煙シリーズおまけ
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言葉は生き物。生まれ、変化し、死んでいく。
言葉は感情の子供。感情が変われば、口にする言葉も変わる。
しかし、自分が自分ではないみたいに「ならない」この恋は、悪いものなのかもしれない。
今日も自分は自分のまま、上手く言葉を絞り出せず、喉が焼けつき、口から煙が出ているかのような気分にさせられる。
素直になれないのが、この自分なのである。もう十年以上、自分はこの自分だ。
諏訪洸太郎に告白紛いの台詞を吐いた際に、「好きなら、そう言ってみろ」と、彼はオレに怒った。
だから、告げようとした。努力はした。
しかし自分の言葉は煙みたいで、いつだって煙に巻くみたいで、上手くいかない。
素直でない己が恨めしい。オレは想い人に好意を伝えることすら出来ないのか、と。
口で無理なら、ペンを取ってみてはどうか? そんな思い付きで手紙をしたためてみた――――――がダメだった。
「なんだこの犯行予告は」
今夜おまえの命をもらうとか、宝を頂戴する、みたいな。犯罪ドラマや推理小説で見た覚えがある。もういっそのこと、この路線で試行錯誤をしてみるかと血迷いそうになったが、なんとか踏み止まった。
いや、踏み止まった…………のか?
◆◆◆
「そこに見覚えのない本があるだろう? 手に取ってみたまえ」
突然、諏訪隊の作戦室にやって来た男は芝居がかった口調で言った。
「なんの台詞だよ?」
「いいから」
素を出した後に咳払いし、「早くしなよ、探偵さん」と、彼は犯人らしく笑う。
「おまえ、またろくでもねーことを…………」
呆れた顔で頬を掻く諏訪。
ここで室内を見回し、はたと気付いた。ひとりも隊員がいないことに。
そういえば、読書していた視界の隅で、ひとりずつ出て行っていたような。
諏訪は、しまったと思った。誰も帰って来ないということは、味方がいないということである。
「おまえの仲間は預かった」
「犯人は、おまえだ」
「そうだぞ。早くゲームを始めよう。マジで早くして、一時間分しか払ってないから」
「買収されたのか、アイツら…………」
されたというか、されてやったのだろうが、どちらにせよ味方がいないことには変わりない。
観念し、ひとりで、隠れる気のない犯人と向き合うことにする。
本棚に鎮座する異物に、ゆっくりと手を伸ばす。赤い表紙の本は「愛の構成要素」というタイトルを冠している。どうも哲学書らしい。犯人の主食だ。
ページをめくってみると、紙が挟まれていることに気付いた。
『好きです』
本に挟まっていた紙には、ワープロ文字でそう記されている。
諏訪は探偵役として、思考を巡らせ始めた。
罠か?
分かってる、分かってる。おまえが、そんな真っ直ぐな奴じゃないってことは。
諏訪は密かに苦笑する。
この紙は、いつものように煙に巻くためのものだ。きっと彼の真実の言葉は、どこにも無いのだ。どうせ、こちらをいつもの人の悪い笑みで見ているのだろう。
そう考え、諏訪が仕掛け人の顔を窺うと、彼は――――――そわそわしている。
視線を泳がせていたり、頬が常より紅潮していたり、手遊びをしていたり。これ以上ないくらい分かりやすく、落ち着きがない。
その様子が目に入ったせいで、思わず眉間に皺を寄せてしまった。一度、心臓が跳ねたことに腹が立つ。
思考を戻そう。思考……いや、考えることがあるか?
「え? これだけか!?」
「正解です」
「おまえ、文章でなら素直になれたのか?」
それなら、初めからそうしてほしいところだが。
「いや、それ書くのに三時間かかった」
「アホなのか?」
「アホです」
「じゃあ、やっぱり口で言えよ」
「え、あー。うん……」
犯人は照れながら「おまえのこと、全っ然…………好きだよ」と囁いた。
「日本語の乱れ」
不意打ちに少し驚きながらも、諏訪は言葉を返す。
若干照れ隠しが入っている台詞だったが、ギリギリ正直なことを言っていたように思う。
糸が絡まりながらも織り上げた言葉は、実に単純明快。複雑なようで、彼はそうなのである。本当に素直ではないが、想いは真っ直ぐなのだ。
台詞通りに相反する感情を抱いていたとしても、最終的には愛のようなものを渡そうとしてくる。
だから、当てられてしまう。顔が熱くなる。それに、耳障りな音がすると思ったら、自分の鼓動だった。
腹が立つ。
「次は回りくどさも無くしてくれ」
「そういう表情が見られるなら、それもいいな」
彼にストレートに好意を伝えられたら、自分はどれくらい照れるのだろうかと考えたが。いや、この様子では相手の方が照れてしまうのでは? とも思う。
「というか、よく解けたなぁ。オレのこと好きなの?」
「うるせー」
諏訪はそっぽを向いている。
「おまえまでそんな風になったら、オレらの間の素直さ、ほぼゼロになんぞ」
諏訪は、自身を棚上げする男を睨んだ。
◆◆◆
たった独りの、眠れぬ夜夜中。オレは無意味とも思える考えを巡らせる。
例の手紙をきっかけに、「好かれるために変わりたい」という意識が芽生えたように思う。
様々なものにラベルを貼っては外へ出す。
しかし、自分の中にあるコレを、愛と名付けて出すのは嘘なのではないか?
