些末シリーズ
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◆就職しよう
「あ、ヤクザじゃん」
散歩をしていると六つ子に出くわした。
「ヤクザじゃねーよ、なんとか松」
「なんとか松じゃねーよ! いい加減、十四松と一松以外も覚えろよ!」
「十四松くんは友達だし、一松は猫背だから分かるけど、他松はまだ見分けられん」
「他松言うな!」
「で、君は誰松?」
「おそ松! 長男!」
「あーはい。お粗末ね」
「なんだろう。不穏な響きを感じる」
「気のせいだよ」
「そうだ。ヤクザ、無職だしヒマしてるでしょ? 一緒に職安行こうぜ」
「メシ行こうぜ、みたいなノリで職安に誘われたのは初めてだ。あと、ヤクザと無職は両立しねーぞ」
だが、まあ確かにヒマだったので行ってみることにした。
「ミョウジナマエさん。ご希望の職種は?」
「金融関係でサイト作りとか経理とかしてたんすけど、少し前に潰れまして。最近、自分に向いてんのはヒモじゃないかと思うんすよねぇ。だから、経済力のある黒髪ロングのキレイ系のコ紹介してください」
「そういう案内はしてないんで。帰ってください」
追い返される六つ子とナマエ。
「疲れた。飲みに行こう!」
おそ松が言う。まだ昼間である。
「ヤクザも行くでしょ?」
「お前、なんやかんやで俺にオゴらせる気だろ」
「ヤクザ、金持ってるじゃん」
「ねーよ。貯金崩して生きてるんで」
「そういや、どうやってアパート借りたの? 無職なのに」
「家賃1年分前払いしてオーケーもらった」
「へー」
「じゃ。俺、散歩で忙しいから」
「金ヅルが逃げた!」
ナマエが競歩で人波をすり抜けて去って行き、おそ松は舌打ちした。
それから数週間後、ずいぶん久し振りに一松と会った。
「君らのこと、しばらく見かけなかったけど何してたの?」
「仕事してた……」
「マジ?! どこで?!」
「工場と中華料理屋」
「へ~」
ナマエは感心している。
「どっちも辞めたけど」
「辞めたのかよ……」
途端に呆れ顔になる。
「でも、良かったぁ」
「なにが……?」
「友達と遊べなくなるの嫌だからね」
「……そう」
「ところで、ヒマなら十四松くん連れてキャッチボールしに行こうぜ」
「……別にいいけど」
◆おそ松の憂鬱
「だから、兄弟は敵なんだよ」
「わかる」
「わかんの? ヤクザ兄弟いんの?」
「数人の兄と弟がいたことがある」
「それ、血ぃ繋がってないやつじゃない? 兄貴分と弟分じゃない?」
「結局、足の引っ張り合いになんだよなぁ」
「そうそう」
「思い出したらムカついてきた……飲み行こうぜ、兄松!」
「俺、おそ松! 名前覚えてない罰としてオゴれよな!」
バカふたりは昼間から居酒屋へ向かう。
◆10月31日
玄関のドアを開けると、そこには仮装した六つ子がいた。
「トリックオアトリート」
「俺、もう君らが成人だって知ってるからね。結構前に一松から聞いたからね。一緒に酒飲んだりしたからね」
「トリックオアトリート」
「聴けよ」
「トリックオアトリート」
「帰れ」
「トリックオアトリート」
「このニート共怖い。飴あげるから帰ってください」
のど飴を差し出すナマエ。
「トリックオアトリート。トリックオアトリート。トリックオアトリート」
「勝手に上がんな!」
「お邪魔します!」
「十四松くんはいいよ」
「…………」
「無言やめろ。一松……も別にいいよ……」
「狭っ」
「ワンルームに野郎7人もいたら狭いに決まってるだろ」
「この家、金目のもんない!」
「お前さては、おそ松だろ。帰れよ」
「うわ……テレビない……」
「君ら人間の心ないの? つか、何しに来た?」
「遊びに来たよ!」
「十四松くんはいいよ」
◆自立しよう
「松野家扶養家族選抜面接~?」
「うん」
少し前にそんなことをしていたと一松から聞いた。
「十四松くんは俺が引き取るよ?」
「無職の癖に……」
「十四松くんのためなら働ける気がする」
気がするだけである。
「気持ち悪い」
「いいよな一松は。十四松くんみたいな可愛い弟がいて」
「十四松、あんたに懐いてるし、弟みたいなもんでしょ」
「……いやぁ~?」
「なに?」
「……実はさぁ、最近わかったことなんだけどな?」
ナマエは勿体つけるように言う。
