些末シリーズ
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ヤクザか何かであろう中年の男が、河原を全力疾走している。
その男を、これまたヤクザか何かであろう服装の若者が追う。
「待てやコラァ!」
追っ手が叫ぶが、男が止まるはずもない。捕まれば恐ろしい制裁が待っているのだから。男は「ヤキを入れられる」のはごめんだった。
ほんの出来心から、組の金を持ち出して懐に入れたのが間違いだった。少額だからと何度も何度も繰り返し、今となっては大金である。
それがとうとう、もうひとりの経理担当にバレてしまった。その経理担当は、ミョウジナマエという20代の男である。現在、横領した男を追っている彼がそうだ。事務所の中では高学歴な(と言っても高卒である)彼は、男には浮いた存在に見えていた。
ミョウジナマエは上の命令に忠実で、どこか機械的である。比較的話すことが多かった男は、そのことに勘付いていた。「ミョウジに捕まったら終わりだ」という思いが、逃げる足を止めさせない。
一方ナマエは、逃げる者の思いなど露知らず、ただ自分の義務を果たすために走る。そうしていると、突如、ナマエの横をヒュッと黄色い物体が通った。そして、その物体、後ろから弾丸のように飛んで来た見知らぬ者は、逃げる男に体当たりをしたのだ。彼は、アメフトのタッチダウンのような格好で男を地面に押さえ付けている。
「お勤めご苦労さまです!」
黄色いパーカーを着た人物は、少しして追い付いたナマエに労いの言葉をかけた。
「あ、ああ……君、なんでソイツ捕まえたの?」
「ぼく、鬼やるの得意だから!」
変な子。
そして、無邪気な少年だと思った。もちろん、ナマエの勤めは鬼ごっこの鬼役ではないので、彼のすべきことはまだ残っている。
「ちょっと、そのままソイツ押さえといて」
「分かった!」
押さえられている男は暴れているが、逃れられそうもない。
ナマエは、男のズボンからベルトを外した。
「お、お前に仕事を教えてやったのは俺だろ? 見逃してくれよ、頼むよミョウジ」
「それは俺が決めることじゃねぇっすから」
ナマエは構わずに男を押さえる役を代わり、男の両腕を背に回してベルトで縛った。更に、男の靴下を脱がせて猿轡にする。
額が額だ、小指を切り落とすぐらいでは済まないだろう。
「ご愁傷さまでーす」
ナマエの無感情で無慈悲な台詞に、男は顔を青ざめさせた。
◆◆◆
ナマエは携帯電話で連絡を入れた後、少年に話しかける。
「君、なんて名前?」
「松野十四松!」
ナマエが横領犯の上に座っているからか、名乗った彼もそれに倣って上に座った。下敷きにされた男が呻くが、ふたりは気にしない。
「ジューシマツってどんな字?」
「こう!」
少年は、小枝を拾って地面に文字を書いた。
「なるほど、十四松くんね。俺はミョウジナマエ」
十四松から小枝を受け取り、ナマエも地面に文字を綴る。
「ナマエ! よろしく!」
「よろしくー」
ふたりは、和やかに自己紹介を終えた。
空は、気持ちの良い秋晴れ。風は爽やかで、走った後の体に心地好い。平日の昼間なのもあって、周りには誰もいない。時折クッションが呻くが、些細なことだ。
「お礼させてよ。何か欲しいものある? それか、したいこととかさ」
「野球!」
「野球……って何人でするんだっけ?」
「1チーム9人だよ」
「18人もいるの? うーん、ちょっと無理かな」
「へこみ~」
「ごめんね。あーっと、じゃあ、焼肉でも食う?」
「肉!? 食べたい!」
「オッケー」
それから10分ほど後、真っ黒なドイツ車が一台とワゴン車が一台到着した。
ナマエはワゴン車に横領した男を押し込み、発車を見送る。その後、十四松とナマエと、彼の同僚ふたりは真っ黒な車に乗り込み、組の関係者が営む焼肉屋に向かう。
閉店の札を下げているが、ごく普通の店であった。店の中では、すでに黒いスーツの男が3人ほど昼食をとっている。ナマエと入店した同僚のひとりはそちらに行き、十四松も含め残った3人は同じテーブルに着く。ふたりほど、何故か出入り口近くの壁際に立ったままの者もいる。
