煙シリーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
おまえは、単純なバカだから、すぐに世界の薄皮を剥いでしまう。
ナマエの見ている世界は、きっと残酷だ。大切な両親が欠けた世界で、おまえは日々を過ごしている。
おまえの考えるボーダーは、少年兵の集まりで。大人である自分が、年少者に出来ることの少なさに絶望している。それが、おまえの優しさだとは、気付かないまま。
おまえは、複雑なバカだから、すぐに自分を隠そうとしてしまう。
自分という人間を、きっと歪だと思っている。俺の隣にいる自分が、ゆるせない。
おまえの考える自分は、化物じみていて。自分の恋を“祟り”だと言う。それが、俺には我慢ならないということを、おまえは知らない。
諏訪洸太郎は、祈るように思う。あの、愛しい男を、少しでも幸せに出来るように、と。
そのためなら、きっと何だってしてやるから。だから、傍にいてほしい。
そのささやかな望みが、粉砕されることになるのを、諏訪は、まだ知らない。
◆◆◆
「そうですか。とうとうダメですか」
医者に、ボーダーをやめろと告げられた。
つまりは、ドクターストップ。
「あーあ」
医師による診断は、ボーダー上層部に伝えられ、ミョウジナマエの居場所は、再びなくなるのだろう。
何もかもを手に入れたかったな。それが無理なら、何もかもを捨ててしまおうかな。
その夜、ミョウジナマエは、酷い鬱症状に襲われた。そして、薬を飲んだ。けれど、全く楽にはなれなくて。ひとつ、ふたつと薬を飲み続けた。適切な量は、とっくに超えている。
オーバードーズをするのは、いつ以来だろう?
ミョウジは、頭の中が、ふわふわしてきた。
「あはは…………」
思わず、笑いが漏れる。根拠のない全能感に包まれた男は、檻を出て。最寄りのコンビニへ行き、酒を買い込んだ。それを浴びるように飲み、次に彼が意識を取り戻した時は、病院のベッドの上だった。
時は、少し遡る。昼頃、ミョウジの家を訪れた諏訪は、鍵のかかっていないドアを開けた時点で、嫌な予感がした。
「ナマエ……!」
叫ぶように名前を呼び、リビングへと駆ける。そこには、たくさんの錠剤の包装シートと、酒の空き缶や空き瓶と一緒に、ミョウジナマエが転がっていた。死体のように、転がっていた。
「おい! ナマエ!」
恋人を抱き起こすと、弱々しい呼吸音が聴こえる。
諏訪は、すぐに救急車を呼び、運ばれるミョウジの手を握り続けた。
こんなことになるのなら、片時も目を離さなければよかったと、後悔する。
「どうしてだよ…………」
どうして。どうして、この男が、こんな目に遭うのか。どうして、彼の精神がこんなにボロボロにされなければならないのか。どうして、ミョウジナマエは幸せになれないのか。
答えの出ない疑問は尽きない。
愛してるから、どこにも行かないでほしい。そんな願いを抱きながら、諏訪は恋人に寄り添い続けた。
◆◆◆
ミョウジの手の甲に刺された針は、管に繋がっている。その手を、諏訪は握っている。
ぱち、と。ミョウジの目が開かれた。
「洸太郎…………?」
「ナマエ……おまえ……」
諏訪は、ナースコールボタンを押しながら、「よかった…………」と呟く。
「オレ……オレ、どうして…………」
ミョウジからは、昨夜の記憶が抜け落ちている。
看護師がやって来て、ミョウジに事のあらましを話した。
「そうか……オレ…………」
死のうとしたのか。
自身を、無様に思う。死に損ない。ただ、迷惑をかけただけ。
諏訪とふたりきりになった病室で、ミョウジは後悔に呑まれた。
「悪い。オレ、こんなことになって……」
「おまえは悪くない」
「……オレ、もうボーダーにいられないんだ。医者に言われた」
「そうか……」