「なんだよ」
「俺、お前らより年下なんだわ」
「え……?! うそ……」
「マジだよ、一松オニイチャン」
「キモ……」
「オニイチャンひどーい」
「気持ちが悪い」
「ははっ」
「……よく考えたらおれ、あんたのこと何も知らない」
「誕生日教えたら祝ってくれんの?」
「いや、教えないでいい」
「嫌なのかよ。俺は一松の誕生日知ってんのに。だって十四松くんの誕生日知ってっから。血液型も知ってるし」
「……ムカつく」
「ムカつくのかよ」
一松はナマエを友達だと思ってしまいそうな自分が嫌だった。
◆エスパーニャンコ
「ちわー」
「あ、ヤクザ」
ナマエが松野家に遊びに来た。
「ヤクザじゃねーよ、赤松」
「赤松誰だよ?! おそ松!」
「俺はナマエ」
「じゃあナマエ、この猫持って」
「え? うん」
「最近、調子どう?」
「は? 普通だけど……」
『死にたい。嘘。生きたい。殺す殺す殺す殺す殺す。十四松くん可愛い』
「え? 何今の……?」
『もう嫌だ。何も考えたくない。誰か俺の――』
「うわぁッ!?」
思わず猫を離し、後ずさるナマエ。
「え……? 何……?」
「何はこっちのセリフだ!」
「闇! 闇だよ闇!」
おそ松とトド松が騒ぐ。
「えーと、殺人はやめなよ?」
チョロ松はナマエをたしなめる。
「ナマエ」
「な、何? 十四松くん」
「今日は帰って」
「…………はい」
ただならぬものを感じ、おとなしく帰ることにした。
先程のナマエの心の声のことは、後に猫が喋る一松の本音に掻き消された。
◆カラ松事変
松野家から追い出され、ひとりでボーッとしているとインターホンが鳴り、ドアを開けるとカラ松がいた。外は夕日で眩しい。
「その怪我どうした?」
カラ松の体の数ヶ所に包帯が巻かれており、松葉杖をついている。
「…………うぅ」
「とりあえず中入りな」
「うん……」
「えーと、なんか食う?」
「……ナシ…………」
「ナシは無ぇなぁ。リンゴでもいい?」
「うん……」
「じゃ、剥いてくる。待ってて」
数分後、ナマエは切ったリンゴを皿に盛って戻った。皿は少し塩水で濡れている。
「お待たせ」
「……ウサギだ」
リンゴはウサギを模して切られていた。
「可愛いだろ?」
「ああ、可愛いな……」
似合わない、とは彼は言わない。予想に反して素直に感心されたナマエはむず痒い気持ちになった。
「そうだ。いいもん見せてやるよ」
「何だ?」
剥いてないリンゴを持ち、ニカッと笑うナマエ。リンゴを切り、器用に線を入れたそれを広げていく。
「ほーら、舟の出来上がり」
リンゴはあっという間に小舟になった。
「すごいな!」
「棒と刃物の扱いなら任せておけ」
「棒?」
「いや、野球とかな」
「なるほど」
「それで、何があったんだ? 青松」
「カラ松」
「カラ松くん」
涙目になりながらも懸命に一部始終を説明された。正直、口を出しづらい。
「俺は、浜辺に首まで埋められたことがあるよ。しこたま海水飲んだ」
「そ、そうか……!」
カラ松は親近感を覚えたようだ。
「人生長いから、そんなこともあるよね」
「そうだな!」
「しっかし、リンゴ結構残ったなぁ。まあ舟作ったりしたせいだけど。すりおろしてカレーに入れるかぁ。カラ松、カレー食ってく?」
「食べる!」
ナマエはカラ松が元気を取り戻してくれたようで安心した。
◆イヤミチビ太のレンタル彼女
「ヤクザ! なんか仕事ない? 楽ですぐ儲かるやつ!」
「ヤクザじゃねーよ。砂糖をそれっぽい袋に詰めて、クラブかなんかの近くの路地裏で、それっぽく売る。ただし、いい砂糖あるよ、以外のことは言わない」
「わかった!」
「え……?」
猛スピードで去って行く六つ子。
「マジでやる気か……?」
いやそんなまさか、と被りを振るナマエであった。
◆ブラックサンタ
「今の誰?」
「うお?! い、一松か。何その格好」
薄暗い公園に佇んでいると、いつの間にか背後に黒いサンタがいた。
「今の、誰?」
先程まで、ナマエの腕には派手な見た目の若い女がしがみついていた。
「隣に住んでるネェちゃんだよ」
「え? なに? 付き合ってんの?」
一松は恨めしそうにこちらを見ている。
「付き合ってねーよ。彼氏いるし」
「え? なに? あんた彼氏いんの?」
「俺じゃねーよ。彼氏いるのはネェちゃんだよ」
