煙シリーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「オレは部隊オペレーターになる気満々だったんだが、通信室に人手が欲しいらしくてな。そこで働くよ」
戦闘員を諦め、オペレーターに転向した友人の近況報告。それを聞いた時は、「そうか」と思っただけだった。
友人、ミョウジナマエは通信室で近界民に殺された。
ミョウジが引っ越していたら、オペレーターにならなかったら、通信室にさえいなければ……考えても仕方ないことが脳裏を埋め尽くす。
ついぞ、彼の本当の気持ちを知ることはなかったように思う。
「ミョウジ」
墓石に向かって、名前を呼んだ。
彼の墓は、遺族の希望で三門市の霊園にある。霊園は静寂に包まれており、静けさとは無縁そうな友の喪失を強く感じてしまう。
「ナマエ……おまえがいないと寂しい…………」
諏訪は煙草に火を着け、墓に供えた。銘柄は、生前に彼が愛煙していたもの。そして、この先自分が意味なく持ち歩くであろうもの。
「どうして、おまえは…………」
もっと頼ってほしかった。
落ち込む彼の助けになりたかった。ずっと、支えていたかった。
それなのに、ミョウジ自身が許さなかったことが、それを半ば受け入れてしまっていたことが、後悔として諏訪の胸に巣食っている。
涙が一筋流れると、「雨は嫌いなんだ」と、頭の中でミョウジナマエが困り顔をした。過去、どこかで聞いた台詞である。
急いで涙を袖で拭い、もう二度と雨など見せないと誓う。
だから、どうか安らかな眠りを彼に。
なんて、妄想がするすると頭の中で展開された。
どこかの彼のように未来のことなんて分からないから、通信室で死ななかったのは偶然である。
まるで、自分が運命のイタズラの連続で生き長らえているような気持ちになった。
「なんでまだ生きてるのかなぁ」
寒空の下で、誰にも聞こえないように呟く。
また暗い考えに取り憑かれそうになっているな、とミョウジは自覚する。薬は、朝晩ちゃんと飲んでいるから、大丈夫。心の中で、自分に言い聞かせる。
早く帰ろうと、足を速めた。
「あ、ミョウジさん、お久し振り」
「うわっ迅くん」
道の角を曲がると、例の、どこかの彼が現れてビックリした。
「相変わらずですね」
ミョウジナマエは、迅悠一のことが苦手である。そして、そのことを迅は察している。
アイツ、なんで野放しなんだ? 信じらんねぇよ。というのが、ミョウジが迅に対して思っていることだ。
「なんか用か?」
「ぼんち揚食います?」
「いらない」
答える気はないらしい。
迅は何故、このタイミングで会いに来たのだろう?
ミョウジは、何か理由があるのではないかと勘繰る。
しかし、これは考えても仕方ないことだ。迅悠一の視点を手に入れない限り、分かることではないだろう。
「ここで止まってないと、オレが事故死でもするワケ?」
「いやぁ、おれ、ミョウジさんが心配なんだよ。最近、ちゃんと眠れてます?」
「スゲー朝早くに覚醒するな」
「医者、ちゃんと行ってます?」
「おまえはオレのなんだよ? 心配いらねぇよ」
迅の要領を得ない会話に付き合っている暇はない。
イラついたミョウジは、つい言ってしまった。
「なあ、オレって本当は通信室で死んでたんじゃねぇの?」
自分は生きているのではなく、生かされているということ。その可能性を考えないでもない。
「……本当って?」
「あー、この話やめよう。オレが悪かった」
迅悠一の視点など欠片も知りたくない。
◆◆◆
任務が終わってから諏訪は、ミョウジの家でくつろいでいた。
ミョウジは居間のソファーに座ったまま寝入っている。
風邪を引いてはいけないからと起こそうとした時に、なんと、ミョウジは寝言を言った。
「きらい……」
眠っているミョウジが、眉をひそめ、ぽつりと呟いた言葉。
何故だか胸がざわつく。
「おい、ミョウジ。起きやがれ」
「うう、ん……あー諏訪おはよー」
ミョウジは伸びをして、あくびをする。
「さっき、なんの夢見てた?」
その問いの答えは。
「おまえ」
◆◆◆
「ミョウジさんって諏訪さんのことが好きなんですか?」
本部で偶然出会った太刀川が言い放った。
「なんだよ、急に」
「急なのはミョウジさんの方でしょ。最近、ミョウジさんが諏訪さんのことスゴイ褒めてるから。そうなのかなって」
