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ふたりの秘密だよ。
僕と迅、ふたりだけの秘密。
誰にも言ってはダメなんだ。
「ナマエ」
「なぁに?」
「どうした? ぼーっとして」
「僕、いつもそうじゃん」
「そうだけどよ」
弓場拓磨は、幼馴染みのミョウジナマエを心配している。
第二次近界民侵攻の後から、どうも様子がおかしい。目の前で知り合いが殺されたから、無理もないが。その上、彼の唯一の肉親である父親は、行方不明になっている。
「なんかあったら、呼べよ」
「そうするー」
ゆるっと返事をするミョウジ。
換気のために開けた窓から、冷たい風が入ってくる。
ミョウジの金色と赤色の髪を揺らし、耳にたくさんついているピアスを晒した。
「拓磨は、僕の味方だよね?」
「ああ、当たり前だろ」
「うん…………」
黒曜石の瞳が、かち合う。
「拓磨」
「ん?」
「エロゲするから、帰って」
「しょうがねェ奴」
呆れたように言う弓場を、ミョウジは見送った。
そして、スマートフォンで、迅悠一に連絡をする。
「よう、迅」
『どうした? ミョウジ』
「拓磨、僕の味方なんだって。おかしいよね。僕のこと何にも知らないのにさー」
『弓場ちゃんは、ミョウジに裏表があると思ってないからね』
くすくす。ミョウジは笑う。
「口が滑りそうになるんだ。“あのこと”を言いそうになる。君の幼馴染みの正体は、こんななんだよーって」
『傷付けたいの?』
「いーや。嫌だよ? ただの破滅願望さー」
男は、相変わらずへらへら笑っている。
『破滅に巻き込まれたくないんですけど?』
「大丈夫。全部ひとりでやったことにするよー」
『ふたりの秘密だろ?』
「はいはい。ごめんて」
『ちゃんと秘密は守るように』
「はーい。じゃね」
満足したミョウジは、通話を切った。
「寒っ」と呟き、窓を閉める。
2月の風を断ち切り、壁を背にして、ずるずると落ちた。
あの日。ミョウジナマエは、父親を殺した。
母が男と逃げてから、代わりに息子を殴るようになった父親。
最近、やっと痣の数が減ってきた。
言えなかったな。
そう、彼は、誰にも「助けて」と言えなかった。
小さい頃は、弓場が助けてくれると信じていたけれど。実際、彼は虐待のことを知れば助けてくれただろうけれど。
もう、全ては遅いのだ。
ミョウジナマエは、しょっちゅう殴られるけど、衣食住に困ったことはなかった。だから、父親のことが嫌いになれなかったし、ちょっと暴力的で働く能力がないだけの人だと思っていた。
客を取らされていたのも、昔の話だし、水に流してやろうと思って。この人は、可哀想な人なんだと思って。
でも、あの日は。父の様子がおかしかった。酔っていたみたいで、支離滅裂なことを言われる。
「お前も男と逃げるのか?」
「は……?」
「本当のことを言え」
そう問い詰められて、首を絞められたから、思い切り突き飛ばした。
頭を打った父親は、動かなくなって。そして、家に来たアイツと、死体を埋めたのだ。
さよなら、父さん。
これが、ミョウジと迅の秘密。
幼馴染みには、言えない秘密だ。
◆◆◆
何も持っていなかった。
今日も、迅は、何故か狭いアパートのミョウジの元へ来ている。
「迅」
ベッドの隣に座る友人を、押し倒した。
「どうしたの? ミョウジ」
「お返ししてないなーと思って。僕は、僕しか持ってないから」
「じゃあ、もらっとこうかな」
「どっちがいい?」
「どっちも」
「分かった」
ミョウジは、迅に口付けを落とす。
◆◆◆
チャイムを鳴らす習慣がなかった。ドアの鍵が開いてるのは、ままあることだった。
だから、弓場はミョウジの部屋に進む。
そして、ドアの隙間から見てしまった。
ミョウジが、迅とセックスしているところを。
「ナマエ…………?」
思わず声が漏れた。
「拓磨……?」
乱れた髪を直しながら、ミョウジは、ポカンとしている。
「弓場ちゃん、タイミング悪いなぁ」
「おまえら、付き合ってたのか?」
「付き合ってないよ?」
ミョウジは、弓場から視線を逸らして答えた。
「じゃあ、なんで……?」
「うーん。僕のせい?」
「ミョウジは、悪くないよ」
弓場には、理解出来ない。付き合ってもいないのに、肌を合わせていることが。
「ごめん。今日は、帰って?」と、ミョウジは笑いながら言った。
「……ああ、そうする」
弓場が去ってから、ミョウジは、ベッドに横になる。
「あーあ。見られちゃった。拓磨には知られたくなかったなー」
「なんで?」
「好きだから」
「へぇ」
「知ってる癖に」
弓場を好きなこと? 弓場がここに来ること?