諏訪は、ベッドの上のミョウジを抱き締める。
「今まで、よく頑張ったな、ナマエ」
「うん…………」
弱々しく自分を抱き締め返す恋人は、静かに泣いていた。
最長で3ヶ月に及ぶ入院期間は、ボーダーの根回しによって、2日になる。そして、本部へ来るように告げられた。
そうして、決定されたのは、記憶封印措置。
「……そうですか」
ミョウジナマエの精神安定のために、ボーダーに関することを全て忘れた方がいいだろう、とのこと。
「少しだけ、時間をください」
了承されたその足で、諏訪の家へ向かう。
諏訪の部屋で、ミョウジは意を決して、言葉を紡いだ。
「洸太郎、愛してるよ」
「……ナマエ、ありがとよ。俺も愛してる」
「ありがとう」
ちゃんと笑顔を作れただろうか? それだけが、少し心配である。
ミョウジナマエは、諏訪洸太郎に、初めて嘘をついた。“愛してる”なんて、嘘。だけど、もう今しかない気がするから。
最後に、おまえに呪いをかけた。
ありがとう。さよなら。ごめん。
その後、ミョウジは、スマートフォンからボーダー関係者の連絡先を消し、記憶を封印された。
翌日。ひとり、大学の喫煙室で煙草を吸うミョウジ。
オレも、意地張ってないで三門を出よう。
なんて、考えている。
そこに、諏訪がやって来た。
「よう」
「諏訪くん、おはよー」
「ナマエ…………」
「ん?」
「なんでもねーよ」
「そう」
あまりにも、ミョウジの調子が良さそうで。諏訪は、何も言えない。ボーダーの記憶は、諏訪との記憶。それも、ほとんど失ってしまったミョウジ。
ミョウジナマエが、三門市を出るまで、時間はかからなかった。
そんなに親しい人もいないので、ひとりでひっそりと引っ越しをする。
先に越していた祖父母と親戚家族は、ミョウジを歓迎してくれた。
「今日から、お世話になります」
「遠慮しないで、のんびり過ごしてね、ナマエくん」
「はい」
叔母は、にこやかに言う。ミョウジも、笑顔を返した。しかし、実を言うと彼女のことは苦手だった。同性愛者を差別しているから。
だが、まあ、自分は同性愛者ではないし、テキトーに流せるだろう。嫌な気持ちにはなるけれど。
◆◆◆
おはようから、おやすみまで、君を見つめていたい。
どうして、そんなことを思うのだろう?
君のことなんて、よく知らないはずなのに。
“ナマエ…………”
自分の名前を呼ぶ、彼の声が頭から離れない。その姿も、真剣な眼差しも。ずっと頭の片隅にある。こんなのは、まるで。
「恋でもしてるみたいだ」
ぽつりと呟く。
三門市を去り、引っ越し先で落ち着いてからのミョウジナマエは、毎日毎日、諏訪洸太郎のことを考えている。
静寂に包まれ、凪いだ世界で、たったひとつの見当たらない色を探しているような。
とても大切な、美しい一欠片を失ってしまったような。
掌からこぼれ落ちたそれが、何なのか? ミョウジには、分からない。それの輪郭さえ、朧気である。
「諏訪くん…………」
虚空に向かって、名前を呼ぶ。
君は今、何をしてる?
何故、こんなことが気になるのだろう?
それでも、日々は過ぎていく。世界に置き去りにされないように、ミョウジは生活をする。
そんなある日。
「なんだコレ?」
それは、ボイスレコーダーだった。開け損ねていた段ボール箱の中に入っていた。
再生ボタンを押す。
流れてきたのは、会話だった。ミョウジナマエと、諏訪洸太郎の。ミョウジの脅迫じみた告白と、それを諏訪が許容する様子。
「え…………?」
こんな記憶は、自分の中にはない。
けれど、不思議と実感がある。
「……行かなきゃ」
三門市へ行かなくてはならないと、強く思った。
叔母たちや祖父母に、「三門に行く」とだけ告げて、家を飛び出す。
長時間、電車に揺られて、三門市に着いた時には、日が暮れていた。
諏訪くん、どこにいるんだろう?
