些末シリーズ
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逃げ場がない。何故なら、逃げた先がここだから。
◆◆◆
「あの人……十四松にベタベタし過ぎじゃない? もしかして十四松ピンチじゃない?」
「貞操の危機ってこと? チョロ松兄さんムッツリだなぁ。あれは幼児を可愛がる近所の無職のおじさん的なヤツでしょ」
「犯罪臭がハンパないよ!」
「あの人、一松兄さんに負けず劣らずの犯罪臭だもんねぇ。っていうかガチだもん、ガチ」
「そうだよアイツ、ヤクザじゃん!」
「具体的に何してたんだろうね? 一松兄さんが言うには足洗ったらしいけど」
「具体的に何してたかなんて想像もしたくないよ! それに手は汚れたままだよ!」
「そうだね。十四松兄さんにそれとなく注意してみる?」
「伝わるかなぁ?」
「がんばってね、チョロ松兄さん」
「僕が言うの?!」
「そりゃそうでしょ。一番常識があるチョロ松兄さんが言わなきゃ」
「そ、そうか……そうだね……」
三男の決心とは裏腹に、末弟は今更そんなことを? と内心呆れた。
◆◆◆
「ナマエ、ぼくのこと好きなの?」
「なに急に?」
ワンルームにキッチン、そして風呂と洗面台とトイレの三点式ユニットバスを備えた、よくあるアパートの一室。ソファーに腰掛け、ふたりでせんべいをかじっていたところ、ナマエは十四松に妙なことを訊かれて面食らった。
「いいから答えて!」
「好きだよ」
「そうなんだー。ぼくもナマエのこと好き!」
「ありがとう?」
「どういたしまして!」
「マジなんなの?」
「ナマエ、ぼくのパンツ脱がす?」
「はぁ?!」
あまりに唐突だったので上手く頭が回らない。頭の中が濃霧で覆われそうになったが、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「ナニソレ。どういうこと?」
「チョロ松兄さんが、パンツ脱がされそうになったら逃げろって」
「ちょっと待って。待ってくれ」
「待てるよ?」
ナマエは頭を抱える。
「俺がパンツ脱がす? 十四松くんの?」
「うん」
「そんな前科ないよ?!」
「うん」
「あ、そうか。好きってそういう…………好きなら尚更そんなことしないよ?! そもそも友達! 友達として好きなんだよ?! ニーサンに、俺に友達のパンツ脱がす趣味はないって言っといて」
「わかった」
「最近ベタベタし過ぎてた……十四松くんが成人男性って忘れてた……」
更に言うと、十四松の方が年上だというのに近所の子供をあやす感覚でいた自分の落ち度である。
「セクハラしてすいませんでした」
「セクハラしてたの?」
「十四松くん、撫でられたり抱き着かれたりするの嫌だったでしょ?」
「嫌じゃないよ?」
「そうなの? 本当に?」
「本当に!」
「そ、そっか。よかったぁ」
そんなやり取りをする中で、ナマエはあることに気付いてしまった。彼と、友達とは別の関係になりたがっていることに。それを口にするのは憚られる。しかし、少しの逡巡の後に思い切って言ってみることにした。
「十四松くん、俺の神様になってみない?」
「なんかムズかしいこと言うね?」
「神様が欲しい。俺は何も考えずに神様の言う通りにすればいい。そんな人生を送りたい」
「……一松兄さんに頼めば?」
名案であるかのように、そんなことを宣う。
「なんでだよ。一松は俺に優しくないから、なってくれないよ」
実のところ、彼はナマエの友達ですらないのだ。
「ぼくがナマエの神様になったら、どうなるの?」
「十四松くん次第だよ」
「野球する?」
「君が望むならね」
「毎日?」
「うん」
「やったー!」
「よかったね」
「よくない」
「えー」
「よくない気がする。だから神様にはならないよ」
「そう。そりゃ残念」
◆◆◆
「おそ松、俺の神様になってみない?」
「いいよ。なるなる」
「コイツ軽いなー」
翌日、松野家にておそ松に同じことを言うと、あっさりと承諾された。
「神への供物として生娘と寿司を捧げよ~」
「邪神め。でも、いいよ。道具は逆らわないからね」