「怒ってる?」
「別に。全てが、もう手遅れだからねー」
生まれて、すいません。
ミョウジナマエは、世界に謝った。
「ミョウジ。好きだよ」
「……最悪だね」
迅は、ミョウジの隣に寝る。
「うん。ミョウジのことは、気付いた時には、全部手遅れだった。ごめん」
「謝るなよ。惨めになる」
ベッドから降りて、下着を履いた。キッチンまで行き、頓服薬をテキトーな数飲む。
迅の元へ戻り、ベッドに座った。
「僕はね、ずーっと不幸の中にいたらしい。今は、だいぶ楽なんだー」
「最悪なのに?」
「下には下があるんだよ」
溜め息をつく。
「迅って、僕が好きだから、死体埋めるの手伝ったワケ?」
「まあね」
「ふぅん」
その気持ちは、ミョウジナマエの真実に触れても変わらなかったのか。
そのことは、素直に嬉しかった。
「父さんいないから、自分の部屋が出来てよかった」
「そう」
迅は、困り笑いをしている。
「僕は、幸せになれるのかなー?」
「なれるよ」
迅には、どんな未来が見えているのだろう?
それとも、別に見えていない?
ミョウジには、判断出来なかった。
◆◆◆
君と遊んでいる時だけは、僕は普通の子供になれた。
ミョウジナマエは、回顧する。
夕暮れ時まで、弓場拓磨と一緒に公園で遊んだ時のこと。
暑い夏の日だった。ひぐらしの鳴き声が、なんだかしんみりする。
「たくま」
「なんだ?」
「ぼくが、わるものだったら、どうする?」
「しかる」
「あはは。たくまらしいねー」
助けてほしかった。ミョウジが悪いのだとしても、救ってほしかった。
父親の暴力から。父親に売られていることから。助けてほしい。
でも、それはきっと、子供には、どうしようもないこと。
ミョウジナマエは、諦めている。
「ずっと、ゆうがたならいいのになー」
「なんで?」
「ずっと、あそんでられるから」
「またあした、あそぼう」
「…………うん」
弓場は、約束を破ることはない。
さよなら。また明日。
ふたりは、日が落ちる前に別れた。
「ただいま」
「帰ったか、ナマエ」
「お父さん…………」
今日は、ハズレの日。父の顔を見て、それが分かった。
「お前に、客だ」
「うん…………」
今日の客は、父と同じくらいの年齢の男で。ミョウジのことを上から下まで舐め回すように見てきた。
悪い大人なんて、みんな死ねばいいのに。
翌朝。リビングの隅で目が覚める。
ミョウジナマエには、自分の部屋がない。
ふたり分の朝ご飯を作り、ひとりで食べて、家を出た。
小学校へ向かう途中で、弓場と合流する。
「おはよー」
「おはよう」
他愛ない話に、少し救われた。
普通に見えていてほしい。でも、どこか汚れている気がする。そして、その“汚れ”は、悪い大人を引き寄せるのだ。
「おはよう、ナマエくん」
「おはようございます、先生」
ミョウジの担任教師の男が、校門前で挨拶をしてきた。
「放課後、いつもの場所で」
「はい」
小さくやり取りをする。
この男は、悪い大人だ。ミョウジを弄び、金銭を払い、それを何度も繰り返す。
「た…………」
たすけて。
「たくま」
「うん?」
「きょうは、あそべないかも」
「ざんねんだな」
「うん」
幼馴染みと別れて、自分のクラスへ向かう。
クラスメイトには、いないものとして、空気のように扱われている。
この“汚れ”が見えているのだろうか?
