おまけ
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十四松が真っ黒な猫を拾ってきた。
川べりで、段ボール箱の中に入れられて鳴いていたらしい。十四松が発見した時、箱はガムテープで密閉されており、水で濡れていた。
どうやら、川を流れて来たようだった。寒さと飢餓で、猫は弱々しく鳴いていた。
そんな経緯を聞き、六つ子たちは居間で猫について話し合うことにした。
「酷いことする奴がいるもんだ。なぁ? 一松」
おそ松は、猫好きな一松はさぞ腹が立っているだろうと思って同意を求めたのだが、弟は返事をしない。
一松の目は、十四松の腕の中の黒猫に釘付けになっている。そして、何故か信じられないものを見たかのような顔をしていた。
「一松?」
「え……あ…………なに?」
「どうした?」
「一松兄さん?」
おそ松とトド松が、少し心配そうに一松を見ている。
「ムカつき過ぎて、頭真っ白になってたとか?」
チョロ松の推測は、残念ながら外れていた。
「いや、そうじゃなくて…………」
一松には、黒猫など見えていなかった。
彼に見えているのは、真っ黒なスーツを着て真っ黒なネクタイをした、裸足の成人男性である。
謎の男は、じっと天井を見上げている。
そんな男を抱えているものだから、十四松の正面に座っている一松には、十四松の顔が見えない。
「ソレ……ほんとに猫…………?」
「猫じゃないなら何? 黒豹?」
「ブラックパンサーなのか?!」
「まっさか~」
「それより体洗うとか、何か食べさせるとかした方がいいんじゃない?」
「一松兄さん、お願い」
「え……」
十四松にお願いされたものの、どうしたらいいのか分からない。
(人間に見えてるのは、おれだけ……)
そのことを告げたら、どうなるのだろう。
精神病棟に入れられるだろうか。
「懐いてるみたいだし、十四松が洗ってやって。シャンプーとかは使わないで、ぬるい温度でシャワーすればいいから。あと、水圧は強くしない。タオルで拭く時は擦らないように」
「分かった!」
十四松は成人男性を抱えたまま、走って風呂場へ向かった。
謎の男は、明らかに見た目と質量が合っていない。十四松は猫一匹分の重さしか感じていないだろう。
「トド松、猫をドライヤーで乾かすのは任せた。出来るだけ静かにやって。猫用ブラシは上にある」
「オッケー」
トド松は二階へ向かった。
「ブラザー、オレは何をすればいい?」
「息止めてろ」
カラ松に吐き捨てるように言い、自身は台所へ向かう。
一松は、牛乳を鍋で温めながら考える。
(猫……なんだよな……?)
とうとう、頭がおかしくなったのだろうか。
あの、黒猫であるらしい男は何なのだろう。喪服を着ていたように思う。
(死神…………?)
誰かが死ぬのだというなら、それはまさしく自分だと推測が出来てしまう。
(……どう死ぬんだろう)
一松は、かぶりを振って、この思考を無意味だと判断し、無心になるよう努める。
牛乳がぬるくなるまで冷まし、卵黄と
砂糖を入れて、簡易猫用ミルクの完成だ。
洗われてから乾かされた青年に、それをやる。皿から猫みたいにミルクを飲む人間を見るのは、なんとも言えない気持ちにさせられる。
一松は、先が思いやられる、と頭を抱えたくなった。
◆◆◆
あれから数日。猫は、松野家に妙に馴染んでいる。
一松は、出来るだけ件の猫青年に関わらないようにしていた。
しかし、今日は外出から帰宅するとひとりきりで、家には猫だけがいる。
青年の方を極力見ないようにソファーに座ると、信じられない展開になった。
「君はもしかして、俺が人間に見えているのか?」
「喋った……!?」
なんと、彼が人語を口にしたのである。
いや、その方が自然ではあるのだが、不気味に感じた。
「俺は、ナマエ。君は一松、だよね?」
ナマエ。それは、猫に付けられた名前とは別のもので、初めて聞く名前だった。
「あ、ああ…………」
なんなんだ? この男は。
死神なのか? それとも妖怪の類いなのか?
