煙シリーズ
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炎に焼かれている男が言いました。
「今からオレを助けてみせろ」
言われた男は、「分かった」と答え、燃えている男に手を差しのべました。
バカな奴。おまえまで燃えてしまうのに。
男は、その手を取りました。
すると、彼は、煙を上げている男の手を引き、抱き締めます。
男は、とても驚きました。
「おまえのこと、愛してる」
煙男は、何も言い返せません。
助けられた、その先のことなんて、何も考えていませんでした。
ミョウジナマエは、永遠の片想いの終わりに直面し、思考の海に沈みました。
おしまい。
◆◆◆
覚えている。中学生の頃、ミョウジナマエが不登校児だったことを。
諏訪洸太郎と、クラスが同じだったが、出席しているのを見たのは、ほんの数回程度。いつも、無表情で、無口で、他人を寄せ付けない孤高の存在だった。
それもそのはず。ミョウジナマエは、家族以外に心を開くまいとしていたし、学校の誰をも信用していなかった。
休み時間には、ずっと、大学の哲学科教授の父から借りた本を読んでいる。誰も、彼に話しかけられなかった。
ミョウジは、諏訪にとっては意外なことに、同じ高校に進学する。偶然、クラスも同じだ。
中学の頃とは違い、ミョウジは、ちゃんと出席するようになっていた。しかし、相変わらず誰とも口を利かない。そして、よく保健室へ行く。
ミョウジナマエの転機は、高校二年生の時に訪れる。
第一次近界民侵攻。哲学者の父と音楽教師の母が、行方不明になった。ミョウジナマエは、世界を呪う。
それから、ミョウジは、“外”に出る覚悟を決める。18歳になったミョウジは、ボーダーに入った。コミュニケーション能力に難があり、ついつい喋り過ぎてしまうが、頑張って他者と関わるようにしたのである。
そして、そこにも諏訪洸太郎はいた。ボーダーに入って初めて、ミョウジナマエは、諏訪の存在を明確に意識した。
「同じクラスの諏訪くんだよね? オレのこと分かる?」
初めてかけた言葉は、そんなもの。そこから、なんとなく一緒に行動することが増え、ミョウジにとって“友達”と呼べる存在になった。
恋心を自覚したのは、19歳の春。“諏訪くん”は、“諏訪”になり、ミョウジの中で、かなりの割合を占める大切な者になっていた。
初めての親友は、諏訪だし、初めて恋したのも、諏訪である。どうしようもなくなったミョウジは、自分の中に複数の哲学者を住まわせて、生産性のない会議を繰り返した。
逃げ場のない世界で、必死に日陰を探し、そこに行く日々。
でも、月明かりみたいな諏訪洸太郎が好きで。消えてほしかった。傍にいてほしかった。
ミョウジは、ありもしない過去を夢に見ることがある。
それは中学校で諏訪と話したり、遊んだりする夢だ。
もっと早く、おまえが大切だと気付けていたら良かったのに。
そんなことを考えても、仕方ないのだが。きっと、両親が行方不明にならなければ、諏訪の存在を、今でも意識していなかったのだろう。
ひとりでいるのには、慣れていた。今はもう、独りでいるのは、嫌だ。
人を好きになると、弱味が出来る。それが、鬱陶しくて、ミョウジは、ひとりでいたのだ。
しかし、行方不明になった両親のために、何かしなくてはならなかった。そうしなくては、潰れていた。
個の力には、限度がある。だから、群れの一員になることを選んだのだ。
その選択が、今の自分を作っている。それは、なんて、かけ替えがなくて…………。
その先を考えるのは、やめた。
隣にいる諏訪が、こちらを見ているから。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「それでよ、こっちの資料だとこうなってて」
「あー、それ、参照元の年代が違うんだよね。こっちのが新しい」