皮膚が赤くなるまで擦っても取れない“汚れ”がある。
ランドセルを置いて、発作的に水道で手を洗う。最初は、石鹸の香りがするのに、段々と腐臭に変わっていく。
泣くのを我慢しながら、自分の席に戻った。
「意味ないよねー。いくら体を洗っても。魂が穢れてるんだもん」
ミョウジは、布団から出る。そして、ざらざらと頓服薬を飲んだ。
◆◆◆
父の死体が虫に食われ、腐っていく夢を見た。
「あ…………」
自分の寝言で目覚めたミョウジナマエは、カーテンの隙間から漏れる朝日を睨む。
いつまで僕のことを縛るつもり?
自分が殺した父親に向かって、そう念じた。
ミョウジは、大学の講義をサボることにする。
そして、勤務時間でもないのに、ボーダー本部へと向かった。
誰かいるだろうと思って、弓場隊の作戦室に行く。
「こんちはー」
「お? ミョウジか。元気か?」
隊室には、藤丸ののがいた。
「元気ー」とは言っているが、顔色がよくない。
藤丸は、ミョウジを心配した。
「なんか用か?」
「いや、別に。ワンチャン、拓磨に会えないかなーって」
「なんだそりゃ。連絡先知ってんだろ?」
「うん。そうなんだけど、運試しみたいな。運が良かったことなんてないけどねー」
そう言うと、ミョウジは出て行く。
藤丸は、弓場にミョウジの調子が悪そうだとメッセージを送った。
その後。オペレーターの仕事を済ませ、帰宅すると、弓場が玄関先で待ち構えていた。
「……拓磨」
「ナマエ、調子悪りィのか?」
「藤丸から聞いた?」
「あァ」
「夢見が悪かっただけなんだけどな」
だけってことはないだろ。
そう、弓場は思う。
「なァ、あいつと何があったんだ?」
「迅? 特に何も。セックスしただけ」
「また、“だけ”か。俺たちゃなんだ? 幼馴染みって“だけ”か?」
「あー。まさか、拓磨のことは大好きだよ」
「それなら、なんで…………」
そこで、自分勝手な想いに気付いた。
なんで俺じゃなくて、迅悠一を選んだ?
そうか。自分は、ナマエのことが好きだったのか。
弓場は、自分の想いを告げるべきか迷った。
「寒い。家入ろ?」
「あァ」
ミョウジに招かれ、部屋に入る。
「拓磨はさ、僕のこと好き?」と、ベッドに腰かけたミョウジが訊いた。
「……好きだ」
「そっかー。よかった」
「俺ァ、おまえのことが好きだ」
ミョウジは、きょとんとしている。なんで二度も言ったんだろう? と。
「おまえを、誰かに渡したくない」
「好き? 大好き? 愛してる?」
「そうだ」
「ふふ。あはは。ははははははっ! 迅は、正しいなー。もう、全てが手遅れなんだよ、僕は」
「手遅れ?」
「あは。ねぇ、拓磨。抱いてくれる?」
「…………」
ミョウジは、蠱惑的な表情で弓場を誘う。幼馴染みのこんな顔は、初めて見た。
ぴょんとベッドを降りて、数秒待っても動かない弓場の首元に腕を回すミョウジ。動揺しているうちに、彼に唇を奪われた。
「好き……大好き……愛してる…………」
人間を誘惑する悪魔みたいに、ミョウジナマエは囁く。
◆◆◆
何度も、幼馴染みのミョウジナマエとセックスをしたことを思い出している。
彼の香り。甘ったるい声。熱。
何度も名前を呼ばれて、「大好き」と言われて、幸せだったけれど、弓場拓磨には、ミョウジのことが分からなかった。
迅悠一とも、同じことをしたのか?
