私という一頁の物語

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 人は、相手に合わせて仮面を被る。私は、それが出来ない。常に、抜き身。裏表がない、というか、持てない。
 その性質に気付いたのは、成人してから。それまでは、人の心が全く分からず、心理学に手を伸ばしていた。
 お世辞? 社交辞令? 建前? なんにも分からない私は、よく他人と摩擦を起こしていた。
 いわゆる、空気が読めない人間。
 今でも私は、“空気”なんて読めない。だから、全部理屈で覚えた。
 表情・仕草・声色。建前・本音。嘘・真実。それらを、理屈で頭に入れたのだ。ひとつの公式に対して、膨大な数の応用がある文章題。それが、私にとってのコミュニケーションである。
 対話するのは好きだ。他者の人生を見ることも。他人を物語にしたら、あとは読み解くだけ。それが、一部の者から反感を買う理由なんだろうか?
 私には、分からない。
 ノックの音が、思考の海に沈んでいた私を引き戻す。

「はい。どうぞ」
「こんにちは」
「こんにちは、生駒くん」

 生駒達人くんが、礼をして椅子に座った。

「本日は、お日柄もよく」
「先負だから、午後は吉だね」
「そうやなくて」

 どうやら、六曜の話ではないらしい。

「誕生日やないですか。おめでとうさんです」
「ありがとう。あ、お茶持ってくるね」

 私は、緑茶とどら焼きを出した。
 しばらくして、生駒くんは語り出す。

「ギター練習してる言うたの覚えてます?」
「うん」
「あれ、アカンのですわ。披露する機会がないねん」
「なるほど」
「なんかもっと、こう、モテるもんないですか?」

 とても真剣に、ろくろを回している。

「私は、正直、不特定多数に慕われる方法が分からないかなぁ。好きな人に意識される方法ならともかく」
「ほう。ちなみにどう?」
「相手の身近なものと、自分を関連付けして、日常的に刷り込む。例えば、このボールペン」

 私は、白衣の胸ポケットから、ペンを取り出した。

「これは、私の愛用してるものなんだけど。これを褒めるなり、同じものを持つなりして、このペンを見ると自分を思い出すようにさせる。すると、日常的に意識してもらえる」
「ほうほう。つまり、それで恋が実る?」
「いや、そうとは限らないけどね。まずは、自分を知ってもらわないといけないんだよ。正体不明の人のままじゃ、基本的に恋は成就しない。これは、第一フェーズ」
「その後は?」
「ミラーリングや認知的不協和やシンクロニシティを駆使して好感度を稼ぐ」
「なんて?」
「ここからは、別料金だよ」
「なんぼなん?」
「払おうとするんじゃない」

 そういうことすると、私が怒られるんだよな。

「うーん、まあ、カッコよく居合いしてるとことか見せたらいいんじゃない?」
「急に雑に…………」
「いや、本当だって。君の特技でしょう?」

 それは、武器になる。

「ちゃんと袴着て居合い切りとかしたら、モテそうじゃない?」
「ほんまですか?」
「そう思うよ。ネットに動画上げちゃおうよ」

 まんざらでもなさそうだ。

「頑張って。応援してるから」

 生駒くんは、キメ顔でサムズアップした。
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