些末シリーズ
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夜、見知らぬ綺麗な女(実際は客引きなのだが、逆ナンと勘違いした)について行き、雑居ビルの中のバーで楽しく飲食したカラ松。
「オニーサン、お金ないの?」
現在、彼はふたりの強面の黒い服の男に挟まれ、古びたソファーに座っている。女はいつの間にか消えていた。
「だって! 3千円だって聞いた!」
「それは席代。飲み物、食べ物、オネーチャンの接待で合計30万円」
カラ松の悲痛さを感じる叫びは、無情にも無視された。
「カードは?」
「……ない」
「じゃ、隣にATMあるから金下ろして」
「……ない」
「は? 口座ないの?」
「ない……」
「え? 職業は?」
「……ない」
「なに? ニートってやつ?」
「…………」
「親が養ってくれてんだ? 羨ましー。それじゃ、親に電話して金持って来てもらおっか」
そうして、電話を借りることになった。
電話に出たのは十四松だった。
「ナマエ! カラ松兄さん、まつぼっくりの食べ過ぎでお金ないって!」
「はい? 君のニーサン何者?」
「……なんか、ナマエにかわってほしいって!」
「はい、もしもーし」
『ナマエか? 良かった、ウチにいたのか。助けてくれ。もしかしたら、ぼったくりバーとやらに来てしまったのかもしれない……』
カラ松は小さな声でそう言った。
「まつぼっくりバー?」
『違ーう! とにかく30万円払えって言われてるんだ! 助けてくれ!』
「あーなるほど、ぼったくりバーね。じゃ、場所教えて」
近年のぼったくりバーにしては、随分と強気な価格設定だ。ぼったくりに強気も何もないような気もするが。
「今から行くけど、俺の名前呼ばないでね。というか、出来るだけ喋らないでくれ」
場所を脳内にメモしながら、カラ松に釘を刺す。
「あ、ああ。なんだか分からないが、了解した」
それから25分ほど後、色々と準備を済ませたナマエが件のぼったくりバーに入ると、入り口から離れた一番奥の席にカラ松は座らされていた。
普段よりも少しゆっくりと歩き、周りを観察しながら奥へ向かう。取り繕ってはいるが、内装はみすぼらしい。この分ではカウンター内の棚に置いてある酒も、ろくでもなさそうだ。ボトルのラベルと中身が一致しているかどうかも怪しい。
見える範囲では店の人間は、ふたり。だが、時折物音がするのでスタッフルームのドアの奥に何人か控えているだろう。出来れば穏便に済ませたいところだ。
「こんばんは」
この場においては、気が抜けるような挨拶を口にしながら現れたナマエは、仕事帰りのサラリーマンのような、ごく普通のスーツやネクタイを身に着けていた。眼鏡はいつもの物をしているが、その予想外の出で立ちを目にしたカラ松は、驚いて息を呑んだ。
「アンタ家族?」
片方の黒服が訊く。
「ソレの保護者のつもりです。まあ兄ですね」
兄ですね、はソレにかかるので、正確に訳すと「カラ松の保護者的な立場を演じに来ました。カラ松は年上だから、兄のようなものです」になる。紛うことなき他人だ(友人ではあるが)。だが当然、黒服たちはナマエを保護者代わりのカラ松の兄だと思い込んだ。
肝心なことをあえて言わない、悪魔のような話し方である。あるいは詐欺師か。
「オニーサン、この人飲み食いしときながら、金払えないって言ってんですよ」
男はナマエに威圧的に言った。それを流して、彼はカラ松に質問した。
「いくらだって聞いたの?」
「3千円ぽっきりだって……」
「じゃあ、3千円払って帰ろう」
「おい。なに抜かしてんだ?」
カラ松の右に座っている黒服が立ち上がり、ナマエに近付いた。
「それは席代だ。そこの料金表にも書いてあるだろ」
男は親指で壁に貼られた紙を差した。
「確かに書いてありますけど、最初に席代のことだと言ってないなら意味ないですよね?」
「ナメてんのか? お前……」
男は一歩、ナマエに近付く。
「ナメてませんよ。だから3千円払うって言ってるじゃないですか。ほら、金出して、そこに置きな」
「わ、わかった」
言われた通りに、カラ松は3千円をテーブルに置いた。左に座っている黒服がカラ松を睨み付けている。
「いつまでも座ってないで、帰るよ」
「いや、帰るよじゃねーよ」
ナマエのすぐ横の黒服が凄んだが、無視してカラ松を手招きした。手招きされたカラ松は、恐る恐る偽の兄の元へ行く。
「おい、いい加減にしろよテメェ」