そうだとしたら、嫌だ。
自室の窓の外を見る。空は、灰色の曇りだった。曖昧なふたりの関係のように。
「じゃあ、またね、拓磨。逃がさないよ」
帰り際にミョウジに言われた台詞が、頭の中で、ぐるぐるしている。
迅悠一と話さなければならないと思った。ミョウジナマエについて。
それから、弓場は、迅に会おうとしたが、全く会えなかった。
おそらく、予知を使って避けられている。
腹が立った。
仕方ないから、メッセージを送る。
『ナマエのことをどう思ってる?』
返事はない。
翌日。作戦室にひとりでいると、迅がやって来た。
「やあ、弓場ちゃん」
「……よう」
「ミョウジが心配?」
「それもあるが、俺は、あいつが好きなんだ」
「直球だねぇ」
迅が笑う。
「ミョウジのことは、おれたちじゃ救えないかもしれない」
表情を消した迅が告げた。
「なんでそんなことになった?」
「それは、おれの口からは言えない」
「…………」
話は済んだ、と迅が去って行く。
ボーダー本部から帰る時、弓場は、ミョウジと待ち合わせをした。
「お疲れ様ー」
「あァ。その、元気か?」
「元気だよー」
ミョウジは、いつも通りの気怠い様子で答える。
ふたりで歩いていると、ミョウジが弓場の手を握った。壊れ物みたいに、そっと握り返す弓場。
「ナマエ、おまえに何があったんだ?」
「知ったら、拓磨が傷付くよ」
「それでも知りてェ」
「…………そう」
ミョウジは、ぽつりぽつりと話し出した。
実の父親に虐待されていたこと、売られていたこと。自分が汚れているから、悪い大人が寄って来たこと。
父親が行方不明になって、気が楽になったこと。
気付けば、弓場は、ぎゅっとミョウジの手を握っていた。
「ナマエ…………」
そして、彼の腕を引き、抱き締める。
「もう、誰にも傷付けさせねェ」
「うん、ありがとう」
弓場の心は、後悔でいっぱいだった。
気付いてやれなかった。助けてやれなかった。
どうしたら、ナマエを救える?
泣くことすら出来なくなった彼を、どうすればいいのだろう?
「辛い時は、俺を呼べ」
「ありがとう、拓磨」
抱き締め返す腕が、蛇みたいだった。
僕と迅、ふたりだけの秘密。
誰にも言ってはダメなんだ。
「ナマエ」
「なぁに?」
「どうした? ぼーっとして」
「僕、いつもそうじゃん」
「そうだけどよ」
弓場拓磨は、幼馴染みのミョウジナマエを心配している。
第二次近界民侵攻の後から、どうも様子がおかしい。目の前で知り合いが殺されたから、無理もないが。その上、彼の唯一の肉親である父親は、行方不明になっている。
「なんかあったら、呼べよ」
「そうするー」
ゆるっと返事をするミョウジ。
換気のために開けた窓から、冷たい風が入ってくる。
ミョウジの金色と赤色の髪を揺らし、耳にたくさんついているピアスを晒した。
「拓磨は、僕の味方だよね?」
「ああ、当たり前だろ」
「うん…………」
黒曜石の瞳が、かち合う。
「拓磨」
「ん?」
「エロゲするから、帰って」
「しょうがねェ奴」
呆れたように言う弓場を、ミョウジは見送った。
そして、スマートフォンで、迅悠一に連絡をする。
「よう、迅」
『どうした? ミョウジ』
「拓磨、僕の味方なんだって。おかしいよね。僕のこと何にも知らないのにさー」
『弓場ちゃんは、ミョウジに裏表があると思ってないからね』
くすくす。ミョウジは笑う。
「口が滑りそうになるんだ。“あのこと”を言いそうになる。君の幼馴染みの正体は、こんななんだよーって」
『傷付けたいの?』
「いーや。嫌だよ? ただの破滅願望さー」
男は、相変わらずへらへら笑っている。
『破滅に巻き込まれたくないんですけど?』
「大丈夫。全部ひとりでやったことにするよー」
『ふたりの秘密だろ?』
「はいはい。ごめんて」
『ちゃんと秘密は守るように』
「はーい。じゃね」
満足したミョウジは、通話を切った。
