煙シリーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
資格をください。あなたの人生の端っこでいいから、そこにいさせてください。
◆◆◆
トリオン体の、切断した箇所から血が吹き出るところが見えた。
それなのに、平気な顔をしているボーダーの仲間たちが、気持ち悪い。
そんな、悪夢を見ていた。いくつもいくつも、悪夢を見ていた。
「…………あー」
込み上げて来る吐き気を自覚しながら、どこか他人事のように感じる。ミョウジは、のそのそとベッドから起き上がり、トイレに向かう。
そして、便器に嘔吐した。
「ぅえっ…………げほ…………」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
所詮、オレは兵士もどきだよ。戦時下で、役に立ちたくても、お荷物になるだけだよ。
ミョウジは、自身を呪った。
嫌だ。もう、これ以上、居場所を失うのは。
だから、ミョウジナマエは、ボーダーにしがみついている。
お願いだから、諏訪洸太郎の隣にいさせてほしい。それが、どんなに歪な形だとしても。
この、自分が持っているドロドロした感情を全て、“あの女”に押し付けたかった。
そうすべきだった。
この訳の分からない「好き」を全部、“あの女”に持たせて、その後に殺せば、自分は平和に生きられたかもしれないのに。
後悔したところで、意味はない。“あの女”は、もう消えたのだから。
◆◆◆
「生産性がないわよね、同性愛なんて」
思い出すのは、彼女の言葉。それが、胸に突き刺さる。
◆◆◆
「口閉じらんねーの?」
「ナメんな。黙ってんのは大得意だよ」
「そうじゃねーだろ」
大学の喫煙室で、ミョウジと諏訪は、並んでいる。ふたりで、煙草を燻らせながら、話していたところ、諏訪は違和感を覚えた。
「なんとなく、おまえが、いつもより喋り過ぎてる気がすんだよな」
「えー? いつも通りじゃん? オレっていつも、めちゃくちゃ喋るじゃん?」
「何かあったのか?」
「えー」
悪夢を見て、吐いたこと? ボーダーに居場所がないのを誤魔化してること? おまえの隣にいるのが苦しいこと?
「どうして、気付いちゃうかなぁ。諏訪はさ、いつもそうだよな。オレのこと大好きか?」
「うるせーな。いいから、早く全部話せ。どうせ、またひとりで悩んで、病むんだからよ」
「…………おまえの隣にいるのが、正しくない気がして」
正直なところ、諏訪は、「またか」と思った。いつだってミョウジは、自分が諏訪に相応しくないなどと考えている。いい加減、その根本から解決しなくてはならない。
「俺は、おまえを、ミョウジナマエを選んだんだよ。それじゃ、ダメなのかよ?」
「いや、嬉しいよ。嬉しいけど、辛いんだよ。オレって何も持ってないから」
空っぽなんだ。空虚なんだ。虚ろなんだ。哲学を詰めて、誤魔化してるだけ。
自分の恋は“祟り”なんだ。厄災なんだ。一欠片も愛せてないんだ。うわべを取り繕ってるだけ。
「オレは、諏訪に救われてるけど、オレって何も返せないから…………」
「はァ~」
諏訪は、わざとらしく溜め息を吐いた。
「愛してるから、心配すんな」
くしゃ、とミョウジの頭を撫でる。
「……ありがとう」
それが、今のミョウジの精一杯の言葉だった。
◆◆◆
「女学校でね、そういうのあったのよ。一時の気の迷いっていうの? 女の子同士で付き合ってるの、結構あったの。でも、卒業したら、おしまいなんだけどね」
両親も、祖父母も、先祖代々、みんな多数派なワケで。みんな、男女で連れ添ってきたワケで。
◆◆◆
『喉が痛い』
諏訪に、ミョウジから、メッセージが届く。
熱はないが、喉が痛くて喋ることが出来ないらしい。
作戦室で麻雀をした帰りに、ミョウジの家に見舞いに来た諏訪は、しん、とした空気に耐えかねて、口を開く。
「おまえが静かだと、妙な感じだな」
『おれもそうおもう』
携帯電話の文章読み上げ機能を使い、ミョウジは答えた。
「別に喉を痛めてなくても、なにも喋らなくていいんだぜ? おまえ、昔は、そうだっただろ?」
『人間って、分かりやすい人間が好きじゃん。だから、喋らないと恐がられる』
ミョウジなりの処世術なのである。
『家の中では、オレは全然喋らなくて良かったのに』