「生娘くれんの?!」
「それは無理。素人AVでも観ろ。あと、寿司は回るやつな」
「まあ、別にいいよ?」
「偉そうだなー」
そして、おそ松と寿司屋に行ったり映画館に行ったり競馬場に行ったり居酒屋に行ったりして散財させられるナマエであった。遠慮なしである。
「あー楽しかった! 競馬は負けたけど! ありがとうな、ヤクザ!」
「ヤクザじゃねーよ」
「俺に逆らわないんじゃなかったっけ?」
「はいはい。逆らいませんよ」
「…………俺、神様やめるわ」
「なんで?」
「この関係シャレにならねーもん。蟻地獄みたいで。お前が蟻な」
「よくわかんねぇ」
「食い物にされるよ、お前」
「別に俺は……」
「とにかく、やめやめ。俺帰るわ。じゃーなヤクザ」
「……ヤクザじゃないっつーの」
背中に呟いた。一番あてにしていたおそ松に断られ、ひとり夜の中に取り残されたナマエは、星ひとつない空を見上げて溜め息を吐いた。
「ふざけんなアイツ、金返せ」
◆◆◆
「チョロ松、俺の神様になってみない?」
「どういうこと?!」
次の日、チョロ松にそう言うと、ツッコミが入った。
「そのまんまの意味」
「そんな関係重すぎるよ!」
「えー」
「なんでそんな不満そうなの……? 狂った関係を迫らないで! あ、そうだ。じゃあ僕と一緒に、にゃーちゃんを崇めない?」
「そんな軟弱な」
「おいコラ軟弱ヤクザ」
これ以上は流血沙汰になりかねないので、ナマエはとっとと逃げることにした。
「ナマエ、神様募集してるんだって? ボク、なってあげてもいいよ?」
逃げた先でトド松にそう持ち掛けられた。
「チェンジで」
「なんで?!」
「邪神おそ松と似た匂いがする」
「邪神おそ松って何?!」
「供物要求すんだよアイツ」
「なに要求されたの?」
「生娘と寿司」
「うわぁ」
「他にも色々奢ったせいで金はない」
「なんだ。じゃあいいや」
「なんだよ。信仰させろよ」
「こわっ。新しいタイプの押し売りだ」
トド松に逃げられ、フラフラしていたところ、橋の上でカッコつけてる者を見付けた。
「カラ松、俺の神様になってみない?」
「すまない。意味がよくわからないんだが?」
「つまり、俺がカラ松ボーイになる……みたいな……?」
「ほ、本当か?!」
「うん」
「じゃあ、一緒に服を選んでくれるか?」
「いいよ」
そしてふたりで服屋を巡るのだが、ナマエが選ぶ服を全て褒めるので、終始上機嫌なカラ松であった。
そんなふたりが松野家に戻り、他の兄弟がおかしいと思わないはずもなく。
「……なにあれ。キモい」
「一松兄さん、そんな本当のこと言っちゃダメだよ」
「ねぇ、あれヤバいんじゃない?」
ふたりがいる居間をこっそり覗く兄弟たち。
「カラ松兄さん楽しそ~」
「そりゃ、横に全肯定してくる奴いたら楽しいだろうよ」
「キャバクラみたいなもんだな」
「しかもタダだよアレ」
「お前らも神様になってって言われた?」
長兄が問う。
「言われた」
「言われたよ」
「言われたね」
「……言われてない」
「一松に行く前にカラ松に行ったか」
トド松も言われていないのだが、さして重要ではない。
「なんとかしろよ一松」
「は?……なんでおれ?」
「同じ闇属性でしょ? なんとかしてよ一松兄さん」
「十四松がなんとかしてよ。友達なんだろ?」
「いや、十四松には無理でしょ」
「ぼくには無理なんだって~」
「このままじゃ、カラ松一生調子に乗るよ? ヤバくね?」
「……わかった」
一時の安息を得たナマエは、そんな相談があったことなど露知らず。
翌日、カラ松に会いに来たナマエは戸惑うことになる。
「なんで? ねぇ、なんで?」
「……すまない。やっぱり、こういうのはよくないと思ってだな……」
「誰に言わされてんの?」
「い、言わされてなんかないぞ」
「別にいいじゃん、誰がなんと言おうと。君が望んでくれさえすれば、俺は――」
「いや、ダメだ!」
カラ松とナマエの奇妙な関係は終わりを迎えた。
◆◆◆
「あーあ。誰の入れ知恵だよクソ」
悪態をつきながら自室で煙草をふかしていると、何者かの訪問を知らせる音が鳴り響いた。
