些末シリーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ナマエの部屋には物があまり無い。必要最低限の日用品しかないのではないだろうか? 煙草と灰皿だけが部屋の主の嗜好を垣間見られる物品だと言える。
「いつも、どうやって暇潰してんの?」
一松は疑問を投げかけた。
「んー? 暇があったら寝てる」
「惰眠を貪るのが趣味とか……」
「趣味なんて持ったことないし、よく分かんねー」
「聞いてて思ったんだけど、ナマエって仕事人間ってやつだよね」
「あーそうかも。仕事するために生きてたかも」
「……煙草は?」
「惰性かなー。元々はカッコつけ」
「……そう」
ということは、煙草も嗜好品ではないのだ。好悪に疎いのだろうか?
「好きなものないの?」
「寝るの好きだよ。何も考えなくて済むし」
「元々は仕事で忙しくして何も考えないようにしてたんだ?」
「俺、分析されてる?」
「あ、野球は?」
ナマエを無視し、壁に立て掛けてある金属バットを見て一松は続ける。
「別に~。グローブなんて十四松くんに会ってから買ったからね」
「バットはなんで持ってたの?」
「そりゃ、枕元に置いといてすぐに応戦出来るようにだよ」
「ああ…………」
今でも、ナマエはそうしている。
「あ! あるじゃん。好きなもの。十四松くんだよ」
「十四松を変な目で見ないで」
「見てねーよ! チョロ松みたいなこと言うな!」
「まあ、冗談は置いといて」
「置く前に謝れ」
「すいませんでした~」
「社会に出てない奴は謝り方も知らないのかコラ~」
「隙あらば刺して来るな、この年下……」
一松はボソボソ喋りながら、心臓を腕で庇うような仕草をする。
「もしかしなくてもさぁ、自分が何を好きなのか分からないのってヤバいよね」
窓から遠くを眺めながら、自身に呆れたようにナマエは言った。
「好きな色とか、好きな食い物とか、そういうの。なんで俺には無いんだろう?」
黒いジャージを着ているのは、黒色を着慣れていたからだ。日々食べているのは、安いから買っただけのものだ。
「……変だよ、ナマエ」
「だよねぇ」
ナマエは何がおかしいのかヘラヘラと笑っている。彼は、真正面から変と言われるのが新鮮なのであった。変だと気付かれるほど、人に近付かれたことがなかったからだ。運が良かったのか悪かったのか、擬態する虫のように生きて来てしまった。虚無的な性質を持つのに、なまじ普通の感性をも持っていたせいで、辻褄合わせに奔走するばかりの人生だった。
「そういえば、金が好きで経理やってたんじゃなかった?」
ふと、思い出したことを訊く。
「あー。でも、それは普通に生活が送れる程度の金が好きって感じで、大金が欲しいとか思わないし。今は働かないで金が欲しいとは思ってるけど」
「金使う趣味がないしな」
「金貯めるのが趣味って人、いるらしいけどね。俺は違うな」
「結局、何が好きなの?」
彼は、少し考える素振りをしてから口を開く。
「こうやって一松と話してる時間が好きだよ」
「……そういうのいいから」
「えー」
ナマエが度々ふざけて言う口説き文句のようなものにも慣れた一松に、冷たくあしらわれた。
そういう、なんでもないやり取りが、ナマエはとても好きだった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いないよ」
そこにはチョロ松がいた。せっかくなので、隣に座ってのんびりすることにする。
「そういえば、ナマエっていつの間にか僕たちのこと見分けられるようになってるよね? どうしてるの?」
チョロ松が疑問を口にした。
「まず、十四松くんを基準にして十四松度を測るんだけど――」
「待って?! なんか知らない度数出てきたんだけど?!」
「十四松くんが10だとして、トド松が7で――」
「続けるの?!」
「カラ松が6で、チョロ松が3。おそ松が1で、一松は0」
「どうしよう……バカにされてるのかどうかも分からない……」
「要は雰囲気だよ雰囲気」
「そ、そう……」
どういった感情を浮かべたらいいのか分からなくなったチョロ松は、話題を無理矢理に変えることにした。
「そうだ。ナマエ、なんか一松と仲良くなったね?」
「あーうん。友達になった」
「へぇ。一松、最初はナマエのこと殺そうとしてたのに」
チョロ松はなんだか感慨深そうにしている。
「ナニソレ? 初耳なんだけど」
「ナマエが家の前で一松に初めて会った時にね」
「え? それだけで殺されるの?」
「十四松が危ないと思ったからだよ」
「じゃあ仕方ないな」
ナマエにはすんなりと納得が出来た。
「今となっては普通に話せるけど、前は見た目がもう怖かったし。でも、最近まで怖がってた一松がねぇ……」
「怖がってた?」
「あいつ、友達作れるタイプじゃないから。他人に近付くのなんて怖くて無理でしょ。一体どうやって友達になったの?」
「それは……口車に乗せた? いや、甘言で釣った? いや、むしろ釣られた?」
「詐欺師! 犯罪者!」
「……ちょっと待って。チョロ松も最近まで警戒してたよな? 性犯罪者扱いされたこと忘れてないぞ」
「あー、今玄関から音しなかった? 誰か帰って来たのかも」
「コラ、逃げんな」
スッと逃げようとするチョロ松を急いで追うナマエであった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いないぞ」
そこにはカラ松がいた。せっかくなので、隣に座ってゆっくりすることにする。
「そういえば、マイフレンドナマエはオススメの服はないのか?」
「ちょっと待って、マイフレンドってなに?」
「弟の友達ということはオレとも友達だろう?」
「一松もそんなノリで友達になってくれりゃ良かったのに……」
深く溜め息を吐いた。
「よく分からないが今褒められたか?」
「あー褒めてる褒めてる」
「フッ、やはりな」
カラ松は調子に乗った。
「ところでこのズボン、イカしてるだろう?」
カラ松はスッと立ち上がると、ラメ入りスキニーパンツを指差す。
「イカついな。それ着てれば大抵の奴は近付かないだろ」
素直に感心しての言であった。
「なるほど。溢れ出るオーラが人を寄せ付けないのか」
ナマエにデコトラや特攻服と同じ項にカテゴライズされていることを、カラ松は知らない。
「このタンクトップも――」
「悪いけど、そのタンクトップはクソだ。切り刻んで便所に流せ」
「何故だァ?!」
ナマエは険しい表情でカラ松の顔がプリントされたタンクトップを睨んでいる。
「例えるなら、ヤクザがウサギのぬいぐるみを抱えているようなもんだ。俺ならそこはイカつい柄物にする」
そこで彼はあることを思い出した。
