煙シリーズ
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デフォルトで他人のことが嫌いだ。家族以外は皆嫌いだ。
おまえだって例外ではない。
いつだったかクラスが同じだった頃、話したこともないのに嫌いだった。
でも外へ出るようにしてからは、少しずつ他人に慣れた。良くも悪くも気にしないようにした。そうするしかなかった。
おまえだって例外ではない。
好ましい他人が出来た。それは段々増えていった。
そこに、おまえもいた。
そのおまえに抱く感情が、いつの間にか重くなっていく。
おまえだけが例外になった。
◆◆◆
「なんでこんなことしたんだっけ?」と、疑問が頭をよぎる。
自分は何故、この自分、ミョウジナマエなのだろう。
どうして、この自分として意識を持ち、この世界に存在しているのだろう。頬をつねると痛む、この体は本当にミョウジナマエのものか? この心は本当にミョウジナマエのものか?
ミョウジナマエとは、その体と心が揃って初めてミョウジナマエなのだろうか?
それに。
「諏訪」
「……なんだ?」
「おまえは、諏訪洸太郎だよな?」
「じゃなかったら、誰なんだよ……?」
「誰だろう」
自分をミョウジナマエだと認識せざるを得ない男は、頭を抱える。
「ああ~、感情と理性のバランス崩れる~。平静不動の心が欲しかった~。それが至上の幸福で快楽……」
恋しくて仕方がない人間と情を交わした後の反応として、これは相応しくないだろうと頭の片隅に浮かぶ。
現在、素っ裸でセミダブルベッドに並ぶ、ふたりの男たちの間には、事後の甘い雰囲気はない。
突然、発作でも起きたかのように哲学しだしたミョウジを、呆れたように諏訪が眺めている。
「恐ろしいことに、オレは諏訪と性行為に及んだ……それが事実……」
ミョウジは、意識を深淵から浮上させた。
話は、2時間ほど前に遡る。最初は、ミョウジの自室にて、ふたりで他愛のない話をしていた。
「女子高生のコスプレしたら、冬島さん負けてくれねぇかな?」
「試してみろよ」
「止めてくれよ。オレを」
「バーカ」
ミョウジが麻雀をするようになったのは諏訪の影響である。
元々は、麻雀に全く縁がなかった。
「麻雀ってアレだよな。揃えるんだよな、東西南北を」
「トウザイナンボクじゃねーし、揃えても役にならねーよ。国士無双でも目指してんのか?」
「なに言ってんのか、マジさっぱり分からねぇぜ!」
もちろん、東西南北は冗談で言ったことだが、本当にルールも何も知らなかった。
そんなミョウジも、今は特別麻雀が強くも弱くもない。
くだらない冗談を言うミョウジ、それを聞く諏訪。いつもの情景。日常。
それを破壊したのは、諏訪の方だった。
「好きだ」
「えっと、なにが?」
「おまえが」
突然の台詞。粉々になるミョウジの日常。
驚愕に目が見開かれる。
「嘘」
「本当」
「嘘でも嬉しい」
「本当だっつってんだろ……」
そんなやり取りの最中、自ら壁に頭を打ち付けるミョウジ。
「痛っ!?」
「アホなのか?」
「どうしよう……オレは、どうしたら……」
これが夢や妄想の類いではないことに戸惑う。じんじんと痛む額が、現実だと告げている。
「オレは、嫉妬深くて疑り深くて自分勝手で臆病で直情的で、でも全く素直じゃない人間だけど。いいの?」
「知ってる。でも、おまえが好きだ」
「そんなことってあるか……?」
諏訪の台詞が耳を通って脳に刺さった男は、驚愕の表情を浮かべ、頭の中が真っ白になる。
そして、その数秒後、静かに両目から涙を流し始めた。表情は、驚きで目を見開いたまま。
それを見た諏訪は、片手でミョウジの涙を拭った。
ミョウジの許容量を超えた接触。何も反応が出来ない。
いつもの、口が回る自分はどこへやら。何も言葉が出て来ない。
脳内哲学者たちもお手上げなのか、黙って首を振っている。
もう、どうしようもなかった。
ミョウジナマエという人間は、決壊しかけている。
しかし、この現実を受け止める器を急速に作り上げる必要があることに、僅かな冷静さは気付いていた。
そのためには、やはり哲学的問答が要る。
しばらくして、やっとのことで涙を止め、口を開くミョウジ。
「でもオレ、おまえに渡せるものがない。何も持ってないから」
ネガティブな言葉が出てきてしまった。
「そうか?」
諏訪は、ずっと落ち着いた様子でミョウジを見つめている。その目は、愛しい者を見る目だが、残念ながら今のミョウジには理解出来ない。
「そうだろ。なにがあるってんだよ?」
「おまえが俺じゃないところ」
「哲学的……!」
諏訪は、ふたりの視点の差異を愛した。全く違う人間性を愛した。
諏訪洸太郎は、今ではミョウジナマエを愛している。
いつの間にか、友愛だけでなく、別の感情をもミョウジに抱いていた。友愛にプラスして諏訪が抱いた感情は、「恋しさ」を通り過ぎて、「愛しさ」になっていた。
