煙シリーズ
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こんな空想をしてみた。
「この前の試合の諏訪、カッコ良かったな」
「おう、そうだろ」
これは、ミョウジナマエが諏訪洸太郎を好きじゃない世界。妙に緊張することもなく、素直に言葉を紡げる自分。気持ちを誤魔化さずに、相手を惑わさずに済む、そんな世界。
凪のような感情の中にいられることは、なんと穏やかで平和なことだろう。
好きじゃないからこそ、言える「好き」には、どんな意味があるのか。
友情? 親愛?
そのどちらも、現実の自分が持っていないとは思いたくない。
ならば恋愛感情としての「好き」を持つ自分と、持たない自分を分かつものがなんなのか、ミョウジにはよく分からなかった。
恋愛に関する哲学を幾ら学んでも、理解には及ばなかった。
◆◆◆
これは、ミョウジナマエの妄想である。
事故により、60億ボルトの陽子ビームが一瞬で観測台を焼き尽くす!
たまたまその場にいた諏訪洸太郎は、消滅した台から床に投げ出された。
やがて、病院で意識を取り戻した諏訪をミョウジが迎える。
「諏訪! 良かった、気が付いて。本当に心配したんだぞ……」
ミョウジは目に涙を浮かべながら喜んでいる。
「な、なにがあった……?」
「ああ、そうか、何が起きたか分からないよな。説明するよ」
事故のあらましを聞く。
「良かった。目を覚まさなかったらどうしようかと……」
ミョウジは、とうとう涙を流し始めた。
諏訪は、自分が泣かせた男を前に、ミョウジナマエの言動に、どこか違和感を覚えた。靄のようにはっきりとしない、しかし確実に何かがおかしい。
この、涙を指で拭っている男。そうか。
今のミョウジの人物評を述べるとしたら、「分かりやすいヤツ」になってしまう。
これは夢か何かだと考えた、その時気付いた。窓の外、灰色の空に巨大な眼が浮かんで、諏訪を見据えていることに。声を上げる代わりに息を飲む。嫌な汗が頬を伝う。
「ミョウジ…………?」
それはミョウジの眼のように思えた。眼は意味ありげにパチリと一度まばたきをすると、幻だったかのように消えた。
ここは現実ではない。諏訪は悟った。
ここは、ミョウジナマエが見ている世界。空想した世界。望んだ世界。
何故だか、はっきりと理解出来た。この世界は、ミョウジナマエが諏訪洸太郎を好きじゃない世界だ。
おまえ、俺のこと好きじゃないのか? とは訊けないので、少し遠回りな質問をした。
「おまえ、好きなヤツとかいるのか?」
「なんだよ急に? 恋愛の話だよな? 特にいないけど」
あっさりとした答えが帰ってきた。ああ、この世界は凪いでいる。
諏訪が退院した翌日、世界は更におかしくなった。
こんな空想をしてみた。
第一次近界民侵攻が起こらなかった三門市。
ミョウジが、中学からひきこもりのままの人生。
これは、ミョウジナマエと諏訪洸太郎が出会わない世界。
中学の頃に一度、同じクラスになったけれど、ミョウジは登校しなかったので、顔を会わせることはなかった。その先も、高校も大学も行かずに、ひきこもったままなので、出会うことはありませんでしたとさ。めでたし、めでたし。
こんな空想をしてみた。
よくある普通の、しかし理想的な家族の風景。
仲睦まじい夫婦と、父方の両親。いずれは、子供も産まれるだろう。けれど、その子供はミョウジではない。
これは、ミョウジナマエがいない世界。
生まれなければ、その身に不幸が降りかかることもない。めでたし、めでたし。
世界が段々と現実離れしていく。
おまえの現実は、そんなに苦しいものなのか。
恋心を手放したい。
出会いたくない。
自分を消したい。
このミョウジがいない世界では、確かに彼は苦しむことはないだろう。しかし、どうしても許せない。
ふたりが言葉を交わすことがないのは、耐えられそうにない。
自分がミョウジと出会った現実に帰りたかった。
ミョウジと共に、帰りたい。諏訪は、心の底からそう望んだ。
◆◆◆
「おい、ミョウジ? 聞いてんのか?」
「聞いてる聞いてる。この前のアレな」
現実に立ち返る。
大学で、妙な空き時間が出来てしまったふたりは雑談をしていた。
同時に、ミョウジは頭の片隅で空想をしていたのである。