「彼氏いるのに他の男と腕組むの?」
「コイツやけに追及するな。あのネェちゃんが、厄介なのに絡まれそうになったところを通りがかった俺に、彼氏の振りしてって言ってきたんだよ。もういいか?」
「…………そ、わかった」
「つーか、お前のその格好はなんなんだよ?」
「…………」
一松は無言のまま踵を返して去っていった。
「お前は答えないのかよッ!」
ナマエのツッコミが虚しく響いた。
◆風邪ひいた
「しぬ~」
「いや、ただの風邪だから」
熱を出して伏せるナマエの横には一松がいる。
「あんま風邪ひいたことないんだよ俺~」
「ああ、バカだから」
「ひどい。そもそも俺が風邪ひいたの、ゼッテー君らのせいだから」
「頼んでもないのに見舞いに来るから……」
「ゼリー返せぇ……つーか、お前なんで手ぶらなんだよ……」
「見舞いじゃないし。たまたま来ただけ」
「冷たい! 友達だろ?!」
「え……?」
一松は心底びっくりしたような顔をしている。
「え? 違うの?」
ナマエも一松に負けず劣らず驚いている。
「……違う」
「マジか。風邪に追い打ちとか、やるね一松。俺カワイソー」
「…………」
「いや、むしろ謝るべき? 俺が。ごめんな、勝手に勘違いして」
「…………」
「……なんか言えよ」
「…………帰、る」
「……そう」
ナマエの部屋を出てからの一松はひどいものだった。アパートの階段は踏み外しそうになるし、壁に頭をぶつけるし、視界はぼやけた。
友達になど、なりたくない。期待すると裏切られるし、期待されると裏切ってしまう。そんな関係になりたくない。ただの知り合いでいたい。
一松の気分はどこまでも沈み込んだ。友達ではないと言った時、彼はどんな顔をしていたのだろう。あの時、ナマエの顔を見る勇気はなかった。
◆十四松
「アルバム封印したの? じゃあ、俺にくれよ」
「うん、流石に気持ち悪いかな」
ナマエの要求はトド松に一蹴された。
「……いくらだ?」
「本当に気持ち悪いな!?」
◆チョロ松ライジング
それは片手で握り隠せるほどの大きさをしている。透き通ったガラス玉のようなそれを水の中に入れると、どこにあるのか分からなくなる。
ナマエはそれを探している。水の中に故意に入れたのか、偶然落としたのか、それとも人に捨てられたのか。もう覚えていない。
◆麻雀
ナマエの手は、綺麗ではない。汚いのではなく、綺麗ではない。
モロヒ、ブラフ、ブラフ仕掛け、小手返しなどを躊躇せず使う。そして普通に強い。だが金を賭けた勝負じゃないとやる気が起きないらしく、勝率はそこそこ。
しかし、そんなナマエが一度だけ恐ろしい顔を見せたことがある。以前イカサマありの麻雀をした時のことだ。
イカサマあり麻雀のルール、それはバレさえしなければイカサマにならないというシンプルなものだ。
ナマエは、ぶっこ抜きや燕返し、すり替えや拾いまで駆使して鬼神のごとき強さを発揮した。人が理牌しているときなどに涼しい顔でそれらをやり遂げてしまうのだ。
そんなことをしていれば当然、ナマエは注視されるようになる。イカサマをする隙がなくなれば、流石に何も出来ない。はずだった。
ナマエは人のイカサマを吊し上げ、その相手が注目されているうちに自分のイカサマを仕込むという戦法をとるようにしたのだ。まるで手品師のように巧みな視線誘導をした。軽い遊びのつもりだったのだが、いつの間にか戦場の様相を呈してしまった松野家の一室。皆が痛感した。ナマエに汚い手を使わせてはならない、と。
さて、そんな殺伐としたイカサマ勝負だが、終わりはあっさりとしたものだった。六つ子の母が、貰い物の少し高い菓子を持って帰宅したのである。偶然にも人数分あった菓子のおかげで、麻雀のことなど全員の頭からすっぽ抜けた。そして、そのままの流れでその日はお開きになったのだった。
後日、金を賭けていなかったのに何故あんなに真剣になったのかと訊くと、「イカサマ使うの久し振りだったから張り切っちゃった」という間の抜けた答えが返ってきた。
しかし、六つ子はナマエに対して少々物騒な懸念を抱いていた。この男は金を賭けていたら通常の麻雀でも平然とイカサマを使うのではないか? やる気が起きないというのは、イカサマをする気が起きないという意味だったのかもしれない。
