些末シリーズ
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兄弟の中で、ナマエと一番距離があるのは自分だと思う。
(元ヤクザって存在が非常識だし、僕と合わなくて当然だよね)
チョロ松は、そう考えている。
以前、彼とチョロ松は、こんな会話をしたことがある。
「他人にどう思われようが、どうでもいーよ」
「バカとかダサいとか言われてもいいの?」
「そんなこと、俺が一番分かってるし。分かってること言われても何とも思わないよ」
「じゃあ、自分では格好いいと思ってたことが否定されたら?」
「自分が格好いいと思えるなら、それが一番なんじゃない?」
ナマエが黙らせたいのは、頭の中で自身の悪口を言っている者だけだ。
「お前は、メンタルが弱いのか強いのかハッキリしろ!」
「もしかして俺、普通なんじゃ?」
「それはない!」
「えー」
チョロ松には、彼は酷く無神経な男に見える。常なら一松が一番遠くにいそうなものだが、驚いたことに1、2を争う近さだ。
ある日、昼間にナマエの家に出かけたと思った一松が、30分もしない内によろめきながら帰って来て、青天の霹靂のようなことを告げた。
「ナマエが……警察に連れてかれた……」
「え…………」
ナマエが持つ、血が付着した灰皿。泣いている下着姿の女。救急車で運ばれる男。パトカーに乗るナマエ。
それらが、一松の目撃したものだと言う。
もう何度目だ? 一松が、ナマエのせいで青い顔をして帰って来るのは。
正直、何故付き合っているのか疑問に思う。
後日、弟と何故か付き合っている、やる気や向上心を持ち合わせてなさそうな男は語る。
ナマエの部屋の隣に住んでいる女は、知り合いの男に執拗に付き纏われていたらしい。ピッキングで鍵を開け、大きなペンチのようなものでドアチェーンを切り、部屋に押し入って来た男にナイフを向けられた女は命からがら玄関から外へ出た。
一方、悲鳴や争う音が聴こえたナマエは、互いの部屋のベランダで並んで喫煙していたもうひとりの隣人に警察を呼んでもらい、金属バット片手に隣へ向かおうとしたところで廊下の女と鉢合わせ、部屋に引き入れる。ナマエは、女をトイレに押し込んで鍵をかけさせてから、侵入して来た男を引き付けて部屋の奥へと後退した。
そうして揉み合ううちにバットを手放すことになった彼は、ローテーブルに置いていた灰皿を引っ掴み、男の頭を殴って昏倒させたのだった。
「ナイフを振り回す男のことが怖くて、無我夢中だった」ので、正当防衛だそうだ。
(そこ嘘だろ……!)
事のあらましをナマエから聞いたチョロ松は、口にするのは控えたが、そう思わずにはいられなかった。
「ナマエって、暴力振るうのも振るわれるのも平気なの?」
「平気って訳じゃ……ただ、暴力絡みの問題は正解が分かりやすいから」
彼にとっては、数式を解くのと変わらない。それは知識によるものだけではなく、経験則による導きもある。
チョロ松は大きく溜め息を吐いた。
ナマエは気付けないのか、気付かないようにしているのか。ナマエ自身は何とも思わない事柄に、一松が振り回されたり、揺さぶられたりしていることに。
いよいよ、どうして付き合ってるのか謎だ。
「お前がいない間、一松がどうしてたか見せてやりたいよ」
「えっ? どうしてたの?」
「家の中を落ち着きなく歩き回るわ、転ぶわ、物は落とすわ……しまいには焼き魚にお茶かけて、醤油飲もうとしてたからね」
「そんなことになってたのか。一松に事情を説明した時は平気そうにしてたけど……」
別にエスパーになれとは言わないが、感情の機微に疎過ぎるのではないかと思う。それとも、一松が本音を隠し過ぎているのだろうか。
「お前、さては一松のこと好きじゃないだろ?」
それは、恐らく一松も持っているだろう疑問だった。
一松がナマエと付き合っている理由よりも、ナマエが一松と付き合っている理由の方が分からない。