どうせなら薄暗い空想ではなく、とびっきりハッピーな妄想でもしたかった。
それにしても、妄想の中でも諏訪洸太郎はカッコよかったので、ミョウジは溜め息が出そうになる。
「オレ、水上くんの騙し掛け声スゲー好きなんだよね」
「そうか……」
溜め息の代わりに、なんとはなしに呟いた言葉に、予想外の返事。
「少し嫉妬した」
「なんで、そういうこと言うかなぁ……ずるいでしょ…………」
「普通のことしか言ってねーよ」
頬がカーッと熱くなるのを感じる。
いや、おまえ、オレが片想いしてること忘れてんの? とミョウジは文句を言いそうになった。
「しっかし、ヒマだな。推理小説でも読むか?」
「答えをハッキリさせるものって好きじゃねぇんだけど」
ミョウジは口を尖らせる。そして、諏訪にやられっぱなしは嫌だなと考えた。
「諏訪はカッコイイよな」
「は?!」
「周りをよく見てるし、頼りになる」
「急になんだよ……」
諏訪は少し照れているようだ。
「オレ、世辞なんて言ってねぇけど? 普通に思ったこと言ってるだけだぜ?」
ミョウジの普通は、諏訪には甘過ぎた。
「いや、少し前の自分を思い出せよ。そんなことペラペラ言わなかったろ」
ペラペラとよく喋る男ではあったが、本音がなかなか見えてこないのがミョウジナマエという人間である。であった。
「オレ、昔からこんな感じだろ?」
「ざっけんな!」
「近頃のオレは、ノイズミュージックというよりシューゲイザーっぽくなったよな」
「はぁ?」
この世界には、諏訪洸太郎がいて、自分がいる。
自分の脳みそが溶かされるような、とびっきりハッピーな現実に感謝を。
「やっぱり、推理小説読んでみようかな」
「マジか…………」
ほらよ、と今月出たばかりの新作を渡す諏訪。内心、ミョウジからの歩み寄りが嬉しい。
ミョウジは小説を開くと、結末の辺りへとページをパラパラと進める。
「うっそだろ?!」
「うおっ……ビックリした……」
まさか、犯人を把握してから読もうとしているのだろうか?
「ビックリしたのはこっちだ! なにしてんだ、おまえ?!」
「オレはね、映画はエンドロール流れてる時に退席しないし、AVの冒頭インタビューは飛ばさない人間なんだよね」
「なんの弁明だよ」
「酌量の余地あるだろ?」
「ねーよ」
ミョウジの言を一刀両断する。
「解決パートだけ読まないようにしたいなぁ。オレ、探偵が苦手なんだよな。後から来て事件を引っ掻き回して、推理を披露して、説教して帰る、みたいなイメージがあって」
「どっから来た偏見だ……?」
どうやら、ミョウジは推理小説にかなりの偏見と苦手意識があるらしい。
「じゃあ、オレは哲学書を貸そう。お互いに頑張って読もう。そうしよう」
ミョウジは、思い付きで提案する。
「ビックリするほど読みづれぇやつを貸してやるからな」
「負けらんねー。貸すやつ変えるわ」
諏訪は、バッグから別の小説を出してミョウジに渡した。
一方のミョウジも、哲学書を取り出して諏訪に手渡す。
しばし、黙って本を読むふたり。
「睡魔が襲ってくる系の呪いの本を貸すなんて、人が悪いよ、洸太郎くん」
「おまえに借りたの、すげー読み易かった…………」
「だろ。対話形式で読み易いと評判だからな。それに比べて、おまえは————」
「なんで俺が悪いみたいになってんだ?!」
対話形式の読み易いものを貸したミョウジ。
読みづらい奇書を貸した諏訪。
「真犯人に体よく使われたんじゃないですかね」
飄々と言う。
「いやぁ、諏訪のこと信じてたよ」
「おまえ、ジャンケンで何出すか最初に宣言する奴だろ」
「しないよ」
「つーか、おまえ嘘ついたな?」
「あれは冗談だから」
この、くだらなくも明るくて美しい日々が、ずっと続けばいいのに。ミョウジは、祈るようにそう思った。
2020/08/22
「この前の試合の諏訪、カッコ良かったな」
「おう、そうだろ」
これは、ミョウジナマエが諏訪洸太郎を好きじゃない世界。妙に緊張することもなく、素直に言葉を紡げる自分。気持ちを誤魔化さずに、相手を惑わさずに済む、そんな世界。
凪のような感情の中にいられることは、なんと穏やかで平和なことだろう。
好きじゃないからこそ、言える「好き」には、どんな意味があるのか。
友情? 親愛?