「一松……」
「…………」
「いや、なんか言えよ」
「…………」
部屋に通し、向かい合ってしばらくしたところでナマエは思い切って尋ねてみることにする。
「一松、俺の神様になってみない?」
「…………いいよ」
「いいの?!」
「いいよ」
「意外過ぎる……神様、俺はどう生きればいいの?」
「じゃあ、あんたの神として言うけど」
「うん」
「自分で考えて」
「へ……?」
「自分で、考えて」
「……厳しいなぁ」
「普通だから」
「正論だな。君は、やっぱり優しくない」
「おれに正論吐かせるなんて本当クズ」
「カラ松にも正論吐いた?」
「……アイツ、バカだから。はっきり言わないと、ずっとあんたのこと所有すると思って」
「それでいいのに」
「アイツが調子に乗ってると迷惑なんだよ」
「……自分で考えるしかないのかぁ」
「……そうだよ」
「メンドクサイなぁ」
ナマエは悲しそうにしている。一松はどう声を掛ければいいのか分からず、昨夜の長兄との会話を思い出していた。
「ヤクザ、水が合わないんじゃないの?」
水合わせというものがある。急な環境の変化は魚を死に至らしめることがあるので、水槽に入れる際に水温と水質を魚が現在泳いでいる水と合わせなくてはならない。
ナマエは水が合わずに苦しんでいるように見えた。もっとも、おそ松が言ったのは日本人に外国の水が合わないという程度の意味合いだが。
「アイツ、腹壊してるよ絶対」
「おれに言われても……」
「一松、ナマエと仲良いじゃん。なんとかしてやったら?」
「……仲良くないし」
「ナマエが自分のこと話すの、お前にだけじゃね?」
「そんなこと……」
ないとは言えなかった。だが、自分に何が出来るというのか。ナマエと話さないが故に聞き役として重宝されている自分が口を開いてどうする? やはり、掛ける言葉が見付からない。
何も言わずにナマエの様子を伺う。とても辛そうな表情を見て、思ったことがある。そもそも彼が今いる所は水中ではない? 水が合わないどころか、彼は息が出来ていないのかもしれない。まるで、まな板の上の魚のように。
彼は誰かに調理されて食べられることを望んでいたが、もうそれは叶わない。もう、楽にはなれない。
「おれ、に……話せば……?」
「え……?」
何故こんなことが言えたのか、自分でもよく分からない。
「悩んでること……」
それでも、言葉を続けた。
「相談していいってこと?」
一松は頷く。ナマエはレンズの奥の目をパチパチさせて驚いている。
「俺、ずっと人に言われるままに行動してきたから……自分の考えなんて持ってなかったけど……」
ナマエは遠慮がちに口を開くと、ぽつりぽつりと語り出す。
「ここから逃げようって決めて、初めて自分の考えで行動したんだ。でも、あそこから飛び出したら何もかも自分で決めなきゃならなくなって、選択肢の膨大さに押し潰されそうで苦しいんだ」
情けないけど、と彼は自嘲した。
「ナマエ、色々考え過ぎ……」
「そう、かな…………?」
ナマエは何か違和感を覚えた。とても見過ごせない、いや、聞き流せない違和感がある。
「一松って、俺の名前覚えてたんだな」
「あ……」
何故か一松は、しまった、とでも言いたげだ。
「やっぱり一松って俺の友達なんじゃないの?」
ナマエはヘラリと笑って言った。
「…………」
本当はずっと名前で呼びたかったし、心の中ではナマエと呼んでいた。
「こんなゴミと友達とか……」
「ゴミ同士、仲良くしようぜ」
「そんなこと言ってると、いつか後悔することになるんじゃない?」
「なんで?」
「なんでって……そりゃ……おれに友達甲斐なんてないし……」
「卑屈だなぁ。人間、損得勘定だけで生きてねぇだろ。一松だって俺に構うメリット無いだろう? なのに、相談に乗ってくれてるし」
ナマエに構うメリットはある。たまに彼の話を聞けば友達気分に浸れるという後ろ暗いものが。だが、それはあくまで友達気分だから良いのであって、実際に友達になるとしたら話は変わる。