愛としての純度が低く、とても濁っているから、飲ませたくない。そんな代物。
自分は変われないから、偽っている?
この思考は、自分の哲学は逃げるためのものなのに、彼からだけは逃げられない。
どんどん、逃げられなくなってきている。これは、間違いなく諏訪洸太郎を好きになったせいだった。
何故、こんな気分にならないといけない? こんな時、なにを考えればいいのだろう?
哲学以外にすがるものなんて無いはずなのに。こんな無明の世界でどうしろというのか。
吐き気と闘いながら、一体なにを考えろというんだ。
可哀想だよ。せめて、眠らせてくれよ。そうすれば、少しの間は逃げられるのに。
オレは、不眠気味の眼を無意味に擦った。
自分の身の内に横たわる、冷たい生き物が笑う声が聴こえる。
◆◆◆
オレのことを見付けるのは、いつだっておまえだ。だから、今回も見付けた。
オレのことが分かるのは、いつだっておまえだけだった。でも、死んだオレのことは分からないだろう。
何故、死んだのか?
本当に大した理由なんてないんだよ。
まあ、オレを殺した犯人にはすぐに辿り着くだろう。オレだよ、オレ。
「ばかやろう……」と、掠れた声でおまえが呟く。
正解だよ、正解。オレは手を叩いた。
おまえは、死体を見て崩れ落ちる。信じられないって顔をしてる。
オレは、その様子を少しだけ愉快に思う。
なんでだろうね? 酷い奴だね。
おまえが無言で、ツーと涙を流す。口元は何かを言いたげだが、言葉が出て来ないみたいだ。
自殺した恋人の死体を前にすると、そんな反応をするんだね。
見られて良かったよ。生きてて良かった。もう死んだけど。
やっぱり、おまえのこと好きだよ。悲しんでくれて、ありがとう。
ごめんなさい。本気じゃなかったんです。うっかり死んじゃったんです。そんな感じです。言い訳のしようもない。
ただ、ほんの少ーし死にたいと思っただけだったんだよ。遺書も何もなくて、ごめんね。
一言でも残しておけば良かったかな? 何を言えば良かったのだろう?
やっぱり「ごめんなさい」? それとも「ありがとう」?
それとも――――ああ、今なら大きな声で言える。
『愛してる』
ああ、うん。
まあ、聴こえないよね。これだけ近くで囁いたって。
浅い眠りから覚醒すると、体は気持ち悪いくらい汗にまみれていた。
眠れば逃げられる? 寝ても覚めても逃げられやしないじゃないか。
次に諏訪と会った時に、どんな顔をすればいいのだろう。と大真面目に考えたが、案外平気な面して話せた。
「今朝の夢がさぁ、オレが死んで諏訪が悲しんでるとこを、幽霊かなんかのオレが笑って見てるって内容だったよ」
軽薄に。よくもまあ、いつもの調子でペラペラと。
色々なあなたの表情が見たい。なんて、こんなものが愛なのだろうか?
わざと彼に負の感情を発露させる気など、今は無いが、自分はそういうことが出来る人間なのかもしれない。そんな人間なのだとしても、そのような行動はしたくないものだ。
「オレのこと嫌いになった?」
こんな面倒くさいことを言うつもりはなかったが、気付けば口から漏れてしまっていた。いつも、ろくでもないことばかり言ってしまうのは何故なのか。嗜虐心や自己肯定感の無さの表れ?