そのどちらも、現実の自分が持っていないとは思いたくない。
ならば恋愛感情としての「好き」を持つ自分と、持たない自分を分かつものがなんなのか、ミョウジにはよく分からなかった。
恋愛に関する哲学を幾ら学んでも、理解には及ばなかった。
◆◆◆
これは、ミョウジナマエの妄想である。
事故により、60億ボルトの陽子ビームが一瞬で観測台を焼き尽くす!
たまたまその場にいた諏訪洸太郎は、消滅した台から床に投げ出された。
やがて、病院で意識を取り戻した諏訪をミョウジが迎える。
「諏訪! 良かった、気が付いて。本当に心配したんだぞ……」
ミョウジは目に涙を浮かべながら喜んでいる。
「な、なにがあった……?」
「ああ、そうか、何が起きたか分からないよな。説明するよ」
事故のあらましを聞く。
「良かった。目を覚まさなかったらどうしようかと……」
ミョウジは、とうとう涙を流し始めた。
諏訪は、自分が泣かせた男を前に、ミョウジナマエの言動に、どこか違和感を覚えた。靄のようにはっきりとしない、しかし確実に何かがおかしい。
この、涙を指で拭っている男。そうか。
今のミョウジの人物評を述べるとしたら、「分かりやすいヤツ」になってしまう。
これは夢か何かだと考えた、その時気付いた。窓の外、灰色の空に巨大な眼が浮かんで、諏訪を見据えていることに。声を上げる代わりに息を飲む。嫌な汗が頬を伝う。
「ミョウジ…………?」
それはミョウジの眼のように思えた。眼は意味ありげにパチリと一度まばたきをすると、幻だったかのように消えた。
ここは現実ではない。諏訪は悟った。
ここは、ミョウジナマエが見ている世界。空想した世界。望んだ世界。
何故だか、はっきりと理解出来た。この世界は、ミョウジナマエが諏訪洸太郎を好きじゃない世界だ。
おまえ、俺のこと好きじゃないのか? とは訊けないので、少し遠回りな質問をした。
「おまえ、好きなヤツとかいるのか?」
「なんだよ急に? 恋愛の話だよな? 特にいないけど」
あっさりとした答えが帰ってきた。ああ、この世界は凪いでいる。
諏訪が退院した翌日、世界は更におかしくなった。
こんな空想をしてみた。
第一次近界民侵攻が起こらなかった三門市。
ミョウジが、中学からひきこもりのままの人生。
これは、ミョウジナマエと諏訪洸太郎が出会わない世界。
中学の頃に一度、同じクラスになったけれど、ミョウジは登校しなかったので、顔を会わせることはなかった。その先も、高校も大学も行かずに、ひきこもったままなので、出会うことはありませんでしたとさ。めでたし、めでたし。
こんな空想をしてみた。
よくある普通の、しかし理想的な家族の風景。
仲睦まじい夫婦と、父方の両親。いずれは、子供も産まれるだろう。けれど、その子供はミョウジではない。
これは、ミョウジナマエがいない世界。
生まれなければ、その身に不幸が降りかかることもない。めでたし、めでたし。
世界が段々と現実離れしていく。
おまえの現実は、そんなに苦しいものなのか。
恋心を手放したい。
出会いたくない。
自分を消したい。
このミョウジがいない世界では、確かに彼は苦しむことはないだろう。しかし、どうしても許せない。
ふたりが言葉を交わすことがないのは、耐えられそうにない。
自分がミョウジと出会った現実に帰りたかった。
ミョウジと共に、帰りたい。諏訪は、心の底からそう望んだ。
◆◆◆
「おい、ミョウジ? 聞いてんのか?」
「聞いてる聞いてる。この前のアレな」
現実に立ち返る。
大学で、妙な空き時間が出来てしまったふたりは雑談をしていた。
同時に、ミョウジは頭の片隅で空想をしていたのである。
どうせなら薄暗い空想ではなく、とびっきりハッピーな妄想でもしたかった。