端的に言って、人間関係は煩わしいものだ。自分を良く見せようとしてもいずれ破綻しそうだし、社交辞令を言うのも疲れる。かといって、ありのままの自分などとても人に見せられたものではない。関係が続く限り、気苦労も続いていくのだ。だから、家族さえいればそれで良かった。
「……おれ、猫しか友達いないけど」
正直に言うわけにもいかないので少しぼかした表現をした。とはいえ、これはどうしようもなく真実だ。
「俺は少し前まで友達ゼロだったけど?」
彼の不器用も大概である。そもそも、自分という底辺に相談するような事態に陥っている時点で明白か、と一松は思った。
「やめようぜ、不幸自慢は。虚しいから」
ナマエは嘆息し、もっともなことを言った。
「……でも、やっぱり俺にはそんな価値ない――」
「なに? 人の価値って。金に換算出来る? 出来ないなら皆ゼロだよ、ゼロ。俺も君も、それ以外も」
ナマエも大概不器用で、自己卑下が得意で、優しくない人間で。ふたりは似た者同士なのかもしれない。ああ、もうダメだなと思った。友達になりたいと思わずにはいられない。
「という訳で、これからもよろしくな一松」
「うん……よろしく……」
差し出された手を取った。あまり抵抗はなかった。
「頼りにしてるぜ、オニイチャン」
「いや、そんなこと言ってもナマエたいして年下っぽくないから」
「社会経験の差だよ、オニイチャン」
「……おれら正論で刺し合ってない? 心中でもすんの?」
「よーし、一緒に水中へゴー」
どうやら、ナマエとしては心中といえば入水らしい。
「やだよ。手ぇ放せバカ」
手を引き剥がそうとしたが、力ではこの男に敵わない(いや力でもか、とすぐさま自己卑下に繋げる)。
「やだね。自分で考えて決めた」
そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべるナマエは年下らしく映った。
「どっかに沈んでる気がすんだよな、俺が探してるもの。こうなりゃ心中覚悟で一緒に探してもらうしかない」
どこに? なにが? どういうことだ?
疑問は尽きないが、それに付き合うのも悪くないと思えた。この友人は案外放っておけないタイプかもしれない。
2016/09/01
◆◆◆
「あの人……十四松にベタベタし過ぎじゃない? もしかして十四松ピンチじゃない?」
「貞操の危機ってこと? チョロ松兄さんムッツリだなぁ。あれは幼児を可愛がる近所の無職のおじさん的なヤツでしょ」
「犯罪臭がハンパないよ!」
「あの人、一松兄さんに負けず劣らずの犯罪臭だもんねぇ。っていうかガチだもん、ガチ」
「そうだよアイツ、ヤクザじゃん!」
「具体的に何してたんだろうね? 一松兄さんが言うには足洗ったらしいけど」
「具体的に何してたかなんて想像もしたくないよ! それに手は汚れたままだよ!」
「そうだね。十四松兄さんにそれとなく注意してみる?」
「伝わるかなぁ?」
「がんばってね、チョロ松兄さん」
「僕が言うの?!」
「そりゃそうでしょ。一番常識があるチョロ松兄さんが言わなきゃ」
「そ、そうか……そうだね……」
三男の決心とは裏腹に、末弟は今更そんなことを? と内心呆れた。
◆◆◆
「ナマエ、ぼくのこと好きなの?」
「なに急に?」
ワンルームにキッチン、そして風呂と洗面台とトイレの三点式ユニットバスを備えた、よくあるアパートの一室。ソファーに腰掛け、ふたりでせんべいをかじっていたところ、ナマエは十四松に妙なことを訊かれて面食らった。
「いいから答えて!」
「好きだよ」
「そうなんだー。ぼくもナマエのこと好き!」
「ありがとう?」
「どういたしまして!」
「マジなんなの?」
「ナマエ、ぼくのパンツ脱がす?」
「はぁ?!」
あまりに唐突だったので上手く頭が回らない。頭の中が濃霧で覆われそうになったが、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「ナニソレ。どういうこと?」
「チョロ松兄さんが、パンツ脱がされそうになったら逃げろって」
「ちょっと待って。待ってくれ」
「待てるよ?」
ナマエは頭を抱える。
「俺がパンツ脱がす? 十四松くんの?」