「帰してもらえないんですか? コレって監禁ですよね?」
「ドアに鍵でもかけてあるか?」
「ドアまで行ってみないと分かりませんね」
ナマエはこれ以上の問答は無用だといった態度でカラ松の腕を引き、出口へ向かおうとした。
「待てコラ」
そのナマエの腕を黒服が掴んだ。
「痛っ……暴行ですよコレ……」
「やっぱナメてんだろ、お前」
「何がなんでも金を取りたいというなら、裁判で決着をつけましょう。その際は、きちんと指示に従いますから。コレ、名刺です」
ナマエは黒服に無理矢理名刺を持たせた。その名刺には、某株式会社の経理部に勤める松野赤松と書いてあった。真っ赤な偽物である。
ナマエの台詞を訳すと「コレは、名刺と呼ばれる物です」になる。会社自体は実在するものだが「自分の名刺」だとも、「実在する者の名刺」だとも言っていない。屁理屈をこねているだけだが、それは向こうも同じなので、別に心は痛まない。
「それでは、今日のところは帰らせていただきます」
ナマエは会釈をして、カラ松と共に雑居ビルを後にした。
◆◆◆
夜道をカラ松と歩く。外はだいぶ冷え込んでおり、ナマエはコートを着て来なかったのを後悔した。行きはタクシーに乗ったが、帰りはこのまま歩きである。
「随分あっさり出られたが、後で金を取りに来るのか?」
「いや、そんなにしつこく追って来ないと思うよ。ああいうのは10人引っ張って来て2、3人から金取れたら大儲けってショーバイだから。別のカモ探す方に時間使うよ、たぶん」
それに連絡先をその場で本物かどうか確認をしなかったことからも、深追いする気はないだろうと判断した。
「ところで、その格好は? 来た時は驚いたぞ」
「ウチの隣のオッサンに借りた」
「あの名刺は?」
「隣のオッサンにパソコン借りて作った、実在しない人の名刺」
この隣人、ごく普通の会社員の中年男性なのだが。実は借金があり、藁にもすがる思いで、挨拶を交わす程度の仲だったナマエに助けを求めて来たことがある。その際に債務整理に関するアドバイスをしたので、これで貸し借りなしという訳だ。
「いやぁ、それにしても暴力沙汰にならなくて良かった良かった」
「そうだな。助かった。ありがとう、ナマエ」
「どういたしまして」
「……向こうが暴力を振るってきても助けてくれる気でいたのか? 武器はないようだが…………」
ナマエは手ぶらである。もしかしたら、財布すら持ってないのではないだろうか。
「いや、一応あるよ、武器。ズボンのベルトとか」
実は、それよりも殺意の高い武器として砂を詰めて縛った靴下を隠し持っているのだが、言わないでおくことにした。あまり暴力的な話はしたくない。
「そんなことより、この辺りで客引きしてんのは全員犯罪者だから気を付けなよ。この辺、客引き禁止なんだぜ?」
「そうなのか? いや、でも客引きだとは思わなかったんだ……」
「ニコニコしながら近付いて来る知らない奴は悪人だと思った方がいいぞ?」
とは言ったものの、カラ松はそんな風にはなれないだろうなと思った。実際、こうしたことは彼の身に何度か降りかかっている。
「ああ、気を付けよう」
そんな、正直あてにならない返事を真面目な顔でされて苦笑した。
「……ナマエは、怖いものないのか?」
黒服に脅されようが近付かれようが、全く怖がっていなかったように見えた。
「君のバカさ以外に?」
「えっ?!」
ナマエは、カラ松が大層ショックを受けたような顔をしたので吹き出しそうになった。
「まあ、そこが君の良いところでもある……と言えなくもないけど……」
カラ松のことを、幸せ者だと思っている。幸運な人という意味ではなく、自分に都合よく物事を解釈する能力がある人という意味だ。その能力は自分にはないものだった。
「才能だよね~」
「そうか……?」
「うん」
先程のショックそうな顔とは打って変わって、カラ松は嬉しそうにしている。純粋な褒め言葉ではないというのに。
「カラ松は、そのままでいいんじゃないかな」
今度は、純粋に褒めたつもりだ。
そして、ナマエの言葉を、これまたカラ松は純粋に受け止めるのだ。これが真っ赤な嘘だとしても、彼はプレゼントだと思って喜ぶのだろう。きっと、箱を開けてみれば悪意に満ちていても、何度でも。そういう人間は、数少ない本物のプレゼントを逃すことはないのだ。
ひねくれ者のナマエは、少しだけカラ松を羨ましく思った。そういった感情は、思考を捨てて命令に従うだけだった頃は、到底持ち得ないものだった。透明な水に絵の具を一滴落としたかのように、少しずつ何かが変わっているのだろう。それは、もうひとりのひねくれ者の影響に違いなかった。