「そう見えるなら、そうかもね」
彼は表情をスッと消して、そう答えた。
「認めるの? 好きじゃないって」
「……よく分からないんだ」
彼は、未だに好きという感情が掴み取れていない。
「可哀想だよ、一松」
「そうだね」
「本当、性質の悪い男だよね?!」
自分が悪いということは認めており、特に居直っている様子もない。しかし、改善や解決の兆しが見えない。意識が低過ぎる。
「俺、実は一松を幸せにしようって思ってるんだけどね。でも、一松って俺のせいで不幸っぽくない?」
「もう、ナマエは悪人になった方が一松のためだよ! 下手に自分を客観視するのをやめろ!」
「まだ、普通ぶらせてよ。俺がしてるのって客観視なの?」
「下手な客観視ね」
「ふーん?」
「ナマエ、もう少し一松のこと考えて? その鈍感さヤバいよ?」
「一松のこと考えるとさぁ、やっぱり別れるべきなのかなぁって思うんだけど……」
「まずは謝れよ!」
別れるも、別れないも、その後で勝手にしたらいい。
「……それもそうか」
呑気そうな様子で納得するナマエに、眩暈がしそうになる。
「ありがと、チョロ松。俺のこと苦手みたいなのに、色々教えてくれて」
「いや、それは分かるんかーい! どういたしまして!」
この得体の知れない人間とチョロ松は、やはり噛み合わない。
ナマエが、ゴミを継ぎ接ぎして人型にしたような、ちぐはぐな奴だという認識は間違いではないはずだ。コレと付き合っていて大丈夫なのだろうかと、弟の身を案じた。
◆◆◆
「それから、横領野郎は山中の木に縛り付けて一晩放置されてたね」
「そういう顛末だったんだ……」
一松とナマエは、今日も今日もとてナマエの部屋のソファーに並んで話しているのだが、何やら距離感がおかしい。いつもは一松が開ける微妙な距離をそのままにするのたが、今日のナマエは距離を詰めてきた。
これは良くないことの前触れだと、ネガティブな思考が一松に警告する。
「あのさ、一松」
来た。きっと、また何か思い悩んでいるのだ。
「心配かけて、ごめんね。この前、警察に連れてかれたこととか、今まで迷惑かけまくって、ごめん。えっと……それで、あと、また心配かけると思う……けど、これからも付き合ってくれる?」
「え、うん。いいけど……」
とうとう、別れ話でもされるのかと思った一松は、そんなことかと拍子抜けした。
「いいの? 断ってもいいよ?」
「……いいって」
「別に俺みたいのと、マジで心中覚悟なんてしなくていいんだよ?」
ナマエは、済まなそうに話し続ける。
「嫌いになったら、どっか行けって言ってね」
「言ったら、どっか行くんだ……?」
「……うん」
きっと、ナマエは綺麗に消えてくれるのだろう。
「おれに、どっか行けって言われても、行かないでほしい……どうせ、おれは言ったことを後悔するから……」
「ええっ。難しい……困る……」
「いちいち、おれの言うこと真に受けないでいいし……ナマエにはムカつくところがあるけど、それ以上に好きなところがあるし……ていうか、別に心配かけたくらいで謝らなくてもいい……」
一松はハッとした。思わず口を滑らせて直截的なことを言ってしまった気がする。
横目でナマエを窺うと、一松は目を見張る。
「あ、そ、そういう感じなんだ……? すごい……恋愛っぽい……うん…………」
ナマエが、赤面していた。恥ずかしそうに口元を手で隠して、一松から目を逸らしている。
「え? えっ? 照れてる……? なんで?!」
「だって、前に言ってたのと違うじゃん! 俺、そんなこと言われてない!」
ナマエが一松に言われたのは「好きみたい」ぐらいのものである。しかも、気の迷いでという注釈付きで。
そのせいかどうかはともかく、ナマエに、今になって明確な当事者意識が生じた。
「……ありがとう。嬉しい」