愛がある諏訪と、好意はあるが愛はないミョウジ。
ふたりの間には深い溝があるとミョウジは感じた。
「諏訪がオレを好きになんて、なるワケが……そんな都合のいいことが起こるワケが…………」
この期に及んで、そんなことを宣う。
「おまえは信じないだろうから。だから、今日は抱かれに来た」
「えっ…………?」
ふたりで座っていたベッドに押し倒されるミョウジ。
「え、ちょっと……? 今なんて……?」
「したくねーのか? セックス」
「……セックスし、したくねぇ~。そりゃあ最中は、ぶっトベるだろうけど」
麻薬か何かの話みたいに言う。
「飛べば飛ぶほど、落下の衝撃がな……?」
「落下すんのは確定なのか」
「だぁって射精すんじゃん? つまり、そういうことだよ」
ここまで来たら、むしろ絶対に冷静になりたくないと主張。あんなにも冷静でいることに、こだわっていたというのに。
ミョウジは自分から逃げようとしている。諏訪は、そのことに気が付いた。
「そもそもオレに愛される資格なんて————」
「うるせー黙れ」
諏訪がミョウジの襟首を掴み、無理矢理キスをする。
永劫かと思われた片想いが、終わった。
じわじわと、理性とは全く別のものがミョウジを支配していく。
最中、ミョウジは獣のようだった。狩りの獲物を捕食する肉食動物さながら。捕食との違いは、あちこち噛まれたものの、肉を食い千切られていないという一点。それでも、生殺与奪の権を握られているかのような気分になった。有り体に言えば、抱き潰されるかと思った。
「はぁ……イッテェな……ケダモノかおまえ……!」
噛まれた箇所は無数にあり、じんじんと痛む。
「首のやつ、血ぃ出てねーか?」
「ギリギリ出てないよ」
発作的な哲学をやめたミョウジに首筋から鎖骨辺りまでを指でなぞられ、諏訪は痛みとくすぐったさで身を捩る。
「歯形めちゃくちゃ付いてる。ごめん。いやぁ、恋愛って古来から人間を狂暴にしますよねぇ」
「俺は、てめーの話をしてんだよ。人間が誰も彼も狂暴になって堪るか、ケダモノ」
「ケダモノはゴムなんてしませーん」
「ゴム着けたくらいでまともぶりやがって」
「おまえだって、獣じみた声上げてただろ」
「うるせー!」
「元気だな~。もっかいヤる?」
「ゼッテーやんねぇ。今度こそ潰される」
段々と、いつものふたりの調子を取り戻し始めた。
「あーっ! しまった!」
「うっせ」
「ヤってる時、諏訪の顔見てねぇ~!」
「そりゃあな。俺もおまえの顔見てねぇ」
「クソ、体位選択ミスった。つーか、オレは何故あんな動物的な格好を選んだ……?」
「知るかよ」
本当に何故、後背位を選んでしまったのか。ミョウジには、ワケが分からない。
「まあいいや、一服しようぜ」
「俺のも取ってくれ」
ミョウジはベッドから降りて、足でパンツを取り上げてから、手に持ち変えて穿く。
諏訪の下着も掴み、ベッドの方へと放る。
「おまえの見当たんねぇんだけど。オレのでいい?」
諏訪が脱いだ服を漁るが、煙草もライターも見付けられない。
「別にいいぜ」
「ん。分かった」
ミョウジはいつもの煙草を2本くわえて火を着け、灰皿を持ってベッドへ戻った。
「ほらよ」
「ん。サンキューな」
煙草を1本、指で挟み、ミョウジにくわえさせられる。
煙草から、ほのかにバニラの香りがした。いつものミョウジの匂いに、諏訪は頭がくらくらする。そして、ミョウジに組み敷かれていた時のことを思い出す。
行為中のミョウジは、荒く呼吸をするだけで、終始無言であった。どうやら、彼の言葉は自身の獣性を内へ押し込めるためのものでもあるらしい。
普段の軽薄な癖に妙に慎重ぶっている彼は消え失せて、欲望に忠実で衝動的になった彼。どちらもミョウジナマエには違いないだろうが、やはり、あまり馴染みのない方の彼には驚きと興奮を覚えた。
しかし、そのよく知らないミョウジも、ほのかにバニラの香りをさせていたものだから、いつもの煙草の匂いに当てられたのだった。
おまえだって例外ではない。
いつだったかクラスが同じだった頃、話したこともないのに嫌いだった。
でも外へ出るようにしてからは、少しずつ他人に慣れた。良くも悪くも気にしないようにした。そうするしかなかった。
おまえだって例外ではない。
好ましい他人が出来た。それは段々増えていった。
そこに、おまえもいた。
そのおまえに抱く感情が、いつの間にか重くなっていく。
おまえだけが例外になった。
◆◆◆
「なんでこんなことしたんだっけ?」と、疑問が頭をよぎる。
自分は何故、この自分、ミョウジナマエなのだろう。
どうして、この自分として意識を持ち、この世界に存在しているのだろう。頬をつねると痛む、この体は本当にミョウジナマエのものか? この心は本当にミョウジナマエのものか?