「ああ、恐ろしいことに、アイツのことが世界で一番好きなんだよな……」
別段隠しているワケでもないので、ミョウジは答えた。
「へぇ、愛してますね」
「愛…………?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするミョウジを見て、太刀川は動揺する。
「えっ? 違うんですか?」
「はぁ~。考えなしの発言やめろよな。愛について哲学してからにしろっての」
「ええー?」
太刀川はメンドクサイ話になるぞ、と勘付いて退散した。
残されたミョウジは、哲学する。
諏訪を嫌いになりたくない。けれど、自分の思う彼から、彼が外れた時に諏訪を嫌いになるであろうことが怖い。
自分の好意など、いくら積み上げても意味がない。好きだけれど、一欠片も愛してないのだから。ミョウジナマエの定義では、そうなる。
ミョウジの中で、「この世で一番好き」というのは「この世で一番祟っている」と同義だ。
愛は祟らない。
「愛じゃ、気が済まないよ…………」
やはり、この暴力的とも言える気持ちは、愛ではない。
◆◆◆
久し振りにミョウジ宅を訪れる諏訪。訪問の理由は、ミョウジの無断欠勤が続いたから様子を見てこいという命令が下ったからだ。
玄関のドアは開いていた。ギィと男を立て、開くと、目の前に大きな布団の塊が鎮座している。玄関先の廊下にあるそれは。かすかに蠢いている。この塊は、生きている。
「ミョウジ」
塊の名を呼ぶ。
「……諏訪か」
くぐもった声で反応があった。とりあえず、彼が生きていることに安心する。
きっとここだけでなく、部屋の中は荒れ放題なのだろう。
「ミョウジナマエ。薬持ってきたから飲め」
「いつから飲んでないんだっけ……?」
「いいから、今飲め」
布団をほぐし、中身を取り出すと、諏訪は居間の方へとミョウジを運んだ。
ミョウジを椅子に座らせ、水を入れたペットボトルと数種類の薬を渡す。
近くで見たミョウジの顔色は悪く、目の下には酷い隈がある。
恐る恐る諏訪を窺うミョウジをひと睨みすると、おとなしく薬を飲んだ。
まずは、胃薬。それから抗うつ剤と、気分を落ち着かせる薬。
やっぱり、居間も台所も荒れ放題で、家の主の心象をかたどっているかのようだ。
「こんなになるまで、ひとりでいるなよ……」
「……ごめん。なんか、疲れちゃって」
ここで自殺したオレを諏訪が見付ける未来もあったのかなぁと、ぼんやりした頭で考えた。
「もう何も変わってほしくないんだ。周りとか、オレの気持ちとか。疲れるし」
太刀川に言われたことで、自分が諏訪に抱いているものは愛じゃないとまざまざと見せ付けられてしまったかのような心地がした。
「おまえのことを嫌いになるのが、怖くて…………」
諏訪から視線を外し、小さく震える声で、ミョウジは告白した。
「オレを嫌わないでほしいし、好きにならないでほしいし、オレの前から消えてほしいし、ずっと傍にいてほしいよ。もう、なにがなんだか分からねぇよ」
ミョウジは呪詛を吐くように語る。
「あの日から、このテの言葉を口にしないようにしてきたんだけどさぁ、今日は一度だけ言うわ」
一呼吸。あの日とは、両親が帰って来なかった日のことだ。
「オレだけ死ねば良かったのにな」
両親は、立派に働いていた。父は大学教授で、母は音楽教師。
祖父母は立派に働いた後に、定年退職。
この家では、自分だけがまともじゃない。ミョウジ自身はそう思っていた。
中学から引きこもりの自分は、家族の、親族中の汚点。
あの日に死んだのが自分だけだったのなら、家族は正常になれたのに。
これが、ミョウジナマエの悔恨である。
「ミョウジナマエ、俺はおまえのことが大切だ」
諏訪はかがんで、椅子に座るミョウジを抱き締めた。
「おまえが生きていたから、俺たちは出会えた。俺は、それが嬉しい」
そう、日常が崩れ去ってから、諏訪だけがミョウジの光なのである。
おまえだけが、オレを現実に繋ぎ止めている。
「ちょっと、オレに向かって嫌いって言ってみて」
「キライ」
「そんなんじゃ、オレのこと嫌ってる感じが全くしないよ! もっと本気出せよ!」
「別に嫌ってねーんだよッ!」
「ありがとう! 嬉しい!」
「あー! てめー! あー! そのツラ殴りてぇ!」
「いいぞ。逃げるけど」
ミョウジは諏訪の腕から抜け出し、汚い床をヒョイヒョイとゴミを避けて走る。