自宅? ボーダー?
「あーもう!」
自宅の場所なんて知らない。それなら、ボーダー本部へ行くしかないだろう。
ミョウジは、走った。息が苦しくなっても、心臓が早鐘を打っても。
「クソ! こっから警戒区域じゃねぇか!」
地下通路の存在を、ミョウジは忘れている。
そのまま警戒区域を駆け抜けた。
「ミョウジさん?!」
防衛任務にあたっていた太刀川慶が、たまたま走っているミョウジを見付ける。
「えっ……誰……?」
「太刀川です」
「タチカワくん」
どこか、懐かしく感じる人だ。
「あー分かった。諏訪さんでしょ?」
「そう! オレ、諏訪くんに会わなきゃならないんだ!」
「案内しますよ」
「マジ!? ありがとう!」
彼について行き、しばらくすると。太刀川と同じく、任務中の諏訪洸太郎がいた。
「諏訪さーん! お客さん!」
「ああ?」
「諏訪くん!」
「ナマエ……!?」
諏訪は驚き、くわえていた煙草を落とす。
「その、コレにちょっと、あの……」
鞄からボイスレコーダーを取り出し、諏訪に見せた。
「待て。待て待て。ソイツは、アレか? 言質取ったとかなんとか言ってた時のブツか?」
「言質?」
“好きで居続けていいって言質取ったからな!”
“録音でもしてあんのかよ?”
“ははは”
“おい”
いつかのやり取りを思い出す諏訪。
「邪魔みたいなんで、退散しまーす」と言い残し、太刀川は去った。
「オレ、諏訪くんのことが好きみたいなんだけど」
「俺は…………」
真っ直ぐに自分を見つめてくるミョウジから、目を逸らしてしまいたくなる。
おまえを引き戻していいのか? 今のおまえは、とても健康そうで、病みなんてなさそうで。“捻れ”がない。
「諏訪くん、よかったら、オレと付き合ってくれない?」
「付き合ってたんだよ。俺とおまえ」
「へ?」
「でもな、俺には、ナマエを救えなかった」
「そんなワケない!」
「ナマエ……」
「そんなワケないよ。オレは、絶対救われてたし、幸せだったよ」
ミョウジの両目から、涙が落ちていく。
何故だろう? こんなにも君が正しいって、分かっているはずなのに。オレは、いつだって間違えていて、君は正しい人で。
いつだって? それって、いつ?
「オレ……オレが忘れてるだけなんだろ……?! 思い出したい! 諏訪くんの隣にいたい! だから、オレを救えなかったなんて言うなよ…………」
「俺だって、おまえと……離れたくねーよ……」
諏訪は、片手で顔を覆った。
「……行くぞ、本部に」
「うん?」
「記憶が戻ったら、おまえはまた、辛い目に遭う。それでもいいのか?」
「諏訪くんのこと、思い出したい」
「俺は、また…………」
おまえを救えず、地獄を味わわせるのか?