「寒っ」と呟き、窓を閉める。
2月の風を断ち切り、壁を背にして、ずるずると落ちた。
あの日。ミョウジナマエは、父親を殺した。
母が男と逃げてから、代わりに息子を殴るようになった父親。
最近、やっと痣の数が減ってきた。
言えなかったな。
そう、彼は、誰にも「助けて」と言えなかった。
小さい頃は、弓場が助けてくれると信じていたけれど。実際、彼は虐待のことを知れば助けてくれただろうけれど。
もう、全ては遅いのだ。
ミョウジナマエは、しょっちゅう殴られるけど、衣食住に困ったことはなかった。だから、父親のことが嫌いになれなかったし、ちょっと暴力的で働く能力がないだけの人だと思っていた。
客を取らされていたのも、昔の話だし、水に流してやろうと思って。この人は、可哀想な人なんだと思って。
でも、あの日は。父の様子がおかしかった。酔っていたみたいで、支離滅裂なことを言われる。
「お前も男と逃げるのか?」
「は……?」
「本当のことを言え」
そう問い詰められて、首を絞められたから、思い切り突き飛ばした。
頭を打った父親は、動かなくなって。そして、家に来たアイツと、死体を埋めたのだ。
さよなら、父さん。
これが、ミョウジと迅の秘密。
幼馴染みには、言えない秘密だ。
◆◆◆
何も持っていなかった。
今日も、迅は、何故か狭いアパートのミョウジの元へ来ている。
「迅」
ベッドの隣に座る友人を、押し倒した。
「どうしたの? ミョウジ」
「お返ししてないなーと思って。僕は、僕しか持ってないから」
「じゃあ、もらっとこうかな」
「どっちがいい?」
「どっちも」
「分かった」
ミョウジは、迅に口付けを落とす。
◆◆◆
チャイムを鳴らす習慣がなかった。ドアの鍵が開いてるのは、ままあることだった。
だから、弓場はミョウジの部屋に進む。
そして、ドアの隙間から見てしまった。
ミョウジが、迅とセックスしているところを。
「ナマエ…………?」
思わず声が漏れた。
「拓磨……?」
乱れた髪を直しながら、ミョウジは、ポカンとしている。
「弓場ちゃん、タイミング悪いなぁ」
「おまえら、付き合ってたのか?」
「付き合ってないよ?」
ミョウジは、弓場から視線を逸らして答えた。
「じゃあ、なんで……?」
「うーん。僕のせい?」
「ミョウジは、悪くないよ」
弓場には、理解出来ない。付き合ってもいないのに、肌を合わせていることが。
「ごめん。今日は、帰って?」と、ミョウジは笑いながら言った。
「……ああ、そうする」
弓場が去ってから、ミョウジは、ベッドに横になる。
「あーあ。見られちゃった。拓磨には知られたくなかったなー」
「なんで?」
「好きだから」
「へぇ」
「知ってる癖に」
弓場を好きなこと? 弓場がここに来ること?
「怒ってる?」
「別に。全てが、もう手遅れだからねー」
生まれて、すいません。
ミョウジナマエは、世界に謝った。
「ミョウジ。好きだよ」
「……最悪だね」
迅は、ミョウジの隣に寝る。
「うん。ミョウジのことは、気付いた時には、全部手遅れだった。ごめん」
「謝るなよ。惨めになる」
ベッドから降りて、下着を履いた。キッチンまで行き、頓服薬をテキトーな数飲む。
迅の元へ戻り、ベッドに座った。
「僕はね、ずーっと不幸の中にいたらしい。今は、だいぶ楽なんだー」
「最悪なのに?」
「下には下があるんだよ」
溜め息をつく。
「迅って、僕が好きだから、死体埋めるの手伝ったワケ?」
「まあね」
「ふぅん」
その気持ちは、ミョウジナマエの真実に触れても変わらなかったのか。
そのことは、素直に嬉しかった。
「父さんいないから、自分の部屋が出来てよかった」
「そう」
迅は、困り笑いをしている。
「僕は、幸せになれるのかなー?」
「なれるよ」
迅には、どんな未来が見えているのだろう?
それとも、別に見えていない?