「そうだ。いらない服あるんだけど、カラ松いる? 今から家に見に来るか?」
「いいのか?!」
「うん」
そうしてナマエの部屋へ行き、カラ松は現在、着せ替え人形にされている。黒いスーツに、豹柄のシャツに、派手なネックレス。
「ちょっと直し要るなコレ。ま、これぐらいなら俺がパパッとやるから」
「本当にいいのか? もしかして高いんじゃないのか?」
「俺もう、こういうの着ないし。貰ってくれなきゃ捨てるだけだよ。欲しいの全部持ってって。あ、でもスーツ何着かは一応残しといて」
「じゃあ、遠慮なく貰うぞ」
「そーして」
「でも、他にも欲しい奴いるんじゃないのか?」
「え?」
「一松とか」
「なに言ってんの?」
ナマエは怪訝そうな顔をしている。
「あ、いや、忘れてくれ」
危うく、本格的に失言になるところだった。一松がこういった系統の服装に興味があることは、墓まで持って行かなくてはならないのだ。
「そうだ、前から思ってたんだけどさぁ、一回俺に髪いじらせてくれない?」
「別に構わないが……」
「じゃ、ちょっと来て」
ナマエはカラ松を洗面台まで引っ張り、ワックスを使って彼の髪をソフトオールバックにした。
「ああーッ! カッコいい! イケてる!」
「本当か?!」
「後はアレだな。表情だな」
「表情?」
「んーと。寝起きで機嫌悪い感じの顔して」
「えっ…………こうか?」
「アーッ! 超良い!」
ナマエは異様に興奮している。彼がカッコいいと思う同性としてプロデュースしたカラ松は、どう見てもヤクザであった。
「舎弟になってもいいレベルでカッコいい」
「そ、そうか……ありがとう……」
口元を手で押さえて目をキラキラさせているナマエを見て、カラ松は照れた。
「このカッコ、兄弟共に見せに行こうぜ。驚くぞ~」
随分、楽しそうにニヤニヤしている。
「せっかくだから俺も正装しよう」
正装とはヤクザ的な意味の正装である。
「後さ、普通に見せても面白くないじゃん? だから――」
この友人の提案を、カラ松は呑んだ。
◆◆◆
「おう、邪魔するぜ」
トド松が来客かと思い玄関へ向かうと、そこにはサングラスをかけた黒いスーツのヤクザが、ふたりいた。
「えっ……」
トド松が状況を飲み込めないでいると、ワインレッドのシャツのヤクザが、金のネックレスをジャラジャラさせながら前に出る。
「借金、返してくれませんかねぇ? 松野おそ松さん?」
男は笑みを浮かべながら、ドスの利いた声で言う。一方、豹柄のシャツの男は静かに佇んでいるが、サングラス越しにこちらを睨んでいるのが分かり、恐怖を感じた。
「ボク、松野おそ松じゃない……です……」
「ああ?! テメェ、何ふざけたこと抜かしてんだ?! 客の顔くれぇ覚えてんだよ!」
「ひっ……」
怖い。誰か助けて。そう思いながら、トド松が身をすくませていると、黙っていた豹柄のシャツの男が口を開いた。
「ストップ。そこまでにしてくれ」
その声は聞き慣れたものだった。
「ぐっ……くくっ……あ、兄貴がそう言うならいいっすけど……ふっ……」
その笑いを殺し切れていない声も、聞き覚えのある声だった。
「カラ松兄さん……? と、ナマエ?」
「正解」
ナマエがそう言うと、ふたりは同時にサングラスを外した。
「ふたり共いつもと服装も髪型も違うし、ナマエは喋り方全然違うから分からなかった…………っていうか本気で怖かったんだけど?!」
「ごめん。今度なんかオゴる。カラ松が」
「オレ?!」
「冗談、冗談。俺がオゴる」
「このドッキリ、ボクを狙ったわけじゃないよね?」
「誰でもよかった」
「無差別ドッキリ犯!」
おそ松以外がいれば、彼に借金があることにし、おそ松がいればカラ松の借金を取り立てる気でいた。
「実は一松には出来ないんだけどな。アイツは俺がヤクザしてる時の話し方とか知ってるから、すぐバレる」
「ふーん。ていうか、カラ松兄さん黙ってると怖い。なにその顔」
カラ松は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔をしている。
「カラ松、もうその顔やめていいよ」
「あ、ああ。意識してこの顔にしておくのは疲れるな……」
「そもそもなんで、そんな格好してるの?」
「俺の服、カラ松にあげようと思って」
「あ、そうなんだ」
ナマエは玄関先に立て掛けておいた紙袋を持って来た。
「うわぁ、派手なシャツ」
トド松が中を覗き込んで引き気味に言う。そして、実はナマエとカラ松の感性は似ていたんだな、と哀れな目で見た。
「でも、一回着てみたい気もする」
「お? 着る? 着なよ」
トド松は、ナマエにグイグイ居間へ押され、あっと言う間に派手派手しい花柄のワイシャツを着せられた。
「たぶんソレ、この中で一番カワイイやつ」
「かわいくないよ! 毒々しい!」
「えー」
「カラ松兄さんもなんとか言って!」
「似合ってるぞ」
「そうじゃない!」
そうこうしている内に、新たな犠牲者が帰宅した。
「あ、一松」
「え……なんでヤクザルック……?」
「お前もヤクザになるんだよ……!」
「え?! なに?!」
一松はギャーと悲鳴をあげながら、服を脱がされた。そして、着せられたのは赤と黒のストライプ柄のワイシャツ。
「うわ似合わねー」
自分で着せておいてゲラゲラ笑うナマエ。悪質な嫌がらせである。着せられた本人が嫌がっていればだが。
「……もう脱いでいい?」
表向きは嫌がって見せたが、一松はこの状況がなんだか楽しかった。
「いいから背筋伸ばせ! そんなんじゃナメられるぞ!」
バシンと背中を叩かれた。
「痛い……!」
「ナマエ、今日めんどくさいヤンキーみたいな絡み方するね」
言いながら、トド松は似合わない服装の兄を撮影している。
カラ松がスッと差し出した手鏡をナマエが受け取り、一松に向けた。
「とてもよくお似合いですよ、お客様~」
「さっき、似合わねーって言ってただろ……」
ナマエを睨んではみたものの、イタズラっぽい笑みを浮かべた彼を見ていると、一松もつられて笑いそうになった。どうも、この笑顔が嫌いになれなかった。
後に、帰って来た他の兄弟も巻き込み、騒がしく夜は更けていった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いないよ」
そこにはトド松がいた。せっかくなので、隣に座ってぼんやりすることにする。
ナマエは窓の外を流れる雲を眺め、トド松は携帯電話を操作していたが、30分ほど経ってから画面から目を離さずに口を開いた。
「そういえば、ナマエってケータイ持ってないの?」
「今頃ドブ川の底だよ」
「大胆な自分リセット!」
これには流石に顔を上げた。
「仕事辞めた日に、川にぶん投げた」