◆希望の星、トド松
「ナマエ~、一緒に合コン行こ?」
珍しく遊びに来たトド松が、思いがけない誘いをしてきたのでナマエは困った。
「トド松ニーサン冗談キツいわー」
「なにその後輩芸人みたいなセリフ?!」
「俺、合コンなんて行ったことないし」
「女の子とお喋りするだけだよ」
「キャバクラ?」
「うん、全然違う」
「黒髪ロングのキレイ系いる?」
「茶髪のゆるふわ系しかいないかな」
スマホで画像を見せるトド松。
「股もゆるふわそう」
「やめて」
「ニーサンに頼みなよ。選り取り見取りじゃん」
「嫌だよ! オーディションしたけど、目くそ鼻くその背比べ!」
繰り出された新手のことわざを流しつつ、ナマエは溜め息を吐いた。
「仮に行くとしてさぁ、どういう設定にすりゃいいわけ?」
「大学生ってことにして。向こうも大学生だし」
「大学なんて行ったことないのに?」
「無職って言うわけにもいかないでしょ」
「つーか、大学生なんて捕まえてもなぁ。年上のキャリアウーマン捕まえて、養ってもらいてぇんだけど」
「とりあえず童貞を捨てたいんだよ!」
「ソープ行けよ」
「怖いからヤダ。ああいうのいくらなの?」
「安いとこは2万とかかな」
「安い……けど衛生面が気になる……」
「まあ、アタリハズレあるだろうな」
「ナマエは行ったことあるの?」
「客として行ったことはないね」
「あっもういいです。何の用で行ったのか察しがついた……」
借金の取り立てか何かだろう。ぜひ、詳細は教えないでもらいたい。
「で、合コン来てくれないの?」
上目遣いでトド松は言う。
「くっ。十四松くんに似て可愛い」
「不本意な褒められ方!」
「でも合コン未経験だしなー」
「じゃ、とりあえず合コンの練習しよ? ボクが女の子役するから」
「コントの導入かよ」
「つべこべ言わない!」
サッとヅラを被りスカートを履くトド松。ナマエはそんなものを持ち込んでいたトド松に驚きと呆れの混ざった顔を向けた。
「これで良し」
「おー、可愛いな。普通にイケる気がする」
「なにが?! やめて?!」
「着衣で後ろからならイケるわ」
「やめろ」
「ごめーん」
「じゃ、始めま~す」
「へーい」
ソファに隣り合わせで座るふたり。
「トドちゃんって趣味なに~?」
「うーん、アウトドア系かなぁ」
「キャンプとか?」
「あと、山登ったり」
「あーいいよね。山。借金返さない奴を強制労働に就かせたりね」
いわゆるタコ部屋のことである。
「ヤクザジョーク禁止!」
胸の前で両腕でバツを作るトド松。
「山好きなんだ。じゃあ海は?」
「ボード持ってるから海も好きー」
「サーフボード? ボディボード?」
「ボディボードだよ」
「へぇ~カッコいい」
「ナマエくんの趣味は?」
「料理かな」
「得意料理なに?」
「パエリアが得意だよ。スペイン料理屋でバイトしてたことがあってさ。よく友達に食わせてくれってせがまれるんだ」
「えーすごーい」
「今度食べに来ない? 友達も呼んでいいし。俺も友達呼ぶからさ。あ、海行ってそこで作るのもいいかも。まあ、その辺はおいおい決めるとして、とりあえず連絡先交換しない?」
「……自然! 自然に連絡先訊いた! 会話が普通に上手い!」
「昔、ホストの知り合いに会話術を教わったからな」
「なるほど。ところでスペイン料理屋でバイトしてたの?」
「してない。パエリアは作れる。友達に作ったことはない」
「今度食べさせて」
「いいよ」
「……ナマエは、ダメだな。あつしくんと大して変わんない気がしてきた。無職の癖に非童貞力が高過ぎ!」
「実際、非童貞だし。あと、あつし誰だよ」
「非童貞は皆死ねぇ~」
理不尽に呪われた。
父親死ぬぞソレ、とナマエは思った。
「ハァ…………あつしくんは一軍の人。顔悪くなくて車持ち」
「へぇ、金ある人かぁ。あつしと付き合いてぇな。顔も知らないけど」
「ナマエ、ヒモになりたい気持ち強過ぎない?」
「えー? 皆、お金大好きでしょ?」
「そりゃ好きだけど」
「札束ではたかれたら、相手が誰でも好きになっちゃうでしょ?」
「うん、誰でもはないかな」
「まあ、俺は金が好きで経理やってたとこあるから」
「そんなに?!」
真顔で言われたので冗談なのかどうか決めかねる。
そして結局、あつしくんと合コンへ行くことにするトド松であった。