「好きなだけ食べていいよ」
「うん!」
ナマエは、元気よく返事をする十四松が、なんだか聞き分けのいい弟のようで、口元を隠して少し笑う。
それから、のんびりと2時間ぐらいかけて、上カルビやら上タン塩やらを胃の腑に収めた。
「ごちそうさまでした!」
肉をしこたま食べた十四松は、ニコニコしながら満足そうにしている。
「口元汚れてるよ」
ごく自然に、ナマエが十四松の口元をおしぼりで拭ったので、相席している同僚は目を丸くした。
「よし、取れた」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
この時とった行動は反射的なものらしく、ナマエにも予想外のことである。別に年下の世話をしたことなどないというのに、不思議なものだとナマエは思った。これが、自身の従い癖に起因するものだということを、彼はまだ知らない。
「他に何か、俺に出来ることある?」
店を出た後、帰り際に、ナマエは十四松に尋ねた。
「野球!」
「いや、だからそれは…………あ、キャッチボールでもいい? それなら出来るかも」
「うん!」
ふたりは、明日の午後に河原で会う約束をする。
その後、ナマエは車で十四松を家に送り届けた。
「じゃあ、明日ね」
「また明日~!」
十四松が勢いよく、ぶんぶん手を振るので、ナマエも軽く手を振り返す。
「おいおい、いいのか? ミョウジ」
十四松を見送ってから車内に戻ると、同僚の男が珍しいものを見たと言いたそうな様子で訊いてきた。
「たまには運動しねぇとな」
「よく分かんねー奴」
同僚は肩をすくめる。この同僚にとって、ナマエは、よく分からない奴のままで構わない程度の存在だったので、それ以上の追及はなかった。
(明日遊ぶ約束なんて、初めてしたなぁ)
ナマエは心中で、しみじみと呟く。
それは、とても得難く楽しいことのように思えた。
些末シリーズの主人公と十四松の話/内容はおまかせ/ちび助様
リクエストありがとうございました!
2019/02/12
その男を、これまたヤクザか何かであろう服装の若者が追う。
「待てやコラァ!」
追っ手が叫ぶが、男が止まるはずもない。捕まれば恐ろしい制裁が待っているのだから。男は「ヤキを入れられる」のはごめんだった。
ほんの出来心から、組の金を持ち出して懐に入れたのが間違いだった。少額だからと何度も何度も繰り返し、今となっては大金である。
それがとうとう、もうひとりの経理担当にバレてしまった。その経理担当は、ミョウジナマエという20代の男である。現在、横領した男を追っている彼がそうだ。事務所の中では高学歴な(と言っても高卒である)彼は、男には浮いた存在に見えていた。
ミョウジナマエは上の命令に忠実で、どこか機械的である。比較的話すことが多かった男は、そのことに勘付いていた。「ミョウジに捕まったら終わりだ」という思いが、逃げる足を止めさせない。
一方ナマエは、逃げる者の思いなど露知らず、ただ自分の義務を果たすために走る。そうしていると、突如、ナマエの横をヒュッと黄色い物体が通った。そして、その物体、後ろから弾丸のように飛んで来た見知らぬ者は、逃げる男に体当たりをしたのだ。彼は、アメフトのタッチダウンのような格好で男を地面に押さえ付けている。
「お勤めご苦労さまです!」
黄色いパーカーを着た人物は、少しして追い付いたナマエに労いの言葉をかけた。
「あ、ああ……君、なんでソイツ捕まえたの?」
「ぼく、鬼やるの得意だから!」
変な子。
そして、無邪気な少年だと思った。もちろん、ナマエの勤めは鬼ごっこの鬼役ではないので、彼のすべきことはまだ残っている。
「ちょっと、そのままソイツ押さえといて」
「分かった!」
押さえられている男は暴れているが、逃れられそうもない。
ナマエは、男のズボンからベルトを外した。
「お、お前に仕事を教えてやったのは俺だろ? 見逃してくれよ、頼むよミョウジ」