「…………愛してるよ」
諏訪は、嫌そうな表情で口にした。まるで、オレのことを全て理解した上で言っているみたいに。
その返しは予想していた、と言えば嘘になるが。
別に嬉しくない、と言えば大嘘になるが。
「オレも愛してるよ」と言えば嘘でもないと、今は思えた。
好きでいたいし、好きでいてほしい。そのためなら、自分を変えたっていい。真実、そう思える瞬間だった。
一度、死んだ甲斐があるというものだ。
言葉は感情の子供。感情が変われば、口にする言葉も変わる。
しかし、自分が自分ではないみたいに「ならない」この恋は、悪いものなのかもしれない。
今日も自分は自分のまま、上手く言葉を絞り出せず、喉が焼けつき、口から煙が出ているかのような気分にさせられる。
素直になれないのが、この自分なのである。もう十年以上、自分はこの自分だ。
諏訪洸太郎に告白紛いの台詞を吐いた際に、「好きなら、そう言ってみろ」と、彼はオレに怒った。
だから、告げようとした。努力はした。
しかし自分の言葉は煙みたいで、いつだって煙に巻くみたいで、上手くいかない。
素直でない己が恨めしい。オレは想い人に好意を伝えることすら出来ないのか、と。
口で無理なら、ペンを取ってみてはどうか? そんな思い付きで手紙をしたためてみた――――――がダメだった。
「なんだこの犯行予告は」
今夜おまえの命をもらうとか、宝を頂戴する、みたいな。犯罪ドラマや推理小説で見た覚えがある。もういっそのこと、この路線で試行錯誤をしてみるかと血迷いそうになったが、なんとか踏み止まった。
いや、踏み止まった…………のか?
◆◆◆
「そこに見覚えのない本があるだろう? 手に取ってみたまえ」
突然、諏訪隊の作戦室にやって来た男は芝居がかった口調で言った。
「なんの台詞だよ?」
「いいから」
素を出した後に咳払いし、「早くしなよ、探偵さん」と、彼は犯人らしく笑う。
「おまえ、またろくでもねーことを…………」
呆れた顔で頬を掻く諏訪。
ここで室内を見回し、はたと気付いた。ひとりも隊員がいないことに。
そういえば、読書していた視界の隅で、ひとりずつ出て行っていたような。
諏訪は、しまったと思った。誰も帰って来ないということは、味方がいないということである。
「おまえの仲間は預かった」
「犯人は、おまえだ」
「そうだぞ。早くゲームを始めよう。マジで早くして、一時間分しか払ってないから」
「買収されたのか、アイツら…………」
されたというか、されてやったのだろうが、どちらにせよ味方がいないことには変わりない。
観念し、ひとりで、隠れる気のない犯人と向き合うことにする。
本棚に鎮座する異物に、ゆっくりと手を伸ばす。赤い表紙の本は「愛の構成要素」というタイトルを冠している。どうも哲学書らしい。犯人の主食だ。
ページをめくってみると、紙が挟まれていることに気付いた。
『好きです』
本に挟まっていた紙には、ワープロ文字でそう記されている。
諏訪は探偵役として、思考を巡らせ始めた。
罠か?
分かってる、分かってる。おまえが、そんな真っ直ぐな奴じゃないってことは。
諏訪は密かに苦笑する。
この紙は、いつものように煙に巻くためのものだ。きっと彼の真実の言葉は、どこにも無いのだ。どうせ、こちらをいつもの人の悪い笑みで見ているのだろう。
そう考え、諏訪が仕掛け人の顔を窺うと、彼は――――――そわそわしている。
視線を泳がせていたり、頬が常より紅潮していたり、手遊びをしていたり。これ以上ないくらい分かりやすく、落ち着きがない。
その様子が目に入ったせいで、思わず眉間に皺を寄せてしまった。一度、心臓が跳ねたことに腹が立つ。
思考を戻そう。思考……いや、考えることがあるか?
「え? これだけか!?」
「正解です」
「おまえ、文章でなら素直になれたのか?」
それなら、初めからそうしてほしいところだが。
「いや、それ書くのに三時間かかった」
「アホなのか?」
「アホです」
「じゃあ、やっぱり口で言えよ」
「え、あー。うん……」
犯人は照れながら「おまえのこと、全っ然…………好きだよ」と囁いた。
「日本語の乱れ」
不意打ちに少し驚きながらも、諏訪は言葉を返す。
若干照れ隠しが入っている台詞だったが、ギリギリ正直なことを言っていたように思う。
糸が絡まりながらも織り上げた言葉は、実に単純明快。複雑なようで、彼はそうなのである。本当に素直ではないが、想いは真っ直ぐなのだ。
台詞通りに相反する感情を抱いていたとしても、最終的には愛のようなものを渡そうとしてくる。
だから、当てられてしまう。顔が熱くなる。それに、耳障りな音がすると思ったら、自分の鼓動だった。
腹が立つ。
「次は回りくどさも無くしてくれ」
「そういう表情が見られるなら、それもいいな」
彼にストレートに好意を伝えられたら、自分はどれくらい照れるのだろうかと考えたが。いや、この様子では相手の方が照れてしまうのでは? とも思う。
「というか、よく解けたなぁ。オレのこと好きなの?」
「うるせー」
諏訪はそっぽを向いている。
「おまえまでそんな風になったら、オレらの間の素直さ、ほぼゼロになんぞ」
諏訪は、自身を棚上げする男を睨んだ。
◆◆◆
たった独りの、眠れぬ夜夜中。オレは無意味とも思える考えを巡らせる。
例の手紙をきっかけに、「好かれるために変わりたい」という意識が芽生えたように思う。
様々なものにラベルを貼っては外へ出す。
しかし、自分の中にあるコレを、愛と名付けて出すのは嘘なのではないか?