携帯電話に使われているレアメタルが勿体ないので、良い子は真似しないようにしよう。
「カッコ良すぎィ~。でもスマホ持った方がいいと思うよ」
「えー」
「ボク、ヒマだから安くてカワイイやつ選ぶの手伝ってあげる」
「可愛さはいらないけど」
「じゃ、どんなのがいいの?」
「黒色なら、それで」
「黒好きだねぇ」
「好き?」
「え? だって黒髪ロング好きなんでしょ?」
「ああ、アレかぁ。小学生の頃に好きだった先生が、長くて綺麗な髪だったのが今でも効いてるんだな」
「へー」
思えば、小学生の頃には好き嫌いが普通にあった気がする。いつの間に無くなってしまったのだろう? それは恐らく、ある日突然消えたのではなく、徐々に心が磨耗する中で失われたのだ。
「ナマエ、ケータイショップ行こうよ~」
トド松は、ナマエのジャージの袖を軽く引きながら甘えた声で言った。
「抗いがたい弟感……だが年上だ……」
「行こうよ~」
「行きます」
こうして、彼は以前持っていたものとあまり変わらない真っ黒な携帯電話を購入した。そして、先日仕掛けたドッキリの償いに、トド松に飯を奢った。
翌日、一松がナマエの家に行くと、彼は四六時中携帯電話の画面を見つめてアプリに興じ、話しかけても上の空でいる人間に変貌していた。そのアプリはソーシャル要素のある、やけにファンシーな絵柄のパズルゲームだった。同じ絵柄を3つ揃えてブロックを消すタイプのものである。
「ナマエ……」
「うん」
「あの……十四松誘ってキャッチボールしない……?」
「今レベルアップしたからムリ。AP削らないと」
ナマエは濁った目を画面から離さず、誘いを断った。
重症だ。ひとりでは手に負えない。そう考えた一松は松野家に逃げ帰り、叫ぶ。
「誰かいないの……?!」
「どうしたの? 大きい声出して」
二階にいたチョロ松が降りて来た。一松は玄関先にヤクザがいた時のような慌てようだった。
「ナマエがソシャゲ廃人に……!」
「は?」
「ずっとスマホでブロック消してる……!」
「は?」
ふたりが玄関で騒いでいると、トド松が帰宅した。
「ただいま~。こんなところで、なに騒いでるの?」
「トド松、ナマエがソシャゲ依存症になってんだけど、お前なにか知ってる?」
「えっ」
一松に詰め寄られたトド松は、しらばっくれようとしたが、兄ふたりに居間へ連行された。そして3人で顔を突き合わせ、現状の把握をする。
「つまり、ナマエが寝食を忘れる勢いでソシャゲしてるってこと?」
「そう」
チョロ松の確認を一松が肯定する。
「で、そのソシャゲに特典目当てで招待したのがトド松。ついでにスマホ持つよう言ったのもトド松」
トド松自身は、付き合いでそれなりにやっているだけである。
「そんな思考しなくて済むようになるもの与えるから……」
一松は末弟を、やれやれといった感じの表情で見た。
「ナマエがそんなに依存しやすい性格だって知ってたら招待なんてしなかったよ! それに、チュートリアルまでやってくれるだけでいいからって言ったし!」
「課金は?」
トド松の言を流し、チョロ松は続ける。
「それはナマエの性格的にしてないと思う……」
一松の推測は正しかった。金を注ぎ込まない代わりに時間を注ぎ込んでおり、それはナマエの健康を阻害している。
「理性を全部溶かしてはいないらしいね」
「でも時間溶かしてるんでしょ? 無職だから有り余ってるとはいえ、どうなの?」
「この前、趣味が無いって話したばっかなのにアイツ……」
「で、それで何か困るの? 一松」
チョロ松が思いもよらない発言をした。
「え……それは……」
「別にいいんじゃない? 趣味は人それぞれだし」
「でも……」
「確かに、何に時間使うかは自由だよね」
自分に有利な流れと見るや否や、トド松がチョロ松に同意した。一松は、反論出来なかった。
◆◆◆
まさか、友人をパズルゲームに奪われるとは思わなかった。しかし、自分とパズルゲームどちらが大事なんだという質問は流石に出来ず。自分はともかく、十四松の名前を出しても反応が薄かったのが更に絶望を誘う。
ナマエがああなってから3日が過ぎたが、まだどうすればいいのか分からない。というより、一松は自分がどうしたいのかもよく分からない。自分は友人としてナマエを心配しているのか? 自分にとって友人らしくなくなったナマエが嫌なのか? 何も分からなかった。
「ナマエと遊んでくるね!」
「うん…………え?! 十四松?!」
自問を繰り広げていた一松の前を通りすぎようとする十四松を、とっさに呼び止めた。
「今はナマエに会わない方が……」
「なんで?」
それは十四松が蔑ろにされるかもしれないからだ。
「……忙しそうだから」
「分かった! いってきます!」
「分かってない……!?」
一松は息を切らせながら、野球道具を持ってナマエの家に駆けて行く十四松を追った。
「ナマエ~! 遊びに来たよ!」
追い付いた時には、十四松がアパート二階のナマエの部屋のドアをガンガン叩いていた。
「ちょっ……近所迷惑……!」
「あ、鍵かかってない」
十四松は勝手に部屋に入り、ずんずん進んで行く。ナマエはソファーに座り、パズルゲームをしていた。こちらをチラリとも見ない。一松は十四松の顔色を窺ったが、感情を読み取ることは出来なかった。
「ナマエ! あ~そ~ぼ~!」
叫ぶと同時に、彼はナマエの携帯電話をバットで打った。一松はその様を呆気にとられて見ているしかなかった。壁に叩きつけられ、床に落ちた携帯電話は無惨な姿になっている。
「あれ? 十四松くん……と一松……」
「遊びに来たよ」
ナマエは不思議そうに瞬きを繰り返している。
「あ、俺寝てた?」
「うん」
「え?!」
しれっと肯定する十四松に驚愕した。
(あ…………)
床の携帯電話が目に入る。なんとなく、これを隠さなくてはいけないような気がした。
こっそりと近付き、足裏で隠して引き摺る一松。ジャージの裾を直す振りをしてしゃがみ、足裏のそれをポケットにしまった。
「なんかさぁ、スマホ買った夢見てた気がするー」
(思考力奪われ過ぎだろ!)
ナマエはだいぶ知力を失っていた。パズルゲームをする以外の思考のほとんどを自ら放棄していたせいである。
その後は、十四松とナマエがキャッチボールするのを眺めながら、ポケットの中の携帯電話をどうするか延々悩んだ。依存対象から引き離せば、それでいいのだろうか? だとしたら、携帯電話を解約させた方がいいかもしれない。だが、本人なしに解約は出来ないだろう。そうなると、ナマエに携帯電話のことを説明しなくてはならない。しかし、なんと言ってやめさせればいいのか分からない。
(十四松が寂しがるから、とか……?)
いや、寂しがっていただろうか?
(そもそも、スマホ捨てても元の眠ってばっかの生活に戻るだけなんじゃ……?)