ミョウジには、判断出来なかった。
◆◆◆
君と遊んでいる時だけは、僕は普通の子供になれた。
ミョウジナマエは、回顧する。
夕暮れ時まで、弓場拓磨と一緒に公園で遊んだ時のこと。
暑い夏の日だった。ひぐらしの鳴き声が、なんだかしんみりする。
「たくま」
「なんだ?」
「ぼくが、わるものだったら、どうする?」
「しかる」
「あはは。たくまらしいねー」
助けてほしかった。ミョウジが悪いのだとしても、救ってほしかった。
父親の暴力から。父親に売られていることから。助けてほしい。
でも、それはきっと、子供には、どうしようもないこと。
ミョウジナマエは、諦めている。
「ずっと、ゆうがたならいいのになー」
「なんで?」
「ずっと、あそんでられるから」
「またあした、あそぼう」
「…………うん」
弓場は、約束を破ることはない。
さよなら。また明日。
ふたりは、日が落ちる前に別れた。
「ただいま」
「帰ったか、ナマエ」
「お父さん…………」
今日は、ハズレの日。父の顔を見て、それが分かった。
「お前に、客だ」
「うん…………」
今日の客は、父と同じくらいの年齢の男で。ミョウジのことを上から下まで舐め回すように見てきた。
悪い大人なんて、みんな死ねばいいのに。
翌朝。リビングの隅で目が覚める。
ミョウジナマエには、自分の部屋がない。
ふたり分の朝ご飯を作り、ひとりで食べて、家を出た。
小学校へ向かう途中で、弓場と合流する。
「おはよー」
「おはよう」
他愛ない話に、少し救われた。
普通に見えていてほしい。でも、どこか汚れている気がする。そして、その“汚れ”は、悪い大人を引き寄せるのだ。
「おはよう、ナマエくん」
「おはようございます、先生」
ミョウジの担任教師の男が、校門前で挨拶をしてきた。
「放課後、いつもの場所で」
「はい」
小さくやり取りをする。
この男は、悪い大人だ。ミョウジを弄び、金銭を払い、それを何度も繰り返す。
「た…………」
たすけて。
「たくま」
「うん?」
「きょうは、あそべないかも」
「ざんねんだな」
「うん」
幼馴染みと別れて、自分のクラスへ向かう。
クラスメイトには、いないものとして、空気のように扱われている。
この“汚れ”が見えているのだろうか?
皮膚が赤くなるまで擦っても取れない“汚れ”がある。
ランドセルを置いて、発作的に水道で手を洗う。最初は、石鹸の香りがするのに、段々と腐臭に変わっていく。
泣くのを我慢しながら、自分の席に戻った。
「意味ないよねー。いくら体を洗っても。魂が穢れてるんだもん」
ミョウジは、布団から出る。そして、ざらざらと頓服薬を飲んだ。
◆◆◆
父の死体が虫に食われ、腐っていく夢を見た。
「あ…………」
自分の寝言で目覚めたミョウジナマエは、カーテンの隙間から漏れる朝日を睨む。
いつまで僕のことを縛るつもり?
自分が殺した父親に向かって、そう念じた。
ミョウジは、大学の講義をサボることにする。
そして、勤務時間でもないのに、ボーダー本部へと向かった。
誰かいるだろうと思って、弓場隊の作戦室に行く。
「こんちはー」
「お? ミョウジか。元気か?」
隊室には、藤丸ののがいた。
「元気ー」とは言っているが、顔色がよくない。
藤丸は、ミョウジを心配した。
「なんか用か?」
「いや、別に。ワンチャン、拓磨に会えないかなーって」
「なんだそりゃ。連絡先知ってんだろ?」
「うん。そうなんだけど、運試しみたいな。運が良かったことなんてないけどねー」
そう言うと、ミョウジは出て行く。
藤丸は、弓場にミョウジの調子が悪そうだとメッセージを送った。
その後。オペレーターの仕事を済ませ、帰宅すると、弓場が玄関先で待ち構えていた。
「……拓磨」
「ナマエ、調子悪りィのか?」
「藤丸から聞いた?」
「あァ」
「夢見が悪かっただけなんだけどな」
だけってことはないだろ。
そう、弓場は思う。
「なァ、あいつと何があったんだ?」
「迅? 特に何も。セックスしただけ」
「また、“だけ”か。俺たちゃなんだ? 幼馴染みって“だけ”か?」
「あー。まさか、拓磨のことは大好きだよ」
「それなら、なんで…………」
そこで、自分勝手な想いに気付いた。
なんで俺じゃなくて、迅悠一を選んだ?
