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ふたりの秘密だよ。
僕と迅、ふたりだけの秘密。
誰にも言ってはダメなんだ。
「ナマエ」
「なぁに?」
「どうした? ぼーっとして」
「僕、いつもそうじゃん」
「そうだけどよ」
弓場拓磨は、幼馴染みのミョウジナマエを心配している。
第二次近界民侵攻の後から、どうも様子がおかしい。目の前で知り合いが殺されたから、無理もないが。その上、彼の唯一の肉親である父親は、行方不明になっている。
「なんかあったら、呼べよ」
「そうするー」
ゆるっと返事をするミョウジ。
換気のために開けた窓から、冷たい風が入ってくる。
ミョウジの金色と赤色の髪を揺らし、耳にたくさんついているピアスを晒した。
「拓磨は、僕の味方だよね?」
「ああ、当たり前だろ」
「うん…………」
黒曜石の瞳が、かち合う。
「拓磨」
「ん?」
「エロゲするから、帰って」
「しょうがねェ奴」
呆れたように言う弓場を、ミョウジは見送った。
そして、スマートフォンで、迅悠一に連絡をする。
「よう、迅」
『どうした? ミョウジ』
「拓磨、僕の味方なんだって。おかしいよね。僕のこと何にも知らないのにさー」
『弓場ちゃんは、ミョウジに裏表があると思ってないからね』
くすくす。ミョウジは笑う。
「口が滑りそうになるんだ。“あのこと”を言いそうになる。君の幼馴染みの正体は、こんななんだよーって」
『傷付けたいの?』
「いーや。嫌だよ? ただの破滅願望さー」
男は、相変わらずへらへら笑っている。
『破滅に巻き込まれたくないんですけど?』
「大丈夫。全部ひとりでやったことにするよー」
『ふたりの秘密だろ?』
「はいはい。ごめんて」
『ちゃんと秘密は守るように』
「はーい。じゃね」
満足したミョウジは、通話を切った。
「寒っ」と呟き、窓を閉める。
2月の風を断ち切り、壁を背にして、ずるずると落ちた。
あの日。ミョウジナマエは、父親を殺した。
母が男と逃げてから、代わりに息子を殴るようになった父親。
最近、やっと痣の数が減ってきた。
言えなかったな。
そう、彼は、誰にも「助けて」と言えなかった。
小さい頃は、弓場が助けてくれると信じていたけれど。実際、彼は虐待のことを知れば助けてくれただろうけれど。
もう、全ては遅いのだ。
ミョウジナマエは、しょっちゅう殴られるけど、衣食住に困ったことはなかった。だから、父親のことが嫌いになれなかったし、ちょっと暴力的で働く能力がないだけの人だと思っていた。
客を取らされていたのも、昔の話だし、水に流してやろうと思って。この人は、可哀想な人なんだと思って。
でも、あの日は。父の様子がおかしかった。酔っていたみたいで、支離滅裂なことを言われる。
「お前も男と逃げるのか?」
「は……?」
「本当のことを言え」
そう問い詰められて、首を絞められたから、思い切り突き飛ばした。
頭を打った父親は、動かなくなって。そして、家に来たアイツと、死体を埋めたのだ。
さよなら、父さん。
これが、ミョウジと迅の秘密。
幼馴染みには、言えない秘密だ。
◆◆◆
何も持っていなかった。
今日も、迅は、何故か狭いアパートのミョウジの元へ来ている。
「迅」
ベッドの隣に座る友人を、押し倒した。
「どうしたの? ミョウジ」
「お返ししてないなーと思って。僕は、僕しか持ってないから」
「じゃあ、もらっとこうかな」
「どっちがいい?」
「どっちも」
「分かった」
ミョウジは、迅に口付けを落とす。
◆◆◆
チャイムを鳴らす習慣がなかった。ドアの鍵が開いてるのは、ままあることだった。
だから、弓場はミョウジの部屋に進む。
そして、ドアの隙間から見てしまった。
ミョウジが、迅とセックスしているところを。
「ナマエ…………?」
思わず声が漏れた。
「拓磨……?」
乱れた髪を直しながら、ミョウジは、ポカンとしている。
「弓場ちゃん、タイミング悪いなぁ」
「おまえら、付き合ってたのか?」
「付き合ってないよ?」
ミョウジは、弓場から視線を逸らして答えた。
「じゃあ、なんで……?」
「うーん。僕のせい?」
「ミョウジは、悪くないよ」
弓場には、理解出来ない。付き合ってもいないのに、肌を合わせていることが。
「ごめん。今日は、帰って?」と、ミョウジは笑いながら言った。
「……ああ、そうする」
弓場が去ってから、ミョウジは、ベッドに横になる。
「あーあ。見られちゃった。拓磨には知られたくなかったなー」
「なんで?」
「好きだから」
「へぇ」
「知ってる癖に」
弓場を好きなこと? 弓場がここに来ること?