お喋りな両親の会話を聞いているのが、好きだった。“外”のことなんて、どうでもよかった。5人家族が住む、この家だけが、ミョウジナマエの世界の全て。それは、“あの日”に崩れ去ったのだけれど。
ミョウジ家の者は、みんな、年中アイスクリームと餅を食べる。だから、常に、それらが常備されていた。今はもう、ひとりだから、買ったり買わなかったりだが。
両親の生死について考えると、暗い気持ちになる。
『オレって、答えを出すの苦手だから、本当は』
文章を打っていた指先が、止まる。諏訪を見ると、目が合った。ミョウジの言葉を待っている。
『なんにも、喋りたくないんだ』
「知ってた」
『えー』
「無理に話すな」
『がんばります』
頑張るなよ、と思ったが、黙る諏訪。
「頑張り過ぎるなよ、ナマエ」
『はい』
えっ? と思った。幻聴かと思った。
『え』
「ナマエ」
諏訪が、自分の名前を呼んでいる。
『あの、喉治ったら、オレも名前で呼んでいい?』
「ああ」
律儀に質問してくるミョウジナマエを、諏訪は愛しく想った。
◆◆◆
ねぇ、叔母さん。オレは、叔母さんの考え、間違ってると思うよ。
当時小学生だった自分が、言い返せなかった言葉。
言い返せなかったせいで、叔母の言葉が呪いになっている。
だから、おまえの隣に平然と立てる“あの女”が羨ましかったよ。
◆◆◆
「ミョウジさん、喉治ったんだ?」
「ああ、治った」
「みんな、あのミョウジさんが、全く喋らない! 別人みたい! って騒いでましたよ」
太刀川が言う。結局、四日ほど黙り、喉は快復した。
「そうか。まあ、そうなるよな」
あれ? と、太刀川は思う。
「ミョウジさん、なんかクールですね?」
「そうかな? まあ、ちょっと色々あって」
「へー。諏訪さんに何か言われた?」
「うるせー」
いつものミョウジなら、「うるせー! 当たりだよ、バカ! もうレポート手伝ってやんねぇ!」とか、言いそうなものだが。
「なんか、モテそうな予感!」
「はぁ?」
「ギャップですよ、ギャップ。いやー楽しみだなー」
太刀川は、謎の台詞を残して、ランク戦へと向かった。
夜。珍しく、酒を飲めないミョウジが、21歳組飲み会に参加する。しれっと諏訪の隣を確保した。
ひとりだけ素面のまま、飲み会は進行する。
「木崎くんさぁ、ゆりさんにもっとさぁ、こう、ね?」
「そうだ、そうだ」
「そうだー」
「やれー」
ミョウジを始め、何ひとつ言ってることは分からないが、言いたいことが解ってしまう木崎レイジ。
とはいえ、このメンツは、皆、林藤ゆりに頭が上がらないのだが。
「他人の恋路より、自分のことを心配した方がいいぞ、ミョウジ」
「オレ?!」
「おまえ、最近、C級隊員にモテてるぞ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない」
諏訪が、グラスを持つ手をぴくりとさせ、耳を傾けていることに、ミョウジは気付かない。
「お喋りマシンガン先輩と呼ばれていたのに?」
「お喋りマシンガン先輩!?」
寺島雷蔵が入れた横槍に驚くミョウジ。寝耳に水である。後輩に、そんな渾名を付けられていたとは。
「というか、その話、諏訪も関係あるよね?」
「そうだな」
ふたりは、ミョウジと諏訪を見やった。ミョウジは、驚いて間抜け面をしており、諏訪は、だいぶ酔って顔を赤くしながら、横目でミョウジを見ている。
「な、なんで?」
ミョウジが小さく声を出した。
「なんでも何も、おまえたち、付き合ってるだろう?」
「そうだ、そうだ」
風間蒼也は、完全に酔っ払っているので、さっきから、「そうだ、そうだ」しか言わない。
「今更なんだってんだよ。ナマエは、俺のだ」
諏訪は、ビールを煽りながら、ミョウジの肩を抱いた。
「前からミョウジの魅力分かってましたアピール」
「寺島くん、やめてくれない?!」
ミョウジは、一滴も酒を入れてないのに、顔を真っ赤に染めている。
ぎゃーぎゃー言い合っているうちに、夜は更け、解散することになった。
「諏訪~? 大丈夫か?」
「大丈夫……好きだ……」
「酔ってますね…………」
肩を貸して、ふたりで夜道を歩く。
今夜は、とても月が綺麗だ。
「……洸太郎、好きだよ」
「知ってる」
「なんでも知ってんな、おまえ」
「なんでも知りたい、おまえのこと……」