「やっぱり、俺が人に見えてるんだ」
驚きから漏らした声を、肯定と受け取ったのか、ナマエは、そう言った。
ナマエは、すっと立ち上がると、一松の隣に腰を下ろす。
「なんで一松だけ、俺が人に見えて、俺の言葉が分かるんだろう? 一松って何者?」
「……それはこっちの台詞」
恨みがましく声を響かせる一松。
「それもそうか。驚かせて、ごめん」
ナマエは素直に謝った。
「俺は、なんなんだろうなぁ? もう自分でも分からないんだ」
ナマエは、少しだけ悲しそうに言う。
開いている窓から、冷たい秋風が、ふたりの間を通り抜けた。
彼は、自分で自分が分からないと宣う。そのように言われては、一松にもどうしようもない。
「自分を捨て続けていたら、猫になってしまったんだ」
自尊心がなく、怠惰であったせいかもしれないと男は自嘲する。
猫になれたら、幸せだと思っていたのに。
「君は猫になっちゃダメだよ」
ナマエは、ぴょんと開いた窓の縁に飛び乗る。
そして一度だけ振り返り、一松を見ると、そこから軽やかに飛んだ。
「待って…………!」
慌てて駆け寄り、手を伸ばすが、ナマエの姿はすでになかった。
赤く燃える夕日を仰ぐと、どこからか猫の鳴き声が、一声聴こえた。
2020/06/27
川べりで、段ボール箱の中に入れられて鳴いていたらしい。十四松が発見した時、箱はガムテープで密閉されており、水で濡れていた。
どうやら、川を流れて来たようだった。寒さと飢餓で、猫は弱々しく鳴いていた。
そんな経緯を聞き、六つ子たちは居間で猫について話し合うことにした。
「酷いことする奴がいるもんだ。なぁ? 一松」
おそ松は、猫好きな一松はさぞ腹が立っているだろうと思って同意を求めたのだが、弟は返事をしない。
一松の目は、十四松の腕の中の黒猫に釘付けになっている。そして、何故か信じられないものを見たかのような顔をしていた。
「一松?」
「え……あ…………なに?」
「どうした?」
「一松兄さん?」
おそ松とトド松が、少し心配そうに一松を見ている。
「ムカつき過ぎて、頭真っ白になってたとか?」
チョロ松の推測は、残念ながら外れていた。
「いや、そうじゃなくて…………」
一松には、黒猫など見えていなかった。
彼に見えているのは、真っ黒なスーツを着て真っ黒なネクタイをした、裸足の成人男性である。
謎の男は、じっと天井を見上げている。
そんな男を抱えているものだから、十四松の正面に座っている一松には、十四松の顔が見えない。
「ソレ……ほんとに猫…………?」
「猫じゃないなら何? 黒豹?」
「ブラックパンサーなのか?!」
「まっさか~」
「それより体洗うとか、何か食べさせるとかした方がいいんじゃない?」
「一松兄さん、お願い」
「え……」
十四松にお願いされたものの、どうしたらいいのか分からない。
(人間に見えてるのは、おれだけ……)
そのことを告げたら、どうなるのだろう。
精神病棟に入れられるだろうか。
「懐いてるみたいだし、十四松が洗ってやって。シャンプーとかは使わないで、ぬるい温度でシャワーすればいいから。あと、水圧は強くしない。タオルで拭く時は擦らないように」
「分かった!」
十四松は成人男性を抱えたまま、走って風呂場へ向かった。
謎の男は、明らかに見た目と質量が合っていない。十四松は猫一匹分の重さしか感じていないだろう。
「トド松、猫をドライヤーで乾かすのは任せた。出来るだけ静かにやって。猫用ブラシは上にある」
「オッケー」
トド松は二階へ向かった。
「ブラザー、オレは何をすればいい?」
「息止めてろ」
カラ松に吐き捨てるように言い、自身は台所へ向かう。
一松は、牛乳を鍋で温めながら考える。
(猫……なんだよな……?)
とうとう、頭がおかしくなったのだろうか。
あの、黒猫であるらしい男は何なのだろう。喪服を着ていたように思う。
(死神…………?)
誰かが死ぬのだというなら、それはまさしく自分だと推測が出来てしまう。
(……どう死ぬんだろう)
一松は、かぶりを振って、この思考を無意味だと判断し、無心になるよう努める。
牛乳がぬるくなるまで冷まし、卵黄と
砂糖を入れて、簡易猫用ミルクの完成だ。
洗われてから乾かされた青年に、それをやる。皿から猫みたいにミルクを飲む人間を見るのは、なんとも言えない気持ちにさせられる。
一松は、先が思いやられる、と頭を抱えたくなった。
◆◆◆
あれから数日。猫は、松野家に妙に馴染んでいる。
一松は、出来るだけ件の猫青年に関わらないようにしていた。
しかし、今日は外出から帰宅するとひとりきりで、家には猫だけがいる。
青年の方を極力見ないようにソファーに座ると、信じられない展開になった。
「君はもしかして、俺が人間に見えているのか?」
「喋った……!?」
なんと、彼が人語を口にしたのである。
いや、その方が自然ではあるのだが、不気味に感じた。
「俺は、ナマエ。君は一松、だよね?」
ナマエ。それは、猫に付けられた名前とは別のもので、初めて聞く名前だった。
「あ、ああ…………」
なんなんだ? この男は。
死神なのか? それとも妖怪の類いなのか?
「やっぱり、俺が人に見えてるんだ」
驚きから漏らした声を、肯定と受け取ったのか、ナマエは、そう言った。
ナマエは、すっと立ち上がると、一松の隣に腰を下ろす。
「なんで一松だけ、俺が人に見えて、俺の言葉が分かるんだろう? 一松って何者?」
「……それはこっちの台詞」
恨みがましく声を響かせる一松。
「それもそうか。驚かせて、ごめん」
ナマエは素直に謝った。
「俺は、なんなんだろうなぁ? もう自分でも分からないんだ」
ナマエは、少しだけ悲しそうに言う。
開いている窓から、冷たい秋風が、ふたりの間を通り抜けた。
彼は、自分で自分が分からないと宣う。そのように言われては、一松にもどうしようもない。
「自分を捨て続けていたら、猫になってしまったんだ」
自尊心がなく、怠惰であったせいかもしれないと男は自嘲する。
猫になれたら、幸せだと思っていたのに。
「君は猫になっちゃダメだよ」
ナマエは、ぴょんと開いた窓の縁に飛び乗る。
そして一度だけ振り返り、一松を見ると、そこから軽やかに飛んだ。
「待って…………!」
慌てて駆け寄り、手を伸ばすが、ナマエの姿はすでになかった。
赤く燃える夕日を仰ぐと、どこからか猫の鳴き声が、一声聴こえた。
2020/06/27
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