それはそれで不健康だ。
(別に、健康になってほしい訳じゃないし。ただ……)
急に、カキィンという硬球を打つ音が身近に聴こえた。いつの間にか、キャッチボールはフライキャッチに変わっていた。しばらくナマエがバットで球を空高く打ち上げ、それを十四松が取るのをじっと見る一松。のどかさを感じる光景を前にし、ナマエに言うことは決まった。
それから、すっかり日の落ちた帰り道。十四松を先に帰し、一松は話したいことがあるからとナマエの家に寄る。
「それで、話って?」
ふたりでソファーに腰掛けてからナマエは尋ねた。
「これなんだけど……」
「撲殺死体?!」
一松が取り出したのは、画面がひび割れた無惨な姿の携帯電話だった。ちなみに、まだ生きている。
「これ、ナマエのスマホ」
「実在していたのか」
「解約してほしい」
「なんで?」
「依存してほしくないから。友達としての頼み」
一松は率直に言った。なにものにも依存してほしくない、その一心だった。
「……じゃあ、断れないね」
この場合は、断ることが出来ないのではなく、ナマエ自身が断りたくないと思っていた。彼は、神託や命令ではなく、打算のない願いを初めて聞いた。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いなーい」
そこにはおそ松がいた。せっかくなので、隣に座ってダラダラすることにする。
「そういえばヤクザ辞める時、指詰めさせられたりしなかったの?」
ふと、思い付いたことを質問するおそ松。
「そんなことしても一賎にもならないからなぁ。近頃は指詰めするとこ、あんまりないらしいよ」
「へー」
「それに、俺はちゃんと手順踏んで抜けたわけじゃないし」
「え?」
「飛んだの。要するにトンズラしたんだよ」
当然、業務引き継ぎなどはしていない。
「ん? じゃあ、もしかして見付かったら……」
「別に金持ち逃げしたりしてないけど、まあ無事でいられるとは限らないね」
金は持ち出していないが、いわゆる手切れ金も払っていない。
「あれ? 俺なんかヤバいこと聞いちゃってない? それ一松知ってる?」
「いや、言ってない」
「重い! 俺ひとりが抱えるには重過ぎるよ、その秘密!」
「別に秘密じゃないけど」
たまたま言う機会がなかっただけである。
「言うわ。じゃ、兄弟全員に言うわ」
「どーぞ」
「誰か~! 誰かいないの~?!」
「今言うのかよ」
ひょんなことから爆弾発言を聞いてしまったおそ松は、家中に響き渡らせるつもりで叫んだ。残念ながら、家の中にはナマエとおそ松しかいないので静寂しか返って来なかった。
「あ~! 重い! なんか体に詰まってる感じ!」
「便秘か」
「誰か早く帰って来て!」
おそ松は両手で、心臓の上辺りのパーカーの布をぐしゃぐしゃに握り潰している。
「他になんか隠してることない?! どうせなら今、全部聞いときたい!」
「隠してないけど、なんかあったかなぁ……」
ナマエは腕を組んで首を傾げた。焦れたおそ松は自分から質問を投げる。
「ナマエの家族は?!」
「死んだ」
「彼女は?!」
「いない」
「セフレは?!」
「いない」
「オカズは?!」
「妄想」
「友達は?!」
「お前ら」
「病気は?!」
「ない」
「もしかして俺、一松よりナマエに詳しくなってない?!」
「デリカシーが無いな、お前は。お前は無いな、デリカシーが」
おそ松は、一般的にデリカシーが無いとされる質問を網羅していた。遠慮していたのか、一松にそういう質問をされたことは、ほとんどなかった。
「で、見付かったらナマエどうなんの?」
「まあ俺、メキシコに飛んだと思われてるから大丈夫だろ、たぶん」
「だ・か・ら! そういうのだよ! そういうの爆弾発言っていうんだよ!」
思わずナマエの両肩を掴んで揺さぶるおそ松。
「メキシコってなんだよ!?」
「国」
「そうじゃねぇー!」
「俺が前に住んでた部屋に、メキシコに行ったような痕跡をわざと残しといたんだよ。物価安くてそれっぽいだろ」
「そもそも! お前がなんでヤクザ辞めたのかも知らないんだよ俺は!」
「一松が言ってないなら、それに倣っとくよ俺は」
「お兄ちゃん信用されてないの?!」
「信用されてないんだねぇ、オニイチャン」
「なんで?!」
「胸に手を当て、目を閉じて考えなさい」
おそ松が目を閉じるのを見届け、ナマエは音を立てずに松野家を後にした。
その後、長兄がナマエのことを話した際は弟たちを震撼させたが、話題の本人はどこ吹く風だった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いるよ!」
そこには十四松がいた。せっかくなので、隣に座って彼を眺めることにする。しばらくは緩やかに時が過ぎていったのだが。
「ナマエ、死にたいって思ってるの?」
「え……」
十四松に唐突な質問をされ、ナマエは戸惑った。
「ナマエは自己認識が薄いから、神にあたる人を上に置いて安定していたけど、それを自分で捨てるという選択をした。つまり、存在意義を捨てた。だから生きていることの不可欠性も感じていないんだね」
「え…………?」
十四松の言っていることは理解できる。理解できるが、頭に心が追い付かない。先日のおそ松とは全く違うベクトルの質問に困惑する。
「でも、存在意義を捨てたのは自分の生命を守るためだったのに、今は生きている意味がないから死んでもいいなんて思ってるのは矛盾してるよね?」
「君はたまに怖いことを言う」
痛いところを的確に槍で突かれた気がした。
「ひとつ誤解してる。俺は神を捨てたんじゃなくて喪ったんだ」
「あ、そっか。新しい神を認められなくて反抗したんだ。局外者の予想外の指摘に流されたの? 潜在的に局外者を新しい神にしたかった?」
「別に、依存先を探してたんじゃなくて、その時は単純に死にたくなかったんだ。死にたくないって思ったのは、まあ流されたのかもね」
「死にたくないと思うのは生きていれば当然のことなのに、流されないと死にたくないと思えなかったの?」
「俺は主体性のないダメ人間だからね」
「その徹底した主体性のなさは、怠慢だよ」
「俺もそう思うよ」
十四松は一度ナマエから視線を外し、窓の外を見た。
「何故、死にたいなんて思うの?」
再びナマエを見て、諭すように質問をする。
「結局、俺はどこまで逃げても俺なんだなって……憂鬱なんだよ……」
ナマエは不機嫌そうな表情で、呟くように心情を吐露した。
「そんなの全部、ちっちゃくてどうでもいいことなんだよ」
十四松は明るい調子で、それを全否定した。
「そう思えりゃ苦労しないんだけどな」
「身軽になると、どこまでも行けるよ」
「それはそれで、元の場所に戻れなくならないか心配だけど」
「ぼく以外の人が覚えてるから大丈夫!」
「……なるほど。一松めっちゃ覚えてそう」
「確かに! 一松兄さんはどこに行っても連れ帰ってくれるよ!」
「いいな、十四松くんは。いい兄がいて」
「兄さんはナマエの友達だよ。よかったねナマエ!」
「……そっか。じゃあ、安心だね」
ナマエの表情は、幾分か明るくなっていた。
「俺も、もっと色々しても許されるのかもね」
そう呟き、目を伏せると、かつて水中に落としたものに思いを馳せた。だが、その水底に転がるものが変質しつつあることに、ナマエはまだ気付いていない。
2017/01/22
2017/01/27更新終了
「いつも、どうやって暇潰してんの?」
一松は疑問を投げかけた。
「んー? 暇があったら寝てる」
「惰眠を貪るのが趣味とか……」
「趣味なんて持ったことないし、よく分かんねー」
「聞いてて思ったんだけど、ナマエって仕事人間ってやつだよね」
「あーそうかも。仕事するために生きてたかも」
「……煙草は?」
「惰性かなー。元々はカッコつけ」
「……そう」
ということは、煙草も嗜好品ではないのだ。好悪に疎いのだろうか?