「うん」
「そんな前科ないよ?!」
「うん」
「あ、そうか。好きってそういう…………好きなら尚更そんなことしないよ?! そもそも友達! 友達として好きなんだよ?! ニーサンに、俺に友達のパンツ脱がす趣味はないって言っといて」
「わかった」
「最近ベタベタし過ぎてた……十四松くんが成人男性って忘れてた……」
更に言うと、十四松の方が年上だというのに近所の子供をあやす感覚でいた自分の落ち度である。
「セクハラしてすいませんでした」
「セクハラしてたの?」
「十四松くん、撫でられたり抱き着かれたりするの嫌だったでしょ?」
「嫌じゃないよ?」
「そうなの? 本当に?」
「本当に!」
「そ、そっか。よかったぁ」
そんなやり取りをする中で、ナマエはあることに気付いてしまった。彼と、友達とは別の関係になりたがっていることに。それを口にするのは憚られる。しかし、少しの逡巡の後に思い切って言ってみることにした。
「十四松くん、俺の神様になってみない?」
「なんかムズかしいこと言うね?」
「神様が欲しい。俺は何も考えずに神様の言う通りにすればいい。そんな人生を送りたい」
「……一松兄さんに頼めば?」
名案であるかのように、そんなことを宣う。
「なんでだよ。一松は俺に優しくないから、なってくれないよ」
実のところ、彼はナマエの友達ですらないのだ。
「ぼくがナマエの神様になったら、どうなるの?」
「十四松くん次第だよ」
「野球する?」
「君が望むならね」
「毎日?」
「うん」
「やったー!」
「よかったね」
「よくない」
「えー」
「よくない気がする。だから神様にはならないよ」
「そう。そりゃ残念」
◆◆◆
「おそ松、俺の神様になってみない?」
「いいよ。なるなる」
「コイツ軽いなー」
翌日、松野家にておそ松に同じことを言うと、あっさりと承諾された。
「神への供物として生娘と寿司を捧げよ~」
「邪神め。でも、いいよ。道具は逆らわないからね」
「生娘くれんの?!」
「それは無理。素人AVでも観ろ。あと、寿司は回るやつな」
「まあ、別にいいよ?」
「偉そうだなー」
そして、おそ松と寿司屋に行ったり映画館に行ったり競馬場に行ったり居酒屋に行ったりして散財させられるナマエであった。遠慮なしである。
「あー楽しかった! 競馬は負けたけど! ありがとうな、ヤクザ!」
「ヤクザじゃねーよ」
「俺に逆らわないんじゃなかったっけ?」
「はいはい。逆らいませんよ」
「…………俺、神様やめるわ」
「なんで?」
「この関係シャレにならねーもん。蟻地獄みたいで。お前が蟻な」
「よくわかんねぇ」
「食い物にされるよ、お前」
「別に俺は……」
「とにかく、やめやめ。俺帰るわ。じゃーなヤクザ」
「……ヤクザじゃないっつーの」
背中に呟いた。一番あてにしていたおそ松に断られ、ひとり夜の中に取り残されたナマエは、星ひとつない空を見上げて溜め息を吐いた。
「ふざけんなアイツ、金返せ」
◆◆◆
「チョロ松、俺の神様になってみない?」
「どういうこと?!」
次の日、チョロ松にそう言うと、ツッコミが入った。
「そのまんまの意味」
「そんな関係重すぎるよ!」
「えー」
「なんでそんな不満そうなの……? 狂った関係を迫らないで! あ、そうだ。じゃあ僕と一緒に、にゃーちゃんを崇めない?」
「そんな軟弱な」
「おいコラ軟弱ヤクザ」
これ以上は流血沙汰になりかねないので、ナマエはとっとと逃げることにした。
「ナマエ、神様募集してるんだって? ボク、なってあげてもいいよ?」
逃げた先でトド松にそう持ち掛けられた。
「チェンジで」
「なんで?!」
「邪神おそ松と似た匂いがする」
「邪神おそ松って何?!」
「供物要求すんだよアイツ」
「なに要求されたの?」
「生娘と寿司」
「うわぁ」
「他にも色々奢ったせいで金はない」
「なんだ。じゃあいいや」
「なんだよ。信仰させろよ」
「こわっ。新しいタイプの押し売りだ」
トド松に逃げられ、フラフラしていたところ、橋の上でカッコつけてる者を見付けた。
「カラ松、俺の神様になってみない?」