「それは俺が決めることじゃねぇっすから」
ナマエは構わずに男を押さえる役を代わり、男の両腕を背に回してベルトで縛った。更に、男の靴下を脱がせて猿轡にする。
額が額だ、小指を切り落とすぐらいでは済まないだろう。
「ご愁傷さまでーす」
ナマエの無感情で無慈悲な台詞に、男は顔を青ざめさせた。
◆◆◆
ナマエは携帯電話で連絡を入れた後、少年に話しかける。
「君、なんて名前?」
「松野十四松!」
ナマエが横領犯の上に座っているからか、名乗った彼もそれに倣って上に座った。下敷きにされた男が呻くが、ふたりは気にしない。
「ジューシマツってどんな字?」
「こう!」
少年は、小枝を拾って地面に文字を書いた。
「なるほど、十四松くんね。俺はミョウジナマエ」
十四松から小枝を受け取り、ナマエも地面に文字を綴る。
「ナマエ! よろしく!」
「よろしくー」
ふたりは、和やかに自己紹介を終えた。
空は、気持ちの良い秋晴れ。風は爽やかで、走った後の体に心地好い。平日の昼間なのもあって、周りには誰もいない。時折クッションが呻くが、些細なことだ。
「お礼させてよ。何か欲しいものある? それか、したいこととかさ」
「野球!」
「野球……って何人でするんだっけ?」
「1チーム9人だよ」
「18人もいるの? うーん、ちょっと無理かな」
「へこみ~」
「ごめんね。あーっと、じゃあ、焼肉でも食う?」
「肉!? 食べたい!」
「オッケー」
それから10分ほど後、真っ黒なドイツ車が一台とワゴン車が一台到着した。
ナマエはワゴン車に横領した男を押し込み、発車を見送る。その後、十四松とナマエと、彼の同僚ふたりは真っ黒な車に乗り込み、組の関係者が営む焼肉屋に向かう。
閉店の札を下げているが、ごく普通の店であった。店の中では、すでに黒いスーツの男が3人ほど昼食をとっている。ナマエと入店した同僚のひとりはそちらに行き、十四松も含め残った3人は同じテーブルに着く。ふたりほど、何故か出入り口近くの壁際に立ったままの者もいる。
「好きなだけ食べていいよ」
「うん!」
ナマエは、元気よく返事をする十四松が、なんだか聞き分けのいい弟のようで、口元を隠して少し笑う。
それから、のんびりと2時間ぐらいかけて、上カルビやら上タン塩やらを胃の腑に収めた。
「ごちそうさまでした!」
肉をしこたま食べた十四松は、ニコニコしながら満足そうにしている。
「口元汚れてるよ」
ごく自然に、ナマエが十四松の口元をおしぼりで拭ったので、相席している同僚は目を丸くした。
「よし、取れた」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
この時とった行動は反射的なものらしく、ナマエにも予想外のことである。別に年下の世話をしたことなどないというのに、不思議なものだとナマエは思った。これが、自身の従い癖に起因するものだということを、彼はまだ知らない。
「他に何か、俺に出来ることある?」
店を出た後、帰り際に、ナマエは十四松に尋ねた。
「野球!」
「いや、だからそれは…………あ、キャッチボールでもいい? それなら出来るかも」
「うん!」
ふたりは、明日の午後に河原で会う約束をする。
その後、ナマエは車で十四松を家に送り届けた。
「じゃあ、明日ね」
「また明日~!」
十四松が勢いよく、ぶんぶん手を振るので、ナマエも軽く手を振り返す。
「おいおい、いいのか? ミョウジ」
十四松を見送ってから車内に戻ると、同僚の男が珍しいものを見たと言いたそうな様子で訊いてきた。
「たまには運動しねぇとな」
「よく分かんねー奴」
同僚は肩をすくめる。この同僚にとって、ナマエは、よく分からない奴のままで構わない程度の存在だったので、それ以上の追及はなかった。
(明日遊ぶ約束なんて、初めてしたなぁ)
ナマエは心中で、しみじみと呟く。
それは、とても得難く楽しいことのように思えた。
些末シリーズの主人公と十四松の話/内容はおまかせ/ちび助様
リクエストありがとうございました!
2019/02/12