いつか、彼を愛せたら幸せだろうなと夢想しながら。
2020/09/23
戦闘員を諦め、オペレーターに転向した友人の近況報告。それを聞いた時は、「そうか」と思っただけだった。
友人、ミョウジナマエは通信室で近界民に殺された。
ミョウジが引っ越していたら、オペレーターにならなかったら、通信室にさえいなければ……考えても仕方ないことが脳裏を埋め尽くす。
ついぞ、彼の本当の気持ちを知ることはなかったように思う。
「ミョウジ」
墓石に向かって、名前を呼んだ。
彼の墓は、遺族の希望で三門市の霊園にある。霊園は静寂に包まれており、静けさとは無縁そうな友の喪失を強く感じてしまう。
「ナマエ……おまえがいないと寂しい…………」
諏訪は煙草に火を着け、墓に供えた。銘柄は、生前に彼が愛煙していたもの。そして、この先自分が意味なく持ち歩くであろうもの。
「どうして、おまえは…………」
もっと頼ってほしかった。
落ち込む彼の助けになりたかった。ずっと、支えていたかった。
それなのに、ミョウジ自身が許さなかったことが、それを半ば受け入れてしまっていたことが、後悔として諏訪の胸に巣食っている。
涙が一筋流れると、「雨は嫌いなんだ」と、頭の中でミョウジナマエが困り顔をした。過去、どこかで聞いた台詞である。
急いで涙を袖で拭い、もう二度と雨など見せないと誓う。
だから、どうか安らかな眠りを彼に。
なんて、妄想がするすると頭の中で展開された。
どこかの彼のように未来のことなんて分からないから、通信室で死ななかったのは偶然である。
まるで、自分が運命のイタズラの連続で生き長らえているような気持ちになった。
「なんでまだ生きてるのかなぁ」
寒空の下で、誰にも聞こえないように呟く。
また暗い考えに取り憑かれそうになっているな、とミョウジは自覚する。薬は、朝晩ちゃんと飲んでいるから、大丈夫。心の中で、自分に言い聞かせる。
早く帰ろうと、足を速めた。
「あ、ミョウジさん、お久し振り」
「うわっ迅くん」
道の角を曲がると、例の、どこかの彼が現れてビックリした。
「相変わらずですね」
ミョウジナマエは、迅悠一のことが苦手である。そして、そのことを迅は察している。
アイツ、なんで野放しなんだ? 信じらんねぇよ。というのが、ミョウジが迅に対して思っていることだ。
「なんか用か?」
「ぼんち揚食います?」
「いらない」
答える気はないらしい。
迅は何故、このタイミングで会いに来たのだろう?
ミョウジは、何か理由があるのではないかと勘繰る。
しかし、これは考えても仕方ないことだ。迅悠一の視点を手に入れない限り、分かることではないだろう。
「ここで止まってないと、オレが事故死でもするワケ?」
「いやぁ、おれ、ミョウジさんが心配なんだよ。最近、ちゃんと眠れてます?」
「スゲー朝早くに覚醒するな」
「医者、ちゃんと行ってます?」
「おまえはオレのなんだよ? 心配いらねぇよ」
迅の要領を得ない会話に付き合っている暇はない。
イラついたミョウジは、つい言ってしまった。
「なあ、オレって本当は通信室で死んでたんじゃねぇの?」
自分は生きているのではなく、生かされているということ。その可能性を考えないでもない。
「……本当って?」
「あー、この話やめよう。オレが悪かった」
迅悠一の視点など欠片も知りたくない。
◆◆◆
任務が終わってから諏訪は、ミョウジの家でくつろいでいた。
ミョウジは居間のソファーに座ったまま寝入っている。
風邪を引いてはいけないからと起こそうとした時に、なんと、ミョウジは寝言を言った。
「きらい……」
眠っているミョウジが、眉をひそめ、ぽつりと呟いた言葉。
何故だか胸がざわつく。
「おい、ミョウジ。起きやがれ」
「うう、ん……あー諏訪おはよー」
ミョウジは伸びをして、あくびをする。
「さっき、なんの夢見てた?」
その問いの答えは。
「おまえ」
◆◆◆
「ミョウジさんって諏訪さんのことが好きなんですか?」
本部で偶然出会った太刀川が言い放った。
「なんだよ、急に」
「急なのはミョウジさんの方でしょ。最近、ミョウジさんが諏訪さんのことスゴイ褒めてるから。そうなのかなって」
「ああ、恐ろしいことに、アイツのことが世界で一番好きなんだよな……」
別段隠しているワケでもないので、ミョウジは答えた。