「すまない。意味がよくわからないんだが?」
「つまり、俺がカラ松ボーイになる……みたいな……?」
「ほ、本当か?!」
「うん」
「じゃあ、一緒に服を選んでくれるか?」
「いいよ」
そしてふたりで服屋を巡るのだが、ナマエが選ぶ服を全て褒めるので、終始上機嫌なカラ松であった。
そんなふたりが松野家に戻り、他の兄弟がおかしいと思わないはずもなく。
「……なにあれ。キモい」
「一松兄さん、そんな本当のこと言っちゃダメだよ」
「ねぇ、あれヤバいんじゃない?」
ふたりがいる居間をこっそり覗く兄弟たち。
「カラ松兄さん楽しそ~」
「そりゃ、横に全肯定してくる奴いたら楽しいだろうよ」
「キャバクラみたいなもんだな」
「しかもタダだよアレ」
「お前らも神様になってって言われた?」
長兄が問う。
「言われた」
「言われたよ」
「言われたね」
「……言われてない」
「一松に行く前にカラ松に行ったか」
トド松も言われていないのだが、さして重要ではない。
「なんとかしろよ一松」
「は?……なんでおれ?」
「同じ闇属性でしょ? なんとかしてよ一松兄さん」
「十四松がなんとかしてよ。友達なんだろ?」
「いや、十四松には無理でしょ」
「ぼくには無理なんだって~」
「このままじゃ、カラ松一生調子に乗るよ? ヤバくね?」
「……わかった」
一時の安息を得たナマエは、そんな相談があったことなど露知らず。
翌日、カラ松に会いに来たナマエは戸惑うことになる。
「なんで? ねぇ、なんで?」
「……すまない。やっぱり、こういうのはよくないと思ってだな……」
「誰に言わされてんの?」
「い、言わされてなんかないぞ」
「別にいいじゃん、誰がなんと言おうと。君が望んでくれさえすれば、俺は――」
「いや、ダメだ!」
カラ松とナマエの奇妙な関係は終わりを迎えた。
◆◆◆
「あーあ。誰の入れ知恵だよクソ」
悪態をつきながら自室で煙草をふかしていると、何者かの訪問を知らせる音が鳴り響いた。
「一松……」
「…………」
「いや、なんか言えよ」
「…………」
部屋に通し、向かい合ってしばらくしたところでナマエは思い切って尋ねてみることにする。
「一松、俺の神様になってみない?」
「…………いいよ」
「いいの?!」
「いいよ」
「意外過ぎる……神様、俺はどう生きればいいの?」
「じゃあ、あんたの神として言うけど」
「うん」
「自分で考えて」
「へ……?」
「自分で、考えて」
「……厳しいなぁ」
「普通だから」
「正論だな。君は、やっぱり優しくない」
「おれに正論吐かせるなんて本当クズ」
「カラ松にも正論吐いた?」
「……アイツ、バカだから。はっきり言わないと、ずっとあんたのこと所有すると思って」
「それでいいのに」
「アイツが調子に乗ってると迷惑なんだよ」
「……自分で考えるしかないのかぁ」
「……そうだよ」
「メンドクサイなぁ」
ナマエは悲しそうにしている。一松はどう声を掛ければいいのか分からず、昨夜の長兄との会話を思い出していた。
「ヤクザ、水が合わないんじゃないの?」
水合わせというものがある。急な環境の変化は魚を死に至らしめることがあるので、水槽に入れる際に水温と水質を魚が現在泳いでいる水と合わせなくてはならない。
ナマエは水が合わずに苦しんでいるように見えた。もっとも、おそ松が言ったのは日本人に外国の水が合わないという程度の意味合いだが。
「アイツ、腹壊してるよ絶対」
「おれに言われても……」
「一松、ナマエと仲良いじゃん。なんとかしてやったら?」
「……仲良くないし」
「ナマエが自分のこと話すの、お前にだけじゃね?」
「そんなこと……」
ないとは言えなかった。だが、自分に何が出来るというのか。ナマエと話さないが故に聞き役として重宝されている自分が口を開いてどうする? やはり、掛ける言葉が見付からない。
何も言わずにナマエの様子を伺う。とても辛そうな表情を見て、思ったことがある。そもそも彼が今いる所は水中ではない? 水が合わないどころか、彼は息が出来ていないのかもしれない。まるで、まな板の上の魚のように。