ナマエとは逆に、一松は目の前の光景から現実感が薄れ、「はにかんだ顔は初めて見るなぁ」と、ぼんやり考えていた。
2017/09/13
(元ヤクザって存在が非常識だし、僕と合わなくて当然だよね)
チョロ松は、そう考えている。
以前、彼とチョロ松は、こんな会話をしたことがある。
「他人にどう思われようが、どうでもいーよ」
「バカとかダサいとか言われてもいいの?」
「そんなこと、俺が一番分かってるし。分かってること言われても何とも思わないよ」
「じゃあ、自分では格好いいと思ってたことが否定されたら?」
「自分が格好いいと思えるなら、それが一番なんじゃない?」
ナマエが黙らせたいのは、頭の中で自身の悪口を言っている者だけだ。
「お前は、メンタルが弱いのか強いのかハッキリしろ!」
「もしかして俺、普通なんじゃ?」
「それはない!」
「えー」
チョロ松には、彼は酷く無神経な男に見える。常なら一松が一番遠くにいそうなものだが、驚いたことに1、2を争う近さだ。
ある日、昼間にナマエの家に出かけたと思った一松が、30分もしない内によろめきながら帰って来て、青天の霹靂のようなことを告げた。
「ナマエが……警察に連れてかれた……」
「え…………」
ナマエが持つ、血が付着した灰皿。泣いている下着姿の女。救急車で運ばれる男。パトカーに乗るナマエ。
それらが、一松の目撃したものだと言う。
もう何度目だ? 一松が、ナマエのせいで青い顔をして帰って来るのは。
正直、何故付き合っているのか疑問に思う。
後日、弟と何故か付き合っている、やる気や向上心を持ち合わせてなさそうな男は語る。
ナマエの部屋の隣に住んでいる女は、知り合いの男に執拗に付き纏われていたらしい。ピッキングで鍵を開け、大きなペンチのようなものでドアチェーンを切り、部屋に押し入って来た男にナイフを向けられた女は命からがら玄関から外へ出た。
一方、悲鳴や争う音が聴こえたナマエは、互いの部屋のベランダで並んで喫煙していたもうひとりの隣人に警察を呼んでもらい、金属バット片手に隣へ向かおうとしたところで廊下の女と鉢合わせ、部屋に引き入れる。ナマエは、女をトイレに押し込んで鍵をかけさせてから、侵入して来た男を引き付けて部屋の奥へと後退した。
そうして揉み合ううちにバットを手放すことになった彼は、ローテーブルに置いていた灰皿を引っ掴み、男の頭を殴って昏倒させたのだった。
「ナイフを振り回す男のことが怖くて、無我夢中だった」ので、正当防衛だそうだ。
(そこ嘘だろ……!)
事のあらましをナマエから聞いたチョロ松は、口にするのは控えたが、そう思わずにはいられなかった。
「ナマエって、暴力振るうのも振るわれるのも平気なの?」
「平気って訳じゃ……ただ、暴力絡みの問題は正解が分かりやすいから」
彼にとっては、数式を解くのと変わらない。それは知識によるものだけではなく、経験則による導きもある。
チョロ松は大きく溜め息を吐いた。
ナマエは気付けないのか、気付かないようにしているのか。ナマエ自身は何とも思わない事柄に、一松が振り回されたり、揺さぶられたりしていることに。
いよいよ、どうして付き合ってるのか謎だ。
「お前がいない間、一松がどうしてたか見せてやりたいよ」
「えっ? どうしてたの?」
「家の中を落ち着きなく歩き回るわ、転ぶわ、物は落とすわ……しまいには焼き魚にお茶かけて、醤油飲もうとしてたからね」
「そんなことになってたのか。一松に事情を説明した時は平気そうにしてたけど……」
別にエスパーになれとは言わないが、感情の機微に疎過ぎるのではないかと思う。それとも、一松が本音を隠し過ぎているのだろうか。
「お前、さては一松のこと好きじゃないだろ?」
それは、恐らく一松も持っているだろう疑問だった。
一松がナマエと付き合っている理由よりも、ナマエが一松と付き合っている理由の方が分からない。
「そう見えるなら、そうかもね」