2017/02/21
「オニーサン、お金ないの?」
現在、彼はふたりの強面の黒い服の男に挟まれ、古びたソファーに座っている。女はいつの間にか消えていた。
「だって! 3千円だって聞いた!」
「それは席代。飲み物、食べ物、オネーチャンの接待で合計30万円」
カラ松の悲痛さを感じる叫びは、無情にも無視された。
「カードは?」
「……ない」
「じゃ、隣にATMあるから金下ろして」
「……ない」
「は? 口座ないの?」
「ない……」
「え? 職業は?」
「……ない」
「なに? ニートってやつ?」
「…………」
「親が養ってくれてんだ? 羨ましー。それじゃ、親に電話して金持って来てもらおっか」
そうして、電話を借りることになった。
電話に出たのは十四松だった。
「ナマエ! カラ松兄さん、まつぼっくりの食べ過ぎでお金ないって!」
「はい? 君のニーサン何者?」
「……なんか、ナマエにかわってほしいって!」
「はい、もしもーし」
『ナマエか? 良かった、ウチにいたのか。助けてくれ。もしかしたら、ぼったくりバーとやらに来てしまったのかもしれない……』
カラ松は小さな声でそう言った。
「まつぼっくりバー?」
『違ーう! とにかく30万円払えって言われてるんだ! 助けてくれ!』
「あーなるほど、ぼったくりバーね。じゃ、場所教えて」
近年のぼったくりバーにしては、随分と強気な価格設定だ。ぼったくりに強気も何もないような気もするが。
「今から行くけど、俺の名前呼ばないでね。というか、出来るだけ喋らないでくれ」
場所を脳内にメモしながら、カラ松に釘を刺す。
「あ、ああ。なんだか分からないが、了解した」
それから25分ほど後、色々と準備を済ませたナマエが件のぼったくりバーに入ると、入り口から離れた一番奥の席にカラ松は座らされていた。
普段よりも少しゆっくりと歩き、周りを観察しながら奥へ向かう。取り繕ってはいるが、内装はみすぼらしい。この分ではカウンター内の棚に置いてある酒も、ろくでもなさそうだ。ボトルのラベルと中身が一致しているかどうかも怪しい。
見える範囲では店の人間は、ふたり。だが、時折物音がするのでスタッフルームのドアの奥に何人か控えているだろう。出来れば穏便に済ませたいところだ。
「こんばんは」
この場においては、気が抜けるような挨拶を口にしながら現れたナマエは、仕事帰りのサラリーマンのような、ごく普通のスーツやネクタイを身に着けていた。眼鏡はいつもの物をしているが、その予想外の出で立ちを目にしたカラ松は、驚いて息を呑んだ。
「アンタ家族?」
片方の黒服が訊く。
「ソレの保護者のつもりです。まあ兄ですね」
兄ですね、はソレにかかるので、正確に訳すと「カラ松の保護者的な立場を演じに来ました。カラ松は年上だから、兄のようなものです」になる。紛うことなき他人だ(友人ではあるが)。だが当然、黒服たちはナマエを保護者代わりのカラ松の兄だと思い込んだ。
肝心なことをあえて言わない、悪魔のような話し方である。あるいは詐欺師か。
「オニーサン、この人飲み食いしときながら、金払えないって言ってんですよ」
男はナマエに威圧的に言った。それを流して、彼はカラ松に質問した。
「いくらだって聞いたの?」
「3千円ぽっきりだって……」
「じゃあ、3千円払って帰ろう」
「おい。なに抜かしてんだ?」
カラ松の右に座っている黒服が立ち上がり、ナマエに近付いた。
「それは席代だ。そこの料金表にも書いてあるだろ」
男は親指で壁に貼られた紙を差した。
「確かに書いてありますけど、最初に席代のことだと言ってないなら意味ないですよね?」
「ナメてんのか? お前……」
男は一歩、ナマエに近付く。
「ナメてませんよ。だから3千円払うって言ってるじゃないですか。ほら、金出して、そこに置きな」
「わ、わかった」
言われた通りに、カラ松は3千円をテーブルに置いた。左に座っている黒服がカラ松を睨み付けている。
「いつまでも座ってないで、帰るよ」
「いや、帰るよじゃねーよ」
ナマエのすぐ横の黒服が凄んだが、無視してカラ松を手招きした。手招きされたカラ松は、恐る恐る偽の兄の元へ行く。
「おい、いい加減にしろよテメェ」
「帰してもらえないんですか? コレって監禁ですよね?」
「ドアに鍵でもかけてあるか?」
「ドアまで行ってみないと分かりませんね」