「好きなものないの?」
「寝るの好きだよ。何も考えなくて済むし」
「元々は仕事で忙しくして何も考えないようにしてたんだ?」
「俺、分析されてる?」
「あ、野球は?」
ナマエを無視し、壁に立て掛けてある金属バットを見て一松は続ける。
「別に~。グローブなんて十四松くんに会ってから買ったからね」
「バットはなんで持ってたの?」
「そりゃ、枕元に置いといてすぐに応戦出来るようにだよ」
「ああ…………」
今でも、ナマエはそうしている。
「あ! あるじゃん。好きなもの。十四松くんだよ」
「十四松を変な目で見ないで」
「見てねーよ! チョロ松みたいなこと言うな!」
「まあ、冗談は置いといて」
「置く前に謝れ」
「すいませんでした~」
「社会に出てない奴は謝り方も知らないのかコラ~」
「隙あらば刺して来るな、この年下……」
一松はボソボソ喋りながら、心臓を腕で庇うような仕草をする。
「もしかしなくてもさぁ、自分が何を好きなのか分からないのってヤバいよね」
窓から遠くを眺めながら、自身に呆れたようにナマエは言った。
「好きな色とか、好きな食い物とか、そういうの。なんで俺には無いんだろう?」
黒いジャージを着ているのは、黒色を着慣れていたからだ。日々食べているのは、安いから買っただけのものだ。
「……変だよ、ナマエ」
「だよねぇ」
ナマエは何がおかしいのかヘラヘラと笑っている。彼は、真正面から変と言われるのが新鮮なのであった。変だと気付かれるほど、人に近付かれたことがなかったからだ。運が良かったのか悪かったのか、擬態する虫のように生きて来てしまった。虚無的な性質を持つのに、なまじ普通の感性をも持っていたせいで、辻褄合わせに奔走するばかりの人生だった。
「そういえば、金が好きで経理やってたんじゃなかった?」
ふと、思い出したことを訊く。
「あー。でも、それは普通に生活が送れる程度の金が好きって感じで、大金が欲しいとか思わないし。今は働かないで金が欲しいとは思ってるけど」
「金使う趣味がないしな」
「金貯めるのが趣味って人、いるらしいけどね。俺は違うな」
「結局、何が好きなの?」
彼は、少し考える素振りをしてから口を開く。
「こうやって一松と話してる時間が好きだよ」
「……そういうのいいから」
「えー」
ナマエが度々ふざけて言う口説き文句のようなものにも慣れた一松に、冷たくあしらわれた。
そういう、なんでもないやり取りが、ナマエはとても好きだった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いないよ」
そこにはチョロ松がいた。せっかくなので、隣に座ってのんびりすることにする。
「そういえば、ナマエっていつの間にか僕たちのこと見分けられるようになってるよね? どうしてるの?」
チョロ松が疑問を口にした。
「まず、十四松くんを基準にして十四松度を測るんだけど――」
「待って?! なんか知らない度数出てきたんだけど?!」
「十四松くんが10だとして、トド松が7で――」
「続けるの?!」
「カラ松が6で、チョロ松が3。おそ松が1で、一松は0」
「どうしよう……バカにされてるのかどうかも分からない……」
「要は雰囲気だよ雰囲気」
「そ、そう……」
どういった感情を浮かべたらいいのか分からなくなったチョロ松は、話題を無理矢理に変えることにした。
「そうだ。ナマエ、なんか一松と仲良くなったね?」
「あーうん。友達になった」
「へぇ。一松、最初はナマエのこと殺そうとしてたのに」
チョロ松はなんだか感慨深そうにしている。
「ナニソレ? 初耳なんだけど」
「ナマエが家の前で一松に初めて会った時にね」
「え? それだけで殺されるの?」
「十四松が危ないと思ったからだよ」
「じゃあ仕方ないな」
ナマエにはすんなりと納得が出来た。
「今となっては普通に話せるけど、前は見た目がもう怖かったし。でも、最近まで怖がってた一松がねぇ……」
「怖がってた?」
「あいつ、友達作れるタイプじゃないから。他人に近付くのなんて怖くて無理でしょ。一体どうやって友達になったの?」
「それは……口車に乗せた? いや、甘言で釣った? いや、むしろ釣られた?」
「詐欺師! 犯罪者!」
「……ちょっと待って。チョロ松も最近まで警戒してたよな? 性犯罪者扱いされたこと忘れてないぞ」
「あー、今玄関から音しなかった? 誰か帰って来たのかも」
「コラ、逃げんな」
スッと逃げようとするチョロ松を急いで追うナマエであった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いないぞ」
そこにはカラ松がいた。せっかくなので、隣に座ってゆっくりすることにする。
「そういえば、マイフレンドナマエはオススメの服はないのか?」
「ちょっと待って、マイフレンドってなに?」
「弟の友達ということはオレとも友達だろう?」
「一松もそんなノリで友達になってくれりゃ良かったのに……」
深く溜め息を吐いた。
「よく分からないが今褒められたか?」
「あー褒めてる褒めてる」
「フッ、やはりな」
カラ松は調子に乗った。
「ところでこのズボン、イカしてるだろう?」
カラ松はスッと立ち上がると、ラメ入りスキニーパンツを指差す。
「イカついな。それ着てれば大抵の奴は近付かないだろ」
素直に感心しての言であった。
「なるほど。溢れ出るオーラが人を寄せ付けないのか」
ナマエにデコトラや特攻服と同じ項にカテゴライズされていることを、カラ松は知らない。
「このタンクトップも――」
「悪いけど、そのタンクトップはクソだ。切り刻んで便所に流せ」
「何故だァ?!」
ナマエは険しい表情でカラ松の顔がプリントされたタンクトップを睨んでいる。
「例えるなら、ヤクザがウサギのぬいぐるみを抱えているようなもんだ。俺ならそこはイカつい柄物にする」
そこで彼はあることを思い出した。
「そうだ。いらない服あるんだけど、カラ松いる? 今から家に見に来るか?」
「いいのか?!」
「うん」
そうしてナマエの部屋へ行き、カラ松は現在、着せ替え人形にされている。黒いスーツに、豹柄のシャツに、派手なネックレス。
「ちょっと直し要るなコレ。ま、これぐらいなら俺がパパッとやるから」
「本当にいいのか? もしかして高いんじゃないのか?」
「俺もう、こういうの着ないし。貰ってくれなきゃ捨てるだけだよ。欲しいの全部持ってって。あ、でもスーツ何着かは一応残しといて」