彼は表情をスッと消して、そう答えた。
「認めるの? 好きじゃないって」
「……よく分からないんだ」
彼は、未だに好きという感情が掴み取れていない。
「可哀想だよ、一松」
「そうだね」
「本当、性質の悪い男だよね?!」
自分が悪いということは認めており、特に居直っている様子もない。しかし、改善や解決の兆しが見えない。意識が低過ぎる。
「俺、実は一松を幸せにしようって思ってるんだけどね。でも、一松って俺のせいで不幸っぽくない?」
「もう、ナマエは悪人になった方が一松のためだよ! 下手に自分を客観視するのをやめろ!」
「まだ、普通ぶらせてよ。俺がしてるのって客観視なの?」
「下手な客観視ね」
「ふーん?」
「ナマエ、もう少し一松のこと考えて? その鈍感さヤバいよ?」
「一松のこと考えるとさぁ、やっぱり別れるべきなのかなぁって思うんだけど……」
「まずは謝れよ!」
別れるも、別れないも、その後で勝手にしたらいい。
「……それもそうか」
呑気そうな様子で納得するナマエに、眩暈がしそうになる。
「ありがと、チョロ松。俺のこと苦手みたいなのに、色々教えてくれて」
「いや、それは分かるんかーい! どういたしまして!」
この得体の知れない人間とチョロ松は、やはり噛み合わない。
ナマエが、ゴミを継ぎ接ぎして人型にしたような、ちぐはぐな奴だという認識は間違いではないはずだ。コレと付き合っていて大丈夫なのだろうかと、弟の身を案じた。
◆◆◆
「それから、横領野郎は山中の木に縛り付けて一晩放置されてたね」
「そういう顛末だったんだ……」
一松とナマエは、今日も今日もとてナマエの部屋のソファーに並んで話しているのだが、何やら距離感がおかしい。いつもは一松が開ける微妙な距離をそのままにするのたが、今日のナマエは距離を詰めてきた。
これは良くないことの前触れだと、ネガティブな思考が一松に警告する。
「あのさ、一松」
来た。きっと、また何か思い悩んでいるのだ。
「心配かけて、ごめんね。この前、警察に連れてかれたこととか、今まで迷惑かけまくって、ごめん。えっと……それで、あと、また心配かけると思う……けど、これからも付き合ってくれる?」
「え、うん。いいけど……」
とうとう、別れ話でもされるのかと思った一松は、そんなことかと拍子抜けした。
「いいの? 断ってもいいよ?」
「……いいって」
「別に俺みたいのと、マジで心中覚悟なんてしなくていいんだよ?」
ナマエは、済まなそうに話し続ける。
「嫌いになったら、どっか行けって言ってね」
「言ったら、どっか行くんだ……?」
「……うん」
きっと、ナマエは綺麗に消えてくれるのだろう。
「おれに、どっか行けって言われても、行かないでほしい……どうせ、おれは言ったことを後悔するから……」
「ええっ。難しい……困る……」
「いちいち、おれの言うこと真に受けないでいいし……ナマエにはムカつくところがあるけど、それ以上に好きなところがあるし……ていうか、別に心配かけたくらいで謝らなくてもいい……」
一松はハッとした。思わず口を滑らせて直截的なことを言ってしまった気がする。
横目でナマエを窺うと、一松は目を見張る。
「あ、そ、そういう感じなんだ……? すごい……恋愛っぽい……うん…………」
ナマエが、赤面していた。恥ずかしそうに口元を手で隠して、一松から目を逸らしている。
「え? えっ? 照れてる……? なんで?!」
「だって、前に言ってたのと違うじゃん! 俺、そんなこと言われてない!」
ナマエが一松に言われたのは「好きみたい」ぐらいのものである。しかも、気の迷いでという注釈付きで。
そのせいかどうかはともかく、ナマエに、今になって明確な当事者意識が生じた。
「……ありがとう。嬉しい」
ナマエとは逆に、一松は目の前の光景から現実感が薄れ、「はにかんだ顔は初めて見るなぁ」と、ぼんやり考えていた。
2017/09/13