「怒ってる?」
「別に。全てが、もう手遅れだからねー」
生まれて、すいません。
ミョウジナマエは、世界に謝った。
「ミョウジ。好きだよ」
「……最悪だね」
迅は、ミョウジの隣に寝る。
「うん。ミョウジのことは、気付いた時には、全部手遅れだった。ごめん」
「謝るなよ。惨めになる」
ベッドから降りて、下着を履いた。キッチンまで行き、頓服薬をテキトーな数飲む。
迅の元へ戻り、ベッドに座った。
「僕はね、ずーっと不幸の中にいたらしい。今は、だいぶ楽なんだー」
「最悪なのに?」
「下には下があるんだよ」
溜め息をつく。
「迅って、僕が好きだから、死体埋めるの手伝ったワケ?」
「まあね」
「ふぅん」
その気持ちは、ミョウジナマエの真実に触れても変わらなかったのか。
そのことは、素直に嬉しかった。
「父さんいないから、自分の部屋が出来てよかった」
「そう」
迅は、困り笑いをしている。
「僕は、幸せになれるのかなー?」
「なれるよ」
迅には、どんな未来が見えているのだろう?
それとも、別に見えていない?
ミョウジには、判断出来なかった。
◆◆◆
君と遊んでいる時だけは、僕は普通の子供になれた。
ミョウジナマエは、回顧する。
夕暮れ時まで、弓場拓磨と一緒に公園で遊んだ時のこと。
暑い夏の日だった。ひぐらしの鳴き声が、なんだかしんみりする。
「たくま」
「なんだ?」
「ぼくが、わるものだったら、どうする?」
「しかる」
「あはは。たくまらしいねー」
助けてほしかった。ミョウジが悪いのだとしても、救ってほしかった。
父親の暴力から。父親に売られていることから。助けてほしい。
でも、それはきっと、子供には、どうしようもないこと。
ミョウジナマエは、諦めている。
「ずっと、ゆうがたならいいのになー」
「なんで?」
「ずっと、あそんでられるから」
「またあした、あそぼう」
「…………うん」
弓場は、約束を破ることはない。
さよなら。また明日。
ふたりは、日が落ちる前に別れた。
「ただいま」
「帰ったか、ナマエ」
「お父さん…………」
今日は、ハズレの日。父の顔を見て、それが分かった。
「お前に、客だ」
「うん…………」
今日の客は、父と同じくらいの年齢の男で。ミョウジのことを上から下まで舐め回すように見てきた。
悪い大人なんて、みんな死ねばいいのに。
翌朝。リビングの隅で目が覚める。
ミョウジナマエには、自分の部屋がない。
ふたり分の朝ご飯を作り、ひとりで食べて、家を出た。
小学校へ向かう途中で、弓場と合流する。
「おはよー」
「おはよう」
他愛ない話に、少し救われた。
普通に見えていてほしい。でも、どこか汚れている気がする。そして、その“汚れ”は、悪い大人を引き寄せるのだ。
「おはよう、ナマエくん」
「おはようございます、先生」
ミョウジの担任教師の男が、校門前で挨拶をしてきた。
「放課後、いつもの場所で」
「はい」
小さくやり取りをする。
この男は、悪い大人だ。ミョウジを弄び、金銭を払い、それを何度も繰り返す。
「た…………」
たすけて。
「たくま」
「うん?」
「きょうは、あそべないかも」
「ざんねんだな」
「うん」
幼馴染みと別れて、自分のクラスへ向かう。
クラスメイトには、いないものとして、空気のように扱われている。
この“汚れ”が見えているのだろうか?