「じゃあ、遠慮なく貰うぞ」
「そーして」
「でも、他にも欲しい奴いるんじゃないのか?」
「え?」
「一松とか」
「なに言ってんの?」
ナマエは怪訝そうな顔をしている。
「あ、いや、忘れてくれ」
危うく、本格的に失言になるところだった。一松がこういった系統の服装に興味があることは、墓まで持って行かなくてはならないのだ。
「そうだ、前から思ってたんだけどさぁ、一回俺に髪いじらせてくれない?」
「別に構わないが……」
「じゃ、ちょっと来て」
ナマエはカラ松を洗面台まで引っ張り、ワックスを使って彼の髪をソフトオールバックにした。
「ああーッ! カッコいい! イケてる!」
「本当か?!」
「後はアレだな。表情だな」
「表情?」
「んーと。寝起きで機嫌悪い感じの顔して」
「えっ…………こうか?」
「アーッ! 超良い!」
ナマエは異様に興奮している。彼がカッコいいと思う同性としてプロデュースしたカラ松は、どう見てもヤクザであった。
「舎弟になってもいいレベルでカッコいい」
「そ、そうか……ありがとう……」
口元を手で押さえて目をキラキラさせているナマエを見て、カラ松は照れた。
「このカッコ、兄弟共に見せに行こうぜ。驚くぞ~」
随分、楽しそうにニヤニヤしている。
「せっかくだから俺も正装しよう」
正装とはヤクザ的な意味の正装である。
「後さ、普通に見せても面白くないじゃん? だから――」
この友人の提案を、カラ松は呑んだ。
◆◆◆
「おう、邪魔するぜ」
トド松が来客かと思い玄関へ向かうと、そこにはサングラスをかけた黒いスーツのヤクザが、ふたりいた。
「えっ……」
トド松が状況を飲み込めないでいると、ワインレッドのシャツのヤクザが、金のネックレスをジャラジャラさせながら前に出る。
「借金、返してくれませんかねぇ? 松野おそ松さん?」
男は笑みを浮かべながら、ドスの利いた声で言う。一方、豹柄のシャツの男は静かに佇んでいるが、サングラス越しにこちらを睨んでいるのが分かり、恐怖を感じた。
「ボク、松野おそ松じゃない……です……」
「ああ?! テメェ、何ふざけたこと抜かしてんだ?! 客の顔くれぇ覚えてんだよ!」
「ひっ……」
怖い。誰か助けて。そう思いながら、トド松が身をすくませていると、黙っていた豹柄のシャツの男が口を開いた。
「ストップ。そこまでにしてくれ」
その声は聞き慣れたものだった。
「ぐっ……くくっ……あ、兄貴がそう言うならいいっすけど……ふっ……」
その笑いを殺し切れていない声も、聞き覚えのある声だった。
「カラ松兄さん……? と、ナマエ?」
「正解」
ナマエがそう言うと、ふたりは同時にサングラスを外した。
「ふたり共いつもと服装も髪型も違うし、ナマエは喋り方全然違うから分からなかった…………っていうか本気で怖かったんだけど?!」
「ごめん。今度なんかオゴる。カラ松が」
「オレ?!」
「冗談、冗談。俺がオゴる」
「このドッキリ、ボクを狙ったわけじゃないよね?」
「誰でもよかった」
「無差別ドッキリ犯!」
おそ松以外がいれば、彼に借金があることにし、おそ松がいればカラ松の借金を取り立てる気でいた。
「実は一松には出来ないんだけどな。アイツは俺がヤクザしてる時の話し方とか知ってるから、すぐバレる」
「ふーん。ていうか、カラ松兄さん黙ってると怖い。なにその顔」
カラ松は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔をしている。
「カラ松、もうその顔やめていいよ」
「あ、ああ。意識してこの顔にしておくのは疲れるな……」
「そもそもなんで、そんな格好してるの?」
「俺の服、カラ松にあげようと思って」
「あ、そうなんだ」
ナマエは玄関先に立て掛けておいた紙袋を持って来た。
「うわぁ、派手なシャツ」
トド松が中を覗き込んで引き気味に言う。そして、実はナマエとカラ松の感性は似ていたんだな、と哀れな目で見た。
「でも、一回着てみたい気もする」
「お? 着る? 着なよ」
トド松は、ナマエにグイグイ居間へ押され、あっと言う間に派手派手しい花柄のワイシャツを着せられた。
「たぶんソレ、この中で一番カワイイやつ」
「かわいくないよ! 毒々しい!」
「えー」
「カラ松兄さんもなんとか言って!」
「似合ってるぞ」
「そうじゃない!」
そうこうしている内に、新たな犠牲者が帰宅した。
「あ、一松」
「え……なんでヤクザルック……?」
「お前もヤクザになるんだよ……!」
「え?! なに?!」
一松はギャーと悲鳴をあげながら、服を脱がされた。そして、着せられたのは赤と黒のストライプ柄のワイシャツ。
「うわ似合わねー」
自分で着せておいてゲラゲラ笑うナマエ。悪質な嫌がらせである。着せられた本人が嫌がっていればだが。
「……もう脱いでいい?」
表向きは嫌がって見せたが、一松はこの状況がなんだか楽しかった。
「いいから背筋伸ばせ! そんなんじゃナメられるぞ!」
バシンと背中を叩かれた。
「痛い……!」
「ナマエ、今日めんどくさいヤンキーみたいな絡み方するね」
言いながら、トド松は似合わない服装の兄を撮影している。
カラ松がスッと差し出した手鏡をナマエが受け取り、一松に向けた。
「とてもよくお似合いですよ、お客様~」
「さっき、似合わねーって言ってただろ……」
ナマエを睨んではみたものの、イタズラっぽい笑みを浮かべた彼を見ていると、一松もつられて笑いそうになった。どうも、この笑顔が嫌いになれなかった。
後に、帰って来た他の兄弟も巻き込み、騒がしく夜は更けていった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いないよ」
そこにはトド松がいた。せっかくなので、隣に座ってぼんやりすることにする。
ナマエは窓の外を流れる雲を眺め、トド松は携帯電話を操作していたが、30分ほど経ってから画面から目を離さずに口を開いた。
「そういえば、ナマエってケータイ持ってないの?」
「今頃ドブ川の底だよ」
「大胆な自分リセット!」
これには流石に顔を上げた。
「仕事辞めた日に、川にぶん投げた」
携帯電話に使われているレアメタルが勿体ないので、良い子は真似しないようにしよう。
「カッコ良すぎィ~。でもスマホ持った方がいいと思うよ」
「えー」
「ボク、ヒマだから安くてカワイイやつ選ぶの手伝ってあげる」
「可愛さはいらないけど」
「じゃ、どんなのがいいの?」