2016/05/26
2016/08/17更新終了
「あ、ヤクザじゃん」
散歩をしていると六つ子に出くわした。
「ヤクザじゃねーよ、なんとか松」
「なんとか松じゃねーよ! いい加減、十四松と一松以外も覚えろよ!」
「十四松くんは友達だし、一松は猫背だから分かるけど、他松はまだ見分けられん」
「他松言うな!」
「で、君は誰松?」
「おそ松! 長男!」
「あーはい。お粗末ね」
「なんだろう。不穏な響きを感じる」
「気のせいだよ」
「そうだ。ヤクザ、無職だしヒマしてるでしょ? 一緒に職安行こうぜ」
「メシ行こうぜ、みたいなノリで職安に誘われたのは初めてだ。あと、ヤクザと無職は両立しねーぞ」
だが、まあ確かにヒマだったので行ってみることにした。
「ミョウジナマエさん。ご希望の職種は?」
「金融関係でサイト作りとか経理とかしてたんすけど、少し前に潰れまして。最近、自分に向いてんのはヒモじゃないかと思うんすよねぇ。だから、経済力のある黒髪ロングのキレイ系のコ紹介してください」
「そういう案内はしてないんで。帰ってください」
追い返される六つ子とナマエ。
「疲れた。飲みに行こう!」
おそ松が言う。まだ昼間である。
「ヤクザも行くでしょ?」
「お前、なんやかんやで俺にオゴらせる気だろ」
「ヤクザ、金持ってるじゃん」
「ねーよ。貯金崩して生きてるんで」
「そういや、どうやってアパート借りたの? 無職なのに」
「家賃1年分前払いしてオーケーもらった」
「へー」
「じゃ。俺、散歩で忙しいから」
「金ヅルが逃げた!」
ナマエが競歩で人波をすり抜けて去って行き、おそ松は舌打ちした。
それから数週間後、ずいぶん久し振りに一松と会った。
「君らのこと、しばらく見かけなかったけど何してたの?」
「仕事してた……」
「マジ?! どこで?!」
「工場と中華料理屋」
「へ~」
ナマエは感心している。
「どっちも辞めたけど」
「辞めたのかよ……」
途端に呆れ顔になる。
「でも、良かったぁ」
「なにが……?」
「友達と遊べなくなるの嫌だからね」
「……そう」
「ところで、ヒマなら十四松くん連れてキャッチボールしに行こうぜ」
「……別にいいけど」
◆おそ松の憂鬱
「だから、兄弟は敵なんだよ」
「わかる」
「わかんの? ヤクザ兄弟いんの?」
「数人の兄と弟がいたことがある」
「それ、血ぃ繋がってないやつじゃない? 兄貴分と弟分じゃない?」
「結局、足の引っ張り合いになんだよなぁ」
「そうそう」
「思い出したらムカついてきた……飲み行こうぜ、兄松!」
「俺、おそ松! 名前覚えてない罰としてオゴれよな!」
バカふたりは昼間から居酒屋へ向かう。
◆10月31日
玄関のドアを開けると、そこには仮装した六つ子がいた。
「トリックオアトリート」
「俺、もう君らが成人だって知ってるからね。結構前に一松から聞いたからね。一緒に酒飲んだりしたからね」
「トリックオアトリート」
「聴けよ」
「トリックオアトリート」
「帰れ」
「トリックオアトリート」
「このニート共怖い。飴あげるから帰ってください」
のど飴を差し出すナマエ。
「トリックオアトリート。トリックオアトリート。トリックオアトリート」
「勝手に上がんな!」
「お邪魔します!」
「十四松くんはいいよ」
「…………」
「無言やめろ。一松……も別にいいよ……」
「狭っ」
「ワンルームに野郎7人もいたら狭いに決まってるだろ」
「この家、金目のもんない!」
「お前さては、おそ松だろ。帰れよ」
「うわ……テレビない……」
「君ら人間の心ないの? つか、何しに来た?」
「遊びに来たよ!」
「十四松くんはいいよ」
◆自立しよう
「松野家扶養家族選抜面接~?」
「うん」
少し前にそんなことをしていたと一松から聞いた。
「十四松くんは俺が引き取るよ?」
「無職の癖に……」
「十四松くんのためなら働ける気がする」
気がするだけである。
「気持ち悪い」
「いいよな一松は。十四松くんみたいな可愛い弟がいて」
「十四松、あんたに懐いてるし、弟みたいなもんでしょ」
「……いやぁ~?」
「なに?」
「……実はさぁ、最近わかったことなんだけどな?」
ナマエは勿体つけるように言う。
「なんだよ」
「俺、お前らより年下なんだわ」