違う。今度こそ、ナマエを助けるんだ。
諏訪は、決意をする。
「ついて来い」
「ああ」
本部へ行き、ミョウジナマエのことを報告した。
上の者たちは、頭を悩ませ、記憶を取り戻したいと言うふたりを見る。
「一度蓋をしたものを開けたら、絶望するかもしれないぞ」
「ふたりで乗り越えます」
ミョウジは、どこまでも真っ直ぐに答えた。
その結果、ミョウジの記憶は戻される。
「ナマエ、大丈夫か?」
「ああ。オレは、やっと自分の役割が分かった気がするよ」
オレの配役は、兵士じゃない。
戦いに必要なのは、兵士だけではない。
「洸太郎、絶対におまえの隣に立つから」
ナマエの見ている世界は、きっと残酷だ。大切な両親が欠けた世界で、おまえは日々を過ごしている。
おまえの考えるボーダーは、少年兵の集まりで。大人である自分が、年少者に出来ることの少なさに絶望している。それが、おまえの優しさだとは、気付かないまま。
おまえは、複雑なバカだから、すぐに自分を隠そうとしてしまう。
自分という人間を、きっと歪だと思っている。俺の隣にいる自分が、ゆるせない。
おまえの考える自分は、化物じみていて。自分の恋を“祟り”だと言う。それが、俺には我慢ならないということを、おまえは知らない。
諏訪洸太郎は、祈るように思う。あの、愛しい男を、少しでも幸せに出来るように、と。
そのためなら、きっと何だってしてやるから。だから、傍にいてほしい。
そのささやかな望みが、粉砕されることになるのを、諏訪は、まだ知らない。
◆◆◆
「そうですか。とうとうダメですか」
医者に、ボーダーをやめろと告げられた。
つまりは、ドクターストップ。
「あーあ」
医師による診断は、ボーダー上層部に伝えられ、ミョウジナマエの居場所は、再びなくなるのだろう。
何もかもを手に入れたかったな。それが無理なら、何もかもを捨ててしまおうかな。
その夜、ミョウジナマエは、酷い鬱症状に襲われた。そして、薬を飲んだ。けれど、全く楽にはなれなくて。ひとつ、ふたつと薬を飲み続けた。適切な量は、とっくに超えている。
オーバードーズをするのは、いつ以来だろう?
ミョウジは、頭の中が、ふわふわしてきた。
「あはは…………」
思わず、笑いが漏れる。根拠のない全能感に包まれた男は、檻を出て。最寄りのコンビニへ行き、酒を買い込んだ。それを浴びるように飲み、次に彼が意識を取り戻した時は、病院のベッドの上だった。
時は、少し遡る。昼頃、ミョウジの家を訪れた諏訪は、鍵のかかっていないドアを開けた時点で、嫌な予感がした。
「ナマエ……!」
叫ぶように名前を呼び、リビングへと駆ける。そこには、たくさんの錠剤の包装シートと、酒の空き缶や空き瓶と一緒に、ミョウジナマエが転がっていた。死体のように、転がっていた。
「おい! ナマエ!」
恋人を抱き起こすと、弱々しい呼吸音が聴こえる。
諏訪は、すぐに救急車を呼び、運ばれるミョウジの手を握り続けた。
こんなことになるのなら、片時も目を離さなければよかったと、後悔する。
「どうしてだよ…………」
どうして。どうして、この男が、こんな目に遭うのか。どうして、彼の精神がこんなにボロボロにされなければならないのか。どうして、ミョウジナマエは幸せになれないのか。
答えの出ない疑問は尽きない。
愛してるから、どこにも行かないでほしい。そんな願いを抱きながら、諏訪は恋人に寄り添い続けた。
◆◆◆
ミョウジの手の甲に刺された針は、管に繋がっている。その手を、諏訪は握っている。
ぱち、と。ミョウジの目が開かれた。
「洸太郎…………?」
「ナマエ……おまえ……」
諏訪は、ナースコールボタンを押しながら、「よかった…………」と呟く。
「オレ……オレ、どうして…………」
ミョウジからは、昨夜の記憶が抜け落ちている。
看護師がやって来て、ミョウジに事のあらましを話した。
「そうか……オレ…………」
死のうとしたのか。
自身を、無様に思う。死に損ない。ただ、迷惑をかけただけ。
諏訪とふたりきりになった病室で、ミョウジは後悔に呑まれた。