「へぇ、愛してますね」
「愛…………?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするミョウジを見て、太刀川は動揺する。
「えっ? 違うんですか?」
「はぁ~。考えなしの発言やめろよな。愛について哲学してからにしろっての」
「ええー?」
太刀川はメンドクサイ話になるぞ、と勘付いて退散した。
残されたミョウジは、哲学する。
諏訪を嫌いになりたくない。けれど、自分の思う彼から、彼が外れた時に諏訪を嫌いになるであろうことが怖い。
自分の好意など、いくら積み上げても意味がない。好きだけれど、一欠片も愛してないのだから。ミョウジナマエの定義では、そうなる。
ミョウジの中で、「この世で一番好き」というのは「この世で一番祟っている」と同義だ。
愛は祟らない。
「愛じゃ、気が済まないよ…………」
やはり、この暴力的とも言える気持ちは、愛ではない。
◆◆◆
久し振りにミョウジ宅を訪れる諏訪。訪問の理由は、ミョウジの無断欠勤が続いたから様子を見てこいという命令が下ったからだ。
玄関のドアは開いていた。ギィと男を立て、開くと、目の前に大きな布団の塊が鎮座している。玄関先の廊下にあるそれは。かすかに蠢いている。この塊は、生きている。
「ミョウジ」
塊の名を呼ぶ。
「……諏訪か」
くぐもった声で反応があった。とりあえず、彼が生きていることに安心する。
きっとここだけでなく、部屋の中は荒れ放題なのだろう。
「ミョウジナマエ。薬持ってきたから飲め」
「いつから飲んでないんだっけ……?」
「いいから、今飲め」
布団をほぐし、中身を取り出すと、諏訪は居間の方へとミョウジを運んだ。
ミョウジを椅子に座らせ、水を入れたペットボトルと数種類の薬を渡す。
近くで見たミョウジの顔色は悪く、目の下には酷い隈がある。
恐る恐る諏訪を窺うミョウジをひと睨みすると、おとなしく薬を飲んだ。
まずは、胃薬。それから抗うつ剤と、気分を落ち着かせる薬。
やっぱり、居間も台所も荒れ放題で、家の主の心象をかたどっているかのようだ。
「こんなになるまで、ひとりでいるなよ……」
「……ごめん。なんか、疲れちゃって」
ここで自殺したオレを諏訪が見付ける未来もあったのかなぁと、ぼんやりした頭で考えた。
「もう何も変わってほしくないんだ。周りとか、オレの気持ちとか。疲れるし」
太刀川に言われたことで、自分が諏訪に抱いているものは愛じゃないとまざまざと見せ付けられてしまったかのような心地がした。
「おまえのことを嫌いになるのが、怖くて…………」
諏訪から視線を外し、小さく震える声で、ミョウジは告白した。
「オレを嫌わないでほしいし、好きにならないでほしいし、オレの前から消えてほしいし、ずっと傍にいてほしいよ。もう、なにがなんだか分からねぇよ」
ミョウジは呪詛を吐くように語る。
「あの日から、このテの言葉を口にしないようにしてきたんだけどさぁ、今日は一度だけ言うわ」
一呼吸。あの日とは、両親が帰って来なかった日のことだ。
「オレだけ死ねば良かったのにな」
両親は、立派に働いていた。父は大学教授で、母は音楽教師。
祖父母は立派に働いた後に、定年退職。
この家では、自分だけがまともじゃない。ミョウジ自身はそう思っていた。
中学から引きこもりの自分は、家族の、親族中の汚点。
あの日に死んだのが自分だけだったのなら、家族は正常になれたのに。
これが、ミョウジナマエの悔恨である。
「ミョウジナマエ、俺はおまえのことが大切だ」
諏訪はかがんで、椅子に座るミョウジを抱き締めた。
「おまえが生きていたから、俺たちは出会えた。俺は、それが嬉しい」
そう、日常が崩れ去ってから、諏訪だけがミョウジの光なのである。
おまえだけが、オレを現実に繋ぎ止めている。
「ちょっと、オレに向かって嫌いって言ってみて」
「キライ」
「そんなんじゃ、オレのこと嫌ってる感じが全くしないよ! もっと本気出せよ!」
「別に嫌ってねーんだよッ!」
「ありがとう! 嬉しい!」
「あー! てめー! あー! そのツラ殴りてぇ!」
「いいぞ。逃げるけど」
ミョウジは諏訪の腕から抜け出し、汚い床をヒョイヒョイとゴミを避けて走る。
いつか、彼を愛せたら幸せだろうなと夢想しながら。
2020/09/23