「え……?! うそ……」
「マジだよ、一松オニイチャン」
「キモ……」
「オニイチャンひどーい」
「気持ちが悪い」
「ははっ」
「……よく考えたらおれ、あんたのこと何も知らない」
「誕生日教えたら祝ってくれんの?」
「いや、教えないでいい」
「嫌なのかよ。俺は一松の誕生日知ってんのに。だって十四松くんの誕生日知ってっから。血液型も知ってるし」
「……ムカつく」
「ムカつくのかよ」
一松はナマエを友達だと思ってしまいそうな自分が嫌だった。
◆エスパーニャンコ
「ちわー」
「あ、ヤクザ」
ナマエが松野家に遊びに来た。
「ヤクザじゃねーよ、赤松」
「赤松誰だよ?! おそ松!」
「俺はナマエ」
「じゃあナマエ、この猫持って」
「え? うん」
「最近、調子どう?」
「は? 普通だけど……」
『死にたい。嘘。生きたい。殺す殺す殺す殺す殺す。十四松くん可愛い』
「え? 何今の……?」
『もう嫌だ。何も考えたくない。誰か俺の――』
「うわぁッ!?」
思わず猫を離し、後ずさるナマエ。
「え……? 何……?」
「何はこっちのセリフだ!」
「闇! 闇だよ闇!」
おそ松とトド松が騒ぐ。
「えーと、殺人はやめなよ?」
チョロ松はナマエをたしなめる。
「ナマエ」
「な、何? 十四松くん」
「今日は帰って」
「…………はい」
ただならぬものを感じ、おとなしく帰ることにした。
先程のナマエの心の声のことは、後に猫が喋る一松の本音に掻き消された。
◆カラ松事変
松野家から追い出され、ひとりでボーッとしているとインターホンが鳴り、ドアを開けるとカラ松がいた。外は夕日で眩しい。
「その怪我どうした?」
カラ松の体の数ヶ所に包帯が巻かれており、松葉杖をついている。
「…………うぅ」
「とりあえず中入りな」
「うん……」
「えーと、なんか食う?」
「……ナシ…………」
「ナシは無ぇなぁ。リンゴでもいい?」
「うん……」
「じゃ、剥いてくる。待ってて」
数分後、ナマエは切ったリンゴを皿に盛って戻った。皿は少し塩水で濡れている。
「お待たせ」
「……ウサギだ」
リンゴはウサギを模して切られていた。
「可愛いだろ?」
「ああ、可愛いな……」
似合わない、とは彼は言わない。予想に反して素直に感心されたナマエはむず痒い気持ちになった。
「そうだ。いいもん見せてやるよ」
「何だ?」
剥いてないリンゴを持ち、ニカッと笑うナマエ。リンゴを切り、器用に線を入れたそれを広げていく。
「ほーら、舟の出来上がり」
リンゴはあっという間に小舟になった。
「すごいな!」
「棒と刃物の扱いなら任せておけ」
「棒?」
「いや、野球とかな」
「なるほど」
「それで、何があったんだ? 青松」
「カラ松」
「カラ松くん」
涙目になりながらも懸命に一部始終を説明された。正直、口を出しづらい。
「俺は、浜辺に首まで埋められたことがあるよ。しこたま海水飲んだ」
「そ、そうか……!」
カラ松は親近感を覚えたようだ。
「人生長いから、そんなこともあるよね」
「そうだな!」
「しっかし、リンゴ結構残ったなぁ。まあ舟作ったりしたせいだけど。すりおろしてカレーに入れるかぁ。カラ松、カレー食ってく?」
「食べる!」
ナマエはカラ松が元気を取り戻してくれたようで安心した。
◆イヤミチビ太のレンタル彼女
「ヤクザ! なんか仕事ない? 楽ですぐ儲かるやつ!」
「ヤクザじゃねーよ。砂糖をそれっぽい袋に詰めて、クラブかなんかの近くの路地裏で、それっぽく売る。ただし、いい砂糖あるよ、以外のことは言わない」
「わかった!」
「え……?」
猛スピードで去って行く六つ子。
「マジでやる気か……?」
いやそんなまさか、と被りを振るナマエであった。
◆ブラックサンタ
「今の誰?」
「うお?! い、一松か。何その格好」
薄暗い公園に佇んでいると、いつの間にか背後に黒いサンタがいた。
「今の、誰?」
先程まで、ナマエの腕には派手な見た目の若い女がしがみついていた。
「隣に住んでるネェちゃんだよ」
「え? なに? 付き合ってんの?」
一松は恨めしそうにこちらを見ている。
「付き合ってねーよ。彼氏いるし」
「え? なに? あんた彼氏いんの?」
「俺じゃねーよ。彼氏いるのはネェちゃんだよ」
「彼氏いるのに他の男と腕組むの?」