「助かる」
ミョウジ家にて、ふたりで特別課題のレポートを片付けている。
「ちょっと休憩しようぜぇ。何飲む?」
「ビール」
「分かった。ココアな」
そう言って、キッチンから戻ってきたミョウジは、マグカップをふたつ持ってきた。
「はい。ミョウジナマエスペシャル」
「うっわ! なんだこれ!?」
それは、ココアに、生クリームとチョコレート液とマシュマロを入れた甘過ぎる飲み物だった。
「甘党にもほどがあんだろーが!」
「頭使ったら、糖分摂るべきだろ?」
「加減しろ、バカ」
諏訪の文句など、どこ吹く風で、ミョウジはココアを飲んでいる。
溜め息をつき、一口ココアを飲む諏訪。甘ったるい。ミョウジの愛情くらい甘い。
「甘めー」
「苦いのは、人生だけで充分だろ」
「うるせー」
そうこうして、休憩時間は終わり、レポートを片付けるのを再開する。
しばし、静かな時が流れた。カチコチと時計の針が鳴っている。
ふたりは、たまに意見を交換したり、アドバイスをし合ったりしながら、レポートを終わらせた。
「お疲れ~」
「お疲れさん」
お互いを労う。
「晩飯食ってく?」
「おまえ、料理出来ねーだろ」
「袋ラーメンあるよ」
「まさか、そのまま齧る気か?」
「バカにすんな! 麺茹でるくらい出来るわ!」
「じゃあ、なんでこの前、麺を袋の上から拳で潰してバリバリ食ってたんだよ?!」
「アレはアレで美味いの!」
「とんでもねーな…………」と、呆れ顔の諏訪。
「ほんとに美味いのにー」
「いいから調理をしろ」
「へいへい」
ミョウジがキッチンへ向かうと、諏訪も着いてきた。
「なに?」
「見張り」
「信用ねぇなぁ」
ミョウジは、鍋に乾麺をふたり分入れて、茹でる。そして、冷蔵庫から、あらかじめ千切りしてあるキャベツや生卵やチャーシューの切り落としを取り出した。
茹でた麺を丼に入れ、上にトッピングを盛っていく。
「ほらよ。出来たろ?」
「ナマエ、さては客の前でだけ……」
「そんなことねぇし!」
その後、ふたりは、食卓を共にした。
「いただきます」
醤油ラーメンが、空腹に染み渡る。
「うめーな」
「うん、美味い」
そんなこと言ってるが、この男は乾麺を砕いてバリバリ食うんだよな。と、諏訪は思った。
「なぁ、洸太郎」
「ん?」
「ここに一緒に住まない?」
「…………」
驚いて、声が出ない。
「そりゃあ、考えたことなかったな」
「今もさぁ、半分住んでるみたいなもんじゃん?」
この家には、歯ブラシがふたつ並んでいるし、諏訪専用のマグカップだってある。あとは、服も少し。
「俺が住んだら、乾麺食えねーぞ?」
「別にいいよ、それくらい」
ミョウジは、すんなり受け入れた。
「……考えとく」
「おう」
食後は、リビングのソファーに並んで、テキトーにテレビ番組を流しながら過ごす。
時折、手を握り合ったり、ハグをしてみたり。
これって、イチャイチャしてるってやつ? ミョウジは疑問に思った。高揚感だけでなく、安心感があるようになったのは、諏訪を「愛してる」と思うようになってからだ。
世界を呪い、恋と名付けた祟りを押し付けていた化物が、人間になったみたいだ、と思うミョウジ。
オレを救ったのが、おまえで良かった。
◆◆◆
離れ難くても、別れの時は来てしまう。
「洸太郎」
「なんだ?」
「愛してる。遠征選抜試験、がんばって」
「ああ。ありがとよ、ナマエ。愛してるぜ」
慈しみ深く、恋人を見送る。
前は、飽くことのない欲望と、その後の喉を掻きむしりたくなるような後悔ばかりがあった。それに自覚的だったから、自身の想いを祟りとしていたのである。
もう、世界を呪わない。おまえを、祟らない。
月明かりの元で咲いた、色とりどりの花を束ねて、おまえに渡そう。
どうか、オレを見ていてほしい。
いつの日か、答えを、真実を知っても、オレは大丈夫。おまえがいるから。困った時には、おまえを呼ぶよ。