「悪い。オレ、こんなことになって……」
「おまえは悪くない」
「……オレ、もうボーダーにいられないんだ。医者に言われた」
「そうか……」
諏訪は、ベッドの上のミョウジを抱き締める。
「今まで、よく頑張ったな、ナマエ」
「うん…………」
弱々しく自分を抱き締め返す恋人は、静かに泣いていた。
最長で3ヶ月に及ぶ入院期間は、ボーダーの根回しによって、2日になる。そして、本部へ来るように告げられた。
そうして、決定されたのは、記憶封印措置。
「……そうですか」
ミョウジナマエの精神安定のために、ボーダーに関することを全て忘れた方がいいだろう、とのこと。
「少しだけ、時間をください」
了承されたその足で、諏訪の家へ向かう。
諏訪の部屋で、ミョウジは意を決して、言葉を紡いだ。
「洸太郎、愛してるよ」
「……ナマエ、ありがとよ。俺も愛してる」
「ありがとう」
ちゃんと笑顔を作れただろうか? それだけが、少し心配である。
ミョウジナマエは、諏訪洸太郎に、初めて嘘をついた。“愛してる”なんて、嘘。だけど、もう今しかない気がするから。
最後に、おまえに呪いをかけた。
ありがとう。さよなら。ごめん。
その後、ミョウジは、スマートフォンからボーダー関係者の連絡先を消し、記憶を封印された。
翌日。ひとり、大学の喫煙室で煙草を吸うミョウジ。
オレも、意地張ってないで三門を出よう。
なんて、考えている。
そこに、諏訪がやって来た。
「よう」
「諏訪くん、おはよー」
「ナマエ…………」
「ん?」
「なんでもねーよ」
「そう」
あまりにも、ミョウジの調子が良さそうで。諏訪は、何も言えない。ボーダーの記憶は、諏訪との記憶。それも、ほとんど失ってしまったミョウジ。
ミョウジナマエが、三門市を出るまで、時間はかからなかった。
そんなに親しい人もいないので、ひとりでひっそりと引っ越しをする。
先に越していた祖父母と親戚家族は、ミョウジを歓迎してくれた。
「今日から、お世話になります」
「遠慮しないで、のんびり過ごしてね、ナマエくん」
「はい」
叔母は、にこやかに言う。ミョウジも、笑顔を返した。しかし、実を言うと彼女のことは苦手だった。同性愛者を差別しているから。
だが、まあ、自分は同性愛者ではないし、テキトーに流せるだろう。嫌な気持ちにはなるけれど。
◆◆◆
おはようから、おやすみまで、君を見つめていたい。
どうして、そんなことを思うのだろう?
君のことなんて、よく知らないはずなのに。
“ナマエ…………”
自分の名前を呼ぶ、彼の声が頭から離れない。その姿も、真剣な眼差しも。ずっと頭の片隅にある。こんなのは、まるで。
「恋でもしてるみたいだ」
ぽつりと呟く。
三門市を去り、引っ越し先で落ち着いてからのミョウジナマエは、毎日毎日、諏訪洸太郎のことを考えている。
静寂に包まれ、凪いだ世界で、たったひとつの見当たらない色を探しているような。
とても大切な、美しい一欠片を失ってしまったような。
掌からこぼれ落ちたそれが、何なのか? ミョウジには、分からない。それの輪郭さえ、朧気である。
「諏訪くん…………」
虚空に向かって、名前を呼ぶ。
君は今、何をしてる?
何故、こんなことが気になるのだろう?
それでも、日々は過ぎていく。世界に置き去りにされないように、ミョウジは生活をする。
そんなある日。
「なんだコレ?」
それは、ボイスレコーダーだった。開け損ねていた段ボール箱の中に入っていた。
再生ボタンを押す。
流れてきたのは、会話だった。ミョウジナマエと、諏訪洸太郎の。ミョウジの脅迫じみた告白と、それを諏訪が許容する様子。
「え…………?」
こんな記憶は、自分の中にはない。
けれど、不思議と実感がある。
「……行かなきゃ」
三門市へ行かなくてはならないと、強く思った。
叔母たちや祖父母に、「三門に行く」とだけ告げて、家を飛び出す。
長時間、電車に揺られて、三門市に着いた時には、日が暮れていた。
諏訪くん、どこにいるんだろう?