「いつでも話すよ」
「……約束しろ」
「うん」
月夜のキスは、誓いを込めて交わされた。
◆◆◆
トリオン体の、切断した箇所から血が吹き出るところが見えた。
それなのに、平気な顔をしているボーダーの仲間たちが、気持ち悪い。
そんな、悪夢を見ていた。いくつもいくつも、悪夢を見ていた。
「…………あー」
込み上げて来る吐き気を自覚しながら、どこか他人事のように感じる。ミョウジは、のそのそとベッドから起き上がり、トイレに向かう。
そして、便器に嘔吐した。
「ぅえっ…………げほ…………」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
所詮、オレは兵士もどきだよ。戦時下で、役に立ちたくても、お荷物になるだけだよ。
ミョウジは、自身を呪った。
嫌だ。もう、これ以上、居場所を失うのは。
だから、ミョウジナマエは、ボーダーにしがみついている。
お願いだから、諏訪洸太郎の隣にいさせてほしい。それが、どんなに歪な形だとしても。
この、自分が持っているドロドロした感情を全て、“あの女”に押し付けたかった。
そうすべきだった。
この訳の分からない「好き」を全部、“あの女”に持たせて、その後に殺せば、自分は平和に生きられたかもしれないのに。
後悔したところで、意味はない。“あの女”は、もう消えたのだから。
◆◆◆
「生産性がないわよね、同性愛なんて」
思い出すのは、彼女の言葉。それが、胸に突き刺さる。
◆◆◆
「口閉じらんねーの?」
「ナメんな。黙ってんのは大得意だよ」
「そうじゃねーだろ」
大学の喫煙室で、ミョウジと諏訪は、並んでいる。ふたりで、煙草を燻らせながら、話していたところ、諏訪は違和感を覚えた。
「なんとなく、おまえが、いつもより喋り過ぎてる気がすんだよな」
「えー? いつも通りじゃん? オレっていつも、めちゃくちゃ喋るじゃん?」
「何かあったのか?」
「えー」
悪夢を見て、吐いたこと? ボーダーに居場所がないのを誤魔化してること? おまえの隣にいるのが苦しいこと?
「どうして、気付いちゃうかなぁ。諏訪はさ、いつもそうだよな。オレのこと大好きか?」
「うるせーな。いいから、早く全部話せ。どうせ、またひとりで悩んで、病むんだからよ」
「…………おまえの隣にいるのが、正しくない気がして」
正直なところ、諏訪は、「またか」と思った。いつだってミョウジは、自分が諏訪に相応しくないなどと考えている。いい加減、その根本から解決しなくてはならない。
「俺は、おまえを、ミョウジナマエを選んだんだよ。それじゃ、ダメなのかよ?」
「いや、嬉しいよ。嬉しいけど、辛いんだよ。オレって何も持ってないから」
空っぽなんだ。空虚なんだ。虚ろなんだ。哲学を詰めて、誤魔化してるだけ。
自分の恋は“祟り”なんだ。厄災なんだ。一欠片も愛せてないんだ。うわべを取り繕ってるだけ。
「オレは、諏訪に救われてるけど、オレって何も返せないから…………」
「はァ~」
諏訪は、わざとらしく溜め息を吐いた。
「愛してるから、心配すんな」
くしゃ、とミョウジの頭を撫でる。
「……ありがとう」
それが、今のミョウジの精一杯の言葉だった。
◆◆◆
「女学校でね、そういうのあったのよ。一時の気の迷いっていうの? 女の子同士で付き合ってるの、結構あったの。でも、卒業したら、おしまいなんだけどね」
両親も、祖父母も、先祖代々、みんな多数派なワケで。みんな、男女で連れ添ってきたワケで。
◆◆◆
『喉が痛い』
諏訪に、ミョウジから、メッセージが届く。
熱はないが、喉が痛くて喋ることが出来ないらしい。
作戦室で麻雀をした帰りに、ミョウジの家に見舞いに来た諏訪は、しん、とした空気に耐えかねて、口を開く。
「おまえが静かだと、妙な感じだな」
『おれもそうおもう』
携帯電話の文章読み上げ機能を使い、ミョウジは答えた。
「別に喉を痛めてなくても、なにも喋らなくていいんだぜ? おまえ、昔は、そうだっただろ?」
『人間って、分かりやすい人間が好きじゃん。だから、喋らないと恐がられる』
ミョウジなりの処世術なのである。
『家の中では、オレは全然喋らなくて良かったのに』
お喋りな両親の会話を聞いているのが、好きだった。“外”のことなんて、どうでもよかった。5人家族が住む、この家だけが、ミョウジナマエの世界の全て。それは、“あの日”に崩れ去ったのだけれど。