皮膚が赤くなるまで擦っても取れない“汚れ”がある。
ランドセルを置いて、発作的に水道で手を洗う。最初は、石鹸の香りがするのに、段々と腐臭に変わっていく。
泣くのを我慢しながら、自分の席に戻った。
「意味ないよねー。いくら体を洗っても。魂が穢れてるんだもん」
ミョウジは、布団から出る。そして、ざらざらと頓服薬を飲んだ。
僕と迅、ふたりだけの秘密。
誰にも言ってはダメなんだ。
「ナマエ」
「なぁに?」
「どうした? ぼーっとして」
「僕、いつもそうじゃん」
「そうだけどよ」
弓場拓磨は、幼馴染みのミョウジナマエを心配している。
第二次近界民侵攻の後から、どうも様子がおかしい。目の前で知り合いが殺されたから、無理もないが。その上、彼の唯一の肉親である父親は、行方不明になっている。
「なんかあったら、呼べよ」
「そうするー」
ゆるっと返事をするミョウジ。
換気のために開けた窓から、冷たい風が入ってくる。
ミョウジの金色と赤色の髪を揺らし、耳にたくさんついているピアスを晒した。
「拓磨は、僕の味方だよね?」
「ああ、当たり前だろ」
「うん…………」
黒曜石の瞳が、かち合う。
「拓磨」
「ん?」
「エロゲするから、帰って」
「しょうがねェ奴」
呆れたように言う弓場を、ミョウジは見送った。
そして、スマートフォンで、迅悠一に連絡をする。
「よう、迅」
『どうした? ミョウジ』
「拓磨、僕の味方なんだって。おかしいよね。僕のこと何にも知らないのにさー」
『弓場ちゃんは、ミョウジに裏表があると思ってないからね』
くすくす。ミョウジは笑う。
「口が滑りそうになるんだ。“あのこと”を言いそうになる。君の幼馴染みの正体は、こんななんだよーって」
『傷付けたいの?』
「いーや。嫌だよ? ただの破滅願望さー」
男は、相変わらずへらへら笑っている。
『破滅に巻き込まれたくないんですけど?』
「大丈夫。全部ひとりでやったことにするよー」
『ふたりの秘密だろ?』
「はいはい。ごめんて」
『ちゃんと秘密は守るように』
「はーい。じゃね」
満足したミョウジは、通話を切った。
「寒っ」と呟き、窓を閉める。
2月の風を断ち切り、壁を背にして、ずるずると落ちた。
あの日。ミョウジナマエは、父親を殺した。
母が男と逃げてから、代わりに息子を殴るようになった父親。
最近、やっと痣の数が減ってきた。
言えなかったな。
そう、彼は、誰にも「助けて」と言えなかった。
小さい頃は、弓場が助けてくれると信じていたけれど。実際、彼は虐待のことを知れば助けてくれただろうけれど。
もう、全ては遅いのだ。
ミョウジナマエは、しょっちゅう殴られるけど、衣食住に困ったことはなかった。だから、父親のことが嫌いになれなかったし、ちょっと暴力的で働く能力がないだけの人だと思っていた。
客を取らされていたのも、昔の話だし、水に流してやろうと思って。この人は、可哀想な人なんだと思って。
でも、あの日は。父の様子がおかしかった。酔っていたみたいで、支離滅裂なことを言われる。
「お前も男と逃げるのか?」
「は……?」
「本当のことを言え」
そう問い詰められて、首を絞められたから、思い切り突き飛ばした。
頭を打った父親は、動かなくなって。そして、家に来たアイツと、死体を埋めたのだ。
さよなら、父さん。
これが、ミョウジと迅の秘密。
幼馴染みには、言えない秘密だ。
◆◆◆
何も持っていなかった。
今日も、迅は、何故か狭いアパートのミョウジの元へ来ている。
「迅」
ベッドの隣に座る友人を、押し倒した。
「どうしたの? ミョウジ」
「お返ししてないなーと思って。僕は、僕しか持ってないから」
「じゃあ、もらっとこうかな」
「どっちがいい?」
「どっちも」
「分かった」
ミョウジは、迅に口付けを落とす。
◆◆◆
チャイムを鳴らす習慣がなかった。ドアの鍵が開いてるのは、ままあることだった。
だから、弓場はミョウジの部屋に進む。
そして、ドアの隙間から見てしまった。
ミョウジが、迅とセックスしているところを。
「ナマエ…………?」
思わず声が漏れた。
「拓磨……?」
乱れた髪を直しながら、ミョウジは、ポカンとしている。
「弓場ちゃん、タイミング悪いなぁ」
「おまえら、付き合ってたのか?」
「付き合ってないよ?」
ミョウジは、弓場から視線を逸らして答えた。
「じゃあ、なんで……?」
「うーん。僕のせい?」
「ミョウジは、悪くないよ」
弓場には、理解出来ない。付き合ってもいないのに、肌を合わせていることが。
「ごめん。今日は、帰って?」と、ミョウジは笑いながら言った。
「……ああ、そうする」
弓場が去ってから、ミョウジは、ベッドに横になる。
「あーあ。見られちゃった。拓磨には知られたくなかったなー」
「なんで?」
「好きだから」
「へぇ」
「知ってる癖に」
弓場を好きなこと? 弓場がここに来ること?