洸太郎。おまえも、何があっても大丈夫。オレがいるから。いつでも、オレを呼んでくれ。
「今からオレを助けてみせろ」
言われた男は、「分かった」と答え、燃えている男に手を差しのべました。
バカな奴。おまえまで燃えてしまうのに。
男は、その手を取りました。
すると、彼は、煙を上げている男の手を引き、抱き締めます。
男は、とても驚きました。
「おまえのこと、愛してる」
煙男は、何も言い返せません。
助けられた、その先のことなんて、何も考えていませんでした。
ミョウジナマエは、永遠の片想いの終わりに直面し、思考の海に沈みました。
おしまい。
◆◆◆
覚えている。中学生の頃、ミョウジナマエが不登校児だったことを。
諏訪洸太郎と、クラスが同じだったが、出席しているのを見たのは、ほんの数回程度。いつも、無表情で、無口で、他人を寄せ付けない孤高の存在だった。
それもそのはず。ミョウジナマエは、家族以外に心を開くまいとしていたし、学校の誰をも信用していなかった。
休み時間には、ずっと、大学の哲学科教授の父から借りた本を読んでいる。誰も、彼に話しかけられなかった。
ミョウジは、諏訪にとっては意外なことに、同じ高校に進学する。偶然、クラスも同じだ。
中学の頃とは違い、ミョウジは、ちゃんと出席するようになっていた。しかし、相変わらず誰とも口を利かない。そして、よく保健室へ行く。
ミョウジナマエの転機は、高校二年生の時に訪れる。
第一次近界民侵攻。哲学者の父と音楽教師の母が、行方不明になった。ミョウジナマエは、世界を呪う。
それから、ミョウジは、“外”に出る覚悟を決める。18歳になったミョウジは、ボーダーに入った。コミュニケーション能力に難があり、ついつい喋り過ぎてしまうが、頑張って他者と関わるようにしたのである。
そして、そこにも諏訪洸太郎はいた。ボーダーに入って初めて、ミョウジナマエは、諏訪の存在を明確に意識した。
「同じクラスの諏訪くんだよね? オレのこと分かる?」
初めてかけた言葉は、そんなもの。そこから、なんとなく一緒に行動することが増え、ミョウジにとって“友達”と呼べる存在になった。
恋心を自覚したのは、19歳の春。“諏訪くん”は、“諏訪”になり、ミョウジの中で、かなりの割合を占める大切な者になっていた。
初めての親友は、諏訪だし、初めて恋したのも、諏訪である。どうしようもなくなったミョウジは、自分の中に複数の哲学者を住まわせて、生産性のない会議を繰り返した。
逃げ場のない世界で、必死に日陰を探し、そこに行く日々。
でも、月明かりみたいな諏訪洸太郎が好きで。消えてほしかった。傍にいてほしかった。
ミョウジは、ありもしない過去を夢に見ることがある。
それは中学校で諏訪と話したり、遊んだりする夢だ。
もっと早く、おまえが大切だと気付けていたら良かったのに。
そんなことを考えても、仕方ないのだが。きっと、両親が行方不明にならなければ、諏訪の存在を、今でも意識していなかったのだろう。
ひとりでいるのには、慣れていた。今はもう、独りでいるのは、嫌だ。
人を好きになると、弱味が出来る。それが、鬱陶しくて、ミョウジは、ひとりでいたのだ。
しかし、行方不明になった両親のために、何かしなくてはならなかった。そうしなくては、潰れていた。
個の力には、限度がある。だから、群れの一員になることを選んだのだ。
その選択が、今の自分を作っている。それは、なんて、かけ替えがなくて…………。
その先を考えるのは、やめた。
隣にいる諏訪が、こちらを見ているから。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「それでよ、こっちの資料だとこうなってて」
「あー、それ、参照元の年代が違うんだよね。こっちのが新しい」
「助かる」
ミョウジ家にて、ふたりで特別課題のレポートを片付けている。