ナマエはこれ以上の問答は無用だといった態度でカラ松の腕を引き、出口へ向かおうとした。
「待てコラ」
そのナマエの腕を黒服が掴んだ。
「痛っ……暴行ですよコレ……」
「やっぱナメてんだろ、お前」
「何がなんでも金を取りたいというなら、裁判で決着をつけましょう。その際は、きちんと指示に従いますから。コレ、名刺です」
ナマエは黒服に無理矢理名刺を持たせた。その名刺には、某株式会社の経理部に勤める松野赤松と書いてあった。真っ赤な偽物である。
ナマエの台詞を訳すと「コレは、名刺と呼ばれる物です」になる。会社自体は実在するものだが「自分の名刺」だとも、「実在する者の名刺」だとも言っていない。屁理屈をこねているだけだが、それは向こうも同じなので、別に心は痛まない。
「それでは、今日のところは帰らせていただきます」
ナマエは会釈をして、カラ松と共に雑居ビルを後にした。
◆◆◆
夜道をカラ松と歩く。外はだいぶ冷え込んでおり、ナマエはコートを着て来なかったのを後悔した。行きはタクシーに乗ったが、帰りはこのまま歩きである。
「随分あっさり出られたが、後で金を取りに来るのか?」
「いや、そんなにしつこく追って来ないと思うよ。ああいうのは10人引っ張って来て2、3人から金取れたら大儲けってショーバイだから。別のカモ探す方に時間使うよ、たぶん」
それに連絡先をその場で本物かどうか確認をしなかったことからも、深追いする気はないだろうと判断した。
「ところで、その格好は? 来た時は驚いたぞ」
「ウチの隣のオッサンに借りた」
「あの名刺は?」
「隣のオッサンにパソコン借りて作った、実在しない人の名刺」
この隣人、ごく普通の会社員の中年男性なのだが。実は借金があり、藁にもすがる思いで、挨拶を交わす程度の仲だったナマエに助けを求めて来たことがある。その際に債務整理に関するアドバイスをしたので、これで貸し借りなしという訳だ。
「いやぁ、それにしても暴力沙汰にならなくて良かった良かった」
「そうだな。助かった。ありがとう、ナマエ」
「どういたしまして」
「……向こうが暴力を振るってきても助けてくれる気でいたのか? 武器はないようだが…………」
ナマエは手ぶらである。もしかしたら、財布すら持ってないのではないだろうか。
「いや、一応あるよ、武器。ズボンのベルトとか」
実は、それよりも殺意の高い武器として砂を詰めて縛った靴下を隠し持っているのだが、言わないでおくことにした。あまり暴力的な話はしたくない。
「そんなことより、この辺りで客引きしてんのは全員犯罪者だから気を付けなよ。この辺、客引き禁止なんだぜ?」
「そうなのか? いや、でも客引きだとは思わなかったんだ……」
「ニコニコしながら近付いて来る知らない奴は悪人だと思った方がいいぞ?」
とは言ったものの、カラ松はそんな風にはなれないだろうなと思った。実際、こうしたことは彼の身に何度か降りかかっている。
「ああ、気を付けよう」
そんな、正直あてにならない返事を真面目な顔でされて苦笑した。
「……ナマエは、怖いものないのか?」
黒服に脅されようが近付かれようが、全く怖がっていなかったように見えた。
「君のバカさ以外に?」
「えっ?!」
ナマエは、カラ松が大層ショックを受けたような顔をしたので吹き出しそうになった。
「まあ、そこが君の良いところでもある……と言えなくもないけど……」
カラ松のことを、幸せ者だと思っている。幸運な人という意味ではなく、自分に都合よく物事を解釈する能力がある人という意味だ。その能力は自分にはないものだった。
「才能だよね~」
「そうか……?」
「うん」
先程のショックそうな顔とは打って変わって、カラ松は嬉しそうにしている。純粋な褒め言葉ではないというのに。
「カラ松は、そのままでいいんじゃないかな」
今度は、純粋に褒めたつもりだ。
そして、ナマエの言葉を、これまたカラ松は純粋に受け止めるのだ。これが真っ赤な嘘だとしても、彼はプレゼントだと思って喜ぶのだろう。きっと、箱を開けてみれば悪意に満ちていても、何度でも。そういう人間は、数少ない本物のプレゼントを逃すことはないのだ。
ひねくれ者のナマエは、少しだけカラ松を羨ましく思った。そういった感情は、思考を捨てて命令に従うだけだった頃は、到底持ち得ないものだった。透明な水に絵の具を一滴落としたかのように、少しずつ何かが変わっているのだろう。それは、もうひとりのひねくれ者の影響に違いなかった。
2017/02/21