そうか。自分は、ナマエのことが好きだったのか。
弓場は、自分の想いを告げるべきか迷った。
「寒い。家入ろ?」
「あァ」
ミョウジに招かれ、部屋に入る。
「拓磨はさ、僕のこと好き?」と、ベッドに腰かけたミョウジが訊いた。
「……好きだ」
「そっかー。よかった」
「俺ァ、おまえのことが好きだ」
ミョウジは、きょとんとしている。なんで二度も言ったんだろう? と。
「おまえを、誰かに渡したくない」
「好き? 大好き? 愛してる?」
「そうだ」
「ふふ。あはは。ははははははっ! 迅は、正しいなー。もう、全てが手遅れなんだよ、僕は」
「手遅れ?」
「あは。ねぇ、拓磨。抱いてくれる?」
「…………」
ミョウジは、蠱惑的な表情で弓場を誘う。幼馴染みのこんな顔は、初めて見た。
ぴょんとベッドを降りて、数秒待っても動かない弓場の首元に腕を回すミョウジ。動揺しているうちに、彼に唇を奪われた。
「好き……大好き……愛してる…………」
人間を誘惑する悪魔みたいに、ミョウジナマエは囁く。
◆◆◆
何度も、幼馴染みのミョウジナマエとセックスをしたことを思い出している。
彼の香り。甘ったるい声。熱。
何度も名前を呼ばれて、「大好き」と言われて、幸せだったけれど、弓場拓磨には、ミョウジのことが分からなかった。
迅悠一とも、同じことをしたのか?
そうだとしたら、嫌だ。
自室の窓の外を見る。空は、灰色の曇りだった。曖昧なふたりの関係のように。
「じゃあ、またね、拓磨。逃がさないよ」
帰り際にミョウジに言われた台詞が、頭の中で、ぐるぐるしている。
迅悠一と話さなければならないと思った。ミョウジナマエについて。
それから、弓場は、迅に会おうとしたが、全く会えなかった。
おそらく、予知を使って避けられている。
腹が立った。
仕方ないから、メッセージを送る。
『ナマエのことをどう思ってる?』
返事はない。
翌日。作戦室にひとりでいると、迅がやって来た。
「やあ、弓場ちゃん」
「……よう」
「ミョウジが心配?」
「それもあるが、俺は、あいつが好きなんだ」
「直球だねぇ」
迅が笑う。
「ミョウジのことは、おれたちじゃ救えないかもしれない」
表情を消した迅が告げた。
「なんでそんなことになった?」
「それは、おれの口からは言えない」
「…………」
話は済んだ、と迅が去って行く。
ボーダー本部から帰る時、弓場は、ミョウジと待ち合わせをした。
「お疲れ様ー」
「あァ。その、元気か?」
「元気だよー」
ミョウジは、いつも通りの気怠い様子で答える。
ふたりで歩いていると、ミョウジが弓場の手を握った。壊れ物みたいに、そっと握り返す弓場。
「ナマエ、おまえに何があったんだ?」
「知ったら、拓磨が傷付くよ」
「それでも知りてェ」
「…………そう」
ミョウジは、ぽつりぽつりと話し出した。
実の父親に虐待されていたこと、売られていたこと。自分が汚れているから、悪い大人が寄って来たこと。
父親が行方不明になって、気が楽になったこと。
気付けば、弓場は、ぎゅっとミョウジの手を握っていた。
「ナマエ…………」
そして、彼の腕を引き、抱き締める。
「もう、誰にも傷付けさせねェ」
「うん、ありがとう」
弓場の心は、後悔でいっぱいだった。
気付いてやれなかった。助けてやれなかった。
どうしたら、ナマエを救える?
泣くことすら出来なくなった彼を、どうすればいいのだろう?
「辛い時は、俺を呼べ」
「ありがとう、拓磨」
抱き締め返す腕が、蛇みたいだった。