彼は誰かに調理されて食べられることを望んでいたが、もうそれは叶わない。もう、楽にはなれない。
「おれ、に……話せば……?」
「え……?」
何故こんなことが言えたのか、自分でもよく分からない。
「悩んでること……」
それでも、言葉を続けた。
「相談していいってこと?」
一松は頷く。ナマエはレンズの奥の目をパチパチさせて驚いている。
「俺、ずっと人に言われるままに行動してきたから……自分の考えなんて持ってなかったけど……」
ナマエは遠慮がちに口を開くと、ぽつりぽつりと語り出す。
「ここから逃げようって決めて、初めて自分の考えで行動したんだ。でも、あそこから飛び出したら何もかも自分で決めなきゃならなくなって、選択肢の膨大さに押し潰されそうで苦しいんだ」
情けないけど、と彼は自嘲した。
「ナマエ、色々考え過ぎ……」
「そう、かな…………?」
ナマエは何か違和感を覚えた。とても見過ごせない、いや、聞き流せない違和感がある。
「一松って、俺の名前覚えてたんだな」
「あ……」
何故か一松は、しまった、とでも言いたげだ。
「やっぱり一松って俺の友達なんじゃないの?」
ナマエはヘラリと笑って言った。
「…………」
本当はずっと名前で呼びたかったし、心の中ではナマエと呼んでいた。
「こんなゴミと友達とか……」
「ゴミ同士、仲良くしようぜ」
「そんなこと言ってると、いつか後悔することになるんじゃない?」
「なんで?」
「なんでって……そりゃ……おれに友達甲斐なんてないし……」
「卑屈だなぁ。人間、損得勘定だけで生きてねぇだろ。一松だって俺に構うメリット無いだろう? なのに、相談に乗ってくれてるし」
ナマエに構うメリットはある。たまに彼の話を聞けば友達気分に浸れるという後ろ暗いものが。だが、それはあくまで友達気分だから良いのであって、実際に友達になるとしたら話は変わる。
端的に言って、人間関係は煩わしいものだ。自分を良く見せようとしてもいずれ破綻しそうだし、社交辞令を言うのも疲れる。かといって、ありのままの自分などとても人に見せられたものではない。関係が続く限り、気苦労も続いていくのだ。だから、家族さえいればそれで良かった。
「……おれ、猫しか友達いないけど」
正直に言うわけにもいかないので少しぼかした表現をした。とはいえ、これはどうしようもなく真実だ。
「俺は少し前まで友達ゼロだったけど?」
彼の不器用も大概である。そもそも、自分という底辺に相談するような事態に陥っている時点で明白か、と一松は思った。
「やめようぜ、不幸自慢は。虚しいから」
ナマエは嘆息し、もっともなことを言った。
「……でも、やっぱり俺にはそんな価値ない――」
「なに? 人の価値って。金に換算出来る? 出来ないなら皆ゼロだよ、ゼロ。俺も君も、それ以外も」
ナマエも大概不器用で、自己卑下が得意で、優しくない人間で。ふたりは似た者同士なのかもしれない。ああ、もうダメだなと思った。友達になりたいと思わずにはいられない。
「という訳で、これからもよろしくな一松」
「うん……よろしく……」
差し出された手を取った。あまり抵抗はなかった。
「頼りにしてるぜ、オニイチャン」
「いや、そんなこと言ってもナマエたいして年下っぽくないから」
「社会経験の差だよ、オニイチャン」
「……おれら正論で刺し合ってない? 心中でもすんの?」
「よーし、一緒に水中へゴー」
どうやら、ナマエとしては心中といえば入水らしい。
「やだよ。手ぇ放せバカ」
手を引き剥がそうとしたが、力ではこの男に敵わない(いや力でもか、とすぐさま自己卑下に繋げる)。
「やだね。自分で考えて決めた」
そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべるナマエは年下らしく映った。
「どっかに沈んでる気がすんだよな、俺が探してるもの。こうなりゃ心中覚悟で一緒に探してもらうしかない」
どこに? なにが? どういうことだ?
疑問は尽きないが、それに付き合うのも悪くないと思えた。この友人は案外放っておけないタイプかもしれない。
2016/09/01