自宅? ボーダー?
「あーもう!」
自宅の場所なんて知らない。それなら、ボーダー本部へ行くしかないだろう。
ミョウジは、走った。息が苦しくなっても、心臓が早鐘を打っても。
「クソ! こっから警戒区域じゃねぇか!」
地下通路の存在を、ミョウジは忘れている。
そのまま警戒区域を駆け抜けた。
「ミョウジさん?!」
防衛任務にあたっていた太刀川慶が、たまたま走っているミョウジを見付ける。
「えっ……誰……?」
「太刀川です」
「タチカワくん」
どこか、懐かしく感じる人だ。
「あー分かった。諏訪さんでしょ?」
「そう! オレ、諏訪くんに会わなきゃならないんだ!」
「案内しますよ」
「マジ!? ありがとう!」
彼について行き、しばらくすると。太刀川と同じく、任務中の諏訪洸太郎がいた。
「諏訪さーん! お客さん!」
「ああ?」
「諏訪くん!」
「ナマエ……!?」
諏訪は驚き、くわえていた煙草を落とす。
「その、コレにちょっと、あの……」
鞄からボイスレコーダーを取り出し、諏訪に見せた。
「待て。待て待て。ソイツは、アレか? 言質取ったとかなんとか言ってた時のブツか?」
「言質?」
“好きで居続けていいって言質取ったからな!”
“録音でもしてあんのかよ?”
“ははは”
“おい”
いつかのやり取りを思い出す諏訪。
「邪魔みたいなんで、退散しまーす」と言い残し、太刀川は去った。
「オレ、諏訪くんのことが好きみたいなんだけど」
「俺は…………」
真っ直ぐに自分を見つめてくるミョウジから、目を逸らしてしまいたくなる。
おまえを引き戻していいのか? 今のおまえは、とても健康そうで、病みなんてなさそうで。“捻れ”がない。
「諏訪くん、よかったら、オレと付き合ってくれない?」
「付き合ってたんだよ。俺とおまえ」
「へ?」
「でもな、俺には、ナマエを救えなかった」
「そんなワケない!」
「ナマエ……」
「そんなワケないよ。オレは、絶対救われてたし、幸せだったよ」
ミョウジの両目から、涙が落ちていく。
何故だろう? こんなにも君が正しいって、分かっているはずなのに。オレは、いつだって間違えていて、君は正しい人で。
いつだって? それって、いつ?
「オレ……オレが忘れてるだけなんだろ……?! 思い出したい! 諏訪くんの隣にいたい! だから、オレを救えなかったなんて言うなよ…………」
「俺だって、おまえと……離れたくねーよ……」
諏訪は、片手で顔を覆った。
「……行くぞ、本部に」
「うん?」
「記憶が戻ったら、おまえはまた、辛い目に遭う。それでもいいのか?」
「諏訪くんのこと、思い出したい」
「俺は、また…………」
おまえを救えず、地獄を味わわせるのか?
違う。今度こそ、ナマエを助けるんだ。
諏訪は、決意をする。
「ついて来い」
「ああ」
本部へ行き、ミョウジナマエのことを報告した。
上の者たちは、頭を悩ませ、記憶を取り戻したいと言うふたりを見る。
「一度蓋をしたものを開けたら、絶望するかもしれないぞ」
「ふたりで乗り越えます」
ミョウジは、どこまでも真っ直ぐに答えた。
その結果、ミョウジの記憶は戻される。
「ナマエ、大丈夫か?」
「ああ。オレは、やっと自分の役割が分かった気がするよ」
オレの配役は、兵士じゃない。
戦いに必要なのは、兵士だけではない。
「洸太郎、絶対におまえの隣に立つから」