「ちょっと休憩しようぜぇ。何飲む?」
「ビール」
「分かった。ココアな」
そう言って、キッチンから戻ってきたミョウジは、マグカップをふたつ持ってきた。
「はい。ミョウジナマエスペシャル」
「うっわ! なんだこれ!?」
それは、ココアに、生クリームとチョコレート液とマシュマロを入れた甘過ぎる飲み物だった。
「甘党にもほどがあんだろーが!」
「頭使ったら、糖分摂るべきだろ?」
「加減しろ、バカ」
諏訪の文句など、どこ吹く風で、ミョウジはココアを飲んでいる。
溜め息をつき、一口ココアを飲む諏訪。甘ったるい。ミョウジの愛情くらい甘い。
「甘めー」
「苦いのは、人生だけで充分だろ」
「うるせー」
そうこうして、休憩時間は終わり、レポートを片付けるのを再開する。
しばし、静かな時が流れた。カチコチと時計の針が鳴っている。
ふたりは、たまに意見を交換したり、アドバイスをし合ったりしながら、レポートを終わらせた。
「お疲れ~」
「お疲れさん」
お互いを労う。
「晩飯食ってく?」
「おまえ、料理出来ねーだろ」
「袋ラーメンあるよ」
「まさか、そのまま齧る気か?」
「バカにすんな! 麺茹でるくらい出来るわ!」
「じゃあ、なんでこの前、麺を袋の上から拳で潰してバリバリ食ってたんだよ?!」
「アレはアレで美味いの!」
「とんでもねーな…………」と、呆れ顔の諏訪。
「ほんとに美味いのにー」
「いいから調理をしろ」
「へいへい」
ミョウジがキッチンへ向かうと、諏訪も着いてきた。
「なに?」
「見張り」
「信用ねぇなぁ」
ミョウジは、鍋に乾麺をふたり分入れて、茹でる。そして、冷蔵庫から、あらかじめ千切りしてあるキャベツや生卵やチャーシューの切り落としを取り出した。
茹でた麺を丼に入れ、上にトッピングを盛っていく。
「ほらよ。出来たろ?」
「ナマエ、さては客の前でだけ……」
「そんなことねぇし!」
その後、ふたりは、食卓を共にした。
「いただきます」
醤油ラーメンが、空腹に染み渡る。
「うめーな」
「うん、美味い」
そんなこと言ってるが、この男は乾麺を砕いてバリバリ食うんだよな。と、諏訪は思った。
「なぁ、洸太郎」
「ん?」
「ここに一緒に住まない?」
「…………」
驚いて、声が出ない。
「そりゃあ、考えたことなかったな」
「今もさぁ、半分住んでるみたいなもんじゃん?」
この家には、歯ブラシがふたつ並んでいるし、諏訪専用のマグカップだってある。あとは、服も少し。
「俺が住んだら、乾麺食えねーぞ?」
「別にいいよ、それくらい」
ミョウジは、すんなり受け入れた。
「……考えとく」
「おう」
食後は、リビングのソファーに並んで、テキトーにテレビ番組を流しながら過ごす。
時折、手を握り合ったり、ハグをしてみたり。
これって、イチャイチャしてるってやつ? ミョウジは疑問に思った。高揚感だけでなく、安心感があるようになったのは、諏訪を「愛してる」と思うようになってからだ。
世界を呪い、恋と名付けた祟りを押し付けていた化物が、人間になったみたいだ、と思うミョウジ。
オレを救ったのが、おまえで良かった。
◆◆◆
離れ難くても、別れの時は来てしまう。
「洸太郎」
「なんだ?」
「愛してる。遠征選抜試験、がんばって」
「ああ。ありがとよ、ナマエ。愛してるぜ」
慈しみ深く、恋人を見送る。
前は、飽くことのない欲望と、その後の喉を掻きむしりたくなるような後悔ばかりがあった。それに自覚的だったから、自身の想いを祟りとしていたのである。
もう、世界を呪わない。おまえを、祟らない。
月明かりの元で咲いた、色とりどりの花を束ねて、おまえに渡そう。
どうか、オレを見ていてほしい。
いつの日か、答えを、真実を知っても、オレは大丈夫。おまえがいるから。困った時には、おまえを呼ぶよ。
洸太郎。おまえも、何があっても大丈夫。オレがいるから。いつでも、オレを呼んでくれ。