ミョウジ家の者は、みんな、年中アイスクリームと餅を食べる。だから、常に、それらが常備されていた。今はもう、ひとりだから、買ったり買わなかったりだが。
両親の生死について考えると、暗い気持ちになる。
『オレって、答えを出すの苦手だから、本当は』
文章を打っていた指先が、止まる。諏訪を見ると、目が合った。ミョウジの言葉を待っている。
『なんにも、喋りたくないんだ』
「知ってた」
『えー』
「無理に話すな」
『がんばります』
頑張るなよ、と思ったが、黙る諏訪。
「頑張り過ぎるなよ、ナマエ」
『はい』
えっ? と思った。幻聴かと思った。
『え』
「ナマエ」
諏訪が、自分の名前を呼んでいる。
『あの、喉治ったら、オレも名前で呼んでいい?』
「ああ」
律儀に質問してくるミョウジナマエを、諏訪は愛しく想った。
◆◆◆
ねぇ、叔母さん。オレは、叔母さんの考え、間違ってると思うよ。
当時小学生だった自分が、言い返せなかった言葉。
言い返せなかったせいで、叔母の言葉が呪いになっている。
だから、おまえの隣に平然と立てる“あの女”が羨ましかったよ。
◆◆◆
「ミョウジさん、喉治ったんだ?」
「ああ、治った」
「みんな、あのミョウジさんが、全く喋らない! 別人みたい! って騒いでましたよ」
太刀川が言う。結局、四日ほど黙り、喉は快復した。
「そうか。まあ、そうなるよな」
あれ? と、太刀川は思う。
「ミョウジさん、なんかクールですね?」
「そうかな? まあ、ちょっと色々あって」
「へー。諏訪さんに何か言われた?」
「うるせー」
いつものミョウジなら、「うるせー! 当たりだよ、バカ! もうレポート手伝ってやんねぇ!」とか、言いそうなものだが。
「なんか、モテそうな予感!」
「はぁ?」
「ギャップですよ、ギャップ。いやー楽しみだなー」
太刀川は、謎の台詞を残して、ランク戦へと向かった。
夜。珍しく、酒を飲めないミョウジが、21歳組飲み会に参加する。しれっと諏訪の隣を確保した。
ひとりだけ素面のまま、飲み会は進行する。
「木崎くんさぁ、ゆりさんにもっとさぁ、こう、ね?」
「そうだ、そうだ」
「そうだー」
「やれー」
ミョウジを始め、何ひとつ言ってることは分からないが、言いたいことが解ってしまう木崎レイジ。
とはいえ、このメンツは、皆、林藤ゆりに頭が上がらないのだが。
「他人の恋路より、自分のことを心配した方がいいぞ、ミョウジ」
「オレ?!」
「おまえ、最近、C級隊員にモテてるぞ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない」
諏訪が、グラスを持つ手をぴくりとさせ、耳を傾けていることに、ミョウジは気付かない。
「お喋りマシンガン先輩と呼ばれていたのに?」
「お喋りマシンガン先輩!?」
寺島雷蔵が入れた横槍に驚くミョウジ。寝耳に水である。後輩に、そんな渾名を付けられていたとは。
「というか、その話、諏訪も関係あるよね?」
「そうだな」
ふたりは、ミョウジと諏訪を見やった。ミョウジは、驚いて間抜け面をしており、諏訪は、だいぶ酔って顔を赤くしながら、横目でミョウジを見ている。
「な、なんで?」
ミョウジが小さく声を出した。
「なんでも何も、おまえたち、付き合ってるだろう?」
「そうだ、そうだ」
風間蒼也は、完全に酔っ払っているので、さっきから、「そうだ、そうだ」しか言わない。
「今更なんだってんだよ。ナマエは、俺のだ」
諏訪は、ビールを煽りながら、ミョウジの肩を抱いた。
「前からミョウジの魅力分かってましたアピール」
「寺島くん、やめてくれない?!」
ミョウジは、一滴も酒を入れてないのに、顔を真っ赤に染めている。
ぎゃーぎゃー言い合っているうちに、夜は更け、解散することになった。
「諏訪~? 大丈夫か?」
「大丈夫……好きだ……」
「酔ってますね…………」
肩を貸して、ふたりで夜道を歩く。
今夜は、とても月が綺麗だ。
「……洸太郎、好きだよ」
「知ってる」
「なんでも知ってんな、おまえ」
「なんでも知りたい、おまえのこと……」
「いつでも話すよ」
「……約束しろ」
「うん」
月夜のキスは、誓いを込めて交わされた。