「黒色なら、それで」
「黒好きだねぇ」
「好き?」
「え? だって黒髪ロング好きなんでしょ?」
「ああ、アレかぁ。小学生の頃に好きだった先生が、長くて綺麗な髪だったのが今でも効いてるんだな」
「へー」
思えば、小学生の頃には好き嫌いが普通にあった気がする。いつの間に無くなってしまったのだろう? それは恐らく、ある日突然消えたのではなく、徐々に心が磨耗する中で失われたのだ。
「ナマエ、ケータイショップ行こうよ~」
トド松は、ナマエのジャージの袖を軽く引きながら甘えた声で言った。
「抗いがたい弟感……だが年上だ……」
「行こうよ~」
「行きます」
こうして、彼は以前持っていたものとあまり変わらない真っ黒な携帯電話を購入した。そして、先日仕掛けたドッキリの償いに、トド松に飯を奢った。
翌日、一松がナマエの家に行くと、彼は四六時中携帯電話の画面を見つめてアプリに興じ、話しかけても上の空でいる人間に変貌していた。そのアプリはソーシャル要素のある、やけにファンシーな絵柄のパズルゲームだった。同じ絵柄を3つ揃えてブロックを消すタイプのものである。
「ナマエ……」
「うん」
「あの……十四松誘ってキャッチボールしない……?」
「今レベルアップしたからムリ。AP削らないと」
ナマエは濁った目を画面から離さず、誘いを断った。
重症だ。ひとりでは手に負えない。そう考えた一松は松野家に逃げ帰り、叫ぶ。
「誰かいないの……?!」
「どうしたの? 大きい声出して」
二階にいたチョロ松が降りて来た。一松は玄関先にヤクザがいた時のような慌てようだった。
「ナマエがソシャゲ廃人に……!」
「は?」
「ずっとスマホでブロック消してる……!」
「は?」
ふたりが玄関で騒いでいると、トド松が帰宅した。
「ただいま~。こんなところで、なに騒いでるの?」
「トド松、ナマエがソシャゲ依存症になってんだけど、お前なにか知ってる?」
「えっ」
一松に詰め寄られたトド松は、しらばっくれようとしたが、兄ふたりに居間へ連行された。そして3人で顔を突き合わせ、現状の把握をする。
「つまり、ナマエが寝食を忘れる勢いでソシャゲしてるってこと?」
「そう」
チョロ松の確認を一松が肯定する。
「で、そのソシャゲに特典目当てで招待したのがトド松。ついでにスマホ持つよう言ったのもトド松」
トド松自身は、付き合いでそれなりにやっているだけである。
「そんな思考しなくて済むようになるもの与えるから……」
一松は末弟を、やれやれといった感じの表情で見た。
「ナマエがそんなに依存しやすい性格だって知ってたら招待なんてしなかったよ! それに、チュートリアルまでやってくれるだけでいいからって言ったし!」
「課金は?」
トド松の言を流し、チョロ松は続ける。
「それはナマエの性格的にしてないと思う……」
一松の推測は正しかった。金を注ぎ込まない代わりに時間を注ぎ込んでおり、それはナマエの健康を阻害している。
「理性を全部溶かしてはいないらしいね」
「でも時間溶かしてるんでしょ? 無職だから有り余ってるとはいえ、どうなの?」
「この前、趣味が無いって話したばっかなのにアイツ……」
「で、それで何か困るの? 一松」
チョロ松が思いもよらない発言をした。
「え……それは……」
「別にいいんじゃない? 趣味は人それぞれだし」
「でも……」
「確かに、何に時間使うかは自由だよね」
自分に有利な流れと見るや否や、トド松がチョロ松に同意した。一松は、反論出来なかった。
◆◆◆
まさか、友人をパズルゲームに奪われるとは思わなかった。しかし、自分とパズルゲームどちらが大事なんだという質問は流石に出来ず。自分はともかく、十四松の名前を出しても反応が薄かったのが更に絶望を誘う。
ナマエがああなってから3日が過ぎたが、まだどうすればいいのか分からない。というより、一松は自分がどうしたいのかもよく分からない。自分は友人としてナマエを心配しているのか? 自分にとって友人らしくなくなったナマエが嫌なのか? 何も分からなかった。
「ナマエと遊んでくるね!」
「うん…………え?! 十四松?!」
自問を繰り広げていた一松の前を通りすぎようとする十四松を、とっさに呼び止めた。
「今はナマエに会わない方が……」
「なんで?」
それは十四松が蔑ろにされるかもしれないからだ。
「……忙しそうだから」
「分かった! いってきます!」
「分かってない……!?」
一松は息を切らせながら、野球道具を持ってナマエの家に駆けて行く十四松を追った。
「ナマエ~! 遊びに来たよ!」
追い付いた時には、十四松がアパート二階のナマエの部屋のドアをガンガン叩いていた。
「ちょっ……近所迷惑……!」
「あ、鍵かかってない」
十四松は勝手に部屋に入り、ずんずん進んで行く。ナマエはソファーに座り、パズルゲームをしていた。こちらをチラリとも見ない。一松は十四松の顔色を窺ったが、感情を読み取ることは出来なかった。
「ナマエ! あ~そ~ぼ~!」
叫ぶと同時に、彼はナマエの携帯電話をバットで打った。一松はその様を呆気にとられて見ているしかなかった。壁に叩きつけられ、床に落ちた携帯電話は無惨な姿になっている。
「あれ? 十四松くん……と一松……」
「遊びに来たよ」
ナマエは不思議そうに瞬きを繰り返している。
「あ、俺寝てた?」
「うん」
「え?!」
しれっと肯定する十四松に驚愕した。
(あ…………)
床の携帯電話が目に入る。なんとなく、これを隠さなくてはいけないような気がした。
こっそりと近付き、足裏で隠して引き摺る一松。ジャージの裾を直す振りをしてしゃがみ、足裏のそれをポケットにしまった。
「なんかさぁ、スマホ買った夢見てた気がするー」
(思考力奪われ過ぎだろ!)
ナマエはだいぶ知力を失っていた。パズルゲームをする以外の思考のほとんどを自ら放棄していたせいである。
その後は、十四松とナマエがキャッチボールするのを眺めながら、ポケットの中の携帯電話をどうするか延々悩んだ。依存対象から引き離せば、それでいいのだろうか? だとしたら、携帯電話を解約させた方がいいかもしれない。だが、本人なしに解約は出来ないだろう。そうなると、ナマエに携帯電話のことを説明しなくてはならない。しかし、なんと言ってやめさせればいいのか分からない。
(十四松が寂しがるから、とか……?)
いや、寂しがっていただろうか?
(そもそも、スマホ捨てても元の眠ってばっかの生活に戻るだけなんじゃ……?)
