くして、ナマエが料理に手を付けていないことに気付いた。
「ナマエさん、食べないんですか?」
「お腹減ってないんだ。俺の分も食べていいよ?」
「いや、そういうわけには……」
「そう。何か盛ってあると思われても困るし、俺も食べるかな」
「そんなこと思いませんよ」
「そう? 俺は悪人だよ? 何せ憲兵だからね」
「ナマエさんは俺を助けてくれたじゃないですか」
「何か裏があるかもよ?」
「俺はないと思います」
「はは。ありがと」
彼は困り笑いをした。そして、談笑しながら食事は進む。ナマエが食べ物を無理に咀嚼し、飲み込んでいたのをエレンは知らない。やがて、ふたりの食器は空になった。
「ご馳走様でした」
「エレン君……ごめん……」
「ナマエさん?! 顔真っ青ですよ?!」
苦しそうな息遣い。額には脂汗が浮かんでいる。
「ちょっと、具合悪い。今日は帰ってくれる? 本当は送って行きたいんだけど――」
「そんなのいいですから! 今……」
「あれ……?」
ナマエは椅子から崩れ落ち、意識を失った。
◆◆◆
あれが来るよ。人を食いに来るよ。
違うな。あれは食ってるわけじゃあない。
あれが来るよ。人を殺しに来るよ。
そうだな。あれはただの人殺し。気持ち悪い。反吐が出る。あれを殲滅しなくてはならない。
でもなんにも出来ないよ。
そうだな。だから俺はそれを託す。
そんなのゆるされないよナマエ。
◆◆◆
気付いたら泥沼だった。そして、自分はこの泥沼でなくては生きられない体になっていた。今更、清流で生きられはしない。だから、他人に“期待”した。自分より強い者達に。散々馬鹿にした癖に。とんだ掌返しだ。
偶然いたトロスト区で巨人に遭遇した途端、ナマエは調査兵団を尊敬するようになった。自分が矮小でくだらない人間であることは理解している。英雄への期待と憎悪で、毎日毎日飯が不味い。しかも近頃は物を食う時に巨人を連想し、吐いてしまうことも多々ある。体重は目に見えて減った。そんな日々に、うんざりした。
頼むから。誰か。自分のために。美味しく食事が出来るように、巨人を滅ぼしてくれないだろうか。
「ゆるして…………」
「ナマエさん……」
「あ……エレン君……?」
自分の呟きで覚醒したナマエは、エレンを視界に捉えて安堵した。
「大丈夫ですか?」
「残念ながら手遅れ。ベッドまで運んでくれたんだね。ありがとう」
上体をゆっくりと起こしながら言った。
「いえ……それより、あの……医者を呼んで来ますから、手を……」
「……あ」
ナマエの手が、エレンの手首を痛いくらいに掴んでいた。そのせいで傍を離れられなかったのだろう。
「ごめん」
パッと手を放した。手首はすっかり赤くなっている。
「うわ、痛そう。本当にごめん」
「いえ、大丈夫です!」
ナマエは、エレンの顔も負けずに真っ赤なことに気付いた。
「好きだなぁ」
「え……?」
「エレン君のこと好きだよ」
「……あ、の……俺も、ナマエさんのことが好きです……」
「それじゃあ、俺に巨人のいない世界を下さいな」
自分の精神は、もう長くは保たないだろう。どう考えても、巨人を駆逐するより精神が擦り切れる方が早いだろう。その時は、愛しい彼に殺して調理して咀嚼して飲み込んで消化して吸収してほしい。彼は人間なのだから、きっとやってくれる。
ナマエは微笑を浮かべ、自らの末期を思い描いた。
2013/07/22
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