愛としての純度が低く、とても濁っているから、飲ませたくない。そんな代物。
自分は変われないから、偽っている?
この思考は、自分の哲学は逃げるためのものなのに、彼からだけは逃げられない。
どんどん、逃げられなくなってきている。これは、間違いなく諏訪洸太郎を好きになったせいだった。
何故、こんな気分にならないといけない? こんな時、なにを考えればいいのだろう?
哲学以外にすがるものなんて無いはずなのに。こんな無明の世界でどうしろというのか。
吐き気と闘いながら、一体なにを考えろというんだ。
可哀想だよ。せめて、眠らせてくれよ。そうすれば、少しの間は逃げられるのに。
オレは、不眠気味の眼を無意味に擦った。
自分の身の内に横たわる、冷たい生き物が笑う声が聴こえる。
◆◆◆
オレのことを見付けるのは、いつだっておまえだ。だから、今回も見付けた。
オレのことが分かるのは、いつだっておまえだけだった。でも、死んだオレのことは分からないだろう。
何故、死んだのか?
本当に大した理由なんてないんだよ。
まあ、オレを殺した犯人にはすぐに辿り着くだろう。オレだよ、オレ。
「ばかやろう……」と、掠れた声でおまえが呟く。
正解だよ、正解。オレは手を叩いた。
おまえは、死体を見て崩れ落ちる。信じられないって顔をしてる。
オレは、その様子を少しだけ愉快に思う。
なんでだろうね? 酷い奴だね。
おまえが無言で、ツーと涙を流す。口元は何かを言いたげだが、言葉が出て来ないみたいだ。
自殺した恋人の死体を前にすると、そんな反応をするんだね。
見られて良かったよ。生きてて良かった。もう死んだけど。
やっぱり、おまえのこと好きだよ。悲しんでくれて、ありがとう。
ごめんなさい。本気じゃなかったんです。うっかり死んじゃったんです。そんな感じです。言い訳のしようもない。
ただ、ほんの少ーし死にたいと思っただけだったんだよ。遺書も何もなくて、ごめんね。
一言でも残しておけば良かったかな? 何を言えば良かったのだろう?
やっぱり「ごめんなさい」? それとも「ありがとう」?
それとも――――ああ、今なら大きな声で言える。
『愛してる』
ああ、うん。
まあ、聴こえないよね。これだけ近くで囁いたって。
浅い眠りから覚醒すると、体は気持ち悪いくらい汗にまみれていた。
眠れば逃げられる? 寝ても覚めても逃げられやしないじゃないか。
次に諏訪と会った時に、どんな顔をすればいいのだろう。と大真面目に考えたが、案外平気な面して話せた。
「今朝の夢がさぁ、オレが死んで諏訪が悲しんでるとこを、幽霊かなんかのオレが笑って見てるって内容だったよ」
軽薄に。よくもまあ、いつもの調子でペラペラと。
色々なあなたの表情が見たい。なんて、こんなものが愛なのだろうか?
わざと彼に負の感情を発露させる気など、今は無いが、自分はそういうことが出来る人間なのかもしれない。そんな人間なのだとしても、そのような行動はしたくないものだ。
「オレのこと嫌いになった?」
こんな面倒くさいことを言うつもりはなかったが、気付けば口から漏れてしまっていた。いつも、ろくでもないことばかり言ってしまうのは何故なのか。嗜虐心や自己肯定感の無さの表れ?
「…………愛してるよ」
諏訪は、嫌そうな表情で口にした。まるで、オレのことを全て理解した上で言っているみたいに。
その返しは予想していた、と言えば嘘になるが。
別に嬉しくない、と言えば大嘘になるが。
「オレも愛してるよ」と言えば嘘でもないと、今は思えた。
好きでいたいし、好きでいてほしい。そのためなら、自分を変えたっていい。真実、そう思える瞬間だった。
一度、死んだ甲斐があるというものだ。