「コイツやけに追及するな。あのネェちゃんが、厄介なのに絡まれそうになったところを通りがかった俺に、彼氏の振りしてって言ってきたんだよ。もういいか?」
「…………そ、わかった」
「つーか、お前のその格好はなんなんだよ?」
「…………」
一松は無言のまま踵を返して去っていった。
「お前は答えないのかよッ!」
ナマエのツッコミが虚しく響いた。
◆風邪ひいた
「しぬ~」
「いや、ただの風邪だから」
熱を出して伏せるナマエの横には一松がいる。
「あんま風邪ひいたことないんだよ俺~」
「ああ、バカだから」
「ひどい。そもそも俺が風邪ひいたの、ゼッテー君らのせいだから」
「頼んでもないのに見舞いに来るから……」
「ゼリー返せぇ……つーか、お前なんで手ぶらなんだよ……」
「見舞いじゃないし。たまたま来ただけ」
「冷たい! 友達だろ?!」
「え……?」
一松は心底びっくりしたような顔をしている。
「え? 違うの?」
ナマエも一松に負けず劣らず驚いている。
「……違う」
「マジか。風邪に追い打ちとか、やるね一松。俺カワイソー」
「…………」
「いや、むしろ謝るべき? 俺が。ごめんな、勝手に勘違いして」
「…………」
「……なんか言えよ」
「…………帰、る」
「……そう」
ナマエの部屋を出てからの一松はひどいものだった。アパートの階段は踏み外しそうになるし、壁に頭をぶつけるし、視界はぼやけた。
友達になど、なりたくない。期待すると裏切られるし、期待されると裏切ってしまう。そんな関係になりたくない。ただの知り合いでいたい。
一松の気分はどこまでも沈み込んだ。友達ではないと言った時、彼はどんな顔をしていたのだろう。あの時、ナマエの顔を見る勇気はなかった。
◆十四松
「アルバム封印したの? じゃあ、俺にくれよ」
「うん、流石に気持ち悪いかな」
ナマエの要求はトド松に一蹴された。
「……いくらだ?」
「本当に気持ち悪いな!?」
◆チョロ松ライジング
それは片手で握り隠せるほどの大きさをしている。透き通ったガラス玉のようなそれを水の中に入れると、どこにあるのか分からなくなる。
ナマエはそれを探している。水の中に故意に入れたのか、偶然落としたのか、それとも人に捨てられたのか。もう覚えていない。
◆麻雀
ナマエの手は、綺麗ではない。汚いのではなく、綺麗ではない。
モロヒ、ブラフ、ブラフ仕掛け、小手返しなどを躊躇せず使う。そして普通に強い。だが金を賭けた勝負じゃないとやる気が起きないらしく、勝率はそこそこ。
しかし、そんなナマエが一度だけ恐ろしい顔を見せたことがある。以前イカサマありの麻雀をした時のことだ。
イカサマあり麻雀のルール、それはバレさえしなければイカサマにならないというシンプルなものだ。
ナマエは、ぶっこ抜きや燕返し、すり替えや拾いまで駆使して鬼神のごとき強さを発揮した。人が理牌しているときなどに涼しい顔でそれらをやり遂げてしまうのだ。
そんなことをしていれば当然、ナマエは注視されるようになる。イカサマをする隙がなくなれば、流石に何も出来ない。はずだった。
ナマエは人のイカサマを吊し上げ、その相手が注目されているうちに自分のイカサマを仕込むという戦法をとるようにしたのだ。まるで手品師のように巧みな視線誘導をした。軽い遊びのつもりだったのだが、いつの間にか戦場の様相を呈してしまった松野家の一室。皆が痛感した。ナマエに汚い手を使わせてはならない、と。
さて、そんな殺伐としたイカサマ勝負だが、終わりはあっさりとしたものだった。六つ子の母が、貰い物の少し高い菓子を持って帰宅したのである。偶然にも人数分あった菓子のおかげで、麻雀のことなど全員の頭からすっぽ抜けた。そして、そのままの流れでその日はお開きになったのだった。
後日、金を賭けていなかったのに何故あんなに真剣になったのかと訊くと、「イカサマ使うの久し振りだったから張り切っちゃった」という間の抜けた答えが返ってきた。
しかし、六つ子はナマエに対して少々物騒な懸念を抱いていた。この男は金を賭けていたら通常の麻雀でも平然とイカサマを使うのではないか? やる気が起きないというのは、イカサマをする気が起きないという意味だったのかもしれない。
◆希望の星、トド松
「ナマエ~、一緒に合コン行こ?」