それにしても、妄想の中でも諏訪洸太郎はカッコよかったので、ミョウジは溜め息が出そうになる。
「オレ、水上くんの騙し掛け声スゲー好きなんだよね」
「そうか……」
溜め息の代わりに、なんとはなしに呟いた言葉に、予想外の返事。
「少し嫉妬した」
「なんで、そういうこと言うかなぁ……ずるいでしょ…………」
「普通のことしか言ってねーよ」
頬がカーッと熱くなるのを感じる。
いや、おまえ、オレが片想いしてること忘れてんの? とミョウジは文句を言いそうになった。
「しっかし、ヒマだな。推理小説でも読むか?」
「答えをハッキリさせるものって好きじゃねぇんだけど」
ミョウジは口を尖らせる。そして、諏訪にやられっぱなしは嫌だなと考えた。
「諏訪はカッコイイよな」
「は?!」
「周りをよく見てるし、頼りになる」
「急になんだよ……」
諏訪は少し照れているようだ。
「オレ、世辞なんて言ってねぇけど? 普通に思ったこと言ってるだけだぜ?」
ミョウジの普通は、諏訪には甘過ぎた。
「いや、少し前の自分を思い出せよ。そんなことペラペラ言わなかったろ」
ペラペラとよく喋る男ではあったが、本音がなかなか見えてこないのがミョウジナマエという人間である。であった。
「オレ、昔からこんな感じだろ?」
「ざっけんな!」
「近頃のオレは、ノイズミュージックというよりシューゲイザーっぽくなったよな」
「はぁ?」
この世界には、諏訪洸太郎がいて、自分がいる。
自分の脳みそが溶かされるような、とびっきりハッピーな現実に感謝を。
「やっぱり、推理小説読んでみようかな」
「マジか…………」
ほらよ、と今月出たばかりの新作を渡す諏訪。内心、ミョウジからの歩み寄りが嬉しい。
ミョウジは小説を開くと、結末の辺りへとページをパラパラと進める。
「うっそだろ?!」
「うおっ……ビックリした……」
まさか、犯人を把握してから読もうとしているのだろうか?
「ビックリしたのはこっちだ! なにしてんだ、おまえ?!」
「オレはね、映画はエンドロール流れてる時に退席しないし、AVの冒頭インタビューは飛ばさない人間なんだよね」
「なんの弁明だよ」
「酌量の余地あるだろ?」
「ねーよ」
ミョウジの言を一刀両断する。
「解決パートだけ読まないようにしたいなぁ。オレ、探偵が苦手なんだよな。後から来て事件を引っ掻き回して、推理を披露して、説教して帰る、みたいなイメージがあって」
「どっから来た偏見だ……?」
どうやら、ミョウジは推理小説にかなりの偏見と苦手意識があるらしい。
「じゃあ、オレは哲学書を貸そう。お互いに頑張って読もう。そうしよう」
ミョウジは、思い付きで提案する。
「ビックリするほど読みづれぇやつを貸してやるからな」
「負けらんねー。貸すやつ変えるわ」
諏訪は、バッグから別の小説を出してミョウジに渡した。
一方のミョウジも、哲学書を取り出して諏訪に手渡す。
しばし、黙って本を読むふたり。
「睡魔が襲ってくる系の呪いの本を貸すなんて、人が悪いよ、洸太郎くん」
「おまえに借りたの、すげー読み易かった…………」
「だろ。対話形式で読み易いと評判だからな。それに比べて、おまえは————」
「なんで俺が悪いみたいになってんだ?!」
対話形式の読み易いものを貸したミョウジ。
読みづらい奇書を貸した諏訪。
「真犯人に体よく使われたんじゃないですかね」
飄々と言う。
「いやぁ、諏訪のこと信じてたよ」
「おまえ、ジャンケンで何出すか最初に宣言する奴だろ」
「しないよ」
「つーか、おまえ嘘ついたな?」
「あれは冗談だから」
この、くだらなくも明るくて美しい日々が、ずっと続けばいいのに。ミョウジは、祈るようにそう思った。
2020/08/22