「怒ってる?」
「別に。全てが、もう手遅れだからねー」
生まれて、すいません。
ミョウジナマエは、世界に謝った。
「ミョウジ。好きだよ」
「……最悪だね」
迅は、ミョウジの隣に寝る。
「うん。ミョウジのことは、気付いた時には、全部手遅れだった。ごめん」
「謝るなよ。惨めになる」
ベッドから降りて、下着を履いた。キッチンまで行き、頓服薬をテキトーな数飲む。
迅の元へ戻り、ベッドに座った。
「僕はね、ずーっと不幸の中にいたらしい。今は、だいぶ楽なんだー」
「最悪なのに?」
「下には下があるんだよ」
溜め息をつく。
「迅って、僕が好きだから、死体埋めるの手伝ったワケ?」
「まあね」
「ふぅん」
その気持ちは、ミョウジナマエの真実に触れても変わらなかったのか。
そのことは、素直に嬉しかった。
「父さんいないから、自分の部屋が出来てよかった」
「そう」
迅は、困り笑いをしている。
「僕は、幸せになれるのかなー?」
「なれるよ」
迅には、どんな未来が見えているのだろう?
それとも、別に見えていない?
ミョウジには、判断出来なかった。
◆◆◆
君と遊んでいる時だけは、僕は普通の子供になれた。
ミョウジナマエは、回顧する。
夕暮れ時まで、弓場拓磨と一緒に公園で遊んだ時のこと。
暑い夏の日だった。ひぐらしの鳴き声が、なんだかしんみりする。
「たくま」
「なんだ?」
「ぼくが、わるものだったら、どうする?」
「しかる」
「あはは。たくまらしいねー」
助けてほしかった。ミョウジが悪いのだとしても、救ってほしかった。
父親の暴力から。父親に売られていることから。助けてほしい。
でも、それはきっと、子供には、どうしようもないこと。
ミョウジナマエは、諦めている。
「ずっと、ゆうがたならいいのになー」
「なんで?」
「ずっと、あそんでられるから」
「またあした、あそぼう」
「…………うん」
弓場は、約束を破ることはない。
さよなら。また明日。
ふたりは、日が落ちる前に別れた。
「ただいま」
「帰ったか、ナマエ」
「お父さん…………」
今日は、ハズレの日。父の顔を見て、それが分かった。
「お前に、客だ」
「うん…………」
今日の客は、父と同じくらいの年齢の男で。ミョウジのことを上から下まで舐め回すように見てきた。
悪い大人なんて、みんな死ねばいいのに。
翌朝。リビングの隅で目が覚める。
ミョウジナマエには、自分の部屋がない。
ふたり分の朝ご飯を作り、ひとりで食べて、家を出た。
小学校へ向かう途中で、弓場と合流する。
「おはよー」
「おはよう」
他愛ない話に、少し救われた。
普通に見えていてほしい。でも、どこか汚れている気がする。そして、その“汚れ”は、悪い大人を引き寄せるのだ。
「おはよう、ナマエくん」
「おはようございます、先生」
ミョウジの担任教師の男が、校門前で挨拶をしてきた。
「放課後、いつもの場所で」
「はい」
小さくやり取りをする。
この男は、悪い大人だ。ミョウジを弄び、金銭を払い、それを何度も繰り返す。
「た…………」
たすけて。
「たくま」
「うん?」
「きょうは、あそべないかも」
「ざんねんだな」
「うん」
幼馴染みと別れて、自分のクラスへ向かう。
クラスメイトには、いないものとして、空気のように扱われている。
この“汚れ”が見えているのだろうか?
皮膚が赤くなるまで擦っても取れない“汚れ”がある。
ランドセルを置いて、発作的に水道で手を洗う。最初は、石鹸の香りがするのに、段々と腐臭に変わっていく。
泣くのを我慢しながら、自分の席に戻った。
「意味ないよねー。いくら体を洗っても。魂が穢れてるんだもん」
ミョウジは、布団から出る。そして、ざらざらと頓服薬を飲んだ。
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