珍しく遊びに来たトド松が、思いがけない誘いをしてきたのでナマエは困った。
「トド松ニーサン冗談キツいわー」
「なにその後輩芸人みたいなセリフ?!」
「俺、合コンなんて行ったことないし」
「女の子とお喋りするだけだよ」
「キャバクラ?」
「うん、全然違う」
「黒髪ロングのキレイ系いる?」
「茶髪のゆるふわ系しかいないかな」
スマホで画像を見せるトド松。
「股もゆるふわそう」
「やめて」
「ニーサンに頼みなよ。選り取り見取りじゃん」
「嫌だよ! オーディションしたけど、目くそ鼻くその背比べ!」
繰り出された新手のことわざを流しつつ、ナマエは溜め息を吐いた。
「仮に行くとしてさぁ、どういう設定にすりゃいいわけ?」
「大学生ってことにして。向こうも大学生だし」
「大学なんて行ったことないのに?」
「無職って言うわけにもいかないでしょ」
「つーか、大学生なんて捕まえてもなぁ。年上のキャリアウーマン捕まえて、養ってもらいてぇんだけど」
「とりあえず童貞を捨てたいんだよ!」
「ソープ行けよ」
「怖いからヤダ。ああいうのいくらなの?」
「安いとこは2万とかかな」
「安い……けど衛生面が気になる……」
「まあ、アタリハズレあるだろうな」
「ナマエは行ったことあるの?」
「客として行ったことはないね」
「あっもういいです。何の用で行ったのか察しがついた……」
借金の取り立てか何かだろう。ぜひ、詳細は教えないでもらいたい。
「で、合コン来てくれないの?」
上目遣いでトド松は言う。
「くっ。十四松くんに似て可愛い」
「不本意な褒められ方!」
「でも合コン未経験だしなー」
「じゃ、とりあえず合コンの練習しよ? ボクが女の子役するから」
「コントの導入かよ」
「つべこべ言わない!」
サッとヅラを被りスカートを履くトド松。ナマエはそんなものを持ち込んでいたトド松に驚きと呆れの混ざった顔を向けた。
「これで良し」
「おー、可愛いな。普通にイケる気がする」
「なにが?! やめて?!」
「着衣で後ろからならイケるわ」
「やめろ」
「ごめーん」
「じゃ、始めま~す」
「へーい」
ソファに隣り合わせで座るふたり。
「トドちゃんって趣味なに~?」
「うーん、アウトドア系かなぁ」
「キャンプとか?」
「あと、山登ったり」
「あーいいよね。山。借金返さない奴を強制労働に就かせたりね」
いわゆるタコ部屋のことである。
「ヤクザジョーク禁止!」
胸の前で両腕でバツを作るトド松。
「山好きなんだ。じゃあ海は?」
「ボード持ってるから海も好きー」
「サーフボード? ボディボード?」
「ボディボードだよ」
「へぇ~カッコいい」
「ナマエくんの趣味は?」
「料理かな」
「得意料理なに?」
「パエリアが得意だよ。スペイン料理屋でバイトしてたことがあってさ。よく友達に食わせてくれってせがまれるんだ」
「えーすごーい」
「今度食べに来ない? 友達も呼んでいいし。俺も友達呼ぶからさ。あ、海行ってそこで作るのもいいかも。まあ、その辺はおいおい決めるとして、とりあえず連絡先交換しない?」
「……自然! 自然に連絡先訊いた! 会話が普通に上手い!」
「昔、ホストの知り合いに会話術を教わったからな」
「なるほど。ところでスペイン料理屋でバイトしてたの?」
「してない。パエリアは作れる。友達に作ったことはない」
「今度食べさせて」
「いいよ」
「……ナマエは、ダメだな。あつしくんと大して変わんない気がしてきた。無職の癖に非童貞力が高過ぎ!」
「実際、非童貞だし。あと、あつし誰だよ」
「非童貞は皆死ねぇ~」
理不尽に呪われた。
父親死ぬぞソレ、とナマエは思った。
「ハァ…………あつしくんは一軍の人。顔悪くなくて車持ち」
「へぇ、金ある人かぁ。あつしと付き合いてぇな。顔も知らないけど」
「ナマエ、ヒモになりたい気持ち強過ぎない?」
「えー? 皆、お金大好きでしょ?」
「そりゃ好きだけど」
「札束ではたかれたら、相手が誰でも好きになっちゃうでしょ?」
「うん、誰でもはないかな」
「まあ、俺は金が好きで経理やってたとこあるから」
「そんなに?!」
真顔で言われたので冗談なのかどうか決めかねる。
そして結局、あつしくんと合コンへ行くことにするトド松であった。
2016/05/26
2016/08/17更新終了