それはそれで不健康だ。
(別に、健康になってほしい訳じゃないし。ただ……)
急に、カキィンという硬球を打つ音が身近に聴こえた。いつの間にか、キャッチボールはフライキャッチに変わっていた。しばらくナマエがバットで球を空高く打ち上げ、それを十四松が取るのをじっと見る一松。のどかさを感じる光景を前にし、ナマエに言うことは決まった。
それから、すっかり日の落ちた帰り道。十四松を先に帰し、一松は話したいことがあるからとナマエの家に寄る。
「それで、話って?」
ふたりでソファーに腰掛けてからナマエは尋ねた。
「これなんだけど……」
「撲殺死体?!」
一松が取り出したのは、画面がひび割れた無惨な姿の携帯電話だった。ちなみに、まだ生きている。
「これ、ナマエのスマホ」
「実在していたのか」
「解約してほしい」
「なんで?」
「依存してほしくないから。友達としての頼み」
一松は率直に言った。なにものにも依存してほしくない、その一心だった。
「……じゃあ、断れないね」
この場合は、断ることが出来ないのではなく、ナマエ自身が断りたくないと思っていた。彼は、神託や命令ではなく、打算のない願いを初めて聞いた。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いなーい」
そこにはおそ松がいた。せっかくなので、隣に座ってダラダラすることにする。
「そういえばヤクザ辞める時、指詰めさせられたりしなかったの?」
ふと、思い付いたことを質問するおそ松。
「そんなことしても一賎にもならないからなぁ。近頃は指詰めするとこ、あんまりないらしいよ」
「へー」
「それに、俺はちゃんと手順踏んで抜けたわけじゃないし」
「え?」
「飛んだの。要するにトンズラしたんだよ」
当然、業務引き継ぎなどはしていない。
「ん? じゃあ、もしかして見付かったら……」
「別に金持ち逃げしたりしてないけど、まあ無事でいられるとは限らないね」
金は持ち出していないが、いわゆる手切れ金も払っていない。
「あれ? 俺なんかヤバいこと聞いちゃってない? それ一松知ってる?」
「いや、言ってない」
「重い! 俺ひとりが抱えるには重過ぎるよ、その秘密!」
「別に秘密じゃないけど」
たまたま言う機会がなかっただけである。
「言うわ。じゃ、兄弟全員に言うわ」
「どーぞ」
「誰か~! 誰かいないの~?!」
「今言うのかよ」
ひょんなことから爆弾発言を聞いてしまったおそ松は、家中に響き渡らせるつもりで叫んだ。残念ながら、家の中にはナマエとおそ松しかいないので静寂しか返って来なかった。
「あ~! 重い! なんか体に詰まってる感じ!」
「便秘か」
「誰か早く帰って来て!」
おそ松は両手で、心臓の上辺りのパーカーの布をぐしゃぐしゃに握り潰している。
「他になんか隠してることない?! どうせなら今、全部聞いときたい!」
「隠してないけど、なんかあったかなぁ……」
ナマエは腕を組んで首を傾げた。焦れたおそ松は自分から質問を投げる。
「ナマエの家族は?!」
「死んだ」
「彼女は?!」
「いない」
「セフレは?!」
「いない」
「オカズは?!」
「妄想」
「友達は?!」
「お前ら」
「病気は?!」
「ない」
「もしかして俺、一松よりナマエに詳しくなってない?!」
「デリカシーが無いな、お前は。お前は無いな、デリカシーが」
おそ松は、一般的にデリカシーが無いとされる質問を網羅していた。遠慮していたのか、一松にそういう質問をされたことは、ほとんどなかった。
「で、見付かったらナマエどうなんの?」
「まあ俺、メキシコに飛んだと思われてるから大丈夫だろ、たぶん」
「だ・か・ら! そういうのだよ! そういうの爆弾発言っていうんだよ!」
思わずナマエの両肩を掴んで揺さぶるおそ松。
「メキシコってなんだよ!?」
「国」
「そうじゃねぇー!」
「俺が前に住んでた部屋に、メキシコに行ったような痕跡をわざと残しといたんだよ。物価安くてそれっぽいだろ」
「そもそも! お前がなんでヤクザ辞めたのかも知らないんだよ俺は!」
「一松が言ってないなら、それに倣っとくよ俺は」
「お兄ちゃん信用されてないの?!」
「信用されてないんだねぇ、オニイチャン」
「なんで?!」
「胸に手を当て、目を閉じて考えなさい」
おそ松が目を閉じるのを見届け、ナマエは音を立てずに松野家を後にした。
その後、長兄がナマエのことを話した際は弟たちを震撼させたが、話題の本人はどこ吹く風だった。
◆◆◆
「十四松くんいるー?」
ナマエは松野家に訪れ、勝手に二階へと上がって襖を開ける。
「いるよ!」
そこには十四松がいた。せっかくなので、隣に座って彼を眺めることにする。しばらくは緩やかに時が過ぎていったのだが。
「ナマエ、死にたいって思ってるの?」
「え……」
十四松に唐突な質問をされ、ナマエは戸惑った。
「ナマエは自己認識が薄いから、神にあたる人を上に置いて安定していたけど、それを自分で捨てるという選択をした。つまり、存在意義を捨てた。だから生きていることの不可欠性も感じていないんだね」
「え…………?」
十四松の言っていることは理解できる。理解できるが、頭に心が追い付かない。先日のおそ松とは全く違うベクトルの質問に困惑する。
「でも、存在意義を捨てたのは自分の生命を守るためだったのに、今は生きている意味がないから死んでもいいなんて思ってるのは矛盾してるよね?」
「君はたまに怖いことを言う」
痛いところを的確に槍で突かれた気がした。
「ひとつ誤解してる。俺は神を捨てたんじゃなくて喪ったんだ」
「あ、そっか。新しい神を認められなくて反抗したんだ。局外者の予想外の指摘に流されたの? 潜在的に局外者を新しい神にしたかった?」
「別に、依存先を探してたんじゃなくて、その時は単純に死にたくなかったんだ。死にたくないって思ったのは、まあ流されたのかもね」
「死にたくないと思うのは生きていれば当然のことなのに、流されないと死にたくないと思えなかったの?」
「俺は主体性のないダメ人間だからね」
「その徹底した主体性のなさは、怠慢だよ」
「俺もそう思うよ」
十四松は一度ナマエから視線を外し、窓の外を見た。
「何故、死にたいなんて思うの?」
再びナマエを見て、諭すように質問をする。
「結局、俺はどこまで逃げても俺なんだなって……憂鬱なんだよ……」
ナマエは不機嫌そうな表情で、呟くように心情を吐露した。
「そんなの全部、ちっちゃくてどうでもいいことなんだよ」
十四松は明るい調子で、それを全否定した。
「そう思えりゃ苦労しないんだけどな」
「身軽になると、どこまでも行けるよ」
「それはそれで、元の場所に戻れなくならないか心配だけど」
「ぼく以外の人が覚えてるから大丈夫!」
「……なるほど。一松めっちゃ覚えてそう」
「確かに! 一松兄さんはどこに行っても連れ帰ってくれるよ!」
「いいな、十四松くんは。いい兄がいて」
「兄さんはナマエの友達だよ。よかったねナマエ!」
「……そっか。じゃあ、安心だね」
ナマエの表情は、幾分か明るくなっていた。
「俺も、もっと色々しても許されるのかもね」
そう呟き、目を伏せると、かつて水中に落としたものに思いを馳せた。だが、その水底に転がるものが変質しつつあることに、ナマエはまだ気付いていない。
2017/01/22
2017/01/27更新終了