ミョウジナマエとは、その体と心が揃って初めてミョウジナマエなのだろうか?
それに。
「諏訪」
「……なんだ?」
「おまえは、諏訪洸太郎だよな?」
「じゃなかったら、誰なんだよ……?」
「誰だろう」
自分をミョウジナマエだと認識せざるを得ない男は、頭を抱える。
「ああ~、感情と理性のバランス崩れる~。平静不動の心が欲しかった~。それが至上の幸福で快楽……」
恋しくて仕方がない人間と情を交わした後の反応として、これは相応しくないだろうと頭の片隅に浮かぶ。
現在、素っ裸でセミダブルベッドに並ぶ、ふたりの男たちの間には、事後の甘い雰囲気はない。
突然、発作でも起きたかのように哲学しだしたミョウジを、呆れたように諏訪が眺めている。
「恐ろしいことに、オレは諏訪と性行為に及んだ……それが事実……」
ミョウジは、意識を深淵から浮上させた。
話は、2時間ほど前に遡る。最初は、ミョウジの自室にて、ふたりで他愛のない話をしていた。
「女子高生のコスプレしたら、冬島さん負けてくれねぇかな?」
「試してみろよ」
「止めてくれよ。オレを」
「バーカ」
ミョウジが麻雀をするようになったのは諏訪の影響である。
元々は、麻雀に全く縁がなかった。
「麻雀ってアレだよな。揃えるんだよな、東西南北を」
「トウザイナンボクじゃねーし、揃えても役にならねーよ。国士無双でも目指してんのか?」
「なに言ってんのか、マジさっぱり分からねぇぜ!」
もちろん、東西南北は冗談で言ったことだが、本当にルールも何も知らなかった。
そんなミョウジも、今は特別麻雀が強くも弱くもない。
くだらない冗談を言うミョウジ、それを聞く諏訪。いつもの情景。日常。
それを破壊したのは、諏訪の方だった。
「好きだ」
「えっと、なにが?」
「おまえが」
突然の台詞。粉々になるミョウジの日常。
驚愕に目が見開かれる。
「嘘」
「本当」
「嘘でも嬉しい」
「本当だっつってんだろ……」
そんなやり取りの最中、自ら壁に頭を打ち付けるミョウジ。
「痛っ!?」
「アホなのか?」
「どうしよう……オレは、どうしたら……」
これが夢や妄想の類いではないことに戸惑う。じんじんと痛む額が、現実だと告げている。
「オレは、嫉妬深くて疑り深くて自分勝手で臆病で直情的で、でも全く素直じゃない人間だけど。いいの?」
「知ってる。でも、おまえが好きだ」
「そんなことってあるか……?」
諏訪の台詞が耳を通って脳に刺さった男は、驚愕の表情を浮かべ、頭の中が真っ白になる。
そして、その数秒後、静かに両目から涙を流し始めた。表情は、驚きで目を見開いたまま。
それを見た諏訪は、片手でミョウジの涙を拭った。
ミョウジの許容量を超えた接触。何も反応が出来ない。
いつもの、口が回る自分はどこへやら。何も言葉が出て来ない。
脳内哲学者たちもお手上げなのか、黙って首を振っている。
もう、どうしようもなかった。
ミョウジナマエという人間は、決壊しかけている。
しかし、この現実を受け止める器を急速に作り上げる必要があることに、僅かな冷静さは気付いていた。
そのためには、やはり哲学的問答が要る。
しばらくして、やっとのことで涙を止め、口を開くミョウジ。
「でもオレ、おまえに渡せるものがない。何も持ってないから」
ネガティブな言葉が出てきてしまった。
「そうか?」
諏訪は、ずっと落ち着いた様子でミョウジを見つめている。その目は、愛しい者を見る目だが、残念ながら今のミョウジには理解出来ない。
「そうだろ。なにがあるってんだよ?」
「おまえが俺じゃないところ」
「哲学的……!」
諏訪は、ふたりの視点の差異を愛した。全く違う人間性を愛した。
諏訪洸太郎は、今ではミョウジナマエを愛している。
いつの間にか、友愛だけでなく、別の感情をもミョウジに抱いていた。友愛にプラスして諏訪が抱いた感情は、「恋しさ」を通り過ぎて、「愛しさ」になっていた。
愛がある諏訪と、好意はあるが愛はないミョウジ。
ふたりの間には深い溝があるとミョウジは感じた。
「諏訪がオレを好きになんて、なるワケが……そんな都合のいいことが起こるワケが…………」
この期に及んで、そんなことを宣う。
「おまえは信じないだろうから。だから、今日は抱かれに来た」
「えっ…………?」
ふたりで座っていたベッドに押し倒されるミョウジ。
「え、ちょっと……? 今なんて……?」
「したくねーのか? セックス」
「……セックスし、したくねぇ~。そりゃあ最中は、ぶっトベるだろうけど」
麻薬か何かの話みたいに言う。
「飛べば飛ぶほど、落下の衝撃がな……?」
「落下すんのは確定なのか」
「だぁって射精すんじゃん? つまり、そういうことだよ」
ここまで来たら、むしろ絶対に冷静になりたくないと主張。あんなにも冷静でいることに、こだわっていたというのに。
ミョウジは自分から逃げようとしている。諏訪は、そのことに気が付いた。
「そもそもオレに愛される資格なんて————」
「うるせー黙れ」
諏訪がミョウジの襟首を掴み、無理矢理キスをする。
永劫かと思われた片想いが、終わった。
じわじわと、理性とは全く別のものがミョウジを支配していく。
最中、ミョウジは獣のようだった。狩りの獲物を捕食する肉食動物さながら。捕食との違いは、あちこち噛まれたものの、肉を食い千切られていないという一点。それでも、生殺与奪の権を握られているかのような気分になった。有り体に言えば、抱き潰されるかと思った。
「はぁ……イッテェな……ケダモノかおまえ……!」
噛まれた箇所は無数にあり、じんじんと痛む。
「首のやつ、血ぃ出てねーか?」
「ギリギリ出てないよ」
発作的な哲学をやめたミョウジに首筋から鎖骨辺りまでを指でなぞられ、諏訪は痛みとくすぐったさで身を捩る。
「歯形めちゃくちゃ付いてる。ごめん。いやぁ、恋愛って古来から人間を狂暴にしますよねぇ」
「俺は、てめーの話をしてんだよ。人間が誰も彼も狂暴になって堪るか、ケダモノ」
「ケダモノはゴムなんてしませーん」
「ゴム着けたくらいでまともぶりやがって」
「おまえだって、獣じみた声上げてただろ」
「うるせー!」
「元気だな~。もっかいヤる?」
「ゼッテーやんねぇ。今度こそ潰される」
段々と、いつものふたりの調子を取り戻し始めた。
「あーっ! しまった!」
「うっせ」
「ヤってる時、諏訪の顔見てねぇ~!」
「そりゃあな。俺もおまえの顔見てねぇ」
「クソ、体位選択ミスった。つーか、オレは何故あんな動物的な格好を選んだ……?」
「知るかよ」
本当に何故、後背位を選んでしまったのか。ミョウジには、ワケが分からない。
「まあいいや、一服しようぜ」
「俺のも取ってくれ」
ミョウジはベッドから降りて、足でパンツを取り上げてから、手に持ち変えて穿く。
諏訪の下着も掴み、ベッドの方へと放る。
「おまえの見当たんねぇんだけど。オレのでいい?」
諏訪が脱いだ服を漁るが、煙草もライターも見付けられない。
「別にいいぜ」
「ん。分かった」
ミョウジはいつもの煙草を2本くわえて火を着け、灰皿を持ってベッドへ戻った。
「ほらよ」
「ん。サンキューな」
煙草を1本、指で挟み、ミョウジにくわえさせられる。
煙草から、ほのかにバニラの香りがした。いつものミョウジの匂いに、諏訪は頭がくらくらする。そして、ミョウジに組み敷かれていた時のことを思い出す。
行為中のミョウジは、荒く呼吸をするだけで、終始無言であった。どうやら、彼の言葉は自身の獣性を内へ押し込めるためのものでもあるらしい。
普段の軽薄な癖に妙に慎重ぶっている彼は消え失せて、欲望に忠実で衝動的になった彼。どちらもミョウジナマエには違いないだろうが、やはり、あまり馴染みのない方の彼には驚きと興奮を覚えた。
しかし、そのよく知らないミョウジも、ほのかにバニラの香りをさせていたものだから、いつもの